機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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艦長コンテスト・転

 

 

 

 

 

詳しい事は軍事関係に詳しくない俺には分からなかったが、簡単に作戦とここまでの経過を説明しよう。

まずは敵戦艦のレーダーから消える為にナデシコ自体の動力を最低限までカット。

かなりのステルス機能を持っているのだろう。

ナデシコは見事なまでに敵戦艦のレーダーから消えた、らしい。

流石に相手のレーダーについてはだろうとしか言えない。

その後、接近してきたら反応するように調整したミサイル群を投下。

逃げたナデシコに対して追うような形で迫って来ていた敵戦艦はミサイルによって足止めを喰らい、更に損傷を受けた。

もちろん、動力をカットしている以上、現状は慣性運転であり、追いつかれかねないという危険性がある。

再起動するにも動力をカットしており、時間が掛かる為、一度追いつかれたらおしまいだろう。

そんな中、ミサイル群を投下するという事は非常に危険な事でもある。

向こうに位置を特定させてしまう危険性があるからだ。

しかし、そこは我らが天才艦長、いや、天才参謀といった方がいいのかもしれん、ユリカ嬢が解決した。

ミサイル群によって足止めしている間に、慣性運転である以上、不可能と思われる方向転換をしたのだ。

もちろん、方向転換と言えども、微々たる角度変更だ。

それでも、凄まじい速度で移動し続ける戦艦戦においてはかなりの効力を発揮する。

現状の位置、ミサイルの投下位置。この二つからナデシコの位置を見出した敵戦艦はGBをその位置へと向けて発射した。

向こう側はかなり自信があったに違いない。だが、結果虚しく直撃ならず、だ。

ナデシコの脇を掠るように抜けていった。緻密な計算も天才の閃きには及ばす。

そのあたりは流石艦長といった感じだ。その方法が正に天才と思わせるものだから、恐れ入る。

先程、ボソン砲によって損傷を受けた右翼部。その右翼部から抜け出す空気圧を利用して角度を変えたのだ。

一切のスラスターなどの方向転換用の装置を用いずに角度変更。

動力を使ってない以上、向こうのレーダーにも映らないし、向こうの自信を打ち砕く事にもなる。

あちらは絶対の自信があるからこそ遠距離射撃をしたのだから。

結果、相手はナデシコの居場所を見失い、混乱の渦中に。

そして・・・後はエステバリスの出番って訳だ。

 

 

 

 

 

『ここまでは順調だな』

 

コクピット席で戦況を眺めていたパイロット勢。

その中にいるアキトさんがそう呟いた。

もちろん、アキトさんの声が聞こえるのだから、俺もエステバリスに搭乗済みだ。

今回、ブリッジにいてもどうしようもないと判断し、エステバリスに乗り込む事にした。

それに、敵の新型兵器をこの身で体感しておきたいという事もある。

現状の木連がどこまで兵器開発を進めているか。それを知りたい。

ジンシリーズならまだ対処出来る。

言っちゃ悪いが、でかいだけの的みたいなものだからな。

だが、本格的にあの新型が導入されたら・・・。

 

『パイロットの皆さんは出撃してください』

 

ふぅ・・・。先の事を考えていても仕方ないか。

今はこっちに集中しなくちゃな。

 

『作戦通り、発進後は全ての動力源をカット。敵戦艦の接近と同時にアキトの指示で戦闘を開始しちゃってください』

「了解」

『もちろん、ナデシコはすぐに帰ってきますから。バッテリー切れの心配もせずに張り切っちゃってくださいね』

 

高機動戦フレームはかなりバッテリーを喰うからな。

改良したのに0G戦フレームと同じくらいの時間だから。

まぁ、艦長がすぐに戻ってくるって言ったんだ。

その言葉を信じて、最初から全力で・・・いや、ある程度、抑えるぐらいで戦闘しよう。

俺は石橋を叩いて渡る慎重派。やっぱり戦場で停止は怖いしね。

も、もちろん、信頼していますよ。でも、一人ぐらい慎重な奴がいないとさ。うん。

 

