IS-Junk Collection-【再起動】   作:素品

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誰かを好きになるのは簡単だ。その人の好きなところを見ていればいいんだよ。

誰かを好きでいるのは難しいぞ。その人の嫌いなところも見なくてはいけないからな。

by 作者の友人

ということで、重可愛い鈴ちゃん編 作者の限界回


幕外 初恋継続中《下》

▽ ▽ ▽

 

ありふれた人生さ。

 

普通で普遍的、特筆することもなければ特別なものもない背景同然の名無し君で、馬鹿なダチと口喧しい家族に囲まれながら、変わらない日常に少しの刺激を夢想しながら生きている人間。

 

正義の味方も他人任せに、生きる毎日を何となくに過ごすのが俺だった。

 

―――そんな時だ 気になるヤツができたのは

 

同じ場所にいるくせに、違う所にいるようなズレた女子。視界に入っても認識できない、誰かと話している姿も見ない、居ても居なくても気付けない影よりも薄いヤツ、部屋の隅こそ指定席の一人永久欠番。俺の認識と言えば、名無しの同級生程度。

 

―――そんなある日、あいつの涙を見た

 

地面の上にいるくせに、自分の流した涙で溺れていた。息継ぎの仕方も、自分の力で浮かび上がる方法も忘れて、誰にも何も言えずに、ただひたすらに底無しの井戸の底で沈んでいくのを待っていた。

 

―――その瞬間、俺はあいつの手を握っていた

 

救ってやりたい。助けてやりたい。守ってやりたい。そんなに泣く必要もないくらいに、世界は楽しいことで溢れてることを教えてやりたい。泣き顔なんかじゃない、誰もが羨むほどに心から笑顔にしてやりたい。

 

握った手から伝わる熱を確かめながら、呆然とした目を見ながら、俺の心はそう思った。

 

そうだ、この瞬間だ。

 

―――これが、俺の初恋だ

 

◇ ◇ ◇

 

~PM 6:10 【始まりは最初から】

 

見つけた。

 

額の汗を拭いながら、荒い息を吐き出す。視線の先にはあの馬鹿、鈴のヤツが待ち合わせにしていた公園のベンチで座っていた。

 

言っちまえばこの公園は、鈴にとっての逃げ場だった。

 

小学校で何があったかは知らないが、初めて会ったときの鈴は意思薄弱で常に何かに怯えているようだった。いつからか今のように快活で男勝りになっていたが、塞いだ傷は未だに深く残っていたらしい。

 

「・・・・・・こないで」

 

鈴へ向けて歩き出そうとした俺に、あいつは明確な拒絶の言葉を投げ掛けてきた。

 

「ゴメン、ごめんなさい。自分勝手なこと言ってるの、分かってる。けど、今はダメなの、今だけは駄目、絶対に、今は、今だけは・・・・・・こないで」

 

胸に取ってやった猫をキツく抱き締めながら、鈴はうわ言のように呟いている。

 

それはまるで俺にでなく、自分に言い聞かせるように、刻み込ませる言葉のようだった。目を逸らし、逃げるための言葉を並べ立てる。

 

「何が駄目なんだよ・・・?」

 

自分でも分かるほどの困惑した声と、理由不明の苛立ちを籠めた疑問符は、何故か妙に冷たかった。

 

暗がりに震える鈴の肩に、背中を刺されるような罪悪感を覚えながらも、俺は構わずに前に踏み出した。

 

「こないで!!!」

 

そんな俺に向けて悲痛な絶叫が響き、同時に空気を弾くような音が辺り一帯に木霊した。

 

視線の先、鈴の背後に二つの球体が浮かび上がっていた。明らかに鉄の塊であるそれは、重力を完全に無視して空中に停滞している。

 

とっさのことに俺は足を止めたが、当の本人である鈴は小さな体をさらに小さく折り畳むように丸め、ゴメンなさい、違うなど、涙まじりの声でより深く自分の中へ逃げていく。

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

俺はまた一歩踏み出した。

 

あれが鈴のISだろうか。生で見るのは初めてだが、そんな感動に浸っている余裕はない。

 

だから、そんな程度のものに足を止める必要もない。

 

「何なんだよ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「言ってくれなきゃ、わかんねぇだろ!?」

 

俺は本気だった。少なくとも、伊達や上っ面だけで鈴と一緒に居たわけではないし、こんなところまで追って捜したりしていない。

 

