機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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父という存在

 

 

 

 

 

「ケイゴ」

「少将」

 

それから数日の間、俺達は研究施設の対応に追われていた。

非合法の研究、そして、その多くの被害者。

タニヤマ少将にその情報を伝えた上で後始末の大半を任せた。

木連内で今の俺とケイゴさんには何の力もなく、少将にお任せするしかなかったのだ。

その中でも俺達ができるほんの一部。

・・・殺した者の弔いだ。

あの人達にとって死ぬ事が幸せだと己を偽って殺し続けた。

今でもその気持ちは変わってないし、後悔している訳でもない。

ただ、弔わせて欲しかったんだ、無性に。

それが俺にできる唯一の事だと思ったから。

 

「ようやく準備ができた。お前の言う通り、カグラ大将には監視が付いているようだ」

 

その後、この研究施設は俺個人の施設として使わせてもらっている。

というか、使わせてもらう予定であり、その準備に追われていた、という訳だ。

そもそもが秘密裏の施設、ケイゴさんから許可を得られれば充分だろう。

まずは物資の手配、これもタニヤマ少将に協力してもらっていたりする。

ホント、少将さまさまだ。

そして、施設の研究内容の整理、最後に、スポンサーの特定だ。

見たところ、かなり古くからこの施設は存在していたようで、現在の政府、軍内でも知らない者が多いかもしれないと感じた。

木連の闇、地球の闇と同様に自らが目にする事になるとは思ってもいなかったよ。

まぁいい。スポンサーの特定は地道にやっていこう。

これだけ巧妙に隠されていたら流石の俺でもすぐには分からない。

足跡一つ残してないんだから、相当秘密漏れを警戒しているのが分かる。

それに、木連について詳しくない俺では、正体を突き止めるにも限界があるだろう。

まずは木連の事を知る。それは地球も俺も変わらないという訳だ。

 

「・・・やはり」

 

なんにせよ、木連内における活動拠点を得たのは大きい。

秘密研究施設だから、一般人からの隔離もできているし。

少将とその側近には既に存在を知られてしまっているが、俺達の存在を知る者はできるだけ少なくするつもりなのだ。

あくまで俺達は秘密裏に動かなければならない。

その為にも知っている人間は少なければ少ないほどいい。

一般人から存在が露見したら、それこそ全てが無駄になってしまう。

だからこそ、世俗から隔離されたこの施設は非常に都合が良いのだ。

当分の間、俺とケイゴさん、どっちかというとケイゴさんの拠点として使われるだろう。

 

「だが、その目を掻い潜ってお前と会えるように手配できた」

「ホントですか!?」

 

防衛システム、自動迎撃システムも以前より充実させた。

この研究施設が誰かからハッキングされる事はまずないだろうし、仮に攻め込まれても全て追い返すだけの機能をもたせた。

ちゃっかりエステバリスも一機持ち込んでいるし。

というのも、一度司令とアキトさんに状況を伝える為に戻ったのだ。

その際に活動拠点を得た事を伝えたら、もっていけと。

エステバリス・リアル型をいただきました、はい。

重力波ユニットもあわせてもらって来ちゃったので、ホント過剰戦力ですが、まぁ許してくださいな。

 

「ありがとうございます!」

 

頭を下げるケイゴさん。

どうやら無事、取り次いでもらえたようだ。

それもそうか。親父さんの気持ちを考えれば、な。

 

「そろそろ定例会の日も近い。まずはきちんと大将に話を通す事だ」

 

なんとなく俺がここにいる意図を感付いているみたいだ。

まぁ、別に感付かれても困らないけど。

むしろ、意図を理解してもらって協力を得られた方がずっと嬉しい。

 

「はい。父にも全てを話します」

「うむ。明日、私の基地まで来て頂く」

「なんとお伝えしたのですか?」

「表向きは視察。伝言に『駒落ちせずに済んだ』と」

 

駒落ち。またもや将棋ですか。

ハンディキャップとしての意味を持つ駒落ち。

強力な駒を先に取り除く事から、意味合いとしては心強い者が戻ってきた。

もしくは失ったと思われた者が戻ってきた。

駒落ちした駒は完全にゲームから除外、要するに死と同じ。

伝言に含まれた意味は死んだと思われた心強い味方が戻ってきたって所かな。

まぁ、勘が鋭い人には充分に伝わる隠語だ。

むしろ、俺ですら理解したから勘が鋭くなくても分かってしまうかもしれない。

 

