IS Inside/Saddo   作:真下屋

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[BGM] Cross Illusion / 美郷あき

本編より、ちょっとだけ先のお話し。





OutLine:Cross Illusion

 

「一夏、ちょっと相談があるんだけど」

 

 それは観測的な猛暑が騒がれだした、夏休み第一週目の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の部屋にビッグサイズの分厚い本を持参したシャルロットは、ベッドに腰を下ろし話し始めた。

 俺は椅子に座ってコーヒーを啜りつつ、蘭から送られてきたマカダミアンナッツを口に頬張る。

 五反田家ワイハに行って来たらしいですよワイハ。俺を差し置いて。

 五反田家養子第一候補の俺を差し置いて。

 

「夏休みになって暇だったから、荷物の整理をしてたんだよ。

 そしたら昔の―――お母さんが元気だった頃のアルバムとか出てきてさ」

 

 懐かしみように。

 慈しむように。

 手の中のアルバムを撫ぜるシャルロット。

 きっと笑顔に溢れたアルバムなんだろうな、と勝手に予想する。

 

「なんとなく眺めてたら、後ろの方に手紙が挟んであって。

 私宛ての手紙と、―――お父さん宛ての手紙がさ」

 

 写真といえばチョコと一緒に蘭の写真が送られてきた。

 くっきりとした水着焼けをしており、健康的にエロかった。

 待てイッピー、それは罠だ。五反田蘭の海へ誘わせる巧妙な罠だ。

 そんな餌に俺が釣られ、釣られ

 

「お母さん心配だったみたいでさ。困ったらこの人を訪ねろとか、生きる気力をなくしたときはこうしろとか、

 気になる男の子はこう落とせとか、色々書いてあってさ。凄く、すっごく、愛されてたんだなって思ったよ」

 

 クマー。

 いいや、限界だ。誘うねッ!

 きっとこう、俺の為により面積の狭い水着を着てくれて、こう、日焼けと生肌のコントラスで、こう。

 生肌の部分がこう、俺に対して見せたい肌の部分としてこう、強調されてさ。

 

「それでね、手紙にはお父さんのことも書いてあったの。真面目で、融通が利かない堅物で、ユーモアのセンスもない男だけど。

 可愛くて、不器用で、駄目な人なんだって。そんな人だから、貴方に対しても冷たい態度を取るかもしれないって」

 

 固法先輩も誘ってみっかなー。

 オーメルのテストパイロット、二次選考まで進んだっつってたから、気晴らしに行かないかなー。

 セパレート、ビキニ、白、だな。

 

「もし貴方にそんな態度を取って、それでもあの人と仲良くしたい時は、この手紙を渡しなさいって。

 ぼくさ。前も話したけどあの人とまともに会話した時間って30分もないんだ。

 だけどね、お父さんはぼくの大好きなお母さんが愛した人だから。

 あの人のことが知りたいんだ。あの人と、仲良くなりたいんだ」

 

 あ、やべ。

 全然話聴いてなかった。

 ちょっと誰か、バックログの出し方教えてくれよ。

 

「どうすればいいと思う?」

 

「お前はどうしたいんだ?」

 

 質問に質問で返す。

 テストでは0点かも知れないが、人生はテストじゃない。

 状況や前提を鑑みない判断こそ0点だ。

 

「……一夏、実は話し聞いてなかったでしょ?」

 

「まさか。あんたみたいなカワイコちゃんの声を俺が聞き逃すかよ。

 父親に手紙を渡して、仲良くしたいんだろ?」

 

「……一夏、話半分に聞いてた内容を要点だけ押さえて誤魔化そうとしてない?」

 

 

「五月蝿えな糞ったれ。ダラダラダラダラ乙女に長話しやがって。俺はバックグラウンドにゃ興味ねえんだよ。

 大事なのは『過去』じゃねえ。今、お前が『何』を『どうしたい』のか? それだけでいーんだよ。

 それさえ分かりゃ、後は方法だけだ。そっからなら、相談だろうが助力だろうが乗れるっつーの」

 

 

「……一夏?」

 

