「・・・よし」
ナデシコから重装備のエステバリスに乗って飛び出す。
一応はディストーションブレードを一振り腰に備え付けてあるけど、多分使わない。
接近したらその分、大きな隙になって、危険に陥ると思うから。
とりあえず、ガントレットアームの装着は必須。
これは牽制用として戦闘の幅を広げてくれる。
その状態で、両手にレールカノンを装備し、背中に大型レールキャノンを備え付けた。
完璧なまでの射撃仕様。
まぁ、そもそも接近戦大好きの木連軍人に接近戦を挑もうとは思わないから別に問題ない。
そして、秘密兵器として、腰にすぐさま装着が可能なドリルアームを備え付けてある。
もちろん、ディストーションブレードとは逆の方向に。
これは俺の作戦では欠かす事の出来ない武装だ。
ある種、賭けとも無謀とも言える作戦だけど・・・。
確率は低くとも絶対に成功させてみせる、俺の秘策を。
「さて、行くか!」
視界に映る漆黒の二機。
報告を聞いた限りでは、見事二機の福寿の破壊に成功したらしい。
それに、二対一で相手をしていた福寿改も破壊に成功しており、こちらとしても、あの化物機を二機同時に相手しなくて済むというので一安心といった所だ。
もちろん、こちらの被害も尋常じゃなかったらしいたけど・・・。
だが、残念な事に俺が相手をしていた福寿改はほぼ無傷で残ってしまっている。
流石のガイでも厳しかったようだ。
そして、現在、ナデシコのエステバリスには撤退するように伝えた為、戦場に残っているのはブラックサレナの相手をしているアキトさんと俺の二機のみ。
戦況的は間違いなく劣勢だけど、その状況を覆すだけの策を用意したつもりだ。
「アキトさん!」
『コウキか!?』
「命令を聞いてないんですか? 撤退してください!」
『いや。俺はここに残る! 俺にはそうするだけの責任が―――』
「責任なんてどうでもいいんです」
『何?』
「今やるべき事の最善。艦長はきちんと決断しました。次は貴方の番です」
ユリカ嬢は辛い決断をした。
当事者である俺が言うのも何だけど、一人と全クルーを天秤に掛ける事が出来た。
今度はアキトさんがそれをする番だ。
自分が自分が、と己を追い詰めずに、現実を見据えなければならない。
現状を把握せずに、全て自分でという考えで無理を通そうとするのは、もういい加減にしないと成功するものも成功しなくなるし、絶対に後悔する破目になる。
『何を考えている? コウキ』
「殿は俺が務めます。アキトさんは先に戻り、撤退してください」
『馬鹿な事を言うな。お前だけにそんな役目をさせる訳にはいかんだろう』
「いえ。それこそ、今のアキトさんには無理です」
『・・・どういう意味だ?』
なんか軽く殺気立っているんですけど・・・。
別に実力不足とか、そんな事を言っている訳じゃ決してありませんよ。
「アキトさんは今も変わらず重力波に出力を依存しています。どれだけアキトさんが凄腕のパイロットであろうと、機能停止になれば御終いです」
エステバリスの利点であり、弱点。
出力を他者の供給によって賄っているという点が正にそれだ。
小型化できるし、出力の安定性、高出力という面では非常に優れている。
だが、それ故に、距離を制限という大きな枷が付いてしまう事も事実だ。
『それはコウキも変わらないだろ?』
「いえ。出来るだけのバッテリーを積んできましたから」
『・・・それでそんなにもゴツイのか』
・・・まぁ、否定はしません。
重火器ですらたくさん背負っているのに、外付けバッテリーまでですからね。
