IS-Junk Collection-【再起動】   作:素品

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まず一言

10/17金曜日に日間ランキングの堂々一位に輝きましたぁ!!!

もう何がなにやらわかんねぇでしたけど、これも皆様の御愛好あってのことです!

本当にありがとうございます!!

んな訳で、会長が生きる道回


第二十四幕 仁聖理論

世界を照らす陽が、橙の色に変えながら夜の幕を落としていく。

 

一夏は、そんな太陽の残り香を絡めるように手を伸ばす。

 

指の間から煌めく光が目に突き刺さる僅かな痛みに眉を寄せながら、さらに手を伸ばす。

 

この行動に意味なんてない。

 

ただ、どれだけ翳そうと、右腕を包む《白式》が、あの美しき暖かさを写すことはなかった。

 

「こういうの、泣ける夕日とでも言うんですかねぇ、会長?」

 

学園の中庭で、何もかもが夕焼けの色彩に染められる中で、一夏は背後の楯無にそう訊いた。

 

返答は返ってこなかったが、代わりに聞こえてきた金擦れの音に、露骨な溜め息を吐きながら静かに両手を上げる。

 

「さっき"本音"に怒られたばっかだろうに・・・・・・。っんな物騒なもの向けないでくださいよ」

 

破槌槍《蒼流旋》

 

楯無の専用機に装備されている近接武器であり牽制用に四門のガトリングを取り付けられた槍が、一夏の背中数センチの場所で構えられていた。すでに楯無の細い指は柄のトリガーに添えられており、指先を少し押し込むだけで人一人分の挽き肉を作るには充分過ぎる代物だ。

 

「あなたは、何をしようとしているの?」

 

一夏の言葉を無視し、楯無は冷淡な言葉を投げ掛ける。

 

さっきまで一人の少女に正座し、叱られ鼻を鳴らしていた同一人物とは思えぬほどの凛とした立ち姿。槍の穂先に明確な覚悟と意思を乗せて、二つの緋色な眼孔は冷徹な陰りに一夏を映し出す。

 

あの暗い空間、斑に汚す返り血を浴びながら拳を走らせた、あの時の更識 楯無が、そこにはいた。

 

「黙秘権って使えます?」

 

「・・・・・・あると思うの?」

 

「なら俺が喋ると思います?」

 

常人であるなら口を開くことさえ困難な重圧に晒されながらも、一夏はヘラヘラと軽口を叩く。

 

楯無が自分に危害を加えないと確信しているからか、もしくはこの状況さえ彼にとっては痛快な歌劇でしかないのか。どちらにせよ、真っ当な感性ではない。

 

「・・・・・・なら、質問を変えるわ。あなたは何を知っているの?」

 

元より予想の範疇だったのか、楯無は槍を一夏に向けながらに、早々と内容を変える。この場において最も回避すべきは、一夏のペースに呑まれることだからだ。

 

楯無は少なからず目の前の男の人間性を理解しつつある。

 

それを確信へと至らせる為にも、ここで退くようなことがあってはいけないのだ。

 

「知ってるも何も、俺は知ってることしか知りませんよ」

 

「白々しい言葉遊びに付き合うつもりはないわ。全てを話しなさい」

 

「・・・・・・・・・・・・きひっ」

 

上げていた手が下ろされ、一夏が振り替える。

 

その表情は、まさしく"あの時"のソレであった。

 

「では、何からお話いたしましょうか。対内外国暗部掃討を任された一族が『更識』の、十七代目当主として『楯無』を襲名いたした、"更識 刀奈"殿?」

 

ゲラゲラゲラゲラと狂笑を浮かべる一夏から吐き出された言葉に、楯無は内心が面に出ないように必死に堪える。

 

予想以上、いや現実は楯無の想定していたものよりも深刻だった。

 

以前の会話より、一夏が『更識』というものを既知であるようなことを言っていた。ただ、それも対外的なものであると思っていた。だが、あの"名前"が出てきた。

 

―――更識 刀奈

 

それは、まぎれもない彼女の本名である。

 

