誠にありがとうございます!
そして、今回ほどセクハラタグが機能する回は初です。
ということでセシリアにセクハラ、略してセシハラ回です。
箒と本音を残し、一夏、セシリア、鈴音の三人は食堂への道を歩いていた。
「ねぇ、あの二人はどうしちゃったのよ・・・・・・」
道行く途中で、片手に紙袋を下げた鈴音は先の状況を一夏に訊いた。自分が扉を開けた先の光景、本音が箒を抱きしめ、それを神妙な顔で眺める他二人。それだけを見て全てを察しろというのは酷な話だろう。
「おいおい、呼び出しておきながら遅れて来るようなヤツに、何でンなこと説明せにゃいかんのよ?」
そんな質問に真面目に一夏が答えるはずもない。箒の事情を考えて話さない、という風にも捉えられるが彼にかぎってそれはないだろう。
「うっ、それは謝るわよ。ていうか、あんたはあんたで顔怪我してるし、一体どうなってんの?」
「いいんじゃね? 毎日飽きることなくって。その内にテロリストでも攻めこんできて、学園全体が吹き飛んだりしてな。んで、次の日辺りは国家解体戦争が始まんだよ」
「なんでそんな物騒な話になるのよ・・・」
「バーカ、世の中じゃ何が起きるか分かんねぇもんだぜ? 俺なんてここに来てすぐ見知らぬ女子に殴られたり、どこぞの金髪に喧嘩吹っ掛けられたり、シスコンの姉に顔面フルコンボされたりしてんだぜ? いや、マジで退屈しようのない毎日のハーレム天国で気分最高っすわ!」
「どんだけ暴力に満ちてんのよ、あんたの周りは!?」
「まぁ、全部利子つけて抉って捌いて叩き潰したけどね」
「さらりと凄い発言したわよコイツ!?」
「いつものことですわ」
どこぞの悪の首領でもしないようなゲラゲラとした笑いを浮かべる一夏を、ドン引きした風に見る鈴音と、すっかり慣れてしまったセシリアはスタスタと歩いていく。
一夏としてはセシリアに向けての皮肉も込めていたのだが、彼女自身も言い返せば一夏が調子に乗ることを最近学んできたらしく、どうやらスルーを覚えたらしい。
それが一夏には面白くなかった。
「ねぇねぇ、せっしー」
「気持ち悪い声を出さないでください。・・・・・・なんですの?」
「いや、廊下の先にあるさ、あれ・・・・・・何だか判るか?」
いつになく自然な口調の一夏に少しの違和感を覚えながらも、彼の指差す方に渋々ながらセシリアは視線を動かす。
「? どこで ひゃう!?」
「ふむ」
唐突にセシリアが学舎に相応しくない、色のついた声をあげる。
簡単に説明するなら、一夏が後ろからセシリアの胸に手を回し、おもむろにワキワキと指をしているからだ。
「ふーむ」
「ちょ、にゃ、うン!!」
下から掬い上げるように、それでいて指の動きはハードでなくソフト。指が動けばその通りに形を変える。弾力性と柔軟さを兼ね備えた実に素晴らしいものであった。
数秒間の動きの後は迅速かつ迷いなく手をセシリアの腰に回し、すぐに彼女の尻へと手を滑らせる。そして距離をとるように一夏は後ろへ一歩下がり、こう告げた。
「86―60―85。うん、今度から『セ尻ン』って呼ぶわ」
「~~~~~~~~!!!!!」
声にならぬ叫びと共に顔を爆発的に赤く染めるセシリアは、あまりの事態に思考さえ吹き飛んだのかISを展開しようとし、鈴音によって取り押さえられた。
その間、原因となった一夏は終始爆笑していたのである。
◇ ◇ ◇
場所は変わり食堂。
少し前までは学園の生徒で賑わっていたが、今は他に生徒は居らず閑散としたものであった。
「なんであんなことしたのよ?」
そんな食堂で、爽やかな笑顔を浮かべ左頬に赤い手形をつけた一夏と、両目を潤ませながら拗ねた子供のように火照る頬を膨らますセシリアが隣り合わせに座り、二人の向かいに呆れ顔で座る鈴音がいた。
「だって、こっちがボケたのにツッコミも無しとかボケ殺しもいいとこだろ? 後悔もなければ反省もしてない」
「せめて反省くらいしなさいよ。セクハラもいいとこなんだから」
