機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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負けられない戦い

 

 

 

 

 

「コウキ! 勝負よ!」

 

忙しく駆け回る日々も一段落。

ようやく普通にゆっくり出来るようになってきた。

俺に与えられている仕事は今の所、機体の調整とAI管理。

気になっている三羽烏の返事は未だに保留だ。

あれからもう二週間以上は経っているのに・・・。

週一のペースで俺は木連に訪れているんだけど、前々回も前回も現状の確認だけ。

何の進展もないらしく、もちろん、返事らしい返事ももらっていないんだとさ。

そろそろまた木連に赴く日だから、今回こそは進展があって欲しい。

いや。もう結構な時間が経っている訳だしね。

そろそろさ・・・いい返事をもらいたいよ。

・・・でも、やっぱり悩んでいるんだろうな。

複雑な事情もあるし、信念や裏切りっていう感情面でも、そう簡単には割り切れない。

・・・でも、俺としてはなんとしても良い返事が欲しい。

彼らと協力して、俺は和平を結びたいのだ。

木連の将来を背負うと言われている三羽烏と。

 

「あん? 何だ? いきなり」

 

そんななんとも言えない状況で若干鬱になっている俺。

まぁ、気にしても仕方ないとは思うんだけど、

もしかしたら既に草壁にバレてるのではと思うと胃が・・・。

 

「・・・胃が痛いのに」

 

胃の痛みを堪え、項垂れながら廊下を歩く俺に突然の申し出。

・・・更に胃が痛くなったりして・・・。

 

「だから! 勝負しなさい!」

「だから、何のだって」

 

主語がないっての。

もう、何が何だか・・・。

 

「私がパイロット養成コースに参加してから既に一ヶ月」

 

あぁ。もうそんな時間が経っていたのか。

忙し過ぎて、時間の感覚が狂っていたみたいだ。

アザレアの為の二週間は殆ど缶詰状態だったし。

 

「最早、私は貴方を完全に超えたわ」

 

・・・俺の実力を見誤ってないか?

流石に一ヶ月足らずで追い抜かれる程、俺は甘くないぞ。

 

「それを証明してあげるわ。訓練サボり魔君」

 

ムフフと笑いながら告げられる明確な売り言葉。

それならば、俺は買い言葉で返さねばならんだろう。

 

「やってみろ。己惚れ女」

「ふふふ」

「ハハハ」

「やってやろうじゃない!」

「やってやらぁ!」

 

 

とまぁ、こうして決闘が始まった訳だが・・・。

 

「さぁさぁ、オッズは2:3。最近順調に腕を磨いているカエデちゃんの方が優勢だ」

「俺はカエデちゃんに賭けるぞ!」

「俺もだ!」

「俺も!」

 

・・・どうしてこうなった。というか、何故俺に賭ける人間がいないッ!

 

「・・・血の涙を流しているわ。コウキ君」

「・・・私はコウキさんを信じています」

「私もよ。・・・でも、そんなに大層な事じゃないと思うのよね」

 

始まりは突然だった。

どこから聞きつけたのかは知らないが、俺とカエデがシミュレーション室に辿り着くと、ウリバタケさんが一人含み笑いをしながら待っていたぞと言わんばかりに立っているではないか。

そして、困惑する俺達二人を強引にここ決闘場へと連れて来た。

というか、聞き付けてすぐにこんな舞台を用意できる貴方達は何者ですか!?

・・・この時ばかりは俺とカエデの間で散っていた火花は湿気た花火のようでした。

 

「まぁ、順当に行けばコウキだろうな」

「というか、コウキに助けられた場面って結構あったと思うんだけど?」

「・・・地味だもの」

 

グサッ。

・・・地味って言われたのは初めてじゃない?

イズミさん。容赦ないっすね。

 

「た、確かに地味かもしれませんが、縁の下の力持ちとして必要不可欠な存在です」

 

イ、イツキさん。フォローは嬉しいんだけどね。同時に攻撃しているからね。

 

「そんな事は分かっているよ。という訳で俺はコウキに賭けてくるか」

「あ、私も私も。最近たくさん消費しちゃって、助かったって感じ」

「なら、私は射撃を教えた教官として彼女に賭けようかしら」

「私は教官が負けるとは思えませんから」

「・・・しっかり賭けるんだ」

「はい。あれ? おかしいですか?」

 

染まっていますね。イツキさん。

というか、パイロットの皆さんは僕ばかりを。

・・・皆さん、ありがとうございます。

 

「クゥ~。熱いぜ! 幼い頃からのライバルが遂に決着をつけようってんだな」

 

いや。別に幼い頃からのライバルじゃないし。

実際、知り合ったのだって遂最近のような気がするぞ?

