機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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歓喜の涙

 

 

 

 

 

「・・・アキトさん。私は・・・」

「運命に足掻こうという俺達がミナトさんを運命で縛っていた。愚かだな」

「・・・私は間違っていたのでしょうか? マエヤマさんを殺そうなんて」

「マエヤマも大切なナデシコクルー。どうしてそれが俺達には分からなかったんだろうな」

「・・・私は仲間を殺そうとしていたんですね。大切なナデシコクルーを」

「いいんだ。ルリちゃんは俺の為を思ってやってくれた。その罪は俺が背負う」

「・・・私は自分が怖くなってきました。何の話し合いもせずに、殺される前に殺せ、そんな風に考えられる自分が」

「震えなくていい。ルリちゃんが間違っていたら俺が正すから」

「・・・はい」

「・・・アキト。ミナト、私達が未来から来た事を知っていた」

「・・・ああ。知っていたな」

「ありえません。ボソンジャンプだって今のミナトさんは知らない筈ですし」

「・・・コウキが教えたのかもしれない」

「その線が妥当だな。もしかするとマエヤマもボソンジャンプで帰ってきたのかもしれない。俺達と同じように」

「・・・それでは、私は、もしかして協力者を殺す所だったのですか? 頼りになる協力者を」

「ルリちゃん。犯した過ちは何があってもなくならない。俺達は背負っていくしかないんだ」

「・・・はい」

「この言葉はマエヤマから言われた。もしかするとあいつは俺の罪を全て知っていて、俺にそう言ったのかもしれない」

「それでは、火星の後継者を知っている可能性も」

「ああ。もしかすると俺が壊したコロニーにいたのかもな」

「・・・それはないと思う。コウキはアキトを恨んでない」

「辛い事をお聞きしますが、攫われた火星人の中にマエヤマ・コウキという名はありませんでしたか?」

「・・・すまんが、記憶にない。俺も全ての火星人を把握している訳ではないからな」

「そうですか。いえ。一つの可能性を考えてみただけです」

「犠牲になった火星人の一人か」

「・・・でも、そんな経歴はなかった」

「あれ程のオペレート技術を持っています。捏造するぐらい簡単ですよ」

「・・・一つ、気になるのだが、いいか?」

「・・・はい。何でしょう?」

「・・・うん。何?」

「アカツキが言っていた匿名のメールとはマエヤマが送っていたのではないだろうか?」

「・・・可能性は高いですね。研究所をハッキングするのにはかなりの技術が必要ですが、マエヤマさんレベルなら調査も容易かと」

「・・・ハッキングしてバレないには技術が必要。コウキなら多分できる」

「あれに関して、俺はお手上げだった。場所が分からなかったからな。あの匿名メールがなければ何も出来なかったよ」

「あの時の私は絶望していましたから。アキトさんも救えず、ラピスも救えずで。調べる気力もありませんでした」

「・・・私は保護されるまで実験の繰り返しだったから何も」

「ラピスのデータも匿名メールからだ。更に言えば、セレスもそうだった」

「・・・それでは、私はラピスやセレスを始めとした多くのマシンチャイルドを救ってくれた恩人に銃を向けたという事に・・・」

「・・・もしそれが本当だったら俺達は感謝こそすれ疑うなんて愚かな事だったな」

「・・・私はどうすればいいでしょうか? 殺そうとしたマエヤマさんに私はもう合わせる顔がありません」

「俺達が取るべき道は一つ。マエヤマに謝り、マエヤマとじっくり話す事だ。マエヤマが何を考え、何をしようとしているのかを知っておくべきだと思う」

「・・・私はミナトさんにも銃を向けてしまいました。私はもう・・・」

「ルリちゃん。ミナトさんにもマエヤマにもまずは謝ろう。俺達は仲間に銃を向けるという最低の事をしたんだ。謝らなければならない。許してもらえるかどうかは別としてな」

「・・・はい。私は愚かな事をしました。きちんと謝りたいです」

「ああ。俺も同罪だ。一緒に謝らせて貰う」

「・・・私も謝りたい」

「きちんと謝って。話を聞かせてもらおう。まずはそれからだ」

 

 

 

