「本日は貴方をスカウトに来ました。ハルカ・ミナトさん」
もうスカウトの日か。あっという間だったな。
スキャパレリプロジェクト始動・・・か。
「あ、申し遅れました。私、プロスペクターと申します。以後、お見知りおきを」
秘書課にいたミナトさんのもとへ大男ゴート・ホーリーを連れたプロスさんがやって来た。
・・・本当にゴートさんって仏頂面なんだな。
「えぇっと。何のスカウトですか?」
そうだよな。突然過ぎて分からないよな。
「少しお時間を頂けますか?」
「はぁ。構いませんが・・・」
困惑気味でこちらを眺めてくるミナトさん。
俺はそんなミナトさんに頷いてみせた。
大丈夫ですよって。
それが伝わったのか、ミナトさんも笑顔で頷いてみせてくれた。
「あ。マエヤマさんも良いですか?」
・・・ずっこけさせてくれますね。プロスさん。
あのミナトさんですら、呆気に取られていますよ。
「コウキ君?」
「あ、はい。分かりました。行きましょう。ミナトさん」
とりあえず付いていくとしますか。
「それでは、私が戦艦の操舵手、コウキ君がパイロットですか?」
・・・まいったな。パイロットかよ。
俺の計画では副操舵手だったんだけどな。
「はい。以前、マエヤマさんには断られてしまったのですが。やはり諦め切れず」
「え? 本当なの? コウキ君」
驚いた顔でこちらを見てくるミナトさん。
ま、そりゃあ驚くよな。
「ええ。結構前ですけどね。俺のどこにパイロットの適正があるんだか・・・」
「御戯れを。貴方は出したじゃないですか。トップスコアを」
「トップスコア? どういう事? コウキ君」
「何ていうんですか。ちょっと幼心に刺激されましてね・・・」
何かゲームセンターで遊んでいたって言うの恥ずかしいよな。
なんて、俺がもたついていると・・・。
「もう、ハッキリなさい!」
一喝。
「は、はい! ゲームセンターでシューティングアクションゲームをした所、トップスコアを出してしまいました!」
ミナトさん。怖いです。抗えません。
「シューティングアクションゲーム? そのトップスコアでパイロット適正を計ったんですか? それはちょっと・・・」
呆れるミナトさん。そうですよね。呆れますよね。たかがシューティングゲームで・・・。
「いえいえ。あれは唯のゲームじゃないんですよ。我が社が開発したシミュレーションの技術を存分に注ぎ込んだ特別製なのです」
「えっと。あれですか? G設定とか。確かに本格的でしたけど」
「その通りです。あれは実際にかかるGとほぼ同等のGをパイロットに負荷させます」
それって下手すると失神するんじゃ・・・。
「あの状態でのスコアは本番でのスコアと同等。いえ、それ以上かもしれません。当時は機体の方に問題がありましたから」
良くそんな状態のゲームを普通のゲームセンターに導入しましたね。
「あそこは我が社が経営しているゲームセンターです」
「えぇっと。顔に出ていました?」
「ええ。顔が引き攣っていました」
「そうね。引き攣っているわ」
ミナトさん。貴方も少し引き攣っていますよ。
ミナトさんは聡明だし、操舵手の資格を持っているから分かりますよね。
本番のGの凄まじさとか。
「その上で貴方は我々が連合軍トップクラスとして想定したスコアを抜いたのです。それが何よりの証拠になりませんか?」
「コウキ君。貴方、どれくらいのスコアだったのよ」
「・・・覚えていませんよ。普通に楽しんでいましたから」
「軽く超えていますよ。倍とまではいきませんが」
「コウキ君。貴方って意外と多才よね」
「いえいえ。ミナトさんこそ。・・・あの、現実逃避して良いですか?」
在り得ない。
普通にゲームを楽しんでいただけなのに。
それがこんな結果だなんて。
そうか。これこそが逃れられない運命という奴だったのか?
・・・いや。これに関しては自業自得だよな?
あぁ。俺の万全な計画が・・・。
「えぇっとさ。コウキ君。何で落ち込んでいるのかしらないけど、とりあえず落ち込むのはやめて話を続けましょうよ」
「・・・そうですね。ミナトさん」
内心はもうボロボロです。
「ハルカさんはどうでしょうか? 操舵手なのですが」
「うぅ~ん。どうしようかしら」
悩むミナトさん。
あれ? おかしいな。
確かここはやっぱり充実感かなとか言って即刻引き受けてなかったっけ?
