「そう、私が知らない間にそんな事があったんだ」
カエデをナデシコへ強引に連れて帰った後、予定通りバッタを送り返した。
一応、指定通りにチューリップに投げ込んだが・・・。
これで良かったのだろうか?
一応、武装は解除して推進装置だけ直しておいたけど・・・。
不安だが、信じるしかない。
その後、カエデのコミュニケ反応を辿り、カエデのもとへと向かう。
あいつは格納庫近くのベンチで物思いに耽っていた。
「よぉ」
「・・・ええ」
「とりあえず、隣、いいか?」
「・・・うん」
「それじゃあ、ケイゴさんについて話すよ」
「ええ。御願い」
・・・・・・・・・・・・・・・。
ゆっくり順序立ててケイゴさんについて説明する。
「すぐに知らせてやれなくて悪かったな」
「いいわよ。私も会おうとしなかっただろうし」
「・・・そうか」
それ程、追い詰められていたんだな。
本当に悪い事をした。
「・・・うん。でも、悪い事ばっかりじゃなかったかな」
「どうしてだ?」
「だって、もしかしたら、ケイゴと一緒に戦えるかもしれないんでしょ?」
訓練していた意味があったって事だろうか?
でも・・・。
「ケイゴさんからしてみれば一緒に戦わずに安全な場所にいて欲しいんじゃないか?」
「それは待った事がないから言える事だわ。本当に心細いのよ。待っている側って。不安で不安で、まるで心が締め付けられるように痛むの」
待つ側か・・・。
でも、そうなんだろうな。
もし俺がナデシコに乗ってないでミナトさんだけが乗っていたらと思うと・・・。
考えるだけで胸が痛む。
「だから、鍛えたのもそんなに悪い事じゃなかったわね」
「・・・これからも戦場に立つのか?」
「分からないわ」
分からない?
「どうしてだ?」
「復讐の為に。そう頑張ってきた訳じゃない?」
「ああ」
「でも、ケイゴが生きているって知って、なんだか・・・」
「復讐なんて。そう思ったのか?」
「う~ん。木連に恨みがない訳じゃないわ。家族を殺され、故郷を奪ったのは間違いなく木連な訳だし」
「そうだな」
俺にとってはミナトさんやセレス嬢を理不尽に殺されるって事だよな。
・・・そりゃあ許せないわ。
「そもそも不思議なのよね」
「不思議? 何が?」
「ケイゴが木連人だって知って、普通なら裏切られたとか思うじゃない?」
まぁ、思っても不思議はないわな。
「それなのに、私は全然そんな事を思わなかった。裏切られたショックより生きていてくれた嬉しさの方が勝ったっていうか」
お前・・・恥ずかしげもなく良くもまぁ・・・。
「ベタ惚れって奴ね」
「ち、違うわよ。そ、そんなんじゃないわ」
「はいはい。それで?」
「うん。私なりに考えて、とりあえず答えは保留」
「そうか。俺としてはコックのお前の方がらしいって思うけどな。でも、それを決めるのは俺じゃない。お前が自分で答えを見つけないとな」
「そうね。うん。色々と考えてみる」
「おう。とりあえず頭を下げる練習でもしておけ」
「え? なんで?」
「勝手な出撃。味方への攻撃。幸い被害がなかったけど、大目玉だな」
「・・・コウキのせいにしていい?」
「駄目だ。謝れ」
「・・・ケチ」
ケチじゃない。
「一緒に謝ってやるから」
「こ、子供扱いしないで!」
「ガキなんだもん。お前。相変わらず成長してないし、ほら」
指で示してやる。どこが、とは言わない。
「これからなのよぉぉぉ!」
懐かしいな。こいつとの絡み。
とりあえず、一件落着って事で良いのかな?