 

「ガイさん。ガイさん。どちらが勝つんですか?」

「とりあえずコウキに負けはねぇ。あいつは俺に正しい熱血を教えてくれた」

 

・・・そんな事もありましたね。あの時は俺も若かった。

 

「それなら、マエヤマさんに賭けましょう」

「いや、だからこそ、俺はカエデの奴に―――」

「ガイさん」

「ん?」

「今後、私達は色々な事でお金を使うんです」

「お、おぉ」

 

凄い気迫だ。

 

「結婚費用も貯めないといけない。新婚旅行だって家具だって」

「わ、分かっているよ。メグミ」

「それなら! きちんと勝てる方に賭けてください!」

「りょ、了解!」

「気合じゃご飯は食べられないんです!」

 

・・・俺は確信した。

ナデシコに亭主関白はない。

全てが全て、カカァ天下だ、絶対。

 

「随分と余裕そうね。コウキ」

「というか、俺に勝てると思い込んでいるお前が信じられないんだが?」

 

何でそんなにふてぶてしく笑ってられるのかな?

 

「一ヶ月間、毎日真面目に訓練してきた私と時々しか訓練しなかった貴方。どっちが勝つかなんて一目瞭然じゃない。私が負ける事は絶対にないわ」

 

まぁ、それは真実だから、認めよう。

でもな、カエデ。

 

「俺とて遊んでいた訳じゃないんだよ」

 

ケイゴさんから習った木連式柔や木連式剣術の型は毎日きちんとやっている。

IFSがイメージである以上、肉体的成長もパイロット技能向上の一つ。

それに、新型機のシミュレーションをやり、実地訓練をもこなしている俺だ。

断言しても良い。新型機を俺以上に理解している者は皆無であると。

 

「確かに実戦形式ならば始めは押されるかもしれない」

 

勘を取り戻すまでは。

 

「でも、慣れてくれさえすれば、俺は負けない」

「ふんっ。言ってなさい。すぐに教えてあげるんだから」

 

こいつ・・・マジで嘗めてやがるッ!

これは、ちょっと天狗の鼻をへし折ってやる必要があるな。

それがこいつの成長の為だ。間違いない。

 

「さぁ、両名、準備はよろしいですか?」

 

どうしてちゃっかり司会を受け入れちゃっているんですか? プロスさん。

本来なら戒める方の人間ですよね。

なんか無茶苦茶ノリノリなんですけど。

 

「いいですよ」

「いいわ」

 

まぁ、別に誰が司会であろうと関係ないけどね。

俺は俺の全力でこいつを叩き潰すまで。

 

「それでは、機体を選択してください」

 

まずは機体選びから。

相性の問題もあるから、慎重に決めた方が・・・。

 

「私はアドニス後方支援型」

 

・・・なんも考えてないだろ? お前。

 

「おっと、キリシマ選手は後方支援型。どう思われますか? 解説のウリバタケさん」

「噂によるとカエデちゃんは挌闘戦を捨て、射撃戦の腕ばかりを鍛えていたらしいな。作戦としては近付かせずに火力で圧倒するつもりだろう」

「なるほど。もう一人の解説、ゴートさんはどう思われますか?」

「ふむ。アドニスを含めエステバリス系統の機体は固定砲台ともなりうる。それはDFがあるからだな。多少の攻撃ならば弾き返してくれる。DFを張りつつ、更に弾幕を張れば、反撃の隙を与えずに勝てるかもしれん」

 

何故に解説がウリバタケさんとゴートさん?

ちなみに、噂って何ですか? ウリバタケさん。

それと、お久しぶりです。ゴートさん。

 

「それでは、マエヤマさん、貴方は如何しますか?」

 

後方支援型と相性が良いのは・・・。

あぁ、やめだ、やめだ。

何も考えずに後方支援型を選んだカエデに対し相性を考えるのは男として情けない。

ここは相手との相性など考えず、俺との相性で機体を決定しよう。

俺の適正が高い機体は後方支援型とリアル型・・・そして、試作型エクスバリスだ。

リアル型は使い易いけど、弾幕の前だとちょっと火力が弱い気がする。

後方支援型は絶対に嫌。相手と被る程、嫌な事はない。

確かに腕の差を見るのなら同じ機体の方が良いだろう。

でも、ヤダ。これは俺のちょっとしたこだわり。でも、譲る気はない。

結果。

 

「俺は試作型エクスバリスで」

 

武装はシンプル、でも、火力じゃ劣ってない。

まぁ、向こうは多面的、こっちは直線的でだけど。

 

