僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第23話 男三人集まれば

 

 

 

 

 

 

 

 

EDEN滞在中の『エルシオール』一行、および『白き月』、そして補給船団は、それぞれ別の忙しさに追われている。

『白き月』はヴァル・ファスクによって統制されていたシステムの再構築と言った作業を主に行っている。EDEN開放によって、EDENを統制していた数名のヴァル・ファスクは、すぐにEDENを後にした。当然であろう、彼等とて、引くべき時には引く。しかしそれによって一部のモノの物流や、重要政府機関のマシントラブルなどと言った問題が併発した。そういったことの対処に『白き月』のスタッフは追われているのだ。最も、トップのシャトヤーンと特別顧問研究員という謎の役職についている背の小さい男女二人組は、別件に追われていたが。

 

そして、補給部隊である。彼等は『エルシオール』や解放軍などの兵站を扱っている。今回はブラマンシュ商会と、チーズ商会を筆頭とした複数の商会によって構成されている船団だ。彼等は当然の如く、トランスバール皇国軍の支援と同時に、占領地であるEDENに対して食糧や物品をほぼ仕入れ値と同じ価格で開放した。

EDENにも当然の如く経済活動はあり、同業者も存在するわけであるが、トップがすげ替わる混乱に乗じて、悪く言えば商会の強大な力をバックに、シェアをぶんどるというわけだ。その辺の詳しい大人の事情については、ラクレットは看過していたが、EDENの市民からは甚く感謝されたという。

 

久方ぶりに長兄に再開したラクレットも、正直多忙な生活を送らされていた。現状EDENにおいて、ヴァル・ファスクの残した爪痕は大きい。それは良い意味でも悪い意味でもだ。

悪いところだと、やはり直接的に、親族に害を与えられている者は、恐怖や憎しみと言った感情を持っているであろう。現に演説のための移動中に一度、空き缶を投げつけられたこともあった。まあ、本人は一切気にせず、飛んできた方向にそのまま無意識のままボレーで蹴り返してしまい、むしろその後焦っていたが。幸運なことに、こういったヴァル・ファスクを絶対に排除したがっている勢力は、長すぎる時により、ヴァル・ファスクによって殺された、害を被った人物が極端に少なくなっていたために、かなり少数であったことだ。

良いところ、というよりも都合がよかったのは、EDENの民はトランスバール皇国人よりも合理主義的な考え方を持っていた事であろう。これも長年のヴァル・ファスクの支配のよるものだと思われる。ヴァル・ファスクは難しいが、ヴァル・ファスクの血は入っているものの、解放に直接的に協力している上に、何らかの利敵活動をしているわけでもない人物を、容易に受け入れたという事だ。

結果、ラクレットは連日引っ張りだこだ。『エルシオール』からトップであるタクトは今後の事についての会議があるので、ラクレットを派遣するといった文章が出たこともあり、連日のように式典などに出席し、すっかり時の人となっているわけだ。

 

 

「という訳で、毎日大変なんだよ」

 

「そうか、こっちも商売繁盛で、懐はあったかいが、予想以上に物が売れて急いで発注かけているところだ。ガイエン星系に作っておいた巨大補給倉庫が空になるとは想定してなかった、人口のデータがないのが敗因だったな」

 

「お前らはまだ終わりが見えているからいいな、おい。オレなんか雲をつかむような事をやらされているんだからな」

 

 

兄弟3人がEDEN上空の白き月の一室で話合っていた。雰囲気は会議と言うよりも反省会と言ったものである。それぞれかなり多忙な生活を送ってきたのだ。そして3人そろうというのはかなり久しぶりだったりする。

 

 

「いやまあ、ようやくここまで来たなと思ってだな」

 

「そうだね、エオニア戦役からも1年以上たつんだ。でも2年は立ってない、早いな」

 

「……まあ、オレはそう言う実感を持てないけどな、お前らの言うところの知識とやらがないわけだし。それでもようやくここまで来たという感じはあるな」

 

 

三者三様に今までの事を振り返る。それぞれきっかけは違ったが、トランスバールの隆盛を決するような大きな流れの中心にほど近い場所に立っているのだ。この後は、ヴァル・ファスクをどうにかするだけである。ラスボスのダンジョン前に並ぶ勇者パーティーの戦士、商人、賢者と言った所か。しかし、その勇者は今『エルシオール』で彼女といちゃついているわけだが。

 

 

「頼まれていた、規格を揃える為の、中継装置は完成した。CQボム対策はまあ、出来るだけの事はしてみる」

 

「ああ、頼む。方向性はこの前伝えたとおりだ、異次元や虚といったモノがヒントになるはず。ルシャーティが戻ってくる確証がない以上、やってもらう」

 

