機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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火星脱出

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

・・・コウキ君の記憶が失われている。

それが切なくもあり、嬉しかった。

トラウマを抉るという行為。

とても許される事じゃない。

目的の為なら手段を選ばない酷い女だ。

きっと、記憶があればコウキ君もそう思ったに違いない。

コウキ君に嫌われる。

それが堪らなく怖かった。

だから、コウキ君が何も覚えていないという事に心から安堵した。

少なくとも、嫌われる事はないのだから。

・・・同時に愛する人が記憶を失うという事を喜ぶ自分に失望した。

なんて自分勝手な考え方なんだろうと思った。

コウキ君の思いを勝手に決め付けて、トラウマを抉って傷付けて、挙句の果てにその行為をなかった事にしようとしている。

なんて罪深い人間だろう。

それを隠す為にわざと明るく振舞ったりして。

・・・私は本当に嫌な女だ。

 

「ミナトさん。マエヤマさんにきちんと話したんですか?」

 

コウキ君があの時の記憶を失っている。

それを聞いたメグミちゃんが私にそう訊いてくる。

 

「・・・話してないわ」

 

メグミちゃんに私の気持ちが分かる訳ない!

私だって苦しんで、悩んで、それで出した答えなのに!

・・・そう言いたかった。

でも、コウキ君を傷つけた事は事実だから。

そんな事、言っても仕方なかった。

 

「きちんと話すべきだと思います。本当に愛しているのならですけど」

 

愛している。

愛しているからこその苦渋の選択だった。

でも、コウキ君に嫌われたくないから。

本当の事を話す勇気は持てなかった。

愛しているからやった事なのよ、なんてとてもじゃないけど言えない。

 

「マエヤマさんを傷付けて。私にはミナトさんの行動が理解できません」

 

・・・理解できなくても構わない。

私が勝手にやった事だから。

でも、コウキ君には理解して欲しいと思った。

理解して、許して欲しい。

トラウマを抉った事を許して欲しいと心から思った。

 

「・・・あ」

 

気付けば、メグミちゃんがコウキ君の所へ行っていた。

小声で何か言っている。

もしかして、あの事を話しているのだろうか。

・・・不安で仕方なかった。

 

「・・・・・・」

 

メグミちゃんが戻ってくる。

私に視線を送る事なく、席へと座り、こちらを見る気はまるでなさそうだった。

 

「・・・コウキ君」

 

不安になってコウキ君を見詰める。

コウキ君はルリちゃんとラピスちゃんと話していて、こちらを見ていない。

・・・それが余計に不安にさせた。

睨むように見てきているのなら、私に怒りという感情を浮かべているという事。

白い眼で見てきているのなら、私に呆れという感情を浮かべている事。

笑顔で見てきているのなら、私に怒っていないという事を伝えてきている。

怒られてもいい、呆れられてもいい。

それはまだ私に興味があり、私という存在を認めている証拠だから。

でも、私を見ていないという事はどういう事か分からない。

もしかしたら、メグミちゃんがあの事を話してなくて、単純に知らないから私を見ていないのかもしれない。

でも、あそこまで怒っているメグミちゃんがコウキ君に告げないなんて事があるのだろうか?

もし、告げていて、私に視線の一つも送ってくれないのなら・・・。

それは・・・興味を失ったという事。存在を否定しているという事。

もし、そうだったのなら、なんて怖く、悲しい事だろう。

それなら、いっそ嫌って欲しい。嫌ってでもいいから、私という存在を認めていて欲しい。

興味を失われるというのは嫌われるよりずっと辛い。

コウキ君が今、私にどんな感情を浮かべているのか。

それが知りたくて堪らなかった。

怖くて、でも、安心したくて、心のざわめきを抑えて、コウキ君の方へ一歩踏み出す。

でも・・・。

 

「・・・あ」

 

コウキ君がセレスちゃんを抱き上げていた。

抱き上げて、膝に座らせて、頭を撫でていた。

・・・そこは私の居場所なのに・・・。

セレスちゃんに嫉妬する気持ちより、己の居場所の喪失感が胸に溢れた。

あぁ。もうあそこは私の居場所じゃない。

それが何よりも悲しくて・・・。

気付けば自分の席に戻っていた。

 

「・・・良かったわね。コウキ君、セレスちゃん」

 

良かったわね。セレスちゃん。

居心地の良い居場所を手に入れられて。

良かったわね。コウキ君。

癒してくれる大切な子が傍にいてくれて。

・・・私は失ってばかりよ。

 