「ゴメンナサイ」

 

 勢いで誤魔化そうとした俺は逃げ場なく問い質され、同い年の女の子に頭を下げるのであった。

 

 

 

 

 

 

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「どうやって手紙を渡すかだよねー」

 

 シャルロットはベッドにうつ伏せ寝転がり足をパタパタさせている。

 俺はあの胸元に抱かれた枕になりたい。なりたいんだ。

 そういや俺小学一年生の頃、将来の夢にシュレッダー機になりたいと文集に書いてたわ。

 未だに身内でのネタにされて恥ずかしい。

 

「会社じゃぼくはただのテストパイロットだから接点もないし、プライベートなんか全く関わりないし、

 正直どこから攻めればいいのか分かんないねー」

 

 持参したアルバムを眺めなら俺のベッドでゴロゴロする。

 七分丈のタイトなロンTにホットパンツ。

 身体のラインは出まくりだし、生足さらしまくりだし。この女誘ってんじゃね?

 

 いやいや、勘違いはやばい。俺の輝かしい学園生活に支障をきたす。

 いやいや、だがしかし、嫌いな男のベッドに横になる女がいるものか。

 いやいや、リスクを考えろ彼女は仏国の代表候補生。何かあったら国際問題だぜ?

 

 気をつけませう。ただでさえピーキーな立場なんだからさ、俺。

 

「……あの、一夏? 友達とは言え、流石に無言でそれ以上の事をしようとするなら訴えるよ?」

 

 次の映像をご覧いただきたい。

 思慮深い面立ちだった世界唯一の男性IS操者が、突然級友の女性に飛び掛りふとももへ抱きついたではないか!

 

「実は彼女以外の全員が仕掛け人! 手の込んだドッキリである」

 

 それにしてもこの男、ノリノリである。ノリノリである。

 

「この部屋にはぼくと一夏しかいないんだけど。それとそろそろ脚に頬ずりするの止めてもらえる?」

 

「失礼、気が逸ってしまってね。驚かせてしまったねレディ」

 

「どういうキャラなのさ」

 

 ふぅ……。

 うむ、あの脚はきっと麻薬だ。

 脚タレにでもなればいいのに。

 

「よし! それじゃあ行くか」

 

「……唐突すぎるよ。行くって、何処に?」

 

「フランス」

 

 

 

 

 

 

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 俺はわりかし、シャルロット・デュノアが好きだ。

 顔も、身体も、性格も、雰囲気も。

 そして何より、彼女は決まっている。

 彼女はよく相談をしてくるが、何をしたいかだけはきっちり固まっている。

 彼女が相談するのはいつだって方法であって、動機じゃない。

 決まっている。

 彼女はいつだって決まっている。

 だから、俺は彼女が好きなのだ。

 

 そんな彼女が、父親と仲良くなりたいと言い出した。

 その方法が分からないとも言っていた。

 俺にだって分からん。

 だから、やってしまおう。

 

 正攻法に正面突破。

 下手な小細工休むに似たり。

 難しく考える必要は無い。

 

 だってこれは、娘が父親と絆を深める、ありふれた日常なのだから。

 

 

 

 

 

「と言う訳でやってまいりました御フランス」

 

「たまに行動力がありすぎてビックリするよ」

 

 姉に連絡し許可を取り、チケットを押さえ飛行機に揺られること10時間。

 俺、(フランスに)参上。

 

 ちなみにチケット代は自腹。

 一応、倉持技研のテストパイロットという身分もわたくし持っておりまして、

 それなりに収入があったりしますので。

 

「デュノアの本社ビルまで来たけど、ここからどうするの?」

 

 白のワンピースに麦藁帽。避暑地のお嬢様チックなシャルロ。記念に一枚パシャっといた。

 普段だったら、シャルロットは相応の格好をして会社に来る。

 『デュノア社』の『テストパイロット』として。

 

「言ったろ? 打ち合わせ通り、―――真っ向正面から、正攻法だ」

 

 今日は違う。

 『デュノア家』の『長女』として。

 『シャルロット・デュノア』として、『デュノア社』にカチコミっ、だ!

