IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▽▽

 

 『ISスーツ』

 

 肌表面の微弱な電位差を感知し、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達するためのスーツ。通常の衣服よりも早くかつ正確に必要な動きをISへと伝達することが可能である。

 操縦する人間に合わせ変化を続けるISに対し個性、その人物のスタイルをISへと示すために、各人で専用のものを用意するのが定例である。

 基本的に小口径の拳銃弾程度ならば完全に受け止める程度の耐久性を持つ。

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▼▽

 

 俺元々は『兄』だったからいまいち実感が薄いのだけど。

 何で『姉』ってあんな狂ったように強いのだろう。

 

 単純に身体能力が高い、強いっていうなら俺の妹もそうだったわけで。だから対処の仕方は心得ている。はず。たぶん。

 だというのに何故ここまで手も足も出ない――これは俺が『弟』だから『姉』に対して何かしらのマイナス補正でも働いてるんじゃないだろうか。

 うん、そう思わないとちょっとくじけそう。

 

「か、身体が痛い……! きっちり満遍なく痛い……!!」

 

 夜も遅くに幕を開けた姉弟ゲンカに惨敗し、部屋から叩き出されたというか転がり出されたのがさっきのこと。

 ドアで隔てられた部屋の中の様子を伺うと、現在進行形ですごくガッタンバッタン不穏な音がしていた。

【片付けているのでは?】

「ねーな。クローゼットの前に家具動かしてバリケード作ってるんじゃね、賭けてもいい。まーさすがに消灯時間までには入れてくれるだろ」

【はい。ところであと10分しかありませんが】

「大丈夫、片付けられない人間はその場しのぎのためには120%の力を発揮できるから」

 しかも常人の120%ではなく、人類最強候補の一人織斑千冬の120%である。

 瞬間的な部屋の模様替えくらい楽勝だろう。

【不可解な解釈です。そう断言出来るだけの根拠があるのでしょうか】

「今回が初めてじゃねえしなあ…………つーか俺も元は似たタイプだったし」

【元はということは】

 真偽がどうあれ、開けてもらうまで入れないのは変わらない。

 廊下の隅に座り込みながら、シロに白式のデータを表示させた。暇つぶし代わりに羅列された文章に目を走らせる。

 

【”変わった”のですか?】

 

 環境が変われば、合わせて人も変わる。慣れるともいうが。

 だから俺の価値観が変化するのも――していたのも、当たり前のことだ。特に深く考える必要はない。特におかしなことでもない。

 だというのにどうしてこんなにも引っ掛かり、

 

「いいいぃいぃちかああぁぁぁぁァァァ――――!!」

「うぉわっびっくりした何なにってか誰!?」

 

 完全に無防備状態だった精神に斜め下からえぐりこむように衝撃。慌てて立ち上がろうとして盛大にすっ転ぶ。首を巡らせ声の主を探し――箒が出現した。

 普通は『会った』と言うんだろうけど、曲がり角から突如ズサーと横滑りに飛び出してきたら出現したとも言いたくなる。

 しかも速度が凄まじい。その顔は更に凄まじい。

 

「今度の学年別個人トーナメントで私が優勝したら!」

 

 まるでさっきまで誰かと取っ組み合っていたかのように乱れた髪。激昂に伴って釣り上がった瞳。右手にしっかと握った竹刀を高々と振り上げて。『今から貴様の脳天をかち割ってくれる!!』みたいなセリフが凄く似合いそうな様子の箒は、

 

「私と付き合ってもらう!!」

 

 そう言い放った。

 セリフとポーズがすげー噛み合ってない。かなり真剣になんだこれ。

 そして凄まじい勢いで去っていく箒。その後姿を見送るしかない。

 現実が俺の思考を完全に凌駕している。何が起きているのだ。俺はどうすればいいのだ。

 

【何をする必要も無いかと。ただそろそろ呼吸を再開した方がいいとは思いますが】

 

 一欠片だけ呆れを混ぜ込みつつも、あくまで平らな音声。指摘されてさっきから息を止めていた事に気付く。脳が回らないと思ったら酸素の供給が止まっていたらしい。

 深呼吸を数度。

【さあ。すってー、はいてー】

「すー、はー……」

【はいてーはいてーはいてーはいてーはいてー】

「は……っ、………………げほぁっ!? 何させんだ!?」

【ちゃんと復旧したじゃないですか。そろそろ戻ってきますよ】

「何が戻ってく……あ、本当だ来るわ」

 向こうから走ってくるのは、ついさっき去っていったはずのホーキちゃんだ。廊下は走らないという言葉が虚しくなる全力疾走ぶりで。

 

「違ぁぁぁぁぁう! 違わないけど違う!!」

 

「うん。色々言いてーことあるけど何で竹刀が一本増えてるのかが一番興味あるわ」

「い、今のは今度の休日に私と一緒に出かけてもらうという意味だ! れ、れれれれ恋愛関係で付き合えと言った訳ではない! 本当だぞ!? そういう意味は一切含んでいないんだからな!?」

