「すまないが、もう少し時間が欲しい」
頭を下げてから、静かに黙り込んでいた司令が発したようやくの一言。
・・・時期尚早という事だろうか・・・。
「何故・・・ですか?」
すぐにでも彼らを解放してあげたい。
少しでも時間を許せば、ネルガルが強硬手段にでてくる可能性があるから。
それが俺の本音。
でも・・・司令からするとまだ早いと。
「私達は地球人類全てに真実を公表する準備が出来ている」
「それじゃあ!」
「うむ。じきにその機会を設けるつもりだ。それまで待っていて欲しい」
「公表を前に火星の方々を解放するのはまずいと」
「まずい訳ではないが解放する理由がないだろう」
「それは・・・」
確かにそうですが・・・。
「私達が真実を公表し、火星の民を含め国民に木連の事、火星における軍の過失を知ってもらう。そうした上で火星の民を解放した方が君達にとっても都合が良いのではないか?」
「・・・確かに」
「真実を火星の民にだけ先に公表するという手もなくはないのだろうが、まずは全人類に、その後に火星人という流れの方が良いだろう」
「・・・分かりました」
まずは全人類に事実として認識してもらった上で、火星の方々を解放してもらう。
その後、火星の方々に火星再生機構についてお話しよう。
その方が確実に話も伝わり易いだろうし。
うん。言われてみればそちらの方が良いな。
「今すぐという訳にはいかないんですよね?」
「残念ながら厳しい。まずは連合政府との会談。そして、軍、政府の両方で決議を取らねばならん。幸い、政府の方でも協力者が得られた。可能ならば、一ヶ月後にでも実現できるだろう」
・・・一ヶ月後か・・・。
現実的な眼で見たら短いんだろうけど、俺からしてみれば長い。
むむむ。如何する?
それまでに俺に何が出来る?
・・・どちらにしろ、まずは司令の公表待ちか・・・。
「分かりました。それまで待つ事にします」
「すまんな。だが、それを終えた後なら私も協力は惜しまない」
「ありがとうございます」
極東支部の司令の協力が得られたっていうのは大きいな。
うん。順調に計画が進んでいる気がする。
次々と協力者が得られている訳だし。
しかも、誰もが心強い。
よし。期待を裏切らないようにしないとな。
発案者が情けなかったから本当に申し訳ない。
「それなら、早速ですが、明日香と連絡を取っていただけますか?」
だから、一ヵ月後までに俺が出来る最善の事。
エステバリス、ナデシコの強化。
それを出来る範囲で進めておこう。
「初めまして、マエヤマ・コウキです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。天才プログラマーのマエヤマさんに会えて光栄です」
天才プログラマーね・・・。
アハハ。いざ言われるとやっぱり照れるな。
「早速ですが、こちらを見て頂けますか」
「あ、はい」
あれから、司令の伝手を頼りに明日香インダストリへと赴いた。
イネス女史、ウリバタケさんはナデシコ内で待機。
まぁ、今でも開発を進めていてくれる事だろう。
んで、俺の付き添いには・・・。
「へぇ。なんだかワクワクするね」
アマノ・ヒカル。
うん。なんでヒカル?
「ほら早く行こうよ。せっかく私が来ているんだから。もう仕方ないなぁ。CASのモデルになった私に来て欲しいだなんて」
・・・とまぁ、こういう理由。
俺がCASを製作する上で最も参考にしたのはヒカル。
指示調整はもちろんの事、カスタムモードの基もヒカルだ。
カスタムモードで各自調整している人はヒカルを基にしているって訳。
それで、だ。明日香に預けたエステバリスはIFSではなくCASの方。
そりゃあ参考にしたくなりますよね、ヒカルさんを。
「はいはい。今行きますよ。お嬢様」
「残念。私はそっち系じゃないよぉ~だ」
そっち系ってどっち系だよ?
「まずはこちらを。ミスマル司令より依頼されたものを御見せします」
案内されたのは格納庫。
早速、エステバリスを参考にした明日香の新機動兵器が視界に飛び込んできた。
「・・・これは・・・」
見た目はエステバリスを更にシャープにしたって感じ。大きさは1.5倍ぐらいあるけど。
その角ばったい形状はどことなくイカツイってイメージを与える。
スラスターの位置、ブースターの位置、バックパックの位置は高機動型フレームと類似。
ただ脚部にかけて装甲的な何かを付け加えてあって、なんか頑丈そう。
しかも、むき出しのブースターなんてあっちゃって、持ち前の技術を随所に盛り込んだ感じかな?
