迷い家のお椀   作:ハム饂飩

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次投稿さぼったらもう許さねぇからなぁ?


という幻聴が聞こえました。


頭がおかしくなりそう。たぶん気のせい。


第十四話

二人の女性に囲まれて、一人はニコニコと笑顔を浮かべながら。もう一人はただ無表情のまま。

 

わーい、モテモテだぁ。うれしいなぁ。なんて思えるわけもなく。

 

やけに、肌寒い。室温が夏場とは思えないほど冷えている気がする。

 

これが修羅場というものだろうか。こんな経験今まで一度もなかったし、これからもないと思っていたけど。

 

一人が言う。

 

 

「どうして、うちの部員の部屋に無関係の高校の人が入り込んでるのか、教えてもらえるかしら?」

 

 

よく見れば笑顔が少し引きつり、眉も少し痙攣している。

 

一人が答える。

 

 

「私たちの関係をあなたに教える必要はない」

 

 

無表情に見えるが、目の奥にははっきりと敵意が見て取れた。

 

この中で一番の弱者は自分だ。言い争いを収めるために間に入れば、その瞬間に板挟み。

 

自身の所属するチームの一員として幼馴染を止めれば、他のチームの女性を部屋に連れ込んだ、という事実がのこる。

 

幼馴染として部長を宥めれば、これから部室では針の筵だ。どうしようもなく、自分は追い込まれている。

 

ただ一つ言えることは。この状況の責任は自分にある、ということだ。

 

全国の間は、チームの一員としてシロさんと接するべきだった。自身の心の弱さに嫌気が刺す。

 

ただそれ以上に。自分を必要をしてくれている人がいてくれたことに、安堵を覚えたこと。

 

その事実が、清澄高校麻雀部としての須賀京太郎でいることをためらわせた。

 

気づきたくなかったこと、それに気づいてしまったこと。

 

心のどこかで感じていた疎外感。それが、さっきまでなくなっていたことに、気づいてしまったから。

 

 

「須賀君、この人じゃ埒が明かないからあなたが説明しなさい」

 

 

絶対零度の視線。それが俺に突き刺さる。そりゃそうだ。

 

先ほどまで試合をしていて、しかも自分たちを敗退に追い込みかけた選手が。

 

その部員の部屋にいたのだ。どう考えても、許せるはずがない。

 

 

「シロさんは、岩手の幼馴染で、その、久しぶりに会ったから、俺が誘って部屋に来てもらったんです」

 

 

「嘘ね。須賀君が女の人を部屋に呼ぶわけないじゃない。ヘタレだもの」

 

 

即答。その答えは、ある種の信頼だろうか。それともただ見下されているのか。

 

 

「もしかして、私たちの情報をこの人に売ったの?だとしたら、私は絶対に須賀君を許すわけにはいかないけれど」

 

 

「そんなことはしてない!」

 

 

でも部長の言葉は、さすがに許せなくて、つい声を張って否定した。

 

突然大声を上げた俺に少し驚いたのか、怯んだのか。びくりと体を一瞬震わせた部長。

 

 

「…すみません。驚かせて」

 

 

「いえ、ごめんなさい。言い過ぎたわ」

 

 

仕方ないとはいえ、俺は少しでも疑われたことに、部長は疑ってしまったことに。

 

お互い、気まずくて視線をそらす。

 

 

「…部員のことも信じられないの?もっとも、後輩の指導も満足にできてないみたいだけど」

 

 

しかし、シロさんはまるで関係ないかのように、言い放った。

 

 

「…あなた、ふざけてるのかしら?」

 

 

シロさんは、敵意の増した視線を受けてもただ怠そうに椅子にもたれかかる。

 

本当に、自分は悪くないと言い切るようなものだ。正直、ここまで態度に出るのは、意外だった。

 

 

「先鋒の子に話を聞けばわかるよ。私が怒ってる理由も。

 

もう部屋に戻っていい?確かめたいことは確かめたし、もう戻りたいんだけど」

 

 

「須賀君!この人失礼過ぎない!?」

 

 

シロさんは部長にちらりと視線を向け、すぐそらす。

 

 

「京太郎、全国終わった後、待ってるから」

 

 

ただ、それだけを一言残して、椅子から立ち上がる。

 

そのまま部屋を出て行く。

 

取り残された部長と二人きり。気まずいなんてものじゃない。

 

部長はため息をついて、呆れたように質問を飛ばしてくる。

 

 

「で、幼馴染って本当なの?」

 

 

「それは本当です。さすがに麻雀に関しては何も教えませんよ」

 

 

「そこまで言わないわよ。ただ、事実を確認しただけ。

 

自分たちの力でどうにかしないと、試合に勝てても勝負に負けちゃうじゃない」

 

 