ドリルアームも結構幅取っているし、ゴツイってのは自覚しています。
「とにかく、です。ナデシコが撤退している以上、アキトさんも下がらなければなりません」
『だが!』
「クドイです。それに、俺だって勝算のない戦いは挑みませんよ」
『・・・信じていいんだな』
「もちろんです」
『・・・分かった。俺はナデシコと共に後退する』
「はい。そうしてください」
『但し、だ。距離ギリギリまでは援護に回る。それだけは譲れん』
まぁ、俺としても助かるから、拒否はしませんけど・・・。
「あんまりこっちに集中してナデシコから離れないでくださいよ」
『ふっ。無論だ。俺を誰だと思っている?』
あらまぁ、ニヒルな事で。
「ナデシコの事。任せました」
『ああ。コウキこそ、きちんと帰って来いよ。犠牲になるつもりなんて毛頭ないんだろ』
「うす」
『了解した。後は・・・任せたぞ』
そう言いつつ、飛び立っていくアキトさん。
当然、ブラックサレナがそれを追った。
だけど、それを許す訳にはいかない。
この戦場で最もスピードのあるブラックサレナをどれだけ抑えられるか。
それも、殿たる俺にとっては重要な事。
ブラックサレナはどうか分からないけど、他のエステバリス系は重力波に依存している筈。
ナデシコとナデシコCの距離さえ離してしまえば、追い付く事は不可能。
ブラックサレナとて、単機では流石に向かってこないだろう。
性能さで劣っていても互角まで持っていける凄腕パイロットがいるのだから。
さて、撤退の目処が付いた所で・・・。
「久しぶりですね。ケイゴさん」
逃しはしませんよ。ケイゴさん。
きちんと、貴方には話して頂きます。
『・・・・・・』
「だんまりですか? ですが、教えてもらいました。木連優人部隊所属カグラ・ケイゴ大佐」
『・・・ええ。お久しぶりですね。教官』
・・・本当にケイゴさんだったんだな・・・。
ここは安堵するべきなのか、悲しむべきなのか。
ケイゴさんが生きていた事は素直に嬉しいけど、敵になっているってのは結構辛いものがある。
「教官っていうのは勘弁してください。もうその役目は終わっているんですから」
『いえ。私にとってはいつまでも教官ですよ。コウキさん』
「それは光栄です。・・・さて、ケイゴさん」
『・・・はい』
「色々と聞きたい事がありますが、どうしたら話してくれますかね?」
『教官に対して私が教える理由がありません』
「それなら、ケイゴさんにとって教えるに値する理由を作り出せば良いと?」
『・・・そうなりますね』
「・・・それなら、ここは戦場ですから。戦って、勝ち、そして、聞かせてもらいましょう」
『望む所です』
・・・状況的には完璧・・・かな。
これで俺の目的である情報収集と殿としての目的であるブラックサレナの引き付けが同時に成立した。
後は・・・俺が全力を尽くすのみ!
「・・・モードをカスタムに移行」
恐れるな。立ち向かえ。
「・・・フィードバックレベルを・・・最大に」
憎むべくは己の異常じゃない。
それを使いこなせない自身の心の弱さだ。
「・・・情報伝達速度を・・・最大に」
自らを嫌うな。
セレス嬢は己の異常を受け入れ、誇りにした。
それなら、俺にだって、出来る筈。
受け入れろ。誇りに思え。
俺の力は異常だ。
だが、だからこそ、誰かを、何かを護る事が出来る。
嫌う必要なんて・・・どこにもないだろう?
「並列思考展開。さぁ・・・始めようか」
異常な俺だからこそ出来る。
俺だけの異常な撤退戦を。
「ハァ!」
ダンッ! ダンッ!