 

 

「すいませんでした!」

「まったく。独房から出たら一発殴らせろよ。誤射ぐらいで狼狽えてんじゃねぇ」

 

スバル嬢の愛のムチ。

予約入りました。

 

「すまん! ガイ!」

「おう。やっちまったもんは仕方ねぇ。きちんと反省しろや。あ、もちろん、俺も殴るかんな。男として一発お前を目覚めさせる必要がある」

「お、お手柔らかに」

 

ガイの熱血パンチ。

予約入りました。

 

「ごめん、ヒカル」

「私は大丈夫だよぉ。もう。心配させないでよね」

「ああ。ありがとう」

 

優しい声をかけて頂きました。

 

「すいませんでした」

「暗黒空間が襲ってきたわ」

「え?」

 

怒っていらっしゃらないようで。

 

「テンカワさん! 本当にご迷惑おかけしました」

「ああ。システムの異常と聞いた。心配はいらない。俺も独房は経験した事がある。ま、ゆっくり休め」

「あ、ありがとうございます」

 

い、今のは笑う所? 突っ込む所?

 

「それと、時間が空いていたら色々と話を聞きたい。いいか?」

「え? あ、いいですけど」

「助かる。それじゃあな」

 

よ、良かった。

皆、許してくれた。

 

「ミナトさん!」

「ええ。皆はもう許してくれているのよ。コウキ君が必要以上に悪く考えちゃっただけ」

「はい!」

 

仲間を裏切った俺がまた迎え入れてもらえる。

こんなにも嬉しい事はない。

 

「ミナトさんにも本当にご心配をおかけしました」

「私はいいのよ。当然だもの」

「それでもです。ありがとうございました」

 

こうやって忙しい合間を縫って様子を見に来てくれた。

パイロットを一人一人呼んでくれた。

ミナトさんには本当にお世話になりっぱなしだ。

何より、俺を元気にしてくれた。

 

「俺はもう大丈夫です。ミナトさんはミナトさんの仕事をしてきてください」

「あら? 私がいちゃ駄目なの?」

「ミナトさん。正直に言えば、ずっとここにいて欲しいです」

「しょ、正直に言われると照れるわね」

「でも、火星の人が救えるか、救えないのかの瀬戸際なんです。ミナトさんの力を貸してあげてください」

「ええ。私だって助けたい命は助けたいもの」

「俺はここから動けないので何も出来ませんが、テンカワさん達もいます。だから、きっと・・・どうかしました?」

「・・・え? ううん。なんでもないわよ」

 

俺、何か変な事、言ったかな?

何か複雑そうな顔していたけど。

 

「テンカワさん達なら必ず火星の人達を救おうとする筈です。その為の考えもある筈。テンカワさん達の指示に従っていれば間違いないですよ」

「・・・そうね。そうするわ」

 

えぇっと、やっぱり俺、変な事、言ったのかな?

 

「俺、変な事、言いました?」

「う、ううん。なんでもないわ。頑張ってくる」

「はい。頑張ってきて下さい」

 

複雑な表情をしながら去っていくミナトさん。

・・・何かおかしいな。

後できちんと訊いてみよう。心配事なら相談に乗れるかもしれないし。

・・・うん。これからの事を考えてみよう。

 

「そもそも火星に降りたんだろうか?」

 

確かヒナギクみたいな名前で、飛行機型の大きな搭載機がなかったか?

あれをシャトル代わりに使えるのではないだろうか?

実はイマイチ大きさが分からないだけどさ。

でも、あれを利用すれば多少性能が落ちる程度の高度で保っていられそうだし。

 

「・・・俺だったらどうするか」

 

