IS-Junk Collection-【再起動】   作:素品

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まず、祝お気に入り四百、UA30000突破!!

だというのに投稿するのは、こんな感じの話。ほんとシリアスばっか。

ということで、箒さんと一夏くん回


第二十六幕 諸刃ノ心

「こんな時間にこんな場所使っていいのかよ?」

 

一夏はそう言って、制服の上着を適当に放りながら目の前の少女に問い掛けた。

 

「顧問には既に伝えてある。問題はない」

 

それに箒は、着こんだ胴着の襟を直しながらに答える。

 

二人は学園にある道場にいた。

 

板張りの床に防具や用具から漂う独特の香りが包む込み、建設されてからまだ幾ばくもしない施設だが、それだけで時代と雰囲気を感じさせる。

 

そんな中で、蛍光灯の光に当てられながらに竹刀を一振りずつ携えた二人が向かい合い、何気ない調子で会話を続けていた。

 

「ていうか、今日はイベントが盛り沢山過ぎて、結構お疲れモードなんだよ俺。明日とかじゃ駄目なの?」

 

「あぁ、"だから今日にしたんだ"。全ては予定通りだ、一夏」

 

「・・・・・・はぁ?」

 

「果たし合いだと言っただろ? こちらが有利になるよう、事を運ぶのは当然のことだ」

 

間抜けな声を上げて信じられないものを見るかのような表情をする一夏に対し、箒はシレッとした顔で現状を語る。

 

いや、そういうことではない。

 

あの武士道を煮詰めて固めたような堅物少女である篠ノ之 箒が、自分が有利な状況での戦いを、不平等な試合を自ら進んで行おうとしている。

 

「目的の為なら手段を選ぶな。君主論の基本思想らしいが、そもそも私のような未熟者に、手段を選んでいる余裕など微塵も在りはしなかったんだ」

 

ゆらりと、箒を取り巻く空気が色を変える。

 

未だに右手の竹刀を構えようとはしないが、静かに、どこまでも静かに、ゆっくりと抜かれていく日本刀の輝きのような容赦の無い気迫が道場内を満たしていく。

 

二人の視線が交差した。

 

「六年、いや"七年前"。お前に何があった?」

 

僅かに一夏は目を細めた。

 

それは箒の圧にか、投じられた問いに対してなのか。

 

「七年前、お前は私の前から唐突にいなくなった。次に姉さん、そして千冬さん、父さんの順に、私の周りから人が消えていった。どういうことだ? これは一体何なんだ? この世界で、何があったって言うんだ?」

 

箒が何かに堪えるよう強く竹刀を握ると竹同士が擦れ合い、軋む音が鳴る。空気が悲鳴をあげるように外から風が吹き込み、一夏の頬を殴り付けた。

 

彼は答えない。

 

ただ、睨み合うように視線が鋭くなる。

 

「・・・・・・まぁ、お前が馬鹿正直に吐くとは思っては、いないさ」

 

雰囲気が軽くなった。

 

両手で持ち直した竹刀を下げながら、階段を一段踏み外したような感覚を覚えさせるほどに、態度を軟化させる。

 

「だが、私にも意地がある。だから、だから・・・・・・」

 

小さくなる言い切れない言葉に、どれ程の思いが籠められていたかは、解らない。不審に感じながら、一夏は声を掛けようと口を開き・・・

 

―――違う

 

一夏の頭に、警告が響く。

 

人間の本能から告げられる絶対的な危機反応に逆らうことなく上半身を反らせば、寸前まで頭があった箇所を一迅の風が通った。

 

同時に、彼の頬から鮮血が宙に舞う。

 

「"無拍子"、やはり付け焼き刃では、この程度か」

 

「テメェ、箒・・・・・・!!」

 

背後の壁まで一気に飛び下がりながら一夏は前を睨む。

 

右に斬り上げられた竹刀の鋒(きっさき)を。

 

人間の思考の空白を打ち抜く、"無拍子"をもって一夏の首を苅りに迫った、箒の姿を。

 

冷淡かつ、蘭と一夏を穿つ黒曜石の瞳を。

 

「いくぞ、一夏」

 

死合いが始まった。

 

◇ ◇ ◇

 

噴き出す汗にシャツを濡らし、首を絞めるネクタイを緩めながらに、一夏は背後に立て掛けていた竹刀を握る。その間、片時も箒から視線を外さぬようにしながら。

 

「おいおい、ズルいじゃねぇか。剣道っつーのは正々堂々、尋常に向かい合って戦うもんじゃねぇのかよ?」

 

