IS-Junk Collection-【再起動】   作:素品

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驚異的早さで投稿

やればできるもんです

ということで、仲直り回


第十二幕 To dear me

一夏主催の『セシリア祝勝会兼一年一組親睦会』が開かれた。

 

異様にテンションが高かった一夏は右手に箒を引っ張りつつ、一組全員に召集をかけた。金と責任は本人持ちらしく、それでも難色を示した何人かには一夏が懇切丁寧に説得し、いつの間にか教員たちにも許可を取り全員の了解と納得を得た状態でつつがなく準備は進められた。

 

途中、二年の新聞部副部長がケーキを多数持参し登場。インタビューするための出演料として一夏と交渉済みらしい。この男は無駄な方面に無駄にスペックが高い。

 

そして、遂にセシリアが会場である食堂へと足を踏み入れたその時、予想外の事態が舞い込んだ。

 

「申し訳ありませんでした」

 

クラッカーの紐に手をかけた所で、皆の動きが止まった。"あのオルコット"が頭を下げていたのだから。

 

曰く、自分の我儘で迷惑をかけたから。

 

それに加えて、試合の結果では勝ったが、その勝利は一夏から譲られたものであり、もし正面から戦った場合は負けていた。だから、代表を辞退する、と。

 

セシリアが言った内容に大半の女子が驚き、混乱し始めた所で一夏が動いた。床を靴で鳴らしながら未だに頭を下げるセシリアへと静かに歩み寄る様に、皆が少年漫画のような和解する光景を連想した。

 

だが、どうか忘れないで欲しい。

 

コイツに限って、そんなこと起きやしない。

 

「あんだけ下に見てたヤツに頭下げるってどんな気分?」

 

空気から温度が消し飛んだ。

 

零下直行血管に液体窒素を流し込んだような感覚を全ての人間が感じ取った。

 

セシリアも呆けた顔で一夏を見ている。

 

「ねぇねぇ、どんな気分? もはや、負け犬どころか噛ませ犬みたいな立ち位置になっちゃっくれちゃってるけどさぁ、今の気分てどんな感じぃ?」

 

ビシリッと、表情そのままにオルコットの額に青筋が浮かんだ。

 

「あれ? 返事がないなぁ。あ、ひょっとして犬語じゃないとダメかな? ワンワン、ワーン(笑)」

 

のちに一人の生徒が語る。

 

『百枚重ねのシルクのハンカチを引きちぎったような音がした』と。

 

「AAAAAAAaaaaaaaaaAAaAaaaaa!!!?」

 

セシリアはぶちギレた。そりゃもう盛大に理性が吹き飛んだ。

 

謝罪? 聞きたいこと? 知らん、いいから殴らせろ。そんな具合の咆哮をあげる。

 

「そうだ! 掛かってこいよオルコット! 銃なんて捨てて掛かってい!!」

 

対して一夏も煽る。その表情はいつもに増して楽しげに笑っている。

 

傷の傷みさえ忘れたセシリアが飛び、一夏がそれを受け止め掴み合いの取っ組み合いが始まり、慌てて一組全員が止めるために駆け寄っていったのは言うまでもない。

 

◇ ◇ ◇

 

一夏はベランダに背中を預け、片手にジュースが注がれたコップを持って、室内で好き勝手に騒いでいる女子を眺めながらニヤニヤとヘラヘラと笑っている。

 

真っ暗な闇の夜の中で、背後に満月を乗せたその姿は不思議と絵になっていた。

 

「ここにいましたの」

 

現れたのは両手でジュースのペットボトルを抱えたセシリアだった。少し髪や服装が乱れているが、それでもまだマシになった方である。

 

「主賓がこんなところに居ていいんですの?」

 

「別にいいだろ。そういうアンタはいいのかよ?」

 

「いえ、わたくしは・・・・・・」

 

「やーい、ボッチ」

 

「ぬっ、このぉ・・・・・・!」

 

ケラケラと一夏は笑い、そんな彼にセシリアは再びを声を上げそうになるが、小さく溜め息を吐いて隣に移動し同じように背中をベランダに預けた。

 

そんなセシリアを横目に見ながら、一夏は何をするでもなく喉の奥で笑いながら、コップの中身を胃に落としていく。

 

相変わらず聞こえてくる黄色い騒ぎ声の中で、この二人の間には静かな空気が流れていた。

 

それは張りつめているわけではなく、かといって居心地の良いわけではない重い沈黙。

 

「一つ、訊いてもよろしいですか?」

 

「一つだけな」

 

俯き、一週間前の彼女を知る者なら耳を疑うほどのか細い声。

 

セシリアの震える声を聞きながら、一夏はコップの半分を飲み干し、セシリアの言葉を待った。

 

「わたくしの・・・・・・。わたくしの、名前を知っていますか?」

 

今にも泣き出しそうな声でセシリアはそう質問した。

 

