僕と兄貴と銀河天使と   作:HIGU.V

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第二十四話 白き月へ 3

 

 

 

 

 

 

 

シェリーとの激戦から数日が経過する。エルシオールは順調に白き月への帰路を辿っていた。ここしばらく、ギクシャクしていたランファとタクトもどうにか普通に話せるようになり、エンジェル隊やその他のやきもきしていた人々は、胸をなでおろした。その原因が本星に近づくにつれ、増えてゆく警戒網による連戦が齎したものなのは、手放しに喜びがたいが。

ラクレットのプレイしたゲームの中ではこの辺の敵は、戦闘データの更新というより、共有が出来てなかったので雑魚だったのだが。どうやら、楽はさせてもらえないようで、きちんと情報を共有した艦との戦闘が続いていた。もっとも、絶好調のミルフィーと、ラクレットのリミッター解除をうまく運用するタクトのおかげで無事に航行しているが。

 

今は最後のクロノドライブの真最中で、タクトはブリッジをレスターにまかせ、エンジェル隊の面々とティーラウンジでお茶を共にしていた。今回は最近になって頻度も高くなってきたが、やはりまだ場違い感が否めないラクレットも共に参加していた。

 

 

「いやー、みんなのおかげで無事白き月まで着きそうだ。そのお礼といっちゃ何だけど、ここはオレのおごりで良いよ」

 

「本当ですか!? じゃあ私はイチゴのショートケーキ追加で」

 

「私はこの新作のタルトに興味があるわね」

 

「あら、ランファさんもですの? 」

 

「いやー、懐が広いねぇタクト。私はエスプレッソをもらおうか」

 

「モンブランを一つお願いします」

 

 

ようやく、完全な安全圏に入ったので上機嫌なタクトは、エンジェル隊による怒涛の注文ラッシュにもにこやかに答えた。ただ一瞬だけ自分の懐にはいっているであろうカードの方向を見ていたのを、ラクレットは見逃さなかった。こういうところは鋭いやつなのである。

 

 

「ラクレットはどうするんだい? 」

 

「女性に奢るのは男の甲斐性ですが、僕はそうではないわけですし、僕に使うお金があったら、どうぞ自分のガールフレンドにでも使ってくださいよ」

 

 

一瞬だけタクトとランファの表情が固まるものの、すぐに元に戻り、今度はミルフィーが顔を赤くする。ラクレットはタクトの懐を気にした上で、違和感ない言い方を考えたつもりなのだが、微妙に話題選択が怪しい。もしかしたら彼の心では未だに燻っているのかもしれない。

 

 

「そんな……ガールフレンドだなんて」

 

「おや~? 事実なんだから照れる事無いだろ? 」

 

「はい、事実です」

 

「ええ、事実ですわね」

 

「そうね」

 

 

フォルテたちはここ数日で、ランファの前では過度に気遣った態度を取るよりも、流れに任せた方が良いことを学んでいる。そのおかげもあってか、今となってはランファもこの手の会話に絡んで来られる様に成ったくらいである。そんな中で照れるミルフィーの様子を見て、ラクレットは何か思いつくことがあったのか唐突に口を開いた。

 

 

「自分で言っておいてあれですけど、タクトさん貴族ですよね? 」

 

「え、うんそうだけど? 」

 

「恋人とか自分で作っちゃって平気なんですか? ほら、貴族とか、お金持ちの一流階級の人達って、婚約者とか許婚とか、そういうのあるじゃないですか? 」

 

「……ああ、そういう質問かい? 」

 

 

ラクレットの質問の意図を理解したタクト。ようはミルフィーという恋人はマイヤーズ伯爵家的にセーフなのかアウトなのかという質問だ。タクトに全員の視線が集まる。心なしか不安げな顔でタクトを見ているミルフィー。彼はすぐに微笑を浮かべて答えた。

 

 

「全然大丈夫さ。オレがミルフィーを好きだといえば、それで解決するよ。なんたって三男だしね、実家ではあんまり大事にされてないって言うのかな? 面倒なことは兄貴と姉貴たちが全部やってくれている。」

 

 

ふぅ。と小さく息を吐く声が聞こえるが、だれもその方向を見なかった。特定するまでもないからであろう。一瞬だけ張り詰めた空気がすぐに元に戻り、また和やかな雰囲気が戻ってきた。