とりあえず、ナデシコを降下させないという前提で考えよう。

以前、相転移エンジンについて説明したし、誰かが止めるだろ。

テンカワさんやルリ嬢も止めると思うし。

その条件下で考えられる選択肢としては・・・。

1、ヒナギクで飛び回り、生き残りを探す。その後、全てを回れるコースを考え、ナデシコでさっさと回収して逃げる。

2、火星にいる木連の兵器全てを破壊する。その後、悠々自適に人命を救出して、研究データを回収する。

3、一直線にユートピアコロニーに向かう。その後、最速で救出して、即行で帰る。

ふむ。俺的には1かな。

2はちょっと無理がある。流石のナデシコとテンカワさん達優秀なパイロットでも火星にいる全ての木星蜥蜴を倒すのは不可能だ。

下手すると停止状態の機体も起動させてしまうかもしれない。全方位に囲まれた一瞬で撃沈されてしまうだろうしな。

3は・・・理由がないな。いきなりユートピアコロニーだなんて誰も納得しないだろうし。

やはり1か? 手間が掛かるが、ほぼ宇宙空間と言える高度にナデシコを保ちつつ、ヒナギクを降下させる。

ヒナギクで様々なコロニー、研究所を回って、各々を調査する。こうすれば、データも生き残りも見つかる筈。

但し、難点としてはヒナギクに対する負担が大きい事かな。危険も大きいだろうし。

あまり俺としてはお勧めしたくないけど、ミナトさんがヒナギクを操縦してくれると可能性が高いと思うんだよな。

ヒナギクってIFS対応だったっけ? それだと困るけど。

でも、ウリバタケさんとかがすぐに操縦桿を備え付けてくれると思う。

原作との違いはナデシコ自体が地上に降下しない事。ユートピアコロニーにアキト青年が単機で向かわない事。

恐らくだけど、木星蜥蜴はナデシコに向かってくる習性があるんだと思う。原作を見る限りはだけど。

あれか? 相転移エンジンか? それとも、高出力のエネルギー反応か?

まぁ、どちらにしろ、ナデシコがユートピアコロニーに向かえば原作と同じになる事は間違いない。

いちいち大型のナデシコで回るよりヒナギクの方が小回りも利くだろうし。

俺だったらヒナギク降下作戦で行く。

艦長はどうするつもりだろうか?

テンカワさんはどうするつもりだろうか?

・・・気になる。

独房にいる自分が恨めしい。

皆のおかげで心は楽になったが、ナデシコがどうなったか心配で胸が痛くなる。

はぁ・・・。今更ながら後悔が。

何にも出来ないっていうのがこんなに不安で辛い事だとは思ってなかったよ。

・・・ボソンジャンプで脱出する? 無理無理。バレた時の事を考えると到底できません。

・・・檻を壊す? それも後々を考えるとまずい。今は大人しくしているのがベストだ。

はぁ・・・。誰か俺に情報を伝えてくれないかなぁ・・・。

 

 

 

 

 

「マエヤマ」

「・・・え?」

 

何もする事がなく、ひたすらボーっとしていた。

今が何時か? あれから、何日経ったのか? 

残る頭痛が意識を朦朧とさせ、細かい日時を把握できてなかった。

大体という予想すら付けられない。

そんな時、仏頂面の大男、ゴートさんがやってきた。

何て嬉しい来客だ! 

ゴートさんの姿を視界に入れた時、頭の靄が晴れた気がした。

何としても、今の状況を知っておきたい。

 

「ゴ、ゴートさん! 今、ナデシコはどうなっていますか!?」

「あ、ああ。落ち着け」

 

思わず檻の鉄の棒に身体を乗り出してしまった。

 

「あ。すいません」

「いや。お前のナデシコを思う気持ちが伝わってきた」

 

そう言い微笑むゴートさん。

何だろう? いつもより優しい気がする。

 

「一応だが、俺とお前は射撃の師弟関係だからな。お前の事を知っておきたかった」

「俺の事・・・ですか?」

「ああ。お前がナデシコにとって危険だかどうかを判断したいと思ったが・・・」

 

ふふっと笑うゴートさん。

・・・申し訳ないですが、初めて見た気がします。

そして・・・その笑みがちょっと怖いです。

 

「愚問だったな。お前はナデシコの為に身体を張った。それが結果として裏目に出てしまっただけだ。誰もお前を責めるつもりはない」

「・・・あ」

 

・・・涙が出てきた。

ゴートさんから優しい言葉がもらえるなんて。

ナデシコの皆が俺を許してくれているんだってグッと心が軽くなった。

慰めから出た嘘かもしれない。それでも、胸の奥にあった重たい何かが軽くなった気がする。

 

