という幻聴が聞こえました。
頭がおかしくなりそう。たぶん気のせい。
二人の女性に囲まれて、一人はニコニコと笑顔を浮かべながら。もう一人はただ無表情のまま。
わーい、モテモテだぁ。うれしいなぁ。なんて思えるわけもなく。
やけに、肌寒い。室温が夏場とは思えないほど冷えている気がする。
これが修羅場というものだろうか。こんな経験今まで一度もなかったし、これからもないと思っていたけど。
一人が言う。
「どうして、うちの部員の部屋に無関係の高校の人が入り込んでるのか、教えてもらえるかしら?」
よく見れば笑顔が少し引きつり、眉も少し痙攣している。
一人が答える。
「私たちの関係をあなたに教える必要はない」
無表情に見えるが、目の奥にははっきりと敵意が見て取れた。
この中で一番の弱者は自分だ。言い争いを収めるために間に入れば、その瞬間に板挟み。
自身の所属するチームの一員として幼馴染を止めれば、他のチームの女性を部屋に連れ込んだ、という事実がのこる。
幼馴染として部長を宥めれば、これから部室では針の筵だ。どうしようもなく、自分は追い込まれている。
ただ一つ言えることは。この状況の責任は自分にある、ということだ。
全国の間は、チームの一員としてシロさんと接するべきだった。自身の心の弱さに嫌気が刺す。
ただそれ以上に。自分を必要をしてくれている人がいてくれたことに、安堵を覚えたこと。
その事実が、清澄高校麻雀部としての須賀京太郎でいることをためらわせた。
気づきたくなかったこと、それに気づいてしまったこと。
心のどこかで感じていた疎外感。それが、さっきまでなくなっていたことに、気づいてしまったから。
「須賀君、この人じゃ埒が明かないからあなたが説明しなさい」
絶対零度の視線。それが俺に突き刺さる。そりゃそうだ。
先ほどまで試合をしていて、しかも自分たちを敗退に追い込みかけた選手が。
その部員の部屋にいたのだ。どう考えても、許せるはずがない。
「シロさんは、岩手の幼馴染で、その、久しぶりに会ったから、俺が誘って部屋に来てもらったんです」
「嘘ね。須賀君が女の人を部屋に呼ぶわけないじゃない。ヘタレだもの」
即答。その答えは、ある種の信頼だろうか。それともただ見下されているのか。
「もしかして、私たちの情報をこの人に売ったの?だとしたら、私は絶対に須賀君を許すわけにはいかないけれど」
「そんなことはしてない!」
でも部長の言葉は、さすがに許せなくて、つい声を張って否定した。
突然大声を上げた俺に少し驚いたのか、怯んだのか。びくりと体を一瞬震わせた部長。
「…すみません。驚かせて」
「いえ、ごめんなさい。言い過ぎたわ」
仕方ないとはいえ、俺は少しでも疑われたことに、部長は疑ってしまったことに。
お互い、気まずくて視線をそらす。
「…部員のことも信じられないの?もっとも、後輩の指導も満足にできてないみたいだけど」
しかし、シロさんはまるで関係ないかのように、言い放った。
「…あなた、ふざけてるのかしら?」
シロさんは、敵意の増した視線を受けてもただ怠そうに椅子にもたれかかる。
本当に、自分は悪くないと言い切るようなものだ。正直、ここまで態度に出るのは、意外だった。
「先鋒の子に話を聞けばわかるよ。私が怒ってる理由も。
もう部屋に戻っていい?確かめたいことは確かめたし、もう戻りたいんだけど」
「須賀君!この人失礼過ぎない!?」
シロさんは部長にちらりと視線を向け、すぐそらす。
「京太郎、全国終わった後、待ってるから」
ただ、それだけを一言残して、椅子から立ち上がる。
そのまま部屋を出て行く。
取り残された部長と二人きり。気まずいなんてものじゃない。
部長はため息をついて、呆れたように質問を飛ばしてくる。
「で、幼馴染って本当なの?」
「それは本当です。さすがに麻雀に関しては何も教えませんよ」
「そこまで言わないわよ。ただ、事実を確認しただけ。
自分たちの力でどうにかしないと、試合に勝てても勝負に負けちゃうじゃない」
それに…と言いかけ、部長は言いずらそうに顔をしかめた。
ここで情報を漏らすなら、信用なんてできないじゃない、と。その顔は語っていた。
そして、何かに気付いたようで妙に焦り始めると。
そのまま何も言わず、俺が買い出ししたものをもって部屋を出て行った。
ベッドで横になる。ただエアコンの音がうるさい。
さっきまで軽く濡れていたはずのシーツはすでに乾いていて、少しだけしわになっていた。
ここに、シロさんが居た。好きだと求められた。すぐにでも応えたかった。
でも、部長のおかげで止まることができた。もし、あそこで電話が来なければ止まれなかっただろう。
久しぶりに会って感情が昂った、だけじゃない。須賀京太郎自身を必要としているから、うれしかったんだ。
だから気づいた。清澄で感じる謎の疎外感を。その理由を。
極論を言えば俺が清澄でやっている雑用とか、いろいろ。それは、須賀京太郎でなくともよいのだ。
俺以外の人間が最初に清澄麻雀部に入って俺が居なければ、その人が雑用をするだろう。
たぶん。俺は、
須賀京太郎じゃないと、駄目だと。そう言ってほしかったんだ。
じゃあ、なんでそう思った?
