「確かにナデシコは軍と共同戦線を張っています。ですが、私達には理不尽な命令に対する拒否権が与えられている事を忘れないで下さい!」
「ま、一応はね、忘れてないわよ」
「本艦クルーの総意に反する時、私は艦長として―――」
「お生憎様。今回の任務は敵の目を掻い潜って、親善大使を救出する事よ」
「救出? 親善大使?」
ブリッジの上部から話すキノコ提督と凛然とした姿を見せる艦長。
ま、すぐにオトボケ艦長に戻っちゃったけど。
「親善大使ですか? 何で北極なんかに?」
「寒さに強い方なのよ。加えて、好奇心が旺盛でもあるわ」
凄い言い訳。意味わかんないし。
親善大使が誰か訊いて焦らせてやろうかな。
「人助けよ。地球の平和を護るナデシコに相応しい任務じゃない。もちろん、拒否なんかしないわよね?」
人じゃないけどね。
救出任務ではあるけど。
「人助けですか。・・・それなら」
「ま、いいんじゃねぇの」
人助けと言われれば人が良いナデシコクルー。
やる気が漲っています。
「それじゃあ、作戦を立てます」
ユリカ嬢の提案。
でも、ま、ただの救出作戦なんだからさ、行って帰ります、で済む筈。
・・・本来なら、だけどね。
視界を遮るかのようなブリザードがうまくレーダーを誤魔化してくれる。
でも、艦長がなぁ・・・原作だとグラビティブラストぶっ放しちゃったし。
今回は対策練ってあるのかな?
「・・・という訳です」
要するに、そ~っと行って、そ~っと帰りましょうって事だよね。
パイロットの仕事は回収作業と護衛と。
俺の仕事は・・・特になさそうだな。
「交代で休憩を取ってしまいましょう。移動中は特にやる事もないですし」
ごもっともです、艦長。
「ミナトさん。セレスちゃん。昼食、食べにいきましょう」
交代での休憩時間。
やっと俺の番が回ってきた。
腹減って仕方なかったんだよ。
「そうね。行きましょう」
「・・・はい」
さて、今日は何を食べるかな。
「それじゃあ、失礼しますね」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
ブリッジクルーに挨拶をして、ブリッジから抜け出す。
何だか、最近はこの組み合わせが多い。
俺の役職から副操縦士が減ったからだろうな、多分。
俺がブリッジにいる意味は副通信士ぐらいだし。
オペレーター補佐も最早必要ないと僕は思います。
いらない子過ぎるな、俺。
「今日は何を食べるの? コウキ君」
「そうですね。和食でも食べようかと」
「あ。カエデちゃんの奴?」
「ええ。あいつの意外と美味いんですよ」
肉じゃがはマジで美味かった。
「そうね。煮物とか思わず感動する美味しさだったわ」
俺は生粋の煮物好きである。
そして、カエデの煮物はかなりのレベルだった。
たとえ洋食を食べようとも必ず一品料理として煮物を並べてしまう程に。
ミナトさんの絶賛に賛同してしまう俺がいる。
「素敵よね。料理が出来る奥さんって」
「カエデですか? まぁ、和食好きの俺としてはカエデぐらい料理が出来る奥さんだったら嬉しいですけどね」
「あら? じゃあ、私よりカエデちゃんがいい?」
「いえいえ。ミナトさんの料理も美味しいじゃないですか」
「・・・ミナトさんのお料理、食べてみたいです」
「機会があったら食べさせてあげるね。セレスちゃん」
「・・・はい」
と、話していると食堂に到着。
「えぇっと・・・」
おぉ。筑前煮。あれはやばいくらい美味い。
ついでにきんぴらごぼうも付けよう。
メインは・・・天丼かな。天ぷらが食べたい気分だ。
「決まった? コウキ君」
「ええ。天丼に筑前煮ときんぴらを付けます」
「また筑前煮? 好きね」
「病み付きですね。思わずカエデを褒めたくなります」
「褒めた事なんてないじゃない」