「マエヤマ・コウキ。高機動戦フレーム。出ます」

 

ナデシコの後方へ向けて発進。

その後、すぐさま動力源をカットした。

身体の後方には敵のレーダーや視界から姿を隠す特別製のシートが備え付けられており、準備は万端。

後はこちらの存在を隠し通し、接近後、奇襲するまでだ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

誰も何も話さず、緊迫した時間が流れる。

一人でも存在が見付かれば一気に危険な状態に陥る。

そう考えれば緊張するのも仕方ないだろう。

俺もかなりの緊張で心臓がバクバクとうるさい。

 

「・・・・・・」

 

でも、心臓の痛みは緊張以外にも起因していたりする。

・・・これから今までにない本格的な戦闘を行うからだ。

今までが遊びだったという訳ではない。

単純に、今までとこれからで大きな違いがあるだけだ。

それは有人か無人かという違い。

そう、俺は今日、もしかしたら人を殺すかもしれないのだ。

そして、その恨み、憎しみをこの肩に背負う事になるかもしれない。

他のパイロットは覚悟を決めているのだろう。

殺されなければ殺される。それが戦争だと分かっているから。

だが、その覚悟は俺にはない。

俺は人を殺してしまえばその罪悪感で押し潰されてしまうだろう。

自分の事だ。よく分かっている。

どれだけ特別な能力を与えられようと。

それが人にとっては異常と思える能力だとしても。

精神が一般人である俺には人を殺すという事に対しての忌避感はどうしても拭えない。

もちろん、俺の周りが異常だと言っている訳ではない。

パイロットとして当然の考え方だし、彼らだって好きで敵を殺している訳ではないと分かっているから。

ただ、自分自身に覚悟がないだけだ。

他人を殺し、自分を生かし、その罪と責任を背負って生きるという覚悟が。

 

「・・・・・・」

 

死なないように倒せばいいのか?

・・・いや。そんな技術は俺にはない。

それが出来たらどんなに楽な事か・・・。

それに、だ。

もし、逃がした結果で仲間が死ぬような事態に陥ったら、俺は一生を罪悪感に苛まれて生きる事になるだろう。

そもそも自分を一生許す事が出来ずに、安易な自殺を選んでしまうかもしれない。

有人機に対して、強制ボソンジャンプをさせる時、あの時は殺すとは違った目的があったので楽だった。

だが、今回は確実に倒す事こそが目的。その延長戦には殺すというものがある。

今日の戦闘終了後、俺がどのようになっているか。

それを考えるだけで、全身が震える程に怖くなってくる。

不死、殺さずを目的に戦える程、俺は強くないのだから。

 

「・・・いくぞ」

 

そして、そんな過去との決別とも、殺人を遂げる本当の初実戦とも言える戦闘が始まりを告げた。

 

 

 

 

 

『各機散開! 出撃してくるジンを二人一組となって撃墜せよ』

『『『『『『「了解!」』』』』』』

 

男四人、女四人の現状、それぞれ二人組になれば四つのチームが出来る。

 

「イツキさん」

『はい!』

 

そのような時、殆どが俺はイツキさんと組んでいる。

スバル嬢はイズミさんと、ガイはヒカルと会長はアキトさんと大抵組む。

まぁ、僕達は途中参加した人間と正規なパイロットじゃないっていう、言わばあまりものみたいなものですしね。

でも、甘く見られちゃ困る。正式ではないけど、教官と教え子の仲だ。

連携では他のチームにも劣らない。

 

「俺が先行します。イツキさんは援護を」

『了解しました。お気をつけて』

 

ディストーションブレード。

俺も未熟とはいえ、ケイゴさんに剣術を習った身。

鈍い動きしか出来ないジンに遅れは取らない。

 

「はぁ!」

 

向かってくるジンのロケットパンチを断ち切る。

ディストーションブレードの切れ味を舐めてもらっちゃ困る。

 

「ハァァァ!」

 

イツキさんの援護によって拓けた道に飛び込む。

小型グラビティブラストに注意しつつ、ディストーションフィールドを突破する。

 

「クッ。固い」

 

流石にバッタとは訳が違った。

DFの強度が段違いだ。この状況下では突破できないか!?