「ほぉほお。試作型エクスバリスですか。ウリバタケさん。どう思いますか?」

「最近になってようやくナデシコ内でのみ公開された機体だな。後方支援型に対する相性は・・・正直言えば、良くはない。まぁ、悪くもないが」

「相性ではどちらも五分と見てよろしいでしょう。ゴートさんはどう思われますか?」

「後方支援型は武装も多く、多面的な攻撃を得意としている。それに対し、エクスバリスはどうしても直線的になってしまうからな。如何に後方支援型の弾幕を掻い潜り、隙を突けるかが勝負の分かれ目になってくるだろうな」

「なるほど。追い詰められようと隙を探り耐え続ければ勝機が見える訳ですな」

 

解説ありがとうございます。ゴートさん。

でも、その評価はちょっと頂けない。

掻い潜る? 隙を突く? どうして俺が押されている前提な訳?

なんかどいつもこいつも本気で俺が負けるとか思ってやがる。

確かに成長したカエデを知っている訳じゃない。

だから、油断もしないし、慢心もしない、全力でいく。

だけど、俺は俺でここまでの戦場を生き抜いてきたっていう自負がある。

言わば、ちっぽけだけど、俺の確かな誇りだ。

誇りを汚されて何も思わない程、俺は出来た人間じゃない。

・・・すまないが、プッツンしちまった。許せよ、カエデ。

 

「・・・いつでもどうぞ」

 

キレていちゃ周りが見えないって?

心は熱ければ熱いだけいい。

後はそれを支配する理性を最大限まで発揮させればな。

外もホット、中もホット。それでいいじゃないか。

 

「私もいいわ」

 

済ました顔で俺に続くカエデ。

その済ました顔、どうしてやろうか。

 

「それでは・・・始め!」

 

すまないが、手加減できそうにない。

唯の八つ当たりだが、笑顔で受け取ってくれ。

トラウマは残さないように気を付けるから。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「あらあら。あれは完全にプッツンしちゃった顔ね」

 

巨大モニターに映される二人の顔。

かたや無表情、かたや普段通りの表情。

別に戦闘前だから緊張しているって訳ではないでしょうね。

コウキ君は怒れば怒る程、表情がなくなって口数が少なくなっていくのだから。

まぁ、典型的な怒り方の一つよね。

でも、普段あまり爆発しない分、一度爆発したら中々止められないわ。

一応自制能力は優れているから、少し時間を置けば、元に戻っているけど。

しかし、爆発中に止めるのは非常に厳しい、というか、私でも無理。

ごめん。カエデちゃん。犠牲になって・・・。

 

「・・・コウキさん。頑張ってください」

 

周囲から聞こえてくるカエデちゃんコール。

コウキ君コールは隣にいる小さい妖精さんだけかしら?

まぁ、整備班の出席率がほぼ100%なだけあって、彼女を応援する声の方が多い事は分からなくもない。

整備班の連中は相変わらずだから。

でも、コウキ君はコウキ君なりに整備班と向き合ってきたんだから、

誰かしらコウキ君を応援してくれてもいいと思うのよね、仲間的な感覚で。

まぁ、それはコウキ君を落ち込ませただけ。

俺ってそんなに弱く映るのって。

だから、映像でも落ち込んでいた。

でも、流石にその後の展開でプッツンしちゃったらしい。

コウキ君とてナデシコパイロットとしての誇りがある。

口にはしないけど、たかが一ヶ月で追い付いたと思われるのは癪だろう。

アキト君との厳しすぎる訓練。

毎日行っている武術の型。

そして、教官という仕事までコウキ君はこなしたのだ。

誰も思ってないかもしれないけど、ナデシコ内でも上位のパイロットだと私は思う。

少なくとも、コウキ君が成し遂げた撤退戦は他の誰でも、アキト君ですら不可能だ。

コウキ君自身、そんなに自尊心は強い方ではないと思う。

でも、コウキ君もれっきとした男の子。多少なりともプライドというものがある。

格下だとは思ってないとは思うわ。

コウキ君はカエデちゃんの成長をちゃんと認めている。

でも、簡単に負けると思われる事を我慢できる程、コウキ君は大人じゃない。

知っているかしら? ナデシコのパイロットって成人している方が少ないのよ?