「・・・痛い」

 

胸が痛い。心が痛い。

今まで経験した事のないぐらいの痛みが胸を襲う。

・・・泣きたい。全力で泣いて、コウキ君に慰めて欲しい。

何があったんですかって聞いて欲しい。

そうすれば、全てを打ち明かして、許しを請えた。

でも、幸せそうにしているセレスちゃんを見ると、そんな事は出来ない。

嫌われるのを恐れ、何にも出来ない私。

なんて臆病なんだろう。

・・・視界が潤んで仕方なかった。

・・・それを必死に隠す私が堪らなく惨めだった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「何故、クロッカスがここ?」

 

クロッカス。イネス女史の説得に説得力を与える証拠となるもの。

さて、どうボソンジャンプまで話を持っていこうか。

 

「・・・照合終了。あれは間違いなく私達の眼の前でチューリップに吸い込まれたクロッカスです」

「え? だって、そんな事って・・・」

 

普通は信じられない。瞬間移動なんてSFの世界だからな。

ま、この世界もSFの世界なんだけどさ。

 

「私達が火星までやってくるまでの掛かった時間。それより短い時間でクロッカスは火星に来た事になります」

「あの氷付き具合から言うと少なくとも一日二日じゃないわね」

 

ルリ嬢が上手く誘導している。このままイネスさんからボソンジャンプという言葉が出れば・・・。

 

「恐らく瞬間移動という奴だな」

「アッハッハ。アキト。こんな時にくだらない事を言ってんじゃねぇよ」

「ほぉ。ガイ。お前は不可能というものを信じるのか?」

「ナニィ!?」

「不可能を可能にするのがヒーローではなかったのか?」

「おぉ! 俺はヒーローの心を忘れていた! すまない! アキト」

 

あのさ、ガイを説得したからって何にもなんないですよ、テンカワさん。

まぁ、からかいたくなる気持ちは分かりますが。

 

「そう。クロッカスは瞬間移動したのよ。チューリップを通って」

「瞬間移動だなんて、まさかぁ・・・」

「チューリップで移動するとボース粒子の増減が見られる」

「えぇっと?」

「そこで私はこの瞬間移動をボソンジャンプと命名したわ」

「あの・・・イネスさん」

 

また自分の世界に入っちゃった。

誘導ミスか? まぁ、ボソンジャンプという言葉を導けたからいいか。

後は、こちらで上手く・・・。

 

「イネスさん」

「ん? あら? 何かしら?」

「ボソンジャンプという瞬間移動ですが、イネスさんはチューリップが媒介であると?」

「ええ。チューリップを通ると別のチューリップに移動すると考えているわ」

「それならば、あのチューリップを通れば別のチューリップに出られる訳ですね」

「まぁ、結論からするとそうなるわね」

「それだと、気になる事があるんです」

「あら? 何かしら?」

「俺達の眼の前でチューリップに吸い込まれたのはクロッカスとパンジー、二つの戦艦です。それが、何故、一つしかないのですか?」

「・・・そうね。考えられる事は必ずしも同じチューリップに繋がっている訳ではないという事ね」

「1、2、3という三つのチューリップがあって、1から必ず2に行くとは限らないという事ですね。3に行く可能性もあると」

「ええ。少なくともそちらの方が可能性が高いわ。どうしてそんな事を気にするの?」

「クロッカスとパンジーを飛ばしたチューリップはナデシコが破壊してしまいましたからね。同じだったら、困るじゃないですか」

「そうね。片方が破壊されたら飛べなくなるなんて事はない筈。恐らくそういう事でしょう」

「それなら、チューリップを脱出方法として使える可能性もある訳ですね」

「可能性としてはね」

 

これで周りにボソンジャンプとチューリップの関係性を覚えさせた。

チューリップによる脱出方法があるという事も。

 

「でも、どこに出るかは分からないのよ。もし、あのチューリップが敵の本拠地にあるチューリップに繋がっていたらどうするのよ?」

「それはまた後で考えてみましょう。万が一にはその脱出方法があるという事だけ分かればいいです」

「ま、本当に最終手段ね。分の悪い賭けは嫌いじゃないけど、死にたくないもの」

「もちろんです」

 

死ぬ為にチューリップに行くのではない。

生きる為にチューリップに行くのだ。

 