 

『コウキさん。一度下がってください』

 

どうやらイツキさんもそう判断したようだ。

立て直そう。

 

「了解」

 

周囲に注意を配りながら後退。

流れ弾はDFが弾いてくれるが、安心は出来ない。

向こうの小型GBを喰らったら流石にまずいしな。

 

『バッタのようにはうまくいきませんね』

「はい。フィールドガンランスなら全体重を込められるんですが、ディストーションブレードでは厳しいかもしれません」

 

これには形状が大きく影響している。

ディストーションブレードは切れ味重視で突破力不足。

対して、フィールドガンランスは突破力重視で切れ味不足。

要するに、敵機体を直接切り付けるならディストーションブレード。

敵機体を纏うディスーションフィールドを突破するならフィールドガンランスがベストという訳だ。

 

『分かりました。それならば、私がDFを突破します』

 

現状の装備は、ガントレットアームの両腕、腰にディストーションブレードとレールカノン、背中に大型レールキャノンという近、中、遠に対応した武器。

ガントレットアームに装着されている簡易ラピットライフルは出力調整で連射性を重視してもらった。要するに、完全に撹乱用という訳。

後はディストーションブレードか、大型レールキャノンで仕留めるというスタイル。

ジンを相手にするならこっちの方がベストだ。

対してイツキさんは俺とは用途の違った選択。

ガントレットアームなのは同じで、違うのは近、中に対応するフィールドガンランスにラピットライフルを二丁という点。

また、このライフルは威力重視らしく、辛うじてだが遠距離にも対応できる威力と精度を持つらしい。

基本的に中距離にいるイツキさんにはベストの選択だと思う。

そして、現状で必要なのはフィールドガンランスの突破力。

俺が持っていない以上、イツキさんに任せるしかない。

 

『突破後、私が追い討ちをかけます。コウキさんは―――』

「いえ。俺が・・・仕留めます」

『そう・・・ですか。分かりました。御願いします』

 

・・・甘えるな。

イツキさんにばかり負担を掛けていては二人組の意味がない。

突破後、イツキさんがフィールドガンランスで装甲を削り、俺がディストーションブレードで仕留める。

これがベストの選択の筈だ。

それを、人を殺したくないなんていう甘えで・・・逃げる訳にはいかない!

何より、そんな役目を彼女だけに押し付ける訳にはいかないだろ!

俺も背負うんだ! 自らが殺してしまった人の命を! 責任を!

 

『・・・いきます!』

 

一呼吸置いて飛び出すイツキさん。

俺はそれの少し後方から彼女を追い、彼女に迫るバッタを排除していく。

彼女も周囲に向けてラピットライフルを撃ち続けるが、それはあくまで牽制。

彼女のスピードが落ちないよう、周囲を片付けるのは俺の役目だ。

ディストーションブレードを右手に、レールカノンを左手に持ち、ガントレットアームのライフルで牽制しつつ、近ければDBで、遠ければレールカノンで的確に屠っていく。

先程、彼女が俺の道を拓いてくれたように、今度は俺が彼女の道を拓く番だ。

 

『ハアァァ!』

 

どうにか接近に成功したイツキさんがジンを覆う強固なDFにフィールドガンランスを突き立てる。

全ての力を槍の先端に乗せ、敵へ突き立てる行為は圧力が凄まじい。

ディスーションブレードを弾き飛ばしたDFをフィールドガンランスは容易に突破してみせた。

・・・さぁ、いくぞ・・・。

 

「ゴクッ」

 

