機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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和解と決意

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

艦長、副長、提督、ゴートさん。

四人が地図を見ながら頭を悩ませていた。

私達には詳しい事なんて何も分からないから、後は艦長達に任せるしかない。

それがもどかしく感じるけど、不安はない。

だって、艦長達なら最善の策を打ってくれると信じているもの。

・・・それにしても、コウキ君。泣いていたわね。

でも、あれは喜びの涙。やっと本当のコウキ君の笑顔が見られたわ。

正直、ホッとした。ナデシコクルーがコウキ君を責める訳がないって分かっていたけど、それでも心配だったもの。

 

「・・・ふぅ」

 

安堵したら溜息が零れちゃった。

何だかんだ言って、私も気を張っていたんでしょうね。

何だか、解放された気分だわ。胸が軽い。あ、心って意味よ。

早くコウキ君と楽しくお話したいなぁ。

もう大丈夫だって思ったら、ウキウキしてきちゃった。

コウキ君の傍に行きた―――。

 

「・・・ミナトさん、少しいいですか?」

「・・・アキト君。それに、ルリちゃんとラピスちゃんも」

 

・・・カッとなった。

込み上げてくる怒りを必死に抑えて三人を見る。

さっきまでのウキウキ気分はとっくに消え失せた。

・・・私の大切な人を殺そうとした三人。

コウキ君はお人好しだから、きっと簡単に許すと思う。

でも、私は当分許せそうにない。

 

「・・・何か用かしら?」

 

邪険に扱ってしまうのは仕方がないと思う。

彼らにどんな事情があるかどうかは分からないけど、私も理性だけで生きている訳じゃないの。

我慢できない事はいくらでもある。

 

「・・・お話があります。貴方とマエヤマと二人に」

「事情を話してどうするというの? 納得してもらって殺すの?」

「違います! 私は・・・」

「・・・ルリちゃん?」

 

叫ぶルリちゃん。

とてもじゃないが、あの時の冷酷な眼をしたルリちゃんには見えなかった。

 

「・・・私は・・・愚かな事をしました。・・・何度謝ろうとも許されない程に愚かな事を」

「・・・・・・」

「・・・私はミナトさんとマエヤマさんに謝りたいんです」

 

・・・ルリちゃんが泣いている。

大人びたルリちゃんが子供のように顔を歪めて、溢れる涙を拭おうともしないで。

・・・必死に頭を下げていた。

 

「・・・ごめんなさい・・・」

 

消え去るような弱々しい声。

心から謝っている事が嫌でも伝わってきた。

でも、それでも・・・。

 

「・・・私は貴方達が描く台本通りに動く人形じゃないわ。もちろん、コウキ君だって貴方達が都合良く利用できるような存在じゃない」

「・・・分かっています」

「分かってない。邪魔だから、危険だから、そんな理由で簡単に人を殺せる貴方達が分かっている筈がない」

「・・・ごめんなさい・・・」

「・・・席を替えましょう」

 

涙を流すルリちゃんとその後ろに立つ二人。

ブリッジでこんな事を話すのは間違っていたわ。

メグミちゃんもセレスちゃんもこちらを心配そうに眺めているもの。

・・・心配かけちゃ悪いから。

 

「・・・艦長。少し席を離れてもいい?」

「えぇっと、はい、少しぐらいなら」

「ありがと。・・・私の部屋でいい?」

「・・・すいませんが、マエヤマの所にしてもらえますか?」

 

・・・何か企んでいるのかとも思ったけど、話があるとも言っていた。

本当なら許したくない。コウキ君がやっと元気になってくれたのに、また銃なんか突きつけられたら悲しむに決まっている。

 

「・・・いいわ」

 

でも、必死に謝ってくるルリちゃんを信じたいと思った。

・・・私も何だかんだ言ってお人好しよね。

 

「・・・行くわよ」

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・ボソンジャンプか。クロッカスとイネス先生がいればスムーズに話を持っていけるかな?」

 

火星からの脱出が不可能であるならば、やはりボソンジャンプによる脱出しかない。

その為に欠かせないのはクロッカスの存在とイネス先生の存在だ。

クロッカスがあるからこそ、ボソンジャンプが瞬間移動かもしれないと疑惑を持ち、イネス先生の理論に希望を見出せる。

俺がいくら証拠を並び立てて説得しても、誰も納得してくれないと思うし。

そんな危険な真似は出来ないって。もっと安全な方法がある筈だって。

それでも、やっぱりボソンジャンプが唯一の脱出方法なんだよなぁ。

・・・どうするか?

