「・・・分かった。これ」
ミナトさんに泣きついた次の日。
いや。お恥ずかしい限りです、はい。
でも、ミナトさんのお陰で心が軽くなった。
ありがとうございます。ミナトさん。
そして、昨日話したようにラピス嬢からミスマル提督の連絡先を聞こうと話しかける。
その結果、特に問題なく教えていただきました。
信用されているって思っていいのかな? だとしたら、嬉しいな。
「ありがとう。ラピスちゃん」
「・・・いい」
相変わらずの無表情。
アキトさんがいるといないとでは大きく違う。
ラピス嬢は本当に表情が動かない。
信頼はされていると思うんだけど・・・。
やっぱりアキトさんは別って事かな?
「それじゃあ、また」
「・・・うん。また」
ラピス嬢。ありがとう。
とりあえず、自室で連絡を取りますかね。
「お久しぶりです。提督」
『この回線からなのでテンカワ君だと思ったんだがね。マエヤマ君だったか』
「ええ。教えていただきまして」
ピコンッと映りだすカイゼル提督。
いや。相変わらずのインパクトですな。
『そうか。それで、何か用かね?』
「ええ。ケイゴさんの事を聞きまして、基地内の様子はどうかな? と」
ケイゴさんは基地内でも目立っていたし、好青年として人気があった。
きっと基地内の人間にも大きな影響を与えていると思う。
『うむ。軍人や古くから基地にいる者は大丈夫なんだがね。新参の者達は未だに暗い顔をしているよ』
流石に軍人達は慣れているか。
人の死になんか慣れたくないけど、仕方ないんだろうな。
『特にキリシマ君は酷いな』
「ッ!」
や、やっぱり・・・。・・・カエデ。
『食堂で仕事はしているんだが、どこか魂が抜けたようでな。無気力になっている』
「・・・そう・・・ですか・・・」
・・・ケイゴさんはカエデにとっても特別な人だったんだろうな。
間近な人間が戦死扱いされたんだ。ショックを受けるのは当たり前だな。
もし、ケイゴさんが生きていたら・・・。
それはそれで複雑だ。ケイゴさんが木星蜥蜴であるとバレてしまう。
それに生体ボソンジャンプについても知られてしまう可能性がある。
ケイゴさんの失踪にはそれだけの意味があるんだ。
『キリシマ君の件だが、そろそろ行動に移せそうだ』
「キリシマの件?」
『忘れたのかね? キリシマ君をナデシコに戻すという件だ』
・・・あ。という事は、極東方面軍の司令官にミスマル提督が?
「提督が司令官に?」
『うむ。これから資金援助の要請に行くのだがね。それの成功次第となる』
「資金援助?」
誰に要請するつもりだろう?
『今、ナデシコはピースランドにいるのだろう?』
「え、ええ。そうですが?」
『これから私もそちらに合流するつもりだ。アキト君とルリ君と合流し、ピースランド王に面会する』
・・・そ、そんな計画が立てられていたんですか・・・。
「ピースランド王とは既に接触を?」
『うむ。あまり良い返事は頂けなかったが、ルリ君とアキト君と共になら良い返事を頂けるかもしれん』
ルリ嬢は分かるけど、アキトさんも?
「アキトさんも、ですか?」
『ふむ。マエヤマ君。君は世間の情報に疎いのかね?』
「え?」
『いや。まだ世間に公表した訳じゃないから知らなくても仕方ないか』
えぇっと、よく分からないんですけど?
『アキト君をトップエースとして連合軍の広告塔にする活動が始まるんだ』
「・・・本当ですか?」
『無論だ。アキト君の実力を考えれば当然の結果だろう』
「ア、アキトさんは了承したんですか?」
『うむ。もちろんだ。アキト君なりの考えがあるそうだが・・・』
・・・アキトさんは戦後の事をまるで考えていないのか?
連合軍のトップエースなんて事になったら、戦後、確実に身柄を軍に拘束される。
アキトさんに戦力を持たせて、もし、連合軍に襲い掛かったら、連合軍が危ないと。
そう判断されたら表舞台に二度と立てないようにされても不思議じゃない。
・・・いいのか? アキトさんは、それで、いいのだろうか?