だからこそ、鈴のハッキリしない態度が気にくわない、許容できない、苛ついてしょうがない。

 

それが的外れな感情であることも承知で、俺は心のままに叫ぶ。

 

「お前言ったよな? 自分勝手なこと言ってる、て。なら、言えよ! 何があったんだよ・・・・・・、話てくれよ!?」

 

初めて会ったとき、鈴を守ってやりたいと思った。その思いは今でも篝火のように俺の中で火花をあげている。むしろ自分の本心に気づいた今では、内側から焦がすほどに勢いを増している。

 

だからこれは、俺の自己嫌悪の延長線だ。

 

鈴の力になってやれない、そんな身勝手で自己中心的な叶わぬ理想が、コールタールのような黒い不快感を煮詰めていく。

 

「―――だって、弾はまた、あたしを助けてくれるんでしょ?」

 

激情する俺とは逆の、朧気で掠れた鈴の声が耳に鳴り、緩慢な動きで持ち上がる悲壮な笑みに、涙を溜めた目と視線が重なった。

 

「だから・・・・・・、駄目なの」

 

零れる雫に乗って、鈴の思いが吐き出される。

 

なにが、と叫びより早く、突き放されるように鈴が言葉を結ぶ。

 

「今度、その手に縋ったら、あたしは―――弾を壊しちゃう―――」

 

俺が見たことのない笑顔で、彼女はそう言った。

 

~PM 6:15【初めてを最初から】

 

周りの世界の何もかもが怖かった。

 

知り合いの一人もいない場所で、言葉の違いと国が違うからといって排絶される残酷な無邪気さも、必死に誠意を見せても固まった思い込みに全てを封殺されてしまう、そんな静かな牢獄はあたしを押し潰すのに十分すぎるほどの時間を持っていた。

 

何もなかった。空っぽだった。生きている実感も感じない、薄っぺらな毎日。

 

それなのに、ここで弾に会った。

 

今でも瞼を閉じれば思い出す。春の陽気にぎこちない笑顔で手を差し出してきた弾。渋るあたしの手を強引に引いてくれた弾。慣れないゲームセンターで身振り手振りで教えてくれた弾。何時だって一緒に居てくれた弾。

 

知らないことが減って、知ってることが増えた。

 

怖かった誰かが、いつの間にか友達になってた。

 

独りで泣いてる時間が、皆で笑っている時間に変わった。

 

嫌いだった世界が、ちょっとだけ・・・・・・好きになれた。

 

―――でも、お父さんとお母さんが居なくなった

 

「・・・・・・・・・・・・あたし、弾に会えて、本当に良かった」

 

途端に、暖かった思い出たちから温度が消えた。全てが裏返って、手のひらから流れ落ちていく大切な宝物が、冷たい氷牙を突き刺さすような痛みに変わった。

 

あの慣れ親しんだ独りの暗闇が、懐かしい孤独に沈んでいく体が怖くて頭が壊れそうだった。

 

だから、あたしは壊れたように、毎日を必死に生きた。

 

―――弾に会いたい

 

あたしの中に在ったのは、それだけ。

 

そのために何でもした。ISの国家代表候補になったのだって、全てはIS学園に在籍し、弾のいる日本に行くため。弾の近くにいたかったから。

 

―――その為の"踏み台"にした

 

―――その為なら"他なんてどうでもいい"

 

―――その為だったら、何をしたって"構わない"

 

―――そう、その為になら弾だって・・・・・・

 

「弾と一緒にいれて、こんなあたしと一緒にいてくれて、ありがとう。あたしはもう、一人で大丈夫だから」

 

・・・・・・判ってた。

 

あたしの"これ"は好きとかそういう可愛らしいものじゃない。

 

これは『依存』だ。

 

一番、質が悪い、どうしようもない感情論。イカれた倫理観。個人に向けるべきじゃない、救われない劣情感。

 

こんなのは、間違ってる。

 

「だから、あたしは独りで、大丈夫だから、だからぁ・・・・・・!」

 

顔を猫にうずめながら、さらに強く抱き締める。

 

泣いても、泣き続けても、あたしは何も変えられないまま。ただそれが惨めで、不安で仕方なくって、怖くって。何にもないのに欲しがるから、いつだって後悔して逃げ出して。

 

だから、もういいよ。

 

同じとこに同じ傷が一つ増えただけだから。

 

それだけだから、ね?