「あ、給料はこれくらいです」
「ん~~~・・・えぇ!?」
きっと俺の時と同じくらいなんだろうな。
あれはマジで少しでもいいから社員を雇ってあげてくださいと思ってしまう金額だ。
「あ、でも、私って別に給料で職場を選んでいるわけじゃないですし。やっぱり充実感かな」
あ、やっぱり理由は充実感なんだ。
「充実感・・・ですか。それなら、ここ以上に得られる所はないと思いますよ」
ま、基準は分からんが、退屈はしないだろうな。
ドタバタラブコメディだし。
「う~~~ん」
とか言いながら俺を見てくるミナトさん。
「えぇっと。どうかしました?」
「ううん。別になんでもないわよ」
えぇっと。それじゃあ何で眼を逸らしてくれないんですか?
何で俺を見詰めてくるんですか?
「そうですか。分かりました。それでは、マエヤマさん。こうしましょう」
・・・今、プロスさんの瞳がピカンって光った気がします。怖ぇよ。
「予備パイロットはどうですか? メインは副操舵手。もしくはサブオペレーターで」
ん? これは願ってもない展開では?
無論、予備パイロットは拒否するが。
「貴方のプログラマーとしての名は有名ですからね。天才プログラマー、マエヤマ・コウキ。是非ともスカウトして来いと上もうるさいのです」
へぇ。アカツキ青年がね。青年っていっても俺より年上だけど。
「副操舵手。サブオペレーター。そこまではいいでしょう。ですが、予備パイロットはやめて頂けませんか?」
パイロットなんてやるつもりはありません。
俺は補佐の補佐の補佐を目指しているんです!
「困りましたな。何としてもパイロットとしての貴方が欲しいのですが」
「困られても困ります。俺はパイロットをするつもりはありません」
こればかりは妥協できない。俺は平穏でお気楽な生活が良いんだ。
パイロットなんかになったら連合軍から眼を付けられる。
最悪、隠れ住まなければならないようになる。
そもそも死と隣り合わせの戦場になんて出向きたくない。
いつ死ぬか分からない戦場なんかに。
己惚れじゃないけど、ミナトさんも嫌がってくれると思う。
だって、俺が死んだら悲しんでくれ―――。
「いいじゃない。コウキ君。予備パイロットぐらいなら」
・・・泣きたくなる程にショックだった。
SIDE MINATO
「いいじゃない。コウキ君。予備パイロットぐらいなら」
軽い気持ちで告げた。
たった一言。たった一言が私に激しい後悔を残した。
私がそう言った瞬間にコウキ君の顔が見た事もない程、驚きで染まり、次いで悲しみで染まったのだから。
その表情を見た瞬間、私は心が苦しくなった。とても、とても痛くなった。
「・・・ミナトさんは・・・」
俯きながら、呟くように話すコウキ君。
その言葉一つ一つが何故か胸に突き刺さる。
「・・・ミナトさんは・・・俺に死ねって。・・・死んでもいいって。そう思っていたんですか?」
ッ!?
そ、そんな事は思ってない。
「そんな事は―――」
「戦艦のパイロットですよ? 戦場は常に死と隣り合わせ。たかがゲームで高得点を出したからって訓練も受けてない俺が活躍できると思っているんですか?」
「そ、それは・・・。で、でも、予備パイロットよ。名前だけじゃ―――」
「戦艦のパイロットは全部で何人なのか? 機体のスペックはどうなのか? 脱出機構は備わっているのか? 戦艦自体の武装は何なのか?」
「・・・コウキ・・・君?」
「プロスさんは何も言っていません。予備パイロットの役目なんてない? そんな事どうして言い切れるんですか?」
「・・・・・・」
「戦場ですよ。貴方は予備パイロット。パイロットがいなくなったので命を賭して護ってください。ないと言い切れますか? 訓練なんて碌にした事がないのに。死なないと?」
「そ、それは・・・」
何も言い返せなかった。
コウキ君は間違った事を何一つ言っていないのだから。
「軽い気持ちでパイロットになりますなんて言える訳がないじゃないですか。そんな俺をミナトさんは臆病者だって、そう言いますか?」
「そ、そんな事―――」
思ってない。思ってないのに。
俯くコウキ君を前にして口が開かなかった。
「・・・そもそもパイロットとしての俺を欲しているプロスさんが予備パイロットとか提案してくる時点でおかしいんですよ」
「そうですかな?」
「ええ。とりあえず予備パイロットとして登録しておけば、何かあった時に都合良く出撃させられますからね。予備だからってパイロットがいない時のみとは限らないんです」
「歳の割に鋭いのですね」
「企業の裏っていうのは痛い程、実感していますから。組織の利益の為なら何だってする。それが組織でしょう?」
何故だろう?
