「えぇっと、プロスさん、艦長とかって・・・」
食事を終えて、再度ブリッジで活動中。
オペレーター、操舵手、通信士の仕事を再度確認して、ミナトさんの隣の席で一息ついた時、ミナトさんがプロスさんにそう問いかけた。
「・・・えぇ~~~」
そうですよね。困りますよね。
いえ。プロスさんが悪い訳ではないんですよ。
ただですね。えぇっと、そう、艦長が悪いんです。
ミスマル・ユリカ嬢が悪いんですよ。
・・・胃薬準備しておこうかな? プロスさんの為に。
まだ外に出ても大丈夫そうだし。
「本来であれば一週間前に着任の予定です」
ルリ嬢、プロスさんを気遣ってあげようよ。
「あれ? じゃあとっくにいる筈なんだ」
「・・・え、ええ」
・・・今回はマジで冷や汗を掻いていますね。
ハンカチがびしょ濡れにならない事を祈ります。
「大丈夫なんですか? 遅刻するような人が艦長で」
「・・・・・・」
メグミさんまで。
「副長はどうなのよ?」
「・・・・・・」
ミナトさん。トドメですよ、それ。
「ま、まぁ、落ち着きましょうよ。ミナトさん、メグミさん」
き、きっと優秀だった筈。
だ、だって、あんな激戦を生き抜けたんだから。
「コウキ君。遅刻なんかする艦長を庇うの?」
「私、マエヤマさんに言われてこれが戦艦なんだって自覚しました。遅刻するような艦長は信じられません」
や、やばい。余計な事を言ったか? 俺。
ブリッジクルーのお気楽さと団結力こそがナデシコの強さだろ?
それがなくなったらやばいって。
「と、とりあえず、艦長がどんな人かを吟味してみましょうよ。ルリちゃん。御願いできるかな?」
「分かりました」
モニターに映るユリカ嬢の経歴とピースしている写真。
うん。ピース姿なのはちょっといただけないかな。不真面目に見える。
ま、美人なのは認めるけどさ。
「ほぉ。戦略シミュレーションで無敗か。凄いな」
ゴート氏が唸る。
まぁ、確かに凄いよね。
でもさ、それって参謀とかの役目だと思うんだよ。
だって、ゴートさんが戦闘指揮としているんだし、参謀がいてもおかしくないでしょ。
というか、原作見た限り、ユリカ嬢の独断で全ての作戦を行っていた気がする。
副長のジュン君とか書類整理ってイメージしかないし。
いや、もちろん、それ以外の仕事もしていたんだろうけど。
とにかく、ゴートさんしかり、ジュン君しかり、戦闘中は何をしていたの? と疑問に思わざるを得ないほどのユリカ嬢の独壇場。
あれ? ある意味、圧倒的カリスマ性と見ていいのか?
ま、プロスさんがスカウトしたんだから、間違いはないんだろうけど。
「いやぁ。彼女を引き抜くのは苦労しましたよ」
あ。プロスさん。復活。
意気揚々としていらっしゃる。
「へぇ。凄いじゃない」
うん。単純に凄いと思うよ。
「・・・ねぇねぇ、コウキ君」
ん?
「何ですか?」
「ちょっと耳貸して」
あぁ。内緒話ですか。
「・・・何です?」
「・・・優秀なのよね?」
「・・・優秀ですよ、性格はともかく能力に関しては」
「・・・遅刻するのに?」
「・・・性格はともかく能力に関しては」
「・・・そう」
何だろう? そのやるせない感じ。
「・・・いざとなったら護ってくれるのよね?」
「・・・ええ。その為に俺がいるんですから」
「・・・頼むわよ、コウキ君」
「・・・ええ」
内緒話を終えて、離れていくミナトさん。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
何だろう? こっち見ているんですけど。
「どうしたの? メグミちゃん、ルリちゃん」
「な、なんでもないですよ。ミナトさん」
「いえ。特には・・・」
じゃあ、何でこっちを見ていたんだろう?
「・・・・・・」
ん? 裾が引っ張られている。
えぇっと、セレスちゃんかな?