「俺って、こんな女々しかったっけ?」
たぶん、シロさんの代わりを、見返りを求めているだけだったんだ。
「あー馬鹿らしい」
一人で馬鹿みたいに悩んで、馬鹿みたいに迷って、結局バカだったのは自分というオチ。
誰かに頼られるのが日常だったから、自分が必要ないと言われるのが怖かっただけ。それだけ。
少しだけシロさんに文句を言いたかった。引っ越すときに好きだ、と言ってくれればここまで悩まなかっただろうに。
いや、キスされて全然気づけない自分も情けないけれど。それはそれ、と自分を棚に上げておく。
すこしだけ、吹っ切れた。だって、俺は女子の部に必要なわけがないんだから。
仲間として、応援しに来ただけ。そう思えば心も軽くなる。
わーいやったー!応援できるぞ!
…うん。むなしいからやめよう。
一人で現実逃避。気持ちの整理がついたから、気づいたもう一つの問題。
咲のこと、どうしよう。
咲は明らかに俺を好いてくれている。俺はそれをずっと無視してきた。
しかも、俺のほうは初恋の人と両想い…のようなものだとわかってしまった。
このことがもし咲に知られてしまったら。
あの小動物のような娘が、失恋してしまったら、どうなってしまうのか。
想像もつかない。涙を浮かべながら祝福してくれるだろうか。それとも、泣きながら怒ってしまうだろうか。
あれ、泣いてる姿しか想像できない。
とにかく、このことは絶対咲にばらしてはいけない。心に固く誓う。
いつかは絶対に伝えなきゃいけないことだけど、せめて全国が終わるまでは秘密にしなければならない。
もし精神のバランスが崩れて麻雀に悪影響があれば、応援どころか邪魔をすることになる。
そのことをシロさんは知らないかもしれないけど、全国が終わるまでは待ってくれるらしい。
部長も、見逃してくれた。本当ならビンタされてもおかしくないことなのに。
だから、今はその厚意に甘えておこう。
吹っ切れたんだ。もう俺は迷わない。見返りなんてなくても、みんなのために頑張ろう。
そうすれば、また部活仲間として、一緒に頑張っていけると思うから。
竹井久は完全に迷っていた。
まずい、まずいわ。完全に出来上がってるじゃないあの二人。
咲が須賀君を好いてることは間違いない。でもその思いが通じる可能性が低いことも事実。
このことが咲に知られちゃったら…
「部長?何やってるんですか?」
「さ、咲?どうしたのこんなところに」
「どうしてって、当然じゃないですか!」
「部長一人で、京ちゃんの部屋に行かせるわけないじゃないですか!」
「な、なんで須賀君の部屋に行ったこと知ってるの?」
「あ、やっぱり行ってたんですか。で、何してたんですか?」
「頼んだものもらいに行ってたのよ」
「で、本当は?」
「え?…ほら、これ、必要だったから…」
「へぇ…本当は、どうだったんですか?」
目のハイライトが消えた咲をみて、竹井久は悟った。
魔王が誕生したと。
少しだけ須賀君を恨みたくなった。
恨んだ瞬間圧倒的なオーラが当てられ、背筋が寒くなった。
そのうち竹井久は考えることをやめた。
※あとがきはフィクションです 実際はばれてないです たぶん