二次元街道迷走中   作:A。

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第六話

チドリは街中で絵を描いていた。平日の昼間とあってか駅前の人出は少ない。

だが閑散としていながらも決して途切れない流れが、街の豊かさを証明している。

花屋で色彩を楽しみ選んでいる者、単に駅を利用するために只管歩いている者。行動も服装や年齢層まで異なる面々が行き交うがどれもチドリは無関心だった。風景の一部でしかなく、目に入っていたとしてもどうでも良い存在だったのだ。

 

そんな中、チドリの前を通る人物が居た。学生服を身にまとい大事そうに鞄を気にかけている。目線が進む方向よりも注視しているのもそうであるし、何より両腕で抱えていれば察しが付く。しかし、それも鉛筆を動かせばチドリの脳内には存在しない。忘れ去られた記憶になる――筈だった。

 

不意に吹き荒れる風に手元が狂う。スケッチブックを握る手の力が緩み、えんぴつが転げ落ちる。チドリの手が追うが道へと向かう方が早かった。遠ざかるそれを目指してチドリは腰をあげる。舗装の凹凸から止まる事ないえんぴつに意識を丸ごと持っていかれたチドリは歩く人物に気付けなかった。両者の間で小さな驚愕の声と悲鳴があがる。漸く我に返ると自分の不注意で目の前の人を転ばせてしまったと理解した。

 

 それだけではない。ぶつかった際、チドリはかろうじてスケッチブックだけは離さずに片手に抱え込めたのだが相手は違う。買い物袋の中身が散らばっている。野菜やパックのお肉。惣菜の中身はひっくり返り綺麗な盛り付けが滅茶苦茶になっていた。特に卵のパックが割れ、白身と黄身が混じり合っている有様は酷い。

 チドリが遠距離から現状を徐々に把握し、付近へと視線を戻すと学生鞄が一つ。蘇るのは少し前の通行人の姿。記憶の大半は薄れたものであるが、大切な鞄を持っていたという事実のみは確かだった。もしかしたら鞄自体が。或いは、中に高価な物を入れているのかもしれない。

 

 どちらにしろ、この惨状を招いたのはチドリ自信の行いにある。別に自分自身に被害がないのだから、えんぴつを拾い立ち去ればいい。だが「理解できなくても仕方がありませんが、面倒事を避けるためには謝るのが得策なのですよ」と以前タカヤに言われていたのだ。影時間は別として昼間に出歩き、アクシデントを多発するらしい自分に次から謝れるならと後始末をする傍らに約束させられた。承諾しなければ、自由に絵を描けない。チドリは単にそれだけの理由から分かったと返事を返していた。今がその時なのだろうか。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「謝る必要はないって、こちらこそすみません」

 

 

 取りあえず謝ってみた。すると勢いよく手を左右に振りながら、被りを振って否定された。……間違っていたのだろうか。するとチドリの手を凝視しながら目を大きく見開いていた。何かあるのかと辿ると出血している。ああ、と納得した。偶にではあるが自然となる事象だ。放っておけば勝手に止まるだろう。

 

 

「ちょ、手当! 手当しないと」

 

「どうして?」

 

「ど……誰だってこれ見たらそーするのが普通だろ?」

 

「……可笑しな人ね」

 

「ひでっ」

 

 

(普通じゃないでしょ?だって、今道を歩いている大勢は血を流す私を見ても無関心だもの)

 

 

 落ちている品物を避け、もしくはあからさまに迷惑そうな顔をして通り過ぎていくだけだ。それに普段行動を共にしているタカヤとジンも気にした事は一度もない。

 つまり単に目の前の人が可笑しいだけだと結論付けた。すると、酷いと否定する意思を見せながらも笑っている。……やはり可笑しい人なのだろう。

 

 

「消毒と塗り薬。後は包帯を」

 

「…………」

 

「本当にごめんなさい。血が止まりそうにないし、病院へ行きますか?」

 

「病院は嫌。……行かない」

 

 

 別段話す事はなかったからチドリは無言だったのだが、相手は常に話しかけてきた。四次元と繋がりがあるのか、学生服のポケットからは次々と手当の道具を出して覚束ない手つきでチドリの手当てをし始める。不思議だと眺めていたら触れていた温もりが消えた。次いで立ちあがると地面で付着した埃を手で払い、荷物を拾い出す。それも真っ先にチドリのえんぴつを。差しだされたそれに呆気に取られて握っていると手伝う間もなく片付けてしまった。

 唯一鞄だけはまだ残されていたため、チドリはそれを渡す。凄く驚き慌てて受け取る様子に一応、もう一度謝り別れを告げた。最後までチドリのせいで被害を被ったにも関わらず気にしない。それ所がチドリを気遣ってばかりの人物はやはり可笑しな人物として珍しくもチドリに印象を植え付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 あれから真っ直ぐにタカヤとジンが何時も居る場所にチドリは向かった。人通りの少ないここは比較的待ち合わせに多く用いられている。最も駅前にてチドリが絵を描いていたのは集合までの時間を持て余しての行動だったのだ。