「わかった。わかってないけどわかるから。竹刀を向けないでくれ、ください」

 誤解を招く言い方をしたのが恥ずかしいのは、その真っ赤になった顔を見ればわかる。

 でもだからって同時に羅刹じみたオーラを噴き出すのはやめて欲しい。はずみでやたら難しい名前の奥義的な技が飛んできそうだ。

「で、何だったっけ。学年別のトーナメントだっけ、六月末にやるっていうやつ。休日出かけるくらいそんなわざわざ賭けんでもよくねーか」

「いいや駄目だ、私の行きたいところに付いてきてもらう。つまりは一夏の一日を丸ごと寄越せと言っている訳だからな、難関を越えてこそだろう」

 相変わらず真面目というか律儀というか。

 ところで顔の温度上昇がぼちぼち危険域に入っているんじゃないかこのホーキちゃん。

「でもそれ箒が途中で負けた場合はどうなんの?」

「……その時は鈴が一日お前を好きにすることになっている」

「やっぱり噛んでやがったあのツインテ! つーかそれ俺の意志がどこかにベイルアウトしてるじゃねーか。条件考え直して――」

 

 

 

「お前が最後まで勝ち残った場合は私と鈴でお前に食事を奢らせてもらおう」

「よっしゃ上等ォ! 要するに全員ぶっ倒せばいいんだな!!」

 

 

 ▽▼▽

 

「という訳で負けられねーんだよ」

「最近篠ノ之さんが殺気立ってると思ったらそういう……じゃなくて、寮長室での暮らしがどうか聞いたのに途中から食欲にジャックされたんだけど」

「ハハハ、何言ってるんだ最初からその話だったじゃないか」

「ちがいますー。私が聞いたのは織斑先生とのおはようからおやすみについてですー。てゆうか織斑くん凰さんに嗜好把握されすぎ。絶対凰さんが仕掛け人だよその賭け」

「色んな人に聞かれるんだけどさあ、俺にとっちゃただの織斑家IS学園版だし。語って聞かせる事なんてなーんにもねーんだよ」

「んんー、ほんとうかなあー?」

 

 朝の教室、授業が始まるまであと少し。

 自席にて授業の準備をしながら隣の席の子と会話中。

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

 

 朝の教室というのは概ねいつも騒がしいものだが、今日はなにやらいつもよりその喧騒が大きいような気がする。もうすぐ始業のチャイムが鳴るというのに、教室のあちこちで女子がなにやらカタログの様なものを手にわいわいと談笑していた。

「一体何の騒ぎなんかね」

「今日からISスーツの申し込み開始日だからじゃない?」

 ISスーツとは――名前の通り、ISを装着する際に着るスーツである。

 なんかISへの意思伝達を助けるとかなんとかかんとか。まとめるとなんかウェットスーツの凄い版。この認識でそんなに間違ってないはずだ。たぶん。

「加わってないってことはもう決めた人?」

「ん、私は前に作ったのがあるから。そういう織斑君はどこのやつ使ってるの? 見たことないタイプだけど」

「メイドイン白式」

「は?」

「そのまんまの意味だよ。ファーストシフトん時に、機体の変化に併せてISスーツも白式が作った。最初は男性用が無いからってどっかのラボが特注で作ったとかってヤツ渡されてたけど――えーっと、名前なんだったかな。確か……」

 記憶をざくざく掘り返して思い出す。IS起動可能が発覚して直ぐの検査の日々の途中で渡されたものだ。機能説明と一緒に名前も聴いてる筈、なんだけど、ええと、

 

「――――インゴッド社のスペリオルアンビエントモデル」

「そんな最終ダンジョンに落ちてる装備みたいな名前のスーツが存在してたまるかよ」

 

 にっこり笑顔で吐き捨てられた。

 俺の記憶力じゃこんなもんか。しばし頭を捻るも結局名前は出てこなかった。どうやら普通に忘れてしまったらしい。

 どうでもいいけど今この娘ちょっと素出したな。

「さあて。とにもかくにも、当面の問題は学年別個人トーナメントだけか」

「基本的に専用持ちは圧倒的に有利だけど、今年は専用機持ちの人数多いからね。そんなに楽でもないと思うよ?」

「それでもあれやこれや問題が山積みよりかはわかりやすいしやりやすいわ。要は勝ちゃいいんだろ。鈴にも、セシリアにも、箒にも」

「ああ、そうだったね。織斑くん典型的な単細胞だったね……」

 隣から向けられる生ぬるい視線は気付かなかったことにしよう。言ってること間違ってるわけでもないし。

 思い返せば入学から今日までずいぶん色々あった。壁が立ち塞がるというよりも、壁が向かってくる勢いだった。けれども最近は随分と静かになった。平和とすら言える。

 いや今までが異常だっただけ、事件など起こらない方が普通なのである。うんうん。

 

 

 

 

 

 

「今日はなんと! 転校生を紹介します!」

 

 心中で密かに安堵してから、二分と経たずに次のが来た。

 


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