僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第10話 日常回 増量編

「さてさて……敵の戦力分析は、こいつらのおかげでだいぶ取れたなぁ」

 

 

カースマルツゥは、ブリッジで先ほどの戦闘及びその前の戦闘の二つで収集されたデータを見比べていた。戦闘機が飛び交い、此方の艦隊を蹴散らしていく様は、普通のヴァル・ファスクでも不快に感じるであろう映像だ。しかしそれを一切の感慨もなく眺めているカースマルツゥ。彼は冷静に敵の戦力の分析や、司令官や操縦者の癖を知ろうとしているのだ。

 

 

「思ったよりは、強そうだがなぁ……糞ダイゴのとこのガキは、あんなクソみたいな武装しかない練習機で良くやるよ本当、馬鹿じゃねーの? 」

 

 

思ったことを呟いていくカースマルツゥ。とりあえず一通り見て、ある程度の情報は集め終わった。弱点も分かったし、それを突く作戦の草案も思いついた。ロウィルの救援に向かったら、すでに彼が死んでいたという、でっちあげの報告書を本国に送り彼は席を立つ。

 

 

「やってやるぜぇ……600年待ったんだからよ」

 

 

彼はそう呟きブリッジを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に、敵の陰謀が動いている中、タクトは合流した白き月にいた。司令官ではあるので、彼は白き月の謁見の間へ報告に行っていた。

 

 

「お疲れ様、とりあえず当面の安全は確保できたみたいね」

 

「ご苦労様です、マイヤーズ司令」

 

 

白と黒の二つの月の管理者に出迎えられ、タクトは思わず笑顔がこぼれる。柱に背を持たれて片手を上げている少年(21)の事はあまり視界に入れてなかった。

 

 

「シャトヤーン様、ただいま帰還しました。ノア、ただいま。あとカマンベールも」

 

「おまけの俺からで悪いが、いきなり相談したいことがあるぞ」

 

 

カマンべールから話しかけられ、タクトは仕方なしにそちらに意識を向ける。女皇陛下や、ルフト宰相の話によると、兄であるエメンタールや、弟のラクレットと違い、彼自身にヴァル・ファスクとしての自覚はないらしく、研究仲間のノアも彼自身に黙っているそうだ。

タクトにとっては、ほぼ同い年の従兄弟であるが、先のネフューリアとの戦いが終わって以来はあまり会話する機会がなかった人物でもある。

 

カマンベールは、眼鏡を照明で反射させながら、タクトに向き直る、博士キャラがもう完全に板についている。外見はどう見ても15,6の少年風情で、眼鏡をかけた中性的な容姿はラクレットとは似ても似つかない。エメンタールと二人で並ぶと兄弟だとわかるが。相変らず身長は160cm程度で彼の家系の中で特に小柄なことがうかがい知れる。たぶんあだ名はハカセくんとかそんな感じだ

 

 

「なんだい? カマンベール」

 

「クロノブレイクキャノンの事だ」

 

「あれを『エルシオール』につけるか、7号機につけたままにするか、それとも外して保管しておくかってことよ」

 

 

『エルシオール』の主砲でもある『クロノブレイクキャノン』は現在、前回の戦いで使った決戦兵器である、7号機に搭載されている。それを今後の戦いに備えて再び『エルシオール』に搭載するのか、それともこのまま7号機として運用するために搭載したままにしておくか、はたまた、どっちにもすぐに対応できるように外しておくか、安全性や防犯性を考え外した後に、処理をして一時的にロックをかけておくというのもある。

どれにもそれなりのメリットとデメリットが存在するので、どれを選ぶかは完全にタクトしだいになんていた。

 

 

「そうだね……さすがに敵がヴァル・ファスクでもそう簡単に『クロノブレイクキャノン』を使って良い訳じゃないからね……外しておいてくれ、でもいつ使うかわからないから、ロックはかけないでね」

 

 

タクトが選んだのは3番目の選択肢である、どちらにも対応できるように外しておくであった。これで換装にかかる時間が、外して搭載のプロセスに比べて3割ほど早く搭載できる。最もすぐに必要になった場合に弱いが。

 

 

「そう……わかったわ、そう手配しておく」

 

 

ノアは、頷いてから、そう答える。その横で、少し躊躇う動作を見せてから、カマンベールはタクトに話を切り出した。

 

 

「話変わるが、マイヤーズ。俺の弟は迷惑かけてないか? 」

 