まぁ、簡単に言えば、子供達の見栄の張り合い。

大人としては煽るより、優しく見守ってあげるべきだと思うわ。

あ、もちろん、私も賭けているわよ、コウキ君に。

大人だって時には遊ぶ事は必要よ。ええ。もちろん。

 

「それでは・・・始め!」

 

始まると同時にモニターの映像が変わる。

それぞれのパイロットの映像をモニターの端に追いやり、

そのモニターに映し出されるのは上から見た図、横から見た図、そして、パイロットそれぞれから見えるであろう図がそれぞれ映し出されていた。

 

『アザレア。御手伝いよろしく』

『はい。マスター』

 

コウキ君のアザレア。

一番大人で、コウキ君大好きな可愛い子。

日常生活でも戦闘でも名実共にコウキ君のパートナー。

その献身ぶりと仲の良さにはセレセレが嫉妬する程。

戦闘的な補佐はあまり得意としていない分、情報解析でコウキ君を助ける。

 

『行くわよ。アザレア』

『分かっていますよ~。カエデちゃん』

 

対するカエデちゃんのアザレア。

あの何とものんびりとした口調が眠気を誘うのんびり屋さん。

でも、その時々見せる強い意思はなんともカエデちゃんらしい。

お転婆娘のカエデちゃんとは真逆ののんびり屋さん。

でも、相性は抜群。

いや、真逆だからこそ、なのかもしれないけど。

パイロット養成コースで殆ど毎日訓練をするカエデちゃん。

そのカエデちゃんに毎日付き合っているカエデちゃんのアザレア。

戦闘における様々な点でカエデちゃんを助けてくれる。

 

「どう戦うのかしらね」

 

両者が動き出すと同時に辺りのボルテージも否応なしに上がっていった。

ほどほどにね、コウキ君。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

フィールドは宇宙。

どちらにとっても有利でも不利でもない。

まぁ、どちらかというと地面がない分、避け易い俺が有利なのかもしれないな。

さてっと、相手は後方支援型。

その武装の豊富さはアドニス系統一。

身体のあちこちに備え付けられたマシンガン。

パカッと開けばミサイルを放ち、ダッと構えれば遠距離狙撃のスナイパーガン。

肩からレールキャノンを放ったと思ったら腕部からはラピットライフル。

弾に限りがないという条件なら、恐らく一機で何十機分もの活躍をしてくれる事だろう。

ま、実際は弾の限りもあるし、無駄弾ばかりではプロスさんの檄が飛ぶ。

その為、状況判断、視野の広さ、命中率という三つの観点が欠かせない。

さて、どれだけ成長したのやら、教えてもらおうか。

 

『発射!』

 

先制はカエデ。

早速と言わんばかりにミサイルを複数発射してきやがった。

 

「ひとまず逃げる」

 

敵に背を向けずに後ろ向きのまま後退。

下がりながらでも銃撃戦ぐらいは出来ますよ?

 

ダンッ! ダンッ!

 

世の中には相対速度というものがある。

自身から見て、対象物がどれくらいの速さで動いているかを示すものだ。

それなら、ミサイルと同じ速度で後ろに下がれば?

Gは凄まじいだろう。別にそれは構わない。慣れたから。

俺が言いたい事は一つ。

 

「止まって見えるってな」

 

ロックオン、シュート。

迫り来るミサイルを爆破させ、その余波で更に爆発を誘う。

 

「まだまだ続くってか?」

 

どうやら弾幕作戦は続くらしい。

まぁ、このまま後退していても面白くないので・・・。

 

「大きく旋回。接近しましょうか」

 

右手にディストーションブレード、左手にグラビティライフル。

後退を止め、大きく円を描くように接近を試みる。

当然追尾性のミサイルは俺を追うように迫ってくる。

 

ダンッ! タッ!

 

移動の方向性さえ決めておけば、後はそれ通りにブースターは機能する。

上体を逸らそうが、後ろに機体を振り向かせようが、進んでいく方向は変わらない。

向かってくるミサイルの数は異常以外の何ものでもない。

あれか? 短期決戦にでもしようって魂胆か?

でも、この程度の量のミサイルで俺を圧倒しようっていうのは甘い話だ。

数は異常。されど我が前には何の意味もなし。

俺を倒したければこの三倍は持ってきやがれってんだ。

 

『どうして当たらないのよ!』

 

そもそもこれだけで当たると思っているお前が信じられん。

俺はまだDFすら展開してないんだぞ。

 

「アザレア。ミサイル消費率は?」

『全体の15%です』

 

あれだけ撃って15%かよと思わずにいられないが、既に知っていた事でもある。

むしろ、15%も使って損傷なしでは割に合わないとすら思う。

そして、アザレア、君は本当に頼りになる。

流石の俺でも戦闘をしながらそこまで解析できない。

いや。本当にありがとう。アザレア。

 

「ちょっと度肝を抜かせてやろうか」

 

急停止。周囲に蔓延るミサイルを全破壊。

撃ちつつ切り裂く事なんて幾度となくやってきた。

ミサイルを破壊した事で周囲を爆煙が包む。

これこそが俺の狙い。

今ならたとえレーダーで場所を捉えていようと明確な場所までは分からない。

レーダーなど所詮大まかな位置を掴めるだけなのだ。

射撃は闇雲に撃つものではない。

それなりに射撃の事を学んだのなら、警戒しつつも、無闇に攻撃はしてこない筈。

ふっ。度肝を抜いてやろう。

重力場を展開。但し前方に。

そこに機体を密着させ、ブースターを最大出力で噴かす。

無論、重力場によって押さえられているから前には進めない。

だが、これでいい。

ブースターが最大出力になるまで数秒といっても時間は掛かる。

俺の狙いは一瞬で最大速度に持ち込んでの奇襲。

臨界点に達するまで・・・後少し・・・来たッ!

