翌日、俺は昨日教えてもらった風王騎士団の本部へ来ていた。騎士団の朝は早いらしく、何でも朝礼があるらしいのだ。
「ここから入るのか……」
部屋に入るためのドアの前に立ち、立派な装飾のドアを開ける。
「ぬおっ⁉」
あまりに驚いて数秒間固まってしまった。何故か。それは部屋の中で騎士団員の少女たちがみんな着替えていたからだ。
「…………へっ⁈」
そして、その中心でストッキングを膝まで上げた下着姿のエリス。そしてーー
「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぐほぉ!!!!」
一夏は騎士団員のみんなが投げた置物やエリスが放った風の攻撃によってドアの外まで吹っ飛ばされた。
「……ちくしょー。騎士団の事を少しあまく見ていたか……」
「す、すまない。……最初に言っておくべきだったな、私たちはいつもここで着替えてから任務を行うのだ。」
「何で更衣室を使わないんだよ…」
「必要が無かったからだ本来ここは女子校なのだぞ。」
「あ〜そうだったな…」
「まぁいい、とりあえずこれを付けてくれ。」
そう言って、エリスは俺に翠色の布地を渡してくる。
「これは?」
「これは風王騎士団の腕章だ。任務中はこれを左腕に付けておいてくれ。」
「了解。」
そう言って、俺はその腕章を付けた。風王騎士団と言うだけあって腕章には、疾風が吹き荒れてる様な刺繍が施されている。
「うん!よく似合っているぞ、一夏。」
「ありがとう。」
そして、俺とエストは騎士団の少女たちの前で並び、エリスが俺たちの事を紹介した。
「聞いているものもいると思うが、彼が本日付で騎士団の団員になった一年一組の織斑一夏だ。見ての通り男だが、怖がらずに接してほしい。」
「「「………………」」」
騎士団の少女たちは黙って俺たちを……っと言うか俺をジト目で俺を見ている。まぁ、無理もない訳で……
「あれが噂の千冬様の弟、織斑一夏……」
「あんな小さい子をいつも連れ回しているのかしら?」
「でも、ちょっとかっこいいかも…」
「やめときなって!男なんてみんな獣なんだから!」
「さっきも私たちの下着エロい目で見てたでしょう!」
っと言う具合に聞こえてくる少女たちの声。
「なぁ、エリス。……俺、泣きそうなんだけど。」
「だ、大丈夫だ!君がそんな不埒者ではない事は楯無さんから聞いている。立派に働いている所を見せれば、そんな不名誉な噂なんてすぐに消えるはずだ。」
「だといいんだがな……」
そして、騎士団の朝礼が始まった。
「最近、この学園内に不審者が侵入していると言う報告が入っている。なので、昼休みと放課後は交代制で見回りをする!何が問題が発生すればインカムで報告を!総員心して任務に当たってくれ!」
「はいっ‼」
そう言って、朝はこれで解散し昼休みになった。俺はエリスと共に格納庫や第三アリーナ付近を見回りしていた。
「とりあえず、この辺りは異常なしか……」
「そうだな。しかし、騎士団の仕事ってのはこんなに大変なものだったとはな……」
「あぁ、でも昔はこんなに大変じゃなかったんだ……」
エリスが言うには二年前までの風王騎士団はヴェルサリアが一年でありながら団長を務め、学園内の規律は守られていたらしい。そして、そんなエリスもヴェルサリアに憧れ、IS学園に入学して真っ先に風王騎士団に入った様だ。
「だけど、義姉上はあれから変わってしまった…レン・アッシュベルに敗れてからは、ただ力だけを求め続けていたんだ…」
「…………」
悲しい表情で語るエリス。自分の憧れであった義姉が変わってしまったのだから無理もない。
「しかし、私は義姉上もそうだが、あのレン・アッシュベル様にも憧れている…」
「へっ⁈」
「彼女の戦いぶりは、二年前に一度見ている…それから彼女は姿を見せてはいないが、何度もビデオに撮ったものを見て、何度も見惚れていたんだ……だから、彼女は今でも私の憧れなのだ!」
力説するエリス。しかし、俺は内心穏やかではなかった。
(ごめんなエリス。お前の憧れた人は幻想なんだよ…)
そんなこんなで俺たちは見回りを終え、授業に戻る。そして、放課後は別の班員に任せ、俺とエリスは夕食を食べるため食堂に行こうと思っていたのだが……
「えっ⁈エリスの部屋でか⁈」
「う、うむ…君にはいつかお礼をしないといけないと思っていたんだ。」
