機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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陰謀

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

チューリップ内の不思議空間を進む。

その間、クルーはひたすら無言。

それも当然であろう。

この先が罠である可能性は非常に高い。

心を落ち着かせていろという方が無理だ。

 

「・・・出口が・・・」

 

光の終着点。

不思議空間とは色も形も違う光り輝く空間が見える。

 

「・・・出ます」

 

ゴクリッ。

 

誰かが、いや、誰もが唾を飲み込み、緊張に身を固める。

視界は光に包まれて、眼の前を見せてくれない。

光が止む時、視界に映るのは一体何なのか・・・。

・・・まるで予想が付かなかった。

いや、罠か真実か。その二択だけしかなかったな。

・・・覚悟を決めよう。

 

「・・・え?」

 

だが、眼の前の現実は全ての者の予想を裏切った。

 

「・・・何も・・・ない?」

 

ポツリと誰かが呟く。

そう、何もかも、姿形がないのだ。

艦隊も、木星も、地球も火星も、その全てが視界には映らない。

 

「・・・どういう事だ?」

 

意味が分からない。

罠なのか? それとも真なのか?

それすらもまるで分からなかった。

 

「・・・状況を確認します。コウキさん。今現在の場所は?」

「すぐに調べます」

 

ルリ嬢やラピス嬢のように手際良くはできないけど・・・。

 

「・・・ここは・・・」

「ここは?」

「地球近海です。といっても、かなり距離は離れていますが・・・」

「地球の近く?」

 

地球側に近い地球と木星の一直線上。

それはあたかも地球側から来る何かを迎えるかのようで・・・。

 

「レーダーに反応」

 

レーダー反応?

 

「セレスちゃん。その反応、何か分かる?」

「・・・データ照合。カグラヅキです」

「カグラヅキ。やった。嘘じゃなかったんだ」

 

レーダーに映ってきた。

それは少しずつこちらに近付いてきているという事。

よかった。合流できそうだ。でも・・・。

 

「良かった。罠じゃないみたいですよ、艦長」

「はい! これで和平も円滑に・・・」

 

なんか様子が変じゃないか?

 

「なんかフラフラしてない」

 

はい。そうなんですよ。ミナトさん。

 

「セレスちゃん。拡大できる?」

「・・・はい」

 

モニタにカグラヅキを映し、その姿を拡大してもらう。

 

「・・・ボロボロ?」

 

どうしてカグラヅキがあんなにもボロボロなんだ?

ここに来るまでに草壁派から襲撃があったのか?

 

「と、とにかく、通信を」

「はい。通信を開いてください」

「了解」

 

近付いてきたカグラヅキは既に自身の眼だけで見られる程の距離に。

やっぱりボロボロだったけど、ケイゴさん達と会えた喜びであまり気にならなかった。

とにかく、一刻も早く、ケイゴさんと話したかった。カエデの件も含めて。

 

「通信開けました」

 

メグミさんの言葉と共にモニタにケイゴさんの姿が映し出される。

以前、バッタで送られてきたデータと同じ人物が映った事でナデシコは歓声に沸く。

それはそうだ。俺達の目指す和平に一歩近付けたのだから。

 

『・・・・・・』

 

無言のケイゴさん。

相変わらずクールだな。

・・・でも、ケイゴさんの様子もなんか変な気がする。

なんというか、怒っているというか、嘆いているというか・・・。

・・・俺の勘違いならいいけど・・・。

 

「此度の件では無事に合流できまして嬉しい限りです」

『・・・無事に?』

 

代表として艦長が話しかける。

しかし、無事という言葉にケイゴさんは過剰に反応した。

 

「はい。しかし、その損傷は一体どうし―――」

『ふざけた真似をしてよくも私達の前に姿を現せましたね!』

「え?」

『コウキさん! これは一体どういう事ですか?』

 

どういう事?

 

「どういう事ってどういう意味ですか?」

 

そもそもどうしてそんなにも青筋を浮かべている?

