麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第八十七話 事の顛末・東

 

 

 

「うぅぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁ……! ゼェリムぅぅ……慰めてよぉぉ……」

 

『いや、急に慰めてといわれてもな……』

 

 

 赤い髪を肩の高さで切りそろえた一人の女が、机の上に置かれた世界間で通信できる特殊な魔法道具を前にして涙をぼろぼろとこぼしていた。

 

 女の名前は、クリス・アミークス。麻帆良に派遣されている本国の魔法使いの実質的なリーダーである女性で、水無原冬雅を取り逃がした全身鎧の中身である。

 

 通信の相手は彼女の古い友人であるゼリム・オースロット。アリアドネーの外交における“元”総責任者である。二十年程前に発覚したアリアドネーの一大不祥事を機に職を辞し、今では仲間と共に興した会社の社長兼著名な学者として名をはせている。

 

 

「うーあー……」

 

『慰めても何も、何があったんだ? 出世したって喜んでただろう?』

 

「怪物クソじじいに指揮権とられたぁ……」

 

『……とりあえず話だけでも聞いてやるから、話してみろ』

 

「それがぁ……」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 話は、クリスがゼリムに泣きつく数時間前にさかのぼる。

 

 

「――どういうことですか! 私の指揮権を剥奪するとは!」

 

「どうもこうものう……」

 

 

 麻帆良、学園長室。そこでは、クリスと近右衛門が言い争っていた。より正確には、クリスが近右衛門に詰め寄っていた。

 

 

「本国の決定なんじゃからしょうがなかろう? ほれ、ちゃんとここに書いてある」

 

 

 そう言って、近右衛門は机の引き出しから数枚の書類を取り出し、クリスに手渡した。

 

 その内容に、クリスは目を剥く。手が震え、書類を握る手に力がこもりしわがよるが、気にしても居られない。何度も何度も見直すが、その文面は変わらない。

 

 

「ほ、本国からの正式な解任通知!? しかも、理由が能力に著しい疑いがある!? こ、こんな馬鹿なことがありますか!」

 

 

 しかし、更にクリスが本当に驚いたのは二枚目以降だった。それに目を通したクリスの表情は驚愕から憤怒へと変化した。

 

 

「近右衛門殿……これは?」

 

 

 どこからかゴゴゴゴゴゴ……という効果音が聞こえてきそうなほど、低くドスの効いた声で二枚目以降のを机の上に拡げる。

 

 そこには解任の理由として、今回の京都動乱に関して、関東魔法協会の責任の一切がクリスのせいであるように書かれていたのだ。

 

 阿修羅をも凌駕しそうな勢いで詰め寄るクリスだが、近右衛門はあくまで飄々とした笑顔を崩さない。

 

 

「ほ? 見てわからんか? その文面の通りじゃよ。今京都で一部の生徒が捕まっておる。お主があの時水無原冬雅を拘束できておれば交渉もできたんじゃが…… “お主が取り逃がしたせいで、儂らは何もすることができん。手の打ちようがなかった”」

 

「っ!?」

 

 

 実際のところ、これは近右衛門による自身の責任回避のためのブラフである。

 

 昨夜近右衛門が動かした人員は、たとえばガンドルフィーニは“予定に無かったはずの”警察の臨時検問で時間をくい間に合わなかったし、また弐集院は翌朝になって口にクリームパンが突っ込まれた状況で発見され、しかも何も覚えていないという。

 

 更に、関西呪術協会からは早い段階で修学旅行終了と共にネギ、木乃香を含む全ての生徒と教師を帰還させるという旨の書状が届いており、人質に取られたと言い訳することもできない。

 

 英雄の息子が一時的にであっても敵方に拘留されるというのは大きなマイナスになる。その責任を回避するための生贄にクリスは選ばれたのだ。

 

 クリス自身、あの時確かに志津真の槍に剣を止められ取り逃しはした。

 

 しかし、それにしたってこれは余りに酷い暴論だと思うし、何より近右衛門のにやにやとした笑顔に腹が立つ。

 

 それでも実力行使にでないのは、近右衛門自身が名の通った魔法使いであるのに加え、室内に高畑がいるのも大きい。

 

 

「くそっ……失礼するっ!!」

 

 

 結局、クリスにできたのは八つ当たりに扉を叩きつけるように閉め、この室内から出て行くことだけだった。

 

 ちなみに、この時クリスは知らないが、普段から重装甲の鎧甲冑を着込むクリスの筋力は気の恩恵なしでも化け物じみており、叩きつけるように閉められた扉が衝撃に耐えきれず砕けて破片がショットガンのように飛び散り室内の調度品に被害が出たのだが……本人は知るよしもない。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「うー、ちくしょー。なんだかんだで結局MMは亜人に厳しいんだよー……人材不足でなんとか出世できたと思ったのにさー。スカウトしてきたくせに……」

 

 

 そう言って、クリスはうなだれて机に指で“の”の字を書く。

 

 

『うん、ドンマイ』

 

「ええっ、軽っ!?」

 

『相手が悪かったな。ことと相手によっては助言をくれてやろうかとも思ったが……無理だ。麻帆良のコノエモンといえば私達の世界では名の知れた腹黒強欲狸爺でな。私も現役時代何度か悔しい思いをした』

 

「うっ、うぅぅ~~~~!」

 

 

 再び泣き出すクリスに、ゼリムは画面の向こうでため息をつく。

 

 

『……悔しいのはわかるが、どうにもならんだろう。いっそアリアドネーに帰ってきたらどうだ、お前なら次の就職先も何とかなるだろう。何なら家で雇っても良いし、ウェンズリー辺りに口利きしてもいいぞ』

 

「そういえば今はアリアドネー中央にいるらしいけど、後輩に頼るのは流石に……ゼリムの所、危なくない?」

 

『かなり危ないな。もう二十年近く前の話になるが、会社を興してすぐの頃にケルベラス・クロス・イーターの亜種を見つけたことがあってな。そのときは社員十八人の内、私と副社長、監査役以外の十五人が裸に剥かれた。ちなみに半分女性な』

 

「そんなの無理だよーーー!」

 

 

 

 その叫び声に、密かに監視に当たっていたシスターシャークティーが部屋に突入してきたことは余談である。

 

 

 

 

 

 





 今日はここらで打ち止めです。おそらく次回投稿で一部を除きストックが尽きます。

 つまりひたすら書いては投稿のデスマーチ。

 ……ご意見ご感想誤字脱字の指摘批評などよろしくお願いします。

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