僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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閑話 ラクレットの一日 MLver

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラクレットの一日の始まりは早い

 

 

「朝だ!! 起きろ!! ヴァルター少尉!! 」

 

「了解であります!! 」

 

 

『エルシオール』を護衛する戦艦の時間で午前5時には叩き起こされる。通信で呼ばれるのだ、クロノドライブ中ならば、自室ではなく、戦艦の方で寝ることになる。これも修練の一環だ。彼のお目付け役となった、この艦の副長である少佐は、時間に厳しい軍人だからでもある。なにがきついかというと、護衛艦の時間はエルシオールより1時間早く設定されているということであろう。

 

 

「よし!! まずは早朝ランニングからだ!! この装備を背負って10km それが終わったら汗を流して、0630までに食堂に集合、解ったな!! 」

 

「了解であります、ただいまより走らせていただきます!! 」

 

 

彼が背負わされている、重りの重量は15kgほど、体重の2割もあるが、背負いやすい形である……と言うか重さを自動調節できるジャケットなので、そこまで問題があるわけでもなかった。疲れることに変わりはないが。

走る場所もシミュレーターによって走るたびに地形が変わる専用のトラックだ。沼地すら形成されるのだから恐ろしい。

何とか1時間弱で10kmを走りきったラクレットは、急いでシャワーを浴びる、『エルシオール』の自室に戻る時間などない、用意されている着替えを手に持ち、更衣室へ走る。

時間的余裕はあまりないので駆け足だ。

 

 

軍人たる者、朝食の時間ですら無駄にすることはできない、今日の特訓メニューの詳細が入ったデータを渡されるので、空中にウィンドウを浮かせ、眺めながらの食事だ。なお彼のメニューは、トランスバール皇国の高い技術力によって、長期間の航海中もおいしい料理が食べられるにも関わらず、冷凍のおかずと、堅いパンである。これは新兵をしごくのに使われる特別メニューである。

この艦はもともと、赴任してきたばかりの新任を、目的地に着くまでに一人前にするという事が可能な艦として有名であり、クルー全員が今度のガキは何日で認められるか賭けをしているくらいだ。

 

 

今日のラクレットのメニューは昨日に引き続き、シミュレーターで仮想敵と戦い、圧倒的に足りない軍規や、戦略的思考を補うための座学を受け、筋トレと言う名の地獄を味わい、格闘訓練をこなして終了と言う、解りやすいものだ。そして、この順番だが、最もラクレットが辛い様にされている。彼は、戦闘機を動かすとスタミナを大量に消費してしまう。大部ましになったものの、彼の体力的には、想定の半分程度の時間しか戦闘を持続できていない。つまり、まず1番疲れるものをやらせた後に、頭をつかわせ、また体をしごき、最後に緩んだ心身を格闘訓練で喝を入れるだ。

まあ、効率はいいものの、正直やりすぎだろと彼自身思っている。初対面のことを思うと、絶対楽しんでやっているだろうと確信していた。

 

 

 

 

 

「私が今日から君の教育を担当する、カトフェルだ。階級は少佐、この艦では副長を任されている」

 

「エルシオール中型戦闘機部隊、隊長のラクレット・ヴァルター少尉であります! 」

 

 

初老の黒く焼けた肌をもつ男性の前に直立不動で敬礼するラクレット、補給が終わった時に呼び出されたのである。理由も今一解らず行ってみると、どうやらこの前のルフト将軍の彼を鍛えなおすという案を今の移動時間を使ってやってしまおうという事だった。

 

 

「さて、ようこそ私たちの艦へ、この艦の乗組員は全員海の男だ、男が2割しかいない艦にいた君からすれば、カルチャーショックかもしれないな」

 

「はぁ……」

 

「なに、すぐに慣れるさ。この艦のクルーは『エルシオール』から来た君を大いに『歓迎したい』と言っているからな」

 

 

とてつもない理不尽を感じるラクレット、彼の使い込まれた結果研ぎ澄まされた不幸センサーは、信じられないような感度を誇っている。あ、これは嫌な感じだ そう思った結果がこれだ

 

 

「さて、早速はじめようか、君の再教育をね」

 

 

この日からラクレットはカトフェル少佐を筆頭とした艦のクルーからそれはそれは丁寧な指導を受けることになる。

 