「ラクレットかい? そんな、全く迷惑とかはないよ。むしろすごく役立ってくれているくらいさ、レスターに協力してくれるから、さぼる時間が増えたよ」

 

「そうか、それならいいんだ。あいつは他人の恋愛に対して『リア充死ね!! 』とか言いながら殴りかかるように見せかけて足技で攻めてくるような男だからな」

 

 

カマンベールは、嘘なのか本当なのか解らない話をタクトに切り出した。恐らくであろうが、ラクレットがそこまでする行動力なんてあるとは思えないので、恐らくは誇張表現であろう。そんな風にタクトは結論付けることにした。

 

 

「マイヤーズ司令、私にはいつも見送ることと、激励の言葉を送ることしかできません。こんな無力な私を恨んでもらっても構いません」

 

「そんな!! シャトヤーン様がいるから、オレや皆が帰って来られるんですよ」

 

「そう言っていただければ、幸いです。これからも大変でしょうがよろしくお願いします」

 

 

シャトヤーンからの激励をいつものようにうけるタクト。こればかりはレスターにも譲れない彼の役得である。彼が珍しく率先して受ける仕事だ。悲しいことに珍しくで有る。

 

 

「まあ、死なない程度に頑張りなさい。EDEN解放艦隊が到着するまで粘るのよ」

 

「あはは、了解だよ。ノア」

 

 

彼女らしい、素直じゃない激励も今は慣れたもので、タクトは苦笑しながらそう答えた。

最後にカマンベールの方を見るタクト。カマンベールは先ほどと同じように、軽く頭を下げると、一言だけ

 

 

「頼んだ。マイヤーズ司令」

 

とタクトに託したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって『エルシオール』今日はラクレットとクロミエの番組の生放送であった。ある程度の場数をこなして、慣れが出てきた二人はプライベートのようでいて、尚且つ番組の形にとどまる様な会話で、『エルシオール』のクルーの関心と笑いを買っていた。要するに人気番組になったのである。

 

 

────はい、今日も始まりました。『エルシオール』放送局。パーソナリティーは今朝デットリフト200kgに成功したラクレット・ヴァルターと

 

────そんな彼の重り代わりによく使われる、クロミエ・クワルクです

 

────はいじゃあ、オープニングの質問コーナーに行きましょうか。ラジオネーム『ナツミさん』からの御便りです。いつもありがとうございまーす。えーと「お二人は良くお泊りをされるそうですが、どうやって寝ているんですか? 」だって

 

────そうですね……ラクレットさんの肩か腕を良く枕にして寝ていますね

 

────いや、まあそうだが……その答え方はどうよ……あ、ソファーで並んでTVを見ながら、気が付いたら寝ているっていうのが多いです

 

────いえ、質問者のニーズにあった回答をしたまでですよ?

 

────そんな感じではじまります。このプログラムはチーズ商会の提供でお送りしまーす

 

 

とまあ、こういった雰囲気で進んでいくのだ。計算した天然っぽい『ハラクロミエ』と、突っ込み役だが、変なところで天然も入っている『らくれっとさんじゅうごさい』がちょっと危ない感じの話をするのが女性リスナーの支持を得ている。ラジオネーム『ナツミさん』は毎回のようにお便りをくれるリスナーであるが、ラクレットは正体に気付いていない。本名の一部をそのまま使っているというのに。

 

 

────それでは早速……リスナーの皆さんの要望に、ラクレット・ヴァルター何でもするコーナー 題して

 

────あなたの隣のラクレット!! 相変らず誰得なコーナーだよな

 

────少なくとも僕は得しますよ?

 

 

真顔でそう、ラクレットの呟きに反応するクロミエ。ラクレットは、数秒の空白を挟み、咳払いをして何事もなかったかのように、続ける。このラジオの名物である。

 

 

────さて、今日は何をやればいいんですかね?

 

────前回がイカの踊り食い。その前が流行歌を歌え。さらに前がゲストのヴァニラさんとフリートーク。ラジオのやることじゃないのとかも入っているのが、このコーナー

 

────実際強い要望でヴァニラさんの時は、急遽映像も付けてお送りしましたからね

 

 

────えーとじゃあ、今日はー……これだ!!