絶え間なく動き回る。
数という戦闘における絶対的な要素で負けている以上、正面から相手をしてはならない。
常に移動して、向こうを撹乱しつつ、隙を突く。
現状で取りえる事が出来るのはこの動きのみ。
『クッ。隙がない』
『何故こんなにも狙いが定められる!?』
『・・・これが教官の真の実力ですか』
だが、そんな状態でも俺が押される事はない。
二つある秘策の内の一つ。
並列思考によるシステムとの共存。
以前、俺はシステムに意識を乗っ取られ、敵味方差別なく攻撃を繰り返した事がある。
あれは二度と忘れてはいけない苦い思い出であり、トラウマの根本でもあった。
だが、苦々しい中に、ある思い掛けない事実を発見したんだ。
それこそが、システムに意識を奪われている際の戦闘能力の向上。
事実、あの時、自身の能力の何倍も凄まじい戦闘能力を発揮していた事が後のデータで分かった。
それなら、これを利用しない手はないな、とそう考えていた。
システムに乗っ取られたのは己の未熟。
それなら、より鍛えればいい。
トラウマを克服した後、俺は必死にシステムとの共存を成そうと努力した。
だが、結果は散々。成功する事なく、配線を焼き切るような結果に終わってしまった。
もう無理なのだろうかと、諦めかけていた時に発生したコミュニケ事件。
あの時、俺は二つの人格を同時に存在させるという摩訶不思議な事態に立ち会った。
事件の最中は、切羽詰っていた為に気付きもしなかったが、解決後、ある事に気付く。
この状態を維持する事が出来れば、同時に二つの事を考え、実行する事が出来るのではないかと。
あの時の状態を参考にして、可能性の話でしかなかったが、早速実行に移した。
もちろん、素の状態で並列思考なんて、まず無理。
そんな芸当は俺には出来ない。この世界がたとえSFの世界であろうと俺には無理だ。
だから、補助脳に補助人格のようなものを作製し、緊急時に協力してもらう事にした。
通常のIFSによる補助脳では制御しきれないデータも俺の補助脳なら制御できる。
また、二度も意識を奪われるという事態が逆にプラスになってくれる筈だ。
そう半ば確信した上での賭けだったが、成功した時はホッとしたものだ。
やはり恐怖は恐怖だったらしい。うん。仕方ないだろう。
これによって、補助人格が生成され、緊急時における並列思考が可能になった。
この時は、単純に並列思考が出来る事に喜んでいた。
IFSはイメージ次第で如何様にも変わる。
だから、並列思考によって負担も減り、一つの事に集中する事が出来ると。
違う意味で、単純に憧れていたのも否定はできないが・・・。
当時はこの並列思考をうまく用いる戦闘方法の構築に力を注いでいた。
だが、この並列思考の真価はそんな事ではなかったんだ。
システムに意識を奪われる事に対して必死に抵抗していた俺。
でも、不意に気付いた。
奪われるなら奪われてしまえばいい。
その上で、暴走しないように自身できちんと支配すればいいんじゃないか、と。
並列思考というありえない技術を習得したからこそ出来る芸当。
戦闘中、補助人格をあえてシステムに奪わせ、その状態で俺自身の戦闘を補助させる。
もちろん、補助人格もあくまで俺であり、負担が一切掛からない訳ではない。
システムに奪われた補助人格を更に支配するのだって一苦労だ。
だが、自身がシステムに奪われるよりは何倍もリスクが少なく、同等の戦闘能力が得られる。
その為なら、どんな苦労でも背負ってやろう。
正に俺だからこそ、いや、異常を抱える俺にしか出来ない戦闘方法である。
「遅い!」
ピンポイントにレールカノンを放ち、敵機体の頭部を撃ち抜く。
撃破とまではいかないが、メインカメラを破壊した。
無理せずに撤退するだろう。
これで残るは福寿改とブラックサレナのみ。いや。夜天か。
『よくも!』
福寿改がこちらに飛び込んでくる。
先程はやられたが、今の俺がやられる訳にはいかない。
「甘い!」
フィールドガンランスの先端をいなし、脇に足を突き刺す。
先端にディストーションフィールドを纏った足先だ。
強引にでも充分の威力を有する。
『クッ。この程度』
だが、敵もそうは甘くないようだ。
こちらの蹴りが命中する前にDFを脇に固めていた。
威力はあっても、貫く事が出来なければ大したダメージにならない。
「・・・・・・」
でも、その程度は何の問題もない。
今の俺がする事は時間稼ぎ。
そして、もう一つの策を実行する機会を伺う事。
それだけだ。
わざわざ接近戦の相手をしてやる必要はない。
『逃げるなぁ!』
当然、突っ込んでくる福寿改。
しかし、俺も一度決めた事は何がなんでもやり通してみせよう。
「逃げる!」
ガントレットアームからの牽制。
威力はDFを纏っている福寿改にとって皆無のようなもの。
でも、多少の動揺を与える事は出来る。
『クソッ』
そして、また再び始まる高機動しながらの射撃。
速度で劣っていようと、的確に牽制する事で近付けさせない。
『シンイチ。下がれ!』
『ケイゴ!』
『・・・俺が行く』
『チィ!』
福寿改が下がる。
そう、この状態で戦闘を行えるのは夜天のみ。
牽制を物ともしない強固なDFを常時発動し、一直線に進んでくるのは脅威以外の何物でもない。
・・・近付かれるのは仕方ないな。
それなら、近付かれてからお返ししてやろう。
幸運な事に、夜天の近接格闘能力はエステバリスよりも低い。
夜天で接近戦を挑むのは愚の骨頂だ。
『ハァァァァァ!』
凄まじい速度で飛び込んでくる夜天。
先程の福寿改とは比にならない程のスピードで圧迫感が凄まじかった。
でも、それで、その程度で怯む訳にはいかないんだよ!