もちろん、この後、こってりと絞られたけどね、カエデの奴。
「それじゃあ、アキトさん。後はよろしく御願いします」
「ああ。任せておけ」
それから二日後、ナデシコが神楽派との合流地点へと出発する日になった。
俺もアキトさんと共に火星再生機構の方に携わろうと思っていたんだけど・・・。
「お前はナデシコに付いていろ。キリシマの件もそうだが、神楽派と接点があるのはお前だけだからな」
「でも、俺も発案者としての責任が―――」
「それは無事に話し合いを終えてから考えろ。まずは和平だからな」
「・・・分かりました」
「そんなに頼りないか?」
「はい」
「・・・直球だな。まぁ、向いていない事は自覚している」
「でも、信じています」
「ふむ。それならば、信頼には応えねばな」
という訳だ。
本来ならカエデもそちらに出席させるべきなんだろうけど・・・。
「とりあえずケイゴに会わせなさい。とっちめてやるから」
強硬な姿勢で断念。
この件に関してはケイゴさんに丸投げだ。
責任感のある彼の事だから、しっかりと責任を取ってくれる事だろう。
・・・なんか違うような気もするけど・・・。
いや、俺は悪くない。悪いのはケイゴさんだ、うん。
「今回は戦闘行為が目的ではなく、移動のみなので・・・」
「うん。俺とセレスちゃんに任せて、二人はしっかりとアキトさんを」
「はい。アキトさんの事は任せてください」
「コウキの分は私達が埋める。アキトの事は任せて」
「・・・ルリちゃん、ラピス。そんなに頼りないか? 俺」
今回、ルリ嬢とラピス嬢はアキトさんの付き添いとなった、というか、した。
二人の協力があれば万全にこなせるだろうという俺達の総意で。
ルリ嬢は元少佐という事で割りと強かだろうし、ラピス嬢もアキトさんの相棒として如何なく力を発揮してくれる筈。
心情的にもアキトさんと離れたくないだろうしね、二人とも。
「リアル型を一機借りていくが・・・」
「問題ないと思いますよ」
今回の遠征では、特に戦闘になるような事はないだろう。
もし、あったとしてもたいしたものにはならないと思う。
今のパイロットだけで充分護り切れる。
「セレスの事、御願いしますね」
「ルリちゃんのお墨付きでしょ?」
「ええ。もう一人でも大丈夫です」
「それなら、大丈夫だ。俺もちゃんとやるから」
「はい。御願いします」
ルリ嬢とセレス嬢がいないのは若干心配だけど、今回ぐらい安全な旅なら俺とセレス嬢だけでも充分に回せる筈だ。
行って帰るだけならむしろ俺達すらいらないぐらいだし。
ま、オペレーター皆無は一番怖いからきちんと職務は全うしますけどね。
「それでは、ナデシコの事は任せたぞ。コウキ」
「はい。アキトさんこそ、火星再生機構の事、頼みました」
「了解した」
こうして、俺達は地球を発った。
和平への架け橋になれる事を願って・・・。
「そろそろナデシコから離れるべきかもしれないね」
「確かにそうね。もう乗っている意味もなくなったし」
「まぁ、最先端の情報が入ってくるって意味では今でも重要だけど」
「別にナデシコじゃなくても平気よ。集めればいいだけだもの」
「正論だね」
「もう私達で操れない以上、ナデシコは計画から切り離すべきよ」
「幸い、新しいのがそろそろ出来上がりそうだしね」
「ええ。ナデシコ以上のものが」
「当然でしょ。ナデシコなんて実験艦なんだし」
「そもそも、今の私達にナデシコに構っている暇なんてないわ」
「そうだね。僕達も色々と動かなくちゃいけなくなる」
「クリムゾン、明日香、その他大手企業も動き出しているわ。これに乗り遅れたら今でさえ危ないネルガルは更に追い込まれてしまう」
「クリムゾンは木連と本格的に手を結んだらしいよ。木連が勝利した暁には地球代表として遺跡に関われるんだってさ」
「甘い餌ね。そんなの嘘に決まっているじゃない。木連が勝利したら木連が独占してそのまま地球滅亡で終わるわ」
「随分とぶっとんだ発想だね」
「物騒な世の中だもの」
「それでも、やらざるを得ないんだよ、遺跡を確保する為には」
「遺跡の確保が今後を決定するものね」
「・・・多分、司令の演説で更に動き出す連中も増えるよ」
「まさか遺跡の事まで言うつもりなの!?」
「全てを曝け出すらしいからね。中小企業も動き出すんじゃない?」
「産業業界全てを巻き込む大規模な技術戦争になるわね」
「それにしても美味しい所にいるよね、クリムゾンは」
「ええ。地球が勝っても木連が勝ってもとりあえず損はない」
「裏で動いているから地球が勝っても何食わぬ顔で大企業として参加できる」
「既に後手に回っているって訳ね」
「噂によると地球政府、連合軍の高官何人かもクリムゾンに付いたらしいよ」
「まったく。地球を売ろうっていうの?」
「結局、人は自身が得をすれば何でもいいって事だよ」
「そいつらの狙いは何? 徹底抗戦?」
「彼らの理想は両陣営が疲労し、戦力を失う事。そうすれば自由に動けるし、戦後も利権を持っていられる」
「戦争中は表には出ず、戦後に活動しようって魂胆ね」
「それは潰すからいいとして、問題は・・・」
「その連中と木連の間で利害が一致するという事」
「そう、お互いに徹底抗戦を目指している訳だ」
「和平に比べて徹底抗戦を訴えるのは簡単よ。恨みや憎しみを抱える人間を少し煽ってやればいいだけだもの」
「そういう事。ふぅ・・・。まるで予想が付かないよ」
「とりあえず、どう転んでもいいように準備を怠ってはいけないって事ね」
「そうだね。はぁ・・・。気楽なパイロット生活ともお別れか・・・」
「さっさと本職に戻りなさいよ。ほら、書類、たまっているのよ」
「・・・やっぱりパイロット続けようかな」
「さて、ネルガルとしてはどう動くのがベストなんだろうね。明日香は木連と手を結んだ。それなら、ネルガルは・・・う~ん、彼の言う通りになるのは癪なんだけどなぁ・・・」
「・・・アカツキ一味、去る・・・か」
いざ地球を離れようという時、まるで原作の、というか、今回もだけど、ムネタケ提督のようにシャトルで脱出していきました。
そうする必要あったのかな?