 

 二人並んで自動ドアをくぐる。

 受付嬢へまっすぐ歩き、確かめる。

 

「こんにちは、なんの御用でしょうか?」

 

 やっぱ大企業は違うな。受付のレベルが高ぇ。

 

「ええと、シャルロット・デュノアです。父に、『ダヴィッド・デュノア』に忘れ物を届けにまいりました」

 

「……少々、お待ちください」

 

 受付嬢が(恐らく)社長に電話で取り次いでいる。

 いや、こんだけおっきい会社だと一旦秘書に繋ぐんかね?

 まあ、どっちでも関係ねえか。

 どうせ繋がんねぇんだから、やる事はひとつ―――

 

「申し訳ございません。社長は会議を控えておりますのでお取次ぎできません。

 荷物でしたらこちらでお預かりしますが、いかがなさいましょうか?」

 

「いいえ、結構です。直接、渡しに行くんで」

 

 ―――正面突破だ。

 

「ちょっと! お待ちください!」

 

 シャルロットと二人で駆け出す。

 最上階まで直通のエレベータは役員用の通行口からでしか使用不可能。

 一般職引用のエレベータでいけるとこまでいって、後は階段を駆け上がるのみ。

 最上階は30階、一般用エレベーターの昇れる限界が25階。少なくとも5階分は走んのかよ。めんどい。

 チンタラしてたらガードマンに捕まっちまうから、開幕からロケットダッシュだ。

 

 広大なフロアを駆け抜けてエレベーターを目指す。

 ヒラヒラした服を着てるにも関わらず、しっかりと俺を先導するシャルロ。

 パンツ見えねーな。

 

「一夏、こっち!」

 

 エレベーターとの中間地にガードマンが一名。

 ポケットからポプリっぽい何かを取り出す。

 

「シャル、エレベーターを!」

「一夏は!」

「あのゴッツイお兄さんに挨拶してくる!」

 

 厳つい顔のガードマンへと進路を変え走る。

 彼はちょっと戸惑いつつも、俺へと向かってくる。

 俺は5m程手前で足を止めた。

 向こうも足を止める。

 侵入者がいきなり自分の方に走ってきて、ピタッと止まったから思考停止してんじゃね?

 

「どーもー! はじめまして!」

「君は一体……」

 

 ポプリ的な何かを投げつける。

 胡椒の詰まった袋は顔に直撃し、彼の顔で大惨事をおこした。

 彼の名誉のためその際の音声はオフレコにしておこう。

 

 エレベーターに乗り込み、このエレベーターでいける25階と、24階を押す。

 ついでに天井の出入り口となる天板を外しておく。

 そこまでやって、地面にへたり込んだ。

 

「こっからは時間との勝負だ。シャルロ、心の準備は?」

 

「いつでも。ここまで自分の為にやってくれてる男の子が居るんだから、とっくに覚悟は決めてきたよ」

 

「上等」

 

 エレベーターを24階で降り、階段を駆け上る。

 延々と昇る階段にFF7を思い出すぜ。あれはダルかった。

 ちなみに俺はユフィ派だ。

 

「誰もいないね!」

 

「間抜けがエレベーターの上でも調べてんじゃねーの?」

 

 さあて、そろそろだ。

 そろそろだろう。

 なんだか悪寒がしやがるぜ。

 ほら。

 

 

「止まりなさい」

 

 

 階段に仁王立ちする女性が一人。

 絶対居ると思ったんだよ、アンタみたいなのが。

 凄腕のISランナーがさ。

 

「目的は分かりませんが、不法侵入には変わりありません。

 この場で大人しく捕縛されるのであれば乱暴はしません」

 

「お優しいこって。だけど、俺はアンタみたいな美人さんには乱暴されたいタイプなんだよ!」

 

 階段から通路に逃げ込む。

 本来、こんな狭い所での運用できる程ISはサイズは小さくないし、出力は弱くない。

 それでも、平然とした顔で人間大のスペースを運用しやがるあの女には頭が下がるぜ。

 精密操作に特化したパイロットだな、たぶん。

 

