IS使いの剣舞   作:剣舞士

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これでヴェルサリアとラウラ編は終了ですね。
あとは、和解をして、その後は福音事件です^o^




第31話 風の誓約

「ぬうぅおおおおおおーーーー!!!!」

 

「「「ッ!?」」」

 

「っ! なんだ?!」

 

 

 

 

突然絶叫し出したヴェルサリアの姿に、パートナーであるサラも、対戦していたエリスと簪も、観客席で見ていた一夏も、驚愕で動くことができなかった。

 

 

 

「ぐうぅぅぅッ、ああああッ!!」

 

 

 

もはや彼女の目は正気を保っておらず、狂気な目へと変貌していた。

そして、それに呼応するかの様に彼女の纏っていた専用機《ドレット・ノート》が、その形態を崩していく。

そして、赤胴色だったその色合いも、漆黒へと変貌していき、再び元の形態へと戻った。

だが、そこにはもう、『最強』と呼ぶべきものはなく『最狂』と呼ぶべきものが、そこには鎮座していた。

 

 

 

 

 

「なん、なの……っ?! あれ……?」

 

「あれは……まさかっ!」

 

「エ、エリス?」

 

「簪はサラ先輩と非難してくれ! あれは私がなんとかする!」

 

「ちょっ! エリス、何を!」

 

「いいから行くんだ! これは、風王騎士団団長として命ずる! 早く!」

 

 

 

 

エリスはそのまま簪の返事を聞かずに、ヴェルサリアの下へと向かった。

その表情からは余裕が消え、切羽詰まっているようだった。

 

 

 

(そんな……! あれは、暴走している! 義姉上の “精霊” が‼︎)

 

 

 

間近で見て確信した。

エリスが、エリスだからこそわかってしまったのだ。

ヴェルサリアがどうしてこうなったのか、そして、何がヴェルサリアを狂わせているのかも。

 

 

 

「義姉上……なんで……なんで《呪装刻印》なんかにーーーっ‼︎」

 

 

 

エリスの悲痛な叫びも、ヴェルサリアの慟哭の前には霞んでしまうのであった。

そして、少し離れた観客席の最上段では、そんなヴェルサリアを見下し、嘲笑の笑みが止まらず、ずっと笑っている者が一人。

 

 

 

 

「くっくふふふふっ……。さぁ、これからよ。あなたの為に “特別” に仕立てた《VTシステム》私の期待には、ちゃんと応えてちょうだいね……ふふっ、ふはははーー!!!!」

 

 

 

ヴィヴィアンの特別製のVTシステム。

ヴェルサリアの根本的な力を余す事なく絞り出す為の物。

ISの力と、別の力『精霊』の力を絞り出す為の力。

その為の特別製。《呪装刻印》が織り込まれた物だったのだ。

それを知るのは、ヴィヴィアンただ一人だけだ。

 

 

 

 

その頃、観客席の隔壁シールドは完全に閉じられ、一夏はともに見ていた静寐とともにいた。

 

 

 

「っ! 一夏くん、早く非難しないと!」

 

「……悪い、俺は行かなきゃならない」

 

「っ!? 何言ってるの!? そんな怪我だってしてるのに……!」

 

「そうだな……でも、これは俺がやらなきゃいけない事なんだ……。すまん!」

 

「あっ、ちょっと! 一夏くん!」

 

「静寐ちゃん! 何やってるの、早く!」

 

「き、清香ちゃん……でも!」

「いいからいいか!」

 

「癒子ちゃん! でも、一夏くんが……」

 

「だいじょ〜ぶ! いっちぃ〜なら大丈夫だよ〜」

 

「本音ちゃん……」

 

 

 

 

一夏はその場を離れ、カタパルトデッキへと走っていき、静寐たちは誘導されるがままに観客席を離れていった。

 

 

 

 

「エスト、悪いが……」

 

(わかっています。しかし、一夏の今の体では……)

 

「あぁ、わかってるさ……だけど、頼むよ……っ‼︎」

 

(……わかりました。ですが、無理は出来ません)

 

「ありがとよ。行くぞエスト!」

 

(了解です一夏。私はあなたの剣、あなたの望むままに)

 

「冷徹なる鋼の女王よ 魔を滅する聖剣よ いまここに剣となりて 我が手に力をーーー!!!!」

 

 

右手にはめたブレスが光り輝き、一夏の体がその光に包まれる。

その瞬間、一夏の専用機、《白桜》が現れた。

 

 

「行くぞ!!!!」

 

 

 

 

右手をかざす。

そこに現れるのは、一本の剣。魔を討ち、闇を葬る聖剣。《魔王殺しの聖剣|デモン・スレイヤー》。

 

 

 

 

一方、第一アリーナの中央では、エリスが狂乱したヴェルサリアと交戦に入っており、彼女の主武装《風翼の槍|レイ・ホーク》で、果敢に攻めていた。

 

 

 

「はあぁぁぁっ‼︎」

 

「ぬあぁぁぁっ‼︎」

 

 

 

バチィッ!