 

 

目の前のくじ引き用の箱からランダムにはがきを抜き出すべく手を突っ込むラクレット。この箱は、チーズ商会の手の者が用意したものだ。スタッフは全員『エルシオール』に乗りこんでコンビニの近くにこの前できた、チーズ商会傘下で娯楽用品を専門に売る店の従業員たちだ。早い話がエメンタールの手足である。

 

ラクレットが突っ込んだ箱の中には1枚しか紙がなかったが、声にそれを出さずラクレットはそれを掴んで引っ張り出した。兄からの指令である。

 

────えーと、ラジオネーム『キングさん』のリクエストです。ありがとうございまーす

 

────ありがとうございます

 

────『いつも楽しく聞いています。私のリクエストはラクレット君の突撃質問レポートです。今『エルシオール』で話題の人物と急接近の噂を本人や身近な人たちにインタビューしてきてください。映像つきだったらすごく嬉しいです』 だって

 

────外でロケですか……いってらっしゃい。準備の間は僕が質問に答えていますよ?

 

────ちょっとまって…………あ、なんかもう準備できているみたい。とりあえずホールで関係者を待つそうだから行ってくる

 

────行ってらっしゃーい、さていつものようにラクレットさんが良くわからないことになっている間、恒例の質問コーナーに行ってみましょう

 

そう言ってクロミエは質問ボックスから、髪を一枚取り出し読み上げる。

 

────ラジオネーム『親衛隊副長さん』から。お便りありがとうございます。「ヴァニラちゃんと3人で話していた時から思っていましたけど、ラクレット少尉とクロミエ君はヴァニラちゃん親衛隊に入らないんですか? 」うーん、少なくとも僕は見守るといった立場ではありますが、親衛隊というのは性に合いませんかねぇ

 

そこでクロミエは一端、話すのを止めてから、もう一度口を開く

 

────ラクレットさんは……そうですね、彼なら「えーと、僕はエンジェル隊全員の親衛隊の隊長です!! エルシオール中型戦闘機部隊、通称エンジェルガーディアン!! 今命名してみました!! 」 とか言いそうですねー

 

軽い声真似をしながら(結構似ていた)そう回答するクロミエ。なんとなくラクレットが全否定でもないが、全肯定はできないような回答を彼は答えることにした。尚、これを聞いていたちとせとフォルテは、ラクレットがそう言っているのを想像して、声に出して笑ってしまった。

 

────あ、どうやら向こうの準備が整ったようです。現場のラクレットさーん?

 

────どうもー、こちらラクレットです。現在エルシオールの憩いの場である、ホールにいます。ご覧ください、この充実した自販機の数々。壁一面の自販機が並んでいて、しかも商品の被りが存在しないというヴァリエーションに富んだラインナップです。これにはブラマンシュ商会の並々ならぬ情熱によってなされた偉業です。

 

────割とどうでもいいので、指令の実行をお願いします

 

────はい、これからわたくしラクレット・ヴァルターはこの場で、インタビューを慣行したいと思います

 

 

カメラに手を振るラクレットは、すでにこういった兄の指令やら単純な取材などの経験もあり、カメラを向けられるという行為に慣れていて、大変リラックスしていた。クロミエに注意されるほど。

 

そんなラクレットはとりあえず、当たりが来るまでのつなぎとして、適当な人にマイクを向けようと周りを見渡してみる。お昼すぎのこの時間は、ホールにそこそこの人間が集まっており、遠巻きに野次馬をする者、素通りして自分の目的を果たす者といろいろいる。

誰にしようかと考えていると、見知った蒼い髪の少女と金髪の少女の二人組が、これまた見知った司令と話しているのが、彼の眼にホールの反対側に認められた。

 

────早速ど本命を見つけました。突撃取材に行ってきます

 

────期待していますよ

 

 

そういいながら、カメラマンや音声スタッフを引き連れ(彼の間隔での)小走りでその方向に向かう。彼の鋭い聴覚が多くの人の喧騒でにぎやかなこのホールにおいても、蘭花の詰問するような声を脳に届けたので、何となく状況を察するものの、このままのこのこと帰るなどという選択肢はないために、近づくことにした。

 

 

「じゃあ、単刀直入に聞くわよ!! タクト、アンタがこのエルシオールで一番大事な人は誰? 」

 

「詐称はご自分の身の破滅を招きますわよ? 」

 

「俺は……」

 

────おっと!! なんかいきなりクライマックスです!! というか、すでに結論ですよ!!

