というわけで、やって来ましたファースト幼馴染みエンカウント回。
「はぁ・・・・・・」
大きく息を吸っては、口から息を吐く。今日、何回も繰り返される行程。高級ホテルを連想するような寮の一室で、枕に顔を埋めながら後悔に自分への不甲斐なさ、加えて先行きの不安さを思って溜め息を吐くその姿は、うら若き乙女がするにはあまりにも重すぎる。
彼女の名は『篠ノ之 箒』。
腰まで伸ばした長髪を一つに纏めた、いわゆるポニーテールという髪型に、長年剣道を続けることによって鍛えられた無駄のないプロポーションを持つ少女である。
普段は毅然とした姿に落ち着いた態度、大和撫子を体現したような雰囲気を持つ少女が、何故こうして一人自室で伏せっているのか。その原因たるのは、同じくしてこのIS学園の門をくぐった少年、"七年"もの間を思い続けた人間との久しぶりの出逢いが起因している。彼女は今でこそ学園の寮にいるが、IS学園への入学は本人の意思とは関係なしに決められたことであった。その理由というのが世界唯一の男、織斑 一夏と似通っており、彼女自身の保護。
彼女は、『篠ノ之 束』というIS《インフィニット・ストラトス》を作り出した稀代の天才の妹である。
行方不明の天才、束が姿を眩ましたことで、"六年"にも及ぶ政府からの尋問、警護という名の軟禁生活は十代の少女には非情なほどに辛いものだった。そんな箒を支え続けたのは一つに剣道、もうーつが織斑 一夏という幼馴染みとの思い出である。そして現在、偶然とも奇跡とも言い難い数奇な巡り合わせで、箒は七年越しに一夏に出逢った。ISによって別れ、ISによってまた出逢うというのも皮肉の効いた話ではあるが。
箒自身は一夏との再会を心の底から待ち望み、実際に一目視たときなど平静を装いながら内心では狂喜乱舞の大騒ぎだった。本来ならすぐにでも話しかけに行くはずだっのだが、それは布仏 本音に先を取られてしまった。それから帰りまで二人が離れることはなく、他の女子も集まりだし箒は完璧に話しかけるタイミングを失ってしまって今に至る。
「まったく、女子に囲まれてヘラヘラと鼻の下を伸ばして。 日本男子たるもの、もっと身なりを整えて、確りとした態度でいるべきだろうに! なのに、私のことを無視して、あぁも他の女子とベタベタと・・・・・・!」
目尻に薄く涙を浮かばせながら、箒は部屋で一人言葉を吐き出し続ける。嫉妬が九割を占めるその思いは、彼女にとって一夏という人間は重要な存在だったのかがよく分かる。
そんな部屋にコンコン、と扉を叩く音が響いた。もしかしなくても来客者が来たのだろう、そう思い箒は目元を拭い、寝ていて乱れた部屋着を整えるとすぐに扉へ向かった。
「すまん、今あけ・・・る・・・・・・」
徐々に弱くなっていく語尾は、彼女の脳の処理が目の前の現実に追い付かなくなっているから。それだけ、扉を開けた先にいた人物が意外だったのだ。
「よっす、箒ちゃん」
件の人間、何年も変わらず思い続けた男、織斑 一夏が気軽な調子でそこにいた。
▼ ▼ ▼
「んっぐ、んっ、ぷはぁー。あぁ、甘ぇ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
部屋にあったテーブルを挟むように、お互いの顔が向かい合うように座って少し経つ。私の昔馴染みの男、一夏の話を聞くところによれば、私と一夏は部屋の空きが無いため暫く同室となるらしい。
男女七歳にして同衾せず。
年頃の男女が同じ部屋で寝食を共にするなど不健全極まりないが、目の前の男は一切気にしていないのか、五本目になるだろうか、顔を歪ませながら大量の栄養ドリンクを飲んでいる。無意識ではあるが、そのまま一夏の顔を仰視すると、左頬が赤く腫れている。
「一夏、その顔は・・・・・・」
「ん? あぁ、殴られた」
「だ、誰に!?」
瞬間、頭に血が駆け上がる感覚と、瞳孔が開くのを感じた。良くないことだというのは判っているが、私はそれを抑えずに声を荒げる。
そんな私に対し、一夏は笑みをを浮かべながら「まずは話を聞け」と言って、私に落ち着くよう言ってくる。
「倉持技研って知ってる?」