 

 

「まずはシミュレーターだ」

 

 

そう言われて、ラクレットは『エルシオール』に比べると幾分も無骨な────と言っても軍の一般的なシミュレーションルームに案内された。この艦では戦闘機を搭載していないため、あまり使われることはないが、それでも充実した部屋である。

 

 

「さて、少尉。君はエンジェル隊を除けば……いや除かなくとも皇国で最強の戦闘機乗りの一人だ」

 

「お褒めに与り光栄であります」

 

「うむ、だがそれに機体の性能が大きく関与している事をまず念頭に置くべきだ」

 

 

そう、ラクレットがここまで見事な功績を得ることができているのは単に『エタニティーソード』という最高の相棒がいるからなのだ。単純に『クロノストリングエンジン』搭載機であると同時に、ありえないほど複雑な操作機構が搭載されており、それをラクレットはなぜか半場無意識に操れるという、チートじみた事実がある。

これがやはり大きいであろう。もちろんデメリットもある。彼のスタミナならば、問題なく長時間の操縦にも耐えるはずなのだが、『エタニティーソード』はその複雑性からなのか、かなり体力の消耗が激しい機体である。それは、今までの彼の戦闘後の疲労具合を見ていれば解ることだ。

 

 

「このシミュレーターは、急遽一部仕様を変更して、少尉の『エタニティーソード』の操作性に酷似させている、存分に励みたまえ」

 

「了解!! 」

 

 

ラクレットが試しにシミュレーターの内部に入ってみると、『エタニティーソード』の操縦席とは違うものの、ペダルやレバー等の位置や数が酷似していた。これには白き月の恩恵があるのだが、それは別の話だ。

 

 

「さて、先にも述べたとおり、このシミュレーターでは互いの性能差を自動的に補正させるシステムが搭載されている。少尉の機体を遅くしては特訓にならない、故に敵が大幅に強化されていると考えてくれ」

 

 

要は、敵が戦闘機ならカタログスペックが紋章機レベルになるという事だ。これはラクレットにとってはかなりの悪条件だ、なんせその速度で動くような敵は、攻撃を当てるだけで精いっぱいなのだから。

 

 

「そして、今回特別にルフト将軍から、ある人物のデータをもとに作り出されたAIのシミュレーター使用が許可されている、光栄に思いたまえ」

 

「ある人物……ですか? 」

 

 

先のエオニアの事もあって、皇国では、無人艦や無人戦闘機があまり好まれていない。その前までも実は戦闘機のAIによる操縦技術はあったが、そもそも『紋章機』クラスの出力がないと、あまり戦況に意味をなさないという純然たる事実が、積極的な運用を妨げていた。

そもそも戦闘機を使用する局面と言うのが、海賊や反政府グループの基地への短期潜入など限定的な状況に限られていたというのもあるが。

しかしながら今回、ルフトはラクレットを扱く為にスペシャルなプランを発動させていた。

 

よかったね、ラクレット 特別扱いだ、主人公みたいだね。

 

 

「ああ、数十年前、皇国軍最高の技術を持ったパイロットとして崇め、そして恐れられていた人物だ。しかも、本職は特殊部隊の工作員だったのにだ。当時一般的でなかった二つ名まで付いたという、それはもう尊敬すべき先達だ」

 

「……して、その人物は?」

 

「白き超新星の狼」

 

「ウォルコット・O・ヒューイ中佐!! 」

 

「そうだ、光栄に思え、最強の名を受け継ぐためには越えなければならない壁だ」

 

 

そして、ラクレットの受難が始まる。敵は

『トリックマスター』レベルの速度

『ラッキースター』レベルの旋回

『カンフーファイター』レベルの攻撃力

『ハーベスター』レベルの装甲

『ハッピートリガー』レベルの火器管制

『シャープシューター』レベルの射程

 

を持っている。

 

具体的には紋章機基準で

『速度や火力は並だが、小回りが利き圧倒的な射程を持つ』

という乗り回しやすい機体である。カンフーファイターに装甲と遠距離武器を載せて少し遅くしたイメージで良い

 

そんな機体を繰るのは、圧倒的な経験から最適な判断を導き出し、正確に攻撃を当ててくるというAIだ。速度で勝っていても、射程が違いすぎるので近づくのが困難な上に、近づいても旋回のレベルが高いため捕捉ができない。

