稲刈りの合間を縫って書き上げました。
リンさん、マジリスペクト回
世界はいつだって予想外の事を抱えて待ち構えている。それは規模、低劣高尚関係なく唐突に始まり、時には常識の一切を否定し尽くす。
「なんなのよ、これ・・・・・・」
所在なさげに立ち竦む鈴音は、誰に言うでもなく、そう呟いた。
ISとは最も安全な兵器。それが世界の定説だ。代表候補である鈴音にとっても、わざわざ確認するようなことでもない事実。
そんな現実は目の前の惨劇によって、還付なきまでに破壊されてゆく。
そこには『異常』と『異形』がいた。
「なんで、こんなことになってんのよ・・・・・・?」
異形のISは、全身に幾つもの砲門を持ち、両肩部に二門、腕部に二連装のビーム砲が絶え間なく赤い閃光を吐き出している。そして、掌に存在するアリーナのシールドを破壊した二つの主砲。さらに不規則に並べられた砲口が暗い口を開けている。加えて、その全身にはアンバランスな機体を支える為か、複数のスラスターが見える。
異形は忙しなく飛び回る『白』を撃ち落とさんと、弾幕を張りつつ距離を詰めていく。
対する『白』は、真っ黒な■■を従えた笑みで嬉々として白刃を構えて光雨の中に身を投げ込む。
狂っている。
イカレている。
目の前の奴らは、互いを"殺し"、"殺そう"としている。
「ぅぐっ、ぁぁ・・・・・・!」
今にも胃の中身を吐き出しそうになる恐怖。
風景から色が消えていくような轟音と■■のぶつかり合い。
誰もが目を逸らしたくなる、あまりにも常軌を逸脱した最悪な最悪に、鈴音の心が音を立てて崩れようとしていく。
「いや、助けて。誰かぁ・・・・・・弾、助けてぇ・・・!」
『―――ん、凰 鈴音! 聞こえているか!?』
意識の飛びかける間際、鈴音の頭に響いてきたのは冷然とした女性の声。
「・・・・・・織斑、先生?」
『ああ、どうやら無事なようだな』
幾分か険の取れた声から向こうの千冬が、少なからずも焦っていたのを感じさせる。
そして、鈴音も知人の声を聞くことで冷静さを取り戻し、数度の深呼吸によって吐き気も落ち着きをみせた。
『ともかく現状の確認だ。話せるか?』
「・・・はい、問題ないです」
『よし、今お前たちが相手にしているのは、完全な所属不明機だ。あの兵装からすれば大方の目的に検討は付くが、推測の域は出ない』
「テロリスト、ですか?」
『さぁな、例えどのような目的が在ろうと、ヤツはこちらを脅かす敵には間違いない。観客席の生徒たちは、居合わせたセシリアが誘導し避難済みだ』
視線を周囲に回してみると、鉄製の扉の全てが無理矢理こじ開けられている形跡があり、彼女が何をしたのか想像させる。
『緊急用のゲートがあるはずだ。お前はそこから脱出しろ』
「あの、でも、一夏がまだ・・・・・・!」
千冬の進言に鈴音はこの場から出れることに安堵するが、すぐに一夏の存在を千冬に伝える。
既に教員たちもISで武装し、この場の鎮圧に来てくれるはずだ。
そう思っていただけ、次の言葉に織斑 千冬という人間の正気を疑った。
『放っておけ』
何の色も感情もない、何処までも冷えきった言葉に鈴音の思考が白く染まる。
「見捨てるんですか!?」
理解の追い付かない思考をギリギリと動かし、鈴音の震える声が糾弾するように千冬へと向けた。
千冬の発した言葉は、彼女にとって決して許容できないものだ。
仲間を置いて逃げる? そんなことをするくらいなら、自ら舌を噛み切る方がマシだ。それが凰 鈴音という少女だ。
そんな彼女の叫びに返ってきたのは、千冬の深いため息だった。
『お前の言い分は正しい。だがな鈴音、"善意だけで人は救えない"。理想家に人が導けないように、力を持たない人間がどれだけ騒ごうと、それはただの雑音だ。聞くに堪えない、幼稚な子守唄にすぎない』
それは鈴音を咎めるような言葉ではない。
ただ静かに、理解してもらおうと語りかける、母が子に向けるひたすらな優しい願い。