まるで逆鱗に触れてしまったかのように激怒しているケイゴさん。

・・・全く意味が分からない。

 

『誤魔化さないで下さい!』

 

一喝。

 

『合流地点には予定通りの時間に現れず、あまつさえ、待ち伏せしていた連合軍の艦隊で私達を襲った』

 

合流地点? 時間?

連合軍から襲撃された?

・・・よく分からないけど、一つだけ分かった事がある。

それは・・・。

 

「それは誤解だ! ケイゴさん!」

『誤解などと誤魔化さないで頂きたい。この件を知るは私達とコウキさん、貴方達しかいない筈。この件に関してのお返事もきちんとナデシコから頂きました!』

「だから、俺達は約束通りの時間、場所に・・・」

 

言われた通りの場所に、言われた時間に到着した筈。

・・・俺達はどこで何を間違えたんだ?

 

『コウキさん達から返事をもらった後、私達から再度バッタが送られてきた筈です』

 

・・・そんなものは届いていない。

バッタを捕獲した次の戦闘なら・・・。

そうか! カエデがミサイルをぶちまけた時に破壊してしまったんだ。

・・・それなら、落ち度は俺にあるな。

 

『その時も最初と同じようにデータが消されたバッタを我らのもとに送ってくれたではないですか!』

 

そんなものを送った覚えはない!

ケイゴさん! ちょっと待ってくれ!

 

『貴方達が連合軍にこの事をリークしたに違いない。お陰様でこうして満身創痍で命からがら逃げてきました。貴方達地球軍の襲撃から』

「だから、それは誤解です!」

『誤解などと―――』

「話を聞いてくれ! ケイゴさん」

『コウキさん。貴方の意思は嘘だったのですか!?』

「嘘じゃない! だから、俺達の話を―――」

『聞く必要はありません。このような状況下で裏切られた相手をどうして信じられると言うのです!?』

「ケイゴさん!」

『多くの同胞が先だっての戦で亡くなりました。この無念、晴らさずにはいられません!」

「だから、それは―――」

『各員、戦闘配備。目標はナデシコだ!』

「ケイゴさん!」

 

・・・駄目だ。聞く耳を持っていない。

 

「・・・艦長」

「・・・・・・」

 

・・・本当にすいません。

見解の相違とか、そんな事を言っていられない。

向こうは完全にこちらを墜とすつもりで・・・。

 

「各員、戦闘配備!」

「・・・いいのかよ? 艦長」

「ナデシコを落とされる訳にはいきません」

「でも・・・」

「・・・御願いします」

「・・・おう」

 

格納庫へ向かうパイロット達。

・・・どうしてだ?

どうして俺達が争わなくちゃいけないんだ?

ケイゴさん。

・・・教えてくれ。

俺は、俺達は・・・どうすればいいんですか?

 

「コウキ!」

「・・・カエデ」

「私がケイゴを説得する!」

「無理だ。完全に聞く耳を持っていない」

「それでも! ケイゴを止められるのはきっと私だけ」

「危険だ。ケイゴさんはもちろん、相手は皆、腕が良い。しかも乗っている機体は全員が新型機だし、ケイゴさんの機体は特別機。到底、今のお前では太刀打ちできな―――」

「出来る、出来ないじゃない! やるの!」

「・・・カエデ」

「艦長! 出撃の許可を!」

「・・・・・・」

「先日のような暴走はしないわ! 絶対に、私が止めてみせる!」

「・・・分かりました」

「艦長!」

「パイロットの皆さんは彼女が敵方と話せるような状況を作って下さい」

『『『『『『了解!』』』』』』

 

艦長・・・皆まで・・・。

 

「私達は向こうとの争いを望みません。どうにかして、もう一度話し合いの場に立たせたい。だから、皆さん、私に、ナデシコに協力してください」

「「「「「了解」」」」」

 

・・・俺は・・・。

 