 

 

「それに、前例もあるからね」

 

「前例ですか? 」

 

 

補足するようにタクトはそういった。苦笑しているタクトの様子にラクレットは微妙に気になったのかそう聞き返す。

 

 

「うん、あんまりオレも詳しくないんだけど、オレの叔母さんなんだが、一回駆け落ちしたらしいんだよね」

 

「……駆け落ちですか? 」

 

 

この時点で微妙にランファ、ミント、ミルフィーの3人が聞き耳を立てているのだが、二人は気付かない。まあ、別に隠れて会話しているわけでもないので問題はないのだが。

 

 

「うん。一応相手は、それなりの生まれだったのだけれど、貴族ではなかったみたいなんだ。金を持っているだけの平民と結婚するのは、下級の貧乏爵位持ち貴族のすることだーって、当時は結構反対されたりしたそうなんだけど。結局、何とか認められたんだって」

 

「それは、なんともまあ」

 

「叔母さんには会ったことは無いけどね……まあだから、平民と言うと聞こえは悪いけど、誰と結婚しようと問題ないと思うよ」

 

「むしろ、そのような事があったら、余計反対されるという流れは? 」

 

 

ラクレットはそう繋げる。せっかく、恋人同士になったのだから、そのまま結婚まで行って欲しい、なのでわかる限りの障害を取り除くつもりなのだ。余計なお世話であろうが。

 

 

「いや、それはないよ。なんせ認められた理由が叔母さんの「マイヤーズ家は愛に生きる一族なんです!! 現に私にも4人血の繋がらない母が居るではないですか! 」だもん。それで一族全員納得しちゃってさ」

 

「そうなんですか」

 

 

それは、貴族としてどうなのだろうとも思ったが、とりあえず頷くことにした。タクトの話を聞いてラクレットは何かを思い出したのか、ふと思い出したかのように口を開いた。

 

 

「そういえば、僕の母も駆け落ちのごとく父と結ばれたと言っていました。母はとある貴族の次女だったそうですが、父と恋におちて一騒動あった末に、何とか認められたといっていました」

 

「へえ、結構あるもんなんだな、駆け落ち」

 

「ですねー、昔、流行ってたんですかね?」

 

「いえ、お二方、その解釈はどうかと……ラクレットさんのお母様の爵位は何だったのですか? 」

 

 

微妙にずれた受け答え、というか考えに思わず突っ込みを入れるミント。狙ったわけではないがこの二人にボケられると収拾がつかなくなりうるのだ。

 

 

「えーと、伯爵だった気がします。蝶よ花よと育てられて、昔は家事も出来なかったそうですが、父のために必死で覚えたそうです。今ではもはや趣味の一環になってますので、正直信じられないのですけどね」

 

「へー、オレの実家も伯爵だよ。家名とかはわかるかい? 」

 

 

もしかしたら、知っている家かもしれない、とタクトは付け足す。ラクレットは、必死に記憶を掘り返してみるが、母が旧姓を名乗ったことは無かった。当然母方の祖父母にも会ったことは無い。

 

 

「いえ、そういった話はあまりしなかったので、ただ貴族としては珍しい、黒色の髪の毛に誇りを持っているみたいですよ」

 

「伯爵家で黒い髪だって? 」

 

「はい、それこそタクトさんと同じ……ような……ん?」

 

 

生まれる沈黙、ここに至ってまさかの可能性にたどり着いた。今迄自分の目の前にあるお菓子と飲み物に舌鼓を打っていた、フォルテとヴァニラも二人を見ていた。

 

 

「オレの叔母さんの名前は……」

 

「もしかして……クチーナですか?」

 

「うん」

 

「「……」」

 

 

思わず沈黙する二人。それをエンジェル隊の4人は複雑そうな目で見つめていた。

 

 

「あの~、つまりどういう事ですか? 」

 

「タクトさんと、ラクレットさんが、どうやら従兄弟だったということですわ」

 

 

ただ一人ミルフィーは良くわかっていなかったみたいで、その沈黙を破るかのように右手を上げて質問した。それに親切に答えるミント。彼女も微妙に顔が引きつっている。

 

 

「あ、そ~だったんですか!! そういえば、二人とも髪の色似てますよね~」

 

 

