いや、すいません。自分の見直したら歯が噛み合わないような違和感が合ったため、だめ押しなノリで書きました。
ある意味蛇足な締めの回です。
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夜は十時を回ろうとする頃、未だに食堂は熱の冷めない喧騒に包まれています。
幾らか和らぎはしましたが、時折思い出したように傷みだす胸の傷を抱えて、あの中に入る勇気は流石に持ち合わせていません。
隅の椅子に座りながら、眺める先にいるのは彼、織斑 一夏。今も性別の壁なんて関係なしに馬鹿騒ぎに興じる様を見ていると、先の試合の彼と同一人物か疑いたくなるほどにその表情は柔らかい。
でも、見ている方が『楽しそう』と感じているのだから、きっと今の彼もそうなんだと思います。
「存外に気分は良さそうだな、オルコット」
呼ばれ視線を動かすと、世界最強でありこの学園の教師、そして彼の姉でもある織斑 千冬がこちらを見ていました。
「そこそこですわ」
わたくしが短く端的に答えると、その鷹のような鋭い目を細め、一個離した席に彼女は座りました。
「・・・・・・いい顔をするようになったな」
「そうでしょうか?」
「ああ。少なくとも、一週間前のお前はそんな風に笑わなかったさ」
言われて頬に触れてみれば、なるほど、確かにわたくしは笑っているようです。
意識しだすと余計に頬がつり上がっていきます。胸の奥が温かくなるような、優しい感覚。今まで感じたことのない、それでいて少しも嫌じゃない嬉しい思いが溢れてくるようです。
「彼の所為、かもしれませんわね」
「惚れたか?」
「生憎、わたくしは両親より上に誰かを据えたことはありませんわ」
どの口が言うのだろう、そう思いながらも彼(か)の世界最強を言い負かしたことに満足しつつ、改めて目の前の馬鹿騒ぎに目を合わせます。
やはり、彼は笑っていました。
「・・・・・・織斑先生」
「なんだ?」
「なぜ彼はあんなにも強く、ああして笑い合えるのでしょうか」
思い返すのは、わたくしが見てきた彼の顔。
初めて会ったときは、嘲笑と自虐に満ちた陰気な笑みでした。ですが、普段の彼は楽しげで、悪戯を考える幼子のように笑っていた。
そしてあの試合。彼は狂ったように嗤っていた。身の毛もよだつような凶笑と共に、弾雨の中を突き進み、一国の代表候補である相手を、ただの力業で叩き潰した。傷が疼く度に、そのことを思い出す。
それなのに、さっきは二人で皮肉を言いながら共に笑いあえた。
ひどく不思議で不可解、人付き合いの上手い皮肉屋の好青年なのか、人を人とも思わぬ悪逆外道な卑劣漢なのか。
本当の彼は一体、どれなのでしょうか?
「・・・・・・・・後者から言わせてもらうなら、アイツの感性が子供だからだ」
「子供、ですか?」
ああ、と静かに首肯し彼女は語る。
「好きだから皆と笑って過ごし、嫌いだから皮肉と嫌味を付けて馬鹿にする、簡潔で直結的な思考回路をしているんだよアイツは」
「そう、なんですの?」
「よく言うだろ? 純粋だからこそ残酷。そう考えれば、わざわざ相手の粗を探し出して喧嘩を売るのも頷ける」
「いえ、わたくし的には一切頷けませんが・・・・・・」
「そもそも人の不幸が主食で安堵の涙なんざクソ食らえ、と公言するような男ではあるがな」
「台無しですの!? 最後のそれで今までの話が台無しですの!!」
彼女と自分とで、常識というものに壁を感じてなりません。やはり、天才と凡人では物事の感じ方が違うのでしょうか?