「視察の内容も明確にしておくべきでは?」

「ふむ。それはおいおい考えておく。なに、我が基地には自慢できるモノはたくさんある」

 

相変わらずな人だな、この人は。

 

「それならば、これを」

 

懐から何かのディスクを取り出すケイゴさん。

というか、それの存在、僕にも教えてくれませんでしたよね。

 

「それは何だ?」

「草壁派の新型兵器ですよ」

「何?」

 

怪訝な顔でケイゴさんを眺める少将。

 

「御存知ですか? 草壁派が新しいシリーズを開発した事を」

「あいつらの主要機体はジンシリーズだっただろう?」

「いえ。私も先日の襲撃で初めて気が付いたのですが・・・」

 

ディスクを差し出しながら告げる。

 

「福寿のデータ。恐らく盗まれました」

「なっ!?」

「その映像を保存しておきましたので、これを」

「うむ・・・。検討の必要があるな」

「はい。草壁派の機体の情報を得た。充分に訪問する理由になるかと」

 

突然の大将訪問にはそれらしい理由が必要になってくる。

その理由に草壁派の新型機を当てようって訳だな。

既に草壁派と神楽派が対立している事は周知の事実。

少なくとも、兵士達はその理由で納得する。

 

「分かった。使わせてもらう」

「はい」

 

それにしても、草壁派はかなりの期間、六連や夜天光を秘匿していたみたいだ。

俺が夜天光と六連に襲われた時期からかなり経っている。

それなのに少将という高い立場の者もその存在は知らなかった。

恐らく、神楽派に見られる可能性がある作戦は全てジンシリーズで起こっていたのだろう。

もしかしたら、六連と夜天光は完全に草壁子飼いの連中にしか与えてないのかもしれない。

まぁ、その辺りは俺が悩んだ所で真実は分からないのだけど・・・。

いや。六連は違うか。あれはナデシコが地球にいた時にも襲撃に使われていたし。

六連が対福寿で、夜天光は切り札って所だな。

俺を襲った時に夜天光が出てきたのは・・・確実に破壊する自信があったからだろう。

データを送れる距離でもなかったし、破壊しちゃえばバレる事はない。

まぁ、こうして俺は無事に生還してバレてしまっている訳だが。

ハッハッハ。流石、俺。・・・なんか虚しいな。コホン。

とりあえず、草壁がどこまで把握しているかを出来れば知りたいな。

既に六連の存在がバレていると見ている?

一応、カグラヅキは完全に破壊した訳だから、漏洩していないと見ているかも。

う~ん。やっぱり考えても意味ないか。真実が俺に分かる筈もないし。

 

「その映像はどこで?」

 

気になったから聞いてみる。

もしかして、カグラヅキを襲撃したのは六連や夜天光なのだろうか?

 

「カグラヅキ脱出の際にマリアが気を利かせてくれたようで」

 

・・・それじゃあ、ナデシコが襲撃された時って事か。

それにしても、機転利き過ぎだよ、マリアさん。

まさかあの一瞬でそんな判断をするなんて。

 

「それなら、その時に知ったんですか?」

「ええ。バッタやジンと共に出て来なければ草壁派と分からなかったでしょう」

 

要するに、ケイゴさんですらそれまで知らなかったという事。

それなら、六連すらも秘匿の対象だったって事か。

それなのに、六連を使用したのは何故だ?

単純に戦力の増加? いや、それだけじゃないだろ。

それだったらひたすらバッタやジンの数を揃えればいいだけだ。

まさか、夜天光の量産体制が整った?

もしくは、更に新しい機体の開発に成功した?

・・・どちらにしろ、良いニュースではないな。

杞憂に終わってくれればいいんだけど・・・。

 

「しかし、おかしな話です」

「何が、ですか?」

「初めて地球側の機体を捕縛した時の事です」

「初めて・・・それはジンと共に跳んだ奴ですか?」

「ええ。月軌道上でフレームのみ手に入れる事が出来ました」

 

あの時のパイロットは月臣さん。

という事は草壁派の人間だよな。

 

「草壁派は見向きもせずに廃棄したんです。その時、私達は福寿開発に行き詰っていて、その廃棄された機体を頂きました」

「見向きもせずに廃棄・・・ですか?」

「ええ。もしかしたら必要なデータを採取した後なのかもしれませんが・・・」

「それなら別に廃棄する理由はない・・・ですよね」

「はい」

 

あえて廃棄した?