 

────とりあえず、静かに聞いてくださいね、ラクレットさん

 

 

シリアスな雰囲気の3人から数歩離れたところで、ラクレットは実況しているが、クロミエにそこまで遠回りでもなく、うるさいから黙れと言われてしまい、静かにマイクを握りしめて状況を見守る事にした。

 

 

「俺が好きなのは……」

 

 

タクトが上手に溜めて、緊張感をましているのは狙っているわけではないのであろうが、そのおかげで、ラクレットもリスナー(今は視聴者)も手に汗を握って、目の前の光景を見ている。タクトは一端口を閉じた後、意を決したように表情を引き締めると、口を大きく開けて叫んだ

 

 

「俺が愛しているのはミルフィーだけだぁぁぁああああああああああ!!!! 」

 

 

────おぉ!! スタジオのクロミエさん聞こえましたか?

 

────はい、こちらまでしっかり、リスナーの皆さんもきっと聞こえていたと思います

 

 

ニコニコ笑顔で返答するクロミエ、ラクレットは、ようやくこちらの存在に気付いたような3人に対して、会釈する。

 

 

「え? なにもしかして今カメラまわってる? ……どーも!! エンジェル隊のNo.1美少女、蘭花・フランボワーズです!! 」

 

「ランファさん、いまさら過ぎますわよ。それにしてもいいタイミングですわね」

 

 

なにせ、これでエルシオール中が、マイヤーズ司令は浮気をしているかもしれないという論調から、ルシャーティさんは、かなわぬ恋を恩人に抱いている。になるであろうから。

タクトの気持ちをはっきり自覚させてやれば、最近元気がなかったミルフィーも少しは元気になるかもしれないと、ミントは考えたわけだが、まさかこんなことになるとは

 

 

「え? なに、生中継? 」

 

────そうですよ、タクトさん……え? もう今日の尺がない!?

 

────そうみたいです。えーあっという間でしたが、本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。お相手はクロミエ・クワルクと

 

────ラクレット・ヴァルターでした。また次回ー

 

 

一人ひたすらにあせっている様子を見せるタクトを尻目に、ラクレットは番組をしめるのだった。すでにプロである。

 

 

 

 

 

 

 

また別の日の話、ミルフィーは先日生中継で告白してくれたタクトに対して、お礼というか、日ごろの感謝もかねてケーキを焼いてもっていくことにした。少々久しぶりにケーキを焼くこととなったが、かなりの自信作ができたので、いつもより3割増しの笑顔で、司令室に向かっていた。

 

 

「失礼しまーす」

 

 

ミルフィーが、鍵のかかっていない司令室のドアを、外から開閉ボタンを押してあけると 、中では想像を絶する光景が繰り広げられていた。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「……カン!」

 

「…………………」

 

 

 

そこにいたのは、正方形の緑のテーブルを囲むように座っている、自分の恋人と、ラクレット、クロミエ、レスター。そして、その周りを声がかけられないのか、うろうろしているルシャーティであった。重苦しい雰囲気が、その部屋を包み込んでおり、真剣な表情で、そのテーブルを囲んでいる男4人のせいで、ルシャーティは完全にかやの外であった。ミルフィーも観客に徹するしか今はすることがないほどである。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

「……ツ!! ツモ!! リーヅモドラドラ裏4で、8000オール!!」

 

「だー!! またオレの一人負けだよ」

 

「クロミエ、今日はダマのロン上がりしかしてないな」

 

「レスターさんこそ、3半荘で放銃0じゃないですか」

 

 

張りつめて、緊迫していた空気が一気に消失し、全員が背もたれに寄りかかりながら、会話を始める。ルシャーティと、ミルフィーは何が何だかわからず、目を白黒させていた。

 

 

「あー、あがれてよかった」

 

「にしても、またリーのみを倍満にしやがってこいつ……」

 

「国士ばかり狙いに行っている奴よりはましだ。それと口調が乱れているぞタクト」

 

「ラクレットさんはテンパイ即リーしかしませんからね」

 

 

 

 

どうやら先ほどの何かの遊戯の反省会というか、品評会のようである。彼らは手元のお茶菓子に手を伸ばすか、自分のグラスで喉を潤している。

 

 

「あのー……タクトさん?」

 

「って、あれミルフィーに、ルシャーティ? いつの間に?」

 

 

今気づいた様子のタクト、他の3人はいたことには気づいていたようだが、集中しており相手をすることができなかったので、軽く頭を下げて謝罪している。

 

 