「コウキ君。しっかりして!」

「・・・ミナトさん」

「どうにかして誤解を解く。その為にも、この無意味な戦闘を終わらせるべき。でしょ?」

「・・・はい」

「カエデちゃんも辛い中、頑張っているわ。それなのに貴方はそのままなの?」

 

・・・そうだよな。

 

「きちんと教えてあげなさい。貴方が友を裏切るような人間じゃないって」

 

そう、きちんと誤解を解くんだ。

そうしなければ何も始まらない。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

「コウキ君」

「ええ。教えてあげます」

 

俺の意思は、和平への想いは本物だって。

 

 

 

 

 

SIDE KAEDE

 

「・・・ケイゴ」

 

久しぶりの再会なのにもう散々。

でも、早速、パイロットとして訓練した意味が出てきた。

私が戦場に出られなければきっとケイゴを止められなかった。

ううん。止められるかどうかはこれからの私次第。

 

『あの黒いのがケイゴさんだ。カエデ』

「ええ。分かったわ。ありがとう。コウキ」

『お礼は止めてから言ってくれ』

「ま、それもそうね」

 

絶対止めるって啖呵きったんだもの。

今更無理なんて・・・言えないわよね。

 

「行くわよぉ!」

 

パイロットとしての腕前が皆より低い事は重々承知している。

格闘戦? 取っ組み合いの喧嘩ぐらいしか経験ないわよ。

銃撃戦? 拳銃なんて今までに握った事すらないわよ。

でも、だから何?

気持ちじゃ負けてない。

あの馬鹿なケイゴの目を覚ましてやるんだって気持ちは誰にも負けてない。

それに、皆が私とケイゴの間に誰も入れないようにしてくれる。

皆の思いに応える為にも・・・絶対に止めてみせる!

 

「そこ!」

 

稚拙な射撃。

牽制にもならず、ケイゴの乗った黒い機体は猛スピードで抜けていく。

まったく。男なら女の放った弾に当たるぐらいの甲斐性見せなさいよ!

 

「クッ。早い」

 

どうしても捉えられない。

パイロットになると決めて何をしていいか分からない私はひたすら銃を撃ち続けた。

銃ならなんて甘く見ていた訳じゃないけど、格闘戦よりは何倍もマシ。

そう思って、必死になって鍛えたつもり。

それなりに自信あったんだけど・・・やっぱり、厳しいか。

それなら!

 

「ケイゴ!」

 

向かってくるケイゴに向けて両手を広げる。

止まって、そう強く念じながら。

 

ピタッ。

 

・・・止まってくれた。

 

『貴様、何の真似・・・カエデ?』

「見れば分かるでしょ?」

『どうして貴方がここにいるんですか?』

「そんなの決まっているじゃない。貴方を止める為よ」

『そうですか。貴方も私達を裏切ろうと―――』

「だから、勘違いだって言っているでしょ!」

『私達は多くの同輩を失いました。その仇は返さなければなりません』

「ケイゴ。貴方はコウキが信じられないの!?」

『・・・それは・・・』

「私は貴方に会いに来た」

『・・・カエデ』

「それはコウキが貴方は生きているといったから・・・教えてくれたから」

『コウキさんが・・・』

「私はコウキを信じている」

『それは・・・妬けますね』

「でも、それ以上に、貴方を信じたい。貴方を信じさせて欲しい」

『・・・・・・』

「もう一度聞くわ。貴方はコウキが信じられないの?」

『・・・参りました。貴方にそう言われたら引くしかない』

「それなら・・・」

『ええ。各員、戦闘は終了だ。すぐに帰艦し―――』

 

・・・・・・え? 嘘でしょ?