「どうかしたかい?」
「・・・教えて欲しい事があります」
あ、そっか。補佐だもんな、俺。
「うん。何だい?」
「・・・ここです」
頼られるのは嬉しい限りだな。
教えられる事なんて少ないけど。
「マエヤマさん、レールカノンの件ですが」
「あ、うん。何だい?」
「プロスさんの許可が下りました」
「そっか。ありがとう」
「いえ。優先順位の第一位をマエヤマさんに設定してありますので、お手元のコンソールからどうぞ」
「分かった。後でちょっと調整に付き合ってくれるかな」
「いいですよ、仕事ですから」
おし。これでレールカノンが撃てる。
「レールカノンって?」
「操作権をもらったんですよ。戦闘中に何も出来ないのは嫌ですからね」
「そっか。コウキ君って誰か欠員が出なければ役目なしだもんね」
「・・・・・・」
いらない存在と言われたようで胸にグサっときました。
「ごめんごめん。でも、ほら、コウキ君は色んな補佐をしてくれているでしょう? だから皆、頼りにしているわよ」
「そ、そうですよ、マエヤマさん。そう落ち込まないで下さい」
フォローありがとうございます。
・・・一応、立ち直りました。
「どうしてレールカノンなの? 他にもあったじゃない」
「レールカノンが一番木星蜥蜴に有効ですからね」
「え? そうなの?」
まだ相手側の戦艦って出てなかったな。
どう説明しよう。
・・・あれ? それなら、何でルリ嬢、さっき肯定したんだ?
またもや違和感。
「コウキ君?」
火星大戦から情報を得ていたのかな?
ま、相手方がグラビティブラストを持っていたらディストーションフィールドを持っているって気付いてもおかしくないか。
あ。チューリップがあったか。いや。チューリップはDFなかったな。
・・・どうしてだろう?
「コウキ君!」
「は、はい? な、何ですか?」
な、何だ!?
「無視なんて酷いじゃない」
「え、あ、すいません。ちょっと考え事をしていまして」
「許さないわ」
「えぇ!?」
「そうね。今度、ご飯を奢りなさい」
「えぇっと」
お金あるからいいけどさ。
何か理不尽じゃない?
「わ、分かりました。ホウメイさんの料理、美味しいですもんね」
「そうなのよぉ。和洋中全部揃っていて、ついつい食べ過ぎちゃうのよね」
「・・・食べ過ぎると太―――」
「その話題は禁止!」
ゴンッ!
「イタッ! ・・・久しぶりに拳骨を喰らいましたよ」
あぁ。頭が割れるぅぅぅ。
「女性に失礼よ」
「私もそう思います」
「す、すいませんでした」
理不尽だよ。
「それで? どうして、レールカノンなの?」
「火星大戦の映像を調べていてですね。向こうが重力波、要するにグラビティブラストを放ってきたんですよ」
「あ。じゃあ、DFもあるかもしれないって事?」
「予想でしかないんですけどね」
ま、実際に後々バッタですらDFを纏うし。
レールカノンがあると便利だろ。
というか、ミナトさんもよくやってくれるよ。
俺が未来知っているって分かっているのに誤魔化しに付き合ってくれて。
本当に感謝です。頼りになります。
「・・・次はどうするんですか?」
「あ、うん。ごめんごめん。次はね」
セレスちゃんをスルーしていた。
気をつけないと。
「・・・コウキ」
「ん? ラピスちゃん。どうしたの?」
次はラピス嬢か。
何か色々と忙しいな。
「・・・アキトが言っていた。コウキのパイロットとしての腕は確かだって」
おぉ。俺ってば褒められていたのか。
「・・・どうやってアキトが認めるほどの技量を身に付けた?」
どうやって訓練したかって事?
俺がそれなりに戦えるのはナノマシンの恩恵と卑怯ソフトを使っているからなんだけど。
「俺自身はそんなに強くないよ。色々と使い勝手の良いソフトをインストールしているだけ」
「・・・そんな事をしたら容量が不足する」
「必要な分を的確に最小限に」
「ん?」
首を傾けるラピス嬢。
うん。可愛らしいね。
「それが基本だよ。無駄を減らして最小容量にして更に圧縮すれば結構大丈夫」
かなりの量が俺の自作ソフトで埋まっているもんな、俺のアサルトピットの中。
ま、遺跡からのパクリだけど。
「・・・でも、それと戦闘は違う」
「元々エステバリスのコンセプトはIFSさえあれば子供でも乗れるだしね。多少、銃器が使えれば・・・」
「・・・普通、銃器は使えない」
・・・あ。しまった。
「・・・どうして銃器が使える?」
「そうね。私も気になるわ」
「私もです」
「私も気になります」
嘘!? 四面楚歌? 孤立無援?
ゴートさん達まで睨んできている?