「ハァ!」
頭部から飛び込んでくる夜天に向けて両手を突き出す。
『グ・・・ググ・・・』
「うお・・・おおぉぉぉぉ!」
拮抗するディストーションフィールド同士。
身体全体にDFを覆わせた夜天と両手にのみDFを纏わせた俺。
集中させた分、強度や出力が増すのは当然の事。
それなのに、拮抗してしまうのだから、技術力の差に戦慄する。
『ハッ!』
拮抗した状態で突如機体を回転させる夜天。
その突然の事態に対応する事が出来ず、テールバインダーを喰らい、体当たりをも成功させてしまった。
「グッ」
フィードバックレベルの上昇には弊害がある。
それこそがこの痛みのフィードバック。
補助脳にフィードバックを担当させていてもこの痛み。
実際に俺が担当していたらどれだけの痛みだった事か。
・・・まぁいい。
痛みがあるからこそ、生きていると実感できる。
痛みがあるからこそ、護るべき者がいると実感できる。
『やはり威力はありませんか』
当然だ。
体当たりはどれだけスピードが出せるかで決まってくる。
停止状態からの体当たりなんて大したダメージにはならない。
たとえ俺自身に痛みが来ようと、機体が無事なら何の問題もない。
「・・・どうするか」
対面する夜天。
後ろには福寿改が虎視眈々と俺を狙っている。
見た所、射撃能力に関してはそれ程優れている訳ではないから問題ない。
実際、福寿改のパイロットは接近戦志向だ。
ケイゴさんに関しては俺のせいで・・・己惚れかもしれないけど、射撃能力も優秀。
夜天の性能をきちんと発揮させている。
もちろん、アキトさん程ではないと思うけど・・・。
「・・・行けるか?」
狙うはナデシコC。
最後の秘策にして、この状況を一瞬にして打破できる俺の持ち得る最高の切り札。
それを実行する為には、とにもかくにも、ナデシコCに接近しなければならない。
「・・・ああ。行くしかない」
玉砕覚悟なんてつもりはない。
生き残る為に、死地に飛び込んでやろうと思う。
死中に活あり。死を恐れる者より恐れぬ者の方が生き残る。
それが戦場の習い。腹、括れ。マエヤマ・コウキ。
「・・・ドリルアーム装着」
右手にあるガントレットアームを外し、拳で握り潰す。
この情報まで向こうに渡す訳にはいかないからな。
そして、腰の備え付けていたドリルアームをその上から装着する。
『おぉぉぉ! ドリルじゃねぇか』
・・・戦場で喜びの声を挙げるとかどうよ?
