二次元街道迷走中   作:A。

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第十六話

 どうしようもない。他の人にとってみれば、打破する策を練る道も行動する道も多岐に渡ると思うの。でも、私にとっては何よりも難しい事で……。毎日毎日、幾ら苦痛で怯える日々が続いても只管耐えるだけ。

 早く過ぎ去って欲しい。早く飽きて欲しい。でも必死で目を逸らしている現実は行く手を阻んで何処までも追いかけてくる。

 

 

 

 

「ねーねーアンタさ、マキが今月ピンチなんだよね」

「今月っつか、いつもじゃん?」

「まーまー夏紀ってば、ピンチなのは間違いないっしょ」

 

 薄暗い曇りの日。それは山岸風花という一個人の心理状況を反映している様だった。しかし、雨が降り止まない現状を踏まえればこの例え方は不適切だ。何せ激しさを増して水量が増えるばかりなのだから。風花は下唇を強く噛みしめた。

 

「でも、だからって不味くない?」

「今更何言ってんの?夏紀らしくなーい。どうしちゃった訳」

 

 学校からの帰宅するコース上にあるとはいえ、至って使い勝手の悪いこの場所周辺は

人通りが少ない。それも風花が連れ込まれているのは最悪な所だ。昔は普通に利用していたのだろうが、今だと行き止まりになっている細い通路。

 素通りが当たり前同然に認識されている此処では、到底助けは望めないのだから。とはいえ、仮に学校であっても救う者など皆無なのだが。

 

「ね、さっさとしてくんない?私、暇じゃないんだよね」

「優等生なんだから分かるでしょ?」

「ちょ、ちょっと」

「夏紀は気にし過ぎ、いーから、いーから」

 

 明白な言葉を避け、敢えて曖昧な言い方をして己の要求を付きつけてくる。要は金銭さえ渡してしまえば済む話なのだ。ただし、此処で差し出すと今後もっとエスカレートして金額を吊り上げられると予想してしまう頭脳の前では、自然と渋ってしまう。本当にこれだけで済むのなら、変に突っつかれる前にさっさと渡して終わりにしたいというのに。

 体の震えが一層酷くなると、空に掛る雲も厚みをまして薄暗くなった様に感じられた。せめて下を向き、耳を塞いで丸くしゃがんでしまいたいのにそれすら出来なかった今日は、自分を取り囲む人影の目から空へと視線を移すしか慰めにしかならない。

 

 風花には絡んでくる人が、いつしか影にしか見えなくなっていた。当人の影――つまり、その人だけどその人自身ではないもの。自分に向けられた本音の言葉ではないと思い込みたいために、その相手を否定した結果が"影"なのだ。

 

(影が言っているだけ、その人自身じゃない……)

 

 相手の言葉の裏を無理矢理自分に都合の良い様に解釈をし、あらかじめ重傷を負って手遅れ(再起不能)になる前に自分で心に自己弁護という名の嘘を吐いて騙したり、慰めの言葉を使い傷が治ったと思いこませたりしたのだ。唯一の防衛手段といっていい。

 

(本当に困っているのかもしれないでしょう?困っている人を見捨てるのは悪い事だもの。それに、事実だから今日は聞きたくない言葉を言われてない。うん、別に間違った選択じゃないかもしれないじゃない。こんなに駄目な私でも、僅かとはいえ誰かの役に立てるんなら……ほら、それに手助けが出来たなら明日からは、きっと……!)

 

 無理矢理過ぎる。こじ付けにも程があった。誰よりも相手の顔色を窺って、人の目を気にして生活していたので最初から分かり切った話であった。だが、絶対不可欠なのだ。人は真面目であればある程に思い詰める。気にしてしまうのだ。一瞬でも真実に気付いてしまったなら終わり。風花が風花でいられた筈の歪な足場が崩壊してしまう。

 「単なる悪ふざけ」「からかってるだけ」など、日々繰り返し過ぎて麻痺している風花にとっては、後から疑念を持たない様に自己暗示をする領域にすら到達していた。

 

「ってか、シカト?」

「きーてんの?」

 