 逃げ込んだ通路の奥にはガードマンが三人。

 鉢合わせしちまったよオイ。

 

「シャル!」

「オーケー!」

 

 シャルロットはガードマンへ突っ走る。

 そしてそのまま、空間を駆け上がりガードマンの頭上を走り去った。

 ポカンとした顔で振り返り、我に返りこちらを一瞥し、シャルロットを追いかけていった。

 何かしらの物体を靴底に展開し、PICで固定したそれを足場に空を走る。

 最近俺達の間でブームってるエア鬼ごっこの基本テクだった。

 

 俺はガードマンwithシャルロットを見送り、その辺の部屋に逃げ込む。

 お誂え向きに、そこは倉庫だった。

 ガードマンは何故俺を見逃したのか。

 それは、アイツがいるから。

 

 目を瞑る。

 壁の向こうには、ISが一機。

 あと十秒ほどでこの部屋に辿りつくだろうか。

 ちょいと早いが、準備しますか。

 

 ポケットやらサブポケットやら服の至るところに収納したポプリ的な物体。

 胡椒だったり唐辛子だったり、粉末の刺激物を壁に、ドアの上部に全て叩きつける。

 もう積んでいやがるぜアンタ、ふはははは。

 

「追いかけっこはお仕舞いかしら」

 

 ドアを開け、こちらへ語りかけてくる女。

 まともにやったって勝つのは難しそうな強者の雰囲気を醸し出している。

 

「少年。大人しくしていれば、痛くはしないわ」

 

「あっそう。俺はどっちかって言うと、痛いぐらい気持ちいいのが好みなんだけど」

 

「この状況で軽口が出せるのね。そういう生意気な男、嫌いだわ。

 気が変わった。どう料理してやろうかしら」

 

 俺はアンタみたいな勝気な女性も、それに苛められるのも嫌いじゃないぜ?

 ただし、ベッドの上だけにしてくれよ。

 

「それじゃ、―――ゴホッ」

 

 ゴホゴホと咳き込む女。

 おもくそ吸ったな?

 ゴホゴホゴホゴホと死にそうなぐらい咳き込む女。

 あ、やべ、催涙剤の弾も使っちまってた。

 

 ISの絶対防御は完璧ではない。

 ISに乗っていようと人体に空気は必要な訳で、ISかランナーが攻撃と判断しない場合はバリアーは発生しない。

 空気中に殺傷力のない自然物が紛れていたところで、それを感知し回避することなんてない。

 絶賛咳き込み中な女を気の毒そうに眺めつつ雪羅を展開。

 

「ヨイショ!」

 

 いつの間にやらガードマンを巻いて戻ってきたシャルロットが、手から先だけ部分展開し女を俺に突き飛ばした。

 咳き込み、目も開けられない状態でなすがまま流されてくる女。

 

「一名様ごあんなーい」

 

 ただし、俺は注文の多い料理人。

 料理を振舞うのではなく、アンタを料理してやんよ。

 【零落白夜】、発動。

 

「Say hello to my little friend!」

 

 えいやこらさっ!

 二回刃を走らせるて、あっという間にシールドエネルギーが0となり停止するIS。

 女は未だに咳き込んでいる。

 ぶっちゃけごめん。

 

「バレてない?」

 

「大丈夫だと思うよ。先を急ごう」

 

 雪羅を量子化し格納する。

 ISを展開しちゃいけない、ってのはただの高校生のこの身には結構ネックだ。

 あとで言い訳が効かなくなるから、間違っても使ったのをバレてはならない。

 ISを出しちまえば、ISを出したことがバレてしまえば、子供の遊びじゃ済まなくなるから。

 

 俺とシャルロットは駆け出す。

 ゴールもう、すぐ其処だ。

 

 

 

 

 

 

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 社長室とプレートに書かれている重厚な扉をノックし、シャルロットは扉を開いた。

 

「失礼します」

 

「何の用だ?」

 

 間髪居れずに社長椅子に座るクリストフ・ヴァルツ(顔が)が詰問する。

 え、なにこのナイスミドル。

 ひくぐらいイケメンなんだけど。

 俺が女だったら来週には股開くレベルだわ。

 

「お父さん。お母さんから貴方宛ての手紙を見つけました。迷惑かと思いましたが、」

 

「迷惑だ」

 

 バッサリ切り捨てるシャルロット・デュノアの父、ダヴィッド・デュノア。

 俺は扉に寄りかかったまま、その眼をみつめる。

 駄目だわ、読めねーわ。人としての器が深すぎる、のか?