息を呑む。

そんな時間はないと自覚している。

だが、知らぬ間にそうしていた。

 

『コウキさん!』

 

突破と同時にフィールドガンランスのレールカノンを放ち続けるイツキさん。

・・・そうだ。ここで躊躇していれば、彼女の身に危険が迫る。

それは即ち、彼女を危険に陥れ、ナデシコまでも危険に陥れてしまうという事。

ナデシコには護りたい大切な人がたくさんいるんだ。

ここで躊躇する。それが結果として彼女達を失う事になってしまったら・・・。

 

『コウキさん! 後退しま―――』

「・・・やるしかないんだ。ハァァァ!」

 

一生後悔する。大切な人を失うくらいなら、俺は罪を背負おう。

 

ザァン!

 

「・・・・・・」

 

断ち切り、駆け抜ける。

後ろからは眩しい光。機体内の機関部が損傷し、内部爆発した結果だろう。

そんな爆発に飲み込まれれば、中にいるパイロットは生きていられない。

そう・・・死んだんだ。

 

『・・・コウキさん』

 

心配そうなイツキさんの表情。

嫌だな。こういう時はサウンドオンリーにしたかった。

俺の今の表情は誰にも見せたくなかったのに。

 

『免罪符にする訳ではありませんが、殺さなければ殺されていた。それが戦争です』

「・・・ええ。分かっています」

『・・・帰艦しますか?』

「いえ。最後まで、俺も戦場に立ちます」

『・・・そうですか。・・・頑張りましょう』

「・・・はい」

 

気分は最悪だった。

実際に人が死んだ瞬間を見た訳じゃない。

でも、事実、俺はこの手で人を殺したんだ。

背負おうと誓ったんだ。

強く心を持て、俺。

恐怖に飲み込まれれば、お前が死ぬ事になるんだぞ。

 

『各機へ。敵戦艦の機関部へ突撃する。援護を頼む』

 

あらかたジンを片付けたからだろう。

戦艦への道が拓けた事を機にアキトさんが戦艦へと飛び込んでいった。

 

『コウキさん。見てください!』

 

アキトさんの援護をする為に敵戦艦へ近付いた俺とイツキさん。

ナデシコメンバーもジンを片付け、俺達と同じようにアキトさんの背中に付いていた。

そして、叫ぶように大声を上げるイツキさん。

その視線の先には・・・。

 

「・・・エステ・・・バリス?」

 

以前、地球で戦った木連側の新型人型機動兵器。

その姿があった。

しかも、以前のようなどこか違和感のある姿から、更にエステバリスへと近付いた完璧に近い高機動戦フレームの姿だった。

機体性能、OS、そのどちらも、こちらに対して劣っていないと判断した方が良いのかもしれない。

やはり木連の技術は甘く見てはいけなかった。

 

『テンカワ君の突撃は変わらないよ。あれは僕達が引き受けようじゃないか』

 

会長からの一声。

躊躇する事なく飛び込んだアキトさんを追うように移動し始めた敵の機動兵器の前にそれぞれが立ち塞がった。

 

『ここから先は行かせねぇぞ』

『お前の相手はこの俺だ』

 

早速斬りかかる我らが前衛二人。

敵機動兵器の数はこちらの半数に当たる四機。

アキトさんの援護に三機を当てるとして、一機に対して一機を割り当てる計算だ。

 

「俺が行きます! 皆さんはアキトさんの援護を!」

『コウキさん!? 私が!』

「いえ。イツキさんは援護に回って下さい。あれだけの迎撃体制に対して的確に援護できるのは俺よりイツキさんです」

 

悔しいが、援護役、フォロー役にはイツキさんが最も適している。

俺はどちらかという万能という名の器用貧乏だ。

それぞれの頂点に君臨する者には遠く及ばない。

 

『・・・分かりました。コウキさん。御気を付けて』

「イツキさんこそ。健闘を祈ります」

『・・・はい』

 

