翌日の昼休み、俺は風王騎士団の本部にいた。
「今日もよろしく頼む、一夏…」
「あぁ、……どうかしたのかエリス?」
「い、いやっ、何でもない!見回りに行くぞ…一夏…」
「お、おう……」
どこか難しい顔をしているエリス。ちょっと心配だったが今は見回りに集中しなければ。
「では、今日も各自アリーナ及び格納庫の見回りを行ってくれ。何か問題が発生した時はいつも通りインカムにて報告してくれ。では解散!」
「待て……」
「……⁉」
俺たちが見回りに向かうため、部屋から出ようとした時だった。いきなり部屋の入口から冷たく、凍える様な声が部屋中に響く。そして、そこに立っていたのはーー
「義姉上⁉」
「義姉上って⁉……と言う事はこいつが…」
そう、そこに立っていたのはエリスの義理の姉であり、IS学園のもう一人の学園最強ーーヴェルサリア・イーヴァ・ファーレンガルトだった。
そして、ヴェルサリアは部屋の辺りを見て、
「ふんっ、私が留守にしている間にずいぶんと駒が減ったものだ。」
「!!!!」
いきなりの暴言に全員が驚き、俺とエリスは怒りをおぼえた。
「義姉上、今なんと言ったのですか。」
「駒が減った……そう言ったが?」
「……っ‼あなたは騎士団の仲間を駒だと言うのですか⁉」
「駒は駒だ……しかも使えぬ捨て駒だな。襲撃され、その対処すら出来んとはな。」
「私の事は構いません…しかし、立派に職務をまっとうした彼女たちを侮辱するのはやめていただきたい!例え、前騎士団長のあなたでも!」
必死に抗議するエリスを、ヴェルサリアは冷徹な目で見下ろした。
「私はファーレンガルトの騎士、一度口にした言葉を取り消す事は無い!」
「あ、あなたはっ……‼」
「ふんっ、それとも私を力ずくで屈服させてみるか、騎士団長?」
ヴェルサリアは細い指でエリスの顎を掴む。
「くぅっ……⁉」
苛烈な視線に圧倒され、エリスは思わず目を逸らす。
そんなエリスを見てヴェルサリアは失望した様に首を振る。
「エリス、貴様に騎士団を任せたのは間違いだった様だな。」
「ーー待てよ!」
俺は横合いからヴェルサリアの腕を掴んだ。
騎士団の問題に俺が口を挟むべきではないとは思っていたが、エリスに手を出されては、流石に黙っている事は出来なかった。
「ISが襲撃してきた時、エリスは真っ先に駆けつけようとしていたんだ!対処出来なかったとはいえ、生徒の身の安全を考えて行動していたんだ!あんたにエリスを責める資格はねぇーよ‼」
「い、一夏…」
驚愕するエリス。そして、興味を持ったヴェルサリアは、
「ーーほう?貴様が、世界でたった三人しかいないと言う男のIS操縦者か……」
「あぁ、だったらなんだ?」
冷徹なアイスブルーの瞳を俺は真っ直ぐに睨み返す。
「例の襲撃してきたISを撃破したのは、お前だったな。」
「俺だけじゃない。勝てたのは、冬ニや鈴、他にも仲間がいたからだ。」
「謙遜するな……何故貴様が強さを隠しているのかは知らんが……」
ヴェルサリアの鋭い眼光が、俺を射抜く。
(……こいつ、まさか俺の正体に気付いていやがるのか?)