「私たちは先ほどからいました……」

 

「皆さんが、声をかけられるような雰囲気じゃなかったんですよ」

 

 

少女2人は、男4人で集まって緊迫した雰囲気が包み込んでいたこの部屋の入り口で立ち尽くすしかなかったのだ。

 

 

「これは、麻雀っていうゲームだよ、今日は珍しく面子……メンバーがそろったからね」

 

「俺とタクトの同時オフシフトは珍しいからな」

 

 

珍しくサボっていたわけではなかったタクト。クロノドライブ中であり、ブリッジはオペレーター達に任せているのだ。

 

 

「それで、何の用だい? 二人とも」

 

「あ、あの私ケーキ焼いてきました」

 

「私は買ってきました」

 

━━━━タクトさんと食べたくて!!

 

 

後半部分はきれいに重ねて、そう答える二人、タクトは少し困ったように頭をかいている。なにせ、二人同時にケーキを持ってきたのだから。ちらりと後ろを見てラクレットの様子を確認してみると、タクトの予想とは相反して、別に自分やルシャーティを見ているわけではなく、クロミエの手役を倒して、顔をしかめていた。タクトは違和感を覚えつつ、二人から渡されたケーキを食べることにした。

 

 

 

「あ、あのタクトさん、私もタクトさんとか、ラクレット君と麻雀をしてみたいです!! 」

 

「え、えーとルールはわかる? 」

 

 

ケーキをあらかた食べ終わった時にミルフィーがそう切り出してきた。結局二人分のカットされたケーキを持ってきたルシャーティは、急用ができたと、少し前に退出しており、ホールで持ってきたミルフィーのケーキは、クロミエ、ラクレット、レスターの3人も相伴をあずかっていた。

 

そんな中、突如ミルフィーが、麻雀をやりたいと言ってきたのだ。

 

 

「教えてください!! 」

 

「き、今日は気合が入っているね……」

 

「はい!! 」

 

 

ミルフィーは何でもいいからとりあえずタクトと一緒に遊びたかった。最近忙しかった彼が、あと数時間はクロノドライブのため暇なのはレスターが教えてくれたからでもあるし、ミルフィーがちょっと意識している人が、少しでもタイミングが違えば、タクトを横取りしていた可能性もあるからでもある。

 

熱意に負けたタクトが簡単にルールだけ教えて、その間にレスターが簡単な役の説明ができるようにデータを用意し、素早くミルフィーの端末に転送してあげた。この時点でクロミエとラクレットは嫌な予感がしていたが、別段金をかけていたりするわけでもないので、何となく予想できる結末を見守ることにした。

 

 

「それじゃあーはじめましょう! 」

 

「今度は負けないからね、ラクレット」

 

「お手柔らかに、タクトさん」

 

「私も、初めてですけど頑張ります!! 」

 

「俺はミルフィーの後ろで見てよう、わからないことがあれば聞いてくれ」

 

 

レスターは、タクトとやりたいというミルフィーの希望のため、卓を外していた。そして、ミルフィーの配牌を覗き込むと、これまた以外にも、天和でなかった。レスターはそのことに驚き、そしてまた、自分が『天和ではなかったことに驚いた』という事実にも驚いていた。

 

しかし、ここからこの部屋の男4人は奇跡を目撃することとなった。

 

 

「あ、揃いましたよ……リーヅモ……トイトイ……ですか?」

 

「端っこと文字だけばらばらにそろっちゃったんですけど、どうすればいいですか? 」

 

「すごーい、東西南北が3つづつ揃いましたよ! レスターさん! これ何点ですか! 」

 

「えーと、ホンイツ……ハツです!」

 

「カンです! あ、もう一回カン! わー、また来ました! カン! すごい!すごい! もう一回カンしちゃいます!! 」

 

「1と9しかありませーん」

 

「あ、これ最初からあがってます!」

 

 

ミルフィーの運は、そんなものではなかった。レスターの渡した上がり役一覧の役満の部分を 上から順にクリアしていったのだ。レスターとタクトの表情は最初のうちこそ苦笑だったが、段々とひきつって行き、最終的には、泣きそうなそれでいて嬉しそうな複雑な表情になっていた。

 

 

(大当たりしても驚かないでねとはこういう事だったのか!!)