 いや、単純にガードが固いだけだろ。

 

「ぼくさ、お父さんともっと仲良くなりたくて、それを伝えたくて、」

 

「必要ない」

 

 攻め入る隙為し、って感じだな。

 目瞑する。

 ダヴィッド氏を視る。

 ブリキの人型が鎧を着込み、盾を掲げる。

 ソレはビルの前に立っていて、あたかもそのビルを守っているようだ。

 遠くには女物の服が落ちている。

 まるで、シャルロットが今着ている様な。

 

「そんな事言わないでよ。ぼくは、お母さんが愛した貴方と」

「出て行け」

 

 ピシャリと言い切るダヴィッド氏は、椅子から腰をあげシャルロットへ歩く。

 そして―――

 

「勝手をするな」

 

 バシン、と音が鳴った。

 平手でシャルロットの顔をぶった。

 よろめいて、後ろへ後ずさるシャルロット。

 

「お前はデュノア社のテストパイロットであり、IS学園の生徒だ。二度と此処へは来るな」

 

 冷たい瞳で、蔑むような眼でダヴィッド氏はシャルロットを見下ろす。

 おいおい、そりゃいかんだろ。それは、父親が娘に向ける視線じゃねえだろう。

 

 

「アンタさ。なんでそんな態度しか取れないんだよ」

 

 

 シャルロットは今にも泣きそうだ。

 そんなツラをさせる為に此処まで来たんじゃない。

 

「お前は、『オリムラ・イチカ』か? 何のつもりでここへ来たかは知らんが不問にしてやる。とっとと国へ帰れ」

 

「そりゃ、どーもッ!」

 

 一息にダヴィッド氏の目前まで駆けつけ、渾身の右ストレートをダヴィッド氏の顔面へ見舞う。

 デコにあたったみたいで、それほどダメージは無いようだ。

 

「貴様、一体何をする!」

 

「あ? むしろテメエが何をしてんだよ! アンタの娘がアンタを訊ねて来たってのに! 

 アンタと仲良くなりたいっつってんのに! なんでアンタはそれを追い返そうとして、なに手まで上げてんだよ!」

 

 もう一発とばかりに殴りこんだ拳は華麗に捌かれ、返礼の拳が飛来する。

 俺はその拳を這う這うの体でかわし、後方へステップを踏んだ。

 背広でも分かっちまうぜ? アンタの筋肉の付き方は打撃屋のソレだ。鍛えてるのはお見通しなんだよ。

 

「貴様にはなんの関係もない。口を出すな、小僧」

 

「確かに、俺はアンタとは何の関係も無えよ。だけど、そこで泣きそうになってる女の子とは関係あるんでね」

 

 振り上げた手をフェイントに、蹴りを放つ。

 不格好なキックは、40代とは思えない腹筋に軽々と受け止められた。

 

「他人の家庭の問題だ。お前には分からん理由がある」

 

「ああ、分かんねえよ。俺には娘なんていないし、親だっていねえ。だけど。だけどさ。

 こんな親子関係が正しくないのだけは分かんだよ糞ッタレ!」

 

 踏み込み、殴ろうとしたところで遠間からダヴィッド氏の拳が飛んできた。

 避けれず直撃する。

 火花が散り、意識が一瞬真っ白になる。

 あ、くそ、右目に当たりやがった。

 

「吠えるだけしか能の無い餓鬼が、調子に乗るなよ」

 

「そうだ。俺はガキだよ」

 

 目は開かない。出血はない。

 あー、痛ってぇ。

 大丈夫か、コレ。

 目蓋切ってないだけラッキーだと思っておこう。

 