俺の額から冷たい冷汗が浮かんだ。
(……いや、それはない。彼女と顔を合わせたのは、二年前。今の俺とあの頃の俺とでは顔立ちが違う…)
そう思っていた俺を見て、ヴェルサリアはーー
「貴様の実力、ぜひとも確かめてみたいものだな。」
「……何だと⁈」
そう言ってヴェルサリアは片手を振り上げた。
「……っ⁉」
その刹那、凄まじい衝撃が放射状に放たれる。
「「「きゃあぁぁぁ!!!!!」」」
「くっそおっ!!!!!」
部屋全体に響きわたる轟音。周囲の少女たちは衝撃で吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。
衝撃を回避出来ていたのは、エリスと数人の上級生だけだった。
俺はエストを庇ってヴェルサリアの攻撃をまともに受けていた。反応出来ていたが、制服はボロボロになってしまった。
「ちぃ〜っ!、てめぇ、なにしやがる‼」
「ほう…意外と残ったな。」
「義姉上、一体、何のつもりですか‼」
激昂するエリスにヴェルサリアは、
「なに、こいつらのレベルを確認しただけだ。だが、残ったのがこれだけとはな。」
「…っ!」
エリスは悔しそうに顔をしかめた。
そして、ヴェルサリアは俺の方を見る。
「これは驚いたなーーあの距離でその少女を庇う余裕があるとはな。どうだ、私の下につく気はないか。貴様なら、私の露払いくらいは出来るだろう。」
「断る。俺はあんたの下になんかつかない!ましてや平気でこんな事が出来る奴なんかのな!」
俺はヴェルサリアを睨み返した。
「ふんっ、まあいい、手駒にならないのなら叩き潰すだけの事だ。」
ヴェルサリアは興味をなくした様に視線を逸らし、本部の部屋から出て行く。
後には、無惨にも瓦解した瓦礫の山と、呆然とするエリスたちと俺だけが残された。
(くうっ…!どうにも疼く。)
風王騎士団の本部から出たヴェルサリアは苦痛に顔を歪めた。
動悸が早く、心臓が狂う様に脈打ち、汗が噴き出す。
(ちぃっ!こいつの制御には、もう慣れたつもりでいたが……)
身体の奥底から彼女を駆り立てる破壊衝動を抑える事が出来ない。あるいは、彼女自身の意識ですらも、侵食され始めているのかもしれない。
(だが、これでいい。そのくらいでなければ意味がないのだ…)
そう、重要なのはこのシステムがもたらす無限の力なのだ。これさえあれば、勝つ事が出来る。二年前、彼女を倒したあの少女ーーレン・アッシュベルに。
(しかし、あの男ーー織斑一夏と言ったか……)
真っ直ぐに見つめていたあの瞳。
あの目には、見覚えがあった。
(似ている……彼女に……)
そう、二年前の少女と同じ目。しかし、決定的に違うところもあった。一夏は、ヴェルサリアに敵意の篭った視線を向けていたが、
(彼女は違った。私を見てなどいなかった。彼女はもっと遠い何かを見ていたんだ…)
いずれ彼女の情報を集めて、探し出せば、悲願としていた彼女との再戦が出来るのだ。そう思って、ヴェルサリアの顔が怪しく微笑む。
「待っていろ、レン・アッシュベルーー私の力、とくと味合わせてやるーー」
俺たちは怪我をした少女たちを保健室に連れてった後、見回りを始めた。
「ふうー、ここも異常なしっと。」
「うむ。今日はここまでだな。」
「そうだな。それじゃ昼飯にするか?」
「あぁ、そうしよう。」
そろそろ交代の時間だったので、昼飯を取る俺たち。
「う〜ん、どこで食べるか……」
「え〜と、あそこなんてどうだ…ちょうど木陰になっている。」
「そうだな。あそこで食べるか。」
「あと、その、一夏…」
「うん?」
「実は……作って来たのだ…」
どこからともなく粒子変換されて出てきたバスケットを取り出す。
「本当か⁈実は……俺も作っていたんだが……」
「な、何⁈」
そう言って、俺も粒子変換して弁当箱を取り出す。
「いや、昨日言ったろ?俺の料理もご馳走するって…」
「あぁ、確かに言ってたな……」
「うーん、それじゃあおかずとか交換しながら食べるか?」
「う、うむ、そうだな。ではさっそくーー」
エリスが先ほど見つけた木陰の方を見ると、
「あ、団長いた〜、一緒のお昼食べませんか〜?」
「なっ⁉」
広場の向こうから手を振りながら走ってくる三人組の少女たち。
全員、制服の上に風王騎士団の腕章をつけたメンバーの子達だ。
「お前たち、第四アリーナの見回りはどうした!」
「今の時間はリュスカ隊が見回ってますよ。これからみんなでお昼食べようと思ったんですけど、団長も一緒にどうですか?」
「い、いやッ、私は一夏と先約があるのでなーー」
「あ〜ずるい。団長が一夏君を一人占めする気だ!」
「職権乱用〜」
「団長のエッチ。」
一斉にエリスを非難する三人娘。
「ひ、一人占めなどではないぞ!」
それを聞いて、顔を真っ赤にして怒り出すエリス。
「いいんじゃないか?みんなで食べた方が楽しいし、昨日はちゃんとした自己紹介も出来なかったしな。」
「そ、それはそうだが、しかし、………はぁー……分かった。では、みんなで昼食を取るとしよう。」
ため息をつき、むっ、と俺を恨めしそうに睨みながら頷いたエリス。何で睨むんだろう?