「・・・・・・」
『君の希望は戦後の平穏だったね?』
「ええ。その通りです」
俺の目的はあくまで戦争終了後の平穏な生活。
その為にナデシコにいる。
『だが、アキト君はどうやら違うようだ。アキト君は何より戦争の完全和平を目指している。我が身を犠牲にしてでもな』
・・・我が身を犠牲にしてでも?
そんなの、そんなの認められない!
「それを提督は了承したんですか!? 誰かを犠牲にしてでも和平をだなんてそんな―――」
『分かっておる!』
「ッ!?」
突然の叫び声。
思わず身が竦む。
『・・・私とて分かっておる。だが、アキト君からの要望なのだ』
「・・・アキトさんが?」
『自分が犠牲になるぐらいで和平が成立するなら、と。戦後の事など眼中にないのだよ、アキト君は』
どこか辛そうに話す提督。
・・・そうか。提督も納得している訳ではないんだな。
アキトさんは提督の娘の幼馴染。
提督にとっても息子のようなものだ。
「・・・すいません。提督の気持ちも考えずに」
『・・・いいんだ。私がやっている事に違いはない。責められても仕方ないのだよ』
「・・・・・・」
・・・何も言えないですよ。
そんな苦虫を噛み潰したような顔で呟くように言われてしまったら・・・。
『・・・ところで基地の様子を知ってどうしようと思ったのかね?』
・・・あぁ。そうだったな。
アキトさんの話があまりにもヘビーで忘れていた。
「カエデの様子が気になりまして。出来れば会って様子を直接見たいと思ったんですけど・・・」
『なるほど。私を利用しようとしたのだね?』
「り、利用だなんて!? と、とんでもない!」
いや。まぁ、悪く言えばそうなるんだろうけどさ。
そう言わないでくださいよ、提督。
『ハッハッハ。なに。冗談だよ』
そ、そうですか。
安心しました。
人が悪いですよ、提督。
『マエヤマ君』
・・・あ。マジな顔。
これは厳しいって事?
『残念ながら、君をこちらの基地まで寄越す事はできない』
「・・・あ。そうですか」
・・・そっか。じゃあ、どうしようかな?
「分かりました。諦め―――」
『だが、カエデ君をそちらに向かわせる事は出来る。私の付き添いという形だがね』
「え? よ、よろしいのですか?」
『うむ。ピースランドで合流するといい。そちらに軍用ヘリを回そう』
「えぇっと、何から何まですいません」
『構わんよ。この程度ならばな。ただあまり無茶な要求は困る』
「はい。本当に申し訳ありません」
『ふむ。それではな』
「ありがとうございます、提督」
通信が切れる。
提督がこちらに来るという都合の良い展開でカエデに接触できるのは嬉しい誤算だ。
基地まで赴く事が出来れば嬉しいなと思っていたが、こちらの方が良いかもしれん。
カエデにとっても息抜きになるかもしれないし。
カエデの奴、今、どんな状況なんだろうな?
・・・心配だ。
「それでは、行ってきます」
ピースランドに滞在する期間は原作より長い。
何でも交渉に時間が掛かるからだそうだ。
ルリ嬢の育てられた施設も分かっている以上、その施設に用はないらしい。
ルリ嬢もカイゼル派の一員として現場に赴くそうだ。
娘という地位を活かす、悪く言えば、親子の縁を利用する訳だが、どうしても叶えたい悲願の為と割り切っているらしい。
ルリ嬢も覚悟を決めているんだなと実感。
アキトさんとルリ嬢を見ていると、自分だけ平穏なんて求めていていいのか? なんて考える事もある。
でも、やっぱり、俺は平穏を目指したいんだ。出来る限り協力するという事で許して欲しい。
アキトさん達とそう相談した訳ではないけれど。
「しかし、マエヤマさんまでピースランド王国に招待されるとは。何かなさったのですか?」
プロスさん。あまり訊かないで欲しいです。
招待されたというよりは捻じ込んだという形ですから。
「俺も一応はピースランドにお世話になっていますから」
「ほぉ。そうなのですか?」
ピカンッと眼を光らせるプロスさん。
いや。ネルガルみたいな企業もご利用していますが、僕みたいな小市民もご利用しているのですよ。
・・・小市民にしてはかなりの貯金をしていますが・・・。
あ。決して裏金とか、そういう目的ではないですよ。犯罪なんて嫌ですから。