「・・・ありがとう・・・ございます」

 

きちんと言えなかったけど、ゴートさんは笑みで返してくれた。

怖かった笑みがとても優しい笑みに見えて・・・。

許してもらえたという安堵で胸が満たされた。

 

「何があろうともお前はナデシコのクルーの一人だ。早く戻って来い」

「・・・はい」

 

俺はナデシコのクルーでいていいんだ。

裏切り者の俺を皆はまた迎え入れてくれる。

嬉しさで更に涙が増した。

 

「まったく。男が泣くな。まぁ、俺以外見てないがな」

 

ただでさえ大きいゴートさんが更に大きく見えた。

ゴートさんもまた立派な大人なんだなって。

口下手で無表情だけど、自分という個を持った男なんだなって。

頼り甲斐のある大人なんだなって。

そう心強く思った。

 

「マエヤマ。これを渡しておく」

「・・・え? コミュニケ? 俺の?」

 

独房入りの際に没収されていたコミュニケ。

それをゴートさんに投げ渡される。

 

「お前に反抗の意思はないからな。大人しくしているだろ?」

「え、ええ。反省していますから。そもそも暴れる意味もありませんし」

「それなら、お前にもナデシコの情報が伝わるようにしておいた方が良いだろう。好きに使っていいぞ」

「え? い、いいんですか?」

「暇だろうしな。それに、お前は物事をきちんと考えているし、知識量も多い。意見を訊く事もあるだろうから、逐一情報を把握していて欲しい」

「えぇっと、はい。分かりました」

 

・・・そんなに考えているつもりはないんだけどな。

でも、期待されているなら、その思いに応えたいと思う。

 

「じゃあ、早速ですが、今の状況を教えてくれませんか」

「ああ。もともとそのつもりで来たようなものだからな」

 

わざわざ申し訳ないです。

でも、ゴートさんが来たって事は今の所、戦闘はないって事だよな。

更に言えば、ミナトさんもいない。

 

「現在、ナデシコは火星に降下し―――」

「降下しちゃったんですか!?」

 

・・・嘘だろ? 

ナデシコを火星に降下させた?

何て事を!

 

「な、何故、降下させたんですか!?」

「火星の民を救出するのならナデシコで迎えに行くべきという意見が挙がり、艦長が降下を指示した」

「そ、そんな・・・。誰も止めなかったんですか!?」

「ああ。一応、大丈夫なのか? という意見は出たが、艦長が大丈夫だと判断してな」

「て、テンカワさんは! テンカワさんは止めなかったんですか!?」

「火星降下の際にテンカワは用があったらしく席を外していた。確か、ホシノ、ラズリの両名もだったな」

 

テンカワさんは何をしていたんだ!?

火星に降下する事が危険だと俺よりも知っている筈なのに!

 

「止められないんですか?」

「一度、降下の体勢になってしまったら不可能だ。テンカワも慌てていたが、ナデシコは危険なのか?」

「火星の大気では充分な出力は得られません。それに、木星蜥蜴がナデシコに反応したらナデシコは沈んでしまいます」

「・・・現状では木星蜥蜴を打倒できないという事か?」

「正確には分かりません。ですが、あえて危険な方法を取る必要はなかったと思います。少しでも危険の可能性があれば避けるべきです」

「む。耳が痛いな。俺にも止めなかった責任がある」

「艦長はどんな指示を?」

「テンカワが提案してな。ナデシコは谷の間に隠れるように待機し、ヒナギクでコロニーを回る事になった」

 

・・・ナデシコで移動しないのが唯一の救いか。

ナデシコで移動すれば、囲まれるのがオチだからな。

 

「相転移エンジンはどうなっていますか?」

「反応を消す為に落としている。現在は地上に着陸している状態だな」

 

相転移エンジンは落とされているか。

すぐに移動できないという欠点もあるけど、反応を消すには仕方ないな。

 

「ヒナギクには誰が?」

「テンカワ、ヤマダの両名はナデシコで待機。残りのパイロットとミスター、整備班少数がヒナギク担当だ。パイロットは護衛としてだな」

「エステバリスで囲んでいるんですか?」

「ヒナギクに搭載しているだけだ。出来る限りバッテリーの消費を防がねばならんからな」

 

