とりあえず、最近空気気味な二人を出したかった。
ということで、セシリア 愛を語る回
世界が傾ぐように、軋みをあげながら歪んでいく感覚。
脳みそはレンジに入れたように頭蓋の中で液状に蕩けながら、目から溢れて滴り落ち、不快感を加速させていく。最悪以上に目を抉り潰したくなる衝動が、動脈の血液と共に体内を駆け巡り、幾度となく二つの眼球に指を突き立てそうになる。
心臓がイカレたように膨張と収縮を繰り返す度に、胸を裂いて肋骨を掻き分け引き摺り出せればどれだけ楽になれるか想像し、それにどうしようもなく憧れてしまう。
喉がひきつる。
鼻腔の鉄錆の匂いが脳幹を犯す。
真っ黒な"理解不能"がバケツを返したように、口から吐き出そうになる。
―――気持ち悪い
瞼に映された"彼女の涙"の光景に、思考の色が奪われていく。
自己が、朽ちていく。
―――気持ち悪い 気持ち悪い
頭をかち割れ。
首を落とせ。
髪を掴んで叩きつけろ。
そうすれば・・・・・・?
―――気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
そうしたところで、何にもなりはしない。
何よりも、それを拒否する存在が自身の中にあることを、少年は理解していた。
◇ ◇ ◇
「こんなところで何をなさっていますの?」
声が一夏の頭上から響いてきた。
それは、ひどく聞き慣れたもの。
だから、それが誰なのかも、一夏にはすぐに判った。
「・・・・・・お前には関係ないだろ、"セシリア"」
日も落ちた闇の中で輝くブロンドの髪と青い瞳の少女、セシリアは座り込む一夏を見下ろすように立っていた。
「こういうときは、ちゃんと名前で呼んで下さるのですね。とりあえず、ISを解除したらいかがですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
セシリアの言葉に、一夏は意外にも素直に従い、右腕を包む装甲と地面に刺さっていた《雪片弐型》を光の粒子に溶かし、《白式》に格納する。
剣も腕甲も、風に吹かれた灰のように消え失せていき、最後に顔のバイザーも消える。
そこから表れた相貌に、思わず顔をしかめた。
「・・・・・・っ!」
まるで死んだ人間のような眼だった。
普段の彼を知るなら、誰もが目の前の人間を同一人物かを疑うだろう。中身をくり貫いた人形のように生気が無い、廃棄物に溜まる汚泥のような色の瞳が、所在無く下を眺めている。
そんな様を目を細めながらに、セシリアは見詰めていた。
「本音さんとは、もう会いましたか?」
僅かに揺れる一夏の肩に、セシリアは既に二人の内で何かがあったことを確信する。
思い出すのは、眼下の男が主演の殺陣劇に、偶然にも観客席へと座らせられた少女の姿。
凄惨さと狂気に、悲惨な■■を乗せた見るも無惨で艶やかな劇。セシリアとの戦いが児戯であったのだと嘲笑うかのような過激で苛烈の中で、大切な友達の中にある深淵を覗き見た少女が、何を考え思ったのか想像するのは難しいことではなかった。
「きれいに泣くんだよ・・・・・・」
「・・・・・・?」
「あんな風な涙は、『二回目』なんだよ」
うわ言のような、ギリギリ聞き取れる声量で一夏が何かを呟いている。
それを聞き取ろうと、セシリアも一夏の前にスカートを畳ながら膝着いた。
「スゲー、きれいなんだよ。今の全部がどうでもよくなるくらい、キラキラ光ってんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうして、あんなに泣けるんだよ? なんで"誰かの為"なんかに泣けるんだよ? わけわかんないよ。誰かの為なんて、どうせ言い訳でしかないだろぉがよ。なのに、どうしてそんなことが、本当にできるんだよ・・・・・・?」
悲痛。哀愁。どの言葉も一夏には役不足だろう。
ただ静かに、滲み出る感情は言葉になって零れ落ち、闇夜の冷めた空気の中を木霊する波紋となってセシリアの心を揺らしていく。
もうそこには彼女が知る、あの傲岸不敵に嗤う織斑 一夏は居なかった。