『お前では無理だ。あの戦争は、あの二人は止められない。だから、早く逃げろ!!』
その千冬の声が響くと同時に鈴音が視界の端に捉えたのは、武器を奪われ、地に転がり落ちる一夏の姿だった。
◇ ◇ ◇
まず感じたのは、喉にせり上がる焼けつくような胃液の苦味。
次に来たのは、痛みと衝撃。
「――――――ッ!!?」
『敵』の撃ち出す閃光の嵐を回避しながら接近、ついに彼自身の間合いへと到達する。セシリアのよりも濃密な弾幕を展開しているが、それも一方向から飛んでくるもの。砲口が見えている時点で、直線的な銃撃など一夏にとっては何の意味も成さないのだ。
そう、セシリアの時のような、"巫山戯た遊び心"は一切無い。
あくまでも真面目に、真っ直ぐに、嗤いながら剣を振りかざす。
それでも彼は自分の愉しみを優先してしまっていた。故に、今の様にいたる。
単純な話だ。
正面から斬りかかり、刃は右の手に受け止められ、返ってきたのは左の鉄拳であった。
「きぃひひひひぎきくくかかかかっ」
吹き飛び、砂塵を巻き上げ体が跳ね回る中で両手を地面に突き刺し勢いを殺しながら、一夏は喉を鳴らせるように嗤う。
相も変わらず、目を隠すようにある等間隔に斜線の引かれた、カッターの刃を思わせる鋭いバイザーを無視し、その口角は彼の心情を雄弁に語るように引き上げられる。
唯一の武器を奪われはしたが、『敵』はいまだに《雪片弐型》をその右手に握りこんでおり、アリーナの強固なシールドさえも破壊する主砲の一方が使えない状態にある。
それでも左が残っている。
一撃でも当たれば、ISの《絶対防御》の上からであろうとこちらを消し飛ばす必殺は、それだけで十分過ぎる脅威となる。さらには数多のビーム砲を備える『敵』に何処を差し引こうと、一夏には優勢なものなど存在しない。
だが、一夏はそれでも嗤う。
「ィヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
両手を地に着け、猫のように背を伸ばしながら構える。
『敵』も、全砲口を一夏へと向けて静止する。
どれだけ贔屓目に見ようと一夏に勝利はない。そう考えさせられながらも、彼に引き下がらない。不敵に不遜に不気味な笑顔を貼り付けて、対する無機質で無情な無貌に並べ侍られたレンズを見据えて嗤う。
ゲラゲラヘラヘラニヤニヤと、
笑い、嗤って、嘲笑う。
「さぁ、仕切り直しといこうぜ?」
『白式』のウイングスラスターから青白い焔が噴出され、『敵』も左の掌を一夏に向けてエネルギーを集約させていく。
二体の戦争は、第二幕へと動き―――
「何やってんの、あんたはーー!!?」
唐突に聞こえてきた甲高い声と同時に『敵』が左腕を空に向けてレーザーを撃ちだし、それを寸で回避しながら、赤銅色の鋼が一夏の横に降り立った。
IS『甲龍』を纏った、中国代表候補である凰 鈴音が息を切らしながらに現れ、張り詰めた空気が霧散していく。
「色々と訊きたいことはあるけど、あんたは早く逃げなさい!」
「・・・・・・はぁ?」
「いいから、さっさと―――」
一夏は鈴音の言葉を遮るように、彼女の後頭部を殴り付けた。
声すらあげさせず地面に叩きつけ、鈴音の頭を正面から掴み上げ、一夏は自分の眼前に持ってくる。
「えーっと、何だっけ。逃げろ? なにそれ、新手のギャグにしてはセンス無さすぎ。それとも、アレ? 俺を助けにきたよー、みたいなやつ?」
バタバタと暴れる鈴音を、さらに力を加えることで強制的に黙らせながら、淡々と一夏は独り言のように言葉を紡いでいく。
「いやー、格好いい。知り合い残して一人で逃げられるかー、みたいな? 吐きそうだ。テメーの『正義』はただの『ゲロ』だ。見てるヤツも思わず貰いゲロしちまう、綺麗で美しく素晴らしい鼻を摘まみたくなるような臭ぇ綺麗事だ。特に、そんなビビりまくってる状態で来てるって辺りが美談だね。涙が出るよ」
「あっ、ぎぃ・・・・・・!」