「名称は未だに検討中ですが、生産ラインは確保済みです」
なるほど。しようと思えばすぐにでも量産が可能って事か。
要するに、これは数を揃える為、かつ、エステバリスより高性能を目指した機体って訳だな。
確かに敵戦力の向上が予想されている今、必要な事の一つだ。
数を揃えて質を上げる。戦争が数である以上、何よりも優先するべき事の一つ。
そんな中、あんな御願いしたのはちょっと申し訳ないけど・・・。
「さて、そして、本命はこちらです」
明日香に我々ナデシコ関連で依頼した事は二点。
エステバリス高機動戦フレームの追加装甲とナデシコ強化案について、だ。
追加装甲については事前に要望を出して考えてもらっている。
今回はそれがある程度形になったというので見させてもらいに来た訳だ。
ナデシコ強化案については・・・あちらに検討してもらっているというこの他力本願。
・・・いずれこの借りは必ず返しますから・・・。すいません。
「先日言われたばかりですので、完成とまではいきませんでしたが、参考までに」
そうして現れたのは先程見せられた機体。
但し、追加装甲という形で全てにおいて見た目が派手になっている。
「この追加装甲について詳しく説明させていただきます」
「なるほど。コンセプト通りの見事な出来です」
「ありがとうございます。今、ご覧になっているのは我が社の機体用ですが、改めてエステバリス用に制作してナデシコに届ける手筈となっています」
長い長い説明の時間でしたが、その内容は充実の一言。
追加装甲という形でどれだけの戦力向上が図れるかが具体的でわかりやすかった。
流石一流企業。説明の段取りが上手すぎる。
でも・・・気になる事が一つ。
「なるほど。しかし、よろしいのですか?」
「はい? なにがですか?」
「貴方達の追加装甲をナデシコで使わせていただく。それは本当にありがたいのですが、貴方達にとっては敵に塩を送るようなものでは?」
「それはナデシコで使っている機体がネルガル製のエステバリスだから、という事ですか?」
「はい。そのとおりです」
明日香は明日香で独自の機体を開発して生産ラインを整えている。
その状態であれば、わざわざエステバリス用の追加装甲を作るのではなく、明日香の機体とその追加装甲という形で売り出した方が遥かに商売としては良い筈だ。
それなのに、何故、手間と費用をかけてナデシコに協力してくれるのだろうか。
「確かにマエヤマさんのおっしゃる通り、私達にとってナデシコの、いえ、エステバリスの追加装甲を作るのは無駄な手間と言わざるを得ません」
「はい。ですが、それを承知で貴方達は引き受けてくれた。それは一体・・・」
「利益を生むからですよ。この追加装甲が」
それはそうだろうが・・・。
余計な手間になってはいないのだろうか?
「今、マエヤマさんがご覧になっているように、この追加装甲は我が社の機体にも装着する事ができます。開発費用としてはそれほど無駄になっている訳ではありません」
「はい」
それは納得できる。
今後の明日香の強みはこの追加装甲となっていくだろう。
それだけの魅力をこいつからは感じた。
「生産ラインも整い、我が社の機体と共に追加装甲も売り出していきます。ですが、突然現れた機体と追加装甲という新しいシステムに需要はあるでしょうか?」
「・・・失礼ですが、あまりないと思います。実績がないと認められませんから」
「そう。我が社はその実績が欲しい。言い方は悪いですが、その部分でナデシコを利用させてもらうのです」
なるほど。そういう事か。
それなら納得だな。
「世の中は持ちつ持たれつという訳ですか。納得しました。遠慮なく使わせてもらいます」
「是非とも。皆様の活躍を我が社も期待しているのですから」
明日香インダストリはネルガルに押され気味である。
それは周知の事実であり、実際、現段階では実績の面で証明されてしまっている。
そんな中、エステバリスに酷似した機体を売り出した所で、二番煎じであると思われ、比べられる事もなく性能で劣っていると判断されてしまう。
オリジナルの方が優れていると思うのは当然の事だからだ。