「一夏さん・・・・・・」
不意にセシリアの細く、冷たい指が一夏の頬を撫でる。
一夏からセシリアの表情は見えないが、その手は縋り付きたくなるような優しさがあった。いっそ手を取れば、縋ってしまえば楽になれる。だが、彼はそんなことをしないだろう。
「一夏さん」
それからセシリアは、一夏の両頬を包み込むように、それでいて"ガッシリ"と掴むと囁くように言った。
「歯を食いしばってください」
寸前、顔を上げた一夏の目に入ったのは、ニッカリと笑うセシリアが思いっきり頭を振りかぶっている姿だった。
そして、とびきり鈍い音が響いた。
「~~~~~~いったぁ!? どんな頭してますのこの石頭!! あぁもう、これ絶対に腫れてしまいますわよ!?」
涙目になりながら自分の赤くなっている額を手で押さえ、それこそ本気で痛かったのか、一夏に対してあまりにも理不尽なことを矢継ぎ早に言いまくる。
それに反応できないまま、呆けたような顔で一夏はセシリアを見ることしかできないままでいた。
「だいたい何なんですの今の貴方は? いつもの人でなしみたいでゲスな笑いはどこに置いてきましたの? もしや、ギャップ萌えというのを狙っていますの!?」
「えっ、別に・・・・・・」
「もしも確信犯だというなら、"あっ、ちょっと可愛い"、なんて思ってしまったわたくしの負けじゃないですか!? どうしてくれますの!! よくもわたくしの純情を弄んでくれましたね!?」
「は、はぁ?」
支離滅裂に脈絡の無さすぎる、頭突きをした際に頭のネジが数本吹き飛んでしまったのか、アルコールでも入っているのかと疑いたくなる程に乱れるセシリアに、一夏は追い付けずに目を白黒させている。
「そもそも、貴方は本音さんを泣かせたようじゃないですか? そこはどうなっているのですか?」
一夏の顔を覗き込むように、それこそ普段の彼女なら有り得ない程の急接近に一夏は、逃げるように再び視線を下げる。
だが、セシリアからの視線から逃げれるわけでもなく、なおも自身に注がれる視線が、本音のような眼差しは一夏にとって自分を糾弾する非難の言葉にでも思えているのだろう。
何も話そうとしない一夏に、セシリアは溜め息を一つ吐くと、ダラリと下げられた両手を束ねるように集め、自身の手で握る。
「貴方の言ったとおり、誰かの為なんていうのは自分の行いを正当化するための言い訳に過ぎません。友情や信頼も、全ては個人が他人に向ける、一方的な感傷です。貴方が本音さんの友人であることを重荷に感じるならば、拒絶するのも、やむなきことだと思います」
セシリアから出た言葉は、一夏を責めるものでなく、むしろ彼を擁護するものだった。
ですが、とそこまできて、セシリアは再び一夏に向けて、言い放つ。
「本音さんが涙を流したのは貴方を、一夏さんを"愛している"からではないのですか?」
あくまで友人としてですが、というセシリアの言葉を聞きながらも、瞳孔が開ききるような感覚が一夏の体を駆け抜ける。
「だからなんだ、と言えばそこまでです。受け入れるか否か、最後に決めるのは貴方だけにしかできないことです。でも、そんなのあまりにもあんまりじゃないですか。これじゃあ、貴方たちが不憫すぎます・・・・・・」
本音がではなく、貴方"たち"。
それが意味すること、つまりはそういうことなのだろう。
「・・・なんで、そこまで俺を、信じるんだよ?」
「そんなの、決まっているじゃないですか?」
セシリアは笑う。
悪戯心の混じった、はにかむように綺麗に笑いながら、セシリアは言う。
「貴方がわたくしの友人であるからです。まぁ、貴方がどう思っているかは、知りませんけどね?」
「・・・・・・・・・じゃあ―――」
一夏の顔が初めて、セシリアを正面から見た。
彼は、笑っていた。
楽しげに、楽しそうに、何よりも嬉しそうに頬をつり上げて、お節介焼きな友人を眺めながら、一夏は笑う。
実に彼らしく、一夏は笑った。
「お前もこんな俺のこと、愛してくれんのか?」