それに一夏はゲラゲラと笑いながら答える。

 

「あぁ、知ってるよ。『聖セシリア』。自分の夫と友達をカトリックに引きずり込んで、首を三回切られても三日間生きてたっつー伝説な聖人だろ?」

 

そう言って、一夏はまた笑う。

 

その答えが不満だったのか、キッと鋭く睨むセシリアに肩をすくませながらコップの中身を一気に飲み干す。

 

一呼吸置いて、一夏は明らかな嘲笑の含んだ口調で語った。

 

「目の見えない、神の威光と奇跡、何よりもその姿を見ることの出来ないヤツらのために、神のソレを歌にして聞かせた、『盲目』と『音楽家』の守護聖人だろ?」

 

そう言って、一夏はニタニタと笑う。やはり、ゲラゲラと楽しげに。

 

「・・・・・・きっと父も、わたくしにそうなってほしいと思って、この名前をつけたんだと思います」

 

小さな雫が、コンクリートに染みて跡を作る。

 

そしてまた一つ、また一つと数は増えていく。

 

「だけど、わたくしは"この様"でした。誰かを教え導くことなんて出来ない、現実が怖くて、自分で目を逸らして、目を隠してきたからこの"有り様"なんです。だから、だから・・・・・・」

 

次第に声が小さくなり、逆に滴る水の量が増えていく。

 

本当は知っていたのだ。だが、それから目を逸らした。目を隠した。光なんていらない、生きるために不要な光なら見ない方がいい。そう思って意地を張ってきた。

 

それでも、ここに至って涙は止まらない。

 

両親の死を聞かされた時には流れなかったくせに、こんな時に溢れ出てくる。大切な時に泣けず、こういう時、自分自身のためにしか泣けないでいるのが悔しく、惨めで、また涙の量が増える。

 

「わたくしは・・・・・・」

 

「なぁ、話終わった?」

 

そう言ってセシリアが顔を上げると、一夏は手元に視線を落としつつ声だけで話す。

 

一夏は、携帯でゲームをしていた。

 

「あっ、落ちた」

 

はぁー、とあからさまな溜め息を吐いて携帯をしまい、驚いた顔のまま固まるセシリアに向き直る。

 

「どぉでもいい。お前の過去なんざどぉでもいい。お前の決意なんか知るか、お前の名前とか欠片も興味ねぇ」

 

退屈そうに一夏は言葉を並べていく。

 

「そんなに苦しいなら捨てろよ。まっ更にして、さっさと逃げれば良かったんだ」

 

「そんなこと、出来るわけが・・・・・・」

 

「なら、やり遂げろよ。今更どうしょうもねぇこと言ってねぇで、自分の決めたことをやればいい」

 

セシリアは一夏を見た。

 

いつもと違う、気だるげな表情に覇気のない言葉。

 

それなのに、その言葉は彼女の心に確かに染み込んでいく。

 

「昔の自分に嫌われたくないなら、やってみせろ」

 

セシリアに笑みが生まれる。

 

―――あぁ、そうだった

 

涙を拭いながら彼女は一つ思い出した。幼き頃に、自分自身に立てた確かな誓いが。

 

―――大好きな父の瞳と、愛する母の髪に恥じない、立派な人間になる

 

「ん、あれ、そういえば全部飲んじまったんだっけか」

 

空になったコップの僅かな残りを舌の上に垂らし、一夏は面倒くさそうにそう呟いた。

 

さっきまで真面目な話をしていたわりには、もう興味がないらしい。

 

そんな一夏に、セシリアは蓋を開けたペットボトルの口を差し出す。

 

「ん? おぉ、悪ぃなオルコッ、と?」

 

それに特に疑念も抱かず、一夏は注いでくれると思ってコップを出すが、寸での所で引かれてしまい変な声が出てしまった。一夏が怪訝な目付きでセシリアを見ていると、少しの間を空けて彼女はコップに中身を注いでいく。

 

「セシリアです」

 

「はぁ?」

 

注ぎ終わるとセシリアは一夏に向けてそう言った。

 

「オルコットとはあくまで家名であり、わたくし個人を差す名ではありません。それにセシリアというのは父から戴いた誇りある名です。ですから、光栄に思って下さいまし、貴方にわたくしの名前を呼ぶことを許可してあげますわ」

 

そう言うセシリアの顔は、どこか幼く、いや年相応の少女の笑みで彩られていた。

 

そこから全てを察したのか、コップを口に運びつつ一夏も笑う。

 

「ありがとよ、"せしりん"?」

 

「・・・・・・ひねくれ者」

 

「お互いにな」

 

静かな夜に、二人の笑い声が響いていた。




こういう感じにイギリス編は終了です

正直、前半のあれをずっとやりたかった。

聖セシリアの部分は独自解釈が含まれていますのでご容赦ください

それでも何だかんだ綺麗に纏まった気がします。こういうセシリアはいかがですか?

次はリンリンです。

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