『・・・どうやら実現したみたいですね』
「おっちゃん元案で、うちの優秀な技師が開発に成功しました」
そういえば、ケイゴさんは知っていたんですね。
おっちゃんと熱く語っていましたし。
『残念です。出来る事なら、私が最も先にドリルを装着したかった』
「可能でしたとも。ケイゴさんがあのまま地球にいれば」
『・・・既にお気付きだと思いますが、私は木連人です』
「知っています」
『私は木連の為にあそこにいた。私情を挟む訳には―――』
「カエデが悲しんでいましたよ」
『ッ! ・・・そう・・・ですか・・・』
私情を挟まず、徹底してスパイを演じていたケイゴさん。
そんな彼の仮面を外してしまったのがカエデだった訳だ。
『私は栄誉ある木連軍人。たとえカエデを失おうとも任務を果たします』
「・・・・・・」
それでも、貴方は諦め切れていない。違いますか?
「分かりました。強引にでも本音を話してもらいましょう」
『本音も何も、それが事実です』
「何を言っても変わらないのは分かっています」
だからこそ、力尽くにでも、吐かせてやろうって言っているんだ。
「行きます」
『・・・ええ』
ドリルアームを突き出し、夜天に向ける。
現在の位置状況は、俺、夜天、福寿改、ナデシコCという都合の良いもの。
上手い具合に状況を整えられたようだ。
「うぉぉぉぉっぉ!」
ドリルを最大限の速度で回す。
威力が乏しくとも貫通力は他武装を抜きん出ているドリルアーム。
強固なディストーションフィールドとて・・・貫ける!
『そんなに直線的では容易に避けられますよ』
どうぞ、余裕ぶっこいて避けちゃってください。
俺の狙いは貴方じゃありませんから。ケイゴさん。
『なっ! 教官。卑怯です!』
ドリルアームを向けながら進む俺を上昇する事で避ける夜天。
俺はそれをまるで気にする事なく、全速力で漆黒の宙を駆けた。
『シンイチ! 避けろ!』
『狙いは俺かぁ!』
夜天のスピードは凄まじい。
だからこそ、隙を突く必要があった。
もし、逆方向に標的がいれば、辿り着く前に追い付かれていた事だろう。
「うぉぉぉっぉ!」
叫ぶ。
俺の本当の狙いが何かを悟らせない為に、あらん限りの声で叫びあげる。
『クソッ!』
『良くやった! シンイチ』
間一髪という表現が最も似合う状況下で見事に避けてみせる福寿改。
残念。見事だったけど、俺の狙いは貴方でもないんです。
『何!?』
『俺でも、シンイチでもないだと・・・。そうか! 狙いは・・・』
そう、俺の狙いはあくまでもナデシコC。
最高速度のまま、俺はナデシコCに飛び込んだ。
『神楽月(カグラヅキ)か!』
・・・なるほど。ナデシコCはカグラヅキね。
どうやら、完全にカグラ家専用の戦艦みたいだ。
だが、そんな事、もちろん、俺には関係ない。
「うおぉぉぉぉぉ!」
ナデシコCのDFは他の何よりも強固。
最高の矛を持たない代わりに最高の盾を持たせたのだから当然だ。
フィールドガンランスでも貫けなかっただろう。
ディストーションブレードでは掠り傷すら付かないだろう。
だからこそのドリルアーム。
威力はなくとも、貫通力はナデシコCにも通用する筈。
ナデシコCの横腹を貫くように接近する。
『やらせるか!』
当然、追い抜いた福寿改から攻撃を受ける。
いずれ、夜天も追い付き、攻撃してくるだろう。
その前に、このDFを突破してみせる。
「貫けぇぇぇ!」
必死に叫ぶ。
今、ここで、突破に成功しなければ、全てが台無しだ。
『そこまでです!』
そこまでです、じゃないんですよ。ケイゴさん。
もう・・・。
「遅い! ハァァァァ!」
先端が潰れる程の圧力を発揮し、二度は使えないであろう程にペチャンコになるドリルアーム。
だが、その犠牲の甲斐あって、見事にDFを突破してみせた。
『しまった!』
ナデシコCの弱点。
それは武装がハッキング以外に正面のグラビティブラストしかない事。
今のように、横から侵入してさえしまえば、妨げるものは何もない。
『シンイチ! 止めろ!』
『おう!』
感謝の意を込めつつ、潰れたドリルアームを敵に向けて投げ捨てる。
『クソッ! 接近させるな!』
ありがとう。お陰で助かった。
後は・・・秘策を実行するまで。
「・・・ダウンロード」
恐らく、ケイゴさん達は戦艦を攻撃すると考えているだろう。
それは正しくもあり、間違いでもある。
俺の目的は戦艦を破壊する事ではない。
俺の秘策は・・・。
「ナデシコCの制御室は・・・そこか」
遺跡より知識をダウンロードし、ナデシコCの制御室を探り当てる。
知識のダウンロードにより頭痛が襲うが、こんなの強制ボソンジャンプに比べたら大した事ない。
ゴンッ!
