実は一日は二十四時間じゃない! なんてて言ったら君たちは信じるかい?
そんな言葉から始まった説明は伊織順平にとって驚きの連続だった。今までの常識を覆される体験に人知れず活動している選ばれた集団。
コンビニで襲われた後、真田先輩に連れられて来た寮で聞かされた未知なる話、そして――シャドウと呼ぶらしい――あの化物に背筋が凍るような感覚が離れはしないが、それ以上の興奮が順平を包んでいた。
『シャドウに対抗出来るのは自分達だけ』
その響きがにかっこいいと両手の拳を握り打ち奮えた。自分が普段好んでいるゲームの主人公のような選ばれた人間になれる!! 日ごろ「あーあ、ゲームが本当になりゃいいのに」とぼやいていた夢がついに現実になる出来事は最高の気分を与えてくれた。
そう、あの時助けてくれた奴みたいな正義のヒーローになってやるぜ。そこまで決意した順平は我に返った。
「……今日はもう遅い。これまでにしようか」
だからそんな言葉が桐条先輩から聞こえて慌てて遮るように腕を上に伸ばし大声をあげた。
「ハイハイハイハーイ! ちょーっと待って下さいよ。まだ他に俺っちに言い忘れてる事があるっスよね。もったいぶらずにそろそろ紹介して下さいよ」
「はあ?何言ってんのよアンタ」
「美鶴。まだ何かあったのか?」
「いや、他にはない筈だが。理事長は如何ですか?」
真っ先に反応したのはゆかりッチ。そして最後には幾月さんに話を振ってみたものの、答えは特になし。けれど、見回す周囲の顔は嘘をついているようには見えない。
「ホラ、だからもう一人。その特別課外活動部ってのにメンバーいるっスよね! それも滅茶苦茶強い奴が!!」
「……シャドウとの接触で記憶に一部障害が出たようだ。だが、心配は要らない。最初にそうなるケースもある」
「うあ……桐条先輩、真顔でそれは流石の俺っちも傷付くっス」
「順平。もしかしてシンジ! ソイツはシンジと名乗っていなかったか?!」
「せ、先輩……」
突然の豹変した真田先輩の態度にゆかりッチが目を丸くしている。咄嗟に問い詰めようとした真田先輩を桐条先輩が押し留めている。
順平自身もゆかりッチと同じ気持ちだが、今はそれどころではなかった。
「特徴! ソイツの特徴とかないっスか?」
「奴は常にコート姿で帽子を被っている」
「違うみたいっスね」
「そうか……」
順平が見た姿は黒をメインとしたTシャツにジーンズというありふれた格好をしていた。
コンビニに明かりが戻った時も一緒に居たためはっきりと見えたから断言できる。
「何かあったの?」
「おうっ!よくぞ聞いてくださいました」
「テンション高っ」
「有里。いやー良くぞ聞いてくれた。これがマジやばいんだって!」
「ふむ。伊織の話が事実なら新しい仲間候補がいるという事になる。詳しく話してくれ」
心底呆れた様子でゆかりが突っ込むが転入生である有里が反応してくれたので、今まで話したくて仕方なかったのが爆発した。その力説する様子を見ていた先輩達や幾月も輪の中に加わってきたため、更に調子に乗る。
皆が自分に注目している事に満足気に鼻の下を掻いて見渡し口を開いた。
「了解っス。さっきちょっち俺がコンビニに行って影時間を体験したって言ったっスよね。そん時……」
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「おわっ。ちょ、どうなってんだよ」
単に寄っただけのコンビニの電気が急に消えた。それだけではない。利用客が全て棺桶に入っているという異常事態。そして自分だけその世界に取り残されているということに焦燥感が募る。
咄嗟に、外に出て逃げれば良いと考え付き、実行に移そうと震える足腰で移動し到着した自動ドアは全く反応を示さなかった。
「開け! くそ。開けよおおお!!」
何度入口の床を足で叩こうが、ガラス部分を殴りつけようが全く状態は変わらない。只、順平の体力が削られていく結果に終わる。
そして最初は単なる暗闇だった筈が、一部が盛り上がる様に動きを見せた。慣れないが必死で目を凝らすと、見える非現実的な生き物。
「はぁ……はぁ……冗談、だよな」
信じたくない。だが逃げないと駄目だと理解してはいるが今の順平には諦めしかなかった。逃げる? どこにだよ。逃げ場がないという事態に気力までもが無くなっていた。
ハハハ。んだよ、せっかく望んでた展開だってのに正義のヒーローになれるだけの力が無いと意味ねぇじゃん。普通はこんな時、隠されていた力がこう……ぐあああっと覚醒してあっという間に倒すんじゃねーのかよ!