少女A(カエデ)が現れた。
戦う。逃げる。道具。呪文。
・・・隠された選択肢、弄くる。
「ん? 少女Aじゃないか。何でここにいるの?」
「当たり前じゃない。私はコックよ? ってか、少女Aって何よ?」
「え? コック!? お前がか!? 少女A」
「何に驚いてんのよ! 前からいるじゃない! 何回食堂で会ってると思ってるの!? それと少女Aはやめなさい」
「まぁまぁ。落ち着けよ。美少女A」
「ちょ、わ、私が悪いの? ねぇ? 私が悪いの!? あ。ちなみに美少女なら許してあげるわ」
あ。許してくれるんだ。
「何の話だっけ?」
「私がコックって話よ!」
「当たり前じゃん。俺はお前の和食を楽しみに来ているんだから」
「ふ、ふんっ。そうならそう言えばいいじゃない」
「おう。早くお前のハンバーグが食べたいな」
「ええ。任せなさい。最高のハンバーグを、って洋食じゃない!」
「あ。そっか」
「そっかじゃなぁぁぁい!」
隠しコマンドは常時選択できるようにしておこう。
呪文なんかより何倍も使える。
「ふふっ。相変わらず仲がいいわね」
「よくなんかないわよ!」
「え? そうなのか? 俺は・・・てっきり・・・」
「な、なに落ち込んでのよ!? そ、そうね。仲は悪くないわよね」
「いや。仲、悪いだろ」
「早! 立ち直り早!」
「いやぁ。お前のように遠慮なく弄れる奴はそうはいないって」
「遠慮しなさい! というか、そもそも弄くるのをやめなさい!」
「あ。それは無理」
「無理ですってぇぇぇ!」
「ほら。あれだよ。米洗ってって言って洗剤で洗われるぐらい無理」
「何それ? そんなの当たり前じゃない」
「そ。だから、お前が弄くられるのも当たり前」
「何? 当然って事? 私は弄られる為にここにいるって事?」
「うん」
「否定しなさいよぉぉぉ!」
「だから、蒸し器なのに水分がなくなっちゃうくらい無理」
「焦げちゃうじゃない。台無しじゃない。そもそも蒸せないじゃない」
「そういう事だよ」
「どういう事よ!? 意味わかんないわよ! もぉ・・・」
あぁ~。不貞腐れちゃった。
そうやって、口を尖らせるから、からかわれるんだっての。
「あ。そうだ。また筑前煮頼むからよろしく。後、キンピラも」
「またぁ? 飽きないのね」
「ま、お前の料理の腕は認めている。正直言って美味い」
「あ、ありがと」
「まぁ、和の心は足りないがな」
「髪の毛はこんなんだけど生粋の日本人よ。両親はどっちも日本からの移住だもの」
「カエデ」
「な、何よ? 真剣な顔して」
「和の心は文字通り心に宿るものだ! 容姿や国籍ではない!」
「・・・力説されても困るんだけど・・・」
そいつはすまん。
「ま、楽しみにしてなさい。いつも通りの美味しさを味わわせてあげるから」
「お。そいつは楽しみだ。包丁には気を付けろよ」
「あ、あの日は偶然よ。いつもはミスなんかしないわ」
「そっか。ま、気を付けるに越した事はないからな」
「そうね。ありがと」
「んじゃ、また」
「ええ。また」
去っていくカエデ。
逃げられても回り込むつもりはないぞ。
「本当に仲がいいわね」
「面白いですから。あいつ」
「ま、女の子を二人も待たせるのは感心しないけど」
「あ。すいません」
つい夢中になっちゃって。
「じゃあ、お詫びに奢りますよ」
「あ。そういえば、コウキ君はこの八ヶ月で」
「そうなんですよ。いつの間にか溢れんばかりに増えていまして」
何もしないのに金が入ってくる。
ふむ。楽だな。素晴らしい人生だ。
「気分は浦島太郎って感じですね。知らない間に金が増えたんだから」
「もしコウキ君が浦島太郎なら幸せな浦島太郎ね」
ま、童話も説話も浦島太郎はあまりよろしくない結末だしな。
確かに幸せな浦島太郎だ。
「セレスちゃんは何を食べる?」
