IS-Junk Collection-【再起動】   作:素品

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皆様お久し振りです。

覚えていますか、私です。

なんとかかんとか再起動。正直今年の異常気象で作物たちが軒並み殺戮されまして、悪くすりゃ廃業までいきそうになったここ最近です。

でも生きてる。これが一番スゴい。

ということで、久し振りの投稿もやっぱりこんな感じ、誰か千冬さんを幸せにしてあげてください回


第三十三幕 少女と最強と壊人

▽ ▽ ▽

 

私は心臓の音を知らない。

 

私というモノが形として『世界』に産み出される前、つまりは母親代わりの筒の中、電気信号と胎盤要らずの人口子宮で管に繋がれながら細胞分裂を繰り返していた頃。

 

眼球は今のように風景を写すこともない黒い斑点。

 

頭より小さな胴体。

 

手足は特に粗末だ。こんなものでは、自分の力にだって耐えられはしないだろう。

 

よくよく表現のしようがない、形容しがたい未熟な桃色の肉は、同じ施設で見た毛も生えていないネズミの幼体に似ていたことだろう。

 

だが、私にはそのネズミたちが羨ましかった。

 

この左目がまだ右と同じ色をしていた頃、醜いと言っても差し支えのない姿で母の乳にしゃぶりついている姿を、眼帯で抑えつけた左がひたすらに脳裏へ映し出す。

 

幾度か考えたことがあった。

 

彼らと私の差を。

 

同じ量産品で、薬品と白衣の人間に囲まれて生かされ、最期を締めるのは注射器の針か銃口の鉛か。

 

違いは、生まれが母の胎か硝子の檻か、そして愛されたか否かだ。

 

・・・・・・私は、人の心臓の音を知らない。

 

だから、私は私以外の人間たちが本当に生きているのかも、分からなかった。

 

硝子越しに隔たれた私の内と外で、ひたすらに死人たちが歩いているこの『世界』で、私は言われるままに生かされた。

 

だから、私は惹かれたのだろう。

 

生きている中で初めて喜びをくれた、死人の波を掻き分けて凛と立つ、この『世界』でただ一人生きていた貴女に。

 

故に、私は嫉妬している。

 

貴女が私を透して見ていた、私を見ずに悲哀の双眸で眺めるヤツが。

 

だが、ヤツの眼を視て理解した。

 

あの黒い眼の奥の(ウロ)、あれは私の闇より深く、そして――――――

 

◇ ◇ ◇

 

「なぜこんなところで教師など!」

 

廊下に声が木霊する。

 

その声音を聞けば、声の主の想いと感情がどれ程に強く、そして張り裂けそうな真摯な願いを込めて発せられていることが肌で感じとることができるだろう。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

ドイツから、ここIS学園へと本日付けで編入してきた少女は、夕陽の柔らかな灯にも包まれぬ氷のように麗利な銀髪を振り乱し、塞いだ左目の分もと赤い瞳で眼前の女性へと懇願の視線を送り続けている。

 

冷淡で抜き身のナイフのごとき気迫で周りを圧迫していた彼女だったが、この時は年相応の、それよりも幼い子供のような必死さを滲ませていた。

 

「教官ッ!?」

 

「・・・・・・ここは教練場ではない。呼ぶときは先生で通せ」

 

まるで手を伸ばす子供を振り払うように背を向ける黒髪の女性、千冬は感情を潰した声で、逃げるように答えた。

 

「貴女はこんなところで埋もれてしまうべき方ではありません! なのに、こんな、辺境の極東などで何をしようと言うのですか!?」

 

「何度も言わせるな。私には・・・・・・私の役目がある。それだけだ」

 

「その役目とは何ですか!? ISを飾りが見栄を張るためだけの存在と勘違いした、無知な塵芥どものドブに沈むと同義の―――」

 

「いい加減にしろ」

 

そこで千冬が遂に振り返る。

 

その表情に崩れはない、しかし鋭く細められた眼は、彼女がラウラに向けて怒りを露にしていることに他ならない。

 

身の内から出る覇気、存在感。

 

コンクリートに囲われた籠を一息に満たし、刹那の迎合を埋め尽くす。

 

数瞬の内に質量が増したかのように重圧を放ち始めた千冬に、気圧されるよりも、畏怖を覚えるよりも先にラウラの感覚野が弾き出した感情は、歓喜だった。

 

