「そういえば、テルーがこの前話してた妹、インターハイ来るって?」
「来るよ」
「じゃあ、そのきょーたろって奴もくるんじゃない?」
「くるよ。私に!会いに!来てくれるよ」
「…なんで強調してるの?」
「咲の応援じゃなくて私に会うのが目的」
「あっ」(察し)
東京はやけに暑い。岩手でのジリジリした暑さとは違い、蒸し暑い感じがする。
自然がほとんど感じられない環境に、少しうんざりする。どうしてこうもダルくなるのか。
それでも、初めて見る東京に他のみんなははしゃいでいた。
三年間で初めて五人揃い、団体戦への出場が可能となり。
部活のみんなと一緒に掴んだ全国への切符。はしゃいでしまうのも当然かも知れない。
幼心にすごいと思った全国という舞台。そこに自分が立つ事ができるという喜び。
その思いを共有したいと思った彼は今、まだここには居ないけれど。
その人が通っている高校の麻雀部も、女子の団体戦でここに来る。
彼自身は、全国に来ることはかなわなかったが、麻雀部の応援として、来るらしい。
引っ越しの見送り以来、一度も会うことはなかった。どんなふうに成長しているのか、とても楽しみで。
幼なじみと、全国への出場。その二つが、私の心を躍らせる。
ダルいダルいと思いながらも、みんなの観光についてきたのは、自分自身では感じられない程度には、テンションが上がっているからだろうか。
楽しそうに笑うみんなと居る。それだけで、笑みがこぼれて。そのことをみんなに指摘されて、更に皆で笑い合う。
部活の皆といることはとても楽しい。それでも、心の何処かで、彼に会えないことを寂しがっている自分が居ることに、少しだけ呆れていた。
東京観光を済ませて、ホテルへ戻る。豊音は持ち前の好奇心からか、素早く用意をすると、大浴場に向かっていって。
他の三人も、そんな豊音を追ってしまい、私は部屋に取り残されていた。
部屋が乾燥しているのか、やけに喉が渇く。
何もすることがない。窓から見える町並みは、夕日に照らされてやけに赤く見えて。
寂しいという気持ちが、大きくなった気がした。
「…電話、しようか」
掛け慣れた電話番号。もう何度掛けたかわからない。
携帯を持ち始めた頃は、実家以外に電話どころかメールを送ることすらほとんどなかったけれど。
最近は、携帯を使う機会が増えた気がする。
呼び出し音が長く響く。いつも、この時間は長く感じる。
何を話そうか、何を話してくれるのか。楽しみで、嬉しくて、ドキドキする。
電話をするだけで、ドキドキと、胸が高鳴るようになったのはいつからだったか。
ずっと響いてた呼び出し音。しかし、いつまでたっても京太郎が出ることはなく。
聞こえてきたのは留守番電話のサービス。
伝言を残すこともなく、さっさと通話を切り、ベッドに携帯を放り投げる。
「ダル…」
残ったのは、ため息と喉の渇き。それと、また少し増えた、寂しさだけだった。
自販機を探しに部屋を出て、そこには飲みたいものが無く、売店まで向かったがそこでも見つからず。
仕方なく一番安かったミネラルウォーターを買って、部屋に戻ろうと売店を出れば、どこかの団体出場者だろうか。制服を着た女子が集まっていた。
もしかしたら、清澄の女子も居るかもしれない。
しかし、よく見ればその制服は、とても有名な高校のもので、私ですら覚えている。
白糸台高校。三連覇を目指す、強豪校だ。その中でも、一番目立つ女子。
宮永照。全国一位の化け物が、そこに居た。
周りの人たちは、さすがに知らないけれど、その真ん中で淡々と喋る姿は、一種のカリスマを感じさせた。
ジロジロ見ていたのが、わかったのだろうか。少しだけ、目が合った気がする。
しかし、こちらを気にすることもなく、彼女は白糸台の集団から、こっそりと抜け出すように、ラウンジの方に向かっていった。
なぜか、私はその行動が気になって。なんとなく、宮永の後を追ってみることにした。
ラウンジについた彼女は、キョロキョロと何かを探していた。
人を探しているのだろうか。その小動物的な動きに、先程のカリスマを微塵も感じることができない。
ただ、誰かと待ち合わせしているだけなのだろうか。さすがに、有名人の人間関係まで覗き見るのは、少し気が引けた。
だから、帰ろうと思った。それなのに。
視界の隅に映ったのは。光る髪を持つ人。
振り返れば、そこにいるのは男の子。