そんな事って・・・。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

カエデが懸命にケイゴさんを追っていた。

彼を失って得た本物の恋心。

こんな事を言っている余裕がないのは分かっているけど・・・。

 

「頑張れ。カエデ。きちんと想いを伝えろよ」

 

幸せになって欲しい。

幸せにして欲しい。

そう強く思う。

 

「・・・おいおい。生きた心地がしないぞ」

 

いくら話を聞かないからってそれはないだろ。

心臓が止まるかと思ったぞ、カエデ

でも、よく止めてくれた。

きっと、冷静になればケイゴさんも分かってくれる筈―――。

 

・・・え?

 

漆黒の空を駆る一筋の黒い光。

・・・グラビティブラスト。

それがナデシコの後方から放たれ・・・カグラヅキを貫いた。

 

『マリア! クソッ! 急ぎ脱出せよ!』

 

ギリギリ、本当にギリギリ一隻だけ脱出挺がカグラヅキから飛び出した。

同時に、カグラヅキが燃え墜ち、戦場の華と消える。

 

『今の攻撃は・・・ナデシコじゃない?』

 

・・・ナデシコの後方から?

後ろにあるのはチューリップだけの筈。

・・・ッ! まさか!

 

『ナデシコの諸君。ご苦労だった』

 

モニタに映ったのは先ほど別れた筈の鈴木という木連軍人。

・・・どうして彼が?

チューリップを通ってきたのは分かる。

でも、そんな余裕が彼らにある筈が・・・。

 

『お前は・・・』

「ケイゴさん!」

「ケイゴ!」

 

ナデシコのモニタ越しに会話する木連軍人両名。

 

「艦長。今の内にあの脱出艇を保護しましょう」

「はい。御願いします。ミナトさん」

「了解」

 

木連軍人同士の会話は続く。

どうみても、敵同士の会話だった。

 

『カグラ大佐。貴方には栄光の為の礎となって頂く』

『どうしてお前がここにいる!?』

『彼らをここまでお送りしたまでです』

『何故、草壁派のお前がそこにいるんだと聞いている!』

 

草壁派!?

彼は草壁派の人間なのか!?

 

『まったくもって馬鹿ばかりで助かりました』

 

馬鹿ばかり?

 

『貴方達がバッタで連絡のやり取りをしている事は分かっていました。それならば利用してやればよいと閣下は仰せになられましてね』

『利用!? 利用と言ったか!?』

『ええ。本当に愚かだ。データのすり替えに気付かないとは?』

 

データのすり替えだって?

 

「馬鹿な。確かにあの映像はケイゴさんの」

『映像はそうでしょうね。私達がすり替えたのは付属データの方ですから』

『あのロックが破られたというのか!?』

『簡単でしたよ。私達には優秀な研究者がいますからね』

『まさか・・・』

『ええ。貴方達が送ったデータから合流場所を突き止め、その場所を敵方にリーク。その後、日時、場所を改竄したデータを送る事で合流を防ぎ、かつ、こうして罠に嵌めた』

『クッ。むざむざ騙されたというのか』

 

表情を歪ませるケイゴさん。

 

「回収したわよ」

「メグミちゃん。保護した方々にブリッジに来て欲しいと伝えて」

「了解しました」

「ジュン君。迎えにいってあげて」

「分かったよ。ユリカ」

 

・・・脱出艇は無事に保護できた。

でも、あの大きさじゃクルー全員とはいかない。

むしろ、数人救えれば良い方。

・・・悔しい。こんな大きな被害を、無意味に出してしまうなんて。

 

『しかし、何故お前達がその情報を知り得た。私達は秘密裏に事を運んだ筈』

『秘密裏? 笑わせてくれますね』

『なんだと?』

『貴方達が送ったバッタですが、全て私達の所に来るよう細工が施してあったんですよ』

『・・・そんな・・・』

「なんだって?」

 

そんな事が可能なのか?