そんなわけで、木陰に座って昼食を取る事にした。
エリスはバスケットを広げた。他の三人はサンドイッチだけだったが、エリスのだけは違った。
「おー、なんだか豪勢だな。」
「そ、そうか?べ、別に、普段と変わらんがな。」
俺が感嘆の声を上げると、エリスはちょっと照れた様に俯く。
弁当箱の中は、サンドイッチにたまご焼き、ポテトサラダ、ウィンナー、ちょうどいいサイズにカットされたフルーツが入っていた。
「嘘よ、いつもはピーナッツバターサンドだけなのに…」
「リンゴがウサギさんの形に切ってある!」
「ウィンナーもタコさんウィンナーになってる!」
じぃーーっとエリスをじと目で見つめる三人娘。エリスはたじたじになり、
「お、お前たちこそーー」
ごまかす様に、ビシッと、人差し指を三人に向ける。
「昨日は一夏の事を怖がっていたではないか!一体、どういう風の吹きまわしだ?」
「……」
実のところ、それは俺も気になっていた。
いきなり男が入学して来て、いきなり風王騎士団のメンバーになったのだ…少なからず警戒されるし、昨日は事故とはいえ、最悪の出会いかたをしているのだ。
第一印象的には最悪なはずだったのだが……三人はお互いの顔を見せ合って、戸惑った顔になった。
「ま、まぁー正直、まだちょっと怖いんだけどね…」
「団長が普通に話してるのを見てたら、そんなに悪い人じゃないのかなーなんて。」
「それに、あのヴェルサリアに真っ向から刃向かうなんて、すごいよ!」
三人は両手を頬に当て、何故かぽっと顔を赤らめた。そんな三人を見て、エリスがむっとわずかに顔を引きつっていた。
「別に、俺はあいつが気に入らなかっただけだよ……」
俺はエリスの作ってくれたサンドイッチをひょいっとつまんだ。
ハムとたまごのサンドイッチ。胡椒がきいていて、シンプルながらもいい味付けであった。
「うんっ!うまい。こういうシンプルなものを美味しく作れるのは、腕がいい証拠だぞ。」
「そ、そうか?………良かった。」
「セシリアもこれくらい出来てくれればいいんだが……」
安堵の息をつくエリスとため息をつく俺。
「え、遠慮せずに、どんどん食べるがいい!」
「おう、いただくよーーあっ!俺の弁当もどうぞ。」
そう言うと俺は弁当箱を開けて見せた。
中のおかずは、おにぎりに唐揚げ、出し巻き卵にポテトサラダ、アスパラベーコンである。
「んっ?これは何だ?一夏…」
「ん?あぁーそれはおにぎりって言うんだ。」
「おにぎり?」
「あぁ、確か英語じゃ、『ライスボール』だったかな?」
「ほぉ〜」
どうやらエリスはおにぎりに興味深々の様だ。
「食べてみるか?」
「うむ、いただこう。……はむ、」
そう言っておにぎりを一つとって頬張るエリス。
「うんっ、美味しい!美味しいぞ一夏!」
「お口にあって何よりだ。」
「君は料理も得意なのだな。」
「まぁー家じゃ大体俺か冬ニが家事をしてるからな。みんなも良ければどうぞ。まだいっぱいあるから。」
「「「いただきまーす」」」
みんなで食事を始める。俺がサンドイッチを口に放りこもうとした時だった。
はむっ。
手にしたサンドイッチがいきなり消えた。
はむはむ。
「エスト、何やってんだ?」
いつの間にかブレスから人の姿に戻っていたエストが横にいた。
「一夏、私もお腹が空きました。食べさせてください。」
「仕方ないな、ほら。」
苦笑しながら、サンドイッチを食べやすい様に小さくちぎってエストの口に放りこむ。
はむはむ。