 

 

 

 

エリスの《レイ・ホーク》とヴェルサリアの暴走した《ドレッド・ノート》の腕部の装甲が、激しくぶつかり合う。

 

 

 

 

「義姉上、あなたは……そこまで追い詰められていたんですか……? 私は、何一つ、それに気付かず……っ!」

 

 

 

 

ヴェルサリアが二年前の試合で、初出場であった少女、『レン・アッシュベル』に敗北してから、人が変わったように力を欲していた事は知っていた……。

だがそれでも、まさか条約違反の《VTシステム》を使用し、ましてやそれと同時に、《精霊》を扱う者にとって禁忌の証たる《呪装刻印》をその身に宿していたと知った時、エリスは激しく後悔した。

自分は義姉の事を知っていたと思い込んで、実は何も知らなかったのだと……。

 

 

「義姉上……必ず、あなたを止めてみせる!」

 

 

 

覚悟を決めたその瞳は、もうヴェルサリアに対して怯えきっていた頃のエリスとは別人のようになっていた。

 

 

 

「参る!」

 

「おおおおっ!!!!」

 

 

 

再び接近する二人。

互いの信念、気持ち、すべてをぶつけ合う。

 

 

 

 

 

 

〜第二アリーナ〜

 

 

 

 

 

 

「ぬぅあああああーー!!!!」

 

 

 

 

そこでもまた、阿鼻叫喚といった言葉が似合う状況だった。

シャルルのパイルバンカーによって、相当なダメージを負ったラウラの体が、突然紫電を撒き散らし始めたのだ。

そして、ヴェルサリア同様に、その身に纏っていたIS、《シュバルツェア・レーゲン》の装甲が、瞬く間に溶け落ち、形状を変えていく。

 

 

 

 

「なに……?」

 

「あれは……!」

 

 

 

 

突然の事態に、ただ困惑するしかできないシャルルと冬二。

やがて第二アリーナ全体にも、警報が鳴り響き、全隔壁が観客席を覆う。

その場に残されたのは、試合中だったシャルルと冬二。相手として戦い、先に戦線離脱した箒と、今なお自身のISに呑み込まれていったラウラの四人だ。

そのラウラは、自身の専用機に呑み込まれると、やがてそれは一つの形となって現れ、再び人型のシルエットとなる。

 

 

 

 

「あれは……雪片!? 千冬姉と同じじゃないか!?」

 

 

 

そこで冬二が気づいた。

ラウラが、正確にはラウラを取り込んだISが、その手に持った武器の存在を。

それは冬二にとって最も身近で、自身も手にしている物だった。

かつてモンド・グロッソでその一振りだけで、世界の頂点に上り詰めた姉、織斑 千冬が用いた最強の剣《雪片》。

だが、千冬の現役引退とともに、彼女の専用機《暮桜》は、姿を消し、その武器である《雪片》もまた、その存在を無くしたはずだった。

なのに……。

 

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

 

雪片弐型を握る手を、強く握りしめる。

目の前にいる者の存在を、冬二の心が許さなかった。

 

 

 

 

「シャルル、そこをどいて。僕がやる!」

 

「え?」

 

 

 

シャルルの返事も聞かず、雪片弐型を正眼に構える。

だが次の瞬間、冬二の目に映ったのは、いつの間にか自分の目の前に現れ、雪片を下段から振り上げる黒い暮桜だった。

 

 

 

「ーーーーッ!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

左斬りあげで放たれた剣撃は、冬二の持っていた雪片弐型を弾き飛ばし、その衝撃で、冬二もその場に倒されてしまう。

そして、態勢を崩した冬二に向けて、上段に振り上げた雪片をなんの躊躇もなく振り下ろした。

 

 

 

「ぐぅ! ああぁぁぁ!!!」

 

 

 

とっさに左腕の装甲で防いだものの、その一撃で白式のエネルギーは完全に尽きてしまい、冬二の身に纏っていた白式は量子となって虚空へと消えていった。

 

 

 

「痛っ!」

 

 

地面にへたり込んだ時、不意に左腕が痛むことに気づく。

ちょうど二の腕の部分が先ほどの攻撃によって、斬られていたのか、多少の流血を確認できた。

 

