僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第25話 けれども

 

 

 

 

 

 

 

「……それはどういった意味で」

 

「なんだよー、そこは驚けよ。つまらないな」

 

「いえ、一応自分の中には仮説はあったので。書類上死んだことにして、その後に僕によく似た人物が出てくる」

 

「……ああ、大正解だ」

 

 

全 くもってつまらない、そんな表情を隠そうともせず。エメンタールはヴァインに対してそう告げる。まあ、よくある手であるので、予想するのはそこまで困難なことではなかろう。しかし、彼の弟に素晴らしいリアクションをしてくれる人物がいるために、やはり期待してしまうのだ。

 

 

「そうだなー面倒だし、ヴァル・ファスクの協力者ってことにするか。ダイゴ爺さんの養子で、このたび、トランスバールとの国交が復活して、駆けつけてきた。元老院も全員死んでいるし、彼等ごとこっちに寝返るつもりだった。も有りかな」

 

「彼が出立したころ、僕はまだ生まれていなかったのですが」

 

「うーん、名前はどうするか、やっぱりいつも通りのネーミングでいいか。よし、お前今日から『パルメザン・ヴァルター』な」

 

 

ヴァインの意見も聞かずに、どんどん進めるエメンタール。彼の中にはもう筋道が立っている、完全に決まった出来事になっているのか、聞く耳持たない。ヴァインはもちろん彼の言っていることの理も理解しているが、それでもそんな風にこちらの了承を得ずに話を進められても困る。ヴァインからすれば、こういった話し方に対して、まったくもって理解できないものがある。こういった自分の言い分を勝手に早口でまくし立てても、こちらが納得しなければ、ヴァル・ファスクは納得しないからである。しかし、人間相手には、このように、早口でまくし立てることで、うやむやにし、無理やり要求をのませるということは、わりとあることである。ヴァインにはこういったところでの人間の理解が足りていなかった。研究者でもあるため、知識としては知っているだろうが、それをとっさに実用できないのだ。

 

 

「対外的には、『ヴァルター』一族の一員。上層部にはスパイ。それでいいとして、エルシオールとシヴァ女皇達にはどうするかね? 」

 

「……何を言っても無駄のようですね、まあいいでしょう。貴方の考えなのならば、おそらく真実は闇に葬ったほうがよさそうですね。エルシオールに対しても、スパイであったことでいいですよ」

 

「ふーん、『エルシオール』の人たちに嘘をついて生き続けることになるけど、それでもいいのか? 」

 

 

エメンタールの案をまとめると以下のようになる。

 

ヴァインという個体はもともと、ダイゴの考えに賛同するヴァル・ファスクであった。

彼はダイゴがゲルンに対して決起を起こした時の為に今までヴァル・ファスクにおいて自分の立場を高めると同時に、シンパを増やしてきた。

そんなヴァインは『エルシオール』に潜入任務を行うことになる。目的は心というものに対する調査だ。情報を集めたのち、ダイゴの手による者に回収され、ライブラリー管理者と共にトランスバール側につくという予定であった。

しかし、カースマルツゥという存在によりライブラリー管理者の命を質にとられてしまう。苦肉の策として、戦略上重要ではない7号機を奪取。ヴァル・ファスクの本星に帰還する。

その後機会を伺い脱出。しかしその時の傷で重傷を負い、事情を話したところで彼は息絶えてしまう。トランスバール皇国は、彼によってCQボムの詳細な情報や、本星のセキュリティ内容などの重要機密を入手することができた。

 

 

以上を事実としてトランスバール皇国に報告する。これを第一段階。

 

次に、ヴァル・ファスクの協力者であり、今回のヴァインの脱出を手引きした、此方に協力的なヴァル・ファスクであり、ダイゴの養子である、パルメザン・ヴァルターが、此方側の勢力に正式に加わる。

 

これを第二段階

 

そして、シヴァ女皇陛下や『エルシオール』などの一部の身内に対して、パルメザン・ヴァルターはヴァインであるという事実を教える。

それによって、彼が今まで二重スパイであったこと、前の身分はその都合の関係で捨てることにした。それを踏まえたうえで、この前のことを謝罪したいヴァインを『エルシオール』にルシャーティと共に秘密裏に連れて行く。ヴァインが謝罪の言葉を言うことによって、お人よしの『エルシオール』が、外道であるカースマルツゥやゲルンに対して怒りの矛先を転換。結束が高まって皆ハッピー。

 

これを最終段階とする。

 