無表情にパンを咀嚼するエストは、まるで小動物の様だった。
「むっ、一夏、そ、それは君のために作ったサンドイッチなのだぞ。」
エリスがむーっと頬を膨らませる。
「あー、エストちゃん可愛い〜」
「あたしのご飯もあげたいっ!」
「あたしのサンドイッチも食べて食べて!」
騎士団の三人娘は次々とエストに食べ物を差し出す。
はむっ。はむはむ。
「やはり良いものですね。人間に崇敬されるのは。」
「……いや、完璧に餌付けだぞ?エスト。」
「ふぁ……」
エストが可愛らしくあくびをすると、一夏の膝にこてんと寝転がり、すぐに、すぅすぅと可愛らしい寝息をたてたと思うとーー
身体が光の粒子になって虚空に消え、元のブレスの姿に戻る。
「あー、ブレスに戻っちゃったよ……」
少女の一人が残念そうにつぶやく。
「ふふっ、食べるだけ食べて寝ちゃったか……」
エストを右手首を戻しながら、一夏はやれやれと肩をすくめる。
そうして、五人で昼食を共に取りながら話していた。やはりみんなで食事をするのは楽しい。みんな和気あいあいと話していたが唯一エリスだけは……
「むー…」
俺と三人娘が話している時だけジト目で俺を睨んでいた。なんだかこういう所は箒に似ていると思った。
「なんだか、みんな話してみると普通の女の子なんだな。」
「えっ⁈」
「普通の女の子って…」
「どういう事?」
俺の言葉に三人娘のみんなが驚く。
「いや、騎士団って言うくらいだからみんなエリスみたいなのかなって思って……」
「一夏、私みたいとはどう言う意味だ?」
若干頬を膨らませながら俺を睨むエリス。
「いや、いい意味で、だよ。なんか真面目って感じでさ……」
慌てて俺もエリスに弁解する。すると三人娘のみんなが口を開いた。
「うーん…まぁ、今はこんな感じだけどねぇ…」
「ヴェルサリアが団長の時は私たちみたいなのはすぐに退団させられてたからねぇ…」
各々から出た言葉にエリスは顔をしかめた。話しによると、ヴェルサリアが団長だった頃、圧倒的な力で騎士団を統括し、そして、その力で他の生徒たちも抑え付けていたみたいだ。
「反論した奴はいなかったのか?」
「もちろんいたさ…上級生の中にもISの操縦には自信がある人たちで、その人たちも義姉上に反抗したが、それでも義姉上には勝てなかったんだ…」
暗い表情になって俯くエリス。
「だから、織斑先生や他の代表候補、他国の強い圧力を受けて、ヴェルサリアは団長をやめてテログループの鎮圧の任務をする様になったの…」
そして、先日その任務を終えて帰って来たと言うわけだ。
彼女を変えてしまった原因は、彼女……レン・アッシュベルに敗北した事が原因のはずだ。だとしたら俺にも少なからず原因があると言う事でもある。
その後も昼食を食べ終え、午後の授業を受け、放課後になり、俺は寮に戻るべく、エストと一緒に廊下を歩いていた。
すると、どこからかピッピッっと電子音が聞こえてくる。
(この音は…キーボードの音か……音源は…整備室?)
電子音の音がなっている方に向かうと、その音は整備室の中から聞こえてきたので、興味本位で覗いてみると、そこには一人の少女がISに面と向かって画面とにらめっこをしていた。水色のボブカットの髪で、その毛先が内側に向かってくねっており、メガネをかけたどこか内気な感じの少女だった。
「あれは……簪?」
いやー最近仕事が忙しくて中々書けていませんでした。申し訳ありません!次回はもっと早く更新出来る様頑張ります。では、また次回、感想待ってまーす!