というわけで、リンさんのデート編 やっちまったよ回
~AM 11:40【いつもの寄り道】
「いやー、快勝楽勝! 久し振りだったけど、感は忘れないもんねぇ!」
「・・・・・・そーだな」
多種多様な電子音が響く近所のゲーセンで、中学の頃によく鈴と通ったところ。ちなみに鈴は格ゲーが強い。今も惨敗したところだったりする。俺が弱いだけか?
「あっ、これ可愛い!」
センチメンタルに浸る俺を余所に、鈴はクレーンゲームの景品を見ながら何やらハシャいでいる。
勝ち気な性格であるが、こういう所は妙に可愛らしい。
「・・・このダイオウグソクムシみたいなの?」
「違うわよ!? その隣!」
女の子の可愛い発言は、政治家の大丈夫ですの次に信用できないもんだよ。ていうか、この深海生物は売れるのか? いくら価値観は人それぞれだからといって、流石にこれにはゴーサイン出したヤツの神経とセンスを疑わせる。無駄にリアルだし。
冗談も程々に、指差された猫みたいなぬいぐるみを見ると、もう落ちる寸前のがある。前の人が途中で諦めたのだろうか?
まぁ、これならすぐ取れる。
「ほら、どけよ。取ってやるから」
「えっ、いいの?」
「ちゃんとお前が持つならな」
まかり間違っても、こんなファンシーなもん持って衆目に晒されるのは勘弁願うところだ。
そんなこんなで、猫は三回のチャレンジで呆気なく落ちてくれた。
「とまぁ、こんな感じか」
取り出し口から、猫を引き出してしみじみと余韻を満喫する。
どういうわけか、昔からこういうのは得意だったりする。あまり誇れるもんでもないが。
「ホント、こういう細かいのは上手いわよね、弾って」
「・・・・・・・・・・・・」
「まぁ、何はともあれ、ありが―――」
「いや、誰もやるなんて言ってねぇよ」
えっ、という顔と共に、腕を伸ばしたまま固まる鈴を見ながら、手に持った猫を届かないように持ち上げる。
身長差もあって、鈴には絶対届かない。
「ちょ、ちょっと!?」
「ほーら、全然届いてねぇぞ?」
ハハハハ! 実に愉快! 人の気にしてること言いやがって、精一杯に飛び跳ねてる姿が愛らしくも弄らしいじゃないか!
・・・・・・俺って、こんなにちっせぇ男だったっけ?
「あぁもう、いい加減に寄越しなさい!!」
「ぐっはぁ!!?」
腹部に走る衝撃から伝家の宝刀である正拳突きが炸裂したことを理解する。
いくらなんでも、酷すぎやしねぇか、鈴さん?
~PM 2:35【忙しない喫茶店】
「はい、カップル限定メニュー『甘い一時! 魅惑の地獄盛りパフェ』でーす!」
「「・・・・・・・・・・・・」」
昼時を過ぎ、遅めの昼飯でもと思って立ち寄った喫茶店で事件は起きた。
夏特有の暑さを忘れさせる静閑な空気に、騒がしくない程度に響くジャズの曲が店内を清涼感で満たしていた。オマケにウェイトレスの子が可愛く、思わぬ当たりを引いてしまった。今度は数馬のヤツも連れて来ようか。
そんなわけで気分も上々に案内された席に座り、メニューの中から俺が注文を言おうとしたとき、
「んじゃあ、ミートソースと・・・・・・」
「それ却下して、この『カップル限定パフェ』をください」
そんな鈴の一言で全部消し飛ばされた。
内容も内容だったため、慌てて鈴にことの次第を訊いたりしたのだが、
「うっさいわよ、この浮気者!」
と言う始末。解せぬ。
加えて、先程の店員さんに再注文してみれば、
「そのような反人類的なものはメニューにございません!」
ニコニコ顔でそう返されるのみ。
俺が何をしたと言うのだろうか。
そして運ばれてきたのは、甘い一時に魅惑的な地獄を体現した、パフェという食品への宣戦布告を掲げたバベルの塔だった。
「スプーン一つしかないんですけど・・・・・・」
「申し訳ありません。当店の衛生管理の事情で唯今スプーンはそれ一本でして!」
「いや、洗ったヤツとかでいいんですけど!?」
「申し訳ありません!」
「あの、だから!」
「では、ごゆっくりどうぞ!」
パタパタ走っていく背中を眺めて、要らぬゴリ押しな気配りをこなした彼女がどんな表情をしているかを想像して、一人項垂れる。
そもそも、俺たちはカップルじゃない。
「なぁ、どうすんだ鈴?」
「ど、どうもしないわりょ!」
噛んでるし。どうにも先走って自滅する辺りは、一年前と変わっていないようだ。
「とりあえず、食ってみろよ」
「・・・・・・そうする。あっ、美味しい」
「そいつは良かった」
