迷い家のお椀   作:ハム饂飩

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次は大会だといったな

あれは嘘だ


憧れ、家族、恋心

高校入ってすぐのこと。

 

本を読んでいる咲と教室でだべっていると、数少ない、とは思いたくないが、男友達に話しかけられた。

 

 

「咲ちゃんってさ、いっつも本読んでるよね。何読んでるの?」

 

 

全く本など読まない奴だったのに、何故か今日に限ってそんなことを聞いてくる。何を企んでいるのだろうか。

 

 

「これ?これ恋愛小説なんだ」

 

 

「どんなストーリー?やっぱ王道?」

 

 

「え…ここで説明するの?ちょっと恥ずかしいな…」

 

 

チラチラと、何故かこちらを見てくる咲。それを見て笑いそうになってる友達。

 

分かった。こいつは、咲と俺を困らせようとして遊んでいるんだろう。

 

 

「そうだな、俺も気になるし、教えてもらおうかな」

 

 

そんな俺の発言を聞いて、少しだけ咲が嬉しそうに語り始めた。

 

 

「これはね、幼なじみの男女の恋のお話なんだ!

 

まず男の子のほうなんだけど、小さい頃から一人の女の子と一緒に過ごして居るの!

 

女の子と男の子は仲良く暮らしていたんだけど、それは友情みたいな感じで、進展すること無く高校まで続いたんだ。

 

それでね、その女の子のことが好きだって気づく前に、女の子が他の男と付き合い始めちゃうの。それが切っ掛けで主人公の子は女の子が好きだったってことに気づくの。

 

その女の子と付き合った男の子が悪い奴だったら、殴ってでも連れ戻すつもりだったんだけど、その男の人は優しくて、女の子のことを第一に考えてくれるようないい人だったの。

 

それで主人公の子が、『あぁ、あいつは今幸せなんだろうな…』って諦めちゃうの。そこから二人は少しだけ疎遠になっちゃう。

 

でも女の子の方は、ちょっと違ってね?とても優しい彼氏とデートしても、一緒にいても、何か違うって思っちゃう。

 

そこで彼氏に言われちゃうの。『君がなんで俺を選んでくれたのか分からない。君は、俺じゃない誰かを見ているよ。正直に、今の気持ちを誰に伝えたいか、考えてみたほうがいいよ』って。

 

そこからいろいろあるんだけど、ハッピーエンドだから、後味はすごくいい小説だよ。読みたかったら貸してあげるけど…」

 

 

「いや、もう説明で大体のストーリー分かったから…」

 

 

説明のし過ぎである。完全に人の読む気を削ぐ説明だった。友達も、そう思ったのか、引きつった顔で、話題を逸しに来た。

 

 

「で、でもさ、ほら、幼なじみの男女ってまるで咲ちゃんと京太郎みたいじゃね?やっぱり小説みたいにくっつくんじゃないか?」

 

 

「ええっ!?ま、まだ嫁さん違います!」

 

 

あたふたとする咲と、ニヤニヤとこちらを見てくる奴。

 

 

「からかうなって…咲もその言い方だと誤解を招くぞ…」

 

 

咲の頭を軽く小突いて、言葉を止めさせる。咲は、少し赤くなりながらまたチラチラとこちらを見てくる。

 

 

「わ、私は、幼なじみのつもりだよ?」

 

 

「はいはい、分かってる分かってる」

 

 

多分、咲なりのアピールなのだろう。でも俺はそれに応えることはできない。

 

だから、気づかない振りをしなきゃいけない。いつか、分かることだとしても、今そのことを伝えてしまえば、咲とは友達では居られなくなってしまう。

 

 

「京ちゃんのバカッ…」

 

 

そう言いながら顔を背ける咲。おもちは無くても、確かに可愛い。でも、咲は友人だから。

 

小説の主人公、それが俺だとするなら。俺にとっての幼なじみは、きっと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、目が覚めて。周りを見てみれば、新幹線の中。

 

寝てしまっていたのだろうか。何か、夢を見ていた気がした。

 

前の席から、話し声が聞こえてくる。

 

東京へ向かう途中。咲たちは窓の外を見てはしゃぎながら、大会のことや東京での観光を話して盛り上がっている。

 

女三人寄れば姦しい、とはよく言ったものだが、更に二人増えた今、ただ一人の男の俺が盛り上がっている会話に入り込めるはずもなく。

 

その上何故か一人だけ新幹線の席がひとつ後ろ、ということもあり、俺は一人携帯を弄って悲しみを紛らわせることにした。

 

そんな独り身の俺に来た一通のメール。それは照さんからのメールだった。

 