こういったものだ。

 

ここで重要なのは、誠心誠意ヴァインがエルシオールに対して『妨害行動』を取ったことを謝罪すること。そして全ては『ルシャーティの為に行った事』であり、スパイとしての信用を得る為にしたことではない。この2つだ。

この2つの事に関してはヴァインの本心、そして事実との差異はない。このことをもとに話を進めていけば、どこかおかしいと感じても、それ自体は真実なのだから、疑いようがないのだ。

『エルシオール』のクルーが、一度このことを信じて結束すれば、シヴァ女皇陛下やルフト宰相が、このことに対して何らかの違和感を覚えたとしても、少なくとも戦争が終結するまでは、わざわざ味方の士気をそぐようなことはしない。

なにせ、実際に彼が今行ったことは、現在結果的に、此方に対して利になっているのだ。今後妨害行動を起こす可能性を踏まえて、軟禁などの処置をとるか、最悪一時的に休眠措置などにするかもしれないが、戦後までは時間ができる。

その間に『ミルフィーユ・桜葉の機体『ラッキースター』の暴走はカースマルツゥが仕掛けたネットワーク上のウィルスによるモノであった』と言った証拠をでっち上げればよい。

それでもダメなのならば、戦後のヴァル・ファスクとの友好の象徴にしようと言った形に世論を操作し、シヴァ達にとっても都合が良い形を作ればよいのだ。

 

まあ、結局のところ、うやむやにしてしまおうという魂胆である。

そして、その結果双方が利益を出すのだし、細かいことは目をつぶりましょうね?

というわけだ。古くから用いられてきた古典的な方法でもある。糾弾すべき問題があっても、それに少し解釈を加えて見れば、なかったことにできる。その結果、当事者同士に何らかの利益が発生する。それならば、そう言うことにしよう。俺達は何も見ていない。超法規的措置だ。

 

 

「僕はもう、姉さん……いえ、ルシャーティ以外何もいりません。彼女の為ならば、どんな嘘だってつきますし、汚名だって受け入れます。彼女が許すのならば彼女と共にいたい。それだけです」

 

「格好良いねー。まあ、こっちに協力してくれるというのならば何も言わないよ。彼女には真実を伝えるのかい」

 

「僕がヴァル・ファスクで、監視するために近づいた。その結果惹かれるようになり、今に至る。というのは伝えてかまいません」

 

「あいよ、まあ、必要なら時間をかけて話していくといいさ。君がね」

 

 

ヴァインの言葉には、淀みないそれでいて力強い意志が感じられた。うちの弟にもこれくらいの気概があれば、こっちにばかり肩入れしないでやるのだがな。と心の中で呟きつつエメンタールは、今のヴァインの言葉の正確な意味をくみ取った。

伝えない方が都合がよい。伝えるのならば、少しぼかしてくれ。そういったニュアンスだ。過程を丸々省いている。エメンタールはその言葉に対して、まあ、細かい判断は君に任せるよと言った旨での言葉を笑みと共に伝える。

 

こうして、大人による悪巧みの大筋は決まった。となれば後は調整しつつ動くだけである。

 

 

「それじゃあ、もう自由にしていて良いよ。こっちから通達するまでね。たぶん数日後のダンスパーティーの当たりが狙い目だと思うからな。それまでこの艦でのんびりしていてくれ。ルシャーティちゃんとよく話しておくと良い。君の気持ちとか、彼女の気持ちとか。他の人の気持ちとかね」

 

「……ええ、ありがとうございます」

 

 

ヴァインはそう簡潔にエメンタールに伝えると、席を立つ彼を見送った。エメンタールが退席すると、すぐに商会の人間と思わしきガタイの良い二人の男が入室してきたので、彼等に続くことにした。今言われた言葉の意味を反芻しながら。

 

 

 

 

 

 

 

ラクレットはその日、いつものように起床から、トレーニングまでの流れをスムーズにこなした後、自室でシャワーを浴びていた。火照った体に、少し冷ためにしてあるお湯……というよりも水が気持ちよく、水が弾ける音も、今の彼にとっては、音楽のように聞こえた。

 

 

「ここまで来たんだな……」

 

 

ラクレットはそう呟く。今彼がいるのは、割と慣れ親しんだ『エルシオール』の自室ではあるが、その『エルシオール』が今いるのはEDENである。ここの所忙しかったので、こういった少し時間ができると色々と考えてしまう。

 