色々と納得できない点が多々あるが、いっそ今日はこういう日だということで諦めることにしよう。
ただ、鈴と一緒に騒げる日がこんなに早くもどってきたのは、素直に喜ぶべきことではあるのだろうが。
「はい、次」
「・・・いや、俺はいいよ」
「なに意識してんのよ。このくらい、別に何ともないでしょ?」
「別に意識なんてしてねーよ。だから、そのしたり顔をやめてくれ」
鈴が差し出してきたスプーンをやんわりと断るが、それを勘違いした風にニヤリと鈴は笑った。
別に意識していないわけではないが、親しき仲にも礼儀あり、なんて言葉もあるくらいだ。ヘタなことはしないに限る。
「もうお互い高校生だぜ? 変に噂とか立ったら面倒だろ? 店員さんに頼んでスプーン持ってきてもらうからよ、先に食っててくれ、な?」
「・・・・・・じゃあ、あたしが食べさせてあげる」
「よしよし、分かってくれて は?」
聞こえてきた台詞に、席を立とうとして浮かせた腰が途中で止まる。
今こいつは何と申しましたか?
そんなことを考えている内に鈴はバベルから一匙分のアイスを掬うと、こちらに向けて突きつけてきた。
「言っとくけど、これはしょうがなくなんだからね? こんなの一人で食べきれるわけないんだから、仕方なくよ!」
「あのさ、もし知り合いに見られて変な誤解されたらどうすんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・弾とだったら、いいもん」
「あ? 今なんて―――」
「んっ!」
聞き取れなかった言葉を聞き返そうとした俺に帰ってきたのは、さらに突き出されるアイスの乗ったスプーンだった。
「んっ!!」
「・・・・・・・・・・・・食わなきゃダメか?」
「・・・・・・・ん」
小さく頷いて肯定する鈴にこそばゆい何かを感じながら、渋々、そう渋々ながらに俺は溶けかけたアイスを口に入れた。
「えっと、美味しい?」
「・・・・・・旨い」
味なんて判るかよ、馬鹿じゃねーのか。あぁもう、嬉しそうに笑ってんじゃねぇよ!
「鈴、次は俺がやってやるよ」
「え!? あ、あたしはいい!」
「いいから大人しくスプーン寄越せ!」
「待って、ちょっと待って! 目が怖いからー!?」
それから完食に到るまでの間に思ったことと言えば人間勢いでなら何でも出来るということと、この店には二度と来たくないということだった。
~PM 5:20【眼鏡じゃ見えないこと】
休みの日といえば、店舗の集中しているこの辺りなんかでは家族連れなんかを、よく見かける。
そんな中で俺たちが向かったのは何故か眼鏡屋。鈴たっての希望で寄ってみたが、今までの半生で眼鏡にお世話になることもなかったため、店内はあまり居心地のいい気はしない。
「これなんてどう?」
「あー、もうちょっと明るい色にしたらどうだ?」
「それじゃあ、これとか?」
鈴は取っ替え引っ替えに眼鏡を掛けているが、素が良いからか大して違和感はない。
これがいつものツインテールなら多少なりとも差は出るもんだが、今は髪を下ろしている所為か、普段の勝ち気な感じも鳴りを潜めて見事な文学系少女が完成している。
「はい、弾。これ掛けて?」
「あ? って、おい、何すんだよ!」
「あっははは! 似合ってるわよ、弾?」
押し付けられるように掛けられたサングラスが、ダイレクトに涙腺に突き刺さり痛烈に痛い。
それと、間違ってもこんなマッカーサーみたいなサングラスは似合わない。
「ていうか、なんで本気の眼鏡選びなんてしてんだよ。お前って、視力悪かったっけか?」
「んー、今度の"撮影"だとこういうのも使うみたいだから、ちょとね」
「撮影?」
「お仕事よ。代表候補のね」
「・・・・・・代表候補って、そんな読者モデルみたいなこともするのかよ」
「ふふっ、まぁね! それじゃあ、次に行こう? 時は金なり、ってね!」
それだけ言うと俺と鈴は店員に見送られながら、さっさと店を後にする。
変わってない。
人通りの少ない脇道を、二人で歩きながらにそう思う。
最初の一年は俺が鈴を連れ歩いて、最後の一年は鈴が俺を引き連れていたような、何気ないが代えがたいあの頃と何も変わらない笑顔がある。
だが改めて思えば、俺の友人は今をときめくISの中国代表候補生だ。
ISなんて、俺が男であるかぎり関わりなんて持つことはないだろうが、鈴はいつか国一つを背負って立つような人間になるのかもしれない。
それは、感慨深いというか、寂しいというか、何と言えばいいのだろうか?