心配そうに去っていくイツキさん。

駄目だな。パートナーに不安を抱かせてしまっては。

もっとしっかりしないと。

 

「貴方の相手は俺がします」

『・・・容赦しないぞ』

 

ッ!? ・・・有人機か。

 

「・・・こっちだって!」

『かかって来い!』

 

・・・失望した。

有人機である事を焦った俺に。

どうやら俺は無意識に無人機である事を望んでいたらしい。

覚悟を決めた筈なのにな。

 

『ハァァァ!』

 

フィールドガンランスを両手に突っ込んでくる敵機動兵器。

ジンのDFを突破した武器だ。こちらのDFも突破される恐れがある。

ここは避けるしかない。

 

「クッ」

 

向こうの機体もこちら並のスピードがあるらしい。

強引に避けた為に凄まじいGが身体に襲い掛かってきた。

 

『・・・ほぉ。あれを避けるか。貴様、名はなんという?』

「て、敵の名前を聞いてどうするんですか?」

『なに。強き者と雌雄を決する。なんとも素晴らしい事ではないか』

 

なるほどね。

木連らしい熱い魂だよ。

 

「マエヤマ・コウキ。愛機はエステバリス・高機動戦フレームです」

『なるほど。貴様がケイゴの言っていた奴か』

 

ケイゴ!?

ケイゴさんの事か!?

 

「貴方はケイゴさんの―――」

『礼儀だ。こちらも名乗ろう。俺は優人部隊所属キノシタ・シンイチ少佐。愛機は福寿だ』

 

人の話を遮りやがって。

礼儀なんてなっちゃいないだろうに!

 

『さて、無駄話は終わりにして、勝負を決めようじゃないか』

 

な、なんつうマイペース。

自らが振った話を無駄話と切り捨てやがった。

 

『ハァ!』

「クッ」

 

フィールドガンランスからレールカノンが放たれる。

あれを調整したのは俺でもある。その特徴は掴んでいる。

 

『チィッ! ちょこまかと』

 

それは通常のライフルに比べ、重みがあるという事。

その重みは若干の方向転換の遅れへと繋がる。

気付かれなければ問題にならないが、気付けば一瞬を争うような戦闘だ。

充分な隙と成り得る。

とにかく照準を付けられないよう駆け回り、そして、徐々に近付いていけばいい。

 

『クソッ。調子に乗るな!』

 

どうやら射撃はあまり得意ではないらしいな。

まぁ、性格的に接近戦を好んでいるだけかもしれないが。

 

『これならどうだ』

 

その手には逆手に持たれたイミディエットナイフ。

それなら、こちらも受け止められる。

 

ガキンッ!

 

『やはりやるな』

 

ディストーションブレードで受け止める。

賞賛されるが、そんな事はどうでもいい。

こいつには聞きたい事がある。

 

「聞きたい事があります」

『それに答える義理はないが?』

「それでも答えてもらいます」

 

鍔迫り合いをしている今がチャンス。

なんとしても聞いてみせる。

 

「先程、ケイゴと言いましたが、それはカグラ・ケイゴの事ですか?」

『無論だ。そちらもケイゴの事は知っているんだったな』

「・・・やはり、ケイゴさんは木連側の人間だったんですね」

『やはり、か。なるほど。予想はしていたようだな』

「怪しんではいました。でも、それが事実だと知ると・・・」

『ケイゴの言った通りの奴だ。ふんっ!』

「クッ!」

 

油断したのだろうか。

イミディエットナイフに弾き飛ばされてしまった。

 

『甘い奴だ。まぁ、仲間を愛し、信頼する精神は尊いと思うがな』

 

・・・別にケイゴさんがスパイであった事に対して憤りを感じている訳ではない。

ただ、無様にもOSを持ち込まれてしまった自分が許せないだけだ。

 

「福寿といいましたよね?」

『答えてやる義理はないと言ったが、教えてやろう。その通り、この機体の名は福寿だ』

 

・・・福寿。エステバリスの和名。

これは皮肉だろうか?