 

「行くぜ!」

 

動きを止めていたストッパーは既にない。

一瞬にして自身が出せる最大速度まで達し、爆煙の間を駆け抜ける!

 

『え?』

 

呆然としてしまうカエデ。

残念だったな。その数秒の隙が勝負を分けるんだよ。

 

「ハァァァァ!」

 

ディストーションブレードを振り上げ、断ち切る。

瞬間、ギリギリで思い至ったのか強引にDFを展開。

しかし、その程度で止められる程、この攻撃は甘くない。

単純に振り切るだけでDFを突破できるだけの力があるのだ。

それに加えて自身に出せる最大の速度付き。

その威力は最早唯の一振りじゃない。

 

『キャッ!』

 

だが、まだ終わらせてはやらん。

 

「これで一回。本当だったら死んでいたな」

 

今回俺がした事は機体の左腕を奪っただけ。

もちろん、機体を真っ二つにする事は出来た。

でも、それだけじゃこの戦いの意味はなくなる。

既に俺の中の怒りは収まっているし、八つ当たりは終わった。

これからは俺なりの指導だ、元教官としてしっかりシゴいてやるからな。

 

『・・・甘く見ていたわ。私の負けね』

「まだ戦えるだろ」

『え?』

「たかが左腕一本で諦めるな。それとも、その程度で諦めるのか?」

『・・・そうね。最後まで足掻かせてもらうわ』

 

ダンッ!

 

残った右腕でレールカノンを放ってくるカエデ。

狙いは正確。確かに急所を狙ってきている。

けど、これだけ離れてれば簡単に避けられる。

 

「狙うなら一発牽制してその後だ。避けた先を狙え」

 

今後、俺達が相手をするのはバッタではなく人が乗った機体。

バッタなどの単純動作ではなく、考え、行動してくる。

一発目は殆ど当たらないと見ていいだろう。

どれだけ命中精度が高い人間でも距離の壁は超えられないのだから。

だからこその牽制。だからこその複数射撃。

射撃の名人イズミさんの凄い所は必ず当たる命中網を作り上げてしまう事だ。

まるで相手がどう避けるか分かりきっているかのように避けたらすぐ眼の前には銃弾。

それを辛うじて避けたら、既に違う弾丸が命中していたなんて事はざらにある。

敵の思考を読み、針の穴を通すかのような正確な射撃で追い詰め破壊する。

それが銃撃戦のスペシャリストなのだろう。

残念ながら俺にそこまでの技量はない。

そして、それはカエデにも言える。

まぁ、銃撃戦のスペシャリストなんて本当に一握りしかいないだろうけど。

 

「接近戦が弱いと自覚しているのなら、お前も移動しろ。たとえ俺の機体より機動力が低くともしないよりはマシだ」

 

さっきからずっと止まりっぱなしのカエデ。

確かに物量射撃型程の弾幕を張れる機体なら動かずとも戦えるだろう。

だが、それではわざわざ機動兵器にした意味がない。

それだったら、多少遠くともナデシコから射撃した方が安全面からして何倍も良い。

何の為に人型にしているのか? 何の為の機動兵器なのか?

それは・・・。

 

「移動しながら撃て。照準を避けろ。足を止めるな。頭を使え」

 

その応用の広さにあるからだろうが。

 

「行くぞ!」

 

全力で物量射撃型の周囲を飛び回る。

アキトさんに比べればまだまだだけど、俺の出せる最大速度。

機体の最大値に近い速度で回り続けてやった。

 

「単調に回っているだけだろ? 当ててみろ」

『言われなくても!』

 

しかし当たらない。

それはそうだ。

ある程度の距離を置いている俺は肉眼で見ればハエのようなもの。

たとえ機体カメラでズームしようと実際の距離を変わらない。

そんなハエ並の小ささの奴がありえない程のスピードで飛び回っているのだ。

どんなスナイパーであろうと自身の力だけでは不可能だろう。

だが、アドニスなら可能だ。

機械補助として照準補正ソフトが組み込まれ、アザレアの補佐もある。

確かに精密射撃といえるがこの程度捉えられなければ射撃のスペシャリストにはなれない。

挌闘戦をする気がないのなら、これぐらいは簡単に捉えられるようにならなければ。

 

「・・・少しずつ誤差がなくなってきたな」

 

どうしても俺の過ぎた後を撃ってしまっていたカエデ。

でも、徐々に、本当に徐々にだが、機体に近付いて来ていた。

本体に当たるのも時間の問題だろう。

でも、その後の課題として二つ残されている。

一つはまだDFすら張っていないという事。

そして、もう一つは・・・。

 

「それなら、次だ」

 

緩急を付ける事。

 

ダンッ! ダンッ!