「シャルロットを道具として扱い、会社にとって利用価値のある道具であることをアピールし、

 俺に接触させるという名目でIS学園へ避難させた。アンタみたいに、彼女を守れる訳でもない」

 

 彼がシャルロットをデュノア社の道具としてしか見ていなかったら、IS学園の生徒なんて肩書きは恐らく出ない。

 会社の手の届かない場所に居てほしい。学生で居てほしい。

 そう在って欲しいって云う彼の願望で、たぶんきっと、そういうことなんだと思う。

 ダヴィッド氏は何も言わない。

 否定しようと思えば幾らでも否定できるだろうに。

 

「だけど、それとこれとは別問題だ。だからって、シャルロを泣かす理由になる訳がねーだろうが!」

 

 遠近感の取れないまま拳を振り、ジャストミートとは程遠い衝撃が手を伝った。

 

「色々理由はあんだろ。だけど、惚れた女の子供だろ? 愛した女の忘れ形見だろ?

 それが愛おしくない訳がねーだろうが。ソコは、嘘を吐いちゃ駄目だろうが!」

 

「知った風な口を訊くな。お前には分からんさ」

 

「分からねーよ! たぶんきっと、アンタが正しいさ! けど、俺の気持ちだって間違っちゃいねえ!

 正せよ! 俺にはどうするのが正解なのか分からないけど、アンタにゃ分かるんだろ! 

 アンタはソレが出来るんだろ!」

 

「偉そうに!」

 

 ダヴィッド氏の拳が迫る。

 避けない。

 避けない。

 避けない。

 痛い。

 

「会社と云う存在は、社会は。お前が思っているより大きく複雑なのだ。

 私には社員の生活を守る義務がある。娘にかまけてそれを疎かには出来ん。

 むしろ、私の敵から遠ざけ身の安全を確保しただけでも充分、親としての働きはしただろう」

 

 重いなあ。

 拳も、言葉も。

 

 だけどもだっけっど!

 俺の熱は。

 俺の胸の中にある篝火は、燻っちゃいねえ。

 

「社長としての責務は果たしてるかも知れねぇ」

 

 ちらりと、シャルロットをみる。

 なんでコイツこんな可愛いんだろう。

 きっとコイツが俺の娘なら―――いやいや、俺の娘は鈴だけで充分だ。

 まだまだ予約だけど。

 いつか、アイツの父親になってやる。

 その為に、胸を張れるように。

 今は自分を通そう。

 

「けど、アンタは父親としての責務を果たしてねぇ!」

 

 ダヴィッド氏は避けない。

 俺の拳を受け止め、微動だにしなかった。

 

 

「『社員の生活を守る』、『娘を幸せにする』。両方しなきゃいけないのが『ダヴィッド・デュノア』だろうが!」

 

 

 きっとこの人は、守れなかったんだ。

 最愛の人を。シャルロットの母親を。

 それで、こんなにまで頑なに社員を守ろうとしている。

 最愛の人を、守れなかった代わりに。

 全力で、残ったものを守ろうとしているんだ。

 

 

「アンタにはもう、力も、地位も、権力も立場も金も時間もがあるだろうが!

 ただ、後は覚悟するだけだろうが! しろよ、今すぐ!」

 

「黙れ!」

 

 俺の拳を、ダヴィッド氏は避けない。

 ダヴィッド氏の拳を、俺は避けない。

 互いが互いの拳を顔で受け止め、殴り返す。

 なぜなら、コレは意地比べだ。

 16歳だろうが、40代だろうが、俺達はオトコノコだ。

 意地があるんだよ、オトコノコだから。

 

「黙るか! ずっと後悔してたんだろ! 惚れた女を見捨てた事を! 無力な自分の存在を!

 もうアンタはその頃のアンタじゃねえ! そのストーリーはアンタのエピローグなんかじゃねえ!

 アンタが生きてんのは『今』だろうが! 目の前の女は、お前が守りたかった女の子供だろうが!」

 

 鼻に直撃った。

 鼻折れたかも。

 だからどうした。

 それがどうした。

 俺のハートは、折れてねえ!