「オレからすれば戻ってくるわけがないんだが」

 

 

兄二人の会話を聞きながら、ラクレットは名前の挙がった人物について思い返す。思えば、彼女とはあまり話をしていなかった。会話と言うよりもこちらが一方的にボールを投げていただけかもしれない。それでも彼女は自分の意志で、自分の事を肯定してくれた。それが彼にとって、誇らしくそして嬉しかったのだ。

そんなことを考えていると今度は矛先がラクレットに向いたようだ。

 

 

「ラクレット、とりあえずお疲れ様だ。いやー本当お前にしては頑張ったな、期待以上だ」

 

「その言い方だとすごく尊大に聞こえるな、兎も角、オレからも労っておくぞ、白き月にいた俺と違って前線で戦っているんだからな」

 

 

兄二人からそれぞれ労いの言葉を投げかけられるラクレット。割と珍しい事である、しかしこういった場合、面倒なことを押し付けられることが多いのは事実であり、即座にラクレットの中にある危機管理プログラムが起動する。目の前の細身長身のイケメンと、ショタ臭い眼鏡のイケメンは警戒対象であると認識された。

 

 

「……今度は何をさせたいんだ?」

 

「いや、そんなんじゃないって。純粋にご褒美と言うか労いだよ。ほら」

 

 

そう言うと、エメンタールは今後のラクレットのスケジュール画面を呼び出した。ここのところはずっと、真っ黒に埋まっていたスケジュールだが、これから先の所は、予定はあるものの、午前だけであったり夕方だけで有ったりと、微妙に時間がある。

そして、ラクレットが注目したのはもっと別の部分であった。

 

 

「もうすぐ、ダンスパーティーがあるが、それまでのお前のスケジュールは、うちの商会の宣伝も兼ねているからな。これは軍から正式に認可を貰っている。軍がスポンサーなのか、軍のスポンサーなのかは微妙なところだが」

 

 

そこまで言ってエメンタールはいつものように、勿体ぶってエラそうなポーズをとる。顔がいいから様になっているが、正直同性からすればうざいだけであった。

 

 

「これからの式典はエンジェル隊を貸してもらえることになった。顔出しOKになったのかは知らないが、そう言う許可をもらったからな」

 

「えーと、つまり? 」

 

「お前が今ここで『指名』を出せばこれから数日、その娘と一緒に二人っきりでお仕事ってわけだ。ダンスパーティーがもうすぐ控えているのに加えて、場所も微妙に『エルシオール』から遠い。スケジュールにも余裕があるから、仕事が終わったら適当に観光でもすればいい、二人でね。ギャルゲのヒロインルート開始直前イベント的なあれだ」

 

 

そこまで言ってもまだわからないの? と言った表情を向けてくるエメンタール。先ほどから言葉は発しないものの、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見ているカマンベール、ラクレットは理解した。これは好意によるものであるが、好意のみによるものではないな。と

 

 

「エンジェル隊と数日で仲でも深めろと? 」

 

「Exactly.」

 

「まあ、此処で名前を出せばだな」

 

 

一応兄二人は、好意から言っている。もちろん面白がってはいるが。これでも兄として、割といろいろなところが未熟なラクレットをかわいがって入るのだ。そして、その女っ気のなさを心配してはいるのだ。

 

 

「えーと……その、気持ちは嬉しいけどさ、迷惑かけるのはあれだし……」

 

 

ラクレットはとりあえず、また何か権力的サムシングが使われたことを察知し、エンジェル隊に迷惑かけるのも悪いと遠慮を始める。これがラノベやエロゲの主人公なら、いらぬ心配であり、友人やヒロインがきれる展開となるのだが、本当にラクレットなのだ。迷惑ではないだろうが、一緒に行きたい!! と思っている女性がいないのも事実であった。全く関係ない情報を出すとすれば、クロミエは人前に出るのが苦手です。

 

 

「さすがに、ミルフィーは無理だとして、お前の好みだとランファかちとせあたりか? 胸が大きい女が好きって言っていたから、前者かね? まあ、どっちもいい女だな」

 

「いやいや、ブラマンシュやアッシュもこいつとはお似合いだろう。いい感じに、この暴走しがちな男の手綱を握れそうだ。何故かシュトーレンはなんか想像できんが」

 

 

ぽんぽん名前を出してくる兄二人。ラクレットはたじたじである。正直に言えば、兄の提案は魅力的ではあった。自分にはあまり異性とどうこうしたいといった感情がない。しかしながら、誰かと仲良くしたいというのは割とあるのだ。下心抜きに、エンジェル隊と誤解を恐れずに言えば、思い出つくりにいそしむというのは、割としたいことである。

だが、彼の心に引っかかる刺があるのもまた事実であった。

 

 