 

弾丸がかなり前を通る。

当然だ。急減速したのだから。

 

「同じ軌道を延々と回るだけでも捉えきれない。ましてや緩急を付ければ更に」

『クッ』

「実戦では軌道が不規則であり、更にこうして緩急も付けてくる。確かにお前の射撃の腕は良い。恐らく俺以上だ。だが、それは止まっているものに関してだけ。動いているものに対する射撃の腕なら俺の方が上だと断言できる」

 

俺はアキトさんに移動しながら撃つ術を教わった。

しかも、アキトさん仕込みのほぼ最大速度で動き回りながら、という嘘のような状況下の。

最初はもちろんダメダメだったが、こればかりは本当に経験だった。

何度も何度もトライしてようやく出来るようになったのだ。

通常の動いていないものに対しての射撃は自身の弾の軌道を思い浮かばればいいだけ。

だが、動きながらする射撃は随時移動している為、自身の軌道すら計算にいれて撃たなければならない。

ましてや、そこに敵機の移動まで加われば、自身の軌道、弾丸の軌道、そして、相手の軌道、その三つを常に考慮し、予測しながら撃たなければならない。

カエデは自身の弾の軌道を思い浮かべる能力には優れている。

これに関しては俺以上のセンスがあるだろう。

だが、その先があるかないかの違いが俺とカエデだ。

この模擬戦が終わったらビッシリ鍛えてやるとしよう。

なんか俺の教官魂に火が点いた。

 

「そして」

 

不規則な軌道、緩急を付けた機動。

ただ闇雲に動いているように見えるが、しっかりと計算されている。

その証拠に未だに攻撃は一度も受けていない。

DFを纏っていないのに、だ。

 

「以前お前が相手にしたケイゴさんの夜天ならばこれ以上の機動が出来る」

『ッ! ケイゴが!?』

「そうだ! ケイゴさんの手助けがしたいのなら、まず対等になれ。話はそれからだ」

 

ケイゴさんの手助けをしようと努力し続けるカエデ。

それなら、ケイゴさんの戦闘スタイルに近いものを見せてやろう。

その方が連携も取り易くなるし、ケイゴさん以下の高機動戦なら充分に対応できる。

まぁ、今は・・・。

 

「戦う事で身に付けろ!」

 

一緒に訓練するのも良いだろう。

連携を組んで、高機動戦に対応できるようになるのもいいだろう。

だが、まずは慣れろ。見て慣れろ。味わって慣れろ。感じて慣れろ

お前の相棒はこうやって戦うんだとな。

 

『一斉発射!』

 

肩、腕、胸、脚。

それらに存在する全ての武装が解き放たれる。

多面的な攻撃。襲い来る弾幕の嵐。

・・・だが、それがどうした?

驚異的なのは事実。喰らえば撃破されるのもまた事実。

でも、忘れてないか?

俺はまだ本気を出してないんだぜ。

 

「貯蔵エネルギーを全て推進力に変換」

 

貯められるエネルギーが多いという事は、移動し続けられる時間もまた長いという事。

爆発的な加速と長時間維持できる持続力も持ち合わせているのだ。

この機動力、伊達じゃない!

 

「最大出力」

 

数多のノズルから火が吹かれる。

これで直線スピードは先程とは比べられない程に。

さて、後は・・・。

 

「バンッ」

 

自身を弾丸のように放つ。

視界一面に広がろうと必ず抜け道の一つや二つはあるもの。

それを俺は解析、そして、突破する!

 

シュッ! シュッ!

 

機体の軌道はほぼ直線。

迫り来る弾丸は身を翻す事で回避。

舞うように機体を回転させ、不規則な軌道で接近した。

 

『ありえないでしょ!』

 

ありえるんだよ。何故ならIFSはイメージが全てだから。

 

「次は右腕を―――」

 

ダンッ!

