IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▼▼▼▽▽▽

 

 ただの当たり前の事実として。

 

 別に俺が勝ったからって千冬ちゃんの可愛げがアップする訳でもない。

 別にラウラが勝ったからって千冬様がより素敵になる訳でもない。

 

 どう振る舞うか決めるのは千冬さん(ほんにん)だ。そも俺等程度の喚きに影響受けるほど繊細な人じゃねえし。

 そんなこた俺もラウラも百どころか千も億も承知である。でもだからって大人しくしてられるかって言うとそれは別問題な訳よ。現に我慢できなかったからこそ今俺達は、

 

 潰し合ってるわけだしさ。

 

「……ぶ、っはッ!」

「づ、ぅ、ぅぅ゛……!」

 

 突き刺さった拳に意識と身体を吹き飛ばされないよう、踏み止まる。

 スクラップ骨組み寸前の白式にカットした装甲や機能を再度実体化させる余力は無い。レーゲンも大半のパーツと機構が物理的に飛び散って、最低限度の機能しか生きていない。

 最低限度は、生きている。

 でなければ俺達は立っていられるかも怪しい。更に殴ったり蹴ったりできるのはISのアシストがまだ辛うじて生きているからだ。立つという意思を持っているのは間違いなく俺達自身だが、それを支えているのはISという鋼の四肢だ。

 

 だから”勝敗”はISの有無で決まる。

 

 装甲がある部分を攻撃しても、物理的な破壊と引き換えにエネルギーを節約できる。だが露出した生身の部分なら話は別だ。急所への攻撃に対しては特に。

 機体のエネルギーが残っていても、俺達が意識を保てなきゃ意味が無い。逆に言えば狙う箇所次第で確実に相手のエネルギーを削れるという事でもある。

 

『第二回モンド・グロッソ決勝戦のあの日! 貴様が居なければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは想像するまでもない、そうなるべきだった! そうならなければなかったというのに!!』

『っは――! やっぱそれ言ってくるか――! くっだらねえぇ! 世界に認められない程度であの子の強さが霞むかよ!』

 

 首を倒す、人体の可動域の限界に挑むくらいに。横薙ぎの手刀がこめかみを削る取るように掠めていった。巻き込まれた髪の毛と薄皮が、身体から引き剥がされて散っていく。

 避けながら放った拳を相手の鳩尾――ずらされた。シールドでなく直接肉にめり込んだ拳、吐き出される赤色混じりの体液。同時に伸びた腕が抱え込まれて捻られた。肉と骨と筋が音を立てて千切れていく。回転方向に合わせて身体を捻りながら蹴り。頭部を叩く筈だった脚は装甲少しと肩口の皮膚の一部を削り取る程度に留まる。

 

『そうだ、教官は強い! 私と違って本当に強いというのに! 何故何も知らない有象無象に嘲笑されなければならない!? 引き金となったのは貴様だ! 貴様のせいだ! 貴様さえしくじらなければ、教官は今も名実ともに最強であったのに!!』

『あーうんそこは俺のせいだねごめんなさいだわ!! でもな、()としちゃぁな!! 笑われるって解ってたろうに、肩書の重さも解ってたろうに! それでも――弟っていうだけで、()を助けに来てくれたあの子を! 誇りに思うしすげえと思うし素晴らしいと想ってんだよオラァ!!』

 

 言葉を交わしても足りないとはいえ。

 だからって黙ったままでいられるかっていうとそれもまた別問題なのよな。

 

 鋼で延長された四肢を叩き付けあいながら、足りずに意見も叩き付け合う。

 『言葉』ではない。今の俺達は肉声を発する余力があるなら攻撃に回す。それにこの戦闘速度でこんな長文をちんたら喋っていてはあっという間にボロ雑巾だ。あと開く口が互いに物理的に歪み始めてるから。

 じゃあこれは何かって、本当に『意思』そのものとしかいいようがない。

 俺達はまだ()()()()()()()。本格的に混ざりかかったのは一瞬だけだが、その余韻か後遺症か。俺達の間には何かしらのラインがある。通信よりも鮮明で、速く、重い。

 