 見渡すとジンが一人ドラム缶に腰を掛けパソコンを操作している。最初はタカヤに聞こうかと思っていたのだが不在であり、仕方なくジンに聞く事にした。チドリが到着してからもそのまま距離を詰めると、普段はお互い不干渉を決め込むからか訝しげにジンが顔を上げる。

 

 

「チドリやないか。どないしたん」

 

「聞きたい事があるの……」

 

「なんや、珍し事もあるもんやな。話してみ?」

 

「初対面の人間に一方的な過失でぶつかった挙句……荷物を損傷。使い物にならなくさせて、その人にとって大切な物を壊しかねない原因になった人物に対して怒りもしないで……損害を請求すらしないで逆に加害者に気を遣って手当する人って何?」

 

「は?」

 

「だから……」

 

「あー……ええわ」

 

 

 言われた事が理解出来ないと問い返されたため、説明しようとすると手で制される。眉間に皺を寄せ、まるで苦い食べ物を口にした表情をしたジン。自分で気付き、指で皺を伸ばす仕草をしながら話しだす。

 

 

「人間誰しも行動には思惑やら、下心が伴うんや。それは善意でも変わりあらへん。寧ろ善意の方が色々な含みが混じっとる。せやから殆どは偽善者や。万が一、微塵もそないな考えの無い奴がおるんなら、それは聖人君子位なもんや。良く覚えとき。ええな」

 

「聖人君子……」

 

 

 つまりあの人物は思惑も下心もなかったのだろう。ならば聖人君子らしい。チドリは話を聞いてそう結論付ける。結果、印象が可笑しな人から聖人君子へとなる。包帯を撫でチドリは彼の人を想った。

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 悪徳商法という名の悪夢から空腹で目が覚めた。冷蔵庫は空っぽなもんで買いに行く必要があるんだが、問題が一つ。例の物騒極まりねー凶器だった。部屋に置き去りにしたかったんだが誰かに見つかるかもしれないという疑心暗鬼に、あれが無いとまた頭痛に襲われるんじゃねーのとか思って持っていく事にする。

 

 が、ここで問題が一つ。男は大抵は手ぶらだ。ズボンの後ろのポケットに財布を突っ込んで終了なんだぜ?コレどーするよ。誤魔化せねーし。幾ら地球温暖化で騒がれようが、残念ながらエコのために自分の買い物袋なんつー洒落たもんは持ってない俺。

 苦肉の策として学生鞄に――開けた時に直で見られるの防止のため――新聞紙を厳重に巻きつけて放りこむ。……何でだ。余計に怪しさが増した気がしてならない。不審気に眺めていたが腹が減るばかり。しっかりと鞄に仕舞ったとしつこく確認した後、家を後にした。

 

 

 

 大丈夫だと自己暗示をかけ、まずは恐る恐るポロニアンモール交番近くの青ひげファーマシーへと向かう。今日は安売りの日だからだ。将来、ペルソナ関係でとんでもねー怪我をしそうな嫌な予感を少しでも拭うためアイテムを大量に買い込んで置く。

 俺の命の値段、プライスレス。回復もそうだが、地返しの玉をメインに倍プッシュでおk。念のため普通の塗り薬とか包帯もカゴに放り込む。

 

 つーか、こんなん普通に売ってていいのかよ。ペルソナは一般人には秘密って設定じゃないのか?覚悟を決めてたっつーのに案外あっさり買えて拍子抜けだ。買い占める俺が上客だと思われたのか愛想も良かったしな。……ただし緊張の余り鞄を握る手に汗をかきまくりの上、無駄にガードしてるんだが。

 

 んで気を張り詰めたまま、しばらく外出しなくても良いようにこれまた食料を買い溜め。

会計して荷物が増えたんで塗り薬やら包帯とか小さいのをポケットへ放り込んどく。やっと目的を達成したという安心感から油断して――いや、鞄の中のブツに意識をほぼallつぎ込んでいたせいかもしれんが――激突してしまった。

 

 大慌てで確認する。ふー。衝撃から放り出した荷物の中に鞄があったから中身が出たらマジでどうしようかと思ったぜ。駅前という事もあって人が居るのに危うく阿鼻叫喚の渦に巻き込むとこだった。学生で、かつ男なら雑に扱う事が多いとメーカーが考慮したのか、単に日本の製品の作りが良いのか知らないが無事な事に感謝だな。食材?ああ、そーいえばあったっけ。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 そんな時、謝罪の声色で我に返る。やべっ、俺のせいでぶつかったんだった!

後は謝って更に女性に怪我までさせた事実に兎に角手当をした事しか覚えていなかった。ひたすら低姿勢で慣れない敬語を使ってた気がする。

 そして帰宅。食事を済ませ落ちついた時に漸くぶつかった相手がチドリだったと気付き俺は今更一人で慌てるのだった。


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