 

 

「ッぐ!! ちょこまかと!! 」

 

「熱くなりすぎるな!! 常に頭の片隅に冷静な判断のできる部分を作れ」

 

「了解……っく!! 」

 

 

そんな機体となぜか時間無制限のタイマンを張らされているのがラクレットである。敵のエネルギーは尽きないが、こちらのエネルギーは減少する設定であり、何分間耐久できるかと言う目的だ。重要なのは、破壊することよりも、生き残ることである。もちろん、敵を撃破したら、新しい敵が出てくる仕様です。

 

 

「ぐはっ!! 」

 

「今の攻撃は回避できないものではなかったぞ!! もっと視野を広くもて!! 」

 

「了解!! 」

 

 

次第に慣れてきたラクレットは、その指示を的確にこなし始める。しかし、彼が慣れた様子を見せると、設定がより厳しくなってゆく。敵に破壊不能の攻撃衛星からの援護砲火が加わるところから始まり、単純に敵の頭数が増え、こちらのシールド残量が少ない状況から始まり……と言った具合だ。馬鹿正直な部分がある彼はわざと手を抜くといった賢い選択肢はなく、そもそも実行してもすぐに看破されていたであろう。とにかく、生き残ることが大切だという事を彼に叩き込む、それが今回の教導の目的である。

 

 

「はぁぁぁ!!! 」

 

 

絶望的な状況の中、彼はひたすらもがき続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃のタクト達は

 

燦々と照らす太陽(映像)、青い空(映像)、白い雲(映像)、輝く海(人工)そんな場所に彼らはいた。たわわに実った少女たちの肢体を隠すのはたった厚さ5mmの布きれのみ。天使のような6人が集い戯れる様は、さながら天国、楽園か。

 

 

「そーれ、ランファ、いったよー」

 

「任せなさい!! とぉ!!」

 

「おーと、そうはさせないよっと!! ミント!」

 

「あ、ええと……えい! と、とれましたわ!! 」

 

「私も……あ……」

 

「ヴァニラ先輩、ファイトです、次はきっとできます」

 

「おーい、オレも混ぜてくれよ━」

 

「いいですよー」

 

「よーし、それじゃあ次はタクトを的にしてやってみましょうか? 」

 

「お、そいつはいいねぇ? 」

 

「ちょ、ちょっとまってくれよ」

 

 

タクトはそう、クジラルームのビーチで、全員水着のエンジェル隊と、ビーチバレーに勤しんでいた。楽しげに遊ぶ彼女たち、それを少し離れた場所で、大きなパラソルの下後ろに侍女を侍らせて飲み物片手に眺める女皇様と。

 

今日の『エルシオール』は平和であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、それでは、これから座学を始める、昨日に引き続き軍規の基本からだ」

 

「了解」

 

 

次に始まるのが、彼の苦手な座学だといっても、苦手な理由が、単純に体を鍛えている方が好きなだけで、そこまで勉強が苦手なわけではない。彼は頭があまり良くないが、学校の勉強はできるタイプだ。頭でっかちともいう。

 

 

「トランスバール皇国 特別規律その38」

 

「戦場に赴く前に結婚の約束をしては成らない」

 

「トランスバール皇国 特別規律その39」

 

「友人に故郷で待っている妻や息子の話をしては成らない」

 

「トランスバール皇国 特別規律その40」

 

「「オレ、この戦争が終わったらあの娘に告白するぜ」といってはいけない」

 

 

内容はあれだが、真面目に勉強しているのだ。そう、この規律だって、このような事を言っていた兵士の死亡率がなぜか高いことに気付いた、百年ほど前の統計学者が意見したのを、当時の皇王が「それ、いいんじゃね?」というノリで制定されたものなのだ。

 

ちなみに、違反者には

「オレの負けだ。殺したければ殺せ」

「フッ……このオレもとうとう年貢の納め時か……」

「もうだめだ……ここで終わるんだ……」

等の文句を言う義務が発生する。

 

 