『もっと傍に居たかった! もっと話したかった! お前はそれが許される! 弟だというだけで! それに見合っているだけの力もないのに!! 許せない、許せない許せないッ!! 嫌だ、嫌だ! 嫌だッ! 気持ちが悪い!! なんなのだこれは!!』

『折角だからここで憶えてけガキ! 嫉妬っていうんだよそれは!! うらみでつらみでねたみっつうんだッ!!』

『ふざけるな! そんな物が私の中にある訳がない! あっていいはずもない! あってはならな、』

 

『う る っ せ え よ バ ー カ!!』

 

 ISの腕部の拳は文字通りの鉄槌だ。それがラウラの頬にずどんと突き刺さってごどんと音を立てた。左を叩き込む前に膝がこっちの腹に入った。思わずくの字に曲がった身体、振り下ろされるのは組まれた拳。身体を跳ね上げて着弾を頭部から肩口に逸らす。目に真っ直ぐ飛んで来る手刀を殴り飛ばして弾く。初撃に隠れた二撃目で耳の端を抉られながら、打ち込む。

 ISの戦闘で起こる筈の鋼と鋼のぶつかりあう硬い音はずっと少ない。代わりに硬い鋼でやわらかい肉を叩く音がずっとずっと多かった。

 なにせ回避が互いに最低限だ。避けるのがまどろっこしいのと、大きく身体を動かす余力が無いから。更には攻めるという意思を途切れさせたら、そこを攻めこまれて終わりそうだから。

 

『何故押しきれない!? 機体の性能にはもはや差も違いも関係がないはずだ! 操縦者としては私の方が性能は高い筈なのに!』

『なんでだろうなあ! ふしぎだなあ!?』

 

 なるほど確かにその通り。攻撃の繰り出し方、狙いのつけかた、受け流し方、おおよそ総てが俺よりラウラの方が上手い。これが単純な戦闘なら俺が勝てる見込みはずっと低い。

 問題なのは、このケンカは意地の張り合いでもあるということ。

 ラウラの技術の高さの裏に、まともでない出自がある。こいつがこいつになったのは、千冬さんと出会ったあの日だ。経った時間があまりにも少なすぎる。心が発展途上どころじゃない。芽吹いた程度のものでしかない。

 

『馬鹿にしているのか貴様ァ!!』

『全力でしてるぅ――!!』

 

 だから、揺れる。持ってて当たり前の『感情』が噴き出すということに。そんな当たり前の事にも慣れていないから戸惑ってしまう。行動に確信が持てないから鈍る。感情的な自分を肯定できないから遅れる。比べ合う以前に『我』が育ちきっていない。

 

 技術的にはラウラの方が圧倒的に高い。

 でも精神的には俺の方が圧倒的に図太い。

 

 拮抗している。どちらも有利な部分があって、どちらも不利な部分がある。だからどっちが勝ってもおかしくないし、どっちが負けても不思議じゃない。

 釣り合っているだけだから緩められない、止められない。更にもっと上げていく。出せる総てを費やして意思と暴力をぶつけ合う。

 こうしないと伝わらないから。

 どうしてでも伝えたいから。

 その点において、俺とラウラは全く同一だった。

 

『貴様が汚す! 貴様が壊す! 教官の強さを、鮮烈さを! わたしの唯一の思い出を! 唯一の憧れを!! きさまがぁっ!!』

『てめえの理想はあの子を歪める! ”強さ”だけあってもただの化物だろうが! あの子は人間なんだよ!! てめえが憧れを譲らないように、俺もあの子の日常を譲らねえ!!』

 

 俺もラウラも本当に本気だから、絶対に手は抜かない。

 たとえ伝わってくる気持ちが――泣きじゃくってる子供の叫びのように聞こえても。

 いや、だからこそ、本気で応えなきゃいけないのだ。欠片でも偽りやごまかしを混ぜちゃいけない。

 

『っだらああああァ!!』

『うああああああッ!!』

 

 何度も放つ。何度も喰らう。身も心も音を立てて削れていく。それでも俺達が諦めない限り、ISが続ける事を可能にしてくれる。髪が千切れても、皮膚が剥がれても、骨にヒビが入っても、爪が割れても、歯が砕けても――芯が、折れない限り。