金髪の、男の子だった。
懐かしさを覚える。喜びが溢れる。寂しさが消える。
数年会っていない幼なじみが。大きく成長した姿で、そこに居た。
しかし、その側に、彼女が、宮永照が居た。
どうして、そこに宮永が居るのか。どうして、そんなに楽しそうにしゃべっているのか。私の電話には出ずに、どうしてここに居るのか。
宮永の横顔が、チラリと見えて。微かに赤くなった頬と、嬉しそうな顔。
明らかに、恋する乙女のそれだった。
そんな顔を、彼に、京太郎に向けないでほしい。
そんなことを一瞬考えた自分に、驚いて。
こんなにも、私は欲深かったのかと。初めて理解する。
昔、お祭りのとき、嫌な想像をして黒い感情が沸き立ったことを思い出す。
それでも、その時は私だけだった。私しかそばに居なかった。誰も京太郎に近づこうなんてしていなかった。
そのせいで、私はその感情を深く考えることをしなかった。誰にも渡したくない。それだけだと勘違いして。
だから私は。本当の意味で嫉妬をしたことがなかった。
テレビの有名人に見とれる京太郎。その有名人に嫉妬する私。当時はまだ子どもだった。感情も理解していなかった。
今の私ならわかる。あの時私の心の奥底に有ったのは、優越感。
いくら見とれていても。今そばにいるのは私だという優越感。
わがままだと自分で自覚して。それでもまだ自分を理解できて居なかった。
キスをして、私は京太郎が振り向いてくれるように、と。女として見てくれるようにと。覚悟を決めた月夜。
他の人に取られないように、自分自身を磨くと決めて。
だいぶ改善した。昔からのだらけ癖は、相変わらすだけれども。
料理を覚えた。京太郎に喜んでもらえるように。
掃除も覚えた。京太郎の負担が軽くなるように。
胸も、育った。京太郎が私を見てくれるように。
それなのに。なぜ、あなたは今、私の知らない人と笑って向い合って居るのか。
やはり、側に居られなかったからだろうか。物理的な距離は、心の距離にもなってしまうのだろうか。
その女が、どういう関係かは知らないけれど。
一番京太郎の心に近づいたのは、私なのだから。
京太郎に近づく。ゆっくりと。
京太郎は、私の顔より先に、胸に目が行ったらしい。チラチラと視線を感じる。
この子は、ずいぶんとエッチな子になったらしい。でも、それでいい。私を見てほしい。
「…久しぶりに会った幼なじみの顔より先に、胸を見るんだ」
「え…まさか、し、シロさん!?そ、そんなこと無いですよ?」
「京くん、この人は?」
どうやら、宮永は名前呼びをする程度には仲がいいらしい。
でも、私のほうが京太郎と近いことを見せつけなければいけない。
「岩手に住んでたときの幼なじみですよ」
「ほんとに、久し振り。京太郎、かっこ良くなったね」
「あ、ありがとう…?シロさんも、いろいろ成長…い、いや綺麗になったよ」
本心は最初の言葉なのだろうが、それでも褒められたという事実に、私は嬉しくなる。
そして、同時に少し不機嫌になっていく宮永を見て、あとひと押しだと。
目の前で、証明しなければならない。あなたに、入る隙間がないほど、私達は親しいということを。
「京太郎。私の事、覚えてる?」
「え?いや、覚えてますよ?てか電話とかもしてました」
私は京太郎が話し終えるのを待つこと無く。
胸ぐらを掴んで引き寄せて。
宮永照の目の前で、キスをした。
彼女の顔が、驚愕に染まる。
「…また、今度ね、京太郎」
踵を返して、私はそこをを出る。
チラリと後ろを見てみれば。あまりに突然の事からかぽかんとしたままの京太郎と。
怒りに満ちた目で睨んでくる。女一人だけ。
これだけでは終わらないだろう。彼女も諦めたりしないだろう。
それでも、私は。京太郎を、彼女に渡したくは無いから。
許してほしい。これは勝負だから。
スタートラインが、私のほうがゴールに近かった。それだけのことだから。
「うわぁぁぁぁぁぁぁんシロが帰ってきたよー!ちょー心配したよー!」
「どこ行ってたか白状する!」
「オサンポ?」
「嫌な予感しかしないから何も聞かない」
「さすがにどこに行くかくらいは書き置きして欲しかったねぇ」
シロが部屋に戻ったときこんな反応する宮守勢とか居そう。
てるてるのハートフル(ボッコ)ストーリーとキス魔シロちゃん
次はどうしようか。多分二回戦くらいになると思うけど。