 

「アンタが成りたかったアンタに成る瞬間なんだよ。いい加減始めようぜ、『ダヴィッド・デュノア』!」

 

 俺の拳が、ダヴィッド氏の顎に直撃した。

 たまらずダヴィッド氏は倒れこむ。

 年齢の、体力の差が出たか。十代ぱねーわ。

 それでも、彼の眼は死んでない。体は倒れていようが負けてない。負けを認めてない。

 じゃあ、続行だ。

 

「立つのを待つほど優しくねえぜ? 行くぞコラ」

 

 現役時代のINOKI氏を彷彿させる弓を引く動作を行うが、その間にシャルロットが割り込んできた。

 

「退けよ」

「イヤだ」

 

 シャルロットは両手を広げ、殴れば? といった風にポーズを変えない。

 このアマ、おっぱい揉むぞ。

 

「そんな男、お前が庇う価値なんて無い」

 

「一夏がぼくの価値感を決めないで。ぼくの価値観は『シャルロット・デュノア』の物だ」

 

 違いない。違いないけど。

 なんでこのタイミングなんだよ。

 

「お父さん。今日は手紙だけ置いて帰ります。だけど、ぼくは諦めないよ。

 お母さんはお父さんの話をあまりしたがらなかったけど、それでも一度だって、恨み言ひとつ吐かなかった。

 お父さんの話しをするお母さんの顔は、いつだって笑顔だった」

 

 俺を睨んだまま、両手を広げたまま、シャルロット・デュノアは独白する。

 

「お母さんの愛した貴方だから、貴方の事をもっと良く知りたい。

 だから、何度でも来ます。貴方がお母さんを口説き落とした時みたいに」

 

 ダヴィッドさんそんな事してたのかよ。

 今の発言には堪らずダヴィッド氏も赤面。

 こうなってしまうともう、タジタジである。

 おいシャルママどんだけ娘に自分の恋愛トークしてんだ。

 

「また来ます。デュノア社のテストパイロットとしてではなく、IS学園の生徒としてでもなく。

 お父さんとお母さんの娘、『シャルロット・デュノア』として」

 

 言い切るシャルロットの強いこと強いこと。

 会社の道具が云々妾の子云々言ってたシャルル君はどこに行ったのやら。

 これだから女の子は恐い。

 いつの間にか、大人になっちゃってるだもん。

 

 

 

 

 

 

 

「社長、そろそろ会議が始まりますが―――何事ですか!」

 

 

「なんでもない、」

 

 本当になんでもなかったかの用に平素に答えるダヴィッド氏は、

 

「―――娘が大事な書類を届けてくれただけだ」

 

 この状況で殊更何もなかったと、言い切りやがった。

 

 

 

「しかし!」

 

「なんでもないと云っている。キミ、娘と彼を玄関まで案内し給え」

 

 突然現れた男性の食い付きにも冷静に対処する。流石は社長、貫禄がありますね。

 立ち上がり埃を払うダヴィッド氏は、すれ違いざまにシャルロットの手から手紙を抜き取った。

 

 

「再来週、日本に訪問する予定がある。次は私から会いに行こう」

 

 

 ナチュラルに俺の足を踏んでいったダヴィッド氏。

 子供かテメエは。

 ダヴィッド氏は振り返らず、そのまま退室し会議に出ると思いきや。

 

 

「それと、―――その服、とても似合っている。彼女に似て、君は凄く美人だ、『シャルロット』」

 

 

 ダヴィッド・デュノアはその日初めて、シャルロット・デュノアの名を呼んだ。

 その時のシャルロットの笑顔があまりにも可愛くてムカついたからおっぱい揉んでやった。

 ISのパワーアシストした筋力で突き飛ばされ壁に埋まるイッピーは、俺何しに来たんだろうと考え込むのでした。

 

 

 

 

 ほら、終わってしまえばどうってことない。

 

 だってこれは、娘が父親と絆を深める、ありふれた日常なのだから。

 

 

 


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