すごく身近に感じていたコウキ君が。
今は・・・遠い。
知らない人に見える。
「そもそも企業が戦艦を保持する。目的地を告げない。その二つだけで不自然です。ネルガルは何が目的なんですか?」
鋭い眼光で睨みつけるコウキ君。
あぁ。私の軽い一言がコウキ君をここまで追い詰めてしまったんだ。
朗らかで怒った事なんてないコウキ君がこんなにもむき出しの敵意を見せるなんて。
「はて。目的なんて」
「・・・仮にパイロットになったとしましょう。俺が戦うのは誰ですか? 木星蜥蜴? それとも連合軍ですか?」
それって・・・。
「連合軍と何故戦うのですか?」
「企業が戦艦を保持していて連合軍が何も言わないと思っているんですか?」
「事前に許可を得ていますが?」
「その戦艦は軍用の兵器でシェアを確立するネルガルが自慢としている戦艦なんですよね?」
「無論です。地球最新鋭の技術で造り上げました」
「恐らく苦戦続きの木星蜥蜴だって打倒してしまえるのでしょうね?」
「ええ。もちろん」
「そんな戦艦を連合軍が見逃すと思っているんですか?」
「先程も述べましたが、許可を―――」
「許可を得たぐらいで安心しているのですか? 貴方は軍を甘く見すぎだ。木星蜥蜴を打倒できると知れば連合軍は強引に徴収しようとしますよ。それが今の軍の実態ですから」
「御詳しいのですね。軍の事も」
「少し調べれば分かります」
本当に別人みたい。
あのコウキ君がこんな・・・。
「貴方は何の訓練も受けていない一般人に人を殺せと。そう言っているのですね?」
「はて。それはマエヤマさんの想定でしょう? それが現実になるとは限りません」
「・・・どちらにしろ。俺は予備であろうと正規であろうとパイロットをするつもりはありません。パイロットを望むなら連合軍から引き込めば良い。失礼します!」
激情を抑えきれないまま部屋から飛び出していくコウキ君。
それを私は見送る事しか出来なかった。
「いやはや。まいりました。あそこまで拒絶されるとは。想定外です」
「あの・・・コウキ君が言った事は本当なんですか?」
「どの事ですかな?」
「予備でも都合良くとか。連合軍がそういう組織だとか。その辺りです」
ふぅっと大きな深呼吸をしてプロスペクターさんが話し出す。
「無論、予備パイロットは予備でしかありません」
「それなら、戦場に出るなんて事はないんですよね?」
そうならきっとコウキ君だって―――。
「いやはや。戦場に絶対なんてありえませんからな。もしかすると予備パイロットの方にも出撃を要請するなんて事はあるかもしれません。無論、可能性でしかありませんが」
「でも、正規のパイロットだっているんですよね」
「それは勿論です。素人だけに任せる訳にはいかないでしょう?」
「それなら、予備パイロットなんて必要ないじゃないですか」
「いえいえ。万が一という事がありえますから。準備を怠る訳にはいかないのですよ。念は念をいれてという奴です」
まるで予備ですら戦場に出すのが当然と言わんばかりの言葉だった。
「連合軍に関してですが、あれはあくまでマエヤマさんの想定でしかありませんよ。連合軍とて一度許可を出したら引っ込めないでしょう。軍にも面子があるでしょうから」
「そ、そうですよね」
そう。普通はそうよね。
それなのに、何でコウキ君はああまで軍を警戒していたのかしら?
「・・・今日はもう交渉は難しいでしょう。また後日伺わせて頂きます」
「あ、はい。分かりました」
「それでは、失礼しますね」
去っていくプロスペクターさんを私はまた見送る事しか出来なかった。
「・・・コウキ君」
軽い一言で追い詰めてしまった私の大事な同居人。
護ってあげようって誓った大事な弟分。
今、コウキ君はどんな気持ちなんだろう?
