麻帆良で生きた人   作:ARUM

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挿話 彼の日記

 

 

 

 それをテーブルの下から見つけたのは、一人の少女だった。

 

 幼いながらも理知的な輝きを目に宿し、おとなしそうな印象を周りに与えている。

 

 それは、なんの変哲もない一冊の大学ノートだった。

 

 すこし紙が手垢で黄色くなっているが、そこまで古いものでもない。

 

 少女は少しためらいを見せたが、何かに導かれるように、ノートの表紙に手をかけた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ○月×日

 

 今日は全体的に周りのテンションがおかしかった。高畑先生はどこか嬉しそうにしているし、ガンドルフィーニ先生なども終始上機嫌だった。

 聞いたところによると魔法世界の英雄、ナギ・スプリングフィールドの息子が近々この麻帆良学園で教師をするためにやってくるらしい。卒業課題だとか。

 

 年齢を始め疑問が多く残るが、自分一人何か言って場の空気を壊すのも悪いので黙っていた。どうせ同じ教師なら、教師になれるかを課題にすれば良かったのに。

 

 あと、名前はネギ君というらしい。きっと他の先生方も薬味を思い出したはず。

 

 そういえば、関西と関東ではネギと言われて思い浮かべる物が違うらしいが、実際どう違うのだろう? 今度葛葉先生に訊いてみよう。

 

 

 

 ○月□日

 

 今日はとんでもないことが起きた。敵対している関東呪術協会の長が麻帆良に家族を連れて乗り込んできたのだ。初めて見たが、かなり若いようだった。

 

 本人曰く、目的は生徒の一人、学園長のお孫さんの護衛と言っていた。学園長は追い返そうとしていたようだが、逆に言い負かされていた。珍しいこともあるものだ。

 

 いくら裏の血統とはいえ、中学生に百回近い回数のお見合いを親に黙ってするなど信じられない。しょうがないだろう。

 

 

 

 ○月△日

 

 麻帆良に衝撃が走った。ここ数日噂の的だったネギ君がついに来訪したのだが、いろんな意味で期待と予想を裏切った。

 

 大きな荷物は百歩譲って見逃すとして、あの身の丈を超える杖は無い。流石にあれは無い。

 確かに英雄が使った最高品質の魔法発動媒体だろうが、それならそれで影の収納魔法を覚えるとか対策を取って欲しかった。貴重品であるから目を離せないのはわかる。それにしたって何かあるだろう。

 

 しかも魔力の制御が不完全な上、魔法使いという自覚も足りていないとか。生徒を往来で裸に剥くなど、メルディアナ魔法学校の質を疑う。本当に名門か? それとも何かの手違いか?

 

 それと、そのことを聞いた時シスターシャークティーと葛葉先生はそれはもう恐ろしい形相をしていた。学園長と高畑先生が庇っていなかったらネギ君の明日はなかったかもしれない。お二人とも少し腰が引けていたが。

 

 だが、問題はまだあった。学園長がネギ君をお孫さんの部屋に住まわせようとしていたらしく、裏では相当緊張が高まっていたとか。

 

 百メートル越えで飛行船、しかも双胴の物なんて初めて聞いた。学園所有の物もかなり大型だが、相手はそれほどの相手なのだろう。

 

 本当に、自重して欲しい。

 

 

 

 ○月○日

 

 ここしばらくは割と平和だった。テスト期間に入ったので仕事は増えるが、特に裏では動きがなかった……と思っていたがそうでもなかったらしい。

 突然夜に招集がかかった。最初は一部の生徒が行方不明ということだったが、これは誤報だった。実際はスパイの疑いのある人物がいるとかで、その監視。

 

 入ったお店は居酒屋で、彼らは実に楽しそうに飲み食いしていた。こちらは一人。おまけに仕事中で酒も飲めない。

 帰れば待っているのは彼女でなくテストの問題作成。この監視も特別手当は学園長のことだからきっと出してくれない。

 

 出てきた枝豆がいやにしょっぱかった。なぜだろう。

 

 

 

 □月×日

 

 特別手当はやはり出なかった。高畑先生のタバコが目にしみた。共通スペースで吸うのは勘弁してほしい。口に出してはいえないけれども。

 

 それはそうと、最近本国の魔法使いの増援が来た。学園長が要請したそうだが、独立した指揮系統らしく魔法先生の仕事は手伝ってもらえないとか。

 

 ただ、指揮官のクリスさんはとてもいい人だった。学園長と違っておかしいと思えることには素直に憤ってくれるだけの良識があるし、正義至上主義というのか、あれがない分いっしょにいてとても楽だ。

 

 なにより、クリスさんはとても綺麗な人だ。誰かと付き合ったりしているのだろうか?

 

 

 

 □月○日

 

 麻帆良に何度目かの衝撃が走った。闇の福音エヴァンジェリンとネギ君がかち合ったらしい。おまけに、そのことを学園長と高畑先生は前もってそのことを察知していたらしい。

 

 最終的に大きな怪我もなくことなきを得たらしいが、事態を知らされたのは翌日、つまり今日になってから。明石先生が裏でこそっと教えてくれたが、情報統制をしていたらしい。世間一般に対してでなく、僕たち魔法先生に対して。今も詳細な情報は開示されていない。

 

 学園長への不信感がどうしてもぬぐえない。

 

 

 

 □月△日

 

 シスターシャークティーには悪いが、この世界にきっと神はいないのだろう。学年も学校も違うのにネギ君たちの学年の修学旅行の人員に選ばれた。

 

 しかも、修学旅行先は京都。

 

 教師はネギ君をいれてもたったの四人。おまけに新田先生は一般教員。

 

 ……無理だ。終わった。

 

 この修学旅行、絶対に無事に終わるわけがない。一触即発の状態で火薬庫にネズミ花火を投げ込むようなマネをする学園長の正気を疑うが、もはやどうすることもできない。

 

 きっと何か起きるだろうし、僕一人では大局に影響を与えるようなことはできない。

 

 僕はこの麻帆良に帰ってくることができるだろうか? 出発前に龍宮神社に参拝しておくことにする。

 

 もしも帰ってこれたなら、勇気をだして学園祭にクリスさんを誘ってみようか。

 

 とりあえず今日はもうこれくらいにしておくことにする。注文した料理も丁度届いたようだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「…………」

 

 

 少女は、見なかったことにして、そのノートを閉じた。

 

 そして、それを母の元へと持って行く。

 

 

 

 少女が静かに呟いた罵声は、誰の耳に入ることもなく空気に溶けて消えて行った。

 

 

 

 

 





 西は青ネギ、東は長ネギらしい…?

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