「えぇっとさ、笑わないでね」
「・・・笑わない」
「銃器が使える笑える理由って何よ?」
いや。だってさ。恥ずかしいじゃん。
「俺ってさ、子供の頃から結構ゲームとかにはまっていてさ。シューティングアクションゲームとかやりこんでいたんだよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・それだけですか?」
「そういえば、コウキ君がスカウトされたのもゲーム機だったものね」
やめて、その呆れた眼。
本気で恥ずかしいから。
「IFSなら撃つってイメージと照準だけ合わせれば撃てるからさ。だから、ゲームをやりこんでいたおかげでイメージは割と簡単に出来るんだ」
まさかゲームがこうまで役に立つなんて俺も思わなかった。
「それじゃあ普通には使えないって事?」
「俺の経験はエアーガンぐらいです」
エアーガンと普通の銃とかって全然違うでしょ?
IFSって凄いよね。
イメージだけで万事解決なんだから。
「・・・そう」
う~ん。周りも苦笑とか呆れとかだよ。
「あ。ゴートさん」
「ん? 何だ?」
「今度、銃の扱い方を教えてくれませんか? きちんとしたイメージも持ちたいんで」
一応ね。使えないよりはマシでしょ?
これからの為にもさ。
「いいだろう。時間を取っておけ」
「ありがとうございます」
これでもうちょっと強くなれるかな?
「・・・次はどうしますか?」
おぉ。またもやスルーしていた。
まずいまずい。
「お。大分出来てきた。後はもうちょっとだね」
「・・・はい」
成長が早くて楽しいな。
・・・教えるのって結構楽しいかも。
将来、教師とかやってみようかな?
知識量だけは半端ないし。
「うんうん。ちゃんとお兄ちゃんやっているじゃない」
何を暖かな眼で眺めていらっしゃるのですか? ミナトさん。
というか、お兄ちゃんって。
「・・・・・・」
・・・全然似てないから無理でしょ。
妖精の兄は凡人。
ハハハ。ないない。
・・・あぁ。今日の晩飯は特別なものにしよう。
自分を慰めるのって大切だと思うんだ。
「・・・終わりました」
「うん。よく出来たね。偉い偉い」
「・・・・・・」
皆して暖かい視線を送らないで下さい。
注目されるのは慣れていないんで。
「今日、ナデシコの危険性について話していました。どうやらかなり詳しいみたいです」
「ナデシコについて詳しい・・・か。一体何者なんだ?」
「分かりません。それと、何だか木連についても知っているような気がします」
「ナデシコを知り、木連を知る存在。まるで分からんな」
「レールカノンの操作権を譲るよう言われました。木星蜥蜴に有効だからと」
「何? それを認めたのか?」
「害はなさそうでしたので。少なくとも私達よりは使えると思います」
「・・・そうか。武装が足りないと説得して無理矢理導入させたレールカノンだからな。使えた方がいいが、危険ではないか?」
「先日の結論通り、悪い人ではありません。ナデシコに危害を加えるような事はしないと思います」
「・・・果たして信じていいのかどうか」
「幸せと平穏を望むと。そう言っていました。断言できる訳ではないですが、その言葉に嘘はないと思います」
「・・・頼りになる味方か、それとも、狡猾な敵か。どっちなんだろうな・・・」
「味方であって欲しいですね」
「・・・そうだな」
「ミナトさん。物語が始まります」
遂に今日、物語が始まる。
合図はヤマダ・ジロウの暴走だ。
「え? 出航はまだ先よ」
「予定が先送りになるんですよ、木星蜥蜴の襲撃で」
原作ではアキト青年が必死になって囮を務めていた。
でも、今回は凄腕パイロットのテンカワさんがいるから問題ないだろう。
囮作戦にそもそも数なんて必要ないし。
「そう。危なくなったら護ってくれるのよね」
「もちろんです」
大丈夫ですよ、当分の間はずっと優位に物事を進められますから。
「じゃ、いきましょう」
「ええ」
それと今日の艦長不在の危険を訴えて、マスターキーがなくてもある程度動かせるようにしておかないと。
せめてDFとGBぐらいはね。
あれ? それじゃあ殆どか。
ま、その場で臨機応変に対応しましょうか。
「また考え事? 私に相談してくれればいいのに」
ん? 何か言っているな。
聞き逃してしまった、申し訳ない。
「あ。すいません。何ですか?」
「なんでもないわよ!」
ゴンッ!
「イタッ! な、何するんですか!?」
「なんでもないわよ!」
なんでもないのに拳骨されるのか?