ミルフォーのその言葉にタクトは自分の前髪を右手でつまむ、ラクレットは一本髪の毛を引き抜き宙に透かした。タクトのそれは灰色に近い黒で、ラクレットのそれは、光に透かすと蒼っぽく見えない事も無い黒だった。

 

 

「なんか、普通は、驚いたり喜んだりするべきとこだけど……」

 

「ええ。なんか、何も感じないというより、脱力してしまったというか……」

 

 

なぜか二人とも微妙に複雑な心境だった。まあ、驚きと呆れが先に来てしまったのであろう。従兄弟と言われてもだからなんだという話ではあるし。

 

 

「帰ったら、兄さんに知ってるか確認しないと」

 

 

ラクレットはそう呟き、決意を新たにする。まさか、タクトと従兄弟だったなんて、兄は知っていたのだろうか? なんか、知ってそうだ、そしてあまり気にしそうにない。

 

 

「ねえ、ラクレット、君のお兄さんてどんな人? 」

 

 

その呟きでタクトは思い出したことがあったのか、ラクレットに問いかける。ラクレットはどう答えたらいいか悩んだものの、無難に答えることに決め口を開く。

 

 

「兄は普通の人に見える変な人です。実家の跡継ぎではあるのですが、色々自由に生きていますし」

 

 

ラクレットが教えたのはとりあえず長兄エメンタールの話だ。ずっと普通の人だと思っていたら転生者で、なんか遠くから搦め手で原作介入なんぞ始めているっぽい人だ。彼はつい最近知ったことだが、前世知識を使った商売で、巨万の富を1代で作り出している。そう考えると普通とは何だったのかという話になる。

 

 

「それだけかい? 」

 

「はい」

 

「そうか」

 

 

なんとなく、タクトが何を聞きたいかラクレットは理解したが、わざわざ話すことでもないと感じた。おそらくタクトは既に把握しているのだろう、自分の次兄は行方不明になっている事を。ラクレットはいままで敵に自分の兄が居ることは伏せてきた。それで自分の立場が悪くなるのは嫌だったからだ。勘の鋭い彼には、この前の通信でカミュがボソッとこぼしたことが、引っ掛かっているのであろう。とラクレットは考えた。しかしながら、それでもいままで伏せていたなら、直のこと表にすることは出来ない。

エオニアを撃つというのは、次兄であるカマンベールを殺すというの事と同義なのだが、そのこと自体には不思議と忌避感は沸かなかった。昔なら「オリ主補正だ」の一言で片付けていたのだが、今のラクレットはそうではない。カマンベールと過ごした時間こそ少ないが、恩は大きい。機体の調整やら、解析なども彼のおかげだ。ならばなぜと考えてみるも理由はわからなかった。自分は一般人が大量に死ぬと、気が狂ってしまうほど、惰弱な精神を持ってるのに、何故? 仕方ない、それが最善の選択肢だと割り切っている自分がいるのは?

そう考えている間に、ブリッジから全艦に向けて、まもなく通常空間に出るとの旨が伝えられ、お茶会はお開きになった。ラクレットの心に一つの波紋を残し。

 

 

 

ドライブアウトしたエルシオールを待ち受けていたのは傷一つ無く、無事に健在な白き月であった。最悪破壊されていることも想定されていたのだが、それを見て一同は胸をなでおろした。しかし、なぜというタクトの疑問には、シヴァ皇子の

 

「白き月は封印されている。それを解く方法は私のみが知っているのだ。それゆえに、エオニアは私に固執したのであろう」

 

 

との言葉で解決した。なる程、確かに道理であろうと納得したのである。さて、いよいよ白き月に赴くという場面で、誰が行くべきかという話が出たのである。とりあえず、艦長のタクト、シヴァ皇子はいいとして、何時エオニア軍が向かってくるかわからない状況だ。

大まかな計算では、明日となっているが、「一度に戦闘要員の要のエンジェル隊を不在とするのはどうかと」とレスターが提案したのだ。その結果、入港のシークエンスが行われている間エンジェル隊の紋章機のことを聞くのだから、自分達が行くのが最善だという主張に対し、通信でもよい、機密の保持上それが不可能ならば、タクトやシヴァ皇子が聞く方が良いだろうと反論する者。シャトヤーン様は通信だと綺麗な人だったから、ぜひ会いたいという者。その言葉に嫉妬し、発言が刺々しくなる者。ナチュラルに最初から数に入っていないことを嘆く者と、大変混沌した具合になったのだが、入港が終了した時点で封印が再度張られ、議論はエンジェル隊とどうせだからラクレットもという結論に落ち着いた。誰が誰だかはご想像にお任せしよう。

