二次元街道迷走中   作:A。

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第二十二話

目線が必然的に包丁へと集中する。誠は自然と冷や汗が伝うのを感じた。

 

(あれ、本当に山岸風花か? なんか全力で違う気がするんですけど。ホント逃げていい?)

 

自然と足が後ろに下がるも、それに合わせて山岸がこちらの方へやってくる。目つきが鋭いがどこか足元がおぼつかない。胸元に両手で握られていた包丁が夕陽を反射してギラリと輝いた。

 

「どうして逃げるんですか? 私が…私が……力不足だからですか?」

 

完璧に危ない方だったのですね、ありがとうございました。人生で包丁片手に挑まれる経験が果たしてあるだろうか。んなモンある訳がない。しかし、後ろに後ずされば後ずさる程、どんどん追い込まれている様子に見える。

このままでは膨張しきった風船の様にいつ、破裂してしまうか分からない。緊張から喉が渇き、言葉が出てこないのだが必死で絞り出す。

 

「ストップ」

 

「はい」

 

あっさりと、だった。すんなり非常にあっさりと彼女は包丁は握ったものの、動きの一切をやめた。矛先を収めたのだ。念のため一歩下がってみるも、反応はない。助かったのだ。

 

ひとまず一安心した。慌てて今までろくにできなかった呼吸をし、山岸に質問をする。

 

「何でそんな急に一緒に行こうだなんて思ったんだ?」

「急ではありません。元々、行くつもりでした」

「え、そうなの?」

「はいっ」

 

心底嬉しそうで仕方がない声色で返答されてしまった。彼女を見てみると、既に包丁は構えておらず、会話の続きを待ち望んでいる姿勢だ。そう、どこからどうみても自然体である。あれだけ物騒だったのが嘘のようだ。

 

誠は警戒しつつも、今の凶器をおろした山岸相手だと徐々に緊張が解けていくのを感じた。なにせ、原作では優しく穏やかで気弱で控え目な優等生。きっと彼女に意図などはなく、単純に武器として持ってきてくれたに違いないのだから。

 

心配する必要なんてまるでないじゃないかと、ビビっていた自分に嘆息を一つ。その瞬間、山岸がビクリと身体を震わせた。怯えさせてしまったのかもしれない。

 

勇気を出しておとなしい子が主張してくれたのだ。せっかく申し出てくれたのを無碍にしなくてもいい気がする。

 

「じゃあ、一緒にご同行お願いしようかな」

「ありがとうございますっ」

 

索敵・偵察を行ってくれるサポート役が加わってくれるなら、安全性がより高まるというものだ。では、改めてコロマルを誘おう……。

 

そこまで考えが至った時、思い出した。―――召喚器をもっていない事に。

 

折角、能力があるにも関わらずそれは勿体ない気がする。というか、ペルソナ3での能力は召喚器なしでは始まらないのだし……。

 

ふと、携帯に登録してある桐条美鶴の事が頭をよぎる。ずっとモノレールの際に貰ってからそのまんまだった。

 

「支度もあるから、一旦お互い別行動をとろう。午後11時に長鳴神社集合で!」

「わ、分かりました。只、えっと、私も出来たらついていきたいんですけど」

「んーちょっと事情があってさ。だから、別々に動く方向でいきたいんだ。別に置いて行ったりしないからさ」

「はい、じゃあ準備して待っています」

「頼んだ」

 

激しく上下に頷く山岸と別れる。何時でも連絡を取れるように携帯番号を交換して。彼女は最後まで見送ってくれた。片手に包丁は相変わらずだが、律儀に去りゆく誠に頭を下げている光景を見るに、タルタロスへの戦闘の気がほんの少し逸ってしまったのだろう。

 

別れて暫く歩んだ適当なスペースで道の脇に寄った。召喚器のアテは唯一ある。桐条先輩に打診してみよう。携帯のコール音が響く。一回…二回…三回…四回……五回。

 

しまった、多忙を極めるであろう桐条先輩だ。そう簡単には捕まらないかもしれない。

 

「もしもしっ。桐条だ。もしかして遠野!――遠野か?」

「え、えっと…はい」

 

余りに勢い込んでいうものだから、無駄にしどろもどろになってしまう。

 

「驚かせてしまったのなら、すまない。しかし、もう連絡が来ないものかと心配していたんだ。電話を貰えて嬉しいよ」

「そんな大げさですよ」

「大げさなものか。遠野、連絡したからには良い返事だと期待しても良いのだろう?」

 

最初は嬉しそうに、次いで悪戯っぽく告げられた問いにはYESと即答したくなる様な誘惑が秘められている。どうにも、桐条先輩は真面目なイメージを覆す様な小悪魔気質な部分が顔を出すから困ってしまう。

 

(ギャップ萌だ……!)

