IS〈インフィニット・ストラトス〉-IaI   作:SDデバイス

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 ▽▽▽

 

 『引っ越し』

 

 何らかの事情で生活する場所を移す事。

 新しい住居が、それまでの住居よりも快適だとは限らない。

 

 ――とある人物の手記より抜粋。

 

 

 ▽▼▽

 

「お引っ越しです」

 

 いきなり部屋にやってきた山田先生がいきなりそう言った。

 普通に意味がわからん。

「…………先生、主語を入れて喋ってください」

「は、はいっ、すみませんっ!?」

 俺が口を開くよりも早く、箒が山田先生に向き直って口を開く。さあて。この場合は先生をも怯ませるホーキちゃんの眼力が凄過ぎるのか、それとも生徒に怯む山田先生のメンタルが駄目なのか。

【両方ではないでしょうか】

 正解。

「えっと、お引越しするのは織斑くんです。部屋割りの調整がついたので、今日から男女で同居しなくてすみますよー」

「今日から……え、て事は今から移動するんすか?」

「はい。私もお手伝いしますから、直ぐにやっちゃいましょう」

 マジに今直ぐ。

 思わずうへえと息が漏れたが、無理ではない。元から暫定の部屋割りだと聞いていたから、荷物はあまり広げていないのだ。

 とはいえ作業がめんどい事に変わりはない。あと何かこー予定にない作業がいきなり入るとテンション下がるよね地味に。

「ま、待ってください! それは今直ぐでないといけませんか!?」

 下がる俺とは対照的。

 隣のルームメイトがやたらボルテージを上げている。

「それは、まあ、そうです。いつまでも年頃の男女が同室で生活するというのは問題がありますし……篠ノ之さんもくつろげないでしょう?」

 期限付きとはいえ男女同室認めた時点で十四分に問題な気がする。

 今更だけど。本当に今更だけど。

「い、いや、私は……」

 詰め寄られた山田先生は何を当たり前の事をと、目をぱちくりとさせて小首を傾げている。箒はなお言葉を続けようとするも、結局口ごもる。視線を彷徨わせて、こちらを横目でちらりと見た。

 何故箒が渋っているかは推測出来る。答え合わせをした訳ではないが、恐らくは当たってなくとも遠い事は無いだろう。たぶん。

 だからホーキちゃんがこの状況で『織斑一夏』に言って欲しい言葉は大体想像付く。

 ただ『織斑一夏』に求められた反応を『俺』がやっても、意味も価値もありゃしない。

「どーした? ああ、俺が残って箒が移動した方がいいんだったら代わろうか? それくらいならたぶん大丈夫だろ」

「わっ、私が言いたいのはそこではなく……もういい、知らん!」

 ”察しの悪い”俺の態度に苛ついたのか、箒はぷいと横を向いてしまった。その頬が『怒っています』と主張するようにぷうと膨らんでいる。

 

「山田先生、しつもーん」

「なんでしょう織斑くん」

 

 俺と山田先生と、不機嫌絶賛持続中ながらも手伝ってくれた箒の三人で片付け始めて小一時間ほど。ふとよぎった疑問を山田先生に放り投げる。

「俺が抜けた後、この部屋誰か来るんですか?」

「それは――」

 山田先生が言葉を発するよりも早く解がもたらされる。正確には自分で登場した。ズッバァンとドアが力の限り開かれた音と共に。

 

「あたしよ!」

 

 ツインテールとちらりと覗く八重歯がチャームポイント、ここまで自称の誰もが呼んだはブルドーザーウリ坊。

 要するに鈴が愛用のボストンバッグを引っ提げてそこに居――なくなった。

 力の限り開かれたドアは勢い良く『開く』。しかし加えられた力は『開く』だけでは消費しきれず、ドアは跳ね返るように元の方向へと帰る。

 つまりは『閉じる』。

 そんなドアは部屋に入室しようと一歩踏み出していた鈴の鼻っ柱にぶち当たった。しかしそれでも止まらず、そのまま鈴を部屋の外へと押し出しつつバタンと閉まった。

 

「…………あたしよ!!」

 

 唖然とする室内の三人がどうしたものかと固まっていると、鈴は何事も無かったかのように登場をやり直す。言動の激しさの割にドアをすごーくゆるやかーに開きつつ。

「コイツ無かった事にしやがった! でもしきれてねーよ!!」

「何のことだかぜんぜんわかんなーい。鼻とか別にぜんぜん痛くないしー」

 指摘の意味がわからないとでも言いたげに頭を振る鈴。しかしその鼻っ柱は真っ赤に腫れているし、よく見ると若干涙目である。人生に編集点など入れられない。

「ま、そーいう訳だからこれからよろしくねー」

 ズビシと手を上げて挨拶された箒は――――うわあ顔思いっ切り引き攣らせてる。てか何か変なオーラ出てる。怖っ。

 

 ▽▼▽

 

「大丈夫だろうか……」

「う、うーん。部屋割りをもう一度考えたほうがいいんでしょうか。篠ノ之さんはよく凰さんとお話をしているし、凰さんも部屋の移動に快諾してくれたんですけど……」

「心配ですね――部屋がもつかどうか」

「えっ」

 