 

(あ、あいつ……! 今のは、千冬姉と同じ居合いだった! あの野郎‼︎)

 

 

 

姿や形とだけでなく、使う技もまた自分の姉、千冬と同じもの。

ラウラが千冬に対して、絶対的な敬意を持っていたのは知っている。千冬に憧れているのも知っている。

だが、ただの見様見真似の姿と剣技で、憧れの千冬姉の剣を模倣されるのは、我慢ならなかった。

 

 

 

「この野郎おおおぉぉぉっ!!!!!」

 

「馬鹿者! 何をしている!」

 

「箒?! 離してよ箒! あいつをぶん殴る!」

 

 

 

 

興奮し、暴走したラウラに生身で突っ込んで行こうとする冬二を、箒が必死に止める。

 

 

 

 

「離せよ箒! いくら君でもーーー」

 

「いい加減にしろ!」

 

 

 

 

落ち着きを見せない冬二に、箒は渾身の平手打ちを見舞う。

そのまま冬二は膝を着き、動かない。

 

 

 

「一体どうしたというのだ!」

 

「あいつ……千冬姉と同じ剣を使ったんだよ……! あれは千冬姉だけの物なんだ! あいつなんかがほいほい真似ていいもんじゃないんだ!」

 

「だがどうすることもできないだろう……。見ろ、お前が動かなくても、事態は収拾される。そしてお前には、戦うだけと力も、エネルギーもないではないか!」

 

 

 

 

箒の言うとおりだった。白式のエネルギーは枯渇し、ISを展開することもできない。

ゆえに、戦うための武器もない。

そして周りには暴走機を鎮める為に駆けつけた教師のIS部隊が既に包囲している。

 

 

 

 

ーーー違う……これじゃダメなんだ!

 

 

 

 

冬二の中の心が叫んでいた。

 

 

 

ーーーまた守られる……千冬姉に、一夏兄に!

 

 

 

幼い日のトラウマが蘇る。

 

 

 

ーーー前に進まなきゃ……僕はいつまで経っても……っ!

 

 

 

そして決意する。

 

 

 

ーーー強くなれないじゃないか!!!!

 

 

 

 

「違うんだよ箒。全然違う……これは僕がやらなきゃいけないとか、そんなんじゃない。僕がやりたいからやるんだ!」

 

「冬二……しかし、エネルギーがないのでは……」

 

「エネルギーがないなら、他所から持って来ればいいんだよ」

 

「シャルル……」

 

 

 

二人の近くまで寄ってきたシャルルが、腕の装甲を解除し、一本のケーブルを取り出すと、そのまま冬二の白式の待機形態のガントレットに接続する。

すると、そこからエネルギーの供給が始まった。

 

 

「シャルル……」

 

「約束して、冬二。絶対に負けないって!」

 

「っ……‼︎ もちろん、ここで負けたら男じゃないよ!」

 

「ふふっ、じゃあ負けたら、明日から女子の制服で登校してね♪」

 

「いっ?!」

 

「お、おう! 任せとけ!」

 

 

 

シャルルの条件に冬二も箒も苦笑いになったが、それでももう、覚悟は決まった。

 

 

 

 

「白式を限定モードで再起動」

 

 

 

イメージする。目の前の敵を斬る最強の武器を。

 

 

 

「はああああぁぁぁ!!!!」

 

 

 

その手に現れる、絶対無敵の矛。自分の信念と覚悟をその武器に込め、冬二は構える。

それにおじてか、展開していた教師部隊も少し離れていく。

 

 

 

「っ!? これは……!」

 

「どうやら……織斑先生も、冬二に任せるみたいだね」

 

 

 

千冬の指示のもと、冬二の邪魔をしないようにと教師部隊も冬二と暴走機を見つめる。

 

 

 

 

ーーー逃げない。逃げてはいけない。

 

 

 

 

目をつむり、自分の心と向き合う。

 

 

 

ーーー僕は、戦う。

 

 

 

気持ちに呼応するかの様に、雪片弐型の刀身が裂かれ、エネルギーブレードが展開される。

それと同時に、今まで重くのしかかっていた様な重圧感の様なものが消えた様な気がした。

 

 

 

ーーー千冬姉に、一夏兄に追いつくんだ! 今戦わなくて、いつ戦うんだよ‼︎

 

 

 

自分を守ってくれた二人。

その二人の背中に隠れるのはもうやめる。

二人の影に潜むのはやめる。

自分も同じ場所に立ち、ともに歩んでいきたい。

だから、前に走り続ける。

 

 

 

 

「行くぞ、偽物野郎おおおおっ!!!!」

 

