二次元街道迷走中   作:A。

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第十話

 意を決した公子が前へと足を踏み出す。騒ぎが終着する頃、伊織を引っぺがし元の位置へと戻しての二度目の対峙だ。しかし、謎の男は無言で本体が居るドアの向こうへと姿を消したそうだ。相手にされない事への伊織の悲痛な叫びをBGMに、皆も進む。

 彼が件の人物だったかは以前不明である。ただしコンビニで助けられた伊織は兎も角として、同じ学校内で声を掛けたのだと言っていた岳羽と有里に無反応だった。初対面であるならば警戒もするだろうが、既に互いに顔を合わせている。無反応で交渉の席にすらつかずに徹底して無視を貫くとは冷たい性格の持ち主のようだ。美鶴はヒーローという比喩表現から勝手な理想を抱いていたらしい。打ち砕かれて落胆する。

 

 しかし時間は待ってくれないかった。有里の頭部近辺に攻撃がぶつかり、通信が乱れる。

 

「おい! 大丈夫か?!」

『はい。公子はあの人に助けられましたから』

『ボディタッチとかマジ羨まけしからん……あーあー師匠ってばいーなー』

 

 どうやら美鶴は酷く思い違いをしていたらしい。本当に冷徹な人間ならば人助けなどしないだろう。無視をしたのには事情がある。第一印象だけで物事を判断した自分の未熟さを恥じながら敵の詳細情報を探った。それを察知するペンテシレアの存在が一層増した時だった。懸念事項が現実となる。仲間割れだ。

 伊織は我慢の限界だとリーダーの指示を聞かずに飛び出す。炎属性のスキルは無効になると届いたのはアギを放った後。壁に激突した伊織を岳羽がサポートするのだが、感情を操りきれていない。一応は指示通りに本体へ意識が向いているのだが、自棄になっている。我武者羅にスキルを連発し、ペースを考えない。それでも一見優勢に見えるが間違いだ。見事に悪循環に陥っている。当初の作戦通りに囁きのティアラを相手していた有里が見かねてアイテムを使用し、SPを回復する事でターンを使ってしまう。岳羽は攻撃を免れた囁きのティアラ二体の影響で減らされたHPのために回復スキルをメインにしか使えない。

 

 つまり現段階では伊織一人だけでしか動いていないのだ。気合いだけでは決して埋まる事のない力量。また本体からの攻撃も加わり、痛みで集中力も欠いている。これでは負けてしまう! それだけではない。時間も一刻一刻と進んでおり、どちらにしろ危機が迫っていた。あの謎の男は何をしているのかと叱責したくなったのだが、美鶴にはその権利は無い。なりふり構っていられない。しかし、仲間を信じる気持がある。

 それが徐々に揺らぎ初め、通信で励ますか注意を促すしか出来ない不甲斐なさに吐き気がする頃、唐突にペルソナを使う合間に有里が伊織に話しかけた。それ以前もタイミングを見計らっては繰り返し行っていた行為だがことごとく伊織が聞こえないふりをしていたのだ。

 

『順平。憧れのヒーローに無様な姿、何時まで見せる気?』

『は?有里何言ってんだよ! 活躍してるだろ! ボスだって…―』

『どこが? 最初から相手にされないのも納得だね』 

 

 こればかりは聞き捨てならなかったようだ。即座に噛みつき、反論をするのだが有里が言葉を遮り尚も続けた。いつも快活な彼女にしては珍しい低くて単調な声だ。

 

『これ以上失望されたくないなら、私が信用出来なくても良い。今だけでも指示通りにして』

『…………別に信用できねーって訳じゃねぇよ』

『アンタの態度はそー言ってんの。否定するなら相応の働き、しなさいよね。活躍したいんでしょ。サポートは万全にしといてあげるから』

『ゆかりッチ……』

『ヒーローはピンチになった時こそ真の力を発揮するんだし、これからだよね。ほら頑張ろっ!』

『有里……』

 

 美鶴が口を出すまでも無く、リーダーの説得により伊織が本来の動きを取り戻した。途中で何やら意味が不明なのだが、有里は信頼度の高まりで愚者のコミュアップしたー!と歓声を上げて二人から訝しまれる一場面が見られた。頭を傾げながらも美鶴は合体攻撃のための掛け声を聞く。