「お礼?俺何かしたっけ?」
「あの謎のISの襲撃事件があっただろう。その際我々風王騎士団にも教師部隊と共に突入の命令があったんだが、ハッキングのせいで迎撃はおろか生徒の避難すらできなかった……もし君たちが迎撃してくれなかったらどうなっていたか……」
そう、あの事件は襲撃して来たISによってハッキングを受け、突入はおろか避難さえ出来ていなかったのだ。その事にエリスは責任を感じていたのだろう。
「気にする事はねぇよ…俺もあそこには冬ニと鈴がいたから助けに行きたいと思っただけなんだから。」
「それじゃあ私の気が収まらんのだ…だ、だから何かお礼をさせてくれ。」
「お、おう……分かったよ。」
そうエリスが言うので俺はエリスと共にエリスの部屋へ向かった。
その頃、冬ニたちはと言うと、
「シャルル〜ボディーソープ切れてたでしょう?これ換えの……」
「へっ⁈」
「えっ?」
模擬戦を終えて、冬ニはラウラと千冬姉が話していたのを盗み聞きしていて遅くなってしまったのだ。すると、シャルルはシャワーを浴びていたのだろう。しかし、そのシャワー室の中にいたのは、とても可愛い『女の子』だった。
「……う、うわぁ…⁉」
いきなりの侵入者に驚くシャルル。
「えっ……えーっと……はい、これボディーソープ……」
「あ、……ありが、とう……」
「そ……それじゃあ、また後で……」
「う、うん…」
呆然としながら冬ニはシャワー室を出て改めて事態に気付く。そして、その数分後シャルルが出てきた。
「えーと、お茶…飲む?」
「う、うん!貰おうかな……?」
冬ニは立ち上がり、湯呑にお茶を注いでシャルルに渡す。
「は、はい……お茶…」
「うん…ありがとう。」
その時だった。湯呑を取ろうとした時シャルルの手が冬ニの手に当たる。
「きゃあ⁉」
「うわっ!ちょっ!あ、あちぃ〜‼」
「あ、あぁ!ご、ごめん!」
慌てて手を冷やす冬ニ。それを心配するシャルル。
「ちょっ、ちょっと見せて!…あぁ、赤くなってる!本当にごめん!」
「う、うん…大丈夫だよ…それより、その…さっきから当たってるんだけど……」
「えっ?……きゃあ⁉」
言われてやっと気付いたのか、顔を真っ赤にしてシャルルは冬ニから離れる。
「………………」
「その、えぇーっと…」
「もう、心配してるのに…冬ニのえっち…」
「なぁ⁈」
「冤罪だよ!」っと慌てる冬ニ。
それからと言うものの、二人はベッドに座りシャルルはうつむき、冬ニはその姿を見ていた。
「その、何で男のフリなんかを?」
「それは、実家にそう言われたからなんだ。」
「シャルルの実家って言ったら、『デュノア社』だったよね?」
「そう。僕の父がそこの社長をしてて、その人からの命令だったんだ。」
「め、命令⁈何で⁈なんでそんな……」
「僕はね、冬ニ。愛人の子なんだよ。」
「え⁈」
絶句してしまった。『愛人の子』と言う言葉がわからない冬ニではない。
「二年前にお母さんが亡くなって、父の部下の人が迎えにきたんだ。それで色々検査してたら僕のIS適性が高いのが分かってね…非公式ではあるけどデュノア社のテストパイロットになったんだ。」
その後もシャルルは健気に過去の話を僕にしてくれた。僕はただただ黙って聞いている事しか出来なかった。
「父に会ったのは二回くらいかな。会話も少ない…多分一時間も話してないと思う。」
あはは、と愛想笑いをするシャルル。けど、何故か怒りが湧いてきてしまった。
「それから少し経って、デュノア社が経営危機に陥ったんだ。」
「経営危機⁈デュノア社って確かISの量産機のシェアが世界第三位じゃ⁉」
「そうだよ。でも、結局リヴァイブは第二世代型なんだよ。ISの開発には莫大のお金がかかる。デュノア社でも第三世代型の開発に取り掛かってたみたいだけど、なかなか形にならなかったみたいなんだ。このままだとデュノア社はIS開発の資金や援助を取り上げられ、開発許可も剥奪されるんだ。」
「でも、それで何でシャルルが男装するの?」
「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。そして、日本で現れた特異ケースと接触し、可能であれば使用機体と個人のデータの採取をする。」
「それってもしかして、」
「そう、僕は君たち兄弟のデータを盗めって言われてきたんだよ……あの人にね。」