今日はEDEN解放記念祝賀会────要するに舞踏会の日だ。

史実のミルフィールートであれば、まだミルフィーには記憶が戻っていないものの、タクトに対して恋心を持っている、そんな時だ。今日の舞踏会で記憶を取り戻すといった展開であったはずだが、すでにその件は解決している。

他に抱えていた、なぜかあっさり解放できたEDENという問題も、敵の超兵器の存在を掴むところまで進んでいる。解決策はまだ見いだせていないものの、解決の方向性をすでに見出しているといった所であり、相手が早まることのない限り安泰である。

 

 

「スムーズに行きすぎていると思うんだよね」

 

 

ラクレットの懸念はそれだ。何せ彼が何をしたかと言えば、現場での戦力の底上げでしかない。『エルシオール』も頭数に含めるのならば、彼の存在の結果7が8になったわけで、約14%の戦力アップを担っている。

しかし、それだけでこうも上手く物事が運ぶとは到底思えない。なにかこう、とてつもなく大きな『モノ』が糸を手繰り寄せているような、そんな錯覚を覚えるのだ。

 

 

「まあ、僕ができる事なんて、全力を尽くすだけだけれどね」

 

 

それでも、いや、それだからこそ、ラクレットは、戦場の一番槍を務める。撃墜数では、エンジェル隊と彼の7人中6位ではあるが、無効化した砲台の数ならば、彼は断トツで1位だ。彼ができるのはそれだけ。種族間の数世紀にわたる戦争の解決、海千山千の貴族たちとの腹の探り合い、銀河を舞台にした恋物語。そんなものは、今の彼の器には収まりきるようなものではない。彼は自分を将棋の駒で例えるのならば、香車であると最近思っている。初期配置では役に立たない自分も、誰かに手によって刺すことによって、一定の成果を確実にあげる。使う者がいて役に立つものなのだ。

 

そんな彼は、自分がどこかの誰かにどのような形で動かされようと構わない。そう感じている。もちろん頭ごなしにやれと言われるのならば、抵抗するであろう。しかし親しい者たちの為に、自分の力を使うことに至上の喜びを感じた彼は、その喜びをまた味わうために、自分の力を喜んで差し出す。

それが彼と言う存在の在り方なのである。まあ、これでもマシになった方だ。最初は他人の為に自分を投げ出すところに陶酔している節があったのだから。卑屈であり、自分に自信が持てなかったのである。

 

ラクレットはシャワーから上がると、いつもの習慣となっている自分の端末のチェックをした。すると、新着のメッセージが送られてきていることに気が付く。送信元不明、件名なし、本文無し、画像添付1件の、いつものメッセージだ。このご時世に文章で、なのに空で送信してくるなど、彼の長兄の秘密にしなくてはならない通達以外に他ならない。機密保持の為なのか、ローマ字、漢字、ひらがなの混じった日本語と簡単な英語によって構成されている手書きの文章を、画像にして送信してきているのだ。

ラクレットは、しばらく時間をかけてその画像を読む。何せかなり読みにくいのだ。そして、どうにか意味を理解すると、体の力が抜け、何とも言えない安ど感が胸の奥に生まれるのを感じた。

そこに書かれていたのを簡潔にまとめるのならば。

 

 

「ルシャーティさんとヴァインが、戻ってくる……」

 

 

彼の思い人と、その誘拐犯が帰還してくるので、以下の事を頭に入れて行動してほしい。であった。ラクレットはゆっくりとその内容を頭に入れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エルシオール』は夕方に開催される舞踏会と式典に向けて、少々浮ついた空気に覆われていた。

まあ当然であろう。なにせ、一般的なクルーは、CQボムの存在さえ知らされていないのだから。本日の式典を区切りとし、明日から本格的な対策行動をとることになるので、今日までは彼等にとっての休日なのである。

 

そんな中、トップであるタクト・マイヤーズは、自室である、司令室において、一人の客人をレスターと共に迎えていた。

 

 

「こうして会うのは初めてになりますね、ミスターマイヤーズ。私はエメンタール・ヴァルターと申します」

 

 

身長のほどは、レスターより少し小さい程度で、やや小柄なタクトは、少し見え上げる形になった。エメンタールの外見は、いつものスーツを線の細い体に着込んでいる。レスターはすぐさま、彼が訓練を積んだ人間の動きをしていることに気が付き、無意識に警戒のレベルを一段階揚げた。なにせ、あのバカみたいな才能の塊であったラクレットの兄なのだ。レスターは、ヴァルターという血筋に連なる人物に対して、無警戒で居られる人間ではないのだ。