内容も至って普通で、要約すると何処かで会えないか、というもの。

 

ホテルに荷物を置いてから会うとなると、お互いの場所によってはほとんど時間は取れないかもしれない。

 

加えて咲の姉、ということもあり、やはり迷子癖があるらしく少し離れたところで会おうとなると、いや、考えるのはよそう。

 

 

 

 

泊まるホテルの名前を教えると、どうやら同じホテルに泊まるらしく、そのホテルのどこかで会おうということになった。

 

考えてみれば、大会会場の側のホテルを取れば、他の高校と同じ所に泊まる可能性だって高い。

 

それでも、この偶然に少しだけ安堵し、感謝した。迷子になられることはないだろう。

 

しかし、顔を合わせたこと自体数える程しかない妹の友人、しかも男と会いたいと思うなんて照さんは少し無防備過ぎやしないだろうか。

 

確かに会話だけならもう数え切れないほどだが、それだけだ。やはり、仲直りの切っ掛けになったのが大きいのだろうか。

 

それに白糸台は女子校で、男との関わりも少ないのだろう。

 

だとしてもだ、男に会いたいなんて軽々しく思ったらいけないと俺が注意しなければ。このままだと悪い男に捕まりそうで怖い。

 

そんなふうに、考えてしまう。ふと、気づけば照さんと咲はつい同じような扱いをして居ることに気づいて。

 

やはり、この姉妹は似ているなぁ、オーラとか、と。そんなことを考えていたのだけれど。

 

前の席から俺を呼ぶ咲の声に気づいて、携帯を閉じた。

 

 

 

 

 

 

いや、確かに俺は男だ。でも、さすがに泊まるホテルが俺一人だけ別のとこってのはひどいんじゃなかろうか。

 

違う部屋にするのは当然だとしても、隣にしたりするのが普通だろうに。

 

頑張って欲しい皆に、襲いかかるような人間に思われているのだろうか。涙が出そうだよ、さすがに。

 

なんとなくだけど、そんな俺を想像して笑う部長が頭に浮かんだのは気のせいだろうか。

 

一人寂しく部屋に荷物を置き、照さんにラウンジに居ることを伝え、俺は部屋を出た。

 

 

ポケットに入れたつもりの携帯が、床に落ちた音が響く。

 

でも、俺はその音に気づくことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いた雰囲気の中、紅茶を飲んで照さんを待つ。

 

さすがに、何も注文すること無く長居するわけにもいかないだろう。

 

小心者の俺にはドンと居座るなんてことができなかった。

 

入り口から見えやすい席に座り、携帯でも弄って居ようと思い、取り出そうとした。

 

しかし、入れたはずのポケットに携帯は無く。身体のどこを調べても、それらしき物が見つからない。

 

今から探しに行くと、入れ違いになる可能性が高い。こんなホテルで、落ちてる携帯を盗む人なんて居ないだろうが、やはり落ち着かない。

 

探しに行くべきか、行かないべきか迷って居ると、見慣れている角のような、だけれど少し長い髪型をした人が入ってきた。

 

俺のことを探して居るのだろうか、キョロキョロと辺りを見渡す姿に、小動物的なものを感じる。

 

さり気なく、手を少し振ってみると、それでこちらに気がついたのだろうか。小走りでこちらに近づいてきた。

 

 

「久しぶりだね、京くん」

 

 

「照さんこそ。お久しぶりです。でも、だめですよ?軽々しく男に会いたいだなんて言ったら」

 

 

「でも京くんだけだよ?」

 

 

そういう発言が、勘違いさせる元なんです。そう言いたかったが、不思議そうに首を傾げている照さんには通じないだろう。

 

そして、久しぶりに会った照さんの全身を見て、思った。

 

思った以上に、成長していない。

 

昔会ったときのまま、どこもなにも成長してなかった。身長も、胸も、顔つきも。

 

少しだけ、涙を誘われた。

 

 

「どうしたの?京くん?私の顔に何かついてる?」

 

 

「いえ…なんでもないです…」

 

 

少し成長しててもバチは当たらないだろうに…そう、今入ってきた人ほどとは言わないが、半分くらいの大きさには成長したところが見てみたかった。

 

こちらに歩いてきてる人の胸が大きくて、つい視線がそちらに向いてしまう。

 

照さんはこちらが何を考えていたのか察したようで、非難するような目を向けてきた。

 

男の本能だから…照さんそんな目で見ないで…

 

そんな馬鹿げたやりとりをしていたときだった。

 

 

「…久しぶりに会った幼なじみの顔より先に、胸を見るんだ」

 