「・・・お蕎麦を食べます」
「蕎麦か。美味しいもんね」
「・・・はい」
「ミナトさんは?」
「ハンバーグ定食にしようかしら」
「分かりました」
食券を買って・・・。
「席を取っといてください」
「りょ~か~い」
いざ、キッチンへ。
「御願いします」
「はい」
キッチン内にいるホウメイガールズに渡して、取っておいてもらった席に付く。
ここはホウメイガールズが配膳してくれるから楽でいい。
学校の学食は出来るまで待ってないといけないから大変でさ。
混んでいる時に感じる後ろからのプレッシャーは凄まじいね。仕方ないんだけどさ。
「ホッと」
ミナトさんの正面、セレス嬢の隣に座る。
こういう時ってどこに座ればいいか分からないよね。
ま、前からこの配置だったから、今はもう迷わないけど。
「あ。パイロット組がいますね」
原作通り、パイロット達が食堂で話している。
暇だねぇとか言ってグテ~ってなっているのはまずいと思うよ、皆。
「移動中は暇だものね、彼ら」
「ま、そろそろ模擬戦でもするんじゃ―――」
「やぁテンカワ君。暇ならちょっと付き合ってくれないかな」
バサッ!
一斉に身を引く一同。
「そ、そういう意味じゃないよ」
誤解を招くよ、その言い方は。
「君の腕前を見ておきたくてね。凄腕パイロットと名高い君を」
不敵に笑う会長。
負ける気はないって所かな。
ま、惨敗だと思うけど。
「お。いいじゃねぇか。俺としても新入りの力を見ておきたいからな」
「おお! やれやれ、アキト。ライバルからの挑戦は受けるもんだぜ」
「そうだねぇ。新しいフレームにも慣れておきたいし」
乗り気な他メンバー。
「あのさ、僕はテンカワ君と―――」
「そうだな。きちんと実力を把握しておきたいし、連携も取っておきたい。ちょうどいいな」
「はぁ・・・。空回り」
パイロット組は意気揚々、一部肩を落として去っていったとさ。
「元気ね」
「まぁ、パイロットは元気が命ですよ」
「そうね」
パイロットは皆でワイワイとやって結局戦争を乗り切った。
きっと、あの状態こそ彼らが最も力を発揮できる環境なのだろう。
「お待たせしましたぁ」
お。ご苦労様です。
「ありがとうございます」
天丼、筑前煮、きんぴらごぼう。
いいね。いいね。美味しそうだね。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
「・・・いただきます」
挨拶は大事だよ。
「そうそう。コウキ君はパイロットの仕事はどうなの?」
パイロットか。
トラウマがある以前にメンバーの質、数共に俺の必要性を感じないんだよね。
「ま、状況次第って奴ですね。一応はアサルトピットも取ってありますが、数的に充分だと思います」
「そうよねぇ。もう六人もいるものね」
「ええ。多過ぎても困りますし。どうなるんでしょう?」
正直、今の俺は正式な役職がない状態に等しい。
何かしないとクビになっちまうよ。
「ま、私としては安心なんだけど」
「・・・・私もそちらの方が嬉しいです」
「ハハ。ありがと。でも、ま、出番があるかもしれませんから」
そう、どうなるか分からないんだ。
トラウマは一刻も早く払拭しておく必要がある。
やっぱりイネス女史に相談しよう。
「あれ?」
「ん? どうかしました?」
「え、ええ。あまり見かけない組み合わせだなぁって」
「えぇっと・・・」
ミナトさんの視線の先には・・・カエデと秘書さん?
どういう関係だ?
「何か深刻な話みたいね」
「ええ。妙に真剣な顔をしています」
・・・気になるな。
後で訊いてみよう。
「あ。終わったみたい」
眉を顰めながらキッチンへと入っていくカエデ。
包丁を握るけど、心ここにあらずって感じだ。
「・・・もしかして・・・」
カエデが展望室にいた事がバレた?