しかし、その前に追加装甲という新しいコンセプトで実績を示し、同時に売り出したらどうだろう。
エステバリスと明日香の機体単体では劣るかもしれないが、追加装甲と組み合わせたら明日香の方に軍配が上がる。
今後エステバリス用の追加装甲を作っていく訳ではないのだから、追加装甲を求めるなら明日香の機体とセットじゃないといけなくなり・・・。
いやはや。商売上手でしたよ。何の心配もなかった。
「完成次第、ナデシコに届ける用意はできています」
「ありがとうございます。楽しみに待っています」
「いえ。あ、先にデータだけでも渡しておきます。シミュレーターに導入して確かめてみてください」
「なにからなにまでありがとうございます」
「世の中持ちつ持たれつですから」
「なるほど。こちらも気が抜けないという訳ですね」
「ハハッ。そうなりますね」
明日香はナデシコに武器を提供して、ナデシコは明日香に実績を提供する。
わかりやすい構図で気が楽だ。
ネルガルもこれぐらいわかりやすければいいのに・・・。
「提供された追加装甲は自由に扱って結構です。制作する際にはエステバリスの規格に合わせますので扱いやすい筈です」
「分かりました。助かります」
ふむふむ。受け取った後にナデシコで改良、及び、改造も出来るって訳か。
それは本当に好都合だ。こちらで弄くってもっと使い易く出来るのだからな。
「それでは、次にナデシコですが・・・」
それからはナデシコの強化案について話し合いが続いた。
機体に関してもヒカルの言葉を参考に調整を進め、明日香側としてもこの会談に満足してくれたようだ。
我々にとっても有意義な話し合いになったな、うん。
「よぉ! 久しぶりじゃねぇか」
「ええ。お久しぶりです」
毎日毎日が慌ただしく動き回る日々。
いやぁ、こんなに忙しい事なんて今までになかったぞ。
「お元気なようで」
「そっちもな。また飲みに行こうや」
「はい。喜んで」
今日は以前お世話になっていた基地に来ている。
あのスーパー戦フレームとかいう奴。
あれを開発していたオッチャンから遂に完成したという力強い言葉が届いた。
連絡を受けた時、妙に興奮していたから、思わずガイを連れて来てしまったんだけど・・・。
今ではちょっと、いや、うん、かなり後悔している。
普段は良い奴なんだけどな、盛り上がると煩いんだ、こいつ。
ちなみに、今回はイツキさんも一緒。付き添いに来てもらった。
オッチャンは好都合にも更に新しいフレームを開発したらしい。
まぁ、こっちはオッチャンとは対立するリアル派軍団の開発らしいが。
・・・うん、まぁ、俺としては性能的に向上しているならなんだっていいんだ、正直。
「早速だがよ。こいつを―――」
「うぉぉぉっぉぉぉ!」
早速御出ましですか!?
「アハハ・・・」
「ハハハ・・・」
眼があったイツキさんと苦笑い。
もう慣れましたという呆れやら苦笑やらという複雑な表情を見せてくれました。
「こ、こいつは・・・ゲキ・ガンガーじゃないか!」
興奮して頬擦りなんかしちゃっているガイ。
まぁ、こいつはスルーの方向で。
「ほぉ。流石ナデシコ。話が分かる奴が多いな」
そういえば、ウリバタケさんとも意気投合していましたね、オッチャン。
「博士! こいつは何だ!?」
「おぉ! 説明してやらぁ!」
・・・盛り上がっているねぇ。
「こいつはスーパー戦フレーム。その構想はパーツ換装にある」
「パーツ換装?」
「ああ。いちいち戦艦に戻る必要があるっちゅう面倒なもんだがな。その苦労に相応しいだけの性能、武装がこいつにはあるんだよ。アッハッハ」
・・・アッハッハって。やはりマッドだな。オッチャン。
「まずは核を用意する。これがエステバリスだな」
「ふむふむ」
「後はその各所にそれぞれ用意した各部装甲パーツを装着させる」
「・・・もしかして、そのパーツって」
「おぉ。見た通りだが?」
・・・ありえないだろ。
なんていうの、人間がパワースーツを着た状態を想像して欲しい。
もっと簡単に言えば、ユリカ嬢がクリスマスに見せたエステバリスのコスプレ。
人型に一回りも二回りも大きなパーツを取り付けて人型にするみたいな。
要するに・・・そのパーツがそりゃあまた大きいんだ!