外付けのバッテリーを搭載してもエステバリスの稼働時間は短い。

時間的観点からも戦略的観点からも妥当だな。

エステバリスの反応を敵が把握している可能性も高いし。

出来る限り、敵にこちらの事を知らせたくない。

 

「ナデシコは火星から脱出できるんですか?」

「空域さえ確保できればな。木星蜥蜴に襲われれば・・・そうか、俺は何故気付けなかったんだ? ・・・脱出途中で襲われたら脱出は不可能になるではないか」

 

・・・思わず頭を抱えてしまった。

明らかに降下はミスじゃないか。

木星蜥蜴が占拠しているって分かっているんだから、火星からの脱出まで考えないと。

いくら火星の重力が地球より軽いからって油断しちゃ駄目だろ。

 

「・・・すまない。今更、ミスに気付いた」

 

ゴートさんとて少し考えれば分かった筈。

いや。マジで頼みますよ、ゴートさん。

 

「いえ。艦長の指示ですし。仕方ありませんとは言えませんが、それは後です。そんな事より、どうするべきかを考えましょう」

「・・・ああ。そうだな。ブリッジのクルーにも意見を訊きたい。俺はブリッジに戻るから、コミュニケで話に参加してくれ」

「分かりました」

 

・・・想定外だ。

ナデシコが火星に降下するだなんて。

クソッ! ユリカ嬢にも相転移エンジンの説明をしておくべきだった。

ユリカ嬢程に優秀な頭脳があれば、危険だって分かった筈。

補佐に回ると決めたんだから、きちんと説明しておかなければならなかったんだ。

艦長なら把握している筈だなんて、原作の事を知りながら甘く考えていた。

・・・いや。そんな事を考えている暇はない。

さっき自分がゴートさんに言った通り、これからの事を考えるべきだ。

誰を責めたって現状は変わらない。

 

『マエヤマさん』

「あ。艦長ですか? あの・・・」

 

突然映ったのがゴートさんではなくユリカ嬢で困惑してしまった。

謝るべきなんだろうけど、言葉が出てこない。

 

『どうかしました?』

「あ、いえ、何でもありません」

『えぇっと、ゴートさんから聞きました。何でもお話があるとか』

「ええ。ブリッジの皆さんに意見を聞かせて欲しいのですが」

『分かりました。それでは、モニターにマエヤマさんを映しますね』

「あ、はい。御願いします」

 

プツンと画面が消えて、すぐに違う映像が映し出された。

これは・・・ブリッジの全体図だな。

 

『コウキ君。大丈夫なの?』

「ええ。大丈夫です。・・・皆さん。ご迷惑をおかけしました」

 

頭を下げる。

ブリッジクルーの皆には本当に迷惑をかけた。

 

『大丈夫ですよ。マエヤマさんを責める人なんていません』

『私の指示が厳し過ぎて無理をさせてしまいました。こちらこそごめんなさい』

『誰もてめぇを責めたりなんかしねぇよ』

『若い者の過ちを背負うのが年寄りの仕事。気にする必要はないんじゃぞ』

『・・・コウキさんは悪くありません。頑張ってくれました』

『・・・マエヤマさん。貴方は何も悪くありません』

『・・・コウキは悪くない』

『マエヤマ。君は悪くないよ』

『先程も言ったが、心配する必要はない。お前に責任はないからな』

 

・・・ブリッジクルーの誰もが俺を許してくれた。

俺なんかを、裏切り者の俺なんかを。

 

「ありがとうございます、皆さん」

『・・・・・・』

 

泣いている情けない俺を皆は優しい笑みで迎えてくれた。

仲間を撃った裏切り者の俺を皆は仲間だと認めてくれた。

それが嬉しくて堪らない。涙が出る程に歓喜で胸が溢れる。

だからこそ、絶対に彼らを無事に火星から脱出させなければと心に強く誓う。

俺に出来る事なんて現状では皆無かもしれない。

でも、それでも、俺の考えが少しでも役に立つのなら、俺は伝えたい。

俺なんかを笑顔で迎えてくれる大切なナデシコクルーを護る為に。

 