でも、映像は加工しておいたし。
「どうかしたの?」
「ちょっと。カエデに話を訊いて、内容次第ではテンカワさんと要相談ですね」
もし、エリナ秘書がカエデをジャンパーとして眼を付けていたら・・・。
「阻止するべきだろうな。あいつの為にも」
ジャンパーという存在がカエデからバレると彼女が将来危険になる可能性が高い。
せっかく生き残ったんだ。俺の勝手な思いだけど、平和に生きて欲しい。
「あいつに話を訊いてきます」
「え? ご飯は?」
「後にでも。ちょっと気になって仕方ないので」
「コ、コウキ君。・・・行っちゃった」
えぇっと、キッチン、キッチンっと。
「お~い。カエデ」
「何よぉ。私は貴方と違って忙しいのよ」
悪いね、暇人で。
・・・否定できない自分が可哀想。
「さっき、エリナさんと何を話していたんだ?」
「はぁ? 貴方には関係ないでしょ?」
「まぁまぁ、珍しい組み合わせだったからさ」
「ま、いいけどさ。何でも、貴方は特別なの、だって」
「ッ!?」
・・・やはり。
どこかでミスったみたいだな。
明らかにカエデが疑われている。
「・・・どう特別だって?」
「特に何も言ってなかったわ。ただ木星蜥蜴を見返せるって」
「木星蜥蜴を見返せる・・・ね」
火星大戦で恨みがあるのを利用しようとしているのか・・・。
「・・・もし、本当に木星蜥蜴を見返せるなら、私は・・・」
こいつは相当に木星蜥蜴に恨みがあるみたいだな。
注意しとかないと、簡単に利用される。
「カエデ」
「何よ? いつになく真剣な顔して。またからか―――」
「気を付けろ」
「え?」
「誰それを信用するなとは俺からは言えない。でも、きちんと考えてから返事をしろ」
「ど、どういう意味よ?」
「お前が木星蜥蜴に恨みがあるのは分かる」
「・・・・・・」
「でも、その恨みに踊らされて、誰かに利用されるような事がないようにしっかりと考えてから動いて欲しい」
「・・・貴方には分からないわ。私がどれだけ苦しんだかなんて」
「・・・カエデ」
俯くカエデ。
今まで見た事がない弱々しい姿だった。
「でも、忠告は受け取っておくわ。よくわかんないけど、気を付ければいいのね」
「ああ。俺はお前に辛い思いをして欲しくない」
「・・・まったく。いつでもそれくらい真剣でいなさいよ」
「え?」
「な、なんでもないわよ。とりあえず、分かったわ。ありがと」
「礼を言われても困るけどな。ま、何かあったら何でも相談に乗るからな。気軽に言ってくれ」
「熱でもあるの?」
「馬鹿。真面目だ。カエデ、いつでも力になるからな」
「はいはい。分かったわよ」
「分かったならいい。それじゃあな」
「・・・何よ。らしくないじゃない」
・・・間違いなくネルガルはボソンジャンプの実験にカエデを利用しようとするだろう。
テンカワさん達と相談して対策を練らないと。
「おかえりなさい」
「ええ」
食べかけの天丼。
何だか食欲が失せちまったなぁ。
もちろん、全部食べるけど。
「どうだった?」
「テンカワさん達に相談する必要があります」
「分かった」
ミナトさんも協力者だ。
ちゃんと事情も話してある。
そうだな。これから・・・。
「・・・チュルチュル」
・・・あぁ。和む。
俺の荒んだ心が癒されるよ。
一瞬にして気持ちが切り替わった。
「・・・チュルチュル」
「ミナトさん。楽しんでいたでしょ?」
「ええ。とっても」
正面からセレス嬢を見るミナトさんは本当に微笑ましそうに笑ってる。
まぁ、脇からでも微笑ましいんだけどね。
「なんて言うの? こう、一生懸命な所とか」
「でも、以前より使い方が様になっていますよね、箸の」
「ええ。ちゃんと成長しているのよ」
つたない箸捌きで、蕎麦を一生懸命に掴み。
小さな口でチュルチュルと吸い込む姿は微笑ましい事この上ない。
しかも、ちゃんと周りに飛ばさないよう食べているから思わず偉い偉いと撫でたくなる。
「・・・気持ちいいです」
実際にしちゃっていますけど、何か?
