なんつーか、シャルルさんは救済します。鬱はありません
とりあえず、セシリアさんの立ち位置ってこういうのが一番栄えると私は思う回
あと、今回は後書きまで本編あります
▽ ▽ ▽
それはどんなおはなし?
小さな、小さな、絵本の表紙
紙に描かれたチープな絵、言葉たらず、舌たらず、頭たらず
―――わたしはだれ、どんなひと?
小さな、小さな、女の子
無邪気にはしゃいで聞くよ、お母さんに
―――あなたは愛しい子、優しい子
きれいな声、温い手で撫でてちょうだい
大好き、大好き、お母さん
―――私はだれ、どんな人?
泣かないで、声がかすれて、ちゃんときこえない
答えて、答えて、お父さん
―――あなたはいらない子、卑しい子
代わりに言うよ、怖い人
何でそんなこと言うの
怖い、怖い、怖いよ、お父さん
―――僕はだれ、どんな人?
嫌い、嫌い、嫌い
あなたが嫌い
自分本位で、身勝手で残酷なやつ
誰よりも自由で、自分のために全てを壊せる、最低なくせに強い人
そんな君が、少し羨ましい
―――お前なんか知るかよ、名無しちゃん
名前、名前、名前
僕の名前はなんだっけ
ぼくはなんだっけ
―――あなたはだれ、どんなひと
鏡の女の子が問いかけます
答えはない、答えはない、答えはない
つづきはない
▼ ▼ ▼
吐き出す息には、熱が籠っていた。
泣いたのはこれが初めてじゃない。涙も喉も枯らして、夜の底を呑み込んだようなこの感覚が、久し振りだった。
空っぽ。
真っ暗で、何もない。
頭もお腹も、人差し指の爪を剥がしてみれば全部が空気と一緒に抜けていっちゃう、ふとした瞬間に全部が全部壊れて砕けてしまいそうになるほど、体の内が"軽い"空虚な伽藍の堂。
それなのに、どこかが妙に"重かった"。
その重さがどこから来るのか、そんなの判らない。けれど、その重みのおかげで、今この瞬間もどうにか頭が動いている気がする。
「・・・・・・・・・・・・」
泣きすぎたあと特有の火傷みたいな火照った痛みで、僅かに血で汚れた手のひらを眺めれば、そこについた小さな傷。
視界をずらした先には、乾いた赤い血がこびりつく果物ナイフが一本、行き場を忘れたように転がっていた。
そんな光景がどこかシュールで、何だか笑えてきた。
さっきまでそのナイフで、誰かを殺すように脅されていたんだから。
「どうすれば、よかったんだろう?」
彼が言うには、僕がどうにかなるには"全て"が必要らしい。
つまりはお父さんを、デュノア社の全てを生け贄にするか、僕が彼らの敷石になるか。
首を傾げるように考えてみれば、自明の理というやつだ。僕の"僕"というものを晒せば、きっと全てが道連れになる。そして僕は救われる。"僕"のままで。沢山の死体に胡座をかいて僕は"僕"で終わる。
逆に頭を傾けて考えてみる。もし僕が仕事を完遂していたら、彼の望む一言を告げることが出来ていたら、何とかなっていたのだろうか。そこで、僕は"どうなっている"のだろうか。
・・・・・・・・・・・・嫌だ。
誰かを犠牲にする覚悟がない。
誰かの為の犠牲になる勇気もない。
ないない尽くしの、半端者。とどのつまり、僕はとっくにどうしようもない場所にいるのだ。
なら、今からでも彼を追おうか。助けてと言えば、助けてくれるらしいし。
「・・・・・・嫌だ、な」
どうすればいいだろう。
どうしたらいいだろう。
どうなればいいだろう。
どうやれば、楽になれるだろう?