 もう大丈夫だ。肩に入っていた余分な力が抜ける。三人のぶつかり合い、壁を乗り越えた皆のコンビネーションは最高潮であり、クリティカルヒットすらも可能にする。各自成長を遂げ、自分の得物を携えながら飛びかかる姿が目に浮かび、輝かしいなと美鶴は頬笑みを浮かべた。

 

 一時はあの男に八つ当たりをしてしまいそうになったが、今では介入されなくて良かったと思う。無暗に手を出さず、見守っていてくれた事に感謝の念が湧きあがった。また、接触が僅かだったのに三人の関係性を見抜いた観察眼もかなりの物だと美鶴は感心する。

 そうして本体のHPが半分を切った頃の事だった。モノレールが唐突に横へと大きく揺れ出す。咄嗟に周囲の物を掴み支えにするのが叶わず、転び隙を見せてしまう。三人はそれぞれに回避行動をして受けるダメージを極力減らし立ちあがる。

 

 原因を探るために軽い状況把握をしていた有里の発言では本体に変化は見られないものの、謎の男の姿がないらしい。動くモノレールからは逃れられない。では、どこに?疑問符が美鶴の脳内を駆け巡るが解けず仕舞いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局謎が解決したのは全てが片付き、三人がモノレールから降りて駅に合流するまでの間に寮の作戦室へと連絡を入れようとした時だ。未だ影時間は終えていないにも関わらず、蠢く影が駅の構内に見られたからだった。もしやシャドウかと勘繰った美鶴は作業を一旦中止し、召喚機を取り出す。そして手近にあった物陰から様子を伺えば――紛う事なき人間のシルエットをしている。

 驚きで動けない美鶴を気にせずにその人間は暗がりから満月の光が溢れる広場への階段を一歩降りた。照らされるのは短い髪と高めの身長。しっかりとした体躯は男だ。もっと目を凝らすと、負傷しているのが分かった。頬に擦り傷と打撲した跡が複数ある。他にも歩みを進める男は足を引きずっていた。時折、鬱陶しそうに眉を歪めている。

 

 ここで美鶴は真実に辿り着いた。まずプリ―ステスを倒した瞬間、モノレールが停止したのは何故かという謎。それはこの――最初に乗りこんでいた謎の――男が運転席からブレーキをかけたからだ。仲間割れにより随分と時間を消費し、残り僅かになると察して動いたに違いない。

 突如、車内が揺れたのは男が本体とは別のシャドウと激闘を繰り広げていたからだろう。本体の存在感に紛れて美鶴は気付けなかった。ただし実力は本体以上である。それもその筈、一人で多数のシャドウを相手にし掠り傷すら負わなかった男が手こずる相手。本体の支配下にあるモノレールの制御ですら揺らぐレベルなのだ。三人の話を聞いているため、圧倒的な実力を誇っている事は折り紙つきで、決して過言ではない。

 美鶴の背中を冷や汗が伝う。プリ―ステスを倒した所で、体力もペルソナを使う気力も使い果たしている三人では絶対に勝てない。それどころか仮に男が倒したシャドウが存在していなかったとしても時間切れでモノレールが激突していた。皆を失ったかもしれないという恐れが襲う。浅い呼吸を繰り返しながら尚も、美鶴は思考を整理するのをやめなかった。

 

 最初から救われていたのだ。男が誰よりも早くシャドウの存在を感知して現場へと急行し、本体までの通路に蔓延(はびこ)る敵を一掃する。次に敢えて傍観に徹し三人を見守った後は、たった一人でより強大なシャドウへと立ち向かっていく。有里からの通信では何もなかった。という事は、またもや無言のまま立ち去ったのだろう。あれだけの事を成し遂げても誇る真似など以ての外とばかりに。嗚呼……命の恩人だというのに!!

 美鶴はそのまま他の事柄についても考察を続ける。何も言わなかったのは感情を常に抑えているストイックな性格の持ち主だったからに違いない。もしくは間違っても恩を着させないためにと考えた結果だったのかもしれないな。不用意に言葉を口にすれば矛盾が生じる物だ。伊織がヒーローと称したのは本当に正しかったのだ、と。

 美鶴の体の震えが更に酷くなる。―――最も、今度は恐怖と別な感情の表れであったのだが。

 

「ブリリアント!!」

 

 錯覚だろうか、両腕を広げた美鶴の周囲には無数の光が散らばり背後に薔薇を背負っている。本人は当然、気付いている訳も無く。そして謎の男もとっくに帰路へとついていた。


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