単純にピースランド銀行の特典が美味しいだけです、はい。
「ええ。まぁ」
何で行くのかと訊かれたら困るけどさ。そのままスルーしてくれ。
「しかし、お世話になっているから招待されるなど―――」
「あ、コウキ君。お土産よろしくね」
おぉ。ナイスなタイミングです、ミナトさん。
「はい。お任せ下さい」
プロスさんの質問を華麗にスルー。
いや。すいませんね。
「そろそろお時間です」
「はい。それじゃあ、行こうか。セレスちゃん」
「・・・はい。御願いします」
今回のピースランド行きにはセレス嬢も同行。
何でも、ピースランド王からの要望らしい。
ルリ嬢と同じ境遇の子供に会ってみたいとか。
残念ながらナデシコの運営の為にラピス嬢にはお留守番してもらう。
ラピス嬢とセレス嬢のどちらが行くかという事になった時に、まだセレス嬢だけだと不安だとか何とか。
セレス嬢としては悔しいかもしれないけど、ラピス嬢の方がまだ経験が豊富で優れている事は事実。
すんなりと納得した。ただ、それのせいでラピス嬢はナデシコで缶詰という事に・・・。
うん。絶対にお土産買ってくるからさ。許してね。
「・・・コウキ。アキトをよろしく」
「うん。ラピスちゃんもナデシコの事、よろしくね」
「・・・分かっている」
ありがとうという思いを込めて頭を撫でる。
今までラピス嬢はどこか俺を警戒していたように感じていたけど、そうでもないみたい。
案外、すんなりと撫でさせてくれた。
うん。ラピス嬢の髪も手触りが柔らかくて気持ち良い。
「・・・アキトもよくこうして頭を撫でてくれた」
「ラピスちゃん?」
何だろう? その笑顔の中に寂しさを含ませたような表情は。
「・・・でも、最近のアキトは切羽詰っていて・・・。私に構ってくれない」
「寂しいの?」
「・・・うん」
そっか。ラピス嬢も普通の女の子なんだな。
アキトさんに構ってもらえなくて寂しがっている。
「・・・アキトは自分を犠牲にしている気がする。私は嫌」
「アキトさんが心配?」
「・・・うん。私はアキトにも幸せになって欲しい」
こんなにラピス嬢と話すのは初めてかな?
言葉の節々からアキトさんに対する深い想いが伝わってくる。
「・・・アキトは私に感情を与えてくれた」
「感情を?」
「・・・うん。憎しみに染まりながらも、私に優しくしてくれた」
「・・・・・・」
「・・・私はアキトが好き。だから、アキトにも幸せになって欲しい」
愛されているんだな、アキトさん。
ルリ嬢もアキトさんをあれだけ心配して、支えてあげようとしている。
二人がアキトさんに付いていれば、アキトさんは心配いらないかもしれない。
自分を犠牲にしようとしても、きっとルリ嬢とラピス嬢が止めてくれる筈だ。
「そっか。それなら、ラピスちゃんがアキトさんを引き止めてよ」
「・・・私が?」
「うん。アキトさんが自分を犠牲にしようとしたら、ラピスちゃんが引き止めるんだよ。一緒に幸せになろうって」
「・・・一緒に幸せになる・・・」
「そう。アキトさんの幸せが何なのか俺には分からないけどさ。ルリちゃんとラピスちゃんとアキトさんの三人で幸せを探せばいいんじゃないかな?」
「・・・うん。私もアキトと一緒に幸せになりたい。ルリが一緒でも・・・多分、良い」
ははっ。ルリ嬢とラピス嬢とアキトさんの三角関係かな? 可愛らしい嫉妬だ。
でも、今のアキトさんはそれぐらい枷をはめないとどこか行ってしまいそうだから。
きっとそれで良いんだ。頑張れ、ラピス嬢。
「それじゃあ、行って来るね」
「・・・行ってらっしゃい」
それじゃあ、本当に行くかね。
「すいません。お待たせしました」
「いえ。それでは、行きましょう」
格納庫に収められたヘリに乗り込み、ピースランドへ向かう。
永世中立国であるピースランドに戦力の持ち込みは許されないからだ。
あくまでこの国の戦力は自衛の為である。
・・・どこかで聞いたようなフレーズだが気にしてはいけない。
エステバリスとか機動兵器での移動は他国からの侵略と思われる可能性がある為、兵器扱いされないヘリを用いるという訳だ。
まぁ、アキトさんはエステバリスで出掛けていったけど・・・。
良かったのかな? ルリ嬢の護衛扱いとしてって事?