「イケメンだからできたこと。あの感触のためなら再犯も辞さ 痛ってぇ!!?」
あーぁ、と呆れ声をあげる鈴音の前で再びセシリアの平手打ちが一夏に炸裂する。
「貴方という人は・・・! ホントに、もう、貴方という人は!!」
「いい尻でした。安産型だぜ、尻りん」
「あぁ、もう! なんで、なんで、なんでこんな人なんかにーーー!!?」
「カハハハハハハ!」
それでも高らかに笑い続ける一夏が憎らしいのか、それともさっきのことが恥ずかしいのか、さらに赤みの増していく頬と一夏の胸をポカポカと叩くセシリアは、哀れを通り越して可愛さすら感じられた。
数分後。
「落ち着いた?」
「・・・・・・はい、たいへんお見苦しい所を、申し訳ありません」
「あぁ、いいっていいって、そういう堅っ苦しいのは。ちゃんと乙女の敵も撃滅したわけだし!」
「・・・・・・・・・・・・痛い」
鈴音の鋼の拳による制裁を受け、頭に特大のコブが出来ている一夏を尻目にセシリアと鈴音の友好度が急上昇していく。
今回のことに関しては、一夏にしか非がないために、当然といえば当然の結末である。それでも鉄拳制裁だけで済んでいるのだから、ある意味ではマシな方だろう。
「・・・・・・でさ、なんか背景に百合の花飛ばしてるとこ悪いけどさ、結局俺らを呼び出した理由って、なんなの?」
元々、昼食を抜いていたため空腹も頂点、さらに鈴音の一撃もあって軽く苛立ち始めている一夏である。
「あ、あぁ、そうね! ちょ、ちょっと待ってて」
そう言うと、鈴音はガサガサと音を鳴らしながら、持っていた紙袋から四角い箱状のものを出す。
それは世に言うところのタッパーというものであり、最大200度の熱に耐え長時間の保温も可能。上下逆さまにしようが振り回そうが投げ飛ばそうが、絶対に中身が零れないという完璧な気密性を保持する、幅広い家庭で重宝されている一品である。
「と、とりあえず、これの食べた感想を聞きたいの」
そして開かれたタッパーの中に見えたのは琥珀に光る料理・・・。
「酢豚?」
ラーメンや餃子に次いで日本人に愛されている中国料理である酢豚が、容器一杯に詰められていた。
「お前が作ったの?」
「そうよ。それと、勘違いしないでよね。別にあんたの為に作ったんじゃないんだから!」
「いや、んなテンプレなことを言われても」
それから鈴音は同じようなタッパーをもう一つだし、それぞれを一夏とセシリアの前にレンゲと共に置き、どこか落ち着かない調子で食べるように勧めてくる。
「「・・・いただきます」」
セシリアと一夏は同時にそう言い、ほぼ同時に酢豚を口に入れる。
そして、
「美味しいですわ!」
「本当っ!?」
セシリアの口から無意識にその言葉が出ていた。
タッパーのお蔭で作った直後の熱を保っているため、白い湯気から漂ってくる香り。空腹時の人間なら誰もが腹の虫と喉を鳴らしてしまうだろう。
いざ、実食してみれば最初に味覚を刺激するのは、酸味と甘味の利いた甘酢アンの旨味。それは、他のタケノコやピーマンと絡み合い、野菜たちの味を引き上げていく。そして、何よりはメインでもある豚肉であろう。一度、片栗粉と共に油で揚げることにより、調理の過程で肉の旨味が甘酢に移ってしまわないよう工夫され、それにより凝縮された肉の味は単品でも十分すぎるほど、甘酢の味が強い酢豚の中で、噛んだ瞬間に口一杯に広がる肉の美味さは食べる本人に飽きというの感じさせはしないのだ。
「あまり、こういうものを食べることはないのですが、こんなに美味しいものは初めて食べましたわ」
「少し褒めすぎよ! そんなこと言われても、何も出ないからね?」
「ふふっ、でも本当に美味しいですよ? ただ、少しだけ味が濃い気がしますわね」
「あぁ、それわね―――」
「おばちゃん! ご飯お代わり!!」
鈴音がセシリアに何かを説明しようとしたとき、一夏の声がはしゃぐような声が響き、二人でそちらを見れば凄まじい勢いで白米を平らげていく男がいた。