存在自体を隠匿し、悪意を持つ者たちの影より迫り現れる不幸で在るのが『更識』。その長となる人間は個であってはならない。その体を主柱とし、その命は余すことなく『更識』であり、咎人の首を切り裂く刃であるがゆえの『楯無』。それは脈々と受け継がれる御旗であり、当主を守る為の代わり身だ。

 

本来なら、更識の極一部でしか知られていないはずの名前。逆に言えば、それを知るということは当主の絶対な信頼を勝ち取ったという意味になる。

 

そして、まったくの部外者がそれを知っているということは、組織のほぼ全てを知られているのに等しいということだ。

 

「どこでその名前を・・・・・・?」

 

「んー、俺ってば意外にミーハーなんですよ。気になったことはついつい調べちゃうんですよ。そういう所もあって、新聞部の副部長さんとは、結構仲良くさせてもらってるんですよ?」

 

「!?」

 

一夏により語られた新たな情報。

 

自身の友人である、黛 薫子が一夏と接触していた? 何故、と思考を巡らす間もなく、一夏はゲラゲラゲラゲラと続ける。

 

「あら、もしかして知らなかったんですか? それはそれは、何とも不運なことで。ついに巻き込んでしまいましたねぇ?」

 

「あの子は関係ないでしょ・・・・・・!」

 

「そんな理由が"俺みたいなヤツ"に通じると思ってるんですかい? かの御大将は仰りましたよ、戦争にヤリ過ぎなんてもん有るわけねぇだろ!」

 

それは一瞬の閃きだった。瞼が閉じられ、開く瞬間には一連の動作は全て完結していた。

 

一夏の顔面にはカッターの鋭さを彷彿させるバイザーが、右腕は肩口までを鈍い白色の装甲が纏わりついている。さらに、手の内には長刀《雪片弐型》が。

 

そして、楯無の喉には鈍色の鋭利な凶器が据えられていた。

 

「俺みたいな手合いに喧嘩を吹っ掛けるのに、あんたは守るものが多すぎんだよ! そんなんだから身内から愛想尽かされんのさ。あれもこれもな浮気性のエゴイストに誰が着いてくるんだ? 力も無いアマチュアにぃ、何が出来るってんですかねぇ!?」

 

一夏はわらう、笑う、嗤う。

 

愉悦至極と言わんばかりに、声高らかに一夏は嘲笑う。

 

何がそこまで愉しいのか、本人さえ"解らぬまま"に、一夏は嗤い飛ばす。

 

「あんたはずっと一人さ! そうやって身勝手な善意振りかざして、いつまでも一人遊びに股濡らして喘いでればいいさ。周りに誰もいなくなって、それでも誰かを守れるってんならやってみろよ!! 」

 

▼ ▼ ▼

 

「・・・・・・あなたの言うとおりよ」

 

彼の嗤い声が途絶える。

 

認めたくはない。私のやってきたことの全てが、自己満足の延長線でしかなく、"あの子"を苦しめるだけだったなんて。

 

でも、認めるしかない。

 

「あなたは間違ってない。私には、自分の正義を自己満足と割り切る傲慢さもない、守りたかった家族が苦しむ姿を見ても逃げることしかできなかった、ただの臆病者。私はあの子の、簪の"正義のヒーロー"にも、姉にすらなれなかった・・・・・・」

 

その事実から、私は目を逸らし続けていた。自分を慰めるだけの甘い都合のいい結果論だけを求めて、本音や簪を泣かせてしまった。

 

ホント、酷いヒーローもいたものね。

 

だけど、例え一人になったとしても―――

 

「それでも私は、『更識 楯無』として生きなければならないのよ!!」

 

今まで逃げてきた。

 

だけど、自分からも逃げてしまったら、私は本当に駄目になってしまう。

 

それだけは駄目。そんなこと、"更識 刀奈"が許しはしないのだから。

 

「逆に訊くけど、あなたは本音のことをどう思ってるの?」

 

睨みつける先、世界唯一のイレギュラーにして、本音の大切な友達、織斑 一夏に向けて私は言い放った。

 

勘違いでないなら首筋に触れる剣の先が、少しだけ震えている。

 