 

「コウキ君」

「あ。ミナトさん」

 

現れたのはミナトさん。

俺の元気の源。

今回の件で益々好きになった気がする。

・・・俺も結構単純だな。

 

「いいんですか? ブリッジ空けて。俺は嬉しいですけど」

「えぇっとさ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、真面目な話がしたいの」

 

真面目な話?

 

「な、何でしょうか?」

 

そのあまりにも真剣な表情に言葉が震える。

・・・俺は何かしでかしてしまったのだろうか?

それとも・・・愛想尽かれた?

・・・そうだったら死にたい。

 

「・・・アキト君、ルリちゃん、ラピスちゃん。いいわよ」

「え? テンカワさん達?」

 

・・・はっきり言って事態がまったく呑み込めません。

何故、テンカワ一味が?

 

「・・・マエヤマ。お前と話がしたくてな」

「えぇっと、はい」

 

俺に話?

え? もしかして、テンカワさんは許してくれてないって事?

・・・胸が痛くなってきた。

 

「・・・ルリちゃん」

「・・・はい」

 

テンカワさんに促されて前に出るルリ嬢。

え? 俺に用があるのってルリ嬢?

テンカワさんじゃないの?

 

「・・・ごめんなさい・・・」

 

顔全体を涙で濡らしながら必死に謝ってくるルリ嬢。

何故、謝られているのか? まず、それが分からない。

そして、俺のせい、かどうかは分からないけど、こんなにも涙を流させているという罪悪感が胸を襲う。

正直、小さい子に泣かれるのは物凄く辛い。

と、とりあえず、意味を知りたい。

 

「どうして謝るの? 俺って何かされたっけ?」

「・・・え? 知らないん・・・ですか?」

「いや。身に覚えがないんだけど」

 

実際、俺にはまったく意味が分からない。

謝らなければならない自覚はあるが、謝られる自覚はない。

頼むから、泣き止んで欲しい。

胸がズキズキ痛むから。

 

「・・・ミナトさん、話してないんですか?」

「・・・コウキ君に話したら傷付くと思ったから、話してないわ」

 

え? 俺ってば傷付くの?

・・・今でも充分、胸が痛いんですけど。

 

「・・・私が自分で話します」

「えぇっと、とりあえず、涙を拭いて、ルリちゃん。泣き顔で話されても困っちゃうからさ」

「・・・はい。すいません」

 

制服のポケットからハンカチを取り出し、涙を拭くルリ嬢。

まったく場違いだけど、きちんとハンカチを制服のポケットにしまっているルリ嬢に感心した。

 

「・・・お話します」

「・・・うん」

 

真剣で、それでいて、怖がるように話すルリ嬢。

本当に、一体、何があったんだろう?

俺は何をしてしまったのだろう?

 

「・・・許して頂けるとは思っていません。私はそれだけの罪を犯しました」

「・・・・・・」

「・・・マエヤマさん。私は貴方の命を奪おうと思ったんです」

「・・・え?」

 

俺の命を奪う?

それって・・・。

 

「・・・はい。貴方を私は殺そうとした。そういう事です」

 

え? 何で?

何で俺がルリ嬢に殺されるの?

・・・俺がテンカワさんを誤射したから?

 

「・・・な、何で?」

 

・・・答えを聞くのが怖い。

ルリ嬢の大切な人を奪おうとしてしまったのは事実。

それを理由に殺されるというのなら、俺は反論する事も許されずに殺されるべきなのだ。

大切な人を失うというのは何よりも辛い筈だから。

 

「・・・私達の計画に邪魔だから。そんな理由で私は仲間を殺そうとしたんです」

 

・・・計画。

きっとテンカワさん達が目標としている事の達成だと思う。

俺は・・・邪魔をしていたのか。

思っていたのとは違う理由だったけど、下手するともっとショックだな。

俺は空回りしていたのだと分かってしまったのだから。

必死にやって邪魔になっていたなんて馬鹿みたいだ。

 

「・・・邪魔だったかな? 俺」

 