「うん。コウキ君の所へ行こう」
謝りに行かないと。軽々しくパイロットになれなんて言った事を。
「コウキ君ですか? コウキ君なら気分が優れないって早退しましたけど・・・」
「ッ!?」
コウキ君が・・・いない?
もうここには・・・帰ってこないの?
「ハルカさん? どうかしました?」
「いえ。なんでもないわ」
「顔色が優れませんが?」
「な、なんでもないのよ」
「ハルカさんも早退しますか? 少し休んだ方が良いですよ」
「大丈夫よ」
・・・探しに行きたい。
コウキ君がいなくなる前に、ちゃんと話がしたい。
「・・・そうね。ごめんなさい。ちょっと体調が優れないから早退するわ」
「分かりました。社長にはそう伝えておきます」
「ええ。御願いするわね。あ、コウキ君から何か聞いていない?」
「えっと、特には」
「そう。ありがとう」
荷物を纏める。この時間ですら惜しい。
早く。早く行かないと。
私はいつになく急いで部屋から飛び出した。
時間は午後二時。
まだまだ暖かい昼下がりだった。
SIDE OUT
「ふぅ・・・。やっちまったな」
会社とミナトさんのマンションとの間にある公園。
そこのベンチで俺はボーっとしていた。
「はぁ・・・。予定が崩れちまったよ」
予定としては副操舵手、副通信士、サブオペレーターの兼任だったんだけど。
予備パイロットなんて名前だけだからな。アキト青年も予備だ予備だなんて言われながら結局最後までパイロットやらされたし。
ってか、そんな事よりも・・・。
「あぁ! もう! ミナトさんともう顔を合わせられねぇよ」
ちょっと興奮してミナトさんを傷つけちまった。
ミナトさんだって悪意があって言った訳じゃないのにな。
カッカすると周りが見えなくなるのは俺の悪い癖だよ、まったく。
「俺は予備パイロットを務めるべきなんだろうか?」
歴史をより良くするならパイロットは都合が良い。
でも、なんていうか、俺みたいな一般人には到底不可能な気がする。
それにだ。もし、仮に、パイロットを引き受けたとしよう。
そうなったら戦後が問題なんだよな。戦争中の活躍が戦後に危険分子として危険視されるとかいう話は良くあるし。
かの有名なパイロットも戦後、軍に監禁されていたし。
俺はああなるのが嫌なんだよ。名前が売られて許せるのはプログラマーとしてだけ。
パイロットとか、ジャンパーとか、そんな事で有名になったら俺の平穏な生活は諦めなくちゃいけなくなる。
巻き込まれたとか、そんな事を思っている訳じゃない。歴史通り辿ればいいとか、そう思っている訳でも決してない。
でも、歴史を変えるとか、そんな大それた事、俺には無理だよ。その為の能力だって言われても、そんなの俺が望んだわけじゃないし。
「はぁ~~~。平穏な生活は俺には望めないのかね?」
「そんな事・・・はぁはぁ・・・ない・・・はぁ・・・わ・・・」
空を見上げる俺に影が差し込む。
その影は・・・ミナトさんだった。
「・・・ミナトさん」
「・・・はぁ・・・はぁ・・・コウキ君」
やばい。気まずい。
「と、とりあえず、座ったらどうですか? それとこれ」
ハンカチを手渡す。
走ってきたみたいで汗だくだ。
秋だけどまだまだ暖かいからな。
「はぁ・・・はぁ・・・そうさせて・・・もらうわ。ありがと」
ドサッと崩れるようにベンチに座り込むミナトさん。
慌てて支える。
「ハハハ。駄目ね。運動不足だわ」
苦笑いのミナトさん。
「ちょっと待っていてください」
ベンチにミナトさんをしっかりと座らせて、俺は近くの自動販売機へと向かう。
えぇっと・・・お茶・・・でいいよな?