 

 

冬二が駈け出す。

それを迎え撃つのは暴走したラウラの意思によって生成されたかつての姉の偽物。

同じ武器を携えた者同士が、再びぶつかり合った。

 

 

 

 

 

〜第一アリーナ〜

 

 

 

 

エリスとヴェルサリアの戦闘が始まってから、数十分が経過した頃、事態は急変していた。

ヴェルサリアは相も変わらず漆黒に染まったドレッド・ノートを操り、敵対するエリスに攻撃の手を緩めないが、その姿が変わってきていた。

装甲や装備は変わらないが、ISの様なマルチフォームスーツ型ではなく、完全な騎士甲冑の様な、全身を硬い装甲で身を包んでおり、もはやそれをISと呼んでもいい物なのかと疑いたくなる。

対するエリスもまたISを装備していなかった。

その身に纏うのはIS学園の制服だけ。手に持つ武器も彼女の槍レイ・ホークのみ。

さながら闇騎士に挑む若き騎士といった光景だった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

幾度となく仕掛けた攻撃は、全くと言っていいほど通用しなかった。

どれほどの風の刃を浴びせようとドレッド・ノートの装甲は貫けない。

 

 

 

「がああああーーっ!!!」

 

 

 

振り下ろされる拳がエリスの直上より迫る。

だが、それを正直に受けるエリスではない。素早く後退して、間合いを取る。

 

 

 

「くっ……このままでは、こちらの神威が尽きる……」

 

 

 

身体中を流れる力も、そろそろ底を尽きそうになりながらも、未だにその手にもつ槍の穂先は、ヴェルサリアを射貫く様に向けられている。

 

 

 

「次の攻撃で……全てを‼︎」

 

 

 

駆け出したエリス。

その姿はまさしく荒野を駆ける疾風の如く。

 

 

 

「風よ 我が体を支えよーー!!!!」

 

 

風の恩恵をその身に受ける。

ISで言うならば、イグニッション・ブーストと遜色無いレベルでヴェルサリアに突っ込む。

鋭く光る《レイ・ホーク》の穂先は、1ミリの狂いもなく、ヴェルサリアの胸部の装甲に突き刺さった。

 

 

 

「凶ッ風よ! 狂ええぇぇッ!!」

 

 

 

渾身の一撃。ゼロ距離からの風の刃を浴びせれば、いかに頑丈な鎧に守られていいようと、無事であるはずがない。

エリスの判断は正しかった……。だが、それも不発に終わってしまった。

 

 

 

「なっ!? 風が生み出せない?!」

 

 

 

呪装刻印によるジャミングの様なものによって、エリスの放つ精霊魔術が使えなくなっているのだ。

そしてそれが一瞬の隙となり、ヴェルサリアの背後から現われ出た触手の様なものによってエリスは拘束されてしまった。

 

 

 

「ぐっ! ううっ?!」

 

 

 

体から力が抜けていく感覚がある。

それも一方的に吸い取られている様な感覚だ。

 

 

 

(か、神威を吸い取っているのか……! くそ!)

 

 

 

なんとか振りほどこうとするものの、頑丈に絡みたついている触手はエリスを離さない。

そして、ヴェルサリアの右腕が振り上げられる。

抵抗も回避も不可能。まさに絶体絶命的状況だった。

 

 

 

 

(すまないみんな……義姉上……一夏……!)

 

 

 

死を覚悟した。

だがその瞬間、希望の光が舞い降りた。

 

 

 

「エリスーーーーッ!!!!」

 

 

 

現れた光。

純白に包まれた機体と、その手に持つ聖剣。

エリスが待ち望んでいた人物が、今目の前にいたのだ。

 

 

 

「ッ!! 一夏ッ!」

 

「はあぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

剣閃が迸る。

振り上げられた巨大な腕を斬り落とし、エリスを拘束していた触手も、ことごとく斬り裂いていく。

 

 

「い、一夏! 君は一体何をしてる! そんな体で……無茶のし過ぎだ!」

 

「こんくらい大したことない。それよりも、よく頑張ったな」

 

「あ……」

 

 

 

空中でキャッチしたエリスに小言を言われるが、すぐさま距離をとって地面に着地する。その時に褒めながら頭を撫でると、エリスは力が抜けたみたいに大人しくなってしまった。

 

 

 

「にしても、なんでISを展開してないんだよ。エネルギー切れか?」

 

「いや違う。今の義姉上に、ISでの攻撃だけでは効かないんだ……あれは精霊……ならば、同じ精霊をもってして当たらなければならない」

 

「精霊……」

 