喉を真綿で絞められるような息苦しさは彼女の中では一種の快感と確信に代わる。それこそ、今ここにいる彼女こそが憧れ、ラウラが盲信して心酔する織斑 千冬そのもの姿だったからだ。

 

それ故に歯痒い、だからこそ納得がいかない。

 

「・・・・・・なぜ、ですか」

 

「なにがだ」

 

「全てがです!!!」

 

思いのありったけを吐きつける。

 

強く握り締める拳からは爪の突き刺さった箇所から血が滴り落ち、彼女の命の溜まりを広げていく。

 

感情的になるなど、軍人でもある彼女にあるまじき行為であったが、表面を繕っただけの理性と排他のしてきた結果に対する愛着などもとより在りはしない。

 

「貴女は、貴女は! ドイツにて我らの指導をするべきなんです!! それでこそ、貴女の貴女という存在は十全なる輝きを持つのです。そうであるべきなんです!! このような、こんな無知蒙昧な者どもしかいないような場所では、貴女という稀有で尊いお方を腐らせてしまう! そんなことが許されるはずがありません!!」

 

そう、だから彼女が言う全ては言い訳だ。

 

己の本音の上に被せた、雑なコラージュでしかない。

 

事実、今も彼女の思いは臓府の奥から喉元まで競り上がり、このまま虚言虚構を語るようならその細く白い喉を縦に裂いてでも顕れることだろう。

 

そうなってしまいそうな程に、彼女はその感情を知らなかった。いっそ、致命的とも言える程に。

 

知らぬのだから言葉にしようがない。

 

理解していないのだから他人に伝えようがない。

 

求め焦がれ、どれだけ喉を枯らし、血の飛沫と共に知りうる単語の何もかもを晒そうと、ついにその言葉は見つからないだろう。

 

それも当然の結末だ。

 

彼女の人生、誰一人として"それ"を与えてくれるものなど居なかったのだから。

 

「・・・・・・あまり、私を買い被るな」

 

そして、酷く遠回しな告白は、虚しく空を切った。

 

「なぜ、ですか・・・・・・」

 

先までの怒りも消え、後悔と少しの諦感の入り混じった表情が、静かにラウラへの視線を脇にずらした。

 

ふつり、とラウラの心が泡立ち始める。

 

留まることなく、その勢いは増していき彼女の心を冷えて固まることのないマグマのように熱を持ち始める。

 

織斑 千冬にとっての逃げであった些細な行動は、ラウラにとってのこの上ない裏切りだった。

 

「あの男の、所為ですか?」

 

口内の唾液が干上がり目を剥きながら、千冬が再びラウラへと視線を戻すが、自分の失態を悔いる暇すらなく少女の中身が裏返る。

 

「あの男の、所為なんですね・・・・・・!」

 

俯き、ギリギリと歪に形を変えていく闇。

 

いやに量を増していく出血は、本来流れるべき涙の代わりと言わんばかりに泉の陣地を広げていく。

 

痛みを知れ。

 

この胸の内を。

 

こんなになってしまった、そんな自分を。

 

「違う・・・・・・、違うぞラウラ。それは違う。私は―――」

 

「ならば何故、貴女はそんなにも弱くなった!!?」

 

目と目が重なる。

 

不意に足が下がりそうになる。

 

暗い、冥い、血走った赤黒い瞳。憎悪と憎悪と憎悪の果てに生き着いた、悲劇を盛り立てるに必須な殺意の望情。

 

だというのに、あぁ、それだというのになんて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――なんて、悲しそうな瞳なのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ら、ラウ・・・・・・ラ?」

 

「ッッッッ!」

 

少女は駆け出す。

 

伸ばされた腕、欲して止まなかったはずのものを押し退けて、走り去る。

 

退けられた腕を伸ばしきり、彼女を追おうと動く思考と裏腹に、千冬の足は彫像か何かのように動かない。

 

心が残さず零れ落ちるようだった。

 

駆ける失意と絶望の少女。

 

血は流れようと、その瞳から涙が溢れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~ぁ、かっわいそう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪意が千冬の背筋を舐めあげた。

 

にちゃり にちゃり

 

まるで彼女の思いを踏みにじるように、ラウラの落としたら命の破片を靴裏で弄ぶ音がする。

 