 

 

 

白き月のおおよそ中心にある聖母シャトヤーンとの謁見の間事実上権力を持たない彼女であるが、白き月の管理者という立場からか、その部屋は比較的豪華なつくりになっていた。しかし、その豪華さは調度品を始めとした絢爛なものでなく、柱などの空間のつくりが豪華という落ち着いたものであったのだが。初めて入る者はタクトだけだったので、感心の声が漏れるのも彼だけからであった。

一同が部屋に入りしばらくたつと奥の私室へと繋がる扉が開き、青緑色の髪を腰まで伸ばし、白いドレスを身に纏った女性が現れた。エンジェル隊一同は敬礼の姿勢をとり、タクトやラクレットもそれに習った。

 

 

「シャトヤーンさま!!」

 

「シヴァ皇子、良くご無事で」

 

 

シヴァはそう声をあげ、シャトヤーンに駆け寄る。シャトヤーンは彼を慈しむように微笑みかけ無事を喜んだ。まさに聖母に相応しきその様相にタクトは、この人が皇国の繁栄の象徴であるということを心で理解した。

 

 

「エンジェル隊の皆さん、本当によくここまで帰ってこられました」

 

 

それぞれ、思い思いの反応で答えるエンジェル隊。やはり普段とは少し違い、やや控えめなリアクションであるが。上司でもあり信仰の対象であり護衛対象でもあるのだ。当然と言えば当然か。

 

 

「マイヤーズ司令、きっとコレも貴方のおかげなのでしょうね」

 

「いえ、エンジェル隊や他のクルーのみんなの力のおかげです」

 

 

タクトはそう言って頭を下げた。これは、彼の本心で本当にそう思っていることだ。

 

 

「シャトヤーン様、私たちは再会を喜ぶために、白き月に戻った訳ではありません」

 

 

次は僕かなと、少々ラクレットが期待している所に、フォルテの声が耳に入る。実際時間は惜しいのだから手短に行くのは正しいし、やってきたことはエンジェル隊と同じだけど、エンジェル隊ではない自分にはあまり言うことが無いのかもしれない。そう自分に言い聞かせ、ラクレットは話に耳を傾けた。もう慣れっこであまり気にならなくなってきたのだ。

 

 

「ええ、紋章機の隠された力、それとエルシオールの追加武装の事でしょう」

 

「……やはり、ご存知でしたか」

 

 

タクトは、シャトヤーンが自分達が戻ってきた理由を把握していたことにはあまり驚くことは無かった。白き月の管理をしている人物だ。このくらい把握しているであろうと考えていたためである。

 

 

「ええ、白き月はあの黒き月と対を成す存在、この白き月は元は兵器プラントだったのです」

 

 

そうして、聖母シャトヤーンは語り始めた 600年の歴史を

 

 

 

────遥か昔、旧暦と呼ばれる時代のことです。人々は、高い技術力を持ち、幸せに暮らしていました。

────しかしそこで、時空震《クロノクェイク》と今ではと呼ばれる。災害が起こってしまいます。

────それにより、人々は惑星間の交流が不可能になり、文明が衰退していってしまいます。

────そんな時です、いまのトランスバール本星近くに、白き月と呼ばれる人工の天体が現れたのです。

────白き月には高度なテクノロジーがたくさん存在し、人々にそれを ギフトとして分け与えました。

 

────そんな中、当時の研究者は厳重に封印された中心部の区画からある発見をします。

────白き月の管理者と、広大な兵器製造工場です。

────エルシオールや紋章機もここで見つかりました。

────当時の研究者たちは、管理者を白き月の聖母として崇めるていました。

 

────エルシオールについていた、『クロノブレイクキャノン』は取り外され、紋章機の出力にはリミッターを掛けました。

────同様に兵器製造工場は閉鎖されました。

────彼らは、コレを使うときが来ないよう 平和を思い封印したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが白き月の真実。黒き月は白き月を求め今も彷徨っているのです」