 

 

よく見ると、エリスの体には妙な気の流れを感じた。

そして、精霊と言う単語。エストやレスティアの様な存在を精霊だとは知っていたが、それを使役しているのは……。

 

 

 

「あっ……」

 

 

急激に頭が痛みが走る。

 

 

 

「くっ! うう……!」

 

「お、おい一夏!? どうした?」

 

「わからない……ただ、頭にッ……何かが……っ!」

 

 

 

頭に流れ込んでくる映像。

昔、相棒である闇精霊レスティアと、一緒に走り回った光景。

共に生き、共に戦い、共に強くなっていった。

一緒にいるのが当たり前だった頃の話だ。

そして、彼女と交わした……ひとつの誓約。

 

 

 

ーーーーあなたに、私の全てをあげる。

 

ーーーーえっ? むうっ?!

 

 

 

不意に唇を奪われる。

初めてのキスだった。まだ12になったばかりの一夏にとっては、衝撃的な出来事だった。

そして、それこそが、彼女と交わした誓約。

『精霊契約』だった。

 

 

ーーーーレ、レスティア?!

 

ーーーーふふっ♪ やっぱり可愛い。これで契約は完了したわ……一夏

 

ーーーー契約?

 

ーーーーそう、私とあなたが共に生きていく上で、大切な契約

 

 

 

レスティアの柔らかい唇が再び一夏の唇を触れ、やがて塞ぐように覆う。

その後、左手の手の甲に現れた三日月を模した刻印が現れた。

それこそが、契約を結んだという証だった。

 

 

 

 

「そうだ……思い、出した……!」

 

 

 

 

ふと自分の左手に視線を落とす。

白桜の左腕の装甲を収納し、左手の甲をジッと見つめる。

 

 

 

「ッ!」

 

 

 

チクリと刺す様な痛みが走った。

すると、左手にあの日見た三日月の模様をした刻印が現れる。

 

 

「……そうか。俺も、精霊使いだったんだな……」

 

「っ? どういうことだ一夏」

 

「契約していた精霊に、俺はその時の記憶を封じられてたんだろうな……。今までずっと思い出せなかったのに、エストと出会って、エリスの戦う姿を見て、やっと思い出せたんだ……」

 

「そんな……そんな事があるのか……? それに、精霊使いになれるのは、純潔の乙女だけだぞ?! 君は、男じゃないか!」

 

「そうだな……だけど……」

 

 

 

今はレスティアがいない。

精霊刻印からは存在は感じる。でも、近くにはいない。刻印を通じて、ある程度のお互いの状況が把握でいるのだ。

だか、頼みの綱である相棒はいない。目の前にいるヴェルサリアには、精霊の力を使役した攻撃が一番有効的。

ならば、それができるのは……。

 

 

 

「エスト……もう一つだけ、俺の頼みを聞いてくれるか……」

 

(………)

 

「俺と、精霊契約を結んで欲しい」

 

(ようやくですか、一夏)

 

「? お前、もしかして知っていたのか?」

 

(はい。私も精霊です。その左手に隠されていた精霊刻印の事も知っていました。ですが、一夏が気づいていないとは思ってませんでした……)

 

「悪い。どうやら記憶が閉じられてたみたいだ……」

 

 

 

一夏はISを解除して地面に降り立つと、右手を突き出す。

それに応じる形でISの待機状態であるブレスレットが光りだし、目の前に幼い少女が現れる。

 

 

 

(すまないレスティア。お前との約束、破る事になるな……。だけど、今力がいるんだ! 助けたい奴がいて、守りたい奴がいる。その為に、俺は約束を破る!)

 

 

 

 

覚悟を決めた瞳で、エストを見つめる。

 

 

 

「っ! ーーーー旧き聖剣に封印されし気高き精霊よ! 汝 我を主君と認め 契約せよ! さすれば我 汝の鞘とならん!」

 

 

言霊を紡ぐ。

精霊と言う未知の存在と契約を結ぶ儀式。

 

 

 

「なっ!? そ、それは、精霊契約の!?」

 

 

 

背中越しに驚嘆しているエリスの声を聞くが、今更儀式を中止するわけにはいかない。

 

 

 

「我は三度汝に命ずる! 汝! 我と契りを結び給え‼︎」

 

 

伸ばした右手めがけてエストが走ってくる。

 

 

 

「契約を受けます。あなたを主と認めましょう、一夏」

 

 

 

エストと一夏の指が触れる。

まばゆい光が、辺りを包み込んでいく。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

あまりの眩しさエリスも目を閉じる。

そして、次の瞬間、目の前の光景に息を飲んだ。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

神々しい純白の輝きを放つ聖剣と、それを手にする一夏の背中。

 