きちんと真実を伝えて手伝った訳じゃない。

でも、影ながら助けようと必死になっていたつもりはある。

でも、ルリ嬢達にとっては、邪魔でしかなかったんだな。

 

「・・・ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ。少しでも助けられたらって」

「・・・え?」

 

・・・やはり、俺みたいな存在しない筈の人間はいるべきじゃなかったんだ。

介入者なんて、いるべきじゃなかった。

当事者に・・・任せるべきだったんだ、何もかも。

 

「・・・ごめんね、ルリちゃん。・・・うん。分かったよ。すいません、ミナトさん」

「・・・え?」

「俺、地球に帰ったらナデシコを降ります。俺はここにいるべきではありませんでした」

 

余計な事だったんだ。

俺がしてきた事は全部余計な事。

俺はテンカワさん達の計画を阻害する邪魔な存在だったんだ。

 

「コウキ君! そんな事―――」

「いえ。いいんです。結果として俺は邪魔をしていたんですから。俺はここにいても邪魔になるだけなん―――」

「ちょっと待ってください!」

「え?」

 

ルリちゃん?

 

「少しでも助けられたらってどういう意味ですか? マエヤマさんは私達を助けようとしていてくれたんですか?」

 

驚いているルリ嬢。

テンカワさんもラピス嬢も眼を見開いている。

・・・そうだな。ここまで来たのなら、俺もきちんと話しておこう。

ナデシコから降りる前に、俺がどういう存在なのかを、きちんと。

 

「テンカワさん、確認してもいいですか?」

「あ、ああ。何だ?」

「貴方は、いえ、貴方達三人はボソンジャンプの事故で過去へ戻ってきた。それは間違いないですか?」

「な、何故それを・・・」

「・・・やはり、マエヤマさんもボソンジャンプで過去へ戻って来たのですか?」

「・・・正しくは、ちょっと違うかな」

 

ボソンジャンプでこの世界に来た事は事実だ。

でも、過去に戻ってきた訳ではない。

 

「テンカワさん達は平行世界をご存知ですか?」

「平行世界?」

「・・・何かの要因で時間軸がズレた世界の事ですよね?」

「うん。そう。その平行世界。俺はその平行世界からボソンジャンプでこの世界にやってきたんです」

 

二十一世紀初期の日本から。

 

「俺は三人の事を知っています。俺の世界はこの世界を観測できる世界でしたから」

「・・・観測?」

「テンカワ・アキト。ナデシコでの本来の役職はコック兼予備パイロット。得意料理は中華」

「なッ!?」

「ホシノ・ルリ。ナデシコでの本来の役職は今と同じオペレーター。出身はピースランドでお姫様」

「そ、そんな事まで・・・」

「ラピス・ラズリ。そもそもナデシコに乗っていない俺と同じイレギュラー。復讐鬼テンカワ・アキトを支えた桃色の妖精」

「ッ!?」

「俺は全て知っています。ナデシコ、木連、熱血クーデター、テンカワ夫妻のシャトル墜落事故、そして、火星の後継者の事も」

 

悲劇の原因も。そして、その結末も。

 

「最初、俺も疑問に思いました。テンカワさんはコックじゃないし、ルリちゃんは既にナデシコクルーに心を開いているし、ラピスちゃんはテンカワさんを慕っているし」

 

原作とあまりにも違う現実に戸惑った。

 

「ですが、ルリちゃんの話を聞いて、ようやく分かったんです。三人はボソンジャンプで精神、きっと記憶を持って戻ってきたのだと」

 

あまりにも原作とかけ離れた人格、能力。

あたかも先を知っているかのような行動。

あまりにも違和感があり過ぎた。

 

「それから、俺は考えました。テンカワさん達はどんな行動を取るのだろうかと。きっと犠牲になったガイや火星の民を救う為に動くのではないかと」

 

誰だってやり直したい過去はある。

そんな機会に恵まれたのだ。誰だって必死に取り組む。

 

「俺だって知っている悲劇なら避けたい。それなら、俺も協力しようと思ったんです。影ながらですけどね」

「何故、俺達にそれを教えてくれなかったんだ?」

「正直な話、俺は三人を完全に信用していていませんでした。本当に信頼できる人にしか教えるつもりはありませんでしたから。知っているのはミナトさんだけです」

 

誰よりも信じているのはミナトさん。

そして、ミナトさんは全てを知った上で俺を支えてくれている。

 