そう思って、俄に右手のナイフの存在感が僕の中で膨れ上がっていったとき、
「一夏さん、シャルルさん? いらっしゃいますか?」
コンコンと叩かれる音に次いで、ゆっくりと扉が開き"金色の光"が部屋に降り注いだ。
◇ ◇ ◇
シャルルは全てを話した。
偶然にも彼女の元へと現れた金色の髪を靡かせる彼女、セシリア・オルコットへと。
部屋の様相とシャルルの有り様を見た瞬間に、その異様と既に事が起きた後の惨状、人間性を掠め取られたような瞳から大体のことを察したセシリアは直ぐ様に彼女へ駆け寄った。
当然、セシリアは何があったのかを問いかけた。
そんなセシリアに、シャルルは捨て鉢気味に話したのだ。
自分を守るように膝を掻き抱きながら、その生い立ちから身に起こったこと、今に至る経緯に、"あの男"に何を言われたかさえ包み隠すこともなく洗いざらいに垂れ流した。
「・・・・・・・・・・ごめんね」
何も言わず、正面に座る彼女に向けて溢れた言葉が尽きたとき、最後に喉から零れたのは捻りのない簡素な四文字だった。
それがどんな意味を孕んでいたのか、言った本人にさえ判らない。もはや、シャルルには自身の感情を言葉に乗せる気概なんて残っていなからだ。
ただ一つ、それを聞いたセシリアが、自分をどう思うのか、自殺にも似た期待の思いがあったのは確かだった。
行き場の無い、フラフラと浮わつく自分の墜とし処を、手に持ったギロチンの紐の所在を決める為の"きっかけ"を見つける為に。
「・・・・・・・・・シャルルさん」
不意に目の前の彼女が自分に向けて声をかけてきた。
唐突なことであったためか、ほぼ反射的に顔を上げることになったが途中で彼女の声音が変わっていることに気づいた。
今更になって浮き上がる頭を止めることなど出来ないシャルルは、視界に入った彼女の姿に思いっ切頬を引き攣らせることになる。
それは正に、"鬼の笑顔"だった。
「あの男、ぶッッッ殺しましょう?」
いつもの淑女然としたものではなく"地獄の底から響くようなドスの効いた声"、そのくせに花弁が飛ぶ光景すら浮かぶニコヤカな笑顔が混合する様は、ある意味でモネを思わせる絵画の一枚絵のような芸術性を彷彿させるものだった。
「とりあえず殺ってきますので、少々お待ちになっていてくださいな」
「いや、待って、お、落ち着こう・・・・・・?」
「ええ、まったくもってその通りです。心は細流のごとく穏やかに、一切の油断もなくヤツを闇に滅殺してみせますから、ご安心ください? ですので放してくださいあの糞ったれが殺せません」
「落ち着いてっ!?」
数分後。
肩で呼吸をしながら、最初とは別の理由で座り込むシャルルと憮然とした表情で向かい合うように座るセシリアの姿があった。
話の総決として、後日セシリアが個人的に彼を去勢、もとい調教するということで本人は一応の納得を見せたらしい。
「さて、先程のお話でしたが」
「ま、まだあるの?」
「いえ、貴女の"これから"について、です」
誇張抜きに、その言葉でシャルルの心臓は、鼓動のリズムを狂わせた。
肺に突き刺さった刃を無理矢理に捻られたかのような、不必要な量の酸素が気管を通って体内の空洞を埋め潰していく圧迫感が、視界を白く染める。
音が消えたような世界で、未だに左胸から聞こえる音さえ不確かになり始めている中で、じっとりと額を濡らし始めた汗の一滴が頬を伝っていく感触だけは、妙にはっきりしていた。
「え・・・・・・あっ」
言葉にすべき言葉も分からないまま口を開いても、出てくるのは未熟な音だけ。
視線が重なる。
波に揺れるような不安定な瞳が闇を見上げ、澄んだ水面の如き光で少女を見透かした。
そんな二人の間で、小さな呼吸音と共に声を発したのは、セシリアだった。
「―――貴女は、どうなさりたいですか?」
「・・・・・・・・・・・・え」
耳に届いたのは執行官の判決ではなく、牧師のような柔らかな質問。
真意の理解が追い付かない彼女だったが、その一言を区切りに蒼い瞳と静かな無言を向けるセシリアに、否応なしに理解させられる。
また、選べというのだ。
一夏と同じように、彼女もまた。
奥歯が鳴り始めた。
思い出したくもない、けれども焼き鏝のように押し付けられた強迫性障害がざわざわと浮き足立ち、その心に虫食いの穴を開け始めたのだ。
対してセシリアは、今にも溺れそうでいるシャルルの姿に、いつかの情景を思い出すように、尚且つハッキリと言った。
「一夏さんが言ったことを気にする必要はありません。彼の言葉は、"人殺者の兇器"でしかありません」
シャルルは文字通りに溺れる最中で底に足がついたような顔をして、彼女の顔を覗き込んだ。
そこには同情と憐憫、そして悲哀が満ちていた。