なんて理不尽。
「もう。早くいくわよ」
「あ、はい」
怒っていらっしゃるミナトさんの後を追う。
うん。ナデシコに来てもミナトさんと一緒に出社するのは変わらないんだな。
何か不思議だ。
ま、嬉しいけど。
ガタンッ! ゴトンッ!
「な、何だ? この振動は?」
慌てていますね、ゴートさん。分かります。
こんなに振動するとは思いませんでした。
「ルリちゃん。原因は?」
『おい、プロスのダンナ。格納庫で誰かが暴れてやがるぞ』
「・・・との事です。映像、出します」
はい。見事にエステバリスが暴れていましたね。
流石はダイゴウジ・ガイ。やる事が大胆だ。
「あぁぁぁ。誰ですか!? そんな事をしているのは」
「ヤマダ・ジロウさん。出航時に合流予定の正規パイロットみたいですね」
「ヤマダさんですか? まったく。一体何を・・・」
額に手を置いて項垂れるプロスさん。
残念ですが、この程度で嘆いていては身体が持ちませんよ。
これからはもっと大変ですから。
あ。胃薬買ってきたんで後で渡しますね。
「わたくしはヤマダさんの所へ行きますので」
そう言って、プロスさんは出て行った。
「・・・ねぇねぇ、コウキ君」
ん? また内緒話ですか?
「・・・はい。何ですか? ミナトさん」
「・・・艦長と副艦長が来てないけど、大丈夫なの?」
「・・・襲撃が始まってから到着するんですよ?」
「・・・えぇっと、本当に?」
「・・・マジです」
「・・・あらま。良く生き残れたわね、私」
「・・・ま、それがナデシコクオリティですから」
呆れるしかないよな。
まさか襲撃中に艦長が着任だなんて。
前代未聞だろ?
ま、それが、ナデシコがナデシコたる所以でもあるんだろうが。
ガタンッ! ゴトンッ!
「今度は何だ!?」
落ち着いてください、ゴートさん。
気持ちは分かりますが。
「機影反応。周辺に木星蜥蜴の機動兵器が現れました」
「敵機。上空より接近。接触まで時間がない」
「・・・連合軍地上部隊と交戦中。ですが、全滅も時間の問題だと思われます」
うん。オペレーター三人娘は流れるような作業だ。
安心して見ていられる。
「キーッ! 迎撃よ。迎撃しなさい!」
うん。安心して見ていられない。
うるさいです、キノコ副提督。
「マスターキーがない為、本艦は何も出来ません」
マスターキーがないと生活する事ぐらいしか出来ないもんな。
シミュレーションとかは出来るけど、オモイカネのスペックの半分も発揮できないし。
「何でないのよ!?」
「艦長か本社会長がマスターキーを持っています」
「キーッ! 艦長はどこよ! 早く呼びなさいよ!」
「艦長は未だに着任していません!」
「キーッ! キーッ! 何なのよ!?」
うるさいなぁ。
「お前が何なんだよ・・・」
「コウキ君。素が出ているわよ」
おっと、すいません。ミナトさん。
「ん? それじゃあ、いつもが偽りみたいじゃないですか」
「あら。違った?」
違いますよ。違うよ。違うよね? もしかして違うのか?
いや。口調が違うだけだよな。いつもこんなんだし。
「迎撃よ。主砲を上空に放つの」
「えぇ? それって地上部隊の人に当たりません? 人間として間違っています」
「そうよね。人間として間違っているわよね」
「キーッ! もうとっくに全滅しているわよ」
「そもそもマスターキーがないので主砲も撃てません」
「・・・・・・」
お。黙り込んだぞ。
「キィーッ!」
うるさいから黙ったままでいてくれ。
「緊急発進よ。急いでドックから出なさい」
お。逃げの姿勢かもしれないけど、状況的には間違ってない。
でもなぁ・・・。
「何度も申しますが、マスターキーがない為、現状では動く事も出来ません」
・・・本当に何も出来ないんだよ。
「キーッ! このままじゃ一方的じゃない! 生き埋めじゃない! 死んじゃうじゃない!」
きちんと現状を把握しておられる。
敵の目標がナデシコだって理解しているみたいだな。
「艦長はどうしているんだ!?」
「むぅ。困りましたねぇ。遅刻されて沈んでは私の査定が」
あ。プロスさん、いつの間に。
とりあえず、おかえりなさい。
後、お金の問題じゃないと思います。
「プロスさん。暴れていたパイロットはどうなりました?」
「機体を壊して飛び降りて足を骨折して医務室で治療中です」
・・・相当鬱憤が溜まっていますね。息継ぎなしですか。
「ねぇ・・・コウキ君」
「大丈夫ですよ。そろそろ―――」
『こちらパイロットのテンカワ・アキトだ。発進許可を求む』
頼りになるパイロットが動き出しますから。
「プロスさん。艦長、副艦長がいませんので、提督権限で許可するべきです。このままでは墜ちます」
「そうですな。提督、御願いできますか?」
「一機で大丈夫なのか?」
テンカワさんに問うフクベ提督。
ま、テンカワさん一人で大丈夫だと思うけど。
『時間を稼ぐだけだ。囮になる』
「・・・許可しよう」
おし。テンカワさん。任せましたよ。
「マエヤマさん。早速で申し訳ありませんが、待機を御願いできますか?」
あ。マジ?