それに…と言いかけ、部長は言いずらそうに顔をしかめた。

 

ここで情報を漏らすなら、信用なんてできないじゃない、と。その顔は語っていた。

 

そして、何かに気付いたようで妙に焦り始めると。

 

そのまま何も言わず、俺が買い出ししたものをもって部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

ベッドで横になる。ただエアコンの音がうるさい。

 

さっきまで軽く濡れていたはずのシーツはすでに乾いていて、少しだけしわになっていた。

 

ここに、シロさんが居た。好きだと求められた。すぐにでも応えたかった。

 

でも、部長のおかげで止まることができた。もし、あそこで電話が来なければ止まれなかっただろう。

 

久しぶりに会って感情が昂った、だけじゃない。須賀京太郎自身を必要としているから、うれしかったんだ。

 

 

だから気づいた。清澄で感じる謎の疎外感を。その理由を。

 

極論を言えば俺が清澄でやっている雑用とか、いろいろ。それは、須賀京太郎でなくともよいのだ。

 

俺以外の人間が最初に清澄麻雀部に入って俺が居なければ、その人が雑用をするだろう。

 

 

たぶん。俺は、()()()()()()()()()()()()のだ。

 

須賀京太郎じゃないと、駄目だと。そう言ってほしかったんだ。

 

 

 

じゃあ、なんでそう思った?

 

 

「俺って、こんな女々しかったっけ?」

 

 

たぶん、シロさんの代わりを、見返りを求めているだけだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー馬鹿らしい」

 

 

一人で馬鹿みたいに悩んで、馬鹿みたいに迷って、結局バカだったのは自分というオチ。

 

誰かに頼られるのが日常だったから、自分が必要ないと言われるのが怖かっただけ。それだけ。

 

少しだけシロさんに文句を言いたかった。引っ越すときに好きだ、と言ってくれればここまで悩まなかっただろうに。

 

いや、キスされて全然気づけない自分も情けないけれど。それはそれ、と自分を棚に上げておく。

 

すこしだけ、吹っ切れた。だって、俺は女子の部に必要なわけがないんだから。

 

仲間として、応援しに来ただけ。そう思えば心も軽くなる。

 

 

わーいやったー!応援できるぞ!

 

 

…うん。むなしいからやめよう。

 

一人で現実逃避。気持ちの整理がついたから、気づいたもう一つの問題。

 

咲のこと、どうしよう。

 

咲は明らかに俺を好いてくれている。俺はそれをずっと無視してきた。

 

しかも、俺のほうは初恋の人と両想い…のようなものだとわかってしまった。

 

このことがもし咲に知られてしまったら。

 

あの小動物のような娘が、失恋してしまったら、どうなってしまうのか。

 

想像もつかない。涙を浮かべながら祝福してくれるだろうか。それとも、泣きながら怒ってしまうだろうか。

 

あれ、泣いてる姿しか想像できない。

 

とにかく、このことは絶対咲にばらしてはいけない。心に固く誓う。

 

 

いつかは絶対に伝えなきゃいけないことだけど、せめて全国が終わるまでは秘密にしなければならない。

 

もし精神のバランスが崩れて麻雀に悪影響があれば、応援どころか邪魔をすることになる。

 

そのことをシロさんは知らないかもしれないけど、全国が終わるまでは待ってくれるらしい。

 

部長も、見逃してくれた。本当ならビンタされてもおかしくないことなのに。

 

だから、今はその厚意に甘えておこう。

 

吹っ切れたんだ。もう俺は迷わない。見返りなんてなくても、みんなのために頑張ろう。

 

そうすれば、また部活仲間として、一緒に頑張っていけると思うから。

 




竹井久は完全に迷っていた。

まずい、まずいわ。完全に出来上がってるじゃないあの二人。

咲が須賀君を好いてることは間違いない。でもその思いが通じる可能性が低いことも事実。

このことが咲に知られちゃったら…


「部長?何やってるんですか?」


「さ、咲?どうしたのこんなところに」


「どうしてって、当然じゃないですか!」


「部長一人で、京ちゃんの部屋に行かせるわけないじゃないですか!」


「な、なんで須賀君の部屋に行ったこと知ってるの?」


「あ、やっぱり行ってたんですか。で、何してたんですか?」


「頼んだものもらいに行ってたのよ」


「で、本当は?」


「え?…ほら、これ、必要だったから…」


「へぇ…本当は、どうだったんですか?」


目のハイライトが消えた咲をみて、竹井久は悟った。

魔王が誕生したと。

少しだけ須賀君を恨みたくなった。

恨んだ瞬間圧倒的なオーラが当てられ、背筋が寒くなった。

そのうち竹井久は考えることをやめた。



※あとがきはフィクションです 実際はばれてないです たぶん

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