「ナデシコが火星に降下した以上、俺達は火星からの脱出方法を考えなければならないと思うんです」

 

木星蜥蜴が占拠している火星。

襲われない事の方がおかしい。

 

『大丈夫ですよぉ。ナデシコなら襲われても返り討ちですから』

 

ユリカ嬢、冷静に状況を見極めてください。

 

「確かにナデシコなら返り討ちに出来るかもしれません。ですが、もしもの事があった時を考えるのも生き残る為には必要です」

『確かに。マエヤマの言う事も間違ってないよ、ユリカ。僕達は最悪の事態を想定しなければならないんだから』

 

ジュン君、ナイスフォロー。それでこそ副長だ。

 

「火星が木星蜥蜴に占拠されている以上、敵戦力は予想できません。人海戦術で来られたら流石のナデシコも厳しいと思います。クルーの精神的にも」

『・・・そうですね。気付かせてくれてありがとうございます、マエヤマさん』

「いえ。俺が臆病なだけですよ。心配性なんです」

 

ナデシコが無事に脱出する事は無理かもしれない。

チューリップに飛び込むという案も今の状況で提示する事はおかしい。

今、俺に出来る事は何があっても冷静に対処できるよう心に余裕を持たせる事だけなんだ。

 

「現状で、火星から脱出する方法はどんな案がありますか?」

『単純に地球と同じようにナデシコ単体で―――』

「加速する前に叩かれたら厳しいですよ。少なくとも脱出する為の空域を確保しなければ」

 

戦艦は最大速度は凄まじいが、加速に時間がかかる。

だからこそ、エステバリスのような小回りが利く機体が必要になるのだ。

その加速の隙を突かれたら厳しいものがある。

 

「どちらにしろ、安全空域の確保は必須です。ヒナギクとの合流地点にもなりますし、危険性を低める為にも」

『はい。私も賛成です。ですが、どのように確保しましょうか?』

「俺の稚拙な案で良いですか?」

『稚拙だなんて。御願いします。参考にさせてください』

 

空域の確保だなんて素人の俺には難しい。

でも、俺の意見は参考程度だ。あとは専門職である士官組が答えを出してくれる筈。

遺跡の知識は所詮知識であって応用は利かない。ここは天才艦長の頭脳に任せよう。

 

「まずは安全空域となる、いえ、安全空域とする場所を決めましょう。どこに敵が潜んでいるか分からない以上、自分達の力で確保すべきです」

 

どこが危険なのか分からないんだ。

それなら、運に任せないで自分達で確保した方が良い。

 

「ナデシコの高出力のエネルギーでは敵方が反応してしまう可能性がありますので、エステバリスで先行して地道に敵を片付けるのが良いと思います」

 

エステバリスで反応しないとは限らないが、ナデシコで移動するよりは可能性が低いと思う。

 

「その後、エステバリスで警戒作業に入ってもらいます。レーダーで敵反応を常に調べておいた方が対処しやすいと思うので」

 

稼動状態でなければ反応が出ないかもしれないが、警戒してれば反応は出来る。

安全なのか、危険なのかもすぐに知らせられる筈だ。

 

「エステバリスなら小回りも利きます。囲まれる前に脱出する事も不可能ではないでしょう」

 

ナデシコは囲まれたら終わりだ。

だが、エステバリスなら大丈夫だと思う。

テンカワさんもガイも頼れる腕前だ。

 

「この程度ですが、どうでしょう?」

 

一応、形としては成り立つと思う。

参考までに、という事だから、これで満足してくれると助かる。

 

『助かりました。後はこちらで考案してみます』

「はい。俺はあまり詳しくないので、後は艦長にお任せします」

 

任せました。ユリカ嬢。

 

「俺からは以上です。後は任せました」

『はい。任されました』

 

プツンっと通信を切る。

 

「ふぅ・・・」

 

これで少なくとも万が一があるかもしれないという意識は持ってもらえた筈だ。

予想外の事態に直面した時、冷静でいられるかどうかは大切だからな。

後は皆に任せるしかない。

頼んだぞ、皆。

 

 

 

 

 


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