『いや。囮になるのは俺一人で充分だ。マエヤマにはブリッジにいてもらいたい』
「はぁ。リーダーパイロットがそう言うのでしたらそうしましょう」
助かりました、テンカワさん。一応、色々とする事があるので。
「皆さん。艦長が来るまでに出来るだけの事をやっておきましょう」
マスターキーがない状態でも出来る事はある筈。
最低でも発進準備にかかる時間を減らす事ぐらいは可能だろ。
「でも、何をすればいいのか分かりません」
そうだよな。実戦なんて初めてだもんな。
でも、いつもやっている事なら出来る。
「艦長も恐らく発進を急がせる。発進の準備を。もし出来なくても迅速に出来るよう最終チェックを御願いします」
「あ、はい。分かりました」
「それが最善ね。コウキ君」
動き出してくれるメグミさんとミナトさん。
「ルリちゃん、テンカワさんは?」
「もうそろそろ地上に出ます」
「地上部隊はどうなっているの?」
「・・・ほぼ壊滅です」
・・・原作通りか。
テンカワさんに期待するとして。
「・・・・・・」
早く来いよ、ユリカ嬢。
物語が始まらないぞ。
タッタッタッ!
強化された聴覚が拾った足音。
やっと来たな、物語のもう一人の主役が。
「おっくれちゃいましたぁ! 艦長のミスマル・ユリカでぇ~す。ブイッ!」
「「「「「ぶいっ?」」」」」
「エステバリス。地上に出ます」
・・・締まらないな、おい。
それと冷静な報告をありがとう、ルリ嬢。
多分、誰も聞いてないけど。
「艦長。指示を」
冷静ですね、フクベ提督。年の功ですか?
「・・・バカ・・・ですか?」
お。ルリ嬢の代わりはセレス嬢か。
何となく今のルリ嬢は言わなさそうだもんな。
「艦長。貴方は―――」
「プロスさん。叱る前にこの状況から脱しましょうよ」
死にたいんですか?
「む。それもそうですね。ですが―――」
「プロスさん」
「・・・はい。艦長、マスターキーと指示を」
「はぁ~い」
いつまでも能天気でいるなっての。
「コウキ君。苦労しそうね」
「・・・俺がですか?」
「ええ。なんか、そんな気がする」
「・・・やめてくださいよ、ミナトさん」
プロスさんの為の胃薬が俺用になったりしたら嫌だな。
ストレスとかには流石に俺の身体も耐えられないだろうし。
「えい!」
マスターキーを入れるのに掛け声は必要ないと思うんだけどなぁ。
「マスターキーの挿入を確認しました」
「相転移エンジン起動。核パルスエンジン起動」
「・・・発進準備に入ります」
オペレーター三人娘の合図でそれぞれが作業に移る。
一度、作業に入れば、それぞれがプロみたいなもんだ。
無駄なく、最短で準備を終える。
「え~っと、ユリカに状況を教えて欲しいなぁ~」
そんな中、お気楽そうに後ろから掛かる声。
ま、まぁ、このお気楽さがユリカ嬢の強さなのだろう。
そう思わないとこっちは懸命に作業しているんだって思わずイラついてしまう。
「現在、地上部隊が木星蜥蜴と交戦中。ですが、ほぼ壊滅状態にあります」
「ふむふむ」
「ナデシコ周辺を囲むように敵の機影反応。ナデシコからはエステバリスが一機発進しています」
「・・・・・・」
黙り込むユリカ嬢。
考えを纏めているのだろう。
「ユリカ?」
あ、いたんだ。ジュン君。
「直ちにドックに注水。本艦は海中ゲートを抜け、地上に出ます。その後、グラビティブラストで背後より殲滅します。エステバリスには敵を引き付ける囮の役を」
ま、作戦はかなり有効的なんだよね、いつも。
「うむ。妥当だな」
「良かろう。やってみなさい」
戦闘指揮と提督が許可したのなら、それが実行される。
これから何回、妥当だな、という台詞を聞く事になるのやら。