「俺達は信じるに値しなかったか?」

「それって本気で言っています?」

「・・・どういう意味だ?」

「出航当初からずっと俺に敵意を示してくれていましたから。避けられているんだと自覚していました」

「そ、それは・・・」

「いえ。別にそれは気にしてないんです。当たり前ですから。存在する筈のない存在がいれば警戒するのは」

「・・・・・・」

「とにかく、俺とテンカワさん達の間に溝があった事は事実です。俺にとって徹底的に隠さなければならない秘密を話すにはあまりにも距離が遠過ぎました」

 

ミナトさん以外に教えようとも思わなかった俺の秘密。

敵意を持つ相手に教えられる筈がない。

 

「事実を話す訳にはいかない。それなら、影から支えればいいと。そう思いました」

 

話せなくても、出来る事はある。

そうやって、俺は活動してきた。

 

「レールカノンも後々に木星蜥蜴、いえ、木連ですね、彼らに有効であるから、鍛えておこうと思いましたし」

 

テンカワさん達の事を知ってからでもない。

その前から、俺なりに活動してきたつもりだ。

 

「ナデシコに乗ると決めてから、助けられる人は助けたいと思っていました。擬似マスターキーとかも作ったんですよ? 無駄になりましたが」

 

ナデシコが動けない時困ると思って作った擬似マスターキー。

今では机の奥底で眠っている。

 

「火星に降りる危険性を訴える為にも相転移エンジンの話をしました。結局、無駄になってしまいましたが・・・」

 

・・・何だか、俺のしてきた事って無駄な事ばかりだな。

邪魔扱いされても不思議じゃないか・・・。

 

「・・・マシンチャイルド救出の為の匿名メールもお前かやっていたのか?」

「え? 何でテンカワさんが知っているんですか?」

「・・・やはりマエヤマだったか・・・」

「ええ。まぁ。ラピスちゃんの境遇は何となく知っていましたから、似たような子がいるかもしれないと思って調べたんです」

 

火星の後継者に攫われる前から試験管のようなカプセルの中にいたラピス嬢。

きっと酷い扱いを受けていたに違いないと思って調べてみたんだ。

そしたら、案の定・・・。

 

「酷いものでした。人を人と思わない人体実験。泣き叫ぶ小さな子供はトラウマになりましたよ。人は醜いって、心底思いました」

「・・・コウキ君。私はそんな事知らされてないわよ」

「ミナトさんに見せるようなものじゃありませんでしたから。ミナトさんは優しい人です。きっと心を痛めていたと思います」

「それはコウキ君も同じでしょ! 何で教えてくれなかったの!? 私にだって出来る事はあったと思うわ!」

「ミナトさんには抱き締めて頂きました。あの時、俺は救われたんですよ、ミナトさんに」

「・・・あの時の事ね。・・・コウキ君はその時から人の闇に触れていた。私、何にも知らないで、何にも出来なかった」

「ミナトさんは俺を癒してくれました。何にも出来なかったなんて言わないでください。ミナトさんがいなかったら俺はここにはいませんでしたよ」

 

きっと潰れていたと思う。

人の醜さを知り、人の闇に触れ。

人間不信にならなかったのもミナトさんのおかげだ。

 

「・・・知っているか? ラピスもセレスもお前のおかげで助かったんだぞ」

「はい。知っていますよ。セレスちゃんとラピスちゃんが助かった事でルリちゃんに姉としての自覚が生まれたら嬉しいなぁとか一人で思っていました」

「ッ!?」

「自己満足でしたが、救えて良かったと思います。セレスちゃんが笑ってくれた時は涙が出ました」

「・・・そう。それで、コウキ君はセレスちゃんやラピスちゃんと話す時に穏やかな顔をしていたのね」

「・・・コウキ、ありがとう。コウキのおかげで私は酷い眼に遭わずに済んだ」

「ううん。俺が自己満足でやっただけ。それにね。君達を酷い眼に遭わせていたのは俺と同じ大人。同じ大人として俺は謝りたいぐらいなんだ」

「・・・それでも、コウキのおかげで助かった」

「そっか。そう言ってくれると俺がこの世界に来た事に意味があったって思えるね」

 

俺がこの世界に来た意味。

何の意味もないかと思っていたけど、少なくとも彼女達を救えた事は俺の存在価値になる。

 