こんな感じでラクレットは急ピッチで知識の詰め込み作業に従事させられている。しかも、試験の一夜漬けのように短期で覚えてればいい(実際はよくない)ということではなく、これから一生の間念頭に置かねばならないルールなのだから、結構な骨を折る仕事だ。しかし、彼は毎度のごとくペース配分を考えられない全力投球で、文字とにらめっこを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃のタクトたちは

 

 

 

 

「おじゃましまーす。わ、すごい床が草でできてる……これが本物の最近ドラマやアニメで出てくる『タタミ』か」

 

「あ、タクトさーん」

 

「こっちこっちー」

 

 

後で私の部屋に来てくださいと、ちとせに言われて足を運んだタクトはとりあえずちとせの部屋の構造に面食らっていた。最近いろいろな娯楽作品で出てくる古代からある民族的伝統的な建築様式に使われる『タタミ』だが、実物を見るのは初めてだったのだから。そして、障子の奥、縁側のそばでエンジェル隊は花火をしていた。

 

 

「いやー、花火って言ったらもっとこう『ドーン!! 』と派手なのを考えていたけど」

 

「こういうのも中々趣があって素晴らしいですわ」

 

「ええ、綺麗です」

 

「私の故郷では線香花火と言って、夏の風物詩でもあるんですよ 」

 

 

淡く光輝き燃えてゆく、小さな光を見つめる6人の天使たちと言う幻想的な光景に

タクトは思わず息をのみ、一歩離れて見物していた。

その花火が燃え尽き、全員でやってみようと声がかかるまで。

 

 

やはり『エルシオール』は本日も素晴らしく平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐはっ!! げふぅ!! がぁ!!! 」

 

 

「どうした!! 脇が甘いぞ!! もっと腕を下げて防御に徹しろ!! 」

 

 

ラクレットは現在格闘訓練と言う名のリンチ……にみえるれっきとした訓練を受けている。彼としては強くなりたいのだから望むところではあるが、やはり圧倒的実力差がある相手と長時間手合わせを続けるのは精神的に来るものがある。その結果集中が緊張により解けてしまい、攻撃をもろに食らう。そしてそれを注意されて、戦闘続行。と言った大まかな流れができてきている。

 

 

「まだ!! 負けるか!! うぉぉぉぉ!! 」

 

「その意気だ! 」

 

 

しかし、ラクレットも身体能力と言う点では中々に優秀なポテンシャルを持っている。数日間繰り返されているこの煉獄に囚われたような苦行の果てに、着実に鈍足ながらも成長している。特に元々あったタフネスにはかなりの磨きがかかっている。

 

 

「ぐわぁ!! 」

 

「っく! 」

 

「相手の間合い、リーチを忘れるな!! それが分からねば死ににいくだけだ!! 」

 

 

現に初日では20分もそのままの意味で、立つ事すらできなくなるようなレベルのダメージを受けていたのだが、今の彼はまだ相手の隙を見つけたら攻撃に転じる気概を持つまでになった。経過時間は30分ほどだ。

この成長速度はカトフェル少佐も予想外であり、10分ごとに交代させている、ボランティアで志願している教官役のクルーが口笛を吹きながら舌を巻いているのに、おおむね同意だ。

下地があったラクレットは、実際に拳を交える相手がいなかった為に、そのポテンシャルを開花させきれなかった。それが今花開いてているのだ。

 

 

「っくぅ~~!! 」

 

「闇雲に振りかざした攻撃は、自滅への全力疾走だ!! 控えろ! 」

 

 

ラクレットは最終的に素でスーパー戦隊モノの一般的人間ヒーローが、スーツを着ていないレベルの『身体能力』を有することになるのだが、そこまで至ってない、まだ体が出来上がっていない14歳の彼でも光るものはもっているのだ。

 

 

「っそこだぁぁぁ!! 」

 

「甘い!! だが、悪くはなかった」

 

 

先の通り、隙を見せた教官に一撃あてに行くが、一気にバックステップで距離を離され、回避されてしまう。しかし教官のクルーは冷や汗をかいている、攻撃のラッシュをしていても全く沈む気配を見せず、此方へと攻めに来る少年に。

 

 

「よし、今日はここまでだ、エルシオールに戻れ。明日は午後からでいい、存分に体を休めたまえ」

 

「ハァハァ……了解!! 」

 

 

 

 