 

男心を天然なのかもしれないが、擽(くすぐ)るのはよして欲しい。隙というかツボをつくのが巧妙である。桐条先輩相手だと罠だと知っていても飛び込む連中が山と居そうな気がしてならない。

 

しかし、その手に乗っては駄目だ。必死で調子の良い返答をしたいのを堪える。

 

「いえ、期待に添えなくて申し訳ありません。実は相談があるんですけど……」

「…………」

「使うのは俺じゃありません。召喚器を二つ用意して欲しいんです…―内一つは特殊な形状で」

「分かった」

 

意外にも即答だった。一方的だし期待を裏切ってしまうから、「すまない…」と断られるのを半分以上想定していたから嬉しい誤算だ。

 

「渡したいのだが、学生寮まで来てもらえるだろうか?」

「了解です。直ぐ向かいます」

 

◇◆◇

 

その日、特別課外活動部はダレていた。何故なら、調査を進めているのにも関わらず、余り進展がなかったからだ。ソファに皆が腰かけて談義をしている。

 

「もーどうしてこーもチャンスが途絶えちゃうかなー」

岳羽が天井に両手を上げてなげく。

 

「それを言っちゃ駄目だってゆかりっち。ああもキッパリ言われちゃったら引き下がるしかないっしょ」

伊織が慰めを入れたが効果がないようだ。あからさまに岳羽は拗ねた顔を見せる。

 

「そーだけど、だからって一言で切って捨てることないじゃん」

「なにせ興味ありませんだもんなー」

「何だ? この間の山岸風花の話か?」

「そうっす、真田先輩。一応話は聞いて貰う事は出来たんですけど…」

「断られた、か」

 

うーんと皆で悩むもいい結論は出ない。公子も紅茶を入れたものを持って来ると話に参加する。

 

「折角だから一度体験して貰うとかはどうかな? お願いすれば無碍にはしない人だと思うし」

「お! 名案じゃん。俺らのすげー活躍を見れば、気がコロコロコロロって変わるに違いねぇって」

「そうすんなり上手くいくといいんだけどあの子、穏やかで優しいって評判とは裏腹に意思が強そうな目をしていたから手強い気がする」

「そうか……岳羽が言うのだから、余程なんだろうな」

 

真田が顎に手を当てて悩んだ。すると、不意に玄関口が盛大な音を立てて開いた。突然の介入者に皆が注目する。―――桐条美鶴だ。桐条は携帯電話を片手に握りしめながら息を切らせて立っていた。

 

「聞いて欲しい。飛びきりの朗報だ! 遠野がペルソナの適合者を発見し、説得してくれたんだ。それも二人も」

 

『!?』

 

「しかし、遠野自身は参加する気がないようだ。発見した人物だけを紹介して、そのまま去るつもりだ。それでは駄目だ! 皆の協力で何とか彼をこの特別課外活動部に引き入れて欲しい」

 

重大事項の速報にいち早く回復したのは伊織だった。ガッツポーズをしたまま絶叫する。

 

「うおおおお。 キタ―――! ついに師匠キタ―――!」

「落ち着いて順平。これはチャンスだよ。でも、ここで遠野君に逃げられたら困る。きっちり作戦を練ろう。何が何でも絶対に逃がさない様にしなきゃ」

「有里。作戦と言ってもどうする気だ?」

「はいはいはいは―――い。俺っちに良い提案がありまっす」

「なんか嫌な予感がするから却下で」

「ゆかりっち酷いぃぃ」

「酷くない。普通に説得で良いじゃん。そんなに凄い人なら事情を説明すれば分かってくれるでしょ?」

「それも一理ある」

「真田先輩までェェ」

 

こうして遠野誠来訪に対し、先程の空気とは一転盛り上がりを見せるのだった。

 

 

 


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