「はい!? いや、あの、それは・・・・・・わたくしとしても、貴方のことはそれなりに・・・・・・」
「ぶっ、カッハハハハハハハ!! 冗談だよ冗談。俺は"のほほんさん"一筋だからよ、お前の愛には答えられねぇんだわ! ゴメンねぇ、せっかくマジになってくれたのにな?」
「なっ、何を言ってますの!? あくまでも、友人としてですわ! 誰が好き好んで貴方みたいな愉快犯を!!」
「アッハハハ! そりゃ、そうだ」
いつものような口喧嘩。
目の端に涙を浮かべてからかう一夏、顔を赤くしながら肩を掴んで揺らすセシリア。
いつものように一夏は笑って、セシリアはいつものように怒ったように笑う。
「―――なぁ、"せっしー"。今の俺は今日だけだ。明日にはいつも通りの俺になってる。だから、今のうちに言っとくよ」
さっきとは逆に一夏は見下ろすように立ち上がり、一歩後ろに下がりながら、優しく微笑み慈しむように彼は言った。
「ありがとよ、セシリア」
それだけ言うと、セシリアに背を向けて一夏は校舎へと歩き出した。
「・・・・・・卑怯者」
そんな背中に向けて、拗ねたようにセシリアが静かに呟いた言葉に背を向けて、一夏は止まらずに歩いていった。
◇ ◆ ◇
コンクリートを蹴る音だけが廊下に鳴っている。
カツン、カツンと音が鳴る。
「いいのかねぇ、俺がこんなに幸せで」
彼の他に人はいない。
世界が切り取られたかのように、誰もいない真っ更な廊下を一人で、人身の得た幸福を皮肉りながら、少年は歩く。
悲しげに、寂しげに。
「愛、ねぇ」
月明かりの照明に照らされながら、少年は一人道を歩く。
向かう先には闇があり、歩いた後にも闇が続く。
カツン、カツン。
生きてきた道は短く、行く先にはあるのも大して長くはない真っ暗闇。見据えるものは未来か希望か、それとも見果てぬ絶望か。
「あの涙が愛の証明だっていうなら、あの人が、"織斑 千冬"が俺を愛してくれてるっていうのかよ?」
音が止まって、月も雲に隠れる。
耳障りな静寂と、肌に突き刺さる闇が歩みを止めた演者に、次を催促する。
「・・・・・・それこそ、有り得ねぇよ」
物語は進む。新たな役者を動かし、時を加速させるように事態を深刻化させていく。
『舞台』は要求する。
影が光り、現れた剣の眼を鋭く魅せる一人の少女に。
壊せる? 壊せない?
選び、戦えと。
「・・・・・・どうしたんだよ、箒ちゃん。こんな場所に何かご用で?」
「用はお前にだ、一夏」
右手に竹刀を、心には刃を。
触れれば切れる抜き身の刀のごとき覚悟を備え、少女がまた一人盤上の役者として身を乗り出す。
誰が望もうと、誰もが望むまいと、もう止まりはしない。
病んだ脚本は滲み出るインクで汚れきった。
人形劇は止まらない。
終わりの始まらない人類賛歌は、気が違ったように鳴り止まない。
「私と、果たし合いをしてもらう」
『世界』でさえ気づかぬ程に、小さく歯車が狂いだした。
さぁて、次回は遂に完全空気化していたモッピーの出番だ!!
ていうか、東京喰種が意外にも面白かった。人間読まず嫌いは損をするもんですね。
オマケ 弟にボツられた二十三幕のセリフ
(わかりませんか? 今まさに、少しでも視線を上げれば彼女のニーソックスに包まれた絶対領域がお見えになるんですよ。絶対領域、実にいい響きですよね。本来ならニーソックスとミニスカの間に見える肌色成分のことを言うのですが、のほほんさんのは"スカートに隠れた絶対領域"なんです。普段こそ隠されていますが、こういう状況になって初めて、覗き込むことによって見えだす新たな可能性の獣がカタパルトでフライアウェイするのを待ち構えているんです! そう、普段は隠れているからこその一瞬のエロさ! 覗き込むという背徳感から生み出される興奮! 何よりも奥に控える下着の存在も合わさり、もはやブラックホールのごとく俺を吸い寄せる魔性のトライアングルなんすよ! つまり、今この時点で俺のカレイドステッキがデストロイモードに成りかけているのも仕方がないことで、その秘境に顔をダイブさせねばならない義務が発生するのも必然であるわけなんです)