「・・・わ・・・私はなんて事を・・・」

「ルリちゃん?」

「・・・私は・・・私達の為に必死になってくれていたマエヤマさんを殺そうとした・・・」

 

せっかく拭いた涙がまた零れる。

倒れるように地面に座り込み、涙で床を濡らした。

 

「・・・私達の為を思って行動してくれたマエヤマさんを裏切り。・・・こんな私の事すら案じてくれたマエヤマさんを敵視した」

「仕方ないと思うよ。イレギュラーだったんでしょ? 俺の存在が」

「それでも! 私は許されない事をしました。私達を助けようとしてくれていたマエヤマさんをあまつさえ邪魔な存在だなんて。なんて恥知らず。なんて恩知らず」

「・・・ルリちゃん。俺も同罪だ。君一人で背負う必要は―――」

「違うんです! 私は話を聞こうともせず、一方的に邪魔にしかならないと決め付け、殺そうとしたんです。味方を敵として!」

「・・・・・・」

「何が大切なナデシコクルーですか!? 何が犠牲になった人を救いたいですか!? 私は私の勝手なエゴで人を陥れ、殺そうとする最悪な人間なんです!」

「・・・ルリちゃん」

「自分の都合を人に押し付け、自分が正しいと思い込み、恩人に恩ではなく仇で、しかも、殺すという最悪の形で返したんです! 私と同じマシンチャイルドを救ってくれた大恩人を」

「・・・・・・」

「ミナトさんがどれだけマエヤマさんを愛しているか知っていて、セレスがどれだけマエヤマさんを慕っているか知っていて、私は・・・私は・・・」

 

泣き崩れるルリ嬢。

彼女が何を思い、何を考えて俺を殺そうとしたのかは分からない。

感情の吐露。今のは抑えきれない想いが溢れて出た言葉だと思う。

 

「ルリちゃん。そんなに自分を追い詰めなくていいんだよ。俺はきっと邪魔ばかり―――」

「違います! マエヤマさんが邪魔をした事なんて一度もありません。いつだってナデシコの為に動いてくれました。私達を助けてくれました」

「・・・え? でも、さっき・・・」

「私はナデシコの為に頑張っている貴方を危険だと。自分の知らない所で勝手に動いていて、計画が思い通りにいかない要因になると」

「・・・・・・」

「全て思い通りに運べないと満足できなかったんです。人の意思を無視して。人の思いを無視して。自分本位な考え方で貴方は邪魔だと」

 

思い通りにいかない要因。

全ての人の意思を操ろうとする自分勝手な考え。

まるで出航前の俺みたいな考え方だなと思った。

 

「決められた未来を変える為に私は人に決められた道を強要したんです。自分勝手で傲慢で・・・私は自分が嫌になります」

 

・・・鉄の棒が恨めしい。

檻なんかに閉じ込められていなければ、気にしなくていいと伝えられる。

言葉という全てを伝えきれない方法ではなく、全身で伝えたかった。

でも、今の俺には言葉しかなくて・・・。

 

「ルリちゃん、顔をあげて」

「・・・はい」

 

涙を拭こうともせず、くしゃくしゃの顔でこちらを見てくるルリ嬢。

・・・とてもじゃないけど、怒る気になんかなれなかった。

 

「ルリちゃん。確かに君に殺されかけたと聞いて少し胸が痛かった」

「・・・ごめん・・・なさい」

「でも、俺は君の思いが伝わってきたとも思った」

「・・・え?」

「どんな事をしてでも未来を変えたい。その思いの強さ、覚悟の強さがルリちゃんにそんな行動を取らせたんだと思うよ」

「ち、違います! 私は勝手なエゴで―――」

「人間だもの。エゴを人にぶつけるのは当然だよ。誰だってエゴを持って生きているんだから」

 

人を好きになるという事。人を愛するという事。

自分が人を想う気持ちは利己的なものだ。愛されたいから尽くす。愛したいから尽くす。

全て自分本位。でも、それこそが人間の真理だと想う。

 

「俺を殺そうとしてまで成し遂げたかった。その気持ちは痛い程に伝わってきた」

「・・・マエヤマさん。私は・・・」

「謝ってくれたでしょ? もうルリちゃんは俺を殺そうとしないでしょ?」

「・・・は、はい・・・はい」

「それなら、もう気にしなくていいよ。ま、俺としてはもうちょっと冷静になって欲しいけどね」

 