なんか書置きには・・・。
『アディオス、アミーゴ』
直訳、さらば、友よ。
・・・変な奴。
そういえば、前に重役がどうたらこうたらって言っていたな。
地球に帰ったらネルガルの協力を得る為に動いてみるか。
なんだかんだで大企業だし、協力は欲しい。
右肩下がりのネルガルが立て直す為には、遺跡を確保するか、軍に協力してシェアを拡大するかの二つに一つ。
現実的にネルガルだけで遺跡を確保するのは難しいと分かっている筈だし。
・・・やっぱりこの線で攻めるのが一番有効的だよな、うん。
ひらすら軍に協力する利を唱えてやる。
「とりあえず・・・」
いなくなってしまったものは仕方がない。
現状でナデシコにいるパイロットはカエデを含めて七名。
俺は基本的にオペレーターとして活動するだろうから除いて六名になる。
アキトさんがいなくなって戦力的に下がった気がしないでもないが・・・。
「ま、今でさえ過剰戦力だし」
確かに六連や北辰、もしくは、カグラヅキ一派と対するには戦力不足だけど、
通常戦闘においては過剰戦力とも言えるナデシコとナデシコのパイロット達だ。
よくもこれだけ優秀なパイロット達が離れないで済んでいるよな。
俺が上の人間だったらもっと色んな部隊にばらけさせるけど。
それだけナデシコが期待されているって事なのかな?
まぁ、僕は軍人じゃないからなんでも構いませんが・・・。
「アキトの野郎が帰ってくるまでは俺がリーダーだからな」
スバル嬢が盛り上がっているのはまぁ、気にしない方向で行こう、うん。
「そろそろ・・・かな」
地球を旅立ってからそろそろ一週間。
確かに約束の場所に近付いてきているんだけど・・・。
「反応ありませんね」
そろそろレーダーに映ってもおかしくないんだけど・・・。
「お。艦長、反応ありました」
「はい。映像を」
モニタに映像を映し出す。
とりあえず向こうがどういう状態なのかを確認する為にズームで。
「・・・艦隊ですね」
カグラヅキの姿はない。
カトンボ級だっけか? それが二隻。
それと名前は分からないけど恐らく有人艦が一隻。
最後に、艦隊の背後にチューリップがある。
計四席の艦隊だ。
・・・チューリップは戦艦で良いのだろうか?
まぁいいや。
「どうして艦隊で?」
話し合いするだけなら一隻だけでもいい筈。
護衛にしてはやりすぎじゃないか?
そもそもどうしてカグラヅキじゃないんだろうか?
・・・疑問は尽きない。
「通信、来ました」
「回線、開いてください」
「了解」
モニタの映像を変える。
現れたのは軍人姿の青年。
・・・ケイゴさんではない。
『お初にお目にかかります。私は木連軍優人部隊所属スズキ・ジロウサブロウと申します』
「ナデシコ艦長。ミスマル・ユリカです」
まずは自己紹介。
とりあえず怪しい所はない。
「この物騒な出迎えは一体何なのかね?」
フクベ提督が問いかける。
『申し訳ありません。此度の件ですが、木連の過激派に露見しまして・・・』
「その為の艦隊かね?」
『はい。チューリップの護衛を兼ねた為、このような形となってしまいました』
「護衛? それでは、チューリップは貴殿らの移動手段ではないと?」
『その通りです。これからナデシコには跳躍してもらいます』
「和平派がそこにいると?」
『はい』
「罠ではないのかね?」
『罠だなんて。私達の和平への想いは本物です』
チューリップで移動しろって事か?