「なぁ、俺はテメェみてぇなヤツが嫌いだ。現実と理想の天秤がぶち壊れたような夢追い人が。その頭かち割って風通しよくすりゃ、少しはまともになるのか?」
そう言って一夏はさらに力を加えていく。それこそ、手の内のモノを握り潰さんとするように。
痙攣するように動いていた鈴音も次第に動きが小さくなっていく。
だが、
「・・・ふざ、けんじゃ、ないわよ」
鈴音の右手が、一夏の腕を掴み引き剥がしていく。
徐々に離れていく手の下には、溢れる涙の奥に、確かな意志の炎を孕んだ瞳があった。
「誰が、あんたを助けるなんて、言ったの。あたしは、あたしが"逃げたくない"からここに来たのよ!」
「・・・そんなにビビってんのにか?」
「五月蝿い! ホントはこんなとこ一秒だって居たくないわよ。だけど、あんたを、"友達"を置いて逃げたら、あたしは弾に会わせる顔がない!!」
完全に腕を離し、逆に一夏の首を掴んで引き寄せながら、鼻がぶつかり合う程の至近距離で鈴音は一夏に叫ぶ。
「あたしはあたしの為にここに来てるの。だから、あんたはあたしの為に助けられろ!!」
一夏は考える。
掴まれた首から伝わる腕の震え。血の気の失せた肌。焦点が合わず、開きかけている瞳孔に深い呼吸。
自分の所為とはいえ、そんな状態で啖呵を切る少女の姿に、言葉が詰まる。
「・・・お前の青竜刀、寄越せ」
「えっ?」
「アイツに得物取られてんだよ。貸してくれ、二本。あと、お前は下がれ。もう限界だろ?」
「・・・・・・あんたの所為なんだけど」
「だから任せな。お前は安心して死んでろ」
加害者であり騒動の原因である人間とは思えない物言いに眉を寄せながら、渋々に鈴音は《双天牙月》を手渡す。
「あと、殴って悪かった・・・」
そんな彼女から剣を受け取りながら、一夏が小さく言った言葉に一瞬呆気に取られるが、ニヤリと笑みを浮かべると背を向けてゲートへと移動していく。
再び二体だけの状況の中で、両手に下げた武器の重みを確認しながら、一夏は『敵』へ向き直る。
「・・・・・・いい女だよなぁ。あんな女を殴るたぁ、俺もヤキが回ったか? マジで弾くんが羨ましぃぜ。そう思わね?」
カラカラと軽薄に笑いながら、会話中も攻撃をしてこなかった『敵』に問い掛ける。
勿論、返事が返ってくるわけもなく、ただ左の掌の砲口を一夏に向けるばかりであった。
「まぁ、モテねぇ野郎同士、さっさとこの三文芝居に幕を引くとしようぜ」
その言葉と同時に、一夏の姿が"消えた"。
いや、そう見えただけだ。《瞬時加速》という、エネルギーを大量に消費する代わりに、瞬間的なスピードを急激にあげる技術であり、消費するエネルギー量で速さも変わる。一夏はそれを連続で使用、高速の多角的な軌道で『敵』の狙いを撹乱する。
『敵』も捉えきれないと判断したのか、当たれば御の字の全方位攻撃を開始する。
だが、それは悪手だ。今の一夏を抑えるには貧弱すぎる。
「まずは、一本!」
迫りくる紅い光線を掻い潜りながら右に回り込み、《雪片弐型》が握られている腕に目掛けて《双天牙月》を投げ込む。
大気を唸らせながら一本目がその剛腕に食い込み、それに二本目が激突、破砕音を響かせながら右腕が切断された。
腕が地に落ちるより早く『敵』の左拳が迫るが、鞘から抜き出すように《雪片弐型》を正面から叩き斬ることにより迎撃、破壊する。
「二本目、最後ォ・・・・・・!!」
一夏の叫びが轟く。
全身の力、ISのパワーアシストの全てを使った鈍色の白色が光り、『敵』の体内に刀身が吸い込まれていく。
そして―――
「先に地獄で待ってろ。"あいつら"土産に、すぐにそっち行くからよ」
『敵』の胴体が切り離された。
切断面から噴き出す機械特有のスパークを瞬かせながら、四肢を落とされた異形が地に墜ちていく。
「じゃあな」
一夏は静かに、自分を見詰める顔へと、剣を突き刺した。
貧乏暇なしと言いますが、この時期の一次産業はマジで大変です。
余談ですが、リンリンに言ったことですが、あれ原作の白サマーに言ってやりたいです。
これからも頑張っていきます。