色々説明不十分なイギリスエンカウント
「答えろ」
静かな声が響く。
相手の僅かな反抗心さえ赦さない、絶対零度の音。空間を震わせ、耳を貫き、脳の動きさえも鈍らせるような圧倒的な何か。
無意識に頭が下を向き、力を抜きとられるように膝が折れ、気付けば五体全てが地に伏すような圧力が、世界を侵略していく。
「YESかNOかの単純な選択肢が、お前に残された唯一の自由だ。それ以外の言葉は、お前自身の首を絞める縄だと思え」
それを一身に受けながら、男の顔には笑みが浮かんでいた。それが強がりであるのは誰の目にも明らかだ。僅かに汗ばんだ額に人工の光を反射させながら、ひきつった笑顔で声の主を見据える。
「答えてもらおう」
世界最強と謳われ、世界の誰もがその姿に熱狂した、氷柱のような美しさと鋭さの黄金比を突き詰めた女が、言葉を紡ぐ。
「私の参考書と電話帳をすり替えたのはお前だな、織斑」
「本当にすいませんした!!」
□ □ □
一時間目が終了し、今は休み時間。けれど、この教室に限っては異様な雰囲気が包み込んでいる。
それもそのはず。この教室には織斑 一夏という、この学園唯一の男子がいるからだ。
女性というのは三人寄れば姦しいという言葉があるように、今現在この教室ではこの一人の人間の一挙一動で騒ぎが起きるような状態である。さらに上乗せするように他のクラスの女子も集まりだし、一夏を中心とした半径五メートルほどの円が出来上がっている。そんな状態の全員が彼に声を掛けるか掛けられるかを、互いに互いを牽制しながら構えているために妙な熱気が教室中に立ち込めている。
「あ〜あ、"姉貴"ならバレねぇと思ったんだけどなぁ」
かつてのアメリカとソ連を彷彿させるような冷戦状態の真っ只中で、一夏はそんなこと呟いた。バレない、というのは先程の授業の最初にあったことで、家から間違えて持ってきた古い電話帳と教師用の参考書をすり替えたことだ。ハッキリ言うが、参考書と電話帳の共通点は同じサイズの立方体というだけで、表紙も内容もまるで違う。百歩譲って間違えたとしても、どうしてバレないと思ったか、教職を嘗めているのかとツッコまずにはいられない。
「ねぇねぇ、おりむー」
「んー?」
「織斑先生って、おりむーのお姉ちゃんなの?」
「そーだよー、ってどちら様?」
そんな唯一の男子である一夏の元に、一人の女子生徒がいた。背丈が非常に小柄であり、余りに余った制服の袖がとても印象的な少女。今まさに間近で見ている一夏でも、とてもではないが、第一印象で高校生と見るには無理があるルックス。だが、彼はそこまで考えてある一点に視線が固定される。
「・・・・・・あるな」
何がとは言わない。
「おりむー?」
「ん? あぁ、おりむー、っていうのは俺のことか?」
一夏がそう聞き返すと、余った袖を振り乱して「そうだよー」と、なんとも間延びした返事を返してくる。
「織斑だから、おりむーなんだよ?」
「おぉ、素晴らしいセンスだな。それで、お宅はどちら様で?」
「布仏 本音だよー。よろしくねー」
そう言って少女、布仏 本音はバタバタと袖を振って見せる。このまま頭を撫でたらどうなるのか、などという邪な考えが一夏の思考をよぎるが抑える。そんなことをして、訴訟なんて起こされたら逃げ場がない。
「布仏ね。なら、これからは"のほほんさん"と呼ばせて貰おう」
「うん、いいよー」
何を張り合っているのか、『のほとけ ほんね』を縮めて、雰囲気も合わせて"のほほんさん"と呼び始める一夏。最後の"さん"はご愛嬌である。
そんな感じに本音と一夏が周りの人たちを無視して、和気あいあいとした空気を醸し出し始める。そんな光景を見て、勇気を出しきれなかったことを悔やんでいる者や二人の会話に耳を澄ます者、無言で無音カメラのシャッターをきりまくる者と、様々なリアクションをとっている。
「ちょっと、よろしくて?」
そんな二人に話しかけてきたのは、鮮やかな金髪を縦ロールにし、白人らしい白い肌、透き通るような青い瞳を若干高圧的に細めた、いかにもな貴族様だった。
「聞いてますの?」
「聞いてるよ。えーと・・・・・・」
「せしりんだよー」
「成る程。よろしく、せしりん」
「なっ!? ち、違いますわ! 私の名前はセシリア・オルコットです!」
本音のナイスセンスなネーミングに絶妙なツッコミを入れる貴族様、正式名称セシリア・オルコットである。
「せしりんはねー、テストが首席でイギリスの候補なんだよ?」
「入試が首席でイギリスの代表候補生なのか。スンゲーエリートじゃん」
「・・・・・・今ので判りましたの?」
「考えるな、感じろ」
「・・・・・・訳がわかりませんわ」
「まぁ、もともと知ってたし」
「〜〜〜馬鹿にしてますの!?」
「馬鹿になんてしてないよー」
「そうだ、コケにはしているがな」
「それは、おりむーだけ」
「なっ! 貴様、裏切ったな!?」
つい、大きな声をあげてしまったセシリアだか、エリートな彼女はすぐに理解できた。目の前の二人にどれだけ真面目に話そうとしても、こちらが疲れるだけである、と。思わず溜め息が溢れそうになるが、そこら辺は国家の代表の候補生、決して弱気なところなど見せたりしない。
「んじゃま、とりあえず。俺は織斑 一夏。イギリス代表候補であるアンタと違って、努力も誇りも信念も入試も無しにこの学園に入学した、ただのラッキーマンだ。一緒のクラスで不満タラタラかも知れんが、お付き合いのほどを」
そう言って、一夏はセシリアに向かって右手を差し出すが、その右手を訝しげにセシリア眺めるだけである。
「あら、男との握手はお嫌いで? もしかして潔癖性だったり? そもそも下々の者に触れるなど虫酸がダッシュしたりします?」
「・・・・・・貴方には色々と言うつもりでしたが、何だかどうでもよくなっしまいましたわ」
それだけ言うと、ひどく不快気にセシリアはその長い金髪を揺らしながら自分の席へと戻っていってしまった。
「・・・・・・おりむー、今のは駄目だよぉ」
「いいんだよ。お互い無理に好き好んで形式だけで仲良しこよしする必要なんて、毛の先程もないんだからよ」
どこか心配そうな声で言う本音に対し、一夏はどこまでも飄々とニヤニヤとした笑みを浮かべて、金髪を揺らす背中を眺めて笑っていた。
調べると91あるらしいです。何がとは言わないけど
ということで、オルコットさんとのエンカウントでした
なんか扱いが雑? 仕様です