でも、食事中は流石にまずかったかも。
「・・・あ」
そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
「食事中に我慢できないコウキ君が悪いわね」
ニヤニヤしながら責めるとは・・・。
ミナトさん。悪女め。
「食べ終わったらね」
「・・・はい」
やばいなぁ。気付けば手が頭の上にある。
魔力だな。呪いだな。神の意思だな。
だが、掛かって来いと言いたい。
それぐらいセレス嬢の頭を撫でる行為には魅力がある。
「・・・食べ終わっちゃいましたか?」
セレス嬢はゆっくりだからな。
どうしても、俺やミナトさんが先に食べ終わってしまう。
「大丈夫だよ。急がなくて。ゆっくり食べな」
「そうね。ゆっくり、ちゃんと噛んで食べなさい」
「・・・はい。分かりました」
気にしなくていいぞ、セレス嬢。
こっちも充分和ませてもらっているからな。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あぁ・・・。和む。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あぁ・・・。癒される。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あぁ―――。
ゴドンッ!
「うぉ」
「キャッ!」
「・・・あ」
突然の振動。
何だ? 何だ?
「びっくりしたぁ」
「何でしょうか?」
「・・・あ」
ん? セレス嬢。
どうかしたのか?
「・・・零しちゃいました」
・・・さっきの揺れが原因だな。
蕎麦の中身が机やら服やらにかかっちゃっている。
「・・・すいません」
意気消沈のセレス嬢。
・・・おい。誰が原因だ? これは。
「あ。大丈夫ですか?」
布巾を片手にホウメイガールズがやってきて、机を拭いてくれる。
「・・・これは着替えた方がいいわね」
カチンッ! と来た。
和みの時間を潰し、癒しの時間を潰し、セレス嬢の食事の時間を潰し、あまつさえセレス嬢を悲しませた。
断じて許せん。
『マエヤマさん。ミナトさんとセレスさんを連れてブリッジへ御願いします』
「何があったんですか? プロスさん」
『あ。え~とですね。艦長が・・・』
艦長か。少し説教に混ざらせて欲しいぐらいだ。
「なんとなくですが、了解しました。でも、セレスちゃんが食事中でして、さっきの揺れで服を汚してしまったんです」
『そう・・・ですか。それでは、セレスさんは着替えを致してから来てくだされば』
「分かりました。ミナトさん、俺がセレスちゃんを連れていきますので、先にブリッジに」
「ええ。分かったわ」
ミナトさんは操舵手だからブリッジにいるべき。
俺は特に重要な役職という訳ではないから、こっちを担当する。
「という訳で、俺とセレスちゃんは少し遅れます」
『かしこまりました。出来るだけお急ぎ下さい』
「はい。すいませんが、片付けを御願いできますか?」
「大丈夫ですよ。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
ホウメイガールズの一人に後始末を任せてしまった。
心苦しいが、緊急事態だ。申し訳ない。御願いします。
「じゃあ、先に行くわね」
ミナトさんが去る。
「それじゃあ、行くよ。セレスちゃん」
「・・・はい」
セレスちゃんの手を握って、出来るだけ急ぐ。
う~ん。意外と部屋とブリッジが遠い。
「ごめんね」
ひょいっとセレス嬢を抱きかかえて、ダッシュ。
「・・・あ、あの・・・」
「ごめんね。ちょっと我慢していて」
「・・・あ・・・はい」
セレス嬢の部屋は俺の部屋の近くにある。
ブリッジクルーは一箇所に集められているからな。
ある程度の場所は分かるから、あとの細かい所は本人に訊こう。
「セレスちゃんの部屋はどれ?」
「・・・あれです」
指差す方に向かう。
お。これだな。名前が書いてある。
「ほい」
セレス嬢を降ろす。
「ごめんね。待っているから、ちょっと急いで着替えてきて」
「・・・はい。すぐに着替えます」
部屋に消えるセレス嬢。
・・・・・・・・・・・・・・・。
「終わりました」
お。意外と早かったな。
急かしちゃったみたいだ。
「さ、急ごうか」
パッと抱き上げて再びダッシュ。
時間がないから、許してくれよ。セレス嬢。
「お、遅れましたぁ」