「彼は"独善"を讃え、"偽善"を嫌悪します。言ってしまえば彼の発する現実論は、総てがそれだけのことです」
「・・・・・・でも、間違って、ないよ」
「ええ、彼が言うことの大体に間違いはありません。そう、間違っていない"だけ"です。そこに人としての情も、優しさも、心さえもないのですから」
―――だからこそ、織斑 一夏は兇器そのものなのだ
そこに情なんてない。ただ気に入らない、目障りだ、お前は間違ってるから潰す。本当にそれだけなために、その言葉は容易に人の心を抉り出す。
その言葉は受けたからこそ理解できる。
彼の語る戯言は、いとも容易く人間の"本当"を曝し出す。
彼は言った。誰かの為なんていうのは自己を正当化する言い訳で、他人の痛みは幻覚に過ぎない。おおよそ人に向ける善性の全部は紛い物だと。
無遠慮で無作法で、他人の
「・・・・・・・・・救われてはいけない人間なんて、この世に存在しません。ですが、その人を救い幸せにすることの出来るのは、結局その人だけです」
お前らしく生きろと彼は言う。
嘘で固めて、自分の何もかも空にして糞を詰め込んだ人生に価値はないと、一夏は言うだろう。
これ以上に残酷な言葉は、おそらく存在しない。
自分を知る、それこそ人間にとって一番の絶望なのだから。
「道を選ぶということは、安易なことばかりが選べるわけではありません。時には、安寧に至る為に荊の上を歩かねばなりません。酷な話では、ありますが」
セシリアはその極論を否定しない。かといって、積極的に肯定はしない。
何故なら、それを受け入れるということは、一人の少女を否定することになるからだ。
誰よりも誰かの幸福を願い、誰かの不幸に涙を流し、いっそ盲目と揶揄してしまう程に心から誰かを愛することの出来るあの小柄な少女のことを。
セシリアは肯定も、否定もしない。
双極にある二人の存在を、どこか致命的な何かが欠けた彼と彼女を、セシリアは否定しなかった。
「じゃあ、僕はどうすればいいの・・・・・・?」
涙に濡れた声が聞こえた。
「セシリアの言うことも、一夏が言ったことも、判ったよ。"だから"? だから、僕はどうすればいいの? 僕は、どうしたらいいの?」
質問ばかりの、哀れな弱音。
縋りつき、逃げ出そうにも逃げ場所もない。救われたくて、声に出して泣きながら助けを求めている。
そんな姿を、いつか何処かで見たことがある。
そんな姿が、いつかの自分に重なって見えた。
「《特記事項第二十一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それら外的介入は原則として許可されない》、というものがあります」
もはや、これしかない。
他に道はなかった。
形骸化し、只のお飾りとなってしまった特例事項。だが、こういうものはその能力、実現性よりも、"存在していることにこそ意味がある"。
これが有る限り、時間稼ぎ程度の悪足掻きはできる。
「ここにいる限り、貴女には"三年"の時間があります」
足掻くのも、死ぬのも彼女次第。
それでも、時間はある。
単純に苦しむ時が伸びただけなのかもしれない。
それでも今は、時間だけが彼女の最も信頼できる味方だ。
「選んでください」
這い上がるのか、また堕ちるのか。
ボロボロになった目の前の少女へと差し出せたのは、残酷な現実と右の手のひらだけ。
「・・・・・・・・・・・・」
シャルルは見た。
目の前の少女の瞳に映る苦渋の色と、小さくも気高い覚悟の色。それだけの光を魅せながら、自分に残ったものは何と不確かで心許ないのか。
「・・・・・・・・・ッ」
奥歯を噛み潰す。
キツく握り開かれた手には、閉じた傷から溢れる血で汚れていた。
その血を、彼女は再び握りしめた。
▼ ◆ ▼
肩にのし掛かるのは達成感なんかではなく、自分に対する失望と落胆でした。
「・・・・・・所詮、子供の気休め、でしょうか」
国の代表候補生なんて肩書きがあったところで、目の前で泣き伏せる友人の涙を拭うことさえできない。
だからと言って自身を憐れむのはお門違いというものでしょう。
今まさに辛いのは彼女なのですから。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
時間的には夜の七時頃。学生寮の廊下を規則的な足取りで歩きながら、窓越しに見える先には、未だに声の響く食堂の明かりが見えました。
当初の目的、一夏さんとシャルルさんの二人を食事に誘うというのは、まさかの事態に頓挫しましたし、確かな空腹感がお腹の奥で訴えを強くしていますが、それらを押し退けて気になる事が一つあります。
どうしてシャルルさんは、転入することができたのでしょう?