 

 

「ふう……久しぶりだな……でも、違和感が無ぇな」

 

 

 

手に握る《デモン・スレイヤー》の切先をヴェルサリアに向ける。

 

 

 

「いくぜ、ヴェルサリア。“あの日” の続きと行こうか……っ!」

 

「ぬおおおおーーーーっ!!!!」

 

 

 

瞬光のごとき速さで駆け出す。

“あの日” の続き。二年前の試合から大分経ってしまった。

が、その決着をまた改めて決める為に。

 

 

 

 

 

〜第二アリーナ〜

 

 

 

 

「はあああああっ!!!!」

 

 

 

黒い雪片と白い雪片が交錯する。

刃と刃が激しくぶつかり合う。冬二の相手は暴走したラウラの意思によって生まれた木偶。

その姿はかつての世界最強。織斑 千冬の偽物だ。

普通なら負ける。相手はISで、冬二は右腕以外は生身なのだから、重量や速さ共に冬二ではかなわない。

なのに……。

 

 

 

「こんのぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

振り下ろされる剣撃を刃を当てていなす。

極限の集中状態に入っているのか、冬二はただひたすら暴走機を睨みつけている。

 

 

 

「だあぁぁぁぁっ‼︎」

 

 

 

隙をみて冬二も反撃に出るが、反応速度が速い暴走機はことごとく防いでいく。

このまま持久戦へと持ち込まれては、冬二に分が悪い。

 

 

 

 

(ダメだ……このまま続ければ、エネルギーの方が尽きちゃう。零落白夜のバリアー無効化攻撃も、打ててあとに二回……。一か八か!)

 

 

 

 

暴走機の攻撃を受け流しながら、執拗に暴走機の隙を探す冬二。

その光景を異様な物のように眺める箒、シャルルと教師陣。

 

 

 

「すごい……、あれだけの攻撃を、寸で受け流してる……!」

 

「さすがは《雪片》ってところかしら……」

 

「武器もそうだけど、あれは織斑くんの技でしょう……。よく見切っているわね、ほんと……!」

 

「冬二……おまえ……!」

「頑張って!冬二っ!」

 

 

 

 

 

各々がそれぞれの感想、声援を述べている。

その間に、冬二と暴走機は一旦距離を置く。

そして互いに構え直した。

 

 

 

「次で決める……!」

 

 

 

正眼に構える冬二と、下段に構えた暴走機。

一切の隙も見せず、ただただ対峙している己が敵を睨みつける。

その雰囲気、その場にいた全員が息を呑み、後ずさった。

そして、その誰かの息を呑み音を合図に互いは、一斉に駆け出した。

 

 

「はああああぁっ!!!!」

 

 

 

急接近からなの振り下ろす一撃と、それをうまく受け流す一撃。

冬二の雪片が、暴走機の雪片の一撃を凌いだ。

 

 

 

「これでぇぇぇっ!」

 

 

 

受け流した剣を、そのまま上段へと持っていく。

その剣に纏った黄金の輝きが、より一層増していく。

最後の一刀。全てをここに賭ける。

 

 

 

「でえぇいやああああぁっ!!!!」

 

 

 

凄まじい剣戟の音がアリーナを支配した。

上から下へと振り下ろされた剣閃は、まさしく一刀両断と言っても過言ではないほどの威力だった。

その証拠に、暴走機の頭の天辺から股下までに一本の筋が入っているのが見て取れた。

古来から奥義として知られている剣術の究極系《兜割り》。

敵は兜を被っているわけではないし、雪片の攻撃力が他を圧倒するものだったとはいえ、ものの見事に冬二は奥義を決めた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……くっ……!」

 

 

 

急激に襲ってくる疲労感。途切れそうになる意識を何とか保っていると、暴走機に入った縦筋が、どんどん広がっていく。

そして、そこから出てきた少女の姿を捉える。

雪片を手放し、倒れこんでくる少女、ラウラを優しく抱きとめる。

 

 

 

「う……あっ……」

 

 

 

ラウラ自身にはあまり外傷は見られなかったが、精神的負荷がかかっていたのだろう……まだ少し苦しそうにしている。

 

 

 

「全く……どれだけ大変だったか……でもーーー」

 

 

 

愚痴りながらも、冬二はラウラを抱きとめ続け、そのまま座り込んだ。

そして、初めてラウラに対して、優しい表情で、今も眠っているラウラに語りかける。

 

 

 

「ーーーぶん殴るのは、勘弁しておいてやるよ……」

 

 

 

こうして、第二アリーナで起きた暴走機事件は終焉を迎えた。

 

 

 

 

(一兄……僕、やったよ……!)