かなりの時間を走ってブリッジに到着。
一斉に集まる視線にちょっと動揺。
「随分と余裕ね。遅刻した挙句・・・」
「何ですか? きちんと理由は話した筈ですが」
プロスさんに伝えたんだ。
怒られる筋合いはない。
「・・・とりあえず、降ろしたら?」
・・・あ。
セレス嬢を抱きかかえたままだ。
ブリッジに入る前に降ろそうとしていたのに。
すっかり忘れていた。
「ごめん。ごめん」
「・・・え、あ、いえ」
セレス嬢は俺から降りると、トコトコとすぐさま自分の席へ戻ってしまった。
・・・嫌だったのかな? 申し訳ない。
「それで、これは?」
「え~っとですね・・・」
「艦長がグラビティブラスト撃っちゃったらしいです」
「メ、メグミちゃん」
「私は正しい事を報告する義務があります」
熱血記者じゃないんだから。
「何故かお聞きしても?」
「え~っと・・・」
「暇過ぎて寝かけてしまい、寝ぼけて発射スイッチを押してしまったそうです」
「メ、メグミちゃん」
「私は正しい事を報告する義務がありますから」
厳しいね、メグミちゃん。
フォローのしようがないわ。
「何か機嫌悪いね」
「いえ。折角ガイさんと・・・」
「ああ。そういう事」
ガイと何か予定があったんだろうね。
作戦活動が長引いたらその分の時間も少なくなるって訳か。
それじゃあ、しょうがないよ。
「もう散々説教されていますよね?」
「・・・はい」
「ここで俺が説教に加わったら?」
「・・・えぇぇぇん。もう許してくださぁぁぁい」
なんか怒る気も失せた。
ユリカ嬢はポワポワとお気楽にやっていてもらうのが一番だな。
「ま、失敗は失敗で艦長には糧にしていただきましょう」
「お!」
「過失を責めても仕方ありませんので、これからを考えましょうよ」
「おぉ! その通りです。流石はマエヤマさん。良い事―――」
「調子に乗っちゃ駄目ですよ。艦長」
「・・・はぁ~い」
ま、俺としては戦闘があった方が稼動データも取れるからいいんだけどね。
彼らが墜ちないって分かっているし。負担かかるけどさ。
「それでは、後は艦長に」
艦長にその場を任せ、自分の席に着く。
「現状で私達が取れる作戦は二つ。木星蜥蜴を全滅させてから救出するか、木星蜥蜴を引き付け、一機のエステバリスで救出して逃げるか。そのどちらかです」
全滅か、陽動か。
まるでスーパーとリアルなロボットが入り乱れるシミュレーションゲームみたいだ。
どっちを選択するかで初期位置が変わるんだよな。こういうのって。
結局、全滅させる事になる気がするけど・・・。とんずらはしない。
「今の戦力で全滅は可能なのか?」
「パイロットは六人、ナデシコも損傷なし。不可能ではありません」
強化されたバッタでさえ貫けるよう強化されたラピッドライフル。
単純に殆どの敵を貫けるレールカノン。
ディストーションアタックならある程度の奴でも攻略可能だし。
今回はテンカワさんが高機動戦フレームだからな。
時間掛ければ出来そうだ。
「但し、敵戦力が完全には把握できていません。レーダー反応も薄いですし」
ブリザードで視覚が潰されているし、そういう面では辛いかも。
「一機のエステバリスでの救出は可能なのか?」
「陽動さえうまくいけば容易ですね。稼働時間も伸びているので、ある程度の余裕もあります」
原作ではアキト青年が苦労していたけど、今回はテンカワさんが敵を思いっきり引き付けてくれそうだから難易度は下がるかな。
やっぱり、こっちの方がいい気がしてきた。
「・・・・・・」
「ユリカ。どうするの?」
「陽動作戦で行きます」
賛成です。艦長。
「救出に行くのはアキト―――」
「いや。俺は高機動戦フレームでの稼動データを集めたいからな。万能タイプのアカツキがベストだと思う」
「アキトがそう言うなら、そうするね」
テンカワさんに弱ぇ。即行で作戦変更しましたよ。
まぁ、僕としては都合が良いですが。
「アカツキさん。御願いできますか?」
「いいよ。僕が適任だろうし」
そうだよな。ガイには怖くて頼めないし。
三人娘は連携が強みだから、誰か一人というのも勿体無いし。
テンカワさんは稼動データと敵の引き付け役だし。
適任というか、彼しかいないという理由もありますね。
「それでは、作戦を開始します」
救出作戦。
北極熊はアカツキ会長に任せて。
俺は高機動戦フレームに集中するとしますか。
ばっちりデータ取らせていただきます!