「発進しているエステバリスのパイロットに通信を」
「はい。通信、開きます」
メグミさんがテンカワさんとの回線を開く。
『こちらテンカワ。どうした?』
「・・・テンカワ? テンカワ?」
これは爆撃の前だな。
「ミナトさん。耳、塞いだ方が良いですよ」
「え? 何でよ?」
「いいから」
俺はポケットから耳栓を取り出して耳に装着する。
ミナトさんは怪訝としながらも耳を塞いでくれた。
後は・・・。
「・・・え?」
すまない。護れるのは一人だけなんだ。
「アキト! アキトでしょぉぉぉ! ねぇ! アキト! アキトってば! アキトォォォ!」
あ、頭痛い。
耳栓していてこの威力かよ。
「そういう事ね」
「・・・ありがとうございます」
どうにかミナトさんとセレス嬢は救えた。
「・・・・・・」
「・・・え? 何も聞こえない?」
「・・・耳が痛いですな」
すいません。救えませんでした。
「・・・アキトさん」
「・・・アキト」
耳を押さえる連中を他所にルリ嬢とラピス嬢は心配そうにモニターを見ている。
え!? まさか、今の爆撃で被弾でもしたのか?
それはやばいぞ。
『作戦を』
ん? 大丈夫そうだな。
しっかし、久しぶりの再会だろ。
未来のアキト青年としては元気なユリカ嬢に会えて嬉しい筈なんだけどな。
ま、劇場版の後にどうなったのか知らないからなんとも言えないけど。
「ねぇ。アキト。どうしてここにいるの?」
『パイロットとしてだ。作戦を』
「・・・パイロット。そっか。私を護る為に!」
あぁ。早く解決しようよ。
命の危機だよ? 下手すると死んじゃうよ?
「ルリちゃん。音を消しちゃって、映像で作戦を教えてあげて」
「あ、はい。そうですね。そうしましょう」
ユリカ嬢の声は悪いけど邪魔でしかない。
話すなら後で存分に話せと言いたい。
「へへへ。アキトォ」
ご機嫌な艦長は置いておこう。
作戦は聞いたんだ。後はこっちの仕事。
「ミナトさん」
「OKよ」
「メグミさんは?」
「大丈夫です」
「ルリちゃん達は?」
「発進準備完了です」
「いつでも行ける」
「・・・大丈夫です」
よし。準備完了。後は指示待ち。
「へへへ。いやん。アキト。早いって」
いつまでも妄想に浸っているんじゃねぇ!
収拾がつかなくなるだろうが!
「艦長。発進準備完了です」
・・・大人だね。ルリ嬢。
俺、今、多分、青筋が浮いている。
「え? 本当? うん。了解しましたぁ! 機動戦艦ナデシコ! 発進!」
ビシッと指を前に出すユリカ嬢。
きっと気合のポーズなんだろうな。
「ナデシコ。発進します」
あいも変わらずの冷静ぶり。
心から尊敬します、ルリ嬢。
「大丈夫なのよね?」
「心配ですか?」
「それはまぁ、ね」
「大丈夫ですよ、ほら」
モニターを指し示す。
そこには一切無駄のない機械的でいて、美しい舞いかのように華麗に踊る黒いエステバリスが映っていた。
うん!? あれ? 黒!? ピンクちゃうの!?
「へぇ。凄いのね」
「無駄のない射撃。無駄のない機動。あれ程の腕を持つパイロットはいませんよ」
本当に一対多数のテンカワさんって凄まじい。
これを見ると、到底敵わないって実感するね。
「コウキ君の目標かな?」
「そうですね。俺にあれ程の力が必要なら、必ず」
護る為に必要なら、必ずその領域まで到達してみせる。
「まったく。男の子なんだから」
呆れるのは一体何回目ですか?
「海上に出ます」
さ、終演だ。
「お前の知っているテンカワ・アキトは死んだ」
「・・・アキ・・・ト?」
・・・何? この展開?
でも、一つだけ確信した事がある。
やっぱりあれは未来のアキト青年なんだ。
それで、ユリカ嬢を拒絶している。
一体、アキト青年に何があったんだろう?