 

 

 

 

 

 

〜第一アリーナ〜

 

 

 

 

事態は急変していた。

精霊の力を掌握した一夏は、超高速でヴェルサリアに斬り込む。

とても深傷を負った人間の動きとは思えないほどの速さで。

 

 

 

「はあああああっ!!!」

 

 

 

頑丈な鎧をいとも容易く斬り裂く。

一夏の動きに翻弄され続けているヴェルサリア。

だが、それだけではない。

 

 

 

「凄い……! あれが一夏……。あの剣舞は、まるで……!」

 

 

 

かつて彗星の如く現れた剣舞姫。

レン・アッシュベルの如き剣舞だった。

 

 

 

「ぬうっ?! があぁぁぁっ!」

 

「ふっ……! 当たるかよ!」

 

 

その巨大さゆえに、一撃の攻撃力ならば他の追随を許さない《ドレッド・ノート》も、その攻撃が当たらなければ意味をなさない。

一夏の神速の動きに、ヴェルサリアが付いていけていないのだ。

 

 

 

「くっ、くくぐゔゔゔーーーっ!!!」

 

 

まるで獣のような唸りを上げて、一夏を睨みつける。

その顔には、もう以前ような余裕のある顔は1ミリたりともなかった。

 

 

 

「レ、レンッ……アッシュ、ベル……ッ!」

 

「っ? 義姉上には、一夏がレン・アッシュベルに見えているのか……?」

 

「……」

 

 

 

ほんの僅かに残された意識だったのだろう。

それも本能的に察しているのだ。

一夏の剣技はレン・アッシュベルそのもの。否、一夏自身が、レン・アッシュベルその人なのだから。

二年前とは違い、確かにヴェルサリアは彼女と再び対峙しているのだ……今この瞬間に。

その体が、目が、感覚が……その全てが、一夏をレン・アッシュベルだと指し示しているとだろう。

 

 

 

「そんなに彼女と戦いたいのか……ヴェルサリア」

 

「ぐうううああああっ!!!!!」

 

「そうか……ならまずは俺が相手になるさ。《最強の剣舞姫》の前になっ!」

 

 

 

 

再び一夏が駆ける。

目にも留まらぬ速度で、ヴェルサリアの背後を取り、斬り裂き、攻撃を躱し、懐へと入り込む。

 

 

 

「があぁぁぁっ!」

 

 

 

ヴェルサリアが左の拳を振り下ろす。

すでに右の腕は一夏によって斬り落とされているため片方でしか攻撃出来ない。

当然、一夏もそんな攻撃を易々と受けることはせず、躱してはまた一撃入れる。

だが、流石にヴェルサリアも本能的に対応し始めたのか、背部の装甲がいびつに歪んでいき、そこから六本の触手が現れる。

触手は一夏を包囲する形で伸びていき、一夏の両手両足、腰、首に絡みつくと、一夏を持ち上げた。

 

 

 

「くっ! この程度の攻撃で、俺のエストが負けるわけねぇーだろっ‼︎」

 

 

 

銀閃一閃。たった一撃で触手を薙ぎはらう。

地面に着地して、一旦距離を取る。

 

 

 

「ぐっ!?」

 

「い、一夏?! どうした?!」

 

「だ、大丈夫だ……背中の傷が少し開いただけだ……」

 

「はあっ!?」

 

 

背中に激しい痛みを感じる。

よく見ると、包帯で巻かれていた背中が赤く染まっていた。

元々深い傷を追っていた為に、タッグマッチ戦の出場すらストップされていたのに、今現在二年ぶりの精霊を使役しての剣舞の真っ最中。

体が悲鳴をあげるのも当然だ。

 

 

「それは大丈夫とは言わないだろう……!」

 

「まぁ、かなり痛いけどな……ここで引き下がるわけにはいかないだろ」

 

「……まったく、君って奴は……」

 

 

 

不敵に笑みを浮かべながら、なおもヴェルサリアに対して好戦的な眼差しと、威勢を見せる。

そんな一夏の背中を見ていると、不思議とエリスも笑っていた。

義姉を止める為に、一人で戦いを挑んだことを、最初は後悔した。自分が義姉に敵うはずは無いのだと、正直なところ、諦めがあった。

が、今の一夏の剣舞を見て、自身の心が昂ぶっているのがわかる。

こんな気持ちは、二年前のレン・アッシュベルの剣舞を見て以来だった。

 

 

 

「一夏、私も加勢する!」

 