こうしてラクレットはシャワーを浴びて、『エルシオール』に戻っていった。すぐに眠ろうと思ったが、体が火照っており少々風に当たろうと、銀河展望公園に足を向けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃のタクトたちはある作戦を開始しようとしていた。

 

事の発端はランファの

 

「やはり恋人同士がキスをしないなんておかしい」

 

というもはや洗脳だと思われるほど強く断言された言葉に タクトが動かされたからである。

 

ランファからすれば、もうとっととくっついて、さっさと幸せになってもらいたいのだ。なのに、この男「オレはミルフィーを大事にしているからね」的な感じで手をつないで歩いてれば幸せ~。などと抜かしていたのだ。彼女的には許されないレベルの行動だった。

 

そしてタクトも、これからはミルフィーに求めるという事もしてみよう。と決心しているので、その第一歩として、恋人に、愛しき人に接吻をしてみようというわけだ。

 

そんなタクトは、ミルフィーを銀河展望公園に呼び出していた。

 

 

 

 

「タクトさん、お話があるって聞きましたけど、こんなところで何のお話ですか? 」

 

「あ、ああミルフィー。えーとね、ちょっと大事な話っていうか、要件があって……」

 

「要件ですか? 」

 

 

今一歯切れの悪いタクトのその態度に首をかしげるミルフィー。なんというか純粋無垢で天真爛漫と言った言葉が良く似合う、そんな彼女だ。一方のタクトはいっぱいいっぱいだ。これから恋人との関係を一歩、二人で手をつなぎ仲良く進めようというのだから、至極当然と言えばそこまでなのだが、彼は22歳だ。ちょっと二の足を踏みすぎであろう、まあ、一般論でね?

 

「えーとね、」

 

「? 」

 

 

そして、そんな二人を見つめる怪しい5つの影がすぐ近くの茂みに存在した。いわずもがなエンジェル隊の残りのメンバーである。タクトのちょうど背中側1mほどにある、やや大き目の茂みの中に5人は息を殺して潜んでいた。そんな狭い場所に潜み、何をしているかと聞かれれば、覗きだという答え以外はこの世に存在しえないであろう。

 

 

「いけ!! いくのよタクト!! さっさと決めちゃいなさい」

 

「そうそう……その調子で話を切り出すのですわ」

 

「ほうほう、面白くなってきた」

 

「あの……先輩方、やはりこういったことは」

 

(ここにいて、強く止めない時点で貴方も、そして私も同罪です……)

 

 

そう、タクトは自分の恋人との逢瀬をすべて部下に見られているのだ、気付けタクト、お前は監視されているぞ

 

 

「だから、なんというか……その……ミルフィー、目をつぶってくれないか? 」

 

「あ、はい……つぶりましたよ? 」

 

 

何するんだろー? と小声で呟く、彼女の警戒心は0だ。まあ彼女に警戒しろと言う方が無理だがそして、ヒートアップする野次馬

 

 

「そうよ!! いけ行くのよ!! 」

 

「ああ、ちょっと!! ランファさん私の足踏んでいますわ」

 

「ミ、ミント押さないでくれ、バランスが……! 」

 

「先輩、私! 足がしびれて動けません」

 

(あ。)

 

 

しかしここで不幸が彼女たちを襲う

かなり密集して、無理な体制をとり続けていたのだ、限界に向かって足を進めていたのと同義であろう。つまりは誰かがバランスを崩してしまったのだ。そして体を寄せ合っていればどうなるかはよくわかるであろう。総崩れだ

 

 

そしてタクトの方も……

 

 

「ああ、だめだ!! こんなんじゃできるわけがない!! 」

 

 

疑心0のミルフィーに顔を近づけたが、罪悪感に苛まれ耐えきれず、勢いよく一歩後ろに後ずさった。しかし、すぐ後ろは、植え込みや茂みがある様な、道の端っこだ、

当然のごとく小さいが煉瓦で段差となった仕切りが引いており、それに踵を引掻けて、此方も同じくバランスを崩してしまう。

 

 

「ぐわっ!! 」

 

────きゃぁ!