「失礼する」
「あ。アキトさん」
「・・・アキト」
ブリッジから立ち去るテンカワさんを追うルリ嬢とラピス嬢。
・・・これは二人もテンカワさんの事情を知っていると見るべきだな。
それなら色々と納得ができる。
何故、今のルリ嬢がテンカワさんをアキトさんと呼んでいるのか?
何故、ルリ嬢とラピス嬢が知り合いだったのか?
何故、ルリ嬢が他人を遠ざけようとしていなかったのか?
何故、ラピス嬢がテンカワさんを慕っていたのか?
それは全て、三人が未来の記憶を持っているからだ。
道理でルリ嬢とラピス嬢に何も教える必要がなかったんだな。
既に知っているんだ、あの二人は。
ナデシコの動かし方だって、戦艦運営の知識だって。
ルリ嬢は艦長の経験もあったし。
それにナデシコがルリ嬢にとって大切な思い出の場所だと知っている。
そっか。それで私のいるべき所って言ったのか。
なるほどね。やっと全てが繋がったよ。
「ミナトさん。またお邪魔していいですか?」
「え? ええ。いいわよ」
「相談したい事がありまして」
「はいはい。お茶用意して待っているわね」
助かります。
「・・・アキ・・・ト?」
呆然とテンカワさんを見送るユリカ嬢。
そうだよな。初恋の人に逃げられた挙句、死んだなんて言われたら。
そりゃあもう凄いショッ―――。
「・・・カッコイイ」
おいおい。
なにポワ~ってなって眼を潤ませているんだよ。
それってあれか? 憧れの人を見る眼か?
「ユリカ? 知り合いかい?」
ジュン君。哀れな子。
「アキトは私の王子様。私が大、大、大好きな王子様なのよぉ!」
「ユリカァ~~~」
・・・君はもうずっとそんな役だよ。ジュン君。
「・・・・・・」
あ。般若が近付いてきていますよ。
僕は退避をお勧めします。無理だと思うけど。
「艦長! 副長! 遅刻とはどういう事ですかぁ!」
「は、はいぃぃぃ!」
「す、すいませんでしたぁ!」
南無。
「・・・あの・・・」
「あ。セレスちゃん」
そうだった。ルリ嬢もラピス嬢もいなくなっちゃったしな。
セレス嬢だけじゃちょっと無理か。
「うん。手伝うよ」
ルリ嬢とラピス嬢の席じゃちょっと小さいから、自分の席のコンソールからアクセス。
実はオモイカネとの接触はこれが初めてだ。
優先順位的にも最下位だし、俺がオペレーターの仕事をする必要はなかったしな。
でも、ま、セレス嬢一人にやらせるのはちょっと心苦しいし、まだまだ経験不足は否めない。
フォローするのが俺の役目だし、頑張りますか。
「・・・凄いです」
そうかな? いつも通りだけど。
「・・・私なんか伝達も遅いですし、分からない事ばかりです」
「ん~。そんなに自分を卑下しなくてもいいんじゃないかな。セレスちゃんはこれから色々と覚えていけばいいんだから」
「・・・でも、私だけ役立たずで・・・」
そっか。ルリ嬢、ラピス嬢はほぼ完璧。
それに比べて自分はって余計に気になっちゃうんだろうな。
あの二人は特別だってのに。
「そんな事ないよ。セレスちゃんだって頑張っている」
「・・・そんな事ありません」
む。落ち込ませちゃったかな。
でも、競争心を持つなんて心が成長している証拠かな。
これも彼女にとって良い機会になりそうだ。
「じゃあさ、これから毎日一緒に特訓しよっか」
「・・・特訓・・・ですか?」
「そうそう。ルリちゃんやラピスちゃんに負けないように。俺も付き合うからさ」
ついでに言えば、仲良くなれる良い機会だし。
少しは慣れてくれると嬉しいんだけど。
「・・・それってデートのお誘いですか?」
「・・・え?」
「・・・え?」
「・・・・・・」
・・・よくそのような言葉をご存知で。
幼くても女って事ですか? セレス嬢。
「アッハハハ。コウキ君、甲斐性見せろよ」
「・・・ミナトさん」
なに大爆笑しているんですか?
ま、まぁ、デートとしてなら付き合ってくれるのかな?
「・・・えぇっと、うん、そんな感じ」
「・・・ポッ」
えぇ!? 赤くなった!?