 

 

「いやぁ、そこまで硬く成らなくとも。俺の方が年下だし、従兄弟でもあるからさ」

 

「そうですか……じゃあこの位で。それで今回来た用件だけど、表向きは商会の長としての売名ってことかな」

 

 

タクトのフランクな対応に、エメンタールは一度咳払いをして、思考を切り替える。まあ、24のエメンタールと23のタクトである。関係は従兄弟でもあるのだから、公の場でもない限り敬語はおかしいのかもしれない。

 

 

「売名ということは、裏があるってことだよね。そんなこと、すぐに口にしていいのかい?」

 

「ええ、もちろん。従兄弟と腹の探り合いなんて御免だからね」

 

 

横で聞いているレスターは、タクトがもう一人増えた。なんて頭を抱えたくなるような気持ちだ。二人とも笑顔で、相手の腹を探っているのだ。次男のカマンベールの様に、研究一直線の科学者のような人物。三男のラクレットの様に、素直で実直な性格。その二人の兄が、このような性格なのは、納得できるのか、そうでないのか。

 

 

「まあ、外部の人間にはそういった建て前的な理由が必要なんだよ。それで本題に入るんだけど……」

 

「ああ、機密保持ならすでに最高レベルまで上げているから、気にしないでくれ」

 

「そうか、それなら安心だ。入ってきて二人とも」

 

 

エメンタールは、タクトの言葉を聞いて、安心したのかそうでないのか知らないが、事も無げにそう、指示を出す。すると、この艦には所属していない軍人に引き連れられた、フードをかぶった小柄な人間が二人入室してくる。

背格好からして、女か子供であろう。総当たりを付けたレスター。しかしタクトはそのフードをかぶった状態でも気づいたのか、目で驚愕の意を示している。連れてきた軍人が何も言わずにエメンタールから名刺サイズのカードを貰ってから退出し、ドアが閉まる。

タクトはすぐさま、エメンタールを強く睨みつけた。これはどういった事かと。さすがにこれは想定外だと。エメンタールは悪戯が成功した子供の様な笑顔を浮かべて口を開いた。

 

 

「ほら、パルメザン。フードを取って良いぞ」

 

「その名は極力呼ばないでほしいのですが。まあいいでしょう」

 

 

そう悪態をつきながらフードを取った人物は、おおよそ1月ほど前に決戦兵器を奪取して、ライブラリー管理者を誘拐して逃げおおせた人物。

 

 

「ヴァイン!! 」

 

「貴様! 」

 

 

すぐさま警戒していたレスターが、懐の銃を抜き取り、構える。タクトも油断を見せずに、あえてこの場の流れを掴んでいるエメンタールに視線を向けている。ヴァインについてはレスターが対処するであろうといった信頼の表れでもある。

 

 

「まあ、そう言う反応は解るけど、銃を下ろしてくれ。クールダラス副指令。今から説明するのに、そんなものを向けられていては落ち着けない」

 

「貴方が何を言おうと、彼らが警戒を解くことはないと思いますがね。お久しぶりですタクトさん、副指令。ルシャーティ共々、戻ってきました」

 

 

 

 

 

 

 

 

ラクレットは、トレーニングルームから自室への帰り道で、その放送を聞いていた。

珍しい平時における、艦内への全体放送。クルーたちは全員清聴するようにとの珍しい『命令』もあってか、真剣に耳を傾けている。

 

 

────事情があったとはいえ、僕のしたことは許される様な事ではありません。心よりの謝罪を申し上げます。

 

 

それは、ヴァインとルシャーティによる謝罪会見だった。どういった裏取引があって、彼等がここに戻ってきて、謝罪をしているのかは知らないが、ラクレットが分かるのは、彼女が無事戻ってきたという事だった。そう考えると心は幾分か晴れやかになる。自分でも現金だなと思うが、安い幸せでも、本人が満足できたのならばそれでいいのだ。

 

放送では、『実は二重スパイで~』やら、『しかし私は彼女のためにやった~』などのヴァインの主張が乱立している。ラクレットが周囲を見回していると、どうやらクルーは怒りに震えている。もっと耳を澄ましてみると、どうやら、怒りの矛先はヴァイン……ではなく、非道な行いを強いたヴァル・ファスクの幹部に向けての事だった。