ナデシコがピースランドに乗り込めずに付近で待機しているのはそのせいらしいし。
いや。よく分からないや、そのあたりの事は。
「ごめんね。付き合わせちゃって」
セレス嬢に謝らないとな。
ピースランド王にとってはセレス嬢がメインで俺は保護者として出向くようなもの。
そういう方針で俺がピースランドへ行けるよう無理矢理捻じ込んだのだ。
セレス嬢にとっては俺のせいで迷惑をかけた事になる。
一応はセレス嬢に説明してあるのだけれど。申し訳ない事には違いない。
「・・・いえ。私、楽しみです」
「そっか。それなら安心だ」
気を遣ってくれたのかは分からないけど、そうやって言って貰えると凄く助かる。
「ピースランドに着いたらとりあえず日中は自由に過ごせるからね。夕方頃に御城に向かう事になっているから、それまではのんびりしよう」
「・・・分かりました」
「セレスちゃんは御城とかに憧れていたりする?」
「お姫様にという意味ですか?」
「そういう意味でもいいかな。お姫様としてお城で優雅に暮らす。女の子はお姫様に憧れたりしないのかな?」
俺にもよく分からないんだけどね。そういう女の子の夢とか。
「・・・お姫様ですか。少し憧れます」
そっか。やっぱりお姫様っていうのは女の子の憧れか。
「・・・でも、お姫様じゃなくて良かったと思う事もあります」
「それは何かな?」
「・・・ナデシコでコウキさんに出逢えた事です」
ははっ。なんか嬉しいかな。そう言ってもらえると。
「そっか。俺もセレスちゃんに出逢えて良かったよ」
「・・・はい。ポッ」
照れているセレス嬢も可愛いな。
「・・・気持ち良いです」
セレス嬢の頭を撫でる。
嬉しい気持ちも合わさって、いつもよりゆっくりと優しく。
「ねぇ、セレスちゃん。提案なんだけど」
「・・・はい。何でしょう?」
俺に出会えた事が嬉しいと感じてくれているのなら・・・。
俺自身、セレスちゃんはもう家族のようなもの。
それなら、本当の家族になってもいいんじゃないかなってふと思った。
「ナデシコから降りたらセレスちゃんはもう自由なんでしょう?」
「・・・契約が切れたら、好きにしていいと言われています」
そのあたりはルリ嬢と同じなんだな。
身元引受人とはネルガルのままかもしれないけど・・・。
せっかくだから、身元引受人という地位も俺がもらっちゃおう。
「それじゃあさ。俺の家族にならない?」
「・・・家族・・・ですか?」
「うん。ナデシコから降りたら、一緒に暮らしたいと思ってさ」
「・・・え?」
呆然とするセレス嬢。
いや。なんか今更だけど、まるでプロポーズの言葉みたいだな。
俺は単純に妹とか娘としてとか、そんな感じだから勘違いしないように。
「・・・いいんですか? 私はマシンチャイルドですよ?」
「前に言ったよね。俺は気にしないって」
「・・・でも・・・」
「嫌かな? 俺と一緒じゃ」
そうなら諦めざるを得ないんだけど・・・。
「・・・嫌じゃないです! 私なんかでよければ、コウキさんと一緒に暮らしたい。家族になりたいです」
うん。それなら、何の問題もない。
「それじゃあ、一緒に暮らそうよ。ね? セレスちゃん」
「・・・はい。御願いします。コウキさん」
そう言ってニッコリ笑うセレス嬢。
その笑顔は俺のお陰って己惚れられる事を幸せに思う。
セレス嬢は俺の養子として、家族のように、いや、家族として暮らしていこうと思う。
「一つだけ、訂正。セレスちゃん」
「・・・はい」
「私なんかって言っちゃ駄目だよ。もっと自分に自信を持たなくちゃ。ね?」
「・・・はい!」
うん。もっと自信を持っていいんだぞ? セレス嬢。
俺だけじゃない。ナデシコの誰もが好きなんだから、セレス嬢の事が。
「・・・あの」
「ん? 何かな?」
「・・・よろしく御願いします。コウキさん」
「ははっ。こちらこそ、よろしくね。セレスちゃん」
小さな手と握手を交わす。
今日、この瞬間、セレス嬢と家族になれたような気がした。
突発的な思い付きだったけど、あれだけ笑ってくれているのなら・・・。
「良かったかな」
提案してみて。
「・・・久しぶりだな。カエデ」
「・・・ええ。久しぶり。コウキ」
ヘリでの旅を終え、ようやくピースランドに到着した。
空港に辿り着き、セレス嬢と手を繋いでエントランスを目指す。
その途中、空港内のベンチに座る見覚えのある女性を見付ける。
・・・それが、カエデだった。
「・・・お久しぶりです」
「・・・セレスちゃんだっけ? 久しぶり」
予想通りまったく元気がない。
眼の下には隈が出来ており、記憶にある明るい表情とは大きくかけ離れていた。
きっといつものカエデならこんな姿を他人に見せようとはしないだろう。
それ程、カエデにとってケイゴさんの影響は強かったって事だろうな。
「とりあえず、付いて来いよ。買い物。好きだろ?」
「・・・ええ」
先を歩く俺達の後をショボショボとゆっくり歩くカエデ。
なんて言っていいか俺には分からなかった。
ケイゴさんは生きている?