さながら死神の足音のような陰湿さ、残酷さと邪気に満ちた気配が千冬へと近づいてくる。

 

「・・・・・・っ、ひぐっ」

 

喉が鳴る。

 

優しさなんてない。

 

悲しむ女の子のもとへ颯爽と現れる正義の味方とは正反対。

 

しゃくりを上げ、噛み締める奥歯の甲斐なく、一筋の雫が頬を伝い落ちていく。

 

「あいつが何を求めてるかくらい、もう判ってるだろうに。判りきっているくせに。残酷だねぇ、あんたは残酷だよ、姉貴」

 

背中にぶつかる、自分より大きな背中。

 

わざわざ視覚で確認するまでもない、密着した服越しの体温、鼓膜を擽る低めの声、僅かに香る彼の匂い。

 

会いたくなかった、こんなとき、こんな場面でどうして現れる。

 

ヘラヘラゲラゲラと、真っ暗な黒い影が千冬を闇へと呼び戻す。

 

「しっかし、随分と可愛くなってるなぁ。最初の"あれ"が"ああ"だもんなぁ。ケヒッ、イヒヒヒヒヒ! あれは酷いなぁ、あれは酷い! あそこまで半端だと、首吊っちまったほうが楽になれるだろうに」

 

「・・・・・・・・・」

 

「言っとくけど、自分で"ヤれ"よ? 『選ぶ』のは姉貴で、八つ当たり担当が俺だよ」

 

彼は嗤う。嗤う。嗤う。

 

千冬に向けて、二つのことを突きつけ、突き放す。

 

選べ、選べ。

 

掬うか、棄てるか。

 

「・・・・・・私なんかに、何が、できる」

 

「姉貴だからできるのさ。世界最強のブリュンヒルデにしかできねぇ。それこそあの首へし折るより簡単に、姉貴の一言でバタンキューよ?」

 

肌が密着する程の距離だというのに、背中合わせの距離がどうしようもなく広く縮まらない。

 

それなのに、徐々に暗がりを増し始める外の景色は、まるで背後から伸びる腕のように千冬の足へと絡み付く。

 

それは千冬の耳へと毒を注ぐ。

 

要らぬなら、殺せ。

 

見て見ぬフリをしろ。

 

それが自分を守る最善策で、人に要らぬ希望を与えない救済策だ。

 

半端な優しさの毒で今も苦しむ一人の少女に、安らかな鉛玉をくれてやれ。

 

世界最強のブリュンヒルデ。

 

その名、その(カルマ)こそが『英雄』の資質であり、世界を恒久の平和と安寧へと導く象徴の作り出す終末理論。

 

人工の神、オリムラ チフユが織り成した惨状だった。

 

「・・・・・・・・・・・・頼む、一度でいいんだ」

 

だが、"織斑 千冬"はそんなことを望んではいない。

 

そもそも、彼女は既に自分の命に何の価値も見いだしてはいない。

ただ良かれと思ってやったことが裏目に出る世界。救うべき人間も掬い上げられぬ、自分によって巣食われた世界に、彼女は苦痛しか感じていない。

 

「一言、私を呼んでくれ・・・・・・」

 

助けて欲しい、この闇から連れ出して欲しい、その為にと、彼女は懇願する。

 

例えそれが、死に果てた骸にだとしても。

 

「―――私を、千冬姉と、呼んでくれないか?」

 

答えは暫く返って来なかった。

 

だが、自分の背に迫っていた闇を退き下げながら、彼は千冬から離れていく。

 

「・・・・・・前に決めただろ。俺たちは、兄弟でも、家族でもない。そんな一時の妥協を、アンタがしていいと思ってんのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・ッ」

 

聞こえる言葉は先までの毒が幻聴かと疑う程に、憐憫に満ちたものだった。

 

憐憫、いや、同情だろう。

 

「それに―――」

 

今にも泣き伏せようとする女の代わりに流すものもなく、それを慰める資格さえ持たない壊人はその場を後にする。

 

ただ一言を、千冬に残して。

 

「―――アンタだって俺を、"一夏"とは呼ばねぇだろ?」




今作ぶッッッッ千切りで幸せになってほしい人 第一位

千冬さん

いや、違うんです。俺も千冬様は大好きです。恨みなんてありません。ただ何故かこうなる。

誰か彼女に人並みの幸せをあげてください。

頼みました!!

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