「どうかした?」
不意に鈴が間近で俺を見ていた。
俺の胸までしかない小柄な身長。悪くすりゃ小学生にも間違われちまいそうな顔立ちに、真っ直ぐで意思の強そうな瞳を鏡に俺の冴えないツラが映っている。
変わってない。
変わってないけど、変わっちまったんだな。
一年前のようには、二年前のようには、もういかないのかもしれない。
「なんか、忘れ物でもした?」
「いや、こうやって会えるのも最後かもしれねぇなー、ってさ」
「―――えっ」
鈴の足が止まるのが見えて、俺は止まらずに追い越して足を止める。
最後は大袈裟かもしれないが、もしかしたら本当にそうなるかもしれない。昔とでは、あまりに二人の位置は違いすぎる。
あぁ、本当にガラじゃないが、そう思うだけで、心臓を握り締めるような息苦しさと痛みで軽く泣きそうになる。
男と女に友情は成立しないなんて偉そうに囃し立てるヤツもいるが、どんなものにだって例外はあるもんだろ? 俺こそその例外だと思っていたさ。
・・・・・・いや、"思っていたかった"の方が、合っているかもしれない。
傾き始めている陽の光りに目を細めながら、俺は俺の中の"こと"に明確な結論をつけた。非常に認めたくはないが、つまりはそういうことなんだろう。
俺は、鈴のことを・・・・・・
「おっと、どうした?」
不意に俺の袖を引っ張られた。軽く埋まりかけていた思考を奮い起こし、後ろに振り向く。
俺の服を引っ張っていたのは、顔を俯かせた鈴だった。
何も言わない鈴に違和感を覚えながら、俺が声をかけようとしたとき―――
「も う 会 え な い の ?」
―――空洞の瞳と目があった。
「イヤ、嫌だよ・・・、そんなの絶対にヤダよ。どうして? ねぇ、どうして? どうしてそんなこと言うの。あたし、何かしたっけ、何かした? ねぇ、ねぇ なんで、なんでなの? 気に入らないことがあったなら言ってよ、絶対に直すからさ、一緒にいてよ、ね?」
豹変した鈴の小さな手が袖から離れ、俺の胸を這うように登ってくる。
「ヤダ・・・・・・ヤダよ、お願いがだから、何でもするから、弾の言うことなら、あたし何でもできるから、ね? あたしの全部をあげるから、だから、だからさ、あたしを―――」
――― 一人にしないで
唇に何かが触れた。
思考がまったく追い付かない中で、柔らかさと温かい感触、目を閉じた鈴の顔だけが今の俺の世界を埋め尽くしていく。
「り、鈴?」
「っ!!」
僅かに離れた口から、俺は反射的に名前を呼び、鈴の瞼が大きく見開かれる。
暗い瞳が、傾き始めている陽の光に照らされた俺を見つけたとき、その瞳孔が狭まるのが見えた。
「・・・・・・ご、めん、ごめんな、さい・・・・・・!」
小さな雫が、俺の服に染みを作った。
「・・・・・・ごめんなさい!」
自身の顔を両手で覆い隠しながら涙を流す鈴に向けて手を伸ばしたが、俺はその手を取ることもできず、後悔に濡れた鈴の背中が小さくなるのを眺めるしかできなかった。
さっきまで何でもなかったはずなのに、"いつも通り"は一瞬で崩れていった。
(;゚д゚)<皆さん! 急展開ですよ! 急展開!!
( ´∀`)<結局、作者にイチャコラなんて無理な話だったんです
( TロT)<反省はしてるし、後悔もしてる! それでも後編にto be continue!