「それでは、万が一に備えて、クロッカスを操作できるようにしておきませんか?」

「へぇ。クロッカスを何に使うの?」

 

何ですか? そのニヤニヤした笑みは。

 

「もし、俺達がチューリップを通るという選択をした時、俺達は無防備になります。そこでクロッカスを囮に使えれば危険を逸らせるのではないかと」

「クロッカスをねぇ。でも、どうやって操作するの?」

「ワシが残ろ―――」

「その必要はありません、提督」

 

残ろうだなんて言わせないっての。

わざわざ犠牲を出すのは目覚めが悪いですからね。

 

「ナデシコ程に高性能なコンピュータを搭載している訳ではないでしょうが、クロッカスとてコンピュータで制御している筈。違いますか? 提督」

「・・・ああ。その通りじゃ」

「それならば、俺達オペレータ組の出番ですよ。複雑な事は出来ませんが、ナデシコの後を追って、壁にする事ぐらいは出来ます。ね? ルリちゃん」

「ッ! ・・・ええ。可能です」

 

俺の意図に気付いて笑みを浮かべるルリちゃん。

こうやって前もって行っておけば、そういうソフトを組んでおいても怪しまれない。

いきなりクロッカスを動かしたら変に思われるからね。

 

「イネスさん、お聞きしたいんですが、俺達が瞬間移動できない可能性とかはありますか?」

「ボソンジャンプよ。ちゃんと覚えなさい。そうね。絶対に出来るという保証はないわ」

「何故ですか?」

「そういうものには何かしらのキーとなるものが必要だと思うからよ。木星蜥蜴の持ち物であるチューリップ。それなら、木星蜥蜴のみが使えるのかもしれない」

「地球になくて木星蜥蜴にあるものですか・・・」

「それはディストーションフィールドではないでしょうか?」

 

お。ルリ嬢。素晴らしい介入の仕方だぞ。

 

「ディストーションフィールド。時空歪曲場の事ね」

「火星降下前に戦った敵の艦隊はどの戦艦もDFを纏っていました。これは木星蜥蜴の戦艦がDFを標準装備としているからではないでしょうか?」

「それなら、確かに地球になくて木星蜥蜴にあるものね」

「え? だって、ナデシコは地球の」

「違ぇんだよ」

「え?」

 

メグミさんの疑問にまさかのスバル嬢が答えた。

確かにパイロット組はナデシコの始まりを知っているからなぁ。

でも、スバル嬢とは思わなかった。

 

「ナデシコは木星蜥蜴の戦艦を基に作ってんだ。だから、地球唯一のDFを纏える戦艦なんだよ」

「その通りよ。ナデシコは私が設計した戦艦。そして、その基としたのは木星蜥蜴の戦艦。DFやGBは元々木星蜥蜴の技術なのよ」

 

実際は遺跡の技術なんだけどね。

 

「それじゃあ、私達もボソンジャンプでしたっけ? それが出来るって事ですか?」

「可能性としてはね、艦長」

 

ユリカ嬢。ボソンジャンプだけが俺達の取れる脱出方法ですよ。

 

「なぁ、言っている事、理解できたか?」

「全然だよぉ。いやぁ、コウキって見かけによらず頭良いよね」

「・・・私達は戦う事しか出来ない生き物なのよ」

「最近、ギャグモードのイズミ出てこないよね」

「忙しいんだろう?」

「いや。意味わかんないから」

 

えぇっと、周りはあんまり内容を理解してないみたいだ。

ま、まぁ、後でなぜなにナデシコが始まるだろう。イネス女史は説明大好きだし。

それで理解してもらえればいいや。

ホワイトボードは・・・自分で用意するでしょ。

 

「どちらにしろ、クロッカスを調べてみるべきでしょう。我々の知りえない情報を得られるかもしれません」

 

 

結局、プロスさんのこの一言でクロッカスの調査に向かう事となった。

調査員はイネスさん、テンカワさん、そして、俺。

何故、俺なのは分からないが、イネスさんの要望らしい。

テンカワさんにはエステバリスを操縦してもらう為だ。

俺でも良いと思うんだけど、艦長を始めとした多くの人間から拒否された。

まぁ、心配されているんだろうという事で納得した。

ちなみに、俺はルリ嬢から組み込まれたソフトが保存されてメモリーを渡されてある。

流石はルリ嬢。まったく不備がない。俺より凄いかもしれないな、やっぱり。

 

「さて、コウキ君、アキト君、聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」

「何ですか?」

 

イネス女史が聞きたい事?