「日本の、IS企業だったか?」
「正解。日本で最も有名所の研究機関だ。そこで実は、俺専用のISが作られてんだよ」
調査用だけどね、と六本目を煽りながら一夏は言う。当たり前のように言っているが、私は一夏の言葉に驚き目を見開いた。
ISは世界に467機しかない。何故なら、"あの人"がその数までしか作っていないからだ。ISは元々機体を形作るうえでの《コア》が不可欠だ。それを作れるのは"あの人"だけ。つまり、個人専用機というのは、その内の一個を一個人に貸し与えるということ。いわば、目の前の男は国家の代表と同じ待遇を受けているということになる。
「そこってさ、俺が見つかる前には日本の代表候補の専用機作ってたのさ。だけど、俺のを作るってことでそっちは投げっぱなしでほったらかし。投げ出された方は怒り心頭、向ける先のない苛立ちは通りすがった俺に来たってこと」
「そんなの、ただの逆恨みじゃないか・・・・・・!」
「納得できないんだよ。あるだろ? 頭で理解できても、心が受け入れてくれないことくらい」
一夏は空いた左手で私の胸、心臓の位置を指さしより笑みを深くする。
「アイツはまさにそんな状態だったよ。そんな時は誰でもいいからぶん殴って喧嘩して頭空にして、今の自分否定して、また足掻くための足掛かり見つけなきゃなんねぇ。俺はそのお手伝いをしてやったのさ」
そう言って一夏は六本目を空にすると、椅子に全体重を預けて脱力する。椅子が軋む音が響いた。
「・・・・・・変わったな、お前は」
言葉が零れた。
時間は人を変える。変わるということは成長するということ。少なくとも、私が一夏の立場なら、そんな風には考えることは出来ない。
一夏は変わった。決して長い時間ではなかったが、私が一緒にいた彼は、私の知る一夏はもういない。それが悲しくもあり、同時に自分の有り様に一夏に指差された心臓が締め付けられるように痛みだす。私はあの頃のまま、子供のままだ。
「・・・・・・なんか神妙な顔してるけど、俺がやったのは散々に貶(けな)したことくらいだぜ?」
「だが、それも必要なことなのだろう? お前は変わった。私より、大きく・・・・・・」
最後まで言えず、俯く私の頭の上で溜め息混じりの呆れたような声音で、一夏は語る。
「変わらないのも良いことだと思うよ? でなけりゃ、俺はお前をすぐには見つけられなかった」
少し頭を上げて再び一夏を見る。私の知らない、あの頃とは違う、悪戯を考える子供のような笑いを浮かべる一夏はテーブルに少し身を乗り出しながら、私を見る。
「教室に入ってすぐに判ったよ。その髪型、その瞳、昔の写真と見比べても変わってない。俺としては、お前が変わってなくて嬉しかったよ」
・・・・・・私も単純な人間だな。
臆目もなく、まっすぐに私の目を見て言われた言葉に、さっきまでの気分も一変し、今は顔が赤くなるを抑えるので必至だ。
不意に自分の顔に笑みが浮かぶ。
やはり、一夏は変わった。随分な卑怯者に。
「その栄養剤はどうする気なんだ?」
「飲むに決まってんだろ。自分で買ってきたもんだ、最後まで責任は取らなければならん」
「いや、私が言うのは、今飲まなくとも冷蔵庫に保管してまた後で飲めばいいじゃないか、ということで・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「っ!? おい、いきなりそんなに飲んだら体に悪いぞ!」
「うるせぇ! 今更良いも悪いもねぇ、糖尿病がなんぼのもんじゃあ!? 何がファイト一発だ、製薬会社風情が俺を嘗めんじゃねぇぞ。俺をヤリたいなら体を歩く死体風味にしちゃう素敵ウィルス持ってこいや! ついでに特殊部隊と人食い大サンショウウオの二つ三つ寄越せや! それでも俺は残りの八本を飲みきってみせるぜぇーー!!」
「落ち着けぇーー!!?」
一夏の暴走は、騒ぎを聞き付けた他の寮生が来るまで続き、その後これから生活を共にする仲間たちと、私は実に七年ぶりに心から笑った。
前回のように黒くない回。
細かい原作との変更点がありますが、こちらも仕様です。
疑問が有りましたら、可能な限りお答えいたします。