まあ、彼の情報を信じるのならば、此方のとの和解を考えている勢力に属している幹部らを殺して台頭しているような王様なのだ。ラクレットは、まあ兄が上手く情報操作したんだろうなーと考えつつ、放送を聞いていた。どうやらもう佳境なようで、数分もせずに終わるであろう。ラクレットはその時良いことを思いついた。

 

 

「そうだ、今司令室に行ったら、ルシャーティさんに会えるかもしれない」

 

 

彼はお礼を言いたかったのだ。あの時、ミルフィーをこの手にかけたとき、レスターと彼女が自分を肯定してくれたこと。それのお礼を言おうという大義名分をもとに会いに行こうと思ったのだ。

それは、彼の人生を大きく変える行動になったのだが、彼がそのことに気が付いたのは何年もたってからの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァイン……」

 

「姉さ……ルシャーティ、話し合って決めたことだ。仕方ない」

 

 

ヴァインとルシャーティの二人は、『エルシオール』を後にするために、廊下を歩いていた。エメンタールはまだもう少し話すことがあるので、先にシャトルに戻っているように言われたのだ。今の二人は一応客人と言う事なので、監視の軍人がいるわけではない。この後宰相や女皇陛下に対して、同じような嘘を並べることになるのは、心優しいルシャーティにとってはかなり気が重いのだ。

しかし、先日二人きりで何度も話し合って決めたことだった。ヴァインという少年……いや男が彼女を守るためにすべて背負うことを決めたのだ。ルシャーティと言う女はそれに関してはもう何も言えなかった。

正直な所彼女は彼とあの場で再会するまでまだ迷っていた。自分がどうしたいのか、自分の感情はどういったものなのか。恨みは……無いと言ったら嘘になる。しかし弟に対する愛は、関係がニセモノであってもそう接してきて、確かに芽生え、育んできた感情は嘘ではない。ヴァインの行動に、胸を打たれていないわけでもなかったのだ。

しかし、二人が与えられた数日に、何度も何度も話し合った。今までの生き方。これからの生き方。そして久しぶりに二人とも心を休めて、寝食を共にした。

その結果、ルシャーティは彼と共に償いをしよう。そう決めたのだ。ヴァル・ファスクであることに誇りを覚えていた男に、自分と言う存在を与えてしまった彼女は、そのことに罪の意識を感じていた。それはきっと、場違いであって、ヴァインも望んでいない事であろう。しかし彼女はそれでも彼と二人歩いていく道を選んだのだ。何せ彼女は

 

(お姉ちゃんでしたから……)

 

 

ルシャーティはそう心の中で呟くと、ふと、あれだけ話し合った中で聞き忘れたことがあったのを思い出す。脱出の時に何気なく言われた言葉だが、こういった関係になって、ふと気になるようになったのだ。

 

 

「あの、ヴァイン」

 

「なんでしょう? 」

 

「唐突な質問ですが、本星から脱出の時、言った事です」

 

「はぁ……」

 

 

最近、自分に自信が持てたのか、明確な目標によるものなのか、以前ほど詰らずよどみなく言葉を紡げるようになった彼女は、ヴァインに向き直る。

 

 

「あの時……久しぶりに女を抱きたいと言っていましたけど……その、やはりそういった経験があるのでしょうか? 」

 

「……え? いやあのそれは、その」

 

 

突然空気が変わったことに対して、いい加減人間というのはそう言うものなのだ、と慣れてきたヴァインは戸惑う。慣れても、こういったものが得意になれるわけではないのだ。そうなら苦労していない。

ルシャーティはほのかに赤面している程度だ。どうやら、興味や確認と言うよりも、何気なく振ったという程度なのだろう。ヴァインは答えに窮した、どういう風に答えればよいのかと。ちなみに本当のところはノーコメントである。

 

 

「ル、ルシャーティ。そういったことは人の往来があるところでは……」

 

「そ、そうですか……では、また後で」

 

 

ルシャーティの方も自分が何を口にしたのか今になって理解してきたのか、大人しく引き下がった。顔は先程よりも赤い。ヴァインは慌てた頭の片隅で、どういった答えを返すかと考えることにした。そんな二人がだしている雰囲気はどう見ても恋慕し合っている者同士のモノであり、端的に言えば爆発してしまえと言ったものであった。

 

 

 

 

 

 

だからラクレットがその場から最近覚えた、気配を消すという技能を使って、そっと立ち去ったことにも、二人は気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




そら(ヒロイン候補のお相手の生存ifなら)そう(オリ主人公君は敗れる)よ

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