「ふーむ……反応が思ったものと違うな、兄貴心当たりあるか? 」

 

「……お前、もしかして……」

 

「な、なんだよ」

 

 

カマンベールのパスを、エメンタールは、正確に受け取り、ラクレットに切り込み始める。華麗なドリブルに先ほどから翻弄され続けているラクレットが、シュートコースを読めた瞬間は既にゴールネットが揺らされる直前であった。

 

 

「……ルシャーティ」

 

「ッ!! 」

 

「あー、お前」

 

「……わるいかよ」

 

 

ボソッと長兄の出した名前にラクレットは過敏に反応してしまう。まあ経験値が低すぎるから仕方がない。自分を客観的に見ることができるヴァル・ファスク。自分を制御している彼らが最も奇行に走るのが、恋と言う病なのだ。むしろ、そう言った感情に初心な連中なので、いろいろと経験値不足や暴走が目立つものである。

 

 

「あー……そうか、そうなったのは、完全に俺の責任だわ。悪いな」

 

「謝らないでよ……」

 

 

急に雰囲気が変わってしまう会話。エメンタールからすれば、ルシャーティと距離を摘めるように指示したのは彼なのだから、責任の一端を握っているのだ。そしてラクレットからすれば、そう言った命令のせいで好きになったと自分に言いたくないのだ。

 

 

「とりあえず、エンジェル隊の件は、適当に開いている人員を呼ぶようにしておくから、その都度仲良くしておけよ。俺は用事ができたから、また今度」

 

「ああ、うん。また」

 

「じゃーなー……といっても、オレも暇じゃあないがな、まあ、弟の恋愛相談位には乗ってやるよ」

 

 

そう言って、エメンタールは足早に席を立つ。本当に今所用ができたかのような態度である。それを若干訝しみつつ、ラクレットは同意して見送る。カマンベールはまだしばらくサボるようで、ラクレットのは何も知らない、彼に対して今までの経緯を説明し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、くそ完全に読み間違えた……そういう動きするのかよ」

 

 

ラクレットと別れたエメンタールは、部下にもろもろの仕事を任せた後、一部の腹心と共にEDENの外側に向かっていた。名目としてはEDEN周辺の調査、資源惑星の探索、近隣衛星の支援活動、ついでに斥候である。

優秀なレーダーでもある白き月がいる以上、敵の奇襲はありえないが、伏兵などの心配もある。故にトランスバール皇国軍の部隊を少数護衛に借り受けている。もちろんその人員は商会がちょっとしたお願いをすれば口を閉じているくらいはしてくれるような部隊だ。

 

 

「会長……ブラマンシュから借り受けた部隊がこちらに戻ってきたようです」

 

「そうか、被害は? 」

 

「比較的軽微との報告を受けています。対象は、中破判定を受けているものの、搭乗者2名は無事。保護された安堵感からか、2人とも気絶しているそうです。指示通り別々に隔離していますが……」

 

「あとは俺がやる。女の方には女性スタッフに世話をさせておけ、男の事を聞かれても、無事は伝えてもいいが、検査とかの名目で会えないということにしておけ。それ以上の情報は与えるな」

 

 

突然入ってきた秘書と、いかにも、黒幕的な会話をしつつ、エメンタールは席を立つ。考えるべきこと、やるべきことはたくさんあるのだ。秘書はすぐに退出し、移動用のシャトルの準備をはじめにいったようだ。エメンタールは素早く書類をまとめて鞄に入れながら、呟く。

 

 

「ルシャーティに近づかせたら、エンジェル隊の好感度の高い『ヒロイン』が嫉妬して距離でも縮まると思ったら、逆にあいつが本気でお熱になるとはな……」

 

 

エメンタールからすれば、ラクレットはいくらへたれでも、一人くらいは彼の事を好きな人間はいるであろうという考えだった。普段は馬鹿にしているが、ラクレットはそれなりに魅力のある男性だと客観的には評価しているエメンタールだ。しかしそれを上回ったのか、それとも偶然なのか、エメンタールの思惑は外れてしまった。

 

 

「あいつ、もしかしてムーンエンジェル隊と結ばれない制約でも持ってるんじゃねーのか」

 

 

その通りである。このSSの初投稿時にムーンエンジェル隊とは本筋ではくっ付きません。と書いてあったはずだ。なのに、ヒロイン(特にちとせ)を求める声が大きかったのである。『ムーン』エンジェル隊であることを示したかったのだが、気づいた人はどれだけいたのであろうか。

メタはここまでにして、エメンタールは素早くシャトルに乗り込み、二人が収容されている艦に向かう。

 

 

「さーて、ここの交渉で、俺の任務もようやくひと段落だな……」

 

 

 

そして、彼は最後の仕上げを始めることにした。

 


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