とりあえず、二本買ってベンチへと戻った。
「あの、どうぞ」
「あ、うん、ありがとう」
お茶を渡して隣に座る。
・・・それからは無言だ。
やはり気まずいな。
「えぇっと。ミナトさん。先程はすいま―――」
「ごめんなさい! コウキ君!」
突如、下げられる頭。
無論、混乱したさ。
何で謝られるの? 俺。
「えぇっと。謝られるような事しましたっけ?」
「私が、私が軽々しくパイロットになれなんて言うから。コウキ君を追い込んでしまった。危ないって分かっているのに。それなのに軽々しく戦場に行けなんて」
不意に涙を浮かべるミナトさん。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ううん。私が悪いの。あんな事言ったら死んでも構わないって言っているのと同じ。ううん。もっと性質が悪いわ。私は平気でコウキ君を切り捨てたんだもの」
ポロッと涙を流すミナトさん。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
やばい。本格的に泣き出してしまった。
「私は・・・私は・・・」
・・・あぁ。俺は・・・勘違いしていたんだな。
ミナトさんってこんなにも小さかったんだ。
いつも包み込んでくれるような暖かさでずっと頼っていたから、俺はいつの間にかミナトさんは何でも出来る人だって思い込んでいた。
何でも受け止めてくれる強い人だって思い込んでいた。
でも・・・ミナトさんも・・・一人の女性だったんだな。
ちっぽけで矛盾だらけな、一人の人間だったんだ。
「ミナトさん」
「・・・コウキ・・・君?」
「ありがとうございます。こんな俺の為の泣いてくれて」
弱々しく俯くミナトさんの手を取る。
こんなにも震えている。
・・・俺のせいで。
「・・・正直、ミナトさんにパイロットを勧められた時はショックでした」
「ッ!」
息を呑むミナトさん。でも、きちんと伝えなっきゃな。
「分かっています。ミナトさんだって悪意があって言った訳じゃないって。予備パイロットに出番なんてないって。そう思っていたから言ったんだって」
「でも・・・」
「ミナトさんは悪くないんです。俺がちょっと熱くなって暴走したからいけないんです。ミナトさんは何も悪くないですよ」
「私が軽々しくあんな事を言わなければコウキ君だって・・・」
「ミナトさん。聞いて下さい。俺の、ちっぽけで臆病な男の話を」
悩んだけど、ミナトさんには伝えよう。
俺の存在を。俺の真実を。
俺が一番に信頼している人だから。
「俺は違う世界からやってきたんです」
SIDE MINATO
「俺は違う世界からやってきたんです」
真剣な表情で、でも、どこか寂しそうな顔で告げるコウキ君。
私はその言葉に耳を疑った。
「御伽噺みたいで、二流、三流の小説みたいな話なんですけど、今から言う事は全て事実です。俺はこの世界とは別の世界からやって来ました」
零れてくる涙を必死に拭いて、コウキ君を見詰める。
この眼は嘘をつくような眼ではない。
一年の付き合いだもの。それぐらいは分かる。
「ミナトさんは過去、未来、そのどちらかを好きに移動できたらどう思いますか?」
それって・・・タイムマシンよね?
「タイム・・・マシン?」
「まぁ、そんな感じです」
それなら、コウキ君。
貴方は未来からやって来たというの?
「俺は未来の事を知っています。厳密に言えば、経験したのではなく、知っているだけですが」
「・・・ごめんなさい。良く分からないわ」
嘘は言ってないけど、真実味に欠ける。
だから、私は必死でコウキ君を見詰める。
そうすれば、コウキ君の想いが伝わってくると思ったから。
「未来や過去。もしそんな世界が存在するのなら、人間一つの行動でありえたかもしれない未来は枝分かれします」
「私の両親が結婚しなかったらとか、コウキ君と出会わなかったらとか、そういう事よね?」
「そうですね。そういう事です。それを平行世界と呼ぶとしましょう」
平行世界。時間軸のズレた世界。
ありえたかもしれない可能性が実現した、近く過ぎて、近過ぎるが故に見る事の出来ない世界。
「俺はこの世界を観測する事の出来た世界にいた人間です」
「・・・観・・・測?」
「俺は見ているんです。この世界が今後どうなっていくのか? その結末がどうなのか? その全てを」
未来全てを知っている。
それは私の運命すらも知っているって事よね?
「私の未来も知っているの?」
「ええ。ある程度でしかないですけどね」
何て事だろう。
他人に己の運命を知られている事がこんなにも怖いだなんて。
私が誰を好きになって、どうやって死ぬのか。
それをコウキ君は知っている。
まるで神様のように。
私はコウキ君の掌で踊らされているの?