「本音だけじゃない。イギリス代表候補のセシリア・オルコットは? 幼馴染みの篠ノ之 箒は? 最近なんかじゃ中国の代表候補とも仲が良いらしいじゃない。それに一年一組のクラスメイトとかは? その人たちとは―――」

 

「黙れ」

 

剣が持ち上がり、針を刺すような小さな痛みと一緒に、赤い血が流れ出て、白磁の刃の上を流れていく。

 

向けられる敵意は、今まで感じてきたもののどれよりも、荒れ狂う暴力のように激しい。

 

けれど、震えはさらに酷くなっている。

 

「あんたが何を言いたいかは判らねぇ。俺にとってアイツらは使い捨てられる人形さ。悲劇のヒロインほど、少し優しい顔してりゃ簡単―――」

 

「本当に?」

 

声が止まる。

 

彼の表情は見えないが、頬を伝う汗と震えが酷くなる。

 

それだけで、彼の心情が見えてしまう。

 

「どういう、こと、だよ・・・・・・?

 

「あなたにとって、この学園の人間は、もう使い捨ての他人じゃないんじゃない?」

 

「意味が、わからねぇな、意味がわからねぇよ!? 理解不能だよクソアマ!! テメェ、何が言いてぇんだよ・・・・・・!? この震えはなんだ!? 俺に何をした!!?」

 

「・・・・・・・・・・・・本当にわからないの?」

 

槍を消しながら、不自然に落ち込んでいく声で問いかけた。

 

あまりにも酷すぎる。もはや彼を表現しきるだけの言葉が見つからない。

 

どうしたらこんな人間が出来上がるの?

 

伊達に裏に生きてきたから、他者の懐に友人として潜り込む卑劣なニンゲンたちも、多く見てきた。でも、そんな鬼畜どもでも人と人の目に見えない繋がりを、人として極々当たり前な不可視の糸の存在を自覚できていた。むしろ、知っているからこそ、それ利用することがどれだけ有効な手段であるか理解してるからこそ、『絆』を下劣な目的に利用していたのだ。

 

そんな常識を、人として不可欠な感覚器官を、目の前の彼は知らない。

 

「本当にわからない? あなたの傍にいる彼女たちは、ただの他人でしかないの? 皆と一緒にいたときに感じたのは、利用する相手を見下す冷たい感覚だけ?」

 

「うるせぇ、喋るなぁ!! 何もあるもんかよ! 掃き溜めのゴミに情なんて湧くわけ―――」

 

「本当に?」

 

その一言で、彼は無様なほどに動揺してしまう。

 

見ていられない。あまりにも『歪』過ぎる。

 

頭では理解できているのかもしれない。友達という人間関係を、彼は知っているのかもしれない。だけど心は、その言葉の本質を識らないでいる。

 

彼を苦しめているのは『後悔』だ。

 

本音の涙で芽生えてしまった人として、当たり前な感情。

 

大切になってしまった誰かを、悲しませたことで気づいてしまった、確かな人の心が彼を苛んでいる。

 

もはや一週間前の怒りなんて無い。有るのは同情、それさえ越えて愛しさすら感じてしまう。

 

「・・・・・・でも、あなたを救うのは私じゃない」

 

剣は手で押しただけで簡単に離れてしまった。それどころか彼の手を離れて地面に刺さる。その本人も、膝から崩れるように座り込んでしまった。

 

血が出る首を手で押さえながら、俯く彼に聞こえるように姿勢を下げて、私は言った。

 

「苦しみなさい。苦しんで、苦しんで、答えを見つけなさい。そうすれば、いつか心から笑える日がくるわ」

 

我ながら酷い女だと思う。

 

年下の男の子をここまで追い詰めておいて、言えることがこんなことなんて。

 

だけど、あなたの苦しみは、やがてあなたの"心"になる。

 

―――それまでに、どうかあなたが壊れてしまわぬよう、自分じゃない誰かを心から愛せるようになるときまで、見守らせて欲しい。

 

大切な家族が愛した少年に背を向けて歩きながら、私はそう願わずにはいられなかった。




この会長は弄られるだけではありません。伊達や酔狂で最強を名乗ってません。

何かしら無理矢理感が否めませんが、私は満足だ!

では、また近い内に

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