 

『既に理解しているのだろう?』

 

こちらのエステバリスの情報を基に製作された機体である事。

その性能はこちらと同等である事。

・・・そんな事、とっくに理解しているさ。

 

『さて、今度こそ、無駄話は終わりとしよう。マエヤマ・コウキ』

 

・・・福寿。

俺の干渉によって産み出されてしまった木連の新型機動兵器。

・・・なら、俺が責任を持って・・・潰す。

 

「ハァァァ!」

『いいぞぉ! その気迫だ!』

 

ディストーションブレードで斬りかかる。

単純な突進だ。工夫も何もない。

案の定、簡単に受け止められた。

だが、俺の攻撃はそこからだ。

 

「ハッ!」

『何!?』

 

剣術の腕前で他のパイロットに劣る俺が彼らと対等に戦う為に編み出した戦闘術。

それは剣術と柔術の組み合わせ。言わば、足元がお留守だよ攻撃だ。

 

『ク、クソッ』

 

悔しそうな声をあげる敵パイロット。

ふっ。膝を砕いてやったぜ。

宇宙空間だからあまり意味はないかもしれないが、それでも精神的にダメージを与えられた。

 

「油断しましたね」

 

接近し、敵の攻撃手段を防ぎ、隙を突き、蹴り上げる。

OSを弄くり、常に足に対して強力なDFを纏わせている俺の愛機に蹴られればひとたまりもないだろう。

 

『・・・なるほど。どうやら甘く見ていたようだ』

 

・・・空気が変わった。

今までのが嘘だったかのような、敵方からの凄まじい圧迫感。

どうやら、手加減されていたらしい。

 

「・・・・・・」

『・・・・・・』

 

俺も向こうも対面したまま動かない。

いや、動けないんだ。

恐らく向こうは隙を窺い、俺は隙を見せまいと構えているから。

どちらも攻撃を仕掛けるきっかけがない。

 

『敵戦艦の機関部の破壊に成功した。各機、状況を窺いつつ、徐々に後退しろ』

 

そんな中、告げられるアキトさんからの報告。

どうやら、俺達が福寿を足止めしている間に撃破に成功したらしい。

 

『・・・作戦は失敗のようだな』

「・・・・・・」

『残念だが、勝負は預けておこう。さらばだ』

 

・・・向こうは向こうで撤退命令が出たらしい。

そうだよな。母艦がやられたんだから。

追撃しようにも、それじゃあ命令違反だし、これといった利点がない。

ここは素直に撤退しよう。

 

「・・・ケイゴさん」

 

今回の戦闘。

俺にとっても大きな意味を持った。

初の人殺し。福寿の存在。ケイゴさんの真実。

考える事がたくさんあって、頭はこんがらがっていた。

初の人殺しに感慨深くなっている余裕もなく、状況はめまぐるしく変化している。

これからどうなるのか、俺には全く見当が付かなかった。

 

「・・・コウキ君。今はゆっくり休みなさい」

「・・・ミナトさん?」

「いいから。ね?」

「・・・はい」

 

・・・そうですね。少し休みます。

ミナトさんの優しい温もりに包まれながら、俺は眼を閉じた。

どうやら思ったよりも精神的に疲れていたらしい。

知らぬ間に、俺はミナトさんの膝の上で死んだように眠っていた。

 

 

 

 

戦闘を終えた翌日。

気付けば、いつもとは感触も匂いも違うベットにいた。

 

「・・・ここは?」

「あら? 起きたのね」

「ミナト・・・さん?」

「ふふっ。寝惚けちゃって」

 

身体を起こすとミナトさんの姿が視界に映る。

うん。どうやら、ここはミナトさんの部屋みたいだ。

そういえば、覚えの感触だったもんな。あと、匂いも。

・・・ん? どうしてミナトさんの部屋にいるんだ?