 

「クッ!」

 

またもや容易に接近を許したカエデにお灸を据えてやろうと右腕を狙ったのだが・・・。

 

「間一髪・・・か」

 

突然放たれた機関銃。

撃たれる寸前に視界に動く何かを捉えたからこそギリギリ反応できた。

瞬間的に急減速を掛け、殆ど一瞬といえる時間で停止。

当然、その分のGは来るけど気にしている程の余裕はない。

内蔵が持っていかれそうになるのを我慢しつつ、DFを展開させた。

お陰で機体損傷は軽微、多少の掠り傷。

しかしながら、パイロットの損傷はかなりのもの。

急停止はちょっと無茶過ぎた。

避ければ良かったのかもしれないが、完全に油断していた為、回避は出来ず。

これは俺ももっと精進しなくちゃな。

うん、とりあえず自分の事は後にして、そんな事より・・・。

 

「どうしてテンパっていたのに反応できたんだ?」

 

これが謎。

IFSは本当にイメージこそが全て。

あれだけ慌てていた奴があんなにも冷静に照準を合わせて機関銃を放つなんて・・・。

 

『私じゃないわよ。機体が勝手に』

 

・・・なるほどね。

その成長は喜ぶべきだが、ちょっとタイミング的にはよろしくないかな。

 

「どうやら、お前のアザレアのお陰らしいな」

『え?』

「同じような展開で二度も接近されたから、お前のアザレアが学習し、自動迎撃を覚えたんだ」

 

経験値が貯まり、レベルが上がりました。

タラタラタッタッター。

射撃値が5アップ。

反応値が5アップ。

特技、自動迎撃を覚えました。

みたいなノリですか? アザレアさん。

 

「アザレアの親としては嬉しいが・・・厄介だな」

 

アザレアの特徴である自己進化。

このように戦闘中にでも自身で考え、成長していってくれる。

今回などアザレアの補佐がなければカエデは更に追い込まれていた訳で。

頼りになるなと思う反面、タイミングが悪いぞ、とも考えてしまう。

 

「後退」

 

焦る事なく冷静にこちらに狙いをつけてくる機関銃。

先程の内蔵へのダメージも考慮して、距離を取る事にした。

 

「・・・ふぅ・・・」

 

流石はウリバタケさん特性のシミュレーター。

こんなにも完璧にGを再現させなくてもいいのに。

 

『次はこっちの番ね』

 

あれれ? また調子付いた?

 

『これで最後にするわ! 全弾発射!』

「ウォッ!」

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! 

 

言葉通り、ミサイルを除く全ての弾が一斉に発射されていった。

でも、何故かその全てが当たらないコース。

・・・何が狙いだ?

 

『これで身動きは取れないわよね! 包囲して、撃破よ。いっけぇ!』

 

・・・やられたな。

機関銃、レールカノン、レールキャノンによる一斉発射で動きを封じる。

動かなければ当たらない。動けば当たる。

そんな状況だったら動こうとはしない。誰だって。

その心理を突き、身動きが取れない所に残ったミサイル全てを発射。

残された70%に近いミサイルを完全に使い切りやがった。

それじゃあ眼の前の一機に勝てても次に来た奴に負けるっての。

なんて正論を言う暇もなく、既に俺は完全に球状に包囲されていた。

離脱しようにも加速時間は圧倒的に足らず、この場で対処するしかない。

DFで受け流そうにも実弾には弱いし、これだけ一気に喰らえば流石に突破されちまうだろうな。

 

『私の勝ちね』

 

声から察するに勝利に酔っているんだろうな。

でもな、カエデ。まだ終わらんよ。

 

「二丁拳銃。俺の最大の特技」

 

それぞれ片手にグラビティライフルを構える。

これの利点は出力を機体ではなくアンテナからの重力波に依存しているから、機体がどれだけ出力を喰っていようとグラビティライフル自体の威力は変わらない事。

そして、勝手にチャージされていくから改めてチャージする必要もなく、弾数に限りがない事だ。

要するに・・・。

 

「何の遠慮もいらないって訳だ」

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

アザレアに補佐させつつ、距離が近い順に優先して破壊。

こんな状況、四方八方にバッタがいた戦闘の時より何倍もマシだ。

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

上、下、右、左。

足元に作り出した重力場に足を固定し、近付いてきたものから破壊していく。

俺に視界的な死角はない。

カメラから流れてくる映像をIFS経由で完全把握し、全ての方向を見ているからだ。

よって・・・俺に穴はない!

 

ダンッ! ダンッ ダンッ!