身体が恐怖で震えた。
「でも、それもちょっと違うんです」
「違う? どういう事よ?」
怖い・・・けど、ちゃんと聞かなくちゃ。
コウキ君の想いを受け止めなくちゃ。
「俺っていうこの世界に存在する筈のない存在が介入した。それだけでこの世界は俺の知る世界とは別の世界なんですよ」
・・・そうか。そうよね。
「コウキ君が介入した時点であるべき未来から枝分かれしている。言わば、コウキ君の知る世界とは既に別の世界なのね?」
「そうなります。この世界は既に俺の知る世界じゃない。ここは平行世界なんです」
・・・少し安心した。
私の全てをコウキ君は知っている訳じゃないんだ。
あれ? でも、ちょっと待って。
「それなら、何でコウキ君には戸籍があったの? そもそもタイムマシンなんてどこにあるのよ?」
戸籍は私がちゃんと調べた。
タイムマシンなんてあの時のコウキ君の傍になかった。
あれは本当に途方に暮れていたみたいだったし。
あれが演技ではない事は一年間の付き合いで分かっている。
今まで全てが演技って可能性もあるけど・・・。
「・・・そんな事、ありえないわよね」
うん。ありえない。
あの初心で恥ずかしがり屋でいじり甲斐のあるコウキ君が偽りだったなんてありえないわ。
もし、あれが演技だったら、どんな優秀な俳優より優秀だもの。
「そうですね。順を追って説明しましょうか」
神妙な顔付きで話し出すコウキ君。
今日は本当に今まで見た事のない一面をコウキ君は見せるわ。
「まずはタイムマシンですね。これはボソンジャンプといいます」
「ボソンジャンプ?」
聞いた事ないわね。どういう装置なのかしら。
「じゃあ、見せますから、ずっと俺を見ていてくださいね」
「ええ。分かったわ」
ベンチから立ち上がり私の前に立つコウキ君。
「じゃあ、行きますね。・・・ジャンプ」
ジャンプ。たったその一言でコウキ君の姿が消えた。
え? えぇ!?
「コ、コウキ君!? どこに行ったの!? コウキ君!?」
「後ろですよ」
「キャッ!」
急いで退避。
び、びっくりするじゃない。
「あ、すいません。驚かせましたね」
「い、いつの間に後ろにいったのよ」
「これがボソンジャンプです。パッと見は瞬間移動ですが、これは時空間移動でもあります。信じられないかもしれませんが、信じてください」
「いいわよ。コウキ君だもの。信じてあげる」
コウキ君は冗談ばかりだけどあんまり嘘はつかないわ。
あんまり・・・だけど。でも、眼が嘘じゃないって何よりも主張してる。
「それじゃあ、タイムマシンっていうのは装置じゃなくて、そのボソンジャンプって事なのね」
「はい。普通なら唯の瞬間移動なんですが、偶然に偶然を重ねて、それこそ三つ程に偶然を重ねたぐらいの確立で時空間移動する事があります」
「それがタイムマシンって事ね」
タイムマシンではあるけど、自由に時空間移動は出来ないって事か。
夢があるようでないタイムマシンなのね。
「俺はその偶然の三乗、まぁ、奇跡みたいなものです。それがきっかけでこの世界に飛ばされました。今からずっと昔。二十一世紀から」
「二十一世紀!? それって、私の御爺ちゃんの御爺ちゃんぐらいの世代よね」
「え、ええ。でも、御爺ちゃんで例えるのはちょっと」
「あ、そうね。ごめんなさい。嫌よね」
そうよね。まだ若いのに老人扱いだなんて。
嫌に決まっているわ。私だったら我慢できない。
「ちなみに二十一世紀の最初の方ですからもっと前ですよ」
「えぇ? そのまた更に御爺ちゃんの御爺ちゃん?」
「ミナトさん。流石に怒りますよ?」
「あ、ごめんなさい」
私も相当混乱しているみたいね。
ちょっと、落ち着きましょう。
「ふぅ・・・」
「大丈夫ですか? 休みます?」
「ううん。ありがとう。大丈夫よ」
頭は混乱しているし、涙でメイクは落ちているけど、大丈夫。
・・・直したいけど、今はこっちの方が大切よね。
「さっき観測できる世界って言いましたよね。あれは事実で、俺はこの世界を知っています」
「未来を知っているって事よね」
「具体的にいえば、この世界は物語として語られているんです。結末もその後も」
背中に嫌な汗が流れる。
それって・・・。
「既に決まっている運命を辿っているって訳? 私は物語の人物で。私が思う全てはその通りだって事? 物語のストーリー通りって事?」
そんなの! そんなの認められない!