 

「なぜ? そんなことが判るのですか?」

 

「それは、私が白き月の管理者であるからとしか言えません。私は黒き月が発している思念のようなものがわかるのです。狂おしいほどのなにかに、突き動かされている。とそう、まるで復讐を遂げようとしているのです」

 

 

シャトヤーンは全てを語り終え、一同の顔を見渡す。

やはり、白き月が、黒き月と同じ兵器工場だということに、少なからず驚きを覚えているようだが、事実を受け入れているようだ。シャトヤーンはタクトの方に向き直り、再び口を開いた。

 

 

「マイヤーズ司令、エルシオールと紋章機は、現在白き月の最深部に移動させ整備を受けるようにしました。紋章機の調整は私が、エルシオールに装備させる追加武装『クロノブレイクキャノン』は整備班に任せましょう」

 

「……ありがとうございます」

 

「クルーの皆さんには、どうか貴方から説明してくださいませんか? エルシオールでここまで来てくださった方々には知る権利があります」

 

「はい、了解しました」

 

「それでは、皆さんもお疲れのようですので、ご自由に過ごしていただいて結構です。ただ、ラクレットさんには少々お話がありますので残っていただけませんか?」

 

 

ここに来て、白き月に入って初めて人に名前呼ばれたラクレットは、動揺した。というか、いきなり自分に非が無いかということを考え始めた。入室時の態度、 タクトやエンジェル隊よりも後に入った。顔をあわせたときの態度、 きちんと敬礼した。服装、何時もどおり学生服に陣羽織だ。どこにも問題が無い。とりあえず、反応しないことは不敬に値するので「わかりました」とだけ告げるラクレットであった。

 

 

 

エンジェル隊の面々からは「くれぐれも粗相の無いように」と注意され。タクトからは「先に戻っている」とだけ言われ。シヴァ皇子からは「明日の決戦時はよろしく頼む」と激励され。ラクレットは部屋にシャトヤーンと二人残された。

 

 

「すいません、久しぶりに人と話しましたので少々疲れてしまいました」

 

 

シャトヤーンはそう言って、部屋の中央にある椅子に腰掛ける。その途端に椅子のまわりが、宗教画のような神々しさを放つのだから、聖母も大概である。ラクレットも正直に言うと浮かべる微笑の質が優しいものに変わった途端、頬に血が集まるのを感じたほどだ。

 

 

「いえ、お気になさらず……それで、自分に何か御用ですか?」

 

「ええ、少々お話したいことがあります。ですが……」

 

「はぁ……」

 

「まずは、お礼を言いましょう。この度の戦争で貴方は、本当に私の助けになってくださった。月の聖母として、一人のこの国に住むものとしてお礼を申し上げます」

 

「身に余る言葉を頂き恐縮です」

 

 

ラクレットは先程から、シャトヤーンの一挙一動にびくびくしていた。前回会った時は若気の至りのようなもので、ものすごい、不敬なことを言ったような気がしないでもないのだ。それになんか、この事態を予期していたようなことを言ったような気もする。

 

────びくびくじゃなくて、どきどきしたかったよ!!

 

内心でまだ何とか冗談を言える余裕があるようで、表情には出ていないのが幸いであろう。

 

 

「……さて、時間も無いので本題に入りますね、私の話は二つあります」

 

「はい」

 

「一つは貴方の紋章機……いえ、戦闘機のこと。もう一つは貴方のお兄さんのことです」

 

 

心音が高鳴る、聞こえる音の半分ほどが、自分の心音であることにラクレットは気付いた。

渇く口を何とか開き言葉を紡ぎだした。

 

 

「兄ですか……」

 

「ええ、カマンベール・ヴァルター、エオニアと共に皇国を出た彼の話です」

 

「……ご存知でしたか」

 

「はい、彼ほど優秀な研究者は、それこそ数百年に一人といないでしょう。惜しむべきは発想が軍事方面に偏っていたことですね」

 

 

穏やかなシャトヤーンの口調にとりあえず、糾弾ではないことを悟ったラクレットは何とか落ち着きを取り戻す。一応誰かが、兄のことを知っている可能性も考慮はしてきた、エルシオールクルーは白き月の研究員であるわけで。その時は