「えっ? でもエリス、お前、神威は……」

 

「大丈夫だ。あと一撃くらいなら放てる。それに、神威が尽きそうなのは一夏も同じだろう。そんな重症で、ここまで戦えているのが奇跡だぞ」

 

「まぁな……」

 

 

 

エリスに言われて、ふと右手に持つ《デモン・スレイヤー》に視線を向ける。

それに反応してか、エストが危機を知らせるかのように、刀身全体を点滅させていた。

もう神威が尽きそうだと……。

 

 

「次で決めないと、後が無いな……」

 

 

 

次の一撃でおそらく一夏とエリスの神威は尽きる。

故に、次の一撃で決めなければ、それは一夏たちの死を意味する。

 

 

 

「うっ、おおおおおっ!!!!!」

 

「「っ?!」」

 

 

ヴェルサリアが再び咆哮を上げる。

そして斬り落とされた右腕が、泥のようにうねると、やがてそれが伸びていき、巨大なランスと形態を変化させる。

 

 

 

「っ! まずいぞ一夏……」

 

「ん? どうした……」

 

「私に槍を教えてくれたのは、義姉上なんだ……!」

 

「あっはは……そいつは……」

 

 

 

流石は武門で名高いファーレンガルト家に養子として入っただけあって、武術に関しては一目置かれていた存在だ。

しかも、槍に関しては一夏も一目置いているエリスに、槍術を教えたとなると、ヴェルサリア自身も相当な使い手の筈だ。

 

 

 

「なら、なおさらこの一撃で決めるしかねぇな」

 

「私が援護する。一夏……」

 

「ん?」

 

「義姉上を頼む……!」

 

「あぁ、任せろ!」

 

 

 

お互いに覚悟は決まった。

目の前に立ちはだかる仇敵を、その手でもう一度倒す為に。

あるいは、我を失ってしまった家族を、その手で救う為に。

 

 

 

 

「…………」

 

「グルルルッーーーー」

 

 

 

あの日を思い出す。

初めて彼女と対峙したときのことを。

お互いに名前も顔も知らない間柄であったが、目の前に立ちはだかるのであれば、全力で相手をする必要があった。

結果的には、《最強の剣舞姫》が圧倒的な強さで完勝した。

だがその敗北を受け、敗れた少女は力を求め、今に至る。

ただ自分を倒した相手……レン・アッシュベル……織斑 一夏を倒す為に、どこまでも強くあろうとした。

そして今再び対峙した。

形は違うが、互いに剣を取り、真剣勝負を行っている。

自我を失っても、その雪辱を晴らすのか、それとも再びその剣を持って斬り裂き、再び勝利するのか……。

そこには二人にしかわからない心に通じるものが、確かにあった。

 

 

 

 

 

「すぅー……はぁー」

 

 

 

 

深呼吸を一度。

そして、獲物を狩る猛禽の如く、その眼でヴェルサリアを見据えた。

 

 

 

 

「ーーーー行くぞ!」

 

 

 

 

一夏が走る。

目の前にいるヴェルサリアに向かって、まさしく閃光の如き速さで。

 

 

 

 

「うおおおおっ!!!!!」

 

 

 

ヴェルサリアもまた、生成した巨大なランスを振りかぶり、その穂先を一夏に向けて、放った。

 

 

 

「凶ッ風よ!」

 

 

 

エリスが叫ぶ。

最後の烈風。強烈な風が、一夏の背中を後押しするかのように、吹き荒れる。

風の物理的な加護を受けた一夏は、さらにスピードを上げ、ヴェルサリアに迫る。

 

 

 

「うおおおおおっ!!!!! 行くぞ! ヴェルサリア・イーヴァ・ファーレンガルトーーーーっ!!!!!」

 

 

 

鋭く迫る一夏のデモン・スレイヤーの切先と、ヴェルサリアの巨大なランスの穂先が、激突する。

が、拮抗したと思ったのは一瞬の事だった。

聖なる光を解き放った今のデモン・スレイヤーに、斬り裂けないものは無いのだ。

 

 

 

「おおおおおっ!!!!」

 

 

 

ガキィッーーーー!!!!

 

 

 

「かはっーー!」

 

 

 

 

ランスを破壊したデモン・スレイヤーは、厚い装甲で守られていたヴェルサリアの体……強いては彼女の心臓を貫いた。

 

 

 

「ヴェルサリア……俺がお前を救ってやるーーーーっ!!!」

 

「レン……アッシュ、ベル……っ!」

 

 

 

 

デモン・スレイヤーの光が、ヴェルサリアと一夏を中心に、アリーナの全てを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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