そんな事、言える筈がない。
ケイゴさんの事は忘れよう?
そんな事、言える筈がない。
慰める事は出来ても、心の負担を減らす事は俺には出来ない。
こういう時、己の力不足を実感する。
「どうだ? これ」
「・・・そうね。可愛いと思うわ」
セレス嬢に買ってあげようと思って手に取ったぬいぐるみをカエデに見せる。
カエデからの返答はおざなり。まるで答えに感情が込められていなかった。
本当に重症だな、これは。
もしかしたら、俺がいない間に、二人の関係が深まったのかもしれない。
「ちょっと疲れちゃったかな? 休憩しよう」
「・・・はい。そうですね」
「・・・ええ」
楽しそうに微笑むセレス嬢と暗いまま俯き続けるカエデ。
対照的な二人だけど、セレス嬢の明るさが少しずつカエデを穏やかにさせているような気がする。
少しでも気晴らしになってくれていると嬉しいんだけど・・・。
「・・・あの、私が」
「そっか。じゃあ、頑張ってみようか」
「・・・はい!」
近くにあったカフェで休憩する。
椅子に荷物を置き、注文をしてこようと思ったら、セレス嬢の初めてのおつかい宣言。
せっかくの機会だから御願いしてみる事にした。
これもセレス嬢にとって良い経験だろうし。
そして、その結果、俺とカエデの二人きりとなる。
「・・・なぁ、カエデ。お前、ケイゴさんと―――」
「・・・可愛らしい優しい子よね。セレスちゃん」
俺の言葉を遮るようにカエデが口を開く。
「一緒にいるだけでとっても穏やかな気分になれる。今までずっと辛かったから・・・」
目尻に涙を滲ませながら告げるカエデ。
やはり、何かあったのか、訊いておきたい。
「なぁ、カエデ。お前、ケイゴさんと何かあったのか?」
「せっかく遮ったのに。そこはスルーするのが男じゃなくて?」
ジト眼で見つめてくるカエデ。
でも、それが今は嬉しい。ジト眼と言えど、悲しみ以外の感情を見せてくれたのだから。
「・・・私ね。ケイゴに告白されたの。好きだって」
「そっか・・・」
ケイゴさんがカエデに告白。俺がいない間にそこまでこの二人は進んでいたとは。
いや。でも、ケイゴさんのような性格なら別れると分かっていてそんな事を言うか?
「いつの話だ?」
「ケイゴが戦死する日の事よ」
戦死する日!?
ケイゴさんはカエデと離れ離れになるって。
そう分かっていたのに、カエデに好きと伝えたっていうのか?
それは・・・ケイゴさんらしくないと思う。
「俺の事は忘れて欲しい。そう言い残しながら、好きだなんて。おかしいわよね」
・・・我慢できなくなったんだ。
ただ、別れるだけじゃ我慢できずに、好きだって想いを伝えてしまった。
自分という存在を忘れて欲しいと願いつつ、覚えて欲しいと願う。
この矛盾が、ケイゴさんを苦しめたのは自明の理だ。
きっとケイゴさんの中では酷く重い葛藤があったんだと思う。
それでも、ケイゴさんは祖国を捨てられなかった。
俺にはなんとも言えない。それ程までに覚悟を持った人間の事を。
「私ね。ケイゴにコウキを重ねていたんだと思うの」
「え?」
ケイゴさんに俺を?