バッタ全てに細工をするだなんて事が。

 

『正確には、バッタではなく、次元跳躍門にですけどね』

『なッ!?』

『今の我々はチューリップ全てを支配下に置いています』

 

その言葉と共にモニタに現れる映像。

その映像には、いくつものチューリップの残骸が映し出されていた。

・・・ケイゴさんと約束したマークが描かれたものが、いくつも。

 

『貴方達が送り出したバッタは私達経由でナデシコ、ひいては地球に送り出されていた訳です。情報提供を感謝しますよ、カグラ大佐』

『クッ』

 

表情を歪ませるケイゴさん。

あの皮肉な物言い・・・愉悦な笑み・・・どこまでも憎々しい奴だ。

 

「だが、悔しいが・・・やられた」

 

チューリップは全て草壁派の支配下。

・・・それじゃあ、チューリップを使った連絡交換なんて・・・夢のまた夢だ。

これでは地球の和平派と木連の和平派は連絡のとりようがない。

 

「でも、それ以上に・・・」

 

どのようにして、草壁派はチューリップ全てを支配下に置いたのかという事こそが重要。

使う前に行き先を設定して跳ぶ。それがチューリップの使い方だった筈だ。

それを、設定された行き先を無視して任意に出口を設定し跳ばせる事ができる。

たとえチューリップ間のみに限定された跳躍だとしても・・・行き先を完全に掌握できるなんて、それじゃあまるで・・・。

 

「ボソンジャンプじゃないか」

 

もしかして、奴らは遂に・・・。

 

「手に入れたのか、あれを」

 

絶望で身体が震えた。

外れて欲しい。

外れて欲しいが、もし俺の予想が当たっていたとしたら・・・最悪の事態だ。

 

『それに、私達の欲しいものも手に入りましたし』

「欲しいもの?」

 

欲しいものって一体何なんだよ?

これ以上何があるというんだ?

 

『私達が欲しかったのはナデシコとカグラヅキが戦闘したという事実、そして、ナデシコがカグラヅキを撃墜したという事実。その二つの事実ですよ』

「そんな! 私達はカグラヅキを攻撃なんて―――」

『ふふっ。どうしてわざわざ貴方達を避けるように後ろから撃ったとお思いか? 細工次第でナデシコから放たれたGBによってカグラヅキが沈んだように見えるでしょう?』

「そんな細工に騙される訳がない!」

『見せるのは専門家ではないのですよ。木連国民、そう無知で騙されやすい木連国民です』

「何?」

『そんな事をして何になる? 今は戦時。そんなものを見せた所で―――』

『もう一つの工作を教えてあげましょう』

 

モニタの映像が変わる。

・・・これは・・・司令の演説映像?

 

「お父様?」

 

・・・どうして演説映像を?

 

『我々は和平を結びたい』

『ワアァァァァァァ!』

『その為にも国民の皆さんの協力が必要になる。我々地球人の罪をしっかりと認め、木連人の事を認めてあげて欲しい。そして、被害を被った火星を再生し、平和を成し遂げたい』

『賛成だ!』

『これ以上、戦争なんて嫌!』

『早く戦争を終わらせてくれ!』

 

国民は誰もが和平を認めてくれている。

これなら、きっと和平を結べる筈だ。

 

『その為にも、まず私達は木連と―――』

 

シュインッ。

 

「・・・あの?」

 

ブリッジの扉が開く音が聞こえたので振り向く。

 

「貴方はマリアさん?」

「教官様。お久しぶりです」

「はい。お久しぶりです」

 

丁寧に頭を下げてくるメイドの御姉様。

なんか和むなぁ・・・。

じゃなくて、そんな悠長にしている余裕はないっての!

 

「無事に脱出できたようで嬉しく思います」

「・・・はい。あの、どうして私達をここに?」

「誤解を解こうと思いまして」

「艦長」

「しかし、今は少しお待ち下さい」

「・・・はい」

 

演説のモニタに視線を移す。

 

『ここで宣言する。我々は必ず和平を結ぶと』

『オォォォォッォ!』

『国民の皆さん、その為にも貴方達の後押しが必要になります。是非とも―――』

 

ダンッ!