「だが、『芯』は持っている」
「・・・・・・芯、ですか?」
「性格こそ歪んでいるが、人に何かを示すだけの物をアイツは持っている。覚えはあるだろ?」
「・・・・・・・・・・・・えぇ、まぁ」
そう言われて思い返すのは、ベランダでの一幕。
彼から言われたことは正しく、その言葉に再び立ち上がるだけのものを戴いたのは確かです。
それでも、泣いている女性を横に置きながら、自分は携帯ゲームに興じているというのは如何なものなのでしょうか? ある意味らしい、と言えばらしいのですが、改めて思いますとただの最低な冷血漢に思えてなりません。
「最後に前者についてだが、オルコット」
「は、はい」
空気が変わった。
それはいつもの彼女、わたくし達に向かい教鞭を振る、教師としての姿でした。
「人が強いのに理由はない。ただ単純に、そいつが強いから『強い』だけだ」
とても遠回しな言葉に思えました。
強い方は強いから強い、意味が重複している、頭痛が痛いと言っているようで混乱してしまいそうになります。
そんなわたくしを余所に、彼女は話を進めます。
「強くなるには努力や才能が必要、という者もいるが、あくまでそれは"過程"だ。努力は実らぬこともあるし、才能は活かしきれねこともある。必要なのは"強い"意志だ」
それは人から言わせれば、とても非科学的で非論理的な答えでした。
「人は難題にぶつかれば折れて腐る者もいる。ならば、その逆はなんだ? 不屈の決意をもって歩み続ける者を、人は弱者と、愚か者と罵るか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「答えは否だ。諦めを否定した者は、その時点で勝者だ。どれだけ虐げられようと、その心が挫けぬ限り本当の敗北はない」
彼女はそう言い切りました。
それは彼女の、織斑 千冬が掲げる唯一にして無二のマニフェストなのでしょう。
世界の羨望を一身に浴びながら、傲るでもなく厳然としたままで等しく隔てなく生きる、その生き様の現れなのだと、そう感じました。
「彼も、そうだと?」
だけど、それはあくまでも彼女の哲学であり、彼に対する答えではありません。
なるほど、彼女の言うことは真理なのでしょう。でも、果たしてそんな美しい人間がそうそういるものでしょうか?
ましてや、そんな尊い人間があんな嗤い方をするはずがありません。
「・・・・・・アイツは、その真逆だ」
此方の意図を察したのか、もともと話すつもりではいたのか判りませんが、彼女は静かに言いました。
教師としてでなく、一人の弟を持つ姉として。
「アイツは、昔"酷い事故"にあったんだ。それからアイツは、全てを諦めてしまった。行き着く所に、生き着いてしまった」
普段の彼女から想像もできないほどにか細い声。
その事故というのが何なのか、気にはなりましたが、とても聞き返せるような雰囲気ではありませんでした。
「・・・・・・オルコット、お前に頼みがある」
居住まいを正して、瞳を濡らした彼女はわたくしに向け、その頭を下げながらに言いました。
「アイツがこれ以上、壊れてしまわないよう、一緒に居てやってくれないだろうか?」
どれだけ最強であろうと、彼女とて人間です。今こうして、ただ一人の弟を思い、恥も外聞もなくただの一女子生徒に頭を下げる彼女の頼みを、無下にするような恥知らずなことができるでしょうか。
「このオルコットの名と、父と母の誇りにかけて、約束いたします。彼を、決して一人にしたりしません」
元より、そのつもりでしたし。
彼には借りもあります。いずれ返すときが訪れようと、よき友人として末永くお付き合いさせていただくつもりです。
なによりも、
「わたくしは、これでもオルコット家の現当主です。子供の世話くらい、難でもありませんわ」
そう言って、わたくしは席を立ちました。
もうすぐ消灯時間だというのに、騒ぎ続ける彼、一夏さんにガツンと言ってやるために。
◆ ◆ ◆
酷なことを言うよね、あの人は。
所詮、『世界』からすれば意思の強さなんて、そよ風に糸が揺らされた程度にしか思わないのに。
あの人こそが、一番に解っているはずなのに。
でも、あの女の子を動かすには良いことだったのかもしれない。
あの子は自身の運命に向けて、その引き金に指をかけた。それを引くのか、それとも降ろすのか、何を選ぶのかとても楽しみだよ。
ただ、あまり時間はないみたいだけど。
ほら、もう聞こえてくる。
『世界』が動き出すよ。
こんな自己満足と自己陶酔にまみれた劇に、ご都合主義なんていう余計な茶々を入れるために。
◆ ◆ ◆
文章的にわやわやなところがありますが、書いてて作者は楽しかったです。
これで心置きなく中国編に行けるんですが、一つ問題が発生しました。
この小説、エロがない。
非常に深刻です。