ヘラヘラと笑って見せるが、それが虚勢であることは素人目にも確かだ。

 

鳴り止まぬ鼓動が、脳裏に映った死の情景を燃料に冷たい血を全身に送り出していく。

 

「生憎と私が教え込まれた剣には、正々堂々や士道といったものはない」

 

竹刀を正眼に構え直し、同じように構える一夏を眺めながら独白する。

 

「篠ノ之流は、臆病者の剣だ」

 

構えが変わる。

 

中段に構えられた竹刀を自身の眼前に、水平に一夏へと突き出すという単純なもの。見るからに竹刀を振るに的さないような構えではあったが、一夏はそれに渋面を作る。

 

箒との間合いが一切判らなくなった。

 

剣道において間合い、距離感というのは重要な位置にある。それを判別するのは竹刀の長さが基準となり、竹刀同士が交差する点を取り合い、一足一刀の間合いに潜り込み相手より速く打ち込むことこそ剣道の基本にして最大の難関だ。

 

だが、現状にて一夏に見えてるのは竹刀の先端のみ、本身の線でなく先の点しか見えていない。

 

―――やりづらい

 

一夏は内心でそう毒突いた。

 

「こんな小手先の技法しかない、そんな篠ノ之が嫌いだった」

 

箒がそのままの構えで一夏へと動き出す。

 

"無拍子"のような特別なものではない、単純な摺り足による接近ではあったが、距離感の掴めない一夏にとって不気味以上の何ものでもない。

 

ならば、このままやられるのか? それこそ否だ。向かってくるなら迎撃すればいい。

 

それだけの単純な思考ではあるが、所詮は素人考えであった。

 

「私は、私が嫌いだ」

 

一夏と箒の間にあった空間が"消えた"。

 

「っ!?」

 

最大にまで力を込めた蹴り足による"縮地"は、二人の距離を零にする。

 

箒が一夏の持つ竹刀を叩き落とすように竹刀を振り下ろす。僅かに力を込め始めて強ばった腕に、上から叩かれた竹刀を再び持ち上げることなどできる筈もなく、下からうち上がる竹刀の軌道が逆袈裟にまた一夏の首を狙う。

 

どう足掻いても躱すことなどできない距離において、身を低くすることで紙一枚凌ぐ一夏という人間も大概であろう。

 

だが、未だに一夏は理解などできていない。

 

臆病者とは同時に、ひねくれ者でもあるということを。

 

「歯を喰いしばれ」

 

避けた筈だった。"左に体が飛ぶ"中で、上を向く視線の先には確かに箒が引き込むように胸元で抱える竹刀があった。

 

そこで頭が追い付いた。

 

蹴られた、のだと。

 

「ぐっ、くっそぉ・・・・・・!!」

 

右顔面に走った左足の衝撃に脳を揺らされる不快感と、全身に慢性的な虚脱感が襲い掛かる。仰け反る体を抑えず、むしろ勢いのままに左に飛び距離を開きながら、両手をついて立ち上がろうとする。

 

だが、唐突に一夏を照らしていた明かりが消え、暗がりがその全身を隠した。

 

それが自身の脱ぎ捨てた制服の上着によるものであること、そして誰が投げたのかを気づいた時には、全てが遅い。

 

木刀でなら扉さえも貫く、箒の突き技が一夏の胸に突き刺さった。

 

「・・・・・・私は、臆病者の私が嫌いだ」

 

白い上着の下で蹲りながら箒を睨み付ける一夏に、箒は告白する。

 

自身の胸の内。

 

心に燻る理想の残骸を。

 

「お前に憧れて、正義の味方を目指した。だが、悪となる者に木刀を向けたとき、打ち付けた感触に、血を流して倒れ伏す姿に、私はどうしようもない程の恐怖を覚えてしまった・・・・・・」

 

箒の力は本物であった。それは今床に這いつくばる一夏を見れば、一目瞭然である。相手がどんな者であろうと、負けることのない確固たる正義の条件。それに傲ることも溺れることもなく、彼女は使おうとしたのだろう。間違うことなく、誰かの為に力を行使したのだ。

 

唯一の間違いがあったとするなら、"相手に同情してしまった"ことなのだろう。

 

正義の味方が倒すべき悪を、"人の枠に入れてしまった"ことだった。

 

「・・・・・・なぁ、私は強くなっただろう? お前よりも、誰よりも強くなったんだ。次は、次はどうすればいい? 私は、どうしたらいいんだっ!?」

 