 

・・・え?

 

『・・・グフッ』

 

口から血を吐いて倒れるミスマル司令。

・・・撃た・・・れた?

 

「キャァァァ! お父様ぁぁぁ!」

 

叫ぶ艦長。

 

『どういう事だ!? 何故ミスマル司令が!』

『和平派の人間は邪魔なだけ。そういう意味です』

『だから殺したというのか!?』

『ええ。我らの礎となって頂きました』

 

嘘・・・だろ?

司令が撃たれた?

 

「だ、誰が撃った? どうやって?」

 

映像が進む。

カメラが演説席から方向を変え、空を映し出した。

・・・そこにあったのは小型チューリップ。

受け渡される予定だったあのマークのついた小型チューリップだった。

そして、そこから現れたバッタの銃口が司令を・・・。

 

『な、何故あれがそこに・・・それに我々はバッタを送ってなど』

 

護衛していたエステバリスが焦りだし、すぐさま鎮圧した。

だが、もう遅い。

 

『あれは貴様らがやったのか!?』

『言ったでしょ? 我々はチューリップを完全に支配下に置いていると。それは貴方達の小型チューリップとて例外ではありませんよ』

『だが、あれは全てお前達に破壊された筈だ』

『貴方達と入れ違いでミスマル司令に小型チューリップをプレゼントしておきました。もちろん、カグラ大佐、貴方のメッセージ付きでね』

『なんだって?』

『相当信頼されていたようですね、カグラ大佐。まぁ、それが今回は裏目にでた訳ですが』

 

司令は用心深いお方だ。

だが、念願だった木連和平派とこれで接触できる。

そう油断してしまったのかもしれない。

希望の道が開けた瞬間なのだ。

誰だって警戒は甘くなる。

 

『地球軍は何をしているんでしょうかね。むざむざ司令を見殺しにするなど』

 

どうして敵兵器を見逃したんだ。

そう彼らは後で責められ、責任を取らされるかもしれない。

だが、それは酷な話だろう。

外を警戒していたら、中から敵が現れたというのだから。

・・・そもそも、司令が撃たれたという事実が発生している以上、何を言っても遅いのだ。

・・・完全に罠に嵌められてしまった。

 

『ふふっ。私達の意図を理解してもらえたようですね』

『・・・お前達は・・・』

『そう、和平派同士を同士討ちさせて、和平そのものを潰す。また、地球、木連の両方で徹底抗戦という方針を掲げさせる。ふふふ。こうも簡単に計画が進むとは・・・。思わず笑いが込み上げてきますね』

『あの映像はどう使うつもりだ?』

『死に逝く貴方達に教えても意味がない気がしますが、教えてあげましょう』

 

死に逝く?

 

『舞台設定はこうです。遂に和平派同士で話し合いの席に付く事が出来た神楽派。地球側で和平演説があるというので、会談の席で共にその演説を観賞。しかし、演説の席で和平派のトップと言われる者が撃たれ、ナデシコは激怒。会談を破談とし、報復の為に襲い掛かる。必死に神楽派はナデシコの誤解を解こうと訴えるが、ナデシコは聞く耳を持たず。精神的に不利だったカグラヅキはナデシコによって破壊されてしまう。しかし、よく考えれば、バッタが現れたのは外部ではなく内部。当然、犯行に及んだのは地球軍の誰かであり、対立する派閥と考えるのが妥当である。この犯行は木連に見せかけた地球軍の仕業で、それを勝手に誤解して神楽派の息子を殺してしまった。勘違いの理不尽な報復と木連神楽派代表の息子の死は国民に怒りを抱かせる事は必至でしょうね』

 

・・・なんて事だ。

和平の架け橋となろうとしたのがかえって邪魔をしてしまう事になるとは・・・。

 

『だが、バッタは木連のものだ。地球軍の別派閥の仕業と誰も考えはしない』

『バッタぐらいどうにでもなりますよ。捕獲して利用したとでも言えばいいんですから』

 