「既にエステバリスの面影皆無ですよね」
「当たり前だろ! スーパー戦フレームだぞ!」
だってさ、エステバリスの三倍から五倍ぐらいの大きさだぜ。
追加パーツがそれぞれエステぐらいあるってどういう事ですか?
ねぇ? どういう事ですか?
「ふっふっふ。苦労したぜ。バランスもそうだが、間接部の強度が特にな。だが、その甲斐あって、機体の出力は爆発的に向上だ。その装甲はどんな攻撃も跳ね返すぞ」
「おぉ! 正にゲキ・ガンガー」
そりゃあ圧倒的な攻撃力と防御力がスーパーロボットの特長ですが・・・。
機動性は皆無ですね。まぁ、問題ない気もするけど・・・。
いやぁ、月面フレームもビックリなスーパーロボットです。
「あれ? この大きさなら相転移エンジンも―――」
「よくぞ気付いた! 流石じゃないか!」
あれ? もしや墓穴掘った?
というか、興奮しすぎじゃね?
「背中にバックパックがあるだろ? あそこに相転移エンジンが外付けされている」
「なるほど。直接積み込むんじゃなくて、外付けする形にした訳ですね」
「おぉ。そっちの方が何かと便利だしな。軽量化、出力向上、良い事尽くめだ」
ナデシコからの重力波以外にも自身で出力が得られる。
単機で突っ込んでもいけそうな機体だな、こいつは。
「次に武装面だが―――」
「そろそろ我々の方を紹介したいんだが」
「あん!?」
オッチャン。とりあえず落ち着こうか。
すぐにがん付ける癖は直した方がいいよ?
それが嫌いな相手でもさ。
「お久しぶりです。特務大尉」
「アハハ。元ですよ。お久しぶりです」
この知的メガネのお兄さんはリアル派代表みたいな人。
まぁ、スーパー派の代表的なオッチャンとはそりが合わないだろうね。
「こちらの紹介をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい。御願いします」
「おいおい、今こっちが―――」
「後で聞きますから。とりあえずはこいつにでも」
ガイを差し出す。
多分、この機体に乗るパイロットはガイだろうし。
なんとなくそんな気がする。
「博士! コウキなんて放っておいて俺に説明してくれ!」
「チッ。仕方ねぇな。付いて来やがれ!」
「おぉ!」
燃え上がっている二人を置いて、イツキさんと共に知的兄さんの後を追う。
「まったく。もっと真面目にやればより良いものが作れるだろうに」
ちなみに、素直じゃないんです、この人。
「オッチャンの事、認めているんですね」
「ええ。だからこそ、才能の無駄遣いをして欲しくないんです」
認めているからこそ、同じ方向性の仕事をしてみたいと考えている。
いやぁ、男のツンデレ、需要は・・・あるのかな?
少なくとも、俺はいらないかなぁ・・・。
・・・コホン。話が脱線しすぎたな。
「こちらになります」
ほぉ。なんともスリムかつ多機能な事で。
形状は変わらず高機動戦フレーム。
でも、その武装の充実度は比べ物にならない。
まずは両腕のガントレットアーム。
まぁ、これは既に基本武装なのでスルーで。
次に両肩から伸びる大型レールキャノン。
今まで使っていた大型レールキャノンよりはかなり小さいけど、それでも大きい。
威力が若干落ちる程度ぐらいにまでは改良が進んでいるんだろう。
そして、両脇にそれぞれディストーションブレードとラピットライフル。
背中にはなんとフィールドガンランス。
基本性能も向上しているだろうし、とても安定した機体だ。
バランス型の鑑、正にリアルロボットの理想を具現化したと言える機体だな。
「いや。感動しました」
思わず知的兄さんの手を握り締めていた。
「ありがとうございます」
ニコリと笑う知的兄さん。
いやぁ、素晴らしい開発者ですよ、貴方達は。
これで変形機構なんか付いていたら感涙ものでした。
「バランスに優れていて、火力も機動力もある。安定性抜群ですね」
「それが私達のモットーですから。火力勝負も良いですが、やはり兵器は安定性です」
正論です。反論の余地はございません。
まぁ、火力はロマンですから方向性が違うんです、と一応フォロー。
いや、だってさ、必殺技、カッコイイじゃん。
「お役に立てたようで光栄です」
それからも細々とした話が続いた。
遠くで熱く語り合っている青年と中年を背景に、着実に機体は強化されていく。
少しずつ、それでも確かな一歩を俺は実感していた。