 

『う、嘘でしょ?』

 

迫り来る全てのミサイルを破壊。

既に後方支援型の武装は何も残っていない。

 

「覚悟はいいか? カエデ」

『え?』

「グラビティライフル連結。チャージ」

 

流石にツイングラビティライフルで勘弁してやる。

フルチャージショットはほら、トラウマになっちゃうからね。

 

「ツイングラビティライフル発射!」

 

連結し、倍以上の威力となった漆黒の光が機体を貫いた。

どれだけDFで守りを固めようと、これの直撃を受ければ大破は免れない。

受け止めず、避けるべきだったな。

ま、もし受け止めずに避ける事を選択し、避ける事に成功していたら、最後に完全完璧なフルチャージショットをお見舞いしていたけどね。

大人気ない? 男はいつまでも子供なんだよ、子供でいいんだよ。

ま、とにかく・・・。

 

『マエヤマ機損傷軽微。キリシマ機大破』

 

完全勝利って訳だ。

 

 

 

 

 

「汚された。コウキに汚された」

 

なんて酷い言い草。

 

「てめぇ金返せ!」

「カエデちゃんの綺麗な身体を返せ!」

 

そして、こちらもまたなんて酷い言い草。

賭けて負けたんだから、自業自得。

そもそも俺は汚してないっての。

 

「よくやった。これで今月も暮らせる」

「早速新しい部品を買いに行かねば」

 

うん。応援してくれた皆、ありがとう。

数少ない応援者。僕、貴方達の事は忘れません。

 

「お疲れ様。コウキ君」

「あ、ミナトさん」

「・・・流石コウキさんです」

「いやいや」

 

シミュレーターにいる俺に近付いてくるミナトさんとセレス嬢。

はい、とミナトさんから飲み物を渡されて、凄く助かった。

相変わらず気が利くなぁ。ミナトさん。

結構終わった後って喉が渇くんだよね。

 

「流石に経験の差は違う?」

「そうですね。流石にすぐには負けませんよ」

「ま、カエデちゃんの成長の為にも負けちゃ駄目だったのは確かね」

 

負けて見えるものもあるって事だろう。

とりあえず、カエデの動く的に当てる技量の低さには気付いた訳だし。

追尾型と機械補助があるから大丈夫と言えなくもないけど。

それでもマニュアルできちんと命中できるようにさせておいた方がいい。

 

「でも、ちょっと大人気なかったんじゃない?」

「アハハ。いや、つい熱くなっちゃって」

「もう。最後のなんてトラウマものよ。星の光みたいだったわ」

 

む。ちょっと反省。

 

「コウキ。貴方強かったのね」

 

カエデもシミュレーターから出てこちらに近付いてくる。

結構疲れているみたいだな。

 

「・・・どうぞ」

「あ。ありがとう」

 

セレス嬢から飲み物を渡され、喉を潤すカエデ。

・・・男らしい豪快な飲みっぷりだ。

こいつも喉が渇いていたみたいだな。

ま、そんな事は別にいいとして。

 

「見直したか?」

「ええ。正直」

 

それはそれで悲しいんだが。

どれだけ最初の評価が低かったんだよ、俺。

 

「俺の事、甘く見過ぎだっての」

「・・・ごめんなさい」

 

お。なんかいつもと違って素直。

 

「ま、お前に足りないのは経験だけだって分かった」

「そう?」

「ああ。経験積めばすぐに追いつくだろうよ」

 

実際、最後の最後でレールカノン一発でも残されていたらやばかった。

俺がミサイルに四苦八苦している時にダンッ! と一発お見舞いすればTHE END。

結果は反対になってかもしれない。

まぁ、その時はアザレアが教えてくれていたと思うけど。

 

「アザレアもお前の為にって成長したし」

 

あれは驚いた。

まさかAIが危険を察知して、パイロットに独断で防衛行動を取るとは。

お陰でカエデは助かった訳だが、うん、その成長が親として嬉しいよ。

 

「ちゃんと大切にしてあげろよ」

「分かっているわよ。大事なパートナーだもの」

「それならよろしい」

 

なんだかんだ言って面倒見は良い奴だから。

きっとこれからも仲良くやっていく事だろう。

 

「コウキ!」

「ん?」

「今回の負けは認めてあげるわ! でも、次はそうはいかないわよ」

 

ハハッ。それでこそカエデだ。

 

「やってみな。次も圧勝してやるから」

「今の内に吠えてなさい!」

 

そう言い残して去っていくカエデ。

次戦う時にどれだけ成長しているのか楽しみだな。

 

「ブーブーブー」

 

いつまで拗ねてれば気が済むんだよ! 駄目大人共!

 

「お疲れ様。コウキ君」

「・・・お疲れ様です。コウキさん」

 

・・・二人にそう言われるだけでささくれだった心が癒されるんだから不思議だよな。

ま、色々と面白いものも見られたし、今回の模擬戦も中々有意義だったな。うん。

 

 

 

 

 


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