 がっつり目の据わった箒に荷物(山田先生含む)ごと部屋から叩き出された数分後。

 復活した山田先生と世間話をしつつ廊下を進む。

「っと、ちょっとタイム山田先生。こっち方向に部屋ってありましたっけ? え、何まさか正式な住居は物置とかそういうオチなのか」

「あはは、そんな事あるわけないじゃないですか。織斑くんの新しい部屋は寮長室ですよ。たしかに他の部屋とは少し離れちゃってますけど」

「なーんだ、そーだったんですか。いやあよかったよかった」

 てくてく。

 すたすた

 てくてく。

 すたすた。

「ところで山田先生、一応念の為に確認しとくんですけど寮長室って寮長が住んでる部屋ですよね?」

「変な事いいますね織斑くん。寮長が住んでない寮長室なんてあるわけ無いじゃないですか?」

 いや、なんていうか、それって、あれ、俺の記憶違いじゃなければ、寮長って。

 

「――山田先生、ちょっと買い物行ってくるんで外出許可ください」

「どうしたんですか急に!?」

 

「装備を整えるために決まってるじゃないですか! ゴミ袋とか洗剤とかありとあらゆる掃除用具を!! 大体千冬さんが単独で生活してた場所とかこの時間から挑む場所じゃないですよマジで。連休突入前日の平日夕方とかから取り掛かるべきですよ。っていうかラストダンジョンは住む所じゃなくて攻略する所ですよ!?」

「…………織斑くん。その、後ろ……後ろを、向いた方がいいんじゃないかなって」

 

「どうしたんですか山田先生一刻も早く外出許可くださ――うわ悪寒。いけね混乱してて反応遅れた」

 

 

 

 

 

 ラスボスがダンジョンに留まらずに出向いてくるなんて卑怯だ。ちゃんとこっちが挑める強さになるまでダンジョンの奥底で待っててくれないと。

 襟首を掴まれてずるずると引き摺られながら、新居である寮長室までやって来たというか持って来られたというか。

 途中ですれ違った他の女子生徒から向けられる哀れみの視線が痛かった。小声でドナドナ歌ってたやつ誰だちくしょうめ。

 

 あくまで俺の勝手な推測であるが。

 

 一般生徒が初めて寮長室に足を踏み入れて抱くべき感想は、主に生徒用の部屋との違いだと思う。家具が少しだけ上等だとか間取りの違いとか、そういうのね。

 ただ部屋の主が千冬さんであるという前提があると、そのどれでもない。

 要するに俺の第一声が何だったのかというと。

「足の踏み場がある!? そんな馬鹿な!!」

「当たり前だ、馬鹿者が」

 荷物を取り落とすレベルの衝撃映像に遭遇して処理落ちした頭部が軽く小突かれた。視界が強制斜め四十五度。

 傾いた視界に映る、呆れ顔の千冬さん。いつものスーツ姿――ではない。消灯時間が近いからか、着ているのは教員用のジャージだ。

 ぽいと放り投げられて、荷物ごと勢い良く入室。投げ出された身体と荷物は”何もない”床に着地した。

「いやだって、普段家じゃあ俺が居ても一週間以内に腐海寸前じゃねーか」

「お前は私をなんだと……確かに家では多少は横着をしているかもしれんが、一人暮らしをする程度の生活能力は元から持ち合わせている」

 

「ところで千冬ちゃん」

 

 普段なら、いや何時いかなる時でも。

 俺がこの呼び方をして、無事に済む保証はすこぶる低い。それはちゃんとわかっているのだが、どうしてもこうつるっと口にしてしまう時がある。

 けれども今は、わざとそう呼んだ。

 目の前の女性が何時の間にか手にしている出席簿を大きく振りかぶるのが見える。脳内に鳴り響く警鐘。さりげなく白式の展開をすすめてくるシロ。

 それでも俺は全く動じること無く、部屋の一角を指さしながら満面の笑みで『姉』に語りかける。

 

「――――あそこに蝶番が悲鳴あげてるクローゼットが見えるんだけど、あれは何なのかな千冬ちゃん?」

 

 ぴたり。

 そんな音が聞こえてきそうなくらい、織斑千冬は完全に停止した。かたんという音は、今まさに砲弾として放たれようとしていた出席簿が床に落ちた音である。

 張り詰めた空気が急速で緩んでいく中で、普段の十二割増ほどぎこちない動きでわざとらしい咳払いを一つ。こちらを睨んでいた瞳が、ふいっと明後日の方向に逸れる。

 

「あ、あー……そこは最初から立て付けが悪くてな、難儀している」

「へーほーふーん」

 

 ドアと会話し始めた千冬さんに背を向け件のクローゼットへ向き直――突然室内に風が吹いた。原因は考えるまでもねえ。クローゼットへの進路を塞ぐため、誰かさんが目視が難しい程の速度で移動したせいであろう。

「いくら私が『姉』とはいえ、了承も無しに女性の部屋の棚を漁るような性格に育てた覚えはないぞ?」

「いやあ立て付け悪くて困ってるみたいだから直してやろうと思って。ほら俺、『弟』だし?」

 

 じりじり。

 じりじり。

 

 互いに貼り付けたような微笑を浮かべ、慎重に間合いを測る。向こうはこちらを昏倒させる必要があるが、俺は躱して通り抜ければいい。ならば勝機はある。無ければ作る。

 さあて。勝負は一瞬――!

 

 いつものように、これまでと同じように。

 他人同士の姉弟(きょうだい)ゲンカが幕を開けた。

 


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