「やっべ箸が止まんねぇわ。味も完璧だし、何より飯との相性がパーペキ(パーフェクトと完璧の最上級)すぎだろ。リンリン! 酢豚お代わり!!」
口一杯に白米と酢豚を次々に押し込み、飲み込んでいく。食べ方は決して綺麗とは言えないが、一夏の笑顔とその全身から溢れる食の幸せを喜んでいる感じは、見ていて気持ちのいいものである。
「・・・・・・本当に、美味しい?」
「おう! こんな美味い酢豚は初めてだぜ!!」
「そ、そう! なら、しょうがないわね。本当なら他の二人の分だったんだけど、全部あんたにあげるわ!」
ガサガサと紙袋から残り二つのタッパーを取りだし差し出すと、まるで餓えた獣のように一夏は箸を伸ばして食していく。
そんな二人を見て、不意にセシリアの目がキラリッと光る。
「成る程、つまりは男性向けの味付け、ということでしたのね?」
「うぇ!?」
「あん? どういう・・・・・・あぁ、そういうことか」
セシリアの言葉に露骨に顔を赤くする鈴音と、それに全てを理解したのか一夏は三日月のように頬を吊り上げていく。
「この酢豚は誰かに食べてもらうための作ったもの。それも本命は一夏さんと同世代の男性、そうですわね?」
「すると、アレか? 俺はそいつに食わせるための実験台というわけか。つまり、この酢豚の美味さも愛情からか。いや~、こんな美味いもん作ってくれる女に好かれるたぁ、男として羨ましい限りだぜ」
「違う違う違う!! なに勘違いしてんのよ! 別に"弾"のことなんて、何とも思ってないんだから!!」
「成る程、弾っていうんだお前の色男は」
「羨ましいですわ、わたくしもそれだけ思えるような男性と出逢いたいですわね~」
「あれ? 俺は?」
「寝言は寝てから言ってくださいまし」
そんな感じに暖かな眼差しで談笑する二人に、何か言う度に墓穴を掘りまくる鈴音は顔を赤くしたまま黙ってしまった。
「つーかさ、中国からこっちに来たってことは、一年くらいは会ってないんだよな?」
「そうですわね。ビザやパスポートの関係もありますし」
「だよな。じゃあ、もしかしたら既に他に彼女が居たりするかもな?」
その言葉に鈴音の肩が僅かに揺れた。
「ちょっと一夏さん。それは流石に・・・・・・」
「でも、有り得るだろ? まだ付き合ってもいないみたいだし、距離が離れりゃ心も離れちまうもんだろ。もしそうなったら―――」
「そうなったら、殺すよ?」
ゾクリ、とセシリアと一夏の背中に言い知れぬ悪寒が走る。
声の発生源を見ると、目の光彩がストライキでも起こしているのか、淀んだ沼のようにドロドロとした目の鈴音がいた。そんな目でも顔は笑っているのだから恐ろしい。
「だって、そうでしょ? あたしが一年間ずっとずっとずっとずっと弾のことを思っていたのは、他の女なんかと一緒になるような弾のことじゃないもの。億が一でも、そんなことになったら殺して零にするしかないじゃん? でも、もし死んでも大丈夫。あたしがアイツをずっと愛してあげるもの! それに死んじゃえば他の女なんて見ない、あたしだけ見てくれる。あたしと弾だけに成れる。そうなったら他の人間なんて―――」
「ストップ!!! ストップですわ鈴さん!! 一旦、落ち着いてくださいまし!!」
何やらマズい方向にヒートアップを始めた鈴音を全力と全身で止めに入る。
一夏も肉を口先まで持ってきた状態のまま、ひきつった笑みで止まっている。
「どうしたのよセシリア? ただの冗談じゃない」
「冗談!!? 今のは完全に本気の顔でしたわ!! 本気と書いてマジですわ!!」
「・・・・・・愛情じゃなくて、愛憎で出来てんのかもな、この酢豚」
半泣き状態で鈴音に詰め寄るセシリアを見ながら、一夏はそっと肉と箸を置いたのであった。
リンリンさんがはっちゃけました。
日常を書くということは自重しないことと悟りました。
酢豚って美味いのにマイナーですよね、なんでだろう。