いや。わざわざ対立している陣営に力を与える必要はない。

・・・全く方向性が違うから?

確かにエステバリスと六連、夜天光では方向性が違う。

既に六連と夜天光の情報をカグラヅキから盗んでいれば、廃棄しても問題ない。

だけど、わざわざ廃棄する必要もないだろう。

 

「あえて廃棄するメリット・・・か」

 

デメリットの面が強過ぎて思い浮かばない。

 

「メリット・・・ですか」

 

ケイゴさんも考え込む。

 

「新型機を秘匿していたのなら、それを秘匿し続ける為じゃないのか?」

「少将?」

 

それはどういう意味ですか?

 

「行き詰った人間は何をするか分からない。草壁派の施設に潜り込むという強硬策に出るかも知れん」

「確かに」

 

行き詰まりを解消する為ならそれぐらいはする。

たとえヒントがあるか分からずとも、そこに可能性があるのなら。

 

「慎重派で裏工作好きの草壁の事だ。少しの露見でさえも防ぐ為に、そんな手を打ってきてもおかしくない」

「目先の利に喰い付かせ、本当に隠したいものから注意を逸らした・・・」

「ま、見事にやられちまったって訳だな、私達は」

「それに、実際に廃棄したという事実から、草壁派が小型人型機に関心がないと神楽派を欺ける」

「鋭いな。恐らく、そんな意図もあったのだろう」

 

興味・関心がないと思わせておいて神楽派よりも強力な人型機を開発する。

・・・なるほど。厭らしくて良い手だと思う。

人間は競争心が作業効率に大きく関係する。

たとえば、競争相手に負けたくないと思えば、競争相手以上の成果を得るまで納得出来ずに努力し続けるだろう。

相手以上の成果、これは相手を基準にする事で自身の努力の程を決めているからだ。

だが、競争相手がいなければ・・・どうなる?

恐らく、焦りは生まれず、明確な目標も生まれないだろう。

もちろん、計画上の期限はあるだろうが、間に合えば良いと思わせるだけだ。

確実に、期待以上のものは生まれてこない。

惰性的に計画を進めて、予定通りの性能で納得してしまうからだ。

焦りは時として人を努力させる理由になり得る。

これでは敵わない、そう思うから更に上を目指すのだ。

競争相手がいる、だからこそ期待以上の性能が得られるのだ。

だが、今回、神楽派には競争相手がいない。

焦りは生まれず、予定の性能で満足してしまう。

計画より早く完成する事もなく、計画通りの性能でしかない。

反して、草壁派は神楽派が新型機を開発していると知っている。

その上で新型機を開発しようとしているのだ。

草壁派の連中はこう思うだろう。

神楽派を上回る機体を作り上げよう。

その結果、予定以上に早く、予定以上に高い性能の機体が出来上がる。

人の負けたくないという気持ちを活かした見事な策って訳だ。

こりゃあ、機体性能では草壁派の方が優れていると見た方がいいだろうな。

 

「さて、そろそろ俺は業務に戻る」

「すいません。わざわざ」

「なに。これは必要な事だ。無駄な事に労力は使わんよ」

「そうですか」

 

あまりの言い方に苦笑するケイゴさん。

 

「色々と収穫はあった。後は明日だ」

「はい」

「まぁ、あまり肩肘張らずにいつも通りのお前でいろ。それで大丈夫だ」

「了解」

「それじゃあな。明日ここに迎えを寄越す。お前達はそれに従ってこちらまで来てくれ」

「分かりました」

 

手をあげながら去っていく少将。

 

「変な人ですね。でも、良い人だ」

「ええ。私が尊敬する軍人の一人ですよ」

 

微笑むケイゴさん。

本当に貴方は恵まれていますよ。

ま、俺も恵まれていますけどね、主に家族に。

 

 

 

 

 

「・・・スゥ・・・」

 

息を吸い・・・。

 

「・・・ハァ・・・」

 

息を吐く・・・。

所謂、深呼吸って奴だな。

 

「緊張しているんですか?」

「ええ。それなりに」

 

応接室、強張った顔付きで前を見詰めるケイゴさん。

あと少しでケイゴさんの父親、神楽大将がここに到着するのだ。

緊張するのも仕方ないだろう。

既に基地に到着したと知らせが入っている。

 

「ケイゴさん」

「はい」

「緊張する必要はありませんよ。相手は父親じゃないですか」

 

父親・・・か。

もう何年も会ってない存在。

そして、これからも二度と会えない存在。

・・・今更だけど、なんか寂しくなってきたな。

 

「コウキさんの父はどんな方なのですか?」

 

俺の父親?