何だろう?

 

「貴方達は一体何を知っているのかしら?」

「・・・え?」

 

鋭い目付きで見てくるイネス女史。

俺は良く分からなかったが、テンカワさんの目付きも鋭くなる。

分かってないのは俺だけだ。

 

「どういう意味だろうか?」

「そのままよ。私が気付かないとでも思っているの?」

 

気付かない?

 

「貴方達はチューリップを使ってナデシコを火星から脱出させるつもり。そうなるよう私にボソンジャンプを説明させた。違う?」

 

・・・言葉が出なかった。

うまく誘導してやろうなんて思っていた自分がなんて馬鹿なんだと思い知った。

イネス女史はこちらの意図を理解した上でこちらに乗ってきたのだ。

その真意を確かめる為に俺をこの調査団の一員にして。

 

「・・・何故、俺に訊く?」

「貴方はコウキ君やホシノ・ルリが私に問いかけている時、当たり前のような顔をしていたわ。周りは話に付いて来られずに困惑気味だったのに」

「・・・表情に出ていないだけかもしれんぞ?」

「まさか。無表情だからこそちょっとした違いに気付きやすいのよ。残念だけど、誤魔化されないわ」

「・・・・・・」

 

・・・完全敗北だな。

イネス女史を利用しようなんて事が間違っていた。

 

「イネスさん」

「あら? コウキ君。白状する気になった?」

「その前に聞かせてください。俺達が知っている事を知ってどうしたいんですか?」

 

イネス女史の目的。

それを知らずに情報を明かすのは危険過ぎる。

 

「別になんともしないわ」

「・・・え?」

「私は知的好奇心を満たしたいだけ。人の考えに意を唱えるつもりもなければ、賛同するつもりもないもの」

 

あまりにもイネス女史らしい言葉に拍子抜けした。

はぁ・・・と思わず溜息が吐いてしまったのも仕方ないだろう。

 

「・・・テンカワさん」

「ああ。そうだな。知的好奇心を満たしてやるぐらいの情報は渡すべきだ。何より火星からの脱出はイネスさんの力を借りないと出来ない」

 

正論だった。

ナデシコの設計者であり、科学者としての優秀さを持つイネス女史だからこそ言葉に説得力が付く。

俺達が何を言おうと推測でしかないと切り捨てられるだろう。

 

「何をコソコソと話しているのよ。質問に答えなさい」

「えぇっと、それなりに誤魔化せばいいですか?」

「ああ。俺は残念ながら誤魔化しは得意ではないのでな。お前に任せよう」

「分かりました。あの・・・テンカワさんの両親の話を出しても構いませんか?」

「仕方あるまい。それに俺にとっては過去の話だ」

「ありがとうございます」

 

テンカワさんとの内緒の相談を終え、イネス女史の方へ振り返る。

イネス女史はそれを見て、ニヤッと笑った。

 

「イネスさん。貴方はテンカワ博士をご存知ですか?」

「もちろんよ。ボソンジャンプの第一人者。確かクーデターか何かに巻き込まれてお亡くなりになられたのよね」

「ええ。テンカワという苗字で気付くでしょう?」

「アキト君はテンカワ博士の息子さんって事?」

「その通りです。テンカワさんは両親からボソンジャンプの事が書かれたファイルを預けられたそうです」

「へぇ。それで?」

「今まで厳重なロックが掛かっていましてね。ナデシコに搭乗してから、俺やルリちゃんで協力してロックを解除したんですよ」

「そうしたら、ボソンジャンプについて書かれていたと」

「ええ。クロッカスがここに現れた時、冗談だと思っていたボソンジャンプに現実味が増してきましてね。脱出するにはこれしかないと」

「へぇ。穴ありまくりだけど、信じてあげるわ。それで?」

 

・・・言葉に棘がありますね。

むしろ、それで信じると言えるのがおかしいと思います。

 