 

芝生にしりもちをついて倒れてしまうタクト、その上に見事に覆いかぶさるようにランファが倒れこみ、その右にフォルテが、上にミントが、左にちとせが、その上にヴァニラが倒れこんだ。一気に5人分の女性の体重に加速を含んでのしかかられ、全く持って身動きが取れず、動揺してしまうタクト。

 

ちなみに、エンジェル隊の体重はトップシークレットだ、どうしても知りたい人はアニメ1期の9話を見ればいいかもね。

 

 

「だ、大丈夫ですか!? タクトさん!! それにランファ、ミント、ちとせ、ヴァニラ、フォルテさん!! 」

 

 

慌てて駆け寄り、タクトの傍にかがみこむミルフィー。仰向けに倒れているタクトは後頭部を打った可能性があるかもなのだ、エンジェル隊は、覆いかぶさるようにうつ伏せにたおれて、しかもクッション代わりのタクトがあったが。何とかどこうとするものの、長時間の不自然な体制により、うまく足を動かせず苦戦している、彼女たち。なにより体が覆いかぶさりあっていて、混乱していたのもあるが。

 

 

「う、う~ん……みんな~早くどいてくれ~」

 

「どけるものなら!! 」

 

「とっくの昔に!! 」

 

「おりていますわ!! 」

 

「あ、えと、その!……」

 

「重いですか? 」

 

「ああ、皆さんタクトさんがつぶれちゃいます~! 」

 

 

大変カオスでいつも通りな光景が再現されつつあったが、そこに金属────スチール缶が煉瓦の敷いてある道に落ちて跳ねる音が状況を遮った。その音源となった人物は、この世の終わりを切り抜けたと思ったら、それが絶望の集合体が来る条件で、より深い地獄への片道特急切符を押し付けられたような表情をしていた。

両の目は完全に濁っていながらも驚愕に打ちひしがれていて、右手は、スチール缶を持っていたであろう形のまま保持されているが、逆に左手は力が抜けたのかだらりと下げられている。口は半開きで、呼吸音が聞こえず、意味を成していない。

 

無音で零れ、広がっていく泥色の液体が、彼の足もとをも侵食しても、彼の体は彫刻のごとく、動く気配を感じさせなかった。

 

 

音の下方向に振り返った、この騒ぎの元の7人は、その少年、ラクレットの姿を認めた。

 

ラクレットの見たものは、尊敬する従兄弟で上官に対して、同じく尊敬する上官で戦友たちが覆いかぶさっており、うち一人は寄り添い腕をからめているといったものだった。

お分かりいただけただろうか、彼の見たものを。

 

 

 

「………………」

 

「「「「「「「………………」」」」」」」

 

 

誰も何もしゃべらない、硬直したまま、きっかり3秒が経過した。

その後ラクレットは何とか息を吹き返したのか、開かれた瞳をやや伏し目と言ったものに変え、乾いたというよりも、漏れてしまった微量の溜息をはき、僅かに口を動かす。

そこから生まれた振動は、こういっているように聞こえた。

 

 

「……そう、これが……現実。……わかっていた。格差……認識の不足……思い上がりを、修正しないと、領分を間違えてはいけない」

 

 

彼の瞳に涙はなく、ただただ理解した。自分の持つべき領分というものを。そうそれだけだった。そして、そのまま踵を返し立ち去る背中は、なぜかより大きな、一回り成長し大きく見えるそれだった。

 

とりあえず、エンジェル隊はタクトからどいて、その場に集まっていた理由をタクトにごまかして、それぞれその場を後にした。

 

ラクレットのことは、次の日に顔を合わせたときには、ほとんど変わりがなかったので、特にこのことには触れなかった。なにせいつも通りに挨拶して、いつも通りに丁寧な口調で雑談し、共に紅茶と菓子を楽しんだのだから。これと言った距離感はなく、エンジェル隊側が拍子抜けしたくらいだ。

 

 

 

そして、レナ星系の目的の地点につくまで、ラクレットはほとんどをカトフェルの指導のもと過ごすことになる。それにより、戦艦のクルーと妙な一体感ができていくのは、きっと彼が人間として成長したからであろう。

 

 

斯くして、『エルシオール』は問題の場所に到着する。強奪船団の本拠地であり

宇宙クジラの感知した、謎の電波の発生源に────

 

 

 

銀河を巻き込む壮大な戦の火蓋が、間もなく切って落とされる

 

 

 

 

そのことを知る人物は────

 

 

 

 

 

 

 


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