というか、擬音付きですか?
「もう。コウキ君ったら、女たらし」
えぇ!? 何ですか? その不名誉な勲章は。
というか、いつまでもニヤニヤしてないで下さい。
「えぇっと、それで、どうかな?」
「・・・襲いません?」
襲わねぇよ! そんな首傾げて可愛らしく変な事を訊くんじゃねぇ!
「駄目よ、コウキ君。襲っちゃ」
もう勘弁してください。ミナトさん。
襲う筈ないじゃないですか。
「だ、大丈夫だから。一緒にオペレートの練習をするだけ」
「・・・残念です」
えぇ!? 何故にシュンとなる!?
「罪な男ね。コウキ君」
楽しんでいるでしょ? ミナトさん。
「・・・御願いします」
コチョンと頭を下げるセレス嬢。
うむ。任されました。
「うん。頑張ろう」
あ。いつの間にか手がセレス嬢の頭を撫でていた。
む。これが魔力か。
「ちゃんと寝かせてあげなさいよ、幼いんだから」
「・・・ミナトさん。楽しまないでくださいよ」
ニヤニヤと変な事を言わない!
ミナトさん、自重。
「とりあえず今は予定コースに軌道を乗せようか」
「・・・はい。方向を修正します」
基本的にこういう移動はオモイカネがやってくれる。
ミナトさんには戦闘とか、緊急事態の時に役目が回ってくる訳だ。
後は繊細な移動とか? 機械以上に正確とか本当に尊敬しますよ。
「う~ん。こっちとしては指示が欲しいんだけど」
チラッと後方確認。
うん。まだ説教中だね。
いつ終わるのやら。
「そうですよね。何をしていたらいいかわかりませんもん」
「そうだよね。あ、じゃあさ、メグミさん、さっきの戦闘で何か異変がないか、各部署に訊いてみてもらっていいかな?」
戦闘だし、緊急発進だし、かなりの振動が生じたに違いない。
突然の揺れで誰かが怪我していたら困るだろ?
「あ、はい。分かりました」
やる事が見つかったからか、颯爽と作業を始めるメグミさん。
うん。退屈だったんだね。分かります。
「コウキ君。私は?」
「・・・そうですね。じゃあ、ミナトさんは進路方向に何もないか確認しておいてください。ないと思いますが、何か障害物があったら困るので」
「りょ~か~い」
海の上だから何もないと思うけどさ。
何かしらの島とかあったら避けないといけないし。
ま、オモイカネがそんなコースは取らないと思うけど。
「・・・予定コースに乗りました。あの・・・次は・・・」
「あ。乗った? それじゃあもう大丈夫。次は特にやる事もないから、そうだなぁ、オモイカネとお話しているといいよ」
「・・・分かりました」
オペレーターとオモイカネの仲が良ければ良い程、伝達速度も増す。
やっぱり相性ってのがあるんだろうな。
それにオモイカネにしたってまだ経験がないから子供みたいなもんだ。
子供同士、仲良くしてくれた方がこっちも安らぐ。
「ふふふ」
「何ですか? ミナトさん」
突然笑い出したりして。
「艦長より艦長みたいよ」
「そんな事ないですって」
責任者とか無理無理。そんな器じゃないから、俺。
「俺は補佐しているだけですよ。説教さえされてなければ艦長だって同じ指示を出していた筈です」
多分だけど。
「それでもよ。おかげでこっちも冷静でいられるわ」
「そうですか? ま、それなら、俺にも意味があったって事ですね」
全部サブ的ポジションだから、実は何にもやってないんだよね、俺。
実は一番の怠け者では?
「コウキさん。各部署、特に異変はないようです」
「そっか。それは良かった」
「ただ整備班の方で一人転んだ方がいて。腕を打撲してしまったようですが、軽症なので問題ないと」
「う~ん。一応医務室に行くように言っといて。何があるか分からないし」
「分かりました」
これから長い旅を共に過ごすんだ。
ちょっとした怪我でもきちんと治してもらわないと。
焦る必要もないし。
「やっぱり艦長らしいわよね」
だから、無理ですって。
「・・・アキトさん」
「・・・すまない。心配かけたな」
「いえ」
「・・・アキト。苦しそう」
「大丈夫だ。少し取り乱しただけだから」
「アキトさん。やっぱり、まだ・・・」
「さっきのユリカがあのユリカと違う存在なんだって事は分かっている。心配はいらない」
「・・・アキトさん」
「・・・アキト」
「・・・・・・」