 ただ、いつまでもは続かない。

 互いに気力が過去最高にハイでも、肉体と機体の方が付いていけるだけの余力が無いから。逆にここまで長引いたのが不思議なくらい。

 直に殴り合いをしている理由として、一番は互いに相手がムカつくからであるが。そもそも武装を失っているのだ。

 しかし大半の武装が消失、損傷して使用不能なシュヴァルツェア・レーゲンに対して白式の雪片弐型は健在である。手を離れているだけだ。

 量子化と実体化で手元に引き寄せるには精神的な余裕が足りない。一瞬以下の集中でも、逸らしてしまえば潰される。だが頭上をくるくるしてるのは、待っていれば重力で勝手に落ちてくるのだ。ぎりぎりで釣り合っている現状に、その変化は劇的過ぎる。

 我慢にも限界はある。

 気力で誤魔化せる範囲はもう過ぎている。

 どちらがどう足掻いても、そこが決定的な分かれ目になるだろう。

 

「――――ッああ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!!」

 

 肉声が迸る。ラウラが両腕を振り翳す。紫電が奔る。小規模な爆発、剥がれ落ちる装甲と零れていく内部部品。加速した損傷で指のほぼすべてが欠けたその腕もどきでは、もう鋼の拳は握れまい。

 けれども、プラズマの刃が生えた。

 戦いの裏で機体の自己修復を走らせていたのか、ただ気合で何とかしただけなのか、理由は推測が付かず、また関係が無い。とにかくラウラはこの結果を引き寄せた。

 

 出し惜しみをしないのはこちらも同じ。

 

 これが今回作れる最後の力場。一瞬でもいい、すでに自力で飛び上がれない身体を僅かでも()()()()()くれるならば。今の白式は飛行能力を失い、浮遊ですら困難な状態にある。けれども脚に内臓された機構ならば覆せる。飛べなくとも、跳べる。

 

『動けッ! 戦えェ!! シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)ッ!!』

『突っ斬れ白式(びゃくしき)――――――――――ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『言っただろ、お前の相手は』

 

 インパクトの瞬間。ラウラは物凄く呆けていた。一瞬だが、確かに呆気にとられていた。心の中はなぜという疑問で埋め尽くされていた。

 零落白夜は強力な能力だ。何より警戒していたんだろう。状況を一瞬でひっくり返せるだけの爆発力があるのは事実だし。

 そして何より『織斑千冬』が使っていた武器、能力でもある。ラウラ・ボーデヴィッヒにとって『織斑千冬』は絶対である。彼女の扱っていた『零落白夜』もまた特別なんだろう――だから、最後の最後で目が逸れた。

 拘りの差。『絶対』を使わない訳がないという思い込みが、致命的な隙を生む。

 

()だって』

 

 彼女の経歴に刀が共にあったように、俺の人生の獲物は別にある。ていうか今もかなりの頻度で使ってる。

 これまで文字通りに俺を支えてきた物だ。不慣れな刀とは慣れが違う。馬鹿は物覚えが悪いが、繰り返せば憶える。俺っていう馬鹿が人生で繰り返し続けてきた事だ、『絶対』じゃなくとも軽くはないぜ。

 

 ――()()だ。

 

 最後の力場を足場にして、跳び回し蹴り。プラズマの刃に焼かれながらも振り抜かれた脚が、ラウラとシュヴァルツェア・レーゲンに叩き込まれる。容赦はない。遠慮もない。今の俺に出せる正真正銘の全力を込めた。ならば見誤ったラウラに防げる道理は欠片もない。

 砕くのは装甲と闘志、辛うじて保たれていた意識の糸を引き千切る。吹き飛んだシュヴァルツェア・レーゲンは二度三度バウンドして転がって、転がって、止まる。

 すとんと雪片弐型が向こうの地面に刺さって音を立てる。脚を突き刺すように着地、辛うじて成功、立つ。ラウラは倒れている。俺は立っている。ラウラは立たない。

 

「――の、――――だ……!」

 

 致命的なダメージを引き受けた黒い機体が、消えていく。光の粒子となって虚空に解けていく。アリーナのシステムが機械的に告げる。ブザーが鳴り響く。試合終了の合図。そして、

 

 

「俺のッ!! 勝ちだああぁぁぁぁぁああああッ!!」

 

 

 

 

 





キャッキャウフフ回。

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