迫り来る福寿改と夜天を前に、自身が出せる最高スピードで制御室に肉薄し、拳を叩き込む。
別に制御している部分を破壊しようという訳ではない。
それでは、俺の狙いは達成されないから。
俺の狙いは・・・ナデシコCの掌握だ。
「急げ」
エステバリスから降り、制御室のコンソールに触れる。
空気圧によって外に吹き飛ばされそうになるが、そこは俺の異常な身体能力。
扉近くの柱にワイヤードフィストのワイヤーを括り付け、強引に接近した。
外からの攻撃に晒されるという恐怖はあるが、エステバリスがガードしてくれている筈。
一刻を争う状況下、命を惜しんでいる暇はない。
「オモイカネだね。初めまして」
『初めまして』『貴方は誰?』『ルリの事を知っている?』
データは消去されていない。
多分、後々に転化して使えるから。
でも、主導権は奪われてしまっているみたいだ。
「俺はマエヤマ・コウキ。ちょっとだけ力を貸して欲しい」
『誰?』『知らない人』『知らない人の言うことを聞くなってルリに言われた』
「信じられないかもしれないけど、そのルリちゃんのお友達だよ。電子の妖精のね」
『本当?』『嘘だ』『嘘はダメだよ』
あれま。ルリ嬢に似て頑固だな。
思い込んだら一直線って感じ。
「そうか。残念だな。せっかくルリちゃんに会わせてあげようと思ったのに」
『ルリに会えるの?』『本当に?』『嘘はダメだよ』
なんか叱られているんですけど・・・。
しかも、二度も。
「信じてもらえないかな?」
でも、お願いするしか、信じてもらうしかないんだ。
彼らの協力がなければ、俺の作戦は成功しない。
『ルリに会いたい』『信じる』『協力する』
「そうか。ありがとう」
なんか騙しているみたいで凄い罪悪感が・・・。
でも、ルリ嬢にしたってオモイカネと会いたい筈。
約束もしちゃったし。
絶対にオモイカネとルリ嬢を再会させてあげようと思う。
「じゃあ、頼むね。絶対に会わせてあげるから」
『分かった』『任せて』『いつでも』
主導権を握られてしまっている。
それなら、俺が協力して主導権を奪ってしまえばいい。
「ハッキング・・・開始」
俺の狙いはただ一つ。
ナデシコCのハッキングによる戦力の掌握。
長所が弱点になるなんて事はいくらでもある。
ナデシコCの最大武装であるハッキング。
それをこちらが利用してやれば、艦隊程度の掌握は容易。
まさか自艦の武器が味方に牙を向くなんて、考えもしなかっただろう?
ゴンッ! ゴンッ!
「侵入がバレたみたいだな」
扉を叩く音が聞こえてくる。
・・・自分でも不思議な程に冷静だ。
「オモイカネ。空けちゃ駄目だぞ」
『もちろん』『分かっているよ』『いけいけ~~~』
ハハッ。期待に応えるとしよう。
『そこまでです!』
『抵抗せずに捕まりな!』
外部スピーカーかなんかだろう。
フィールドガンランスをこちらに突き付ける福寿改と夜天から声が聞こえた。
「・・・・・・」
『残念でしたね。教官。そこまでです。大人しく捕まってください』
「・・・ケイゴさん」
『こちらとしても貴方に対してはきちんとした待遇を―――』
「残念ながら、チェックメイトです」
その瞬間、俺以外の全てのものが動きを止めた。