「コウキがいなくなってから、また友達がいなくなったような気がした。だから、ケイゴの存在は本当に嬉しかった」
ケイゴさんは友達。多分、そういう事だろう。
「ケイゴは優しくて、寂しがっている私を慰めてくれた。叱咤してくれた。そうしたら、いつの間にか私の中でコウキの次に出来た親しい友人と成っていたの」
「・・・・・・」
「コウキは私を護ってくれたよね?」
「え、ああ、まぁ、それなりに、だけどな」
「そう。同じようにね。ケイゴは私を護ってくれたの。支えてくれたの」
「・・・ケイゴさんが」
「それでね、いつの間にか、ケイゴにコウキの姿を重ねて見ていたの。私の大切な友人。失って、得た、初めての友人である貴方と」
「・・・どうしてだ?」
「私ね。貴方に惹かれていたの」
え? 惹かれていた? 俺に。
「好きかどうかは分からなかったけど、一緒にいて楽しかったし、優しい気持ちになれた。貴方に会える事が嬉しかった」
「・・・・・・」
「貴方が近くからいなくなって、まるで貴方のように接してくれるケイゴが私にとって新しい貴方になった。おかしな話だけどね」
・・・本当におかしな話だ。
ケイゴさんはケイゴさんでしかない。
もちろん、俺は俺でしかない。
ケイゴさんに俺を重ねるなんて変だぜ、カエデ。
「コウキの代わりみたいな、そんな扱いを無意識にしていたんだと思う、ケイゴを」
「カエデ。それは―――」
「ええ。間違っているとのは自覚しているわ。いえ。自覚させられたの。あの告白で」
「好きだって。ケイゴさんがカエデに伝えた事が、か?」
「そうよ。その言葉があって、私はようやくケイゴと向き合えた気がしたの。コウキの代わりではない。ありのままのケイゴに」
俺の代わりではないありのままのケイゴさん。
きっと、ケイゴさんも喜ぶ。
自分自身を見てくれるようになった事を。
「最初は焦ったわ。いきなり好きだなんて言われて、でも、今まで気にならなかったのに、どんどん気にするようになっちゃって」
告白された初めて自分の想いに気付いた? いや、そうとは違うな。
告白されて意識し始めたって感じだ。
「だから、好きって言われて、忘れてくれって言っても忘れなかった。帰ってきたら、問い質してやるって。そう思っていた」
突然の告白。
カエデにとって青天の霹靂だったんだな。
「でも、あいつは逝ったわ。私に勝手に告白して、私に勝手に意識させて、そして・・・勝手に死んでいった。勝手すぎると思わない?」
「・・・カエデ」
「私は! 私はケイゴが好きなの! いなくなって初めて気付いた。支えてくれて、慰めてくれたケイゴの暖かさが心地良かったのよ!」
涙を溢すカエデ。
まるで大切なものを失くしてしまった子供のように、人目を気にせず泣きじゃくった。
「始めはコウキの代わりだったかもしれない。でも、今は違う。ありのままのケイゴを私は受け入れたい」
「・・・カエデ」
「・・・でも、もうあいつはいない。私の想いはもう伝えられないのよ・・・」
俯くカエデ。
好きだという気持ちが芽生えたからこそ、こうまでカエデは苦しんでいるんだと思う。
自分の想いを伝えたいのに、その相手がいない。
その寂しさ、辛さ、苦しさはとてもじゃないが俺には理解できなかった。
きっと想像を絶する冷たさだと思う。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・それから、お互いに黙り込んでしまった。
俺はなんて言葉を掛けてやるのがいいのかまったく分からない。
カエデは最早全てを言い尽くした。
今、俺はカエデに何をしてやれるのだろうか?
まるで俺には分からなかった。
「・・・と、取ってきました」
だから、セレス嬢の介入は正直、助けられた気分だった。
「わ。重いのに大変だったね。ありがとう」
「・・・ありがとうね。セレスちゃん」
「・・・いえ」
セレス嬢の初めてのおつかい完了。
普段なら諸手を挙げて喜ぶのだが、今はそんな気分にはなれなかった。
その後の俺は静寂な空気の中、御城訪問の時間まで町を歩き回る事しか出来なかったんだ。
カエデを慰める事も出来ず、セレス嬢を楽しませる事も出来ず。
・・・俺にはどうすることもできなかったんだ。