「バッタとかジョロとかカトンボ級相手なら充分の攻撃力だよな」
武装の攻撃力という面で不安があったんだけど、現状でも充分なんだよな。
遺跡の知識からもっと強い武器も開発できるけど、無理に開発する必要もなさそう。
あまり強力なの作っても情報漏洩が怖いし。
あっちの戦力が強化されたら泣くに泣けないよ。
戦略的観点から見ても安易に強力な兵器を開発するのは避けるべきだ。
生産力の問題とか、色々と絡んでくるし。
現状で対応できるのなら、現状のままなのがベストって訳。
革新的技術の登場は一気に技術レベルを向上させてしまうから危険だ。
戦争中の技術力がシーソーゲームである以上、必ず相手にも追いつかれ、追い抜かれるという事を忘れちゃいけない。
そのあたりは慎重にいかないとな。状況を考えてイネス女史あたりに相談しよう。武装兵器については。
とりあえず、ウリバタケさんのフィールドランサーがあれば、ある程度の敵は蹴散らせる筈。
そろそろロールアウトでしょ、あれ、詳しくは覚えてないけど。
他にも新兵器とかいって凄まじいのを用意してそうで怖い。
まぁ、頼りになるけどさ。
「機動力は・・・充分。ってか、突貫しちゃってくださいと言いたくなる」
テンカワさんに高機動戦フレーム。
鬼に金棒より性質が悪いね。鬼にチェーンソーみたいな感じ。
いや、もっとだな。鬼にエスカリボルグって感じだ。
・・・不思議な曲が聞こえてきた。幻聴って怖い。
「DFの強度を上げれば、体当たりだけでも充分な攻撃力になりそう」
ブラックサレナの高機動ユニット装着型のディストーションアタックが理想。
でも、あれだけの強度を得るには相当なエネルギーが必要になるんだよね。
小型相転移エンジンとかあれば簡単に出来そうだけど、そんなものを開発してしまったらやばそうだよなぁ。
夢の六メートル級で二基の相転移エンジン。やばい、十年ぐらい先の技術になりそう。
可能だからこそ怖い。戦略級の機体とか開発しちゃったら余計に平穏から遠のきそうだよ。
いずれ、エステバリスが相転移砲・・・は、やばすぎるな。戦力バランスが崩壊しちまう。
ってか、仮に開発して、向こうにその技術が渡ったら終わりだな。相転移エンジンの生産力はあっちの方が上なんだし。
「現状で実現できる技術レベルの最高を目指すのがベスト・・・か」
現時点での技術レベルで実現可能な限界。
それを目指すのが理想かな。
いきなりの技術レベルの革新は危険すぎるし。
ひとまず俺は開発ではなく調整で活躍するとしよう。
「お疲れ様です、テンカワさん。稼動データはしっかりと活かさせてもらいますよ」
テンカワさんを始めとするパイロット陣の活躍とアカツキ会長の見事なコソ泥テクニックで無事に救出完了。
まさか救出対象が白熊だとは誰も思わなかったんだろうな。驚く顔が傑作でした。
その中でもラピス嬢やセレス嬢の眼が輝いていたのは癒されたね。もふもふしていましたし。
後でオモイカネからデータをもろおう。きっと録ってある筈だから。永久保存版ですね。お宝映像ですね。