私の想いは私だけの物。私の記憶は私だけの物よ。
「ミナトさん。ここには俺がいます」
「あ」
急速に熱が冷めていった。
・・・そうだったわ。ここにはコウキ君がいる。
「既に物語からは外れているのよね?」
「はい。物語と言っても、実際に俺達はこの世界に生きているんです。運命なんて俺は信じないんで。自分の道は自分で見つけるものですよ。違いますか?」
「そうね。私もそう思うわ」
作られた世界だとか、物語だとかはもう気にしないわ。
私はここにいる。人間として感情を持ち、記憶を持ち、誰かを想う気持ちがある。
それでいいじゃない。誰にだって思い通りにはさせないわ。
「やっぱり強いですね。ミナトさんは」
「え? 何で?」
「今、ミナトさんは俺から過酷な現実を突きつけられたんですよ。それなのに、それを受け止めて打ち返す強さがある。本当に、尊敬します」
「尊敬だなんて。当たり前の事よ。私だって運命なんて信じないもの」
「アハハ。やっぱり敵わないな」
苦笑するコウキ君。やっぱり敵わないってどういう意味よ?
「ミナトさんは未来を知りたいですか?」
愚問ね。
「知りたくないわ。というより、そんなの既に別世界の私よ。この世界の私の決定権は私にあるんだもの」
「それでこそ、ミナトさんです」
ニッコリって笑うコウキ君。
何だろう? 凄く久しぶりに見た気がしたわ。
「タイムマシンに関しては以上です。詳しくはまた後で質問してください。いつでもお答えしますんで」
「そうね。他にも色々と聞きたいし、後にするわ」
戸籍の事とか、色々と聞かないと。
「俺の戸籍ですが・・・」
「・・・・・・」
困ったように笑うコウキ君。
「怒らないでくださいね」
「内容によるわね」
「えぇっと・・・」
またもたついている。もぅ、はっきりしないわね。
ま、コウキ君らしいっていえばらしいから許してあげる。
「はっきりなさい!」
「は、はい! ハ、ハッキングして捏造しました!」
・・・捏造って。
捏造!?
「じゃ、じゃあ、あの戸籍は嘘って事?」
「はい。出来る限り、違和感のないように考えたデタラメです」
デタラメ・・・。
デタラメねぇ・・・。
「・・・とりあえず、その握り締められた拳はやめましょうよ。殴られる方も痛いですが、殴る方も痛いんですよ」
「問答無用よ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
ゴンッ!
「イッタァ!」
まったく、犯罪だって分かっているのかしら。
「一応、言い訳させてもらえますか?」
「いいわよ。聞かせてみなさい」
言い訳ぐらい聞いてあげるわ。
「この世界に飛ばされた身としては戸籍がないのは色々とまずかったんですよ。ネットカフェに入ろうとも会員証は作れないし、働くにも働けないし」
「そっか。それであんな所で立ち往生していたのね」
「はい。ミナトさんに拾われたのは本当に幸運でした」
そっか。あの時がこの世界にコウキ君がやって来た瞬間だったんだ。
「それで色々と困惑していたのね。家電とかその他にも」
「はい。流石に二世紀近く時代が進んでいると何にも分かりませんよ。状況的には生まれたての赤ん坊と同じです」
「ま、それは仕方ないわよね」
そうよね。知らなかったんだもの。
「いきなり飛ばされたので、頼れる知人もいませんし」
あ、そうよね。
コウキ君はこっちの世界に飛ばされた。
という事は家族とか友人とかともお別れしたのか。
ずっと昔の人だからいる訳ないし。
「両親がいないのも事実でしたしね。辻褄を合わせるにはあんな設定にするしかなかったんです」
・・・そうね。
じゃあ、仕方ないか。
でも・・・。
「今回だけよ。犯罪行為なんて許さないんだから」
「はい。分かっています」
シュンとなるコウキ君。
この分なら大丈夫そうね。
「戸籍は捏造ですね。最後にですが、ミナトさんにはきちんとお伝えしておきます。失望するかもしれませんが」
そう告げるコウキ君の顔は酷く物憂げだった。
SIDE OUT