つかこの際、脇役でもいいから誰かタイミング良く助けろって。そういや、そういうのって可愛い女の子の役目だったっけ? ありゃ、それじゃ無理だわ。
でも、そんな時に現れたのがソイツだった。
ヒーローの武器にしては随分と粗末なナイフ。どう頑張っても剣じゃなかった。なのに躊躇う素振りは無く。恐怖という感情が全くないとでもいうかの様に化け物へ一直線に飛びかかっていった。
順平はただ呆然とその光景を見てるだけしか出来なかったが、 目は目の前で繰り広げられる一方的な戦闘。否、圧倒的な実力が引き起こす殺戮現場をはっきりと映していた。
そう。ナイフではどうあがいても出来ないであろう肉の塊を捌いていく姿を。化け物はもうどこにも居ない。
きっとソイツの動作は実際はとんでもなく素早い物だったのだろう。常ならとても分からなかったと思う。だが、死の直前に走馬灯が走ると言われているように順平にはその一連の動きがスローモーションの様に見えていた。
ナイフで真っ二つに解体した後、それではまだ不足だと断続的に手を振り上げる。そして断面からが周囲に血――後で見ると黒い変な液体だった――を撒き散らす。叩きつけられた肉塊が再び浮かびあがるのをすかさずに切る切る切る。
肉片になろうとも、いっそ塵になるのではないかと思う程に容赦がない攻撃だ。
やがて僅かな反撃すら許される事なく化け物は消失していった。
しかし、ここで良く考えて欲しい。ゲームばかりしている男。それも日常的に部活に入る訳でも自主的に体を鍛えても居ない奴がそんなに急激に強くなれるだろうか?
スローモーションのようにとあったが、『ように』では無く順平が感じたままのスローモーションが正解だった。
前世で得ていた能力がトラウマが引き金となり発動したのだ。ゆっくりでも、いや遅いからこそ確実に線をなぞる事が可能だった。
最初に真っ二つに解体していたため此方が攻撃される心配は皆無。後は好き放題蹂躙してしまえばいい。返り血を撒き散らしながら盛大に死者に鞭打っていたのだが、順平には幸か不幸か伝わらなかったようである。
「お前大丈夫だったか?」
「……あ、ああ。」
あれだけのことをやってのけたってのに、平然と笑顔でいる男にはまだ全然平気だと余裕が滲み出ていた。
「良かった」
そうやって順平の身が無事だという事に安堵した表情をしている。さっきまでの残虐と呼んでも過言ではない行為をしていた同一人物とはまるで思えない。
ここでも見せつけられる男としての器の大きさに、ひらすら怯えている事しか出来なかった自分がより惨めで小さく思え、とっさに順平は目の前の人物に八つ当たりをしていた。
最も、助かった事に安心して気が緩んだ影響での反動だったのかもしれないが。
「今のは何だったんだ!」
「落ちつけ」
至って対照的な態度で窘められる。
「さっきのは悪い夢だ。忘れろ」
そしてその言葉に抱えていた不安までもを見透かされていると理解した。もう自分が何とかしたのだから思い悩む必要はない。忘れる事でまた平和な日々を送れるのだと男は示唆しているのだ。
「何言ってんだよ!あんな化け物見て忘れられるか!?」
男の思い遣りが分かってしまったからこそ、納得がいかなかった。少なくとも、自分も何か出来るのではないだろうか。
他の連中が棺の中に入っているにも関わらず、自分は違った。それに意味がないと順平は考えたくなかったのだ。男の手伝いでも何でもいい。兎に角その一心だった。
「まだその時じゃない。それがお前のためになる」
「……俺のため」
「ああ」
『その時じゃない』という事は……。初対面だが、力にしても男としてもレベルの違いを見せつけられた後では、あっさり抵抗なくそれも無条件に信用出来た。
「ん?もう大丈夫そうだな」
順平から視線を逸らし、外の方を向きながら言われた言葉にハッとして体を確認してみれば何時しか震えも止まっている。もしや、それも想定していたのかもしれないと気付き、順平は差がより広がるのを感じた。
「じゃあな。俺はまだやらないといけない事があるから」
男が去り、間もなくして駆けつけてきた真田先輩。その後の連れて行かれ聞かされた疑問の数々を解消する説明にやはり予想通りに正しかたのだと知った。
それは俺が求めて止まない代物で、何よりも憧れたヒーローそのもの。
順平は未だに興奮が収まらず――思い返して余計にヒートアップしたせいもあり――男が如何にしてシャドウを格好良く倒したのか。またどれだけ強い奴だったのかを身ぶり手振りを踏まえ、時に効果音を口で模倣しながら語っていく。
シャドウをあの男のように倒せる術を手に入れた。
俺はアイツみたいになる! いや、ぜってーなってみせる!!
話しながら気持ちを整理し、改めて目標を定めた順平はますます演説に熱が入るのだった。