『仕方ないが、彼を撃つのが僕の使命だ。ヴァルターの三男としてのね』

という台詞を言おうと思っていたのだが、今となっては言う必要も無かったのですっかり忘れていた。というか、ラクレットは既に、誰かに嘘をつきたくないのである。隠し事や一人で抱えるのはもう勘弁と言うべきか。

 

 

「彼には、首都の大学で勉学に励んでいる頃、私の元に『学生の中にロストテクノロジーの申し子がいる』という噂が入ってきまして、その時に知りました。それだけ優秀ならば、初の白き月の男性研究者という前例になれるかもしれない。とも思い彼を呼び寄せたのです」

 

 

どうやら、説明に入ったらしいのでラクレットはおとなしく耳を傾ける。

 

 

「ですが、彼にはテクノロジーの兵器運用に一切の抵抗がありませんでした。私は彼の危うさを感じ、白き月へと誘うことを思いとどめました。その結果、彼はエオニアと出会いこのような事態に発展してしまいました」

 

「……お言葉ですが、仮に兄がエオニアと共に行動しなくとも、エオニアが追放され、黒き月を手に入れたのなら、こういった戦争を起こしていたと思います」

 

「ええ、そうとも考えましたが……」

 

 

ラクレットは今まで、なぜこのような話をするのかが判らなかった。兄がエオニア側についているので、疑われているか、責めているのかもしれない。と最初は思っていないのだが、それも違うようだった。しかし、シャトヤーンが申し訳なさそうな顔と共に言葉を濁したのを見てなんとなく理解することが出来た。彼女は、兄を止めなかったことに責任を感じているのだ。自分にも、皇国の民にも。そしてカマンベールにも。ラクレットはそう感じた。

 

 

「兄はなるべくして、エオニアについていきました。それは変えられない過去であり。今は気にすることではありません。自分にとっては、稀に帰るってくる程度の認証だったのもあるのか、今兄と戦わなければならない事には、正直あまり抵抗はありません」

 

 

ラクレットは力強く宣言する。この人は人の感情の機微に鋭い人で、さらに責任感も強い人だ。自分の言葉で変えられるとは思っていないが、何かの足しにはして欲しいのだ。

 

 

「それに、逆に兄を白き月に入れていた場合、自分はシャトヤーン様に疑念の心を抱いてしまうかもしれません。平和を愛する白き月に、合理的な彼は会わなかったでしょうから。そう意味では感謝すらしています。彼のやりたいようにやらせてくれたことに。恐らく両親もそういうでしょう。不謹慎かもしれませんが」

 

「それは……」

 

「この話は、コレで結構です。時間が無いのでしょう、次の話をお願いします」

 

 

ラクレットは、不敬であることを自覚しつつ強い口調でシャトヤーンを促した。何か不毛な気がしてきたのだ。エオニアを破ってから出ないと、彼女の心は変わらないと感じたのだ。

 

 

「わかりました……貴方の戦闘機の話でしたね」

 

「はい」

 

 

シャトヤーンも話を切り替える。さっきとは打って変わって、今度は真面目な顔だ。

 

 

「貴方の戦闘機は紋章機とは別のシステムで動いている。それは、なんとなく理解はしていますね?」

 

「ええ、一応は」

 

「先程までエルシオールから送られてきた、戦闘データなどを見ていたのですが……あの黒い翼の力は恐らく十全には発揮されていません」

 

「……それは、本当のことですか? 自分ではリミッターもはずし、駆動部操作装置停止操作にしているあの状況が、『エタニティーソード』の全力かと思うのですが」

 

 

ラクレットの戦闘は、ファーゴ以前ではリミッターをかけた状況で戦闘し、ファーゴ以降は状況により解除し、同時に翼を出現させる『駆動部操作装置停止操作 (Engine Control Unit Disabled Maneuver Drive)』通称ECUDMD状態にする。というものだった。

 

 

「いえ、クレータも薄々気付いているとは思いますが。貴方の機体のリミッターは、貴方が解除したタイミングでは、殆ど解除されていないのでしょう」

 

 

そういうと、シャトヤーンは目の前にスクリーンを出して、数字や数式の羅列されたものを表示した。完全な門外漢であるラクレットはこういう専門的な数字を見せられても、いまいち理解することが出来ないのだが。

 

 