・・・確かに襲撃が予想される以上、この場に留まるのは危険だ。
でも、果たして素直に信じていいのだろうか?
俺はこの場にケイゴさんがやって来ると思っていた。
それなのに、現れたのは誰とも知らない軍人。
もともとデータを送ってきたのは向こうだ。
俺は全データを消去した上で送り返した。
それなら、その間で露見する事はない筈。
露見したとしたらこちらにバッタが来るまでの間。
その間で露見したとしたら、果たしてそのままバッタが送られてくるだろうか。
もし俺がその間に確保したら、当然、届かないようにその場で破壊する。
それなのに、露見したと言いつつ、俺達は確かにここまで足を運んだ。
いや、もしかしたら・・・運ばされたのか?
でも、あの映像は確かにケイゴさんだった。
どれだけ精巧に作ろうと誤魔化せるものではない。
・・・ケイゴさんが裏切った?
いや、それはない・・・と信じたい。
もしくはこちらがバッタを返還後に露見して、罠を仕組まれた?
・・・でも、もしそうだったら合流地点の変更を連絡してくるのでは?
いや、でも、露見したのを知らなければ変更も出来ないし・・・。
・・・やっぱり向こうの状況が掴めないのは痛いな。
全くもって予想が付かない。
この状況は一体何なんだ?
罠なのか、それとも、真実なのか。
・・・クソッ。駄目だ。分からない。
もしこれが本当に合流する為の策だったら、むざむざ機会を逃してしまう事になるし。
でも、罠であるという懸念が脳裏を過ぎる。
どうする? どうするべきなんだ?
「少し時間を下さい」
『了解しました。出来るだけお急ぎ下さい』
プツンッ。
艦長の言葉で映像が切れる。
向こうが通信を切ったんだろうな。
「艦長。どうしますか?」
「・・・提督はどう思われますか?」
「うむ。怪しい事この上ない」
「・・・ですよね」
誰もが罠ではないかと考える。
そもそも信じられる要素がどこにもない。
知らない軍人。
大袈裟な武装。
データ露見の真偽。
合流地点の変更の有無。
怪しい点は幾つもある。
でも、そう簡単に罠だと突き放す事は出来ない。
機会を逃すだけではなく、両者間に罅が入る事もあり得るからだ。
足並みを揃えようという時に信じられないと突き放すのは今後に悪い影響しか残さない。
「提督。どちらにしろ、私達は行くしかありません」
「あえて飛び込むというのかね? 罠かもしれんのに」
「今更引く事は出来ません」
「・・・確かにのぉ」
退路は絶たれている。
それが精神的とか、状況的なものだとしても。
俺達は要求を呑むしかないんだ。
和平派と結びつかなければならないという前提がある上では。
「ですが、無防備に飛び込むつもりはありません。しっかりと準備をした上で―――」
ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!
敵襲か!?
「セレスちゃん!」
「・・・はい。木連艦隊が接近中。規模は私達の三倍程です」
「艦長! 囲まれています!」
・・・しかし、この時点で襲撃という事はやっぱり真実か?
チューリップの護衛とナデシコの護衛を兼ねているなら大袈裟な武装もおかしくはない。
「・・・分かりました。ナデシコ、戦闘配備!」
「戦闘配備。パイロットの皆さんは準備を御願いします」
「マエヤマさん。グラビティブラストをチャージしてくだ―――」
『ここは私達が食い止めます。急いで次元跳躍門へ』
突然の通信。
「しかし!」
『私達の使命は貴方達を無事に目的地へと届ける事。後はお任せを!』
完璧に周囲は囲まれている。
一方向にしか攻撃できないナデシコでは単純に厳しい。
すぐに木連艦隊と連携できるとも思えないし。
機体を出せば勝てなくはないだろうが、囲まれている状況で被害なしとはいかない。
ナデシコが被害を受ければ一度帰還するしかなくなる。
そうなれば、やはり土壇場でキャンセルした事と同義になり、たとえ向こうが事情は分かっていようとやはり心情は悪くなる。
・・・なんて考えている余裕もないよな。
艦長。如何しますか?
「ミナトさん。チューリップへ」
「いいのね?」
「はい!」
「了解。行くわよぉ」
ナデシコはこうしてチューリップへと向かった。
その先になにがあるのか。
罠か、それとも・・・。
・・・ホント、思い通りに事って進んでくれないよなぁ。
俺達に順調って言葉はないのかして・・・。