確かに。

そう言われてしまえばそれまでだ。

 

『・・・完全に罠に嵌ったという訳か』

『ええ。しかも、地球側では木連のせいだと考えている訳ですからね。確実に報復に出ますよ。彼らに言わせれば正当な権利ですから。ふふっ』

 

・・・このままじゃどちらの国民も誤解したまま徹底抗戦に思考を染めてしまう。

なんとしても真実を、せめて、地球側には・・・。

 

「艦長! すぐにこの場から離脱しましょう!」

「はい! ナデシコ全速力で―――」

『あぁ、そうそう、この話には続きがありましてね』

「・・・え?」

『破壊されたカグラヅキの仇を討つ為に、派閥の枠を超えて草壁派の私がナデシコを破壊するという美談が』

「何!?」

『各員、戦闘配備。ナデシコ勢、及びに残った神楽派を殲滅する』

 

チューリップから抜け出し、戦隊を組んでいた艦隊から一気に機体が飛び出してくる。

それはバッタであったり、ジンであったり、六連であったり、多種多様。

そして、何よりも・・・圧倒的な物量だった。

しかも、混乱している間にこちらを完全に包囲しており、チューリップは離脱済み。

逃がす気がまったくない用意周到さだ。

 

「艦長!」

「・・・離脱は不可能。突破するしかない?」

 

・・・絶体絶命ってこういう事を言うんだろうな。

ここでやらずにいつやるんだ。マエヤマ・コウキ。

 

「艦長。俺が迎撃します」

「マエヤマさん!」

「エステバリスを帰艦させてください」

「分かりました。マエヤマさん。貴方に全てを賭けます」

 

そりゃあ責任重大だな。

懐からバイザーを取り出し装着。

久しぶりのレールカノンだ。

 

「メグミちゃん、全パイロットに帰艦命令を。ミナトさん、すぐに全速力が出せるよう準備を御願いします」

 

トップスピードで突っ込みそのまま離脱。

方法はそれしかない。

俺の仕事は囲まれる前に各個破壊する事だ。

 

『・・・ナデシコの皆さん』

「・・・ケイゴさん」

 

項垂れたケイゴさんの映像が映る。

レールカノンを操りながらで負担も大きいが、ここにいる中でケイゴさんを知っているのは俺だけだ。

俺が相手をするのが一番妥当だろうな。

 

『私達の勘違いからこのような事態になってしまって申し訳ありません』

「いえ。悪いのは貴方じゃありません」

『ここは私達が突破口を開きます。そこから逃げてください』

「ケイゴさん! 貴方達も逃げてください」

『いえ。私達はここで奴らを食い止めあす。ナデシコを逃がさずに和平は成らない』

「ケイゴさんが死んでも和平はなりません」

『私が死んでも父が―――』

『いや、そいつの言う通りだ』

『シンイチ』

 

シンイチさん。

 

『お前はこの誤解を解くっちゅう大事な役目があるだろうが』

『だが・・・』

『お前を溺愛している親父さんの事だ。お前が死んだとなれば何が起きるか分からん』

『父は情で本質を見失うような方ではない!』

『それでも、地球に悪い感情を持ってしまう。お前と親父さんは和平の鍵。和平を成立するには、お前と親父さん、その両名がいなければ不可能なんだよ』

『・・・・・・』

『黙っていちゃ分かんねぇだろ? はいかいいえか、さっさとハッキリさせろ』

『・・・確かにそうかもしれん。だが、犠牲なくこの状況を打破できるとは・・・』

『相変わらず馬鹿だな、お前は』

『何?』

『後は俺に任せな』

『なっ!? そんな事、出来る筈がない!』

『それでもだよ! てめぇが生きているか生きてないかで変わってくんだよ! てめぇは生きろ! 生きて、てめぇの理想をきちんと叶えてきやがれってんだ!』

『・・・シンイチ』

『ふんっ。おい、お前』

 

俺か?