「まず……そうですね貴方の機体は『H.A.L.Oシステム』で『クロノストリングエンジン』のエネルギーを生み出しているのですが、その際『何らかの方法』で、それらを最適化させています。それによって多くのエネルギーを生み出しています」

 

「あの、良くわからないのですが」

 

 

なにやら、詳しく大変判りやすく説明しているみたいだが、やはりさっぱりわからない。

大学では文系で、今のハイスクールでもどちらかというと、そっちよりの単位をとっているのだ。

 

「そうですね……まずリミッターをかけた時の出力が7とします。それに最適化されることで実質的に4のエネルギーを得ています……そうですね、整頓して整えることにより、効率化している見たいなイメージで結構です。これにより11程度のエネルギーを運用でき、エンジェル隊の紋章機と同等以上の力を得ています」

 

「はぁ……」

 

「加えて、あなたがリミッターを解除したと思っているそれは、恐らく『ECUDMD』に成りエネルギー出力が増えているだけです。これにより3ほど出力が追加されて14になるといった所でしょうか」

 

「リミッターが解除できていない?」

 

「ええ、貴方の機体のリミッターをかける時に『出力リミッター』と、『駆動部操作装置停止操作を封じるためのリミッター』────正しくはECU(Engine Control Unit)ですが、その二つをかけていたのでしょう。貴方が解除しているのはECUだけです。結果的に出力は増えているのですが」

 

「……そうだったんですか」

 

「おおよそですが、リミッターにより3ほど出力を抑えていますね」

 

 

そういえば、リミッターを外す=翼が出るだったなと、いまさらになって思い出すラクレット。大雑把にシャトヤーンの話を説明すると

 

まずエネルギーの単位をレジャーシートとしよう。エネルギーは場所取りの面積だ。

 

ラクレットのレジャーシートは、少し折りたたまれていて(リミッターが掛けられて)いた。しかし、ラクレットはそれを知らなかった。

そのため、紋章機と比べると小さかったが、迷惑にも他の人がきちんと整列して敷いている中で、一人傾けて斜めに敷く (最適化する)ことにより、『取れる面積(出せるエネルギー)』を広くしていた。

しかし、紋章機のシートは後から来た人が別のシート『『A.R.C.H』によるエンジェルフェザー』を連結させより広いスペースを確保する。

そのため、ラクレットはそれでは満足せずに、自分のレジャーシートが小さいと感じ、レジャーシートを激しく前後左右に動かし続ける(エンジンコントロールユニットを切る)ことで、より大きなスペースを確保していた。

そこにシャトヤーンが通りかかり、「そのシート、まだ完全に広げられていませんよ」と指摘したのだ。

 

要するにラクレットはた迷惑な野郎……ということではなく、いままでリミッターと思っていたものはリミッターではなく、一時的ブーストだったのである。

 

 

「それで、本題なのですが、私ならそのリミッターを解除できるかもしれません。紋章機の翼開放と同時に行おうと思いますので、貴方の機体もこちらに預けていただけませんか?」

 

「あ、そういうことでしたら、むしろこちらから頼みたいぐらいなので、どうぞお願いします」

 

 

つまり、『エタニティーソード』はもう少し強くなるから、みせて? といわれてるんだと、ラクレットは理解した。しかし、先程の話を聞いていると疑問、というより気になる所が出てきた。

 

 

「あの、先程『エタニティーソード』の実質的な出力が11といっていましたが、その場合エンジェル隊の紋章機はどのくらいなんですか?」

 

「そうですね……貴方の出力は大変安定していて、誤差だとしか言えない程度しか上下しないので数字を言いやすかったのですが、彼女たちは上下に触れ幅がありますからそれほど正確な数字は出ません。それでもというなら、大体10を中心に行ったり来たりしている。といった所ですかね」

 

「なるほど、翼を出した場合は?」

 

「前例が1度しかないので断言できませんが、全員20くらいでしたね」

 

 

まあ、機体の大きさ違うし、しょうがないよね。と自分に言い聞かせるラクレット。実際コレはあくまで瞬間的な出力エネルギーの話であって、燃費とかにはあまり関係ないしさらに、『エタニティーソード』は剣にしかエネルギーを使わないのだからエネルギー=強さではない。

 

 

 

とりあえずラクレットは、明日の準備のためといって白き月を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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