 ついに痺れを切らした手がこちらに迫ってくる。殴られるかもしれない。髪を引っ張られるかもしれない。一歩、近づいたせいで余計に影が濃くなった気がした。嫌な予感が際限なく押し寄せては最悪の結末を脳内で勝手に再生させてゆくのだ。まだ、体感した訳でもないにも関わらずリアルに感じてしまう。想像が止めどなく溢れる。

 風花は今までなら言葉だけで済んでいた事態が、枠を飛び越えて襲いかかってくる事態に恐怖した。飽和するギリギリ耐えきっていたというのに、それすらもあっさり越えて限界地点を突破してしまったのだ。

 

(やっぱり"影"なんて嘘。私は……私は……!)

 

 きっかけは、それだけで充分だった。放たれた扉。走馬灯の様に記憶が巡る。過去に吐かれた暴言の数々が"影"から目の前の"彼女達"に書き変わる。正しい現実を直視してしまった。そう――無数の悪意の刃が山岸風花へ突き立てられる。

 優等生なだけあって暗記も得意なのが仇となり、向けられた悪口が正確に思い出される。目を極限まで見開き、絶望に彩られた。

 

 傷を負い続けている中――ふと、ずっと昔に誰かが助けてくれるという願望を抱いていた事が脳裏に過った。馬鹿だったと思う。そんな人なんていない。でも、助かりたい一心で祈った。無駄だと知っていても、自分以外の誰かに頼るしかなかったからだ。

 自己否定されてばかりいて、風花ですらそうだと、その通りで間違いないのだと思っていて、どうして反論出来るというのだろうか? 自分で何とか出来るなどといった気持ちを持てるというのだろうか?

 だから過去に願った。とうか助けて下さい。私に出来る事なら何でもしますから、と。現実的にクラスメートや先生では無理だ。他の学年の人や、増してや教育委員会など。本当に助けてくれるのなら神様位なものだ。神様が本当にいると思っていないのに、こんなちっぽけな風花如きの願いなど無視されるに違いないと考えても、もし神様が実在したなら何時か自分は助かるかもしれないと希望を抱いていたのだ。否、願望という名の妄想だ。救われて平和で幸せな日常を取り戻す夢を見て慰めていた。今ではすっかり諦めていた事が、こうして不意に蘇った。

 

(そういえば、そんな事も考えていましたっけ)

 

 両肩を掴まれ何かを叫びながら揺さぶる人を風花は、ぼんやりと目に移した。

 

(あぁ……もし、本当に神様が実在していたら……)

 

 暖かい夢だった。ずっとその夢から覚めたくないとすら思っていた。そして、ボロボロに擦り切れた風花が朧気に架空の世界に入り込もうとした時だった。霞みがかった意識の中に光の筋が入り込んで来たのは。薄暗い空間を割いたソレは人生で一番美しい。これは夢なのだろうか。風花が自問自答したが正解は不明だ。

 やがて光は掴みかかっていた人間の目を直撃した。生み出した隙――怯んで微かに緩んだ手を風花は見逃さなかった。

 

 そして世界は急激に動き出す。手の持ち主の腕を己の手で弾いたのだ。山岸風花にとってはあり得ない事だった。でも光が教えてくれるのだ。光が囁くのだ「逃げろ」と。自然と体が動き、命じるままに動いていた。勢いが強かったのか数歩後退した人間を押しのけ、飛び出す。足取りは軽い。光が生まれている場所へ導かれているせいだ。急に出現したのだから消失も一瞬だろうと全力で疾走した。

 地面の水溜りに反射していた光は、遠目にあるT字路は見通しが悪いために道路反射鏡(カーブミラー)が設置されている箇所へと繋がっている。残念ながらそこに到着するよりも早く、もう消えてしまったが風花は目撃した。ある人物が手鏡を仕舞った所を。犬が心配そうにこちらを眺めて手鏡の所有者に擦り寄る光景を呆然と眺めて立ち尽くす。……人物?それは間違いだ。光を生みだして助けてくれたのが、あんなのと同じ人間な訳がないのに。

 

その日、山岸風花は神様に出会った。


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