 

「何ですか?」

『すまねぇが、こいつとマリアの事を頼む」

「艦長。ケイゴさんを」

「はい。着艦を許可します」

『助かる。ケイゴ、早く行け」

『・・・すまない』

『謝るんじゃねぇよ。てめぇの為じゃねぇ』

『・・・お前の事は忘れないぞ』

『ケッ。言ってやがれ』

 

ケイゴさんがナデシコに近付いてくる。

もちろん、敵は撃破しながらだ。

 

『そこにいるんだろ? マリア』

「シンイチさん」

『無事に脱出できたようだな。安心したぞ』

「貴方は自分を犠牲に・・・」

『ふんっ。理想と友の為に死ぬなんてゲキ・ガンガーみたいだな』

「貴方は嫌いだったでしょ? ゲキ・ガンガー」

『さてな。まぁ、今なら愛する女の為に死んだ野郎の気持ちも分かるが』

「・・・シンイチさん」

『幼馴染のケイゴとお前を護りながら死ねる。本望だ』

「・・・そんな事」

『とりあえず俺から言える事は一つ』

「・・・・・・」

『幸せになれ。それだけが俺の望みだ』

「シンイチさん! 貴方もこちらに!」

『だから、言っているだろ。あいつらを食い止める必要があるって。幸いにも、他の奴らも俺に力を貸してくれるって言ってくれている』

 

カグラヅキから出撃してきたパイロット達。

その誰もが木連艦隊と既に交戦中だった。

 

『最後になっちまったが・・・俺の初恋の相手はお前だったんだぜ。マリア』

「・・・最後に何を言っているんですか・・・貴方は」

『伝えたかっただけだ。俺の絶対に叶わない片思いをな。最後に俺に護らせろ』

「・・・はい」

『ふんっ。せいぜい華々しく散ってやるよ。じゃあな!』

 

そう言い残して、シンイチさんは突貫していった。

・・・ブリッジ内が静寂な空気に包まれる。

 

「木連の方々の犠牲を無駄にしない為にも私達は絶対に突破します」

「・・・艦長」

 

涙を流しながら、それでも真っ直ぐ前を向いてユリカ嬢が告げる。

・・・よし。

 

「セレスちゃん」

「・・・はい」

「しばらくの間、ナデシコの事、任せても良いかな?」

「・・・コウキさん。出撃・・・するんですか?」

「いや。機体もないしね。レールカノンに集中するだけだよ。でも、本当に集中しちゃうから艦隊制御に割ける余裕がないんだ。セレスちゃんの負担が大きくなっちゃうけど御願いできるかな?」

「・・・分かりました。任せてください」

「うん。ありがとう」

「・・・頑張りましょう。コウキさん」

「おう」

 

さて、周囲は敵だらけ。

ナデシコは最大速度。

絶体絶命のピンチ。

やるしかないだろ。

 

「フィードバックレベルを最大に」

 

自身の異常を展開させる。

 

「コウキ君。それは!」

 

手の先端から光が迸る。

 

「情報伝達速度を最大に」

 

視界に映る全ての映像を支配下に。

 

「マエヤマさん! 危険です!」

「コウキ君! やめて! またあんな事になったら!」

「・・・大丈夫です!」

 

ナデシコのレールカノンを全て支配下に。

 

「並列思考展開」

 

さぁ、侵食したいならすれば良い。

俺はそれを更に支配してみせる。

 

「・・・セレセレ」

「・・・コウキさんなら、大丈夫です」

「・・・・・・」

「・・・コウキさんを信じましょう」

「・・・そうね。信じるわよ。コウキ君」

 

ありがとうございます。ミナトさん。

ありがとう。セレス嬢。

 

「さぁ、始めようか」

 

綻び始めた和平への思いを再度紡ぐ為に。

今の俺に出来る最大の事を。

 

 

 

 

 


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