そうやって笑ってみせる。

俺が気にしてないんだから、君も気にしなくていいよと伝える為に。

・・・殺されかけたのに甘いのかな? 俺。

 

「・・・マエヤマ。お前はそれでいいのか? そんな簡単に許していいのか?」

「俺は当事者ではないので分かりませんが、テンカワさんがどれだけの苦悩を背負って今を生きているか。ルリちゃんとラピスちゃんがテンカワさんをどれだけ想っているか」

 

復讐を支えた桃色の妖精。

去り行く復讐鬼をただの大切な人として追い求め続けた蒼銀の妖精。

その想いは俺なんかには計り知れない程に、深く、重い。

 

「それを少しは理解しているつもりです。その想いが故の暴走であれば、許せる、という訳ではないですが、理解してあげられます」

「・・・マエヤマ、お前はお人好しだな」

「ハハハ。よく言われますよ。それに、ですね」

「それに?」

「可愛い女の子を泣かせていたらこっちが悪いみたいじゃないですか。俺は楽しくて平穏な生活が好きなんですよ。泣かれるのはこちらも心が痛みますし。笑っていて欲しいですね」

「・・・・・・」

「コウキ君。シリアスが台無し」

 

あれ? 皆さん呆れていらっしゃる?

 

「ほら、ルリちゃん。泣き止んで。俺が気にしてないって言っているんだから、君がいつまでも気にしていたら俺も気が重いじゃない」

「・・・マエヤマさんはそれで良いんですか? 私は貴方を」

「俺は良いって言ったよね? いつまでもそんな事ばかり言っていると本当に怒るよ」

「・・・はい。すいませんでした」

 

そう言って泣きながら笑うルリ嬢を見て、やっと心が楽になった。

女の子に泣かれるとありえない程に胸が痛くなる。きっとそれは皆同じだよね。

うん。何はともわれ、和解できたと思うと嬉しいかな。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

・・・本当にお人好し。

殺されかけたのに、まるで何もなかったかのようで。

実際に銃を突きつけられた所を見た訳じゃないから、気にしてないのかもしれないけど。

 

「コウキ君。私の怒りはどこにぶつければいいのよ」

 

思わず溜息を吐いてしまう。

コウキ君が殺されると思って湧き出た憤りをどこにぶつければいいんだろう。

ルリちゃんをコウキ君が許しちゃった以上、この三人にも当たれないし。

ここはやっぱりコウキ君にぶつけましょう。

理不尽? そんな事ないわよ。正当な権利。

 

「それじゃあ、俺は、邪魔はしてないって事だよね?」

「はい。マエヤマさんが何を考えているか分からず、警戒していた内に感情的になってしまって」

「・・・まぁ、暴走しちゃったからね。仲間を殺しかねないって思われても仕方ないよ」

「・・・すいません・・・」

「あ。いや。怒っている訳じゃなくてさ。そりゃあ、仲間を殺すかもしれないと思ったら警戒したくなるって」

 

そう気楽に話すコウキ君。

意外と楽天家なのかもしれない。

普通、殺されかけた相手に気楽に話してられるかしら?

 

「はぁ・・・」

 

いつまでもこんなんじゃ一人だけ子供みたいじゃない。

まったく。変な所で男を見せなくてもいいのに。

 

「コウキ君。貴方ってお気楽ね。私がどんなに心配したか」

「えぇっと、すいません」

 

謝られても困るんですけど。

 

「あの・・・ミナトさん!」

「・・・ルリちゃん?」

「すいませんでした! 私はミナトさんの想いを踏み躙って、勝手な事ばかり言って。本当に、勝手な事ばかりで」

「あ~。いいのよ、ルリちゃん。コウキ君が許しているのに私が怒っていても馬鹿みたいじゃない」

「え、えぇっと・・・それでいいんですか?」

「ええ。もういいわ。でもね、一つだけ言っておくわ。私は運命なんて信じないの。私の事は私が決めるわ。今、私が愛しているのはコウキ君だけよ。分かった?」

「はい。私が間違っていました」

「そう。それなら、別にいいわよ」

「一つだけじゃない気がするんだけどな・・・」

「うるさいわよ、コウキ君」

「は、はいぃ」

 