 

「だから・・・・・・、放っておいてよぉ!」

 

足音が近づいてくる。

 

誰かなんて、分かりきってる。

 

分かってるから、その優しさがあたしの心に滲んで、痛くて、苦しいよ。

 

「こないで、来ないでよぉ・・・・・・」

 

止まらない足音が、あたしの前で止まった。

 

本当は心が踊るくらい喜んでいるのが判って、どんどん虚しくなる。

 

「・・・・・・鈴」

 

頭の上から、あたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。

 

でも、答えたくない。弾の顔なんて見たくない。やっと諦められそうなのに、せっかくの決心が台無しになる。

 

また、縋ってしまう。

 

「なぁ、鈴。顔上げてくれよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「少しでいい。それで、全部終わるからよ」

 

終わる、嫌いな言葉。今までの全てが意味の無くなる残酷な音。

 

嫌だ、でも終わらせてくれるなら、いっそ弾に任せてしまおうか、そう思って呼ばれる声の方に顔を向ける。

 

そこには、間近に迫った弾の顔があった。

 

「んっ・・・・・・」

 

カツン、って歯と歯がぶつかる硬い音に遅れて、唇を柔らかい感触が重なっていることに気づいた。

 

―――キス、されてる?

 

視界の端に映る真っ赤に染まった髪と、背中に回された力強い腕に確かな温かさと安心感を覚えながら、少しズレたことを考える。

 

「さっきのお返しだよ」

 

呆れたような苦笑をして、弾は少し離れてそう言った。

 

あたしはというと、無意識に離れる弾の服の裾を握りしめるだけ。

 

「なぁ、俺ってそんなに頼りねぇか? 泣いてるお前の傍に居てやることも出来ないくらい、頼り甲斐のないやつか?」

 

温かい指が溢れた涙を拭ってくれた。それが嬉しくて、また涙が流れ出すと優しく頬を包み込んでくれる。

 

「・・・・・・なんで?」

 

「ん?」

 

「なんで、あたしなんかと、一緒に居てくれるの?」

 

しゃっくり混じりの声で、あたしは弾に訊いた。

 

それに弾は笑いながら、それでいて淀まず真っ直ぐあたしに答えてくれた。

 

「お前のことが好きだからだよ」

 

簡潔で簡素な、飾らない本当の言葉。

 

抱えていた猫が地面に落ちて、あたしは倒れ込むように弾の胸に飛び込む。ぐしゃぐしゃに歪んでいく景色を擦り付けるように、力一杯しがみついた。

 

「・・・・・・あたし、面倒くさいよ?」

 

「嫌ってほど知ってる」

 

「・・・・・・あと、嫉妬深いし」

 

「今日も何回かあったな」

 

「・・・・・・り、料理だって、下手だし」

 

「初めて食わされた酢豚は、洗剤の臭いがしたよな」

 

「・・・・・・それに、それに、あたしは・・・!」

 

「―――なぁ、鈴」

 

声を遮るように、弾があたしの頭に手を置いて撫でてくれる。くすぐったいような、心地いい感じに弾を見上げる。

 

ねぇ、本当にいいの? きっと一杯迷惑かけるよ? それでもいいの? そんな不安がよぎるけど、弾の言葉で全部吹き飛んでしまう。

 

「面倒くさくったって、嫉妬深くったって、料理が下手でもいい。俺はお前が好きなんだ。これに嘘も偽りもねぇよ」

 

「ズルい・・・・・・ズルいよ、そんな言い方」

 

「それ言ったら、お前はいつもズルいだろ? 」

 

「・・・・・・バカ」

 

「馬鹿で結構。それで返事 っむぅ!?」

 

弾が言ってしまう前に、その口を塞いでしまう。

 

もちろん、やり方はさっきの弾と同じ。

 

正直、今も怖い。見えない明日が、いつか必ずくる別れの日が。でも今は、この幸福な瞬間だけを見ていられる。弾と一緒になら、どんなことも大丈夫だと思える。そう思えることが、嬉しくてしょうがない。

 

「あたしも大好きだよ、弾!」

 

やっと、言えた。

 

伝えることができた。

 

あたしは生まれて初めて、嬉しくて泣くことができた。




(  ̄ω ̄)<やっとできたけど、これが限界値

( ;゚_゚)<弾くん視点が後半に入ったら、もうちょっと形になるんすけどねぇ

(-_-;)<けど、体力とストレスヤバイ。企画倒れにならなかったのが奇跡です

とにもかくにも、ありがとうございました

( 猫)<俺の扱いが解せぬ

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