ここIS学園はその性質上、情報の秘匿性が高いです。外部からの人間ともなれば審査の目も厳しくなります。
それは学園に通う"生徒"も例外ではありません。
『二人目の男性』が現れたというのにメディアの騒ぎがないのは情報統制という考えもありますが、自国の"
わたくしの【ブルーティアーズ】専任の者たちは、性格、人格、行動共々に正常とは言えない彼らですが、技術屋の腕、こういった事に関する鼻はよく利きます。
そしてシャルルさんの事を、あの織斑 千冬が気づかないとは思えません。
もしくは、彼女公認の上で今回のような事が起きていると考えた方が自然でしょうか? そうだとしても、わざわざ男装などという手間をかけ、シャルルさんをここに潜らせた意味は? 一夏さんのデータを取ること自体が目的ではなかった?
ならば、だとしたら、
「この学園に入学させる、"隔離"することが、目的だった?」
いっそ、そう考えてしまった方が、まだ納得ができそうです。
でも、それに何の利益が発生するというのでしょう。
他人事とはいえ、現状のデュノア社では例え男性のデータを手に入れたところで経営が好転するとは思えないですし、よっぽど経営そのもの転換を図った方がまだ好転するような気もします。
・・・・・・もしかして、今回のことは―――
「・・・・・・・・・・・・ん?」
不意に懐に仕舞っていた携帯が、マナーモードの振動で通知を知らせてきました。
取り出した画面に映るのは例の技術屋たちのリーダーたる人間の名前。噂をすれば影が、というのは日本の言葉ですが、なかなか的を射ています。
何の用なのか、そういえば向こうは今何時なのだろうかと適当なことを考えて受話器を耳に宛がい
キ ミ ハ ヤ サ シ イ ネ
『・・・・・・い、聞こえているか"セリア"? 返事をしろ』
「―――え、はい」
『そうか、なら例の物が明日にはそっちに届く。トーナメントもあることだ、しっかり経験値稼いでこい』
「ええ、心得ていますわ」
『本当か? 何ならもっとイカしたヤツを贈るが?』
「何があろうと、それだけはやめてください。それと、セリアという呼び名も」
『フッ、そうか。ではな、セシリア代表候補生』
通話が切れる音が鳴り、力なく下ろされた手に握られた携帯端末からは無機質な電子音が喚いているのが聞こえてきます。
「・・・・・・・・・・・・今のは、なに?」
何を言っていたかさえ判別できないような程にか細い、でも微かでも確かに聞こえた加工されたかに思える電子音声。
彼の悪戯だというのなら納得できます。
ですが、聞こえてきたの受話器からではありませんでした。もっと近く、それこそ耳の中に直接囁かれたように感じられる程の至近距離で、誰かが何かを言ってきた。
夜の闇に呑まれていく校舎の中を見回しても犯人が見つかるわけもなく、ただ耳元に納まり吊り下がる【ブルーティアーズ】が揺れていました。