 

(今日もみなさんお勤めご苦労様です)

 

 

クロミエとラクレットは、予想通りだったのか、テレパシーのように同じタイミングでそんなことを考えていた。するとまた来客を知らせる音と共にドアが勝手に開く。

 

 

「タクトー、暇だから遊びに来てあげたわよ~……って、ミルフィーじゃない、それにそれって……」

 

「へー、『エルシオール』に卓があったとはね……」

 

「誰か、私と差しウマをつけて、打ちませんこと? 」

 

「あ、あのミント先輩、軍人が賭け事を勤務時間中にするというのは……」

 

「ちとせさん……ミントさんの言葉が、どうして賭け事だってわかったのですか? 」

 

 

エンジェル隊のメンバーが暇を持て余して、遊びに来たようである。タクトは満面の笑みで歓迎し、レスターは苦笑しながらも人数分のお茶とコーヒーを用意し、ラクレットはレスターを手伝いに席を立ち、クロミエも微笑を浮かべながら皆を眺めていた。場所は少々特殊だが、いつもの賑やかな時間が始まったのだ。

 

ミルフィーは既に、タクトと二人でケーキを食べるという事よりも、仲間とみんなで遊ぶことの方が楽しく感じていたためあまり問題は無かったのが幸いであろう。司令室はそのまま姦しい声がドライブアウトまで響いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで妨害されるとはね……やはり知識が足りなすぎるのか……」

 

 

タクトとルシャーティをなんとなく不本意ながらも、二人きりにさせようとしたヴァインは、先手を打っていたかのように司令室にいたラクレットに対して悪態をついた。まるで図ったかのようなタイミングだ。この前のインタビューといい、自分の思う様に物事が進んでいないことに対して苛立ちを覚えるヴァイン。もちろんそれは、ヴァル・ファスクとしての範囲であり、人間のようにイライラしているのではなく、策がうまく行かなかったことを反省する意味合いが強い。

 

ヴァインは先ほど、ミルフィーが自室でケーキをタクトの為に焼き始めたことを、盗聴器などにより察知し、彼女がそれをタクトに持っていくタイミングで、ルシャーティが同じくケーキを親しげに食べさせているところを目撃させて、心に大きな衝撃を与えようとしたのだが、全く持って予想外な方向に行ってしまったのである。

 

ちなみに、前回のインタビューも、まさかタクトが自分の想いを絶叫するタイミングでできるとは、エメンタールもさすがに思っていなかった。どちらかと言えば、細々とエンジェル隊に聞いて回り、『エルシオール』内にミルフィーの恋を応援する流れ、雰囲気を作らせることが目的だったのだ。同様に、今回の麻雀に至っては、タクトとレスターが司令室で雑談しているときに、ラクレットが報告書を持ってやってきたときに、タクトの突発的な発想で開始されたのである。

要するに、ヴァインが悪いというよりも縁がないというか、運が悪いだけなのである。

 

 

ヴァインはそのまま、考え事をしながら『エルシオール』をうろついていた。姉であるルシャーティは先ほどの命令のせいで疲れたのか、部屋で睡眠中である。姉弟なのでもちろん同室だ。そんなことはどうでもいいとばかりに、彼は『エルシオール』のコンビニに無意識のうちに入り、気弱そうな店員がいらっしゃいませーと間延びした声をかけてくるのを左の方で感じながら、店内を散策する。すると、何かの拍子だか知らないが、彼はある文字に目をとめた。誰にでも経験があるであろう、なぜだかわからないものの、文字に目が留まり、その後それを注視して、初めて何と書いてあったか認識するという事が。彼の場合はまさにそれだった。

 

 

(ん? なんだこの本は……『彼のハートを鷲掴み!! 恋する乙女のマル秘テクニック』『男をおとす47の方法』『モテカワは古い!! 今どき女子の嗜みは!?』……これは……成人女性が読む雑誌か……いや、しかし……)

 

 

ヴァインは、今までの作戦は、自分の偏った人間に対する情報(彼はヴァル・ファスクにおいて、人間という『動物』研究においては中々の権威をもつ人物でもある)をこの艦に来てから思い知らされていた。彼のサンプルは、此方に絶対服従で隷属している、支配下のEDEN人であり、この艦の自由なトランスバール人は、今までない行動や文化形式を持っていたのだ。

 

 

(僕の作戦がうまく行かなかったのは、文化と呼ばれる、生活環境の差から生まれる行動形式の違いからくるものだとしたら……? )

 

 

その時ヴァインに電流走る。といった表情で立ち止まるヴァイン。盲点だったかもしれない。今までタクト・マイヤーズに別の生殖対象を近づけ、心というものを観察するという任務がうまく行かなかったのは、これが原因だったのかもしれない!!