 

心臓が跳ねる。声で分かる。むしろ、声を聞くまでわからなくて。

 

顔を見る。いつもダルそうにしていた、彼女。

 

懐かしさ、嬉しさ、そんな感情、感覚が俺を支配する。

 

綺麗になったシロさんが、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故かものすごく不機嫌になった照さんと別れて、自分の部屋に戻った俺は、ベットに倒れこんだ。

 

頭がどうにかなったのかと思った。

 

東京に来れば、照さんやシロさんに会えるとは思っていたけれど。

 

でも、まさか再会初っ端にあんなことをされるとは思わなかった。

 

これは、俺の妄想だった、と言われたほうが納得できるんじゃないだろうか。

 

昔から、何かにつけてからかってきた人ではあったけれども。

 

それでも、意味のないことをする人ではなかった。

 

動悸が止まらない。

 

この思いを自覚したのはいつからだっただろうか。

 

 

初めて会った時から?

 

いや違う。あのときは純粋に年上の女の人だと思っていた。

 

 

一緒に遊ぶようになってから?

 

まだ違う。周りの友達より、仲がいい女の人だった。

 

年上の人。子どもの俺から見れば、十分大人で、憧れのような人だった。

 

 

お互いの家に躊躇なく行けるようになってから?

 

たぶん、違う。手のかかる、暖かい女の人だった。

 

家族のような、そんな人だった。

 

 

ふと、思い出すのは、夏祭り。

 

二人で行った、初めての夏祭り。友達と行ったことは有ったけれど、あんなに楽しみだったのは、相手が違ったからだろうか。

 

一緒に何かを食べて。一緒に遊んで。一緒に花火を見ようとしたんだっけか。

 

でも、シロさんが怪我をして。俺が背負って、二人で帰った。

 

花火の音だけが聞こえてた。シロさんが、いつもより少しだけ、落ち込んでるような気がして。

 

年上の女の人なのに、俺より、とても弱くて、儚い感じがした。

 

 

憧れだった。家族だった。だから、守りたいって思ったんだ。

 

多分、その時。俺の、初恋。恋心。

 

 

そんなことが有っても、シロさんは変わらなかった。俺とは家族みたいな感じで、ダルいダルい言いながら、世話を頼んできて。

 

男として思われてないようで、少し悲しくて。

 

そんな人と、別れる時が来るなんて思わなくて。

 

別れ際に、忘れさせないからと、キスまでされた。

 

 

忘れられるわけが無い。そんなことをされなくても、俺が忘れると思っていたのだろうか。

 

シロさんがどんなつもりでキスをしたのかがわからない。

 

弟を取られる、みたいに考えた?それとも、俺のことが好きだったのか?

 

考えがまとまらない。

 

 

再会したときのセリフ。私のことを覚えてるか、だって?

 

忘れるはずが無いじゃないか。

 

 

シロさん。あなた、さっき何を考えてあんなことしたんだ。

 

 

 

 

 

 

頭をグルグルと、考えが回り続けて、何もできなかった。

 

そうしていると、床で何かが震えて、音がした。

 

はっとして、見てみれば、そこには携帯が落ちていて。携帯を無くしたことすら忘れていた。

 

手に取り、確認してみれば、咲からのメール、電話。和や、優希、部長たちからも、連絡が少しだけあって。

 

観光に来ないのか、と。どこほっつき歩いてるんだ、と。

 

急いで、返事をした。謝罪をして、俺以外の皆は、もうすでに出かけたから、俺はまた明日ということになった。

 

 

 

そんな内容ばかりが、携帯を埋め尽くしている中で、一つだけの着信履歴。

 

それが、俺の目を引いて。

 

でも、俺は今連絡する気にはなれない。

 

今連絡してしまえば、質問攻めにしてしまう気がして。彼女が、何を考えてたか知りたくなって、たぶんまともに会話もできない。

 

 

だから、俺は、問題を先延ばしすることで心を落ち着かせることにした。

 

まだ、大会すら始まっていない。会う機会は、まだあるだろうから。




咲「部長!なんで京ちゃんだけ別のとこに泊まるんですか!」

久「須賀くんはヘタレだし、問題無いと思うんだけど…一人だけ隣に泊めたら、ねぇ…」

優希「咲ちゃんが襲わないか心配なんだじぇ」

咲「えぇっ!?」

和「咲さんもそこまで非常識じゃないでしょう。さすがに考え過ぎでは?」

咲「なんで分かったの!?」

和「SOA」


ヒロイン京ちゃんと野獣咲さん

ん?大会…?ウッアタマガッ

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