 

「ミナトさん。どうして俺がここにいるんですか?」

「え? 覚えてないの?」

「えぇっと・・・」

 

昨日は・・・あぁ、そういう事か。

 

「ありがとうございました。お陰様で楽になりました」

「そっか。駄目そうだったら喝を入れてあげようと思ったのに」

 

わ、笑って言う事じゃないと思うんだけど。

しかも、妙に輝いた笑顔で。

 

「俺だっていつまでも慰められてばかりはいられませんよ。情けない姿は見られたくないですし」

「ふふっ。既に見飽きたぐらい見ているけどね」

 

グサッ!

 

うぅ。ブロークンハート。心が痛いぜ。

 

「でも、コウキ君も強くなってきているのね」

「え?」

「精神的に、さ。前だったら、人を殺したって罪悪感で押し潰されていたと思うの」

 

罪悪感に押し潰されて・・・か。

 

「ちょっと違いますよ。ミナトさん」

「え?」

「正直な話、今にも押し潰されそうです。思った以上に辛くて苦しいですね。思わず眼を背けたくなるぐらい」

「・・・・・・」

「でも、ちゃんと眼を背けずに現実を見ようって。人を殺したという罪をきちんと背負おうって。そう覚悟を決めたんです、俺」

 

人を殺したと自覚した瞬間、吐き気と頭痛がした。

それでも、その罪悪感を必死に押さえ込み、ジンを狩り尽した。

ミナトさんを、ナデシコを護る為に、そう自分に言い聞かせて。

もちろん、何かを、誰かを護る為なら何をしてもいいという訳ではない。

それを免罪符にするのは唯の逃げだって自覚している。

でも、何か理由を付けないとやっていけない程、あの時の俺は追い詰められていたんだと思う。

だから、戦闘終了後、湧き出る罪悪感に苦しみ、同時に戦闘で疲労した俺は気絶するように眠ったんだろう。

一晩、何も考えずに眠れた事は幸運だったんだと思う。

一度考え出したら止まらないだろうし。それぐらいは自覚している。

 

「もちろん、人を初めて殺したような人間です。そんな覚悟も決心もすぐに揺らいでしまいましたよ」

「・・・仕方ないと思うわ。誰だって、眼を背けたくなる」

 

はい。その通りです。でも・・・。

 

「でも、俺がやらないと誰がやるって思ったんです」

「・・・それは自分以外では出来ないって意味?」

 

あぁ・・・。そういう取られ方もあるのか。

 

「いえ。そうじゃありませんよ」

 

ナデシコではそれほど俺は目立つ方ではない。

ナノマシンの恩恵で割となんでも上位に入る腕前かもしれないが、上には上がいる。

何より、覚悟のない人間なんていくら腕が良くたって戦力にならないだろうし。

 

「俺が敵を倒そうとしない。そうなれば、誰かが俺の代わりに敵を倒さなければなりません」

「・・・そうね」

「それは、自分が罪を犯したくないという理由で他人に罪を擦り付けるという事。何よりもタチが悪いです」

 

人を殺す覚悟もないくせに戦場に立って、挙句の果てに罪を犯したくないからと仲間に罪を擦り付ける。

敵を殺す。敵を殺せずに味方を危機に陥れる。そのどちらよりも性質が悪いと思う。

 

「仲間だけに罪を背負わせたくない。そんな思いがありました。俺も仲間の一員として、罪を背負おうと」

「・・・そっか」

 

それが俺の戦う理由です。

 

「それなら、私も、いえ、私達もナデシコクルーの一員として、共に罪を背負わないとね」

「え? ミナトさん?」

「だって、そうでしょ? パイロットだけが悪い訳じゃないわ。たまたま当事者が貴方達だっただけ」

「た、たまたま!?」

「ええ。貴方達はナデシコの代表として戦場に立っているだけよ。ナデシコクルーの総意で敵を倒しているの」

「・・・でも、全員が全員、そういう訳では・・・」

「いい? コウキ君」

 

ミナトさん?