失礼ね。最近の憤りの全てをコウキ君にぶつけるから覚悟してなさい。

 

「えぇっと、今、黒いオーラが出ていましたよ。ミナトさん」

「あら? 何の事かしら。この鬱憤をコウキ君にぶつけようだなんて思ってないわよ」

「言っている! 言っていますよ、ミナトさん! 俺にぶつけないでください!」

「嫌よ」

「グォ! 理不尽だ!」

「理不尽で結構。私を心配させた罰」

「あの・・・お手柔らかに御願いします」

「嫌よ」

「マ、マジですか?」

「マジ」

「テ、テンカワさん! どうにかしてください」

「・・・すまないが、俺に出来る事は何もない」

「ル、ルリちゃん!」

「・・・すいません。私にも何も」

「ラ、ラピスちゃんは俺の味方だよね」

「・・・コウキ、諦めた方が良い」

「ク、クソォ。四面楚歌。孤立無援。俺に味方はいないのか!?」

 

嘆くコウキ君。

ふふふ。こんな形だけどいつものコウキ君が見られたのは嬉しいわね。

さっきまでの重い空気もどこかにいっちゃったし。

 

「・・・ま、いいか。ミナトさん、お手柔らかに」

「だから、嫌だって。誤魔化そうとたってそうはいかないわ」

「分かっています。ええ、分かっていますとも。本当は嘘な―――」

「嘘じゃないわよ」

「・・・勘弁してください」

「もっと嫌」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

こんなやり取りが面白い。

本当にコウキ君は楽しい子だ。

これでこそコウキ君だと思う。

 

「はぁ・・・。まぁ、その話は後です。いや、永遠に忘れていてください」

「嫌だけど、話の展開には付き合ってあげるわ」

「・・・えぇっと、テンカワさん」

「何だ?」

 

私とコウキ君のやり取りを後ろで聞いていたアキト君達。

呆れていたのかしら? やるせない表情をしているわ。

 

「どうしてナデシコを火星に降下させてしまったんですか? 何か考えでも?」

「・・・いや。気付いたら降下準備に入っていた」

「ゴートさんから聞いたんですが、降下の時に用があったとかでブリッジにいなかったそうですね。何をしていたんです?」

「そ、それはだな・・・」

 

慌てるアキト君。

あ。そっか。コウキ君はナデシコが降下した後に降下した事を知ったんだものね。

 

「・・・私がマエヤマさんを殺そうとした時です。アキトさんとラピスは私に付いてきてくれて」

「・・・ちょっと待とうか」

 

呆れ? 怒り? 

今のコウキ君は複雑な顔をしている。

 

「三人とも! 俺を殺そうとしている暇なんてないでしょうが! そんな事よりもっと大事な事を優先してください」

「・・・すまない」

「・・・面目ありません」

「・・・ごめん」

 

あのさ。そんな事扱いするのもどうかと思うんだけど。

 

「まったく。俺なんかに気を取られて計画が失敗したら本末転倒じゃないですか」

 

俺なんかって。ここは呆れるべきなの? 怒るべきなの?

 

「やはりボソンジャンプですか?」

「脱出方法の事か?」

「はい。ナデシコが普通に火星から脱出するのは厳しいと思いますから。どう考えても火星に降下してしまった以上、ボソンジャンプしかありません」

「・・・ああ。そうだな。俺もそれしかないと思う」

 

ボソンジャンプでの火星脱出。

DFを張れば問題ないと聞いたけど・・・。

 

「八ヶ月飛ぶんだっけ?」

「ええ。無茶なジャンプは時空を超える。八ヶ月を無駄にしてしまうのはもったいないですが、仕方ないかと」

 

八ヶ月かぁ・・。

長いわよね。まぁ、無事に脱出できるならいいけどさ。

 

「マエヤマ。お前はどこまで知っているんだ?」

 

アキト君達が真剣な表情でコウキ君を見詰める。

敵意なんて感じられないから、きっと協力体制を築く為にもって事だと思う。

 

「細々とした事は分かりませんが、大まかな流れは把握しているつもりです」

「大まかな流れ?」

「はい。ナデシコが辿った道筋とルリちゃんがヒサゴプランの事を調べ始めた所から火星での決着まで。俺が知っているのはそれぐらいですね」

「随分と限定的な知識なんだな」

 

それは仕方のない事。

だって、コウキ君は物語という形でしか知らないんだもの。

どうするの? 全部話すの?

