「あれは……簪?」
整備室と書かれた部屋の中で、ハンガーに固定された一機のISの目の前で一人の少女がひたすら画面と向き合い、キーボードを打っていた。
水色の髪でその毛先が内側にくねっており、メガネをかけたどこか内気な少女。名前は更識 簪。更識家の次女であり、楯無さんの妹である。
「各センサーの伝達が悪い……どうして?…タイプが向いてないの……?」
真剣な表情でブツブツと言いながら作業を進める簪。どうやらISの基本システムを調整している様だ。
「…簪、何してんだ?」
「ッ⁉……い、一夏⁈」
相当集中していたらしく、俺の声に驚いていた。
「ど、どうしてここに…?」
「いや、たまたま通りがかったら電子音が聞こえてきたんでな、中を見たら簪がいたからさ……」
「そ、そうだったんだ…」
「ところで、今何やってたんだ?作業中だったんだろ?」
「う、うん!……私の専用機のメインプログラムを調整してたの…」
「えっ⁈ 一人でか⁈」
「うん、そうだよ…」
ISは基本一人で組み立てられる物じゃない。それが出来るのは、開発者である篠ノ之 束だけだ。
「でも、簪は日本の代表候補だろ?開発元が作ってたんじゃないのか⁈」
「……それを一夏が言う…?」
「へ?」
「私の専用機の開発元は『倉持技研』……つまり、」
「『白桜』と『白式』と同じ所だったのか……!」
「そう、だから二人のIS製作の為に人員をもってかれて、私のはまだ出来て…ない。」
そう、俺の『白桜』と冬ニの『白式』は日本のIS開発を行っている『倉持技研』と言う所で作製してもらったものだ。
もっとも、その二つは束さんが廃棄する筈だった機体を持ち帰って作製したものなのだが。
「うわ〜、何か、物凄い罪悪感……」
「別にいいよ…私も一夏達が悪い何て思ってないから…ただ、またお姉ちゃんに勝てないと思うとどうしても……ね…」
「…………」
更識家の中では、ちょっとしたトラブルがある。それは、楯無さんと簪の関係だ。
何でも一人で出来てしまう優秀な姉と、実力はあるのにいつもその姉と比較される秀才な妹。
簪も更識家の人間であるが為に人に頼らず、何でも抱えこもうとしてるのだ。
「……簪。お前、まだ刀奈さんとギクシャクしてるのか?」
「一夏……一夏は、感じた事ってないの?優秀な姉がいて、いつもその姉と比較される事に対して……」
「そりゃあ…無いって言ったら嘘になるな…」
そう、一夏達もまた優秀な姉、千冬がいる。ましてや初めて世界最強の座に上り詰めた人なのだから。
「一夏は強いよね…私なんかとは大違いだね…」
「……別に、俺は強くなんかねぇーよ。」
「いや、強いよ、一夏は…少なくとも私よりかは…」
「……」
簪のコンプレックスは事の他強い。悩みがわからない一夏であったが、このままでは簪が耐えられないのも事実である。何とかしようと思い、一夏は…
「よし! 俺もその専用機製作、付き合うよ。」
「えっ⁈」
「元はと言えば俺たちの専用機のせいで簪の専用機が完成してないんだろ?だったら俺にも手伝わせてくれ。」
「で、ても!なんだか悪いよ…そんなの…これは私がしなきゃいけない問題なのに…」
「簪…俺だって刀奈さんや千冬姉に劣等感を抱く事はある。…それは認める。でもな、だからって人に頼ったらダメなんて、誰が決めたんだ?」
「そ、それは……」
「俺も、更識家に来る前は、何でも一人でやってたよ…それが当たり前の様にさせられていたからな……」
あの組織で一夏は常に一人だった。仲間と呼べる者たちはおらず、任務でも訓練でも一人。組織の人間からは「お前に仲間なんていらない」「仲間は必要ない」と言われ続けられたからだ。
「でもな、一人じゃ出来ない事もあった。この間の襲撃事件、覚えてるだろ?」
「うん。」
「あの襲撃事件は俺一人じゃ解決出来なかった……冬ニや鈴やセシリアがいたからこそ、出来た事なんだ…」
「あっ……」
「だからさ、一人じゃないとダメって事はないんだよ…そして、俺は今、簪を助けたいから手伝うんだ。それじやダメか?」
「………ううん…」
顔を赤くし、うつむ簪の姿はなんだか可愛らしかった。
「よし!それじゃあ知り合いに頼んでみるか……」
「知り合い?」
「おう、新聞部の黛さんと本音にな。」
黛さんはあぁ見えても整備科のエースと呼ばれているし、本音は本音で整備に関しての腕は折紙付きだ。
「それじゃあ俺は黛さんに頼んでくるから、簪は本音の方を頼むな!」
「う、うん!…………あっ!い、一夏!」
「うん? 何だ?」
「そ、その、あ、ありがとう!」
「おう、じゃあまた後でな。」
そう言って俺は二年生寮の方に、簪は一組の教室に向かって行った。
次回はヴェルサリアとの対立を書こうと思います。