 

「そうですね。逆らえない存在でした」

「ハハハ。それならば私も同じ・・・でした?」

 

共感しあっちゃいました。

 

「何なんでしょうね。あの逆らえないオーラは」

「・・・ええ。体格的に負けている訳ではないのですが、どうしても」

「ガキの頃から刷り込まれているんですよ、きっと」

「・・・そうかもしれません」

 

本当に、殴られた訳でもないのに、どうして逆らえなかったのかな?

 

「別段優しい訳でもない。立場がある訳でも名誉がある訳でも」

「・・・・・・」

「でも、不思議と尊敬していました。偶に理不尽でしたけどね」

 

あの後ろ姿に幼い俺は何を思ったんだろう?

何を思い、何を考え、俺は親父を尊敬したのだろうか?

・・・いや。違うか。

何も思わず、何も考えず、無意識に尊敬しちゃうのが親父って存在なんだ。

 

「・・・コウキさんの父はどんな職業を?」

「職業? アハハ。なんでもいいじゃないですか」

 

唯のサラリーマンでしたよ。

少なくても、ケイゴさんの父親のように立派な役職の人間ではないです。

 

「ちょっと柔道をかじっていただけの普通の人間です」

「・・・普通ですか」

「ええ。本当に普通で、どこにでもいるような・・・」

 

今、何しているんだろうな? 親父は。

元気にやっているかな? お袋は。

楽しいキャンパスライフを送っているか? 兄貴よ。

変な男に捕まってないよな? 妹よ。

長生きしてくれよ。爺ちゃん。婆ちゃん。

従兄弟にだって、叔父や叔母にだって、今すぐにでも会いたい家族なんていくらでもいる。

でも・・・もう会えないんだ。

 

「大切にしてあげてくださいね、家族を」

「・・・コウキさん」

「俺はもう親孝行できませんから」

 

孝行の、したい時分に、親はなし・・・か。

結局、親孝行の一つも出来ずに永遠の別れになっちまったな。

別に親が死んだ訳じゃないけど、なんとなく同じ気分。

 

「ええ。大切にします」

 

ありがとう。ケイゴさん。

 

「・・・・・・」

 

・・・なにやってんだろうな、俺。

こんな状況なのに・・・。

家族の事を考えるなんて・・・。

不意に涙が込み上げてきた。

 

「みっともないな、俺」

 

恵まれた家族がお前にはいるだろ。

ミナトさんやセレス嬢。

今の家族を大切にしてやればいい。

 

「おし!」

 

涙を拭き、顔をバシバシと叩く。

 

「ふぅ・・・」

 

感傷に浸るのはもうやめだ。

この世界に生きると決めた日に決別した筈。

いつまでも甘ったれてるんじゃねぇ!

 

「すいません。なんか暗くしちゃって」

「いえ。・・・そろそろ来ますよ」

 

触れないでくれてありがとう。ケイゴさん。

相変わらず優しい人だ。

 

シュインッ。

 

「・・・ケイ・・・ゴ」

 

入ると同時に驚愕で顔を染める威厳ある軍人。

 

「ただいま戻りました。父上」

 

そんな軍人にケイゴさんが敬礼を行う。

 

「・・・ケイゴ・・・なのか」

「はい。父上」

 

感動の対面。

息子を失い、悲しみに包まれた父。

ずっと辛く、苦しかった事だろう。

でも、その息子は生きていた。

父親にとってこれ以上の喜びはない。

 

「・・・よく帰った」

「・・・ハッ」

 

威厳のある精悍な顔から涙を溢し、息子の帰還を心の底から喜ぶ父親。

涙を溢しながら、情けない顔になるまいと表情を必死に保ち、父の愛に触れる息子。

その姿はまるで神聖な絵画のようで・・・。

・・・やっぱり、親子って良いな。

改めて、そう思わせる心の琴線に触れる光景だった。

 

 

 

 

 


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