あの人…実の父親を他人行儀な言い方をする。そして父親もまたシャルル自身の事をただの道具としか見ていないとだろう。
「とまあ、そんなところかな。でも、冬ニにはばれちゃったし、きっと僕は本国に戻されるだろうね。デュノア社も潰れるか他の傘下にはいるか、どの道このままじゃ終わりだと思う。」
「…………」
「ごめんね、冬ニ。こんな話聞いてくれて、その…ありがとう。そして、今まで騙しててごめんなさい。」
謝るシャルルの肩を僕はいつの間にか掴んでいた。
「それでいいのシャルル⁈いい訳ないでしょ!」
「ど、どうしたの冬ニ?」
「あっ!ご、ごめん…」
慌てて手を放す冬ニ。
「僕も一兄も千冬姉も、みんな親に捨てられたから…」
「えっ⁈」
「僕たちの事はいい!シャルルはどうするの?」
「どの道もう僕は用済みだよ…本国に帰って恐らく牢屋行きかな。」
この世の終わりの様に諦めた顔をするシャルル。僕にはそれが我慢出来なかった。
「……ざけるな…」
「冬ニ?」
「ふざけるな!!親だからって何でそんな‼……シャルルは何もしてないじゃないか!それが…それが親のやる事なのか!」
「冬ニ、落ち着いて!僕はいいんだよ、これで…」
「いいものか!このままじゃシャルルは牢屋行きなんだろ!」
「そう、でもこれは僕が受けるべき罰なんだと思うから……」
「だったらここにいればいい!」
「えっ?」
「IS学園特記事項第ニ一、本学園における生徒はその在学中においてあらゆる国家・組織・団体に帰属しない……つまり、この学園にいる間はシャルルは誰にも手だしできない。例えフランスでもね。」
「冬ニ……ふふっ、よく覚えてたね。特記事項って五十五個もあるのに。」
「こう見えて勤勉なんだよ…僕は。」
「ありがとう…冬ニ。僕を庇ってくれて…」
不意に見せたシャルルの笑顔に冬ニはドキッとしてしまった。
「これからもよろしくね…冬ニ。」
「大丈夫!シャルルの事は僕が守るから!」
「うん!」
その頃一夏は、
「ヘェ〜!エリスって料理うまいんだな!」
「う、うむ。いつか素敵な殿方に食べていただくために日夜頑張って習得しているのだ…」
「じゃあ、いただくよ。」
「うむ、どうぞ召し上がれ。」
「いただきます!」
そう言ってエリスの作った料理を食べてみる。エリスが作ってくれたのは、一口サイズのチーズカツ。ころもがサクサクで中のチーズが程よくとろけていて美味しい。
「あ、味はどうだ?」
「うん!うまいよ!とてもうまい!」
「そ、そうか‼良かった…」
俺の言葉に安堵するエリス。よほど心配だったのだろう。
「エリスはいいお嫁さんになるな。」
「……〜っ‼な、何を言っているのだ君は!」
ビシュッ‼
一夏の顔の前をチーズカツが刺さったフォークが通り過ぎる。
「うおっ!あぶねぇ!!何すんだよ⁉」
「君が変な事を言うからだ!!」
「だ、だからって…あ、あぶねぇ!」
「私の特技は刺突だ!」
「どんな特技だ!物騒過ぎだろ!」
そんなこんなでエリスの料理を食べ終わって、部屋に戻ろうとする。
「ごちそうさま。今度は俺がエリスに料理を振る舞うよ。」
「あぁ、その時はいただこう。」
「それじゃあまた明日な…」
「あぁ、また明日。」
一夏の背中を見送って、部屋に入る。そして、改めて自分のした事に顔を真っ赤にする。
「私の部屋に男の人など……」
(くぅ〜ダメだ恥ずかしい!)
信頼する仲間たちにも話した事もない義姉の事、そして、弱気になっていた自分の気持ち。その事を何故か一夏には話すことができた。最初は男など下等な生き物だと思っていた。一夏の戦いぶりを見るまでは…
(彼の剣はとても猛々しい物だった。とても強く、凛々しい。)
そう、エリスはあの事件の時の一夏の戦いぶりを見て、一夏の事が気になっていたのだ。その後も一夏の事を考えると、何故だか胸が高鳴る。
「私は彼にどう思われてるのだろうか…」
「ーー何がだ、エリス。」
ふいに、背後から凍える様な声が聞こえていた。
「……っ⁈」
いつの間にか、部屋の入口に彼女が立っていた。
輝くブロンドの髪。冷徹なアイスブルーの瞳。
「あ、義姉上……‼」
「何を腑抜けている。それでもファーレンガルト家の騎士か。」
IS学園もう一人の学園最強ーーヴェルサリア・イーヴァ・ファーレンガルトがそこにいた。
多分今回が一番長かったと思います。
感想待ってまーす。