 

「テンカワさん。バレてしまった以上、きちんとした形で協力したいと思います。いいですか?」

「ああ。お前がいてくれると心強い」

 

クルーの心を引き締め、かつ、余裕を持たせた。

レールカノンで敵の侵攻を食い止め、見事に援護してみせた。

コウキ君はそうやって周りの信頼を得てきたのね。

 

「それでは、俺の正体を話します。信じられない事ばかりだと思いますが、話を聞いてください」

「・・・了解した」

「・・・分かりました」

「・・・分かった」

 

それから、コウキ君は三人に語った。

遺跡に出会い、この世界に飛ばされた事。

遺跡によって与えられた四つの異常の事。

この世界が平行世界である事。

そして、私達の世界が物語の世界であった事。

アキト君達三人は最後まで黙って話を聞いていた。

信じられない事ばかりだろう。唖然としたり、驚きで顔を染めたり。

でも、物語であったと知った時、三人は怒りで顔を染めた。

 

「運命だったとでもいうのか!? あんな眼に遭ったのも、俺がそうなる運命だったとでも言うのか!?」

 

激昂するアキト君。

私だって信じられなかった。運命が決まっていて、私の選択も物語のストーリー通りで。

まるで自分が自分じゃないような。意思を他人任せにしているような。そんな錯覚を感じた。

 

「ガイが死に、火星の民を押し潰し、多くの人を犠牲にし、火星の民の全てを惨殺された。それすらも、物語であり、運命であったというのか!?」

「既にこの世界は平行世界で―――」

「そんな事は関係ない! 俺の全てが運命であったなど! 信じられるか!」

「・・・テンカワさん」

「・・・俺は・・・」

 

項垂れるアキト君。

コウキ君が語ったアキト君の生涯は不幸な事ばかりだった。

幼い時に両親を殺され、ようやく幸せを掴んだと思った途端に拉致され、復讐する立場となった。

これがあらかじめ決められていた事だなんて信じたくないに決まっている。

やり場のない怒りを抱えるに決まっている。

 

「・・・マエヤマさんはマシンチャイルドという事ですか?」

「俺はマシンチャイルドではないと思っている。でも、遺跡によって強化体質にされた事は事実かな」

「・・・マエヤマさんのナノマシンも」

「うん。遺跡が勝手に入れた奴。俺の身体にはどんな種類のナノマシンがどれくらい入っているか分からないんだ」

「・・・怖くないんですか? 自分の身体が」

「・・・怖いよ。怖いに決まっているさ。異常な身体能力、異常なナノマシン。俺は何より自分の身体が怖い」

 

異常な力を持つが故に背負わされる責任。

暴走するかもしれないという恐怖。

コウキ君が抱える闇も相当に根深く重いものだ。

 

「こんな能力が欲しいなんて言ってない。俺は普通に生きたかった」

「・・・コウキは能力が欲しくなかったの?」

「初めは良かったよ、楽が出来るって思ったから。でも、次第に苦しくなるんだ。それだけの能力を持っているのにお前は何もしないのかって誰かが囁くんだ」

 

強迫観念からの幻聴。

どうにかしなければならないと自分を追い込んでいるからこその苦しみ。

 

「お前に与えた能力はその為にある。そうふとした時に聞こえてきて。俺はどうすればいいのかって悩んで」

「・・・コウキも苦しんだ。その上で私を助けてくれた」

「普通の暮らしを望んだ俺でも出来る事はしたかったんだ。匿名にすればバレないと思ったし、知っていて無視する事なんて出来なかった」

「・・・本当にありがとう、コウキ」

 

あの時、コウキ君が苦しんでいた理由を今更知った。

支えたい。助けたい。そう誓ったあの日、私はもっと踏み込むべきだったのかもしれない。

そうすれば、私もコウキ君の苦しみを共有できたかもしれないのに。一緒に背負えたかもしれないのに。

 

「テンカワさん。貴方達が未来を変えたいというのなら、俺も手伝うつもりです。でも、その前に確認しなければなりません」

 

そう言って真剣な表情になるコウキ君。

その顔は迷いを捨てた確固たる決意を持った顔だった。

影から悟らせないように振舞うのではなく、自ら表舞台に立つ決意を。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 


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