少女の慟哭が大気を揺らす。

 

彼女は既に気づいているのだろう。

 

正義というモノの限界を。

 

正義とは独善であり、悪という前提がなければ成立しない不安定な代物だ。悪人を打ち倒し、歩く背中に死山血河の地獄絵図を造り上げて笑うことが、正しい正義だということを。

 

そんな現実に、この優しい少女は耐えられなかった。

 

「―――ウゼェんだよ糞アマぁ!!!」

 

彼女の悲痛な叫びに返ってきたのは、侮蔑と嫌悪に満ちた怒号に、鋼を纏った拳による殴打だった。

 

「ぎぃ、ああぁっ!?」

 

「あぁ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!! だからなんだよ? 正義の味方!? テメェごときが、そんな御大層な屑になれるわけねぇだろうが、ああ!!?」

 

盛大に鼻から血を流しながら、それでも竹刀を離さずに転がる箒を見ながらに一夏は言葉を吐きつける。

 

口からは血を垂らし、苦し気に箒に突かれた胸を押さえながら、一夏は彼らしくない、どこまでも"彼自身"の言葉を吐き出していく。

 

「どうすればいい、だと? じゃあ俺は、お前の前に立って手でも叩けばいいのか? あんよが上手ってか? 死ねよ、ゴミが」

 

「いっ、がぁ・・・」

 

「テメェの人生、全てで出来たのは俺への八つ当たりだけだ。つまんねぇ、カスみてぇな生き様だな。借り物の理想に依存して、お前っつーのはどこにあるんだよ!?」

 

「 ち゛ ・・・・・・いっ、が!」

 

「正義の味方なんて、いるわけねぇだろ。もし本当にいるんだったら、そいつは正真正銘のキチガイ野郎だ」

 

「い ぢ がぁあああああああああ!!!!!!」

 

獣のごとき咆哮をあげ、一夏へ向けて狂ったように駆け出す。止まらぬ血を拭いもせずに、全てを否定してみせた男へ遮二無二に突き進む。

 

振り上げられた竹刀は寸分の狂いなく一夏の頭へと堕ちるが、右手の腕甲がそれを防ぐ。甲高い音を響かせながらに、握った柄を手離して体を捻り踵蹴りが一夏の蟀谷(こめかみ)をぶち抜く。

 

フラつきながら一夏の拳が箒の顔面へ飛ぶがこれを潜り抜け懐に踏み込み、箒は左手を背に回すと同時に右の拳を鳩尾に叩き込む。息と共に血を吐きながらも、一夏は箒の脳天に肘を落とす。

 

もはや二人に容赦なんてものは無かった。

 

ひたすらに目の前の人間を潰す、それだけの思考のもとで潰し合う。

 

殴る。潰す。

 

斬る。潰す。

 

何時しか二人の手には再び竹刀が握られ、有らん限りの力をぶつけ合う。

 

何度も、何度も。

 

竹刀がぶつかり耳を貫く破砕音を奏でながら、殺人的な斬り合いが、互いを否定しながらに続いていく。

 

「「ああああああああああああああああああ!!!!」」

 

走馬灯のように巡る幼き頃の二人の光景。

 

額に汗を浮かべ切磋琢磨を重ねながら競い合い、幸福に満ちた皆がいる温かい日々が箒の心によぎる。

 

二度と戻らない明るい世界は、無惨な音を立てながら二人の竹刀と共に、砕けた。

 

「・・・・・・・・・・・・もう、いないのか?」

 

落ちた心が世界でただ一人、その思い人へと問い掛ける。

 

そうあって欲しくない、そんなことはない。あらゆる現実逃避を込めて、生ぬるい感傷を混めながら問い掛けた。

 

「私が好きだった、正義の味方はもう、いないのか?」

 

「あぁ―――」

 

現実は残酷だ。

 

一片たりとも、そこには優しい嘘なんて存在しない。

 

「―――正義の味方の織斑 一夏は、とっくの昔に"死んだよ"」

 

認めるしかないのだった。

 

受け入れるしかなかった。

 

変われなかった少女はこの日、変わり果てた少年はその日、誰にも知られぬままに殺しあった。




はい、こんな予定ではなかった。けど、気づいたらこうなってた。

篠ノ之流に関しては、原作に描写が少ないために全部勝手にやりました。

水平に構えたアレでピンと来た方は、私と文命堂のカステラを肴に冷やしたぬき食いましょう。

ヒント、獅子吼

では、また

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