 

「私達は一人一人が自分の意思でこのナデシコに乗っているわ」

「はい」

「そんな中で、色々な事を経験して、こうして生き残ってきた。それは皆が皆、生き残る為に頑張ってきたからなの」

「もちろんです。ナデシコクルーの一人一人が責任を持って―――」

「そういう事を言っているんじゃないのよ」

 

ビシッと否定されてしまった。

ミナトさんは一体俺に何を伝えたいんだろう?

 

「責任とか、そういう事じゃないわ。私達は私達の家を、家族を護る為に頑張ってきたの」

「護る為・・・」

「ナデシコクルーはもう仲間であり、家族なのよ。違う?」

 

家族。うん。そうだよな。

 

「はい。そうだと思います」

「よろしい。それでね、貴方達は家族の中でパイロットとしての腕があったから戦っているの」

「・・・・・・」

「例えば、私にパイロットとしての腕があれば私も戦うわ」

「ミナトさんも・・・ですか?」

「ええ。当たり前じゃない。家族を護る為に戦うのだから誇らしいわ」

 

笑顔で語るミナトさん。

 

「でも、残念ながら、私にそんな腕はない。だから、腕がある貴方達に頼んでいるの」

「・・・・・・」

「分かる? 私達は頼んでいるの。私達を護ってと、そう貴方達に頼んでるのよ」

 

頼まれている? 俺達が?

 

「だからね、貴方達だけが罪を背負う必要はないの。私達の総意を貴方達が果たしてくれているだけなんだから」

「・・・それで、ナデシコクルーの総意ですか」

「ええ。私達を護る為に罪を背負おうとしてくれているのよ? それを共に背負おうとしないのはおかしいでしょ」

 

ははっ。どうしてだろう?

貴方達を護る為に頑張りました。

そう言えれば楽だった。でも、そういうのは卑怯だと思った。

それは罪を擦り付ける事だし、何よりそれを罪に思わせるのが嫌だった。

貴方の為に人を殺しました。そう言われて罪悪感に苛まれない人間はいないだろうから。

だから、俺はミナトさんに言わなかったんだ。

貴方を護る為に戦いましたって。

それなのに、ミナトさんは言う。

私達にも罪はあるのよ。一緒に背負いましょうって。

そして、それがなんて心を楽にしてくれる事だろう。

背負わなくていいのに。それなのに、一緒に背負おうって。

少しでも罪の意識を和らげてあげようって。

馬鹿ですよ。ミナトさん。

・・・優し過ぎます。

 

「パイロットは敵を倒す事が仕事。確かにそうかもしれないわ」

「・・・はい」

「でも、だからって許される訳じゃないの。きちんと罪と向かいましょう」

「・・・はい」

 

やっぱり俺は情けない。

ミナトさんがいないとすぐに潰されてしまう。

今だって、ミナトさんのお陰でこうして立ち直れた。

これで、俺はまだ・・・戦える。

 

「馬鹿ね。コウキ君は」

「え? 俺が、ですか?」

 

馬鹿なのは貴方ですよ。ミナトさん。

 

「コウキ君は自分だけの罪だとか、殺した当事者だけが罪だって思っているんでしょ?」

「それは・・・」

 

実際に殺めたのは俺だし・・・。

 

「コウキ君が仲間に罪を背負わせたくないって思うように、仲間もコウキ君に背負わせたくないの」

「・・・あ」

「だから、一緒に背負う。それが一番だと思うの。まぁ、どうすればいいのかなんて分からないんだけどね」

 

苦笑するミナトさん。

そっか。そうだったんだな。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

「ええ。どういたしまして」

 

何に対してお礼をしているのか伝えてないのに。

それなのに、分かっているわって顔で頷いてくれるミナトさん。

本当に、お世話になりっぱなしだなって思った。

 

 

 

 

 


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