 

そのように感じたヴァインは即座に行動を開始する。素早く、そして自然な動作で周囲を確認。背後に若い女性に分類される個体が飲食物を選定しているのを捉えるが、此方に注視していない事を確かめる。

 

 

(よし、今だ!! )

 

 

素早い動作でその場にしゃがみ、万が一振り向かれても商品陳列用の棚に隠れて、此方を視認できない様にしてから、雑誌に手を伸ばす。先ほど目をつけていた3冊の本を手にすると、そのまま会計を済まそうと、レジをみる。

 

 

(なにっ!! )

 

 

そこには、店員が暇そうな顔で立っており、運の悪いことに、隣においてあるセルフ会計の器具は故障中の札が下がっていたのである。彼の考えていた、セルフの会計レジを使用するという作戦が、崩れる音を確かに聞いた。

 

 

(っく! 店員の声が聞こえた時点で気付くべきだった……周囲の状況確認を怠るとは……鈍ったか、ヴァイン!! )

 

 

少しばかり動揺していると、彼に更なる危機が訪れる。前方から二人組の女性が接近してきたのだ。素早く後退しようにも、先ほど飲食物を選定していた女性が、近くまで接近している、どうやら、プラスチック容器に入った飲料を選んでいるようで冷蔵庫を見つめている。

 

 

(どうする!? 冷静になれ、解決策があるはず……あ、あれは、そうだ!!)

 

 

ヴァインは、一瞬で物凄い量の思考をこなし、この場をやり過ごす方策を見出した。右手で持っていた3冊の雑誌を左手に持ち替え、空いた右手で雑誌コーナーの上段一番手前の少年誌を2種類、系2冊手に取り、その間に先ほどの3冊を挟み込むようにスライドさせて入れたのだ。

3冊の雑誌はどれも厚さが控えめであり、背表紙はホチキスで止められている形だった。当然のごとく、背表紙には文字が書いていなかった。厚さ数センチの少年誌によって挟まれたそれらは、完全に迷彩が欠けられ、外側から識別できなくなったのである!! ヴァインのとっさの作戦勝ちだ。

 

何食わぬ顔で女性二人組とすれ違い、背に腹は代えられぬと、そのまま怪しまれない速度でレジに向かう。

 

 

「いらっしゃいませー、250ギャラが一点、280ギャラが一点……」

 

(っく、早くしてくれ!! )

 

 

店員のゆったりとした態度に焦りイラつくヴァイン。飲食物を選び終えた女性が、いつ籠を右手に自分の背後に並ぶかわからないのだ。並ばれたら肩越しに自分が何を買ったかのぞかれてしまう可能性がある!! それだけは避ける必要があるのだ!!

 

 

「……合計1980ギャラで~す。ポイントカードは……」

 

「持っていません」

 

「レジ袋は……」

 

「希望します」

 

 

ゆったりとしたやり取りにヴァインが本格的に焦れていると、背後からヒールが床を踏む音が聞こえる。その音は真っ直ぐこちらに向かっているのを、ヴァインは瞬間的に理解した。

 

 

(急げ!! 早く!! )

 

「…………2000ギャラの御預りです…………20ギャラのお返しになります。レシートは」

 

「貰っておこう」

 

 

もうすでに真後ろにいることを感じとり、ここまでかっ!! と諦めかけるヴァイン。しかし彼にはまだ運が残っていた。背後の女性は、商品棚の隅に置いてあるのど飴に興味を示したようで、そこの前に立っていたのだ。

 

 

(た、助かった……)

 

店員が、袋に詰めているのを確認しながらヴァインはそう安堵の息をもらす。

なんとなく、空しい戦いだったと内省し、袋を受け取り立ち去ろうとするヴァイン。そんな彼を呼び止める声があった。

 

「あ、ヴァインさん」

 

「何か? 」

 

「お姉さんによろしく言っておいてください。リクエストがあれば、雑誌は可能な限り取り寄せるとも」

 

「……ええ、わかりました」

 

「ご来店ありがとうございました~」

 

 

ヴァインは自室への帰路で、その手があったかと、悔やみながら歩いていた。そのことを知るのは本人のみであるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後のヴァインは、ちょっとしたアニメ時空と思っていただければ。

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