「ナデシコの設計者であるイネスさんならもしかしたらボソンジャンプに携わっていたかと思いまして」

「あら? どうして、そういう繋がりが出てくるの?」

「ナデシコは木星蜥蜴の戦艦からのフィードバックじゃないんでしょ?」

「どういう意味?」

「正しくは極冠遺跡からのフィードバック。貴方程に聡明ならば気付いている筈です。木星蜥蜴の連中も遺跡の知識を活用しているに過ぎないと」

「・・・そこまで貴方達は分かっているのね。正直、驚いたわ」

「ありがとうございます。そして、彼らがボソンジャンプを利用できると確信した貴方がナデシコを設計する時にボソンジャンプを調べない訳がないと思いました」

「へぇ。やはり貴方は興味深いわ。私の心理を読もうとするなんて」

「ま、まぁ、俺の事は良いんですよ。イネスさんだってとっくに気付いていたでしょう? DFが鍵だって」

 

ま、本当は遺跡にアクセスできる人間がいないと駄目なんだけど。

まさかイネスさんも自分がその鍵の一人だとは思いもしないだろうな。

 

「当たり前じゃない。私はそこまで馬鹿じゃないわ。DFを高出力できちんと安定させる事が出来れば、理論上は可能よ」

「それを聞いて安心しました。その上で、この危機的状況から脱出するにはどうすればいいか分かりますよね?」

「チューリップを利用したボソンジャンプでの脱出。でも、危険から脱出できるとは限らないわよ。より危険になる事もありえる」

「ですが、他に方法はありませんよ。じきに再度木星蜥蜴が襲撃してくるでしょう」

「ま、そうでしょうね」

 

呆れるように溜息を吐くイネス女史。

うん。どうにか話の矛先を逸らせたか?

 

「そう。とりあえず、納得してあげるわ。その代わり・・・」

「その代わり?」

 

な、何だ? 嫌な予感がするぞ。

 

「そのテンカワ博士が残したっていうファイルを私にも見せなさい」

「・・・・・・」

「あら? どうかしたの?」

 

・・・やばい。ミスった。まずい。

そんなファイル元々ないのに・・・。

やはりイネスさんの方が何枚も上手だ。

 

「ま、まぁ、気が向いたらですね。こちらの切り札ですから」

「ふふっ。ま、そういう事にしておきましょう」

 

あぁ。更に怪しまれた。

・・・テンカワさん。申し訳ない。

 

「どうにか誤魔化せたようだな?」

「どちらかというと追い込まれましたが・・・」

「ま、どうにか誤魔化せ」

「・・・もしかして、また俺の仕事ですか?」

「ああ。俺は専門外でな。俺の仕事は・・・」

 

バンッ!

 

「こういう荒事だ」

 

一瞬で懐から銃を取り出し、天井に張り付くバッタを破壊するテンカワさん。

ハハハ。俺ってば何にも気付かなかったし。

 

「助かりました。テンカワさん」

「なに。持ちつ持たれつだ。これぐらいの事は任せてもらおう」

「は、はぁ・・・」

 

出来ればこちらの方も少し手伝って欲しいんですけど。

 

「素晴らしい腕前ね」

「・・・鍛えましたから」

「あら? おかしいわね。貴方の経歴は見せてもらったけど、今の貴方とはかけ離れすぎているわよ」

「・・・昔は昔。今は今ですよ」

「ふ~ん。突如として頭角を現した凄腕パイロット。貴方は誰なんでしょうね?」

 

・・・鋭過ぎです、イネス女史。

まぁ、怪しまない方が変なんですけどね。

とてもじゃないけど、テンカワさんがこれだけのパイロットになるには経歴が不適格すぎる。

軍学校にいた訳でもないし、特別な役職にいた訳でもない。

たかがテストパイロットの人間がこうまで凄腕になれるのもおかしい。

そもそも何もしていなかった人間がいきなりテストパイロットになったのもおかしい。

矛盾しまくりの人間なのだ、テンカワさんは。

ナデシコが陽気な人間の集まりだから訝しい眼で見られないが、第三者としてみれば怪しい事この上ないだろう。

 

「・・・俺は俺だ。それ以外の何ものでもない」

「ま、いいでしょう。それで? ナデシコにレールカノンを付けたのは貴方達の要望?」

「え? レールカノンって元から・・・」

「違うわよ。私が設計した時点ではレールカノンなんて付いてなかったもの」

 

え? それじゃあ・・・。

 

「あら? アキト君なの?」

 

あ。俺の視線が答えになっちまったのか?

・・・しまった。すいません、テンカワさん。

 

「その他が設計からまるで変わってないのにレールカノンだけ後付されている。これは明らかに第三者からの要望で取り付けられたものよね」

 

どこまで鋭いんですか? イネス女史。

それぐらいなら気付かなくてもおかしくないのに。

 

「イネスさんの言う通りだ。俺がテストパイロット時代に責任者に要望した」

「へぇ。それはナデシコが前方にしか対応できない出来損ないの実験艦だったから?」

 

や、やっぱり実験艦だったのか!?

ど、道理で穴が目立つ訳だよ。

 

「現状ではナデシコ以上の戦艦はないがな。戦場では全方位から対応する必要がある。前方特化した戦艦では成す術がない」

「へぇ。それをただの一般人であった貴方が言うんだ」

「・・・気付いたから忠告した。ただそれだけだ」

「ふ~ん。そう」

 

ニヤニヤ笑顔が止まらないイネス女史。

この人絶対に虐めるのが大好きだよ。

あ。弄るのが大好きって自分で言っていたな。

 

「はぁ・・・」

「あら? 溜息なんて付いちゃ駄目よ。幸せが逃げるもの」

 

昔にもそう言われた気がするな。

 

「ミナトさんと同じ事を言うんですね」

「あら? そうだったの。そうそう、そういえば、彼女、泣いていたわよ」

「・・・え?」

 

・・・ミナトさんが泣いていた?

・・・どうして?

 

「後ろからだから正確には分からないけど。肩を震わせていたわ」

「・・・そ、そんな」

 

俺はそんな事にも気付いてあげられなかった。

こんなんじゃ恋人失格じゃないか!

 

「ま、戻ったらすぐに彼女の所に行ってあげるのね」

「え、ええ」

 

力が抜けて呆然としてしまった。

・・・早く戻りたいと思った。

 

「あら。着いたみたいよ。ここがクロッカスのブリッジね」

 

ブリッジの扉を開いて、それぞれが目的の場所へ移動する。

イネスさんはクロッカスのログデータを確認に。

テンカワさんは周囲を警戒する為にあちらこちらに。

そして、俺はクロッカスを制御するコンピュータの場所へ。

 

「へぇ。チューリップに飲み込まれてからすぐに今と同じ景色になった。やはり瞬間移動なのね」

 

正しくは時空間移動ですが。

 

「マエヤマ」

「ええ。既にクロッカスのソフトは書き換えました。襲撃後に戻ってきたら時間が足りませんから」

「ああ。そうだな。そろそろ―――」

 

ドンッ! ガタンッ!

 

「キャッ!」

 

クロッカスが揺れる。

木星蜥蜴の襲撃だろう。

それにしても、イネスさん。

意外と可愛い悲鳴ですね。

 

「テンカワさん!」

「ああ。ナデシコと連絡を取る」

 

クロッカスからナデシコのブリッジへと通信を送る。

 

「こちらクロッカスだ。状況を」

『ア、アキト! 木星蜥蜴が襲ってきたの! 迎撃中だけど、どうすればいい!?』

「これよりクロッカスでナデシコを援護する。チューリップへと進路を取れ」

『で、でも!』

「・・・俺を信じろ、ユリカ」

『ッ!? ユリカって・・・初めて呼ばれた』

「いいから。行け! すぐに戻る」

『わ、分かった! ナデシコはチューリップに進路を取ります!』

『艦長! それは認められません。貴方はネルガル重工の利益に反しないように最大限努力するという契約に違反しようとしています』

『プロスさん!』

 

お。出るか。あの名言が。

 

「俺達も行くぞ。後はルリちゃんが組んだソフトがやってくれる」

「え、ええ」

 

そ、そんな事より・・・。

 

『御自分が―――』

 

プツンッ!

 

「き、聞かせろよぉ!」

「ん? 何の話だ?」

「・・・なんでもないですよ」

「何を拗ねている。行くぞ!」

 

急いでブリッジから飛び出す俺達。

あぁ・・・あれを見逃すというか聞き逃すとかありえないでしょ。

まさか、クロッカスのブリッジで聞く事になるとは思ってなかったけど。

 

「これも想定内という事かしら?」

 

少し辛そうに走るイネスさん。

時間がないとの事で俺がおんぶする事にした。

俺の異常な身体能力もこういう時は役に立つ訳だ。

テンカワさんも知っていたから任せてくれたが、あまり背の変わらないイネスさんをおんぶしているのは変な光景だろう。

イネスさんも最初は唖然としていたし。

でも、すぐに平常心になってこんな質問してくるから流石としか言いようがない。

 

「ええ。木星蜥蜴が襲ってくる事は分かっていた事でしょう?」

「違うわよ。貴方達がクロッカスにいる時に敵が襲ってくる事がよ」

「さぁ? 偶然でしょう」

「ふふっ。そういう事にしておいてあげるわ」

 

絶対に何か感付いちゃっているよ、この人。

 

「急げ!」

 

先にエステバリスのコクピットに乗ったテンカワさんがそう急かす。

こっちは人一人をおんぶしているってのに! と悪態を付きたくても別に重く感じないから唯の言い訳に過ぎない。

テンカワさんもそれを承知しているのだ。言い訳は見苦しいよな。

 

「はい!」

 

エステバリスの開かれた手の平に飛び乗る。

サッとイネスさんを降ろして、胸の中に収めた。

 

「ちょ、ちょっと、コウキ君!」

「時間がないので急ぐと思います。かなりのGが身体を襲いますので、しっかりと掴まっていてください」

「・・・はぁ。怒られても知らないわよ」

「き、緊急事態だから仕方ありませんよ」

 

テンカワさんが乗るエステバリスのメインカメラがこちらを向く。

大丈夫という意思を込めて頷くとエステバリスが勢いよく空を舞った。

 

「・・・う、うぉ・・・」

「・・・き、きついわね・・・」

 

話せる貴方が凄いです。

俺は一杯一杯。

如何にいままで重力緩和に依存していたか思い知らされた。

・・・もうちょっと慣れるべきだよな。

 

「着いたぞ!」

 

パッと開ける視界。

今までは一応エステバリスの手で覆っていてもらったから、状況に気付けなかった。

ま、ギュッと眼を瞑っていたからどっちにしろ無理なんだろうけど。

 

「・・・はぁ。窒息するかと思ったわ。強く抱き締めすぎよ」

「あ。すいません」

 

無意識にイネス女史を強く抱き締めていたみたいだ。

・・・よかった。下手すると身体を潰していたかもしれん。

無意識だと加減があまり出来ないから心配だったんだ。

・・・助かったという所かな。

 

「急いでブリッジに行くぞ」

 

テンカワさんも意外とマイペース。

颯爽とブリッジへ向かうテンカワさんを俺はまたイネス女史をおんぶした状態で追いかけた。

 

「すいませんが、ブリッジの前で降ろしますからね」

「え? いいじゃない。別に」

「恋人の前にこんな格好で出られる訳ないでしょうが」

「ふふっ。それもそうね」

 

背中から伝わる揺れ。

これは笑ってやがるな。

 

「急ぎますからしゃべっていると舌噛みますよ」

「はいはい。じゃあ、黙っているわね」

 

そうしてください。

それから、しばらく走って、ブリッジへと辿り着いた。

 

「降ろしますからね」

「分かっているわよ」

 

イネス女史を降ろして、ブリッジへ入る。

 

「どうなりました?」

 

先に入っていたテンカワさんに訊ねる。

 

「問題ない。無事にチューリップへ突入できそうだ」

「何の犠牲もなく突入できましたね」

「ああ。後は・・・」

 

俺達のイメージ次第だな。

ジャンパーは俺、テンカワさん、ユリカ嬢、イネスさんの四人。

実は火星からの救民の中にもジャンパーがいるかもしれないけど、気にしてもどうしようもないから省略する。

・・・どうにかしてイメージを誘導したいけど、どうしようかな。

 

「・・・祈りましょう。地球へ帰還できる事を」

 

現実主義のルリ嬢からの言葉。

でも、この言葉を聞いた誰もが祈る。

地球へ帰れるようにと。

もちろん、ユリカ嬢も。

 

「祈ってもどうしようもないものはどうしようもないのよ」

「ま、イネスさん。神に祈らず、俺達を信じてください。必ず地球へ辿り着くと」

「・・・そうね。偶には他人を信じてみようかしら」

 

後は、俺がイメージするだけだ。

八ヵ月後の月軌道上を。

・・・明確なイメージは出来ないけど。

とりあえず、月を思い浮かべればいいよな。

 

 

こうして、ナデシコはボソンジャンプに成功した。

辿り着くのは月軌道上。

火星の民の救出。

ガイの生存。

サツキミドリコロニーの全滅の回避。

歴史は大きく改変されている。

きっと、もう原作知識は役に立たないだろう。

これからは一層、慎重に行動しなければ。

だが、必ずハッピーエンドを